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金をかける少女

作者: あおぶた

金をかける少女

           あおぶた                       


 止まれ!

 止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれぇ!

 しかし、そんな真子の願い虚しく、出た数字は五・五・四の三つ。これにより、今日の真子の負けは三万に達した。

「くっそ。もうちょいなんだ、もうちょいで、アタシに風が吹くんだ」

 真子はスマートフォンを取り出すと、二、三分確認作業を行う。今日のスロット台はガラガラだったので、ちょっとくらいの休憩など何ら問題はなかった。

「よし、今日はもう少し金出せそうだな」

 真子は静かに立ち上がった。そこで初めて、ポーカーのテーブルが奇妙なメンツになっていることに気が付いた。

 

 小太りのふてぶてしい中年が一人。黒い背広の三〇代が二人。残るは、三〇前後半くらいの男女と、どうみても就学前の女の子という親子組だった。子連れの男女は、酷く青ざめた顔をしていた。

「だからね、奥さん」

 中年男がスマートフォンを弄りながら、面倒そうな声を上げる。

「こんな所まで子ども連れてきて、まるで『私は辛い生活してるんです』みたいなアピールされても、払うべきものは払ってもらわんといけないのですよ」

 クルクルクル、フォンフォンフォン。そんな音が中年のスマホから聞こえてきた。中年の目は、終始ゲーム画面の方に向けられている。

「すいません! 来月まで、せめて来月まで待ってもらえれば、少しは返済できるんです!」

 母親は必死に救いを求める。父親の方は、娘の背中にピタリと、彼女を守るように立っていた。父親と娘は、台からやや離れた所で一部始終を見守っている。

「――ちょい、大将」

 真子は、父親に小声で話しかける。父親は気付かない。

「お父さん、アンタだよ。なに自分の妻に謝らせてんだよっ」

 そこで父親はやっと気付いた。真子の存在に、ひどく驚いているようだ。

「あんたら、いくら負けたんだい?」

 父親は、指を三本立てた。

「ふうん、三〇万かい」

「いえ……三〇〇です」

「はあっ?」

「……すいません」

 父親は、酷くみすぼらしい格好をしていた。借金取りにやられたのか、シャツの襟元から細い痣が見える。こりゃ救いようのないアホか。

 一方テーブルでは、事態が更に深刻になっていた。

「じゃあね、払えないってんなら、こんな方法はどうです? まずアンタが、ウチ直属のサービス企業で働いてもらう。それでも返せないようなら、アンタのおチビさんにも働いてもらうんだ。きっとおチビさんは商売上手だぜ」

「それは……」

「むすめだけは!」

 クルクルクル。フォンフォンフォン。クルクルクルクル――その音が、真子の中の一部分、言及し難い何かにスイッチを入れてしまった。

「――あああ五月蝿い、そのクルクルをやめろ!」

 気が付けば咄嗟に、真子はテーブルへ割って入っていた。


「アンタ、誰だ」

「アタシかい? アタシは……このオバサンから三〇〇万借金してるものさ」

「ああ、コンボが切れやがった。なんだ、お前が払うのか?」

 チラッと、自分の財布を眺める。

「あ、ただちょいと今月は遊びすぎちゃってねえ――そう、一週間待ってもらえれば、アタシが三〇〇万用意してやるよ」

 中年の、クルクルする音が止まった。


「本当に大丈夫なんですか? あの、もしかしてお爺様が皇族とか? それとも、外交官の娘さんとかなんですか?」

 カジノからの帰り道、母親が不安そうに尋ねる。

「爺ちゃんと父ちゃんはセールス、アタシはプログラム関係の仕事さね」

 真子は目の前の石を蹴り飛ばした。母親も父親も、二の句を接ぐことができない様子だ。

 娘が小さく欠伸をした。

「よっしゃ、チビちゃんもお疲れみたいだし、オバサンは先に帰っとき。あとはアタシらに任せな」

「はあ? はあ……」

 母親と娘が歩き出す。ただその背中を、真子と父親は無言で見送っていた。

「ほら行くぞ、この小心オヤジ」

「はあ、すいません……」

「名前は」

「え?」

「名前はなんての?」

「あ、千夏です……」

 父親はモジモジしながら答える。ずいぶん可愛い名前だな。真子は、彼の妻の苦労を思うと溜息が出た。

 駅のホームにつく。

 電車を待つ人々は、皆スマートフォンを片手に持ち、もう一方の指で弧を描いている。まるで、新興宗教の秘密の合図のように。

 クルクルクル。フォンフォンフォン。

「ああもう、勤務時間外にピコピコ音なんて聞きたくない!」

「最近流行ってますもんねえ……あのゲーム……」

 千夏の言うあのゲーム、『リズム&ドラゴンズ(通称リズドラ)』とは、魔法石というアイテムを消費しながら冒険を進める無料アプリのことである。課金をすることで、様々なボーナスを特別に受けとることもできる。

「あいつら、ミームの良い餌食にされてるんだから」

「ミームとは……?」

「ググれ」

「すいません……」

 電車が流れこんでくる。真子は電車に念力を送る真似をした。そして電車が止まると真子は、自分が止めてやったんだぜ、と千夏にニヤリと笑ってみせる。


「しかし……一週間で三〇〇万も稼げるんですか?」

 降りて来る人を待つ間、千夏の方から真子に問いかけた。

「簡単な話さ。多利多売するためには、安物で顧客のニーズを満たせば良い。つまり――」

 真子は、千夏の顔を覗き込む。

「形容し難い優越感を与える」

 二人を乗せた電車は、すぐに加速すると曲がり角で見えなくなってしまった。


 一週間後、彼らを乗せた電車が再びホームへと飛び込んできた。今度は準備が良いようで、真子はイヤフォンで外界の音をシャットアウトしていた。

「マネー、ウェイツ、フォア、ノーワン」

 真子がぼそっと呟いた。

「……ググってきます」

「いや、アタシの造語だ。今のうちに稼いどくのさ」

「すいません……」


 再び、中年と対峙する。真子の後ろには、千夏、それに千夏の妻と娘が隠れるように控えていた。

 中年は厳しい顔付きをしていた。それはもちろん、画面に向かってである。クルクルクル、フォンフォンフォン。

「くそ、魔法石が切れた――追加購入だ」

 中年は数回の操作をした。すると、ほどなくクルフォンが復活したのだ。

「ははっ、今週は『神のフェスタ』か。まあせいぜい崇めてくれよ」

 中年が、じろりと真子を見た。

 真子はわざと大きな音を立てて、札束をテーブルに叩きつけた。ひっ、と千夏の妻が声を上げる。

「ほらよ、三〇〇万さ。もちろん、キレイな金だぜ」

 傍に控えていた背広の部下が、声を荒げる。

「どうやったんだ。これがマトモな金なわけないだろう」

「たくさんの人が、募金活動をやってくれてねえ。もしかすると、アタシの美貌が罪だったのかしら」

「はあっ?」

 真子はほくそ笑んで、人差し指を立てた。

 千夏の妻が、娘を抱き締めた。夢じゃないわよね、ほんとよね。そう呟きながら。千夏

はそんな二人を見つめながら、神様、ありがとうございますと深く頭を下げていた。

 中年は、しばらく眼前の金を見つめていた。

「どう集めたかは良い」

 中年が、真子を睨みつけた。

「目障りだから、もう消えてくんな」

「そうかい。それじゃあ帰ろう」

 真子は立ち上がる。

「ああ、最後に一言。おっちゃん――」

 ニヤリと笑った。

「その金の一〇〇〇分の一くらいは、アンタが払ったんだぜ?」


 真子は、自分に対する三〇〇万返済の話を全力で断った。

「いいって、返さなくても。アタシ実は、とんでもない大富豪なんだから」

「でも、お仕事って確か……」

「はいはい、気にしない!」

 真子は、その続きを心の中で吐露する。そりゃ、やりたくもない仕事やって荒稼ぎして

るけどさ。

 一行は再び歩き出した。

「しかし……課金システムとは斬新なようで……それに似たゲームは意外と過去にもありましたね。それが……アナログからデジタルに変わった……それだけで……なんでこんなに異様に見えるのでしょうかね……」

 突然なことを言い出すので、真子はまじまじと千夏を見つめてしまった。

「すいません……」

 再び真子は歩き出そうとする。

「……真子さん」

「ん?」


 千夏が微笑んだのを、真子は初めて見た。子供が好きなんだろう、と思わせる笑顔だった。

「ありがとうございました……」


「千夏のおっさん――」

 千夏の妻が、驚いた顔をして真子の方を見た。

「真子さん、主人をご存じだったのですか?」

「え? だって、そりゃあずっと――」

「主人の務めていた玩具工場が倒産になった日、主人に首を括るのを思い留まってほしかった――私ったら、ヤケになってギャンブルなんかしたもんだから、あんな風に良いカモにされたんだわ。夫婦揃ってダメダメね」

 真子は、素早い所作で横を見た。

 千夏の姿は無かった。

「パパはね、お空の上から私のことずっと見ててくれてるの!」

 娘が蒼天を見上げる。


 真子は呆気にとられて、ただ、歩いていく母子の背中を見送っていた。八月の風が、真子の両側を吹き抜ける。

 千夏が真子の横に現れる。

「来世で待ってる」

「――いや、行かねえし」

 千夏は最後にもう一度、深くお辞儀をすると、もうそれっきり見えなくなってしまった。


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