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公式戦 VS エレガント・チェリーブロッサムズ③

 詩織が投球練習を終えて東堂さんが左打席に入る、この二人の対戦は高校時代や東戸大学時代に何度かあったがプロに入ってからはこれが二度目となる。

 プロ初対戦の前回の対戦の結果は詩織が東堂さんから空振り三振を奪っている。

 東戸大学時代の東堂さんの詩織に対する対戦打率は二割を切っている、四割前後だった東堂さんの打率を考慮すれば詩織は苦手な投手だと断言していいだろう。

 この場面でもっとも理想的なのはゲッツーだ、無死一・二塁からゲッツーに仕留めることが出来れば二死三塁と大きく状況は変わってくる。

 二死まで追い込まれれば相手は長森さんを代打に使うしかない、今の打者がアウトになった時点で試合終了なのに代打の切り札を温存出来るはずもないのだから当然だ。

 そうすれば無理に勝負することはない、敬遠で長森さんを歩かせてから六番以下と勝負して抑えればその時点でこちらの勝利が確定する。

 次善の結果として東堂さんを三振なり凡打なりで出塁させずにアウトカウントを増やすことが挙げられる、一死一・二塁もしくは進塁打で一死二・三塁でもいい。

 その後の打者を塁に出すことなく抑えられれば問題なく試合を終わらせることが出来る、長森さんが代打に出てきた場合はそのタイミングで敬遠し塁を埋めればいい。

 それを踏まえて詩織と愛里のバッテリーが東堂さんをどう攻めていくか。


 初球はオーソドックスに外へのスライダーだった、高校時代から何度も使っているボールだが左打者にとってはいつの時も絶大な威力を発揮する武器となる。

 見逃しでワンストライクを取り、続いても外のスライダーで今度はボールとなる。

 ワンボールワンストライク、ここで愛里が出したサインは膝下の高速スクリュー。

 変化量の小さい高速スクリューは内野ゴロを打たせるのには最適なボール、なんとか東堂さんでゲッツーを取りたいという愛里の意図が透けて見える。

 詩織が頷いて三球目、要求通りの膝下への高速スクリューが投じられる。

 コースはストライク、東堂さんがスイングしてそれを捉えた。

 内野ゴロ、しかし狙っていたゲッツーの取れるような内野ゴロではなく強い当たりで一・二塁間を襲う内野ゴロだった。

 完全にヒットゾーンに飛んだその当たりはライト前に抜けていった。

 二塁ランナーの堀越さんは三塁でストップ、強引に本塁に突っ込めばセーフもあり得たタイミングだったが二点差あるのにそんなリスクを背負う必要性はない。

 どうやら完全に高速スクリューを狙い打たれたようだ、先ほどのスイングの感じを見るとそういう風にしか見えなかった。

 ゲッツーを取りたい場面ということを相手も理解した上で逆手に取られてしまった。


 ここでバッターは五番レフトの片倉さんだったがすかさず代打が告げられる、長森さんがバットを持ってバッターボックスへと向かっていく。

 まだ無死であることを考えて代打のタイミングをもう少し後ろにしてくるかと思ったが、温存した挙句万が一ホームゲッツーでも打たれたら全てが台無しになる。

 そのリスクを考えれば無死満塁のこの場面で長森さんを使っておこうというのも妥当な考えである、俺が監督の立場でもそういう風に判断するだろう。

 マウンドに選手が集まる中、俺もベンチを出てマウンドへと向かった。

 それを見て自分の出番を予想したのかレフトを守っていた小森さんもマウンドへと向かって小走りに向かってきた。

「すみません監督、左打者に打たれてちゃ私が投げてる意味がないのに」

 帽子を取って頭を下げる詩織の肩に手をやって体を起こさせる。

「打たれちまったもんはしょうがない、でも代打に長森が出てきた以上は左投手の成宮を続投させるわけにもいかない。ここは小森をマウンドへと戻す」

 もし勝負するならばこれは当然の判断だが、問題はここから先だ。

「しかし他に選択肢が無いわけではない、無死満塁だがリードは二点ある。満塁だろうと構わず長森を敬遠して後ろの打者と勝負するという方法もあるが……」

「それはあまりにも消極的すぎると思いますよ、一点献上してまた無死満塁ではどちらにしろそこから無失点で凌ぎきるのは難しいです。どちらにしろ難関をくぐらないといけないというのであれば今長森さんと勝負してくぐるべきだと思います」

 小森さんがそう発言する、目の前の困難から目を逸らさず勝利を目指しているその姿を見て彼女の強さをまた改めて認識した。

 俺も同意見だったし、俺や他の選手よりも長年戦い続けてきた小森さんからしてもそういう意見になるのであればこれはそうすべきということで間違いないだろう。


 後ろの打者が極端に弱いというのであればあり得ない選択肢でもなかったが、後続にはキャッチャーの会田さんやピッチャーでも野手並の打力がある真由の名前がありそこまで楽にアウトを取らせてくれるような相手ではない。

 この場面で敬遠すればその相手に外野フライの一つも打たせることなく抑え切らないといけないことになる、それはどう考えても厳しすぎる。

 ここで勝負するリスクは高い、無死満塁で長森さんと勝負して本塁打ならもちろん長打でも浴びれば良くても同点で最悪の場合で走者一掃の逆転サヨナラ負けまである。

 しかし満塁から長森さんを敬遠したところでそれは結局リスクの先送りでしかない。

 招いてしまったピンチとはいつかは向き合わないといけないのだ。


「俺も敬遠はすべきじゃないと思う、そういうことでマウンドには小森を戻すのは確実として……成宮をベンチに下げてレフトに友永を守備固めとして入れようと思う」

 詩織をフィールドに残しておいて左打者の会田さんのところで再びマウンドに上げることでより確実にアウトを取ることが出来るだろう。

 しかしレフトが本職でない詩織を残したことでもしもそこに打球が飛んで来た場合余計な失点に繋がり同点や逆転サヨナラにつながるケースもあるかもしれない。

 そのリスクを考えれば守備固めを入れておくべきだ、控えの外野手である友永は守備力だけでいえばレフトでスタメンの常見を上回っている。

「……私もその作戦に異議はありません」

 フィールドの司令官であるキャッチャーの愛里の同意も取り付けて、交代を告げる。


 改めて無死満塁、バッターは五番のところで代打で出てきた長森さんだ。

 積極的に打って出ることが多いバッターであるのと同時に、引っ張り方向だけではなく逆方向へのバッティングを持ち味とするバッターでもある。

 通常であれば右打者の打球傾向というのは引っ張った際に飛ぶレフト方向の打球の方が流し打った際に飛ぶライト方向の打球よりも多くなる。

 右打者のライト方向への打球が逆方向と呼ばれているのもこれが所以だろう。

 しかし長森さんの場合は右打者でありながらライト方向への打球の方が多い、更に言えばボールに逆らわずに流し打ちというよりは逆方向に引っ張るという表現が適切なのではないかというぐらいの強烈な打球を飛ばしたりすることも珍しくない。

 事実、渡瀬さんから打った長打と黒崎さんから打った本塁打は共に逆方向に弾き返した打球から生まれていることからもその技術が高いのは間違いないだろう。

 つまり一般的に安全と言われる外角は逆方向に打ちやすいため危ないことになる。

 もっとも引っ張り方向に打てないわけではないから内角が安全ということにもならないのだが、他の打者に比べて外角の危険度は格段に高いのは頭に入れておくべきだ。


 しかし愛里が出したサインは外角のスライダー、要求したコースはボール球だ。

 愛里のその狙いは理解できる、小森さんのボールの質を考えるとバットコントロールに優れる長森さんから三振を奪うことはまず不可能だろう。

 そうなればゴロなりフライなりで打たせて取るしかないのだが、打たせて取るという考えであれば得意コースから少し外れたボール球というのが有効になる。

 さらにいえば長森さんが積極的な打撃スタイルを持つ打者であるというのもその配球を後押しする理由になるだろう、慎重にボール球から攻めるのはむしろ定石だ。

 その初球、小森さんのスライダーは要求と寸分違わぬコースに投じられた。

 外角、そして低めの難しいコースにボール一つ分ほど外れていくスライダーだ。

 その初球から長森さんがバットを振って来た、最初から外に狙いを絞っていたのかボールをギリギリまで引きつけてから強振する。

 鋭い金属音と共に大きな打球がライトに向かって飛んだ、ライトの広橋が背走して定位置より大きく後ろまで下がった。

 しかしあと一伸びがない、フェンス手前で広橋がそのフライを捕球する。

 ランナーは当然タッチアップ、犠牲フライには十分過ぎる距離で二塁ランナーと三塁ランナーがそれぞれ一つ先の塁へと進塁する。

 それでもボール球を叩いたとは思えないぐらいの勢いと飛距離を持った強い打球だった、長森さんの打力が底しれないものであることを改めて実感させられた。


 ブロッサムズが一点を返して二対一とサンフラワーズのリードは一点と変わる。

 そしてなおも一死一・三塁、ここで迎えるバッターは六番キャッチャーの会田さん。

 ツーボールワンストライクからの四球目、外角のストレートを左打者の会田さんがレフト方向に流し打つ。

 決して当たりは悪くなかったもののレフトフライ、定位置から少し下がって守備固めでこの回からレフトに入った友永がそのフライを捕球する。

 それを見て三塁ランナーの堀越さんがスタートを切った、彼女は目がさめるような俊足というほどではないものの平均以上のスピードは持っている。

 レフトの友永が助走をつけながらバックホーム、この本塁への返球は僅かに低くワンバウンドながらもきちんとタッチしやすいコースにコントロールされている。


 愛里が左足でブロックを試みながらスライディングしてきた堀越さんにタッチする。

 ブロックに阻まれた堀越さんの足はホームベースに届いておらずタッチアウト、一気にアウトカウントが二つ増えてスリーアウトで試合終了となる。

 決して悪いタッチアップではなかったが友永の送球が予想以上によかったことで命拾いした、結果的には守備固めを入れておいてよかったということになる。

 采配が裏目に出ることもなく、選手も粘り強く戦い最後に迎えたピンチも凌ぎ切ったことで掴みとったこの一勝は価値あるものになるだろう。

 長い戦いでもこの一戦に勝てたことがいい結果につながったという試合はあると思う、もしかしたら今日の試合がその一戦になるのかもしれない。

 本日行われたサンフラワーズとブロッサムズの試合は二対一でサンフラワーズが辛くも逃げ切り勝利を収めた。

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