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開幕戦 VS エレガント・チェリーブロッサムズ③

 試合は進み七回の表、チェリーブロッサムズの攻撃は三番の彩音から。

 真紘はここまで絶好調、彩音にツーベースを一本打たれた以外は完璧に抑えている。

 そしてこの場面でもランナー無しで彩音に回ったのは比較的幸運であった。

 彩音は天才的なバッターであるが、数少ない弱点を挙げるとすればそのうちの一つに本塁打が少ないことが挙げられる。

 長打が少ないわけではなく、二塁打や三塁打であればむしろ他の選手より多いのだが柵越えというケースはかなり少ない。

 甘い失投を捉えたような場面でも柵越えよりは弾丸ライナーでの長打になることが多いタイプの打者で一発を浴びるリスクは低いといえるだろう。

 だからランナー無しの場面ではそこまで怖くない、塁に出られるのは覚悟しないといけないだろうが柵越えにより彩音一人で一点というのは殆どないからだ。

 今日は好調でランナー自体が殆ど出ていないが、元々真紘はランナーを出しても粘り強く抑えるピッチングが持ち味の投手である。

 右打者に対して得意球のシュートで内野ゴロ併殺に打ちとってランナーを消していくケースも多く、クイックも非常に早いなどランナーを出しても強い投手である。

 そんなことを考えながら見ていると、彩音が外のシュートを上手く拾ってレフト前に落としてシングルヒットとした。


 無死一塁、ノーアウトでランナーを出したのは初めてのケースだ。

 ここはあえて彩音はシングルヒットを狙いに行ったのかもしれないな、塁上でバッティンググローブを外す彩音を眺めながらそんな風に思う。

 先ほどの打席は長打で二塁までいったことで結果的に東堂さんが勝負を避けられて無得点に終わってしまっている。

 東堂さんのことをある程度知っている人間なら、一塁ベースが空いてる状態で東堂さんとまともに勝負にいくことはあり得ない。

 それを考慮して一塁を埋めて勝負を促しているのかもしれない。

 無死一塁で東堂さん、外野は長打警戒で大きく後ろに下がる。

 とにかく一発だけは避けないといけない場面、出来れば長打も打たせたくない。

 単打までなら許容出来る範囲内だろうか、出来れば三塁は踏ませたくないところだ。

 三塁まで進まれるとちょっとしたことで失点につながりかねない。


 真紘が投じたフロントドアのシュートに対して東堂さんがバットを振る。

 他の打者ほどではないがやはり万全なスイングではない、芯を捉えそこねた打球はゴロとなり一・二塁間を転がっていく。

 しかし、東堂さんの打力の強さと飛んだコースの良さでライト前に打球が抜けた。

 ライト前ヒットで無死一・二塁とピンチが広がる。

 先程も東堂さんを歩かせて一・二塁としたが、その時ツーアウトだったのに対して今回はノーアウトであることを考えると大きなピンチと言えるだろう。

 それでも今の時点ではそれなりに気が楽だ、五番の堀越さんはなかなかの打者だが真紘が得意とする右打者であるし、それ以下の打者は真紘に全く対応出来ていない。

 堀越さんさえ乗り切れば、とりあえず一つ安心出来る場面である。

 しかしそれでも一つ不安材料があった、チェリーブロッサムズがドラフト下位で指名したある選手のことが脳裏に浮かんでいた。

 堀越さんは内角を攻められて最後は打ち上げてしまった。

 サードへのフライ、樋浦がしっかりと掴んでワンナウトを取る。

 それを確認したタイミングだったのか、ネクストバッターズサークルにいた六番打者の片倉さんが監督に呼ばれてベンチへと下がっていった。

 そしてベンチから出てきたのは長森さんという選手、俺が先ほどからずっと気にしていた相手がヘルメットを被りながらバッターボックスへと向かう。


 長森さんは色々な意味で注目度が高い選手であった。

 まず打撃、とにかく左投手に滅法強いことで有名でその地方のエースクラスの左腕から本塁打を放った経験もあるぐらいのスラッガーである。

 単純な打力で評価しても平均よりかなり高い、そう聞けば滅多なことがない限り当然スタメン入りしてクリーンナップを担う存在になるのが普通だと思うだろう。

 しかし長森さんはその滅多なことを起こしてしまう存在でもあった、とにかく絶望的に守備が下手糞なのだ。

 打撃が良いものの守備が悪い選手というのは腐るほどいるがこれだけ極端な例は俺の中でも記憶にないぐらいだった、そこら辺の中学生の方が守備が上手いのではないかと冗談抜きでそう思ったぐらいだ。

 一応ポジションは外野ということになってはいたが実際に試合で守ることは殆どなかった、それまでもその打力を生かすために様々なポジションが試されたらしい。


 それでも結局どこを守ってもダメだったというのが長森さんの置かれている状況だった、そもそもゴロを取るのが出来ず内野を諦め外野へと移されたのだがフライに対する目測も絶望的に下手であった。

 守備動作の基本であるゴロとフライが両方だめではどのポジションだろうとまともにこなすことは不可能だと言える、捕球がメインのファーストも強打で拙守の選手向けのポジションだが送球もまともに捕球できないのでこれも失格となった。

 その打力を生かすためになんとかスタメンで四打席立たせてやりたいと試行錯誤されたのの最終的には投手が試合をボイコット寸前となる事態にまで発展したそうだ。

 結局彼女は最後までスタメンの座を掴むことは出来ず、代打の切り札としてその高校生活を終えることとなった。

 そういう事情もあり指名打者制のない女子プロ野球では指名されないのではないかと考えていたのだが、チェリーブロッサムズが予想より高い順位で指名した。


 指名の理由は彼女が左投手に強いというのが非常に大きかったと想像している。

 うちで言えば詩織、コスモスで言えば渡瀬さん、デイジーズで言えば黒崎さんのように他球団に有力な左腕が数多くいる状況だった。

 その対策として彼女を獲得したと考えれば決して不思議な指名ではない。

 しかしこの場面でこちらのマウンドに立っているのは右投手の真紘である、元々打撃技術は高いとはいえお得意の左投手以外で代打起用してきた形だ。

 理想では左の詩織を引きずり出してから代打としたかったのだろうがこのまま行けば真紘が完封しそうなペース、それを考えてこれを最後のチャンスと見たのだろう。

 一死一・二塁となり打席に代打の切り札である長森さん、ここを乗り切れば今度こそ本当にピンチを脱したといえるはずだ。


 彼女のデータはある程度愛里にも伝えているが、それがあまり役に立つタイプの相手ではないというのが俺のもった印象だった。

 どのコースも好き嫌いなく弾き返すタイプのバッターで、得意コース苦手コースという概念があまり存在しないのだ。

 それでも速球が得意だとか変化球が得意だとかある程度の傾向が出るのが普通のだが、彼女に関してはそういった偏りすらない。

 正直にいってどう攻めればいいのか検討もつかないというのが本音だ。

 唯一傾向らしい傾向があるとすれば、代打屋らしく必要であれば初球からでもガンガン振ってくるタイプだということぐらいだろうか。

 それにより配球がひらめくわけではないが、カウント球を置きに行くのがかなり危険なタイプだというぐらいの参考にはなる。

 幸い彼女は真紘が得意とする右打者であるから、オーソドックスにシュートで内角を攻めていく形が一番安全な配球となるだろうか。


 長森さんがゆっくり足場を固めてから構える、どことなく雰囲気のある打者だ。

 プロ入りした選手は当然のように誰もがその場所で中心選手だった存在ばかり。

 その中で代打屋として生きてきた長森さんはあまりにも異端な存在である。

 彼女ほど一打席にかける思いが強い打者が他にいるだろうか。

 初球、内角をえぐり込むシュートでワンストライクを取る。

 完璧なコースだ、あそこは打ちに行ってもどうしようもないだろう。

 そこからもしつこく内角を攻め続ける、厳しく攻めてツーボールツーストライク。

 さらにインコースにシュートを投げるも長森さんがなんとかファールで逃げる。

 そして七球目、それまで全てインコースを攻めていた愛里が方向性を変えてきた。

 最後は外いっぱいのストレート、散々内角を攻められたあとのこのボールは強い。

 長森さんがバットを出した、打球はそれなりの当たりとなって飛んだ。


 セカンドの国方が後方に走りながらジャンプしてグラブを伸ばしたが僅かに届かずライト前に打球が抜けていく。

 捕球されるかもしれないということで二塁ランナーの彩音はスタートが遅くなってもおかしくなかったがいいスタートを切り三塁ベースを蹴った。

 ある程度ギャンブルに出てでも点を取らないといけないという意図が透けて見える。

 広橋さんが打球に追いついて大きくステップしながらバックホームした。

 矢のような返球が愛里のキャッチャーミットへと突き刺さる。

 彩音が滑り込んでホームベースを狙ったが愛里のミットがそれを防いだ。

 判定アウトで得点につながらず、無意識のうちにベンチから立って身を乗り出していたが思わずへたり込んでしまう。


 失点しなかったのは幸運でしかない、ライトの広橋があんなにいいコースに送球を投げることなんて滅多にないのだから。

 広橋は素晴らしい強肩の持ち主だがとにかく送球が安定しない、いい時は信じられないぐらいの送球を見せるがダメな時はとことん酷いタイプだ。

 それに二塁ランナーの彩音の走塁も良かった、もしも広橋の送球があれほど良くなければセーフなっていたはずだ。

 そして過去の広橋の送球の荒れ方を知ってる彩音からすれば送球が多少逸れるだろうと期待するのは当然の話で、走塁判断としては全くもって正しかったと言える。

 そして恐ろしいのは代打で出てきた長森さんだ、あれだけ内角を攻められた後に外角の良いコースへのストレートを最後に投げられた。

 内角を強く意識させられているのだから当然スイングが崩れたのだが、その崩れたスイングであのボールをヒットにしてしまった。

 バットコントロールの質の高さを見せつけられた一打だった。


 山場である山森さんの代打で失点は防ぎ、そのまま後続を断った。

 完璧な送球を見せた広橋に次々と賞賛の声が飛ぶ。

 流れはこちらに引き寄せられたとそう感じさせられる光景だった。

 七回裏、こちらの攻撃は一番の愛里から始まる好打順。

 ここまで牧原さんは四球を五つ出すなど制球こそ安定しないもののその高い球威で強引にねじ伏せるピッチングで被安打〇で無失点に抑えている。

 愛里がカットで粘って四球で出塁、すかさず盗塁で無死二塁とする。

 二番の常見が詰まりながらも何とか右打ちで進塁打として一死三塁。

 外野フライでも一点という場面で低めに投げることを強く意識し過ぎたか、牧原さんの投じたボールは地面を叩き大きく跳ね上がった。

 ワイルドピッチ、三塁ランナーの愛里が労せず本塁を踏んで一点を先制した。

 これで動揺したか牧原さんは三番の桜庭に四球、再び盗塁を決められて二塁に進まれたあと四番の樋浦にタイムリーを打たれて二点目を失った。

 最大のピンチを脱した真紘にとってこの二点の援護は十分すぎるぐらいだった。

 そのまま快投を続けて見事に完封勝利、課題の左打者への対策も十分な効果が見込めることを証明した価値ある一勝をものにした。

 チェリーブロッサムズとの開幕戦は二対〇でサンフラワーズが勝利を収めた。

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