三日目 ブロッサムズ VS デイジーズ & サンフラワーズ VS コスモス
翌週の土曜日、今日の試合はチェリーブロッサムズとデイジーズ、そしてサンフラワーズとコスモスの一戦となる。
これで一通りの組み合わせが終わる、まだまだ先は長いが最初の三戦で勝ち越せるかどうかというのは一つの目安になってくるのかもしれない。
先発投手はどこもエース格の選手が二度目の登板、チェリーブロッサムズは牧原さんでデイジーズは黒崎さん、サンフラワーズとコスモスの一戦は真紘と渡瀬さんだ。
この日先に行われるのはチェリーブロッサムズとデイジーズの一戦となる。
単純な先発投手の力の差でいえば黒崎さんの方が牧原さんより格上だと評価出来る。
不利が予想されるこの状況からひっくり返すことが出来るのかどうか。
デイジーズの黒崎さんからすれば鍵となるのはチェリーブロッサムズの中軸だろう、三番の彩音と四番の東堂さんを抑えることができれば大きく勝利に近づく。
初回の黒崎さんのピッチング、その問題の一人である三番の彩音を打席に迎える。
それまでの打者二人はしっかりとアウトにとって二死無走者という状況だ。
スイッチヒッターの彩音は左投手の黒崎さんに対しては右打席に入る。
本来彩音は右打席でも安定した打撃を見せている、というよりむしろ右打席の方が左打席よりも向いているのではないかと思えるぐらいだ。
実際に右打席に立った時の打率の方が左打席の打率を大きく上回っている。
それが右打席で打つほうが得意だというのが原因なのか、あるいは単純に左投手が得意でその相手をするときに右打席に立つからなのかは分からない。
いずれにしてもこの数字から評価するのであれば、彩音は左打席より右打席が、あるいは右投手より左投手が得意なのか、またはその両方であるということになる。
それだけに元々超一流打者である彩音が得意とするはずの右打席ですら、黒崎さんに対してはあまり結果を残せていないというのがなおさら驚異的な事実だ。
高校時代から通算しても、黒崎さんは彩音に対して唯一有利に戦える投手と言える。
超一級品の豪速球への対応が難しいという彩音の数少ない弱点をつける投手は今の女子プロ野球全体でも黒崎さんぐらいのものだろう。
ワンストライクからのストレートを彩音が叩くも芯を外されてしまった。
打球はボテボテのピッチャーゴロ、黒崎さんが捌きスリーアウトチェンジとなった。
彩音がああいう芯を外されるという場面自体が相当に珍しい光景である、彩音の場合は凡退するケースでも当たりは良かったというのが多いぐらいの選手である。
そして二回、四番の東堂さんを打席に迎えても黒崎さんの勢いは落ちない。
左打者の東堂さんにとってすれば一般的に左打者が打ちづらいと言われる左投手でこれだけの速球派である黒崎さんを捉えるのは相当に難しいことだろう。
この打席では早いカウントからバットを出していくもストレートに振り遅れてのファールとなりそのまま追い込まれてしまう。
最後は黒崎さんのウイニングショットであるフォークボールで空振りの三振。
相変わらずフォークの切れ味は超一級品だ、落差も凄まじくバットに掠らせることすら困難なハイレベルな決め球である。
試合は三回、チェリーブロッサムズ先発の牧原さんから出塁した柏葉詩帆さんがヒットで出塁したあとすかさず盗塁を決める。
そして得点圏に進んだあとに速球に強い柏葉歌帆さんがタイムリーにつなげた。
その後も神代さんの長打で更に一点を追加し、二対〇とリードを広げる。
黒崎さんはその後も安定のピッチングを見せる、四球を幾つか出したものの打たれたヒットは僅かに二本と力で押さえ込んだ。
彩音は四打席立ってノーヒット、三振も一つ喫するなど相変わらず黒崎さんを苦手にしているのが露呈してしまった形だ。
もう一人の鍵であった四番の東堂さんも四打数で一安打に終わった、その一安打も単打であったことを考えると黒崎さんの完全勝利と言える。
黒崎さんは九回を投げて完封勝利、初登板は渡瀬さんに投げ負けていたのでこれがプロ初勝利となった。
最終的に牧原さんがマウンドを降りてからも加点して、デイジーズが四対〇でチェリーブロッサムズを下した。
続いてサンフラワーズ対コスモスの試合、なんといっても課題は渡瀬さんをどうやって攻略するかということに尽きるだろう。
渡瀬さんの特徴としてはとにかく全ての能力が高水準だということが言える。
ストレートは速球派クラス、コントロールはトップレベルでスライダー、カーブ、チェンジアップと投げ分ける変化球もどれを取っても一級品である。
そして小技も非常に上手い、クイックや牽制の技術が高いだけでなくフィールディングにも優れた面をもつ。
守備の面では他の投手の追随を許さない高い守備力を持ち、まさに九人目の野手といえるような存在となっている。
正確には打撃力が全くないといっていいレベルなので守備面では九人目の野手、というのが適切な表現になるだろうか。
あとは投球フォームにも特筆すべき点がある、左投げで腕をムチのようにしならせて投げるのだがボールの出所が見難いことで打ちづらさのあるフォームなのだそうだ。
以前の投球では奪三振があまり多くなかったが、狙って三振を取りに行くタイプではなく打ち取りに行くケースが多いだけで三振が取れない投手というわけではない。
実際にプロ入り前の試合を見ても奪三振が多い試合は珍しくないのだが、三振を取ることより球数を節約して投げることを重視しているように見受けられる。
強いて弱点を挙げるとすればスタミナがあまりないことだろうか。
そうは言っても百球強は投げきれるぐらいのものはあるし、渡瀬さんほどの実力があると球数が嵩むケース自体がそもそも少ないので致命的な弱点とは言えない。
すべての基本をひたすら磨き上げていけばこういう投手になるのではないか、というイメージを持つ投手である。
今までみた投手は誰もが一癖二癖ある特色のあるピッチャーばかりだったが、渡瀬さんの場合はあまりそういったものがない。
逆に周囲がそういう投手だからこそ、渡瀬さんのような癖のない真っ直ぐ伸びた投手が特別なタイプに見えるとも言えるのかもしれないが。
この試合に勝つためにはロースコアゲームに持ち込むしかないだろう、渡瀬さんから何点も取れるとは思えないしましてやチャンスすら早々には作れないはずだ。
ワンチャンスで一点を取り、真紘が完封で逃げ切るというのが一つのプランになる。
試合が始まる、先攻のサンフラワーズが先に渡瀬さんと相対する形だ。
しかし一番の愛里がセカンドゴロ、二番の常見が空振り三振、三番の桜庭がライトフライとあっさり三者凡退に終わる。
できる限り球数を投げさせるように指示を出していて、三人とも遅めのカウントからのヒッティングだったがそれでも渡瀬さんの投じた球数はわずかに十一球。
その後も試合が五回まで進んだが、渡瀬さんの球数は五十八球と快調なペースだ。
そして何よりここまで完全試合を継続中、全く手も足も出ない状態だ。
一方の真紘も好調、被安打二で無四球と危なげないピッチングを見せている。
試合は七回表、未だに完全試合が進む中で一番の愛里が打席に入る。
そしてワンボールワンストライクからの三球目、外に鋭く逃げていくスライダーを上手く逆方向へとはじき返した。
愛里が得意とするその流し打ちには眼を見張るものがある、打球は綺麗に三遊間の真ん中を破ってレフト前へと抜けるシングルヒットとなった。
完全試合とノーヒットノーランが同時に消えてなくなったのだが、マウンドの渡瀬さんに動揺した様子は全く見て取れない。
相変わらずの無表情でボールを受け取り、次のセットに入ろうとする。
渡瀬さんはランナー無しの場面ではかなりテンポ良くポンポンと投げ込んでくる投手なのだが、ここでランナーを出してどう変わってくるかだ。
一方の一塁ランナーとなった愛里からするとこの場面での理想形は一つだ。
盗塁で二塁まで進みたい、愛里の俊足と盗塁技術の高さを考えれば妥当な選択だ。
渡瀬さんのクイックと牽制技術の高さ、キャッチャー佳矢が規格外の強肩であることを考えれば盗塁を成功させるためのハードルは相当高いことは分かっているだろう。
それでもここでそれを成功させるしかない、今打席に入っている二番の常見はあまりバントが上手いタイプではないのでバントを指示しにくいところがある。
かといってそのまま打たせてランナー一塁のままとなれば得点は非常に難しくなる、渡瀬さんから長打が打てるとは考えにくいから最低でも二塁までは進めておきたい。
愛里は女子プロ野球でも盗塁王を狙うことが出来るぐらいの逸材だと俺は考えている、盗塁技術と足の速さを総合して考えてみればかなり上位に位置するだろうし出塁率が高いことで盗塁のチャンスも多い。
別の球団で言えば千隼のような足のスペシャリストの選手も存在するが、出塁率の差なども考慮すれば愛里にも十分にチャンスがあるはずだ。
愛里が大きくリードを取る、渡瀬さんが視線を向けてから一度牽制を入れる。
ゆったりとしたアウトにする気のない形だけに近い牽制、愛里も難なく一塁ベースへと戻ることが出来た。
そしてもう一度セット、今度は先ほどより長くボールを持つ。
そこから再び素早く一塁に牽制球を投げる、とにかく早い牽制だった。
今まで俺はこれほど牽制の上手い投手を見たことがなかった。
愛里も悪い反応ではなかった、手から戻ったもののあまりにも素早い牽制で一瞬先にボールを収めたファーストのミットがその手に触れる。
牽制死で貴重なランナーを失った、この時点で勝負は決まったのかもしれない。
七回表はその後二人が連続で倒れて攻撃終了となった。
そして回は進み八回裏、二死一塁で三番の佳矢を打席に迎える。
こういう終盤の大事な場面で佳矢を打席に迎えた、そのこと自体が流れの悪さを物語っているように感じられる。
ここまでの佳矢は真紘に対してノーヒットだったがそんなことは関係ない、そこまで一度も打てていなくてもここ一番で一本打てる打者こそが本物なのだから。
どんなに嫌な予感がしていても一塁ベースが空いているわけではない、さらに後ろに控える四番の日下部さんの強打者であり今日ヒット一本を放っている。
この時点で勝負避けるという選択を取ることは出来なかった。
そして真紘が投じたインコースのシュート、いいコースに決まったボールだった。
しかしそれを狙いすましていたのか、佳矢は上手くそれを捉えた。
打った瞬間佳矢がバットを放り投げる、レフトの常見が少し打球を追ったがすぐにそれを諦めて足を止めた。
レフトスタンドに突き刺さる先制のツーランホームラン、致命的な二点のビハインドを八回裏に背負うこととなった。
そして渡瀬さんは最後まで投げ切った、唯一ヒットで出塁を許した愛里を牽制でアウトにして二十七人で試合を終わらせる準完全試合でプロ二勝目を上げた。
完敗だった、これだけの投球内容から唯一のランナーもあれだけ見事な牽制で刺されてしまってはどうしようもない。
今の俺達ではまだ渡瀬さんと戦うには力不足であったと認めざるをえない。
しかしこの借りはいつか返す、これからの長い戦いで必ずそのチャンスは来る。
引き上げてくる選手達を出迎えながら、俺は心の中でそう誓いを立てた。




