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第16話 戦雲の帝国③

 夕闇が広がる帝都の街並みは、灯火によって彩られ、人々の持つ証明の揺らめきが、まるで川の流れのように動き回っている。


 アイアースは、兄弟達とともに夕闇に染まりはじめたかつての住まい。ハギア・ソフィア宮殿からその様子を見つめていた。


 皆が皆、一様に口を閉ざし、感慨深げにそれを見つめている。


 戦時であっても、人の営みは川の流れと同様に留まる事を知らず、むしろ大河の如きものから渓流の如き激しさへと変わっているのだった。


 それでも、帝都の喧噪そのものに大きな変化はない。


 帝国の首都として、常に流動を続けてきた都市である。停滞から激動へと移り変わる時代であっても、その活力そのものが消える事はない。



「不思議なモノですね」



 そんな都市の様子を見つめたまま、アイアースは口を開く。



「何がだ?」



 それに対し、傍らに立つフェスティアが短く答える。すれ違い続けてきた姉弟であったが、今この時になってようやく二人並び立つ事が出来ている。


 お互いの心情に違いはあれど、その事実を喜ばぬ理由もない。しかし、元来背負った者が多すぎる両者。涙を流しての再会というモノに縁はない。




「もう二度と踏む事はないと思っていた帝都に、宮城に立つことができた。しかし、街の様子は変わりはない。そして、お互いに死したる身と思っていた兄弟達とこうして並び立っている。正直なところ、いまだに夢を見ているのかと思いますよ」


「浪漫主義者だな。その年でそれじゃあ、将来が恐ろしい」


「兄上。私は素直に嬉しいですよ? こうして、ともにある事が出来るというのは」




 そう口を開いたアイアースに対し、ミーノスが苦笑しながらそう答える。


 たしかに、アイアースの言は少し、情景に酔っているきらいがあり、それを恥ずかしげも無く口に出来るというのは、軽薄さを演じていたミーノスにとってはむず痒い事なのかも知れない。




「サリクスの言うとおりだ。……先ほどは何も言えなかったが、皆、よく生きていてくれた」




 アイアースを少しからかったような調子のミーノスを嗜める形になったサリクスの言に対し、フェスティアは深く頷く。


 そして、改めて弟たちを見まわすとゆっくりと、そう口を開く。


 立場上、表情を改める事はないが、それでも、彼女が私情を表に出せる機会などは、大袈裟に言えば、両の手で数えるほどがやっと。


 こうして、私的な時間を作り出さねばそれも叶う事はなかったのだ。



「して、そなた達はいかにして生きながらえていたのだ?」


「私は、メルティリア様の処刑の後、配下のキーリア達によって救出されました。冥眠の秘薬を用いて仮死状態になり、埋葬と偽って脱出したようです」



 フェスティアの問いに、アイアースは消える事無きあの日のことを思いかえす。イレーネ、ハイン、エナをはじめとする多くの人間達の力によって生きながらえる事が出来た。


 今となっては、彼らに感謝をする事も叶わぬ身であったのだ。




「父上とアイアースが捕縛された事は、恥ずかしながら私にとっては幸いと言えました。叛徒どもは父上の捕縛に舞い上がり、配下の者達との合流がかないました」




 続いて口を開いたシュネシスの言に、アイアースは、フォティーナや奴隷オークションの際に出会った紳士の事を思いかえす。


 シュネシスはあの頃から自身の手のモノをいくつか飼っていたらしく、シャルミシタを半ば強引に配下としたのもその強化のため。


 それに、その配下達がいなければ、先頃までの解毒も事を為さなかったと思えば、アイアースは幼い頃からの兄の慧眼をそら恐ろしくも思えてくる。




「フォティーナとはその頃からか?」


「はい。あやつも、私を守ってくれた人間達の同志でした。それから、ミーノスやサリクス、アルテアの消息が不明のままであった事から、よく似た少年少女を捜し出し、教団に投降させました。金を掴ませ、いくつかの脅しを用いれば、志無き叛徒を手玉に取るのは容易な事でしたので」


「追っての気配がいつの間にか消えていたのはそういうことだったんですか……。母上が、兄上の心配はいらぬと口々に言っていたのも」


「ああ。母上は自壊した名門の姫。万一の際の後ろ盾の重要さは骨身に染みていたのさ。といっても、俺に出来たのはそれだけで、お前達に苦労をさせてしまった事は、悔やむところだがな」




 シュネシスの言を受け、ミーノスがそう口を開く。


 二人の母親、アルティリアの力添えも、シュネシスの背後では大きかった様子だった。




「……兄上、まさかとは思いますが」


「オアシスの件は何もしておらんよ。テルノアにしても、お前がいる以上、パルティノンの復興は自身の責務と考えたんだろう。結果として、姉上に手を汚させ、不幸な戦いを強いられる運命になってしまったが」




 それを聞いてか、先ほどまで穏やかな表情で話を聞いていたサリクスが、表情を曇らせながら口を開く。


 シュネシスがあらゆる手管を用いて、自分達を救おうとしていた事は分かるが、逃亡中の皇族にとって、国内の戦乱は大きな隠れ蓑となる。


 テルノアが起こしたオアシス国家群の共和政権に対する反乱は、その規模から言っても最大のモノであり、水面下で生きる人間達にとっては大きな助けになったとも言える。


 そんな二人の間にどこか不穏な空気が漂いはじめると、フェスティアがゆっくりと口を開く。




「武人として生き、武人として死んだ。私には、尊敬する敵手としての敬愛以外にはない。だが、サリクスはそうも割り切れまい?」


「私を救い出してくれたのも、叔母上でしたので。姉上、一つ聞いておきたかったのですが」


「なんだ?」


「シハブ様とイナルテュクにあのような仕打ちを与えたのは……、姉上のご意志なのですか? 溶けた水銀を、身体の穴という穴に流し込まれ、人ではない姿となって死んだ行ったお二人への……」




 自身の心情を姉が読み取った事を悟ったのか、サリクスは話の矛先をフェスティアへと変える。そこに、シュネシスに対する疑惑の目と言った態度は無く、あくまでも知っておきたい事実であることを強調しているようにアイアースには思えた。




「二人の討伐と処断を命じたのは私だ。それは、事実であって、それ以外の何物でもない」


「そうですか……。分かりました」



 サリクスの問い掛けに対して、表情を変えることなくそう答えたフェスティア。恐らく彼女は嘘をついてはいないが、アイアースも噂に聞いた二人の処断方法までを彼女が命じたとは思っていない。


 それでも、秩序の維持のために反逆者としての処断を決断した事実までもを隠し立てするつもりもフェスティアにはない様子であり、サリクスもまた彼女を非難する事の愚かさを理解している様子だった。




「姉上はどのようにして?」




 そんな重苦しい空気を感じたアイアースは、アルテアに対してそう問い掛ける。補完兄弟達と違い、彼女とは今日になって八年振りに再会したのである。アルテアもフェスティアに気を使ってか、あまり前に出てこず、今は黙ったまま会話に耳を傾けているだけである。


 とはいえ、はじめはアイアース等四人は、カミサにて死んだはずのアリアと改めてにている事に驚くとともに、皆が皆、アルテアとアリアがよく似ているという事を考えていた事に苦笑してもいた。



「どのようにって、前に言ったでしょ?」


「は?」


「研究畑が長かった」


「はい?」


「これでどう?」




 そんなアイアースの問い掛けに、アルテアは素っ気なく答えるだけであったのだが、なおも首を傾げるアイアースに対して、アルテアはハイネックの肌着を鼻筋を覆うほどにまでにたくし上げ、懐から取り出した布で額から上を覆う。


 すると、なんとも見覚えのある目元だけが残される。



「えっ!?」


「あ、お、お前っ!? そ、それじゃあ??」


「そういうこと。お兄様。口説くにしても、実の妹をって言うのはまずいんじゃないの?」


「?? なんだ? どうしたんだ?」




 そんなアルテアの姿に驚きの声を上げるアイアースとミーノス。シュネシスとサリクスも声こそ出さないが、目を見開いている。


 そして、そんな弟たちの様子フェスティアは、キョトンとした視線を向けるだけであった。



「まあ、冗談はおいておいて、シス兄様。綱渡りはほどほどにしておいた方がよかったと思いますよ? カミサ送りを止めるためにフォティーナと私でどれほど苦労したか」


「う、うむ……」


「ミィ兄様も情報収集をしたいのは分かりますけどね、女はあなたの考えているほど単純じゃありませんよ?」


「女だと気づいていたのは俺だけなんだから別に良いだろうが……」


「どういう理由ですか……。――サー兄様は、教団内部じゃ目立ってはいませんでしたけど、オアシスの方達との接触はもう少し慎重にやった方がよかったと思います。ミィ兄様と連みだしてからは二人とも警戒されていましたしね」


「やはり、感づかれていたか」


「ええ。教団にとっては、オアシス方面は宗教性も異なりますし、なによりテルノア様達の件がありましたのでね。それで、アイアース」




 アルテアが、今日まで何をしていたのか。それをようやく知る事になった男四人は、ある意味でもっともやっかいな敵を身内に持つ事になる。


 現状、フェスティアの耳に入れば雷や拳骨では済まないような事もやらかしてる兄三人は、まともな話であった事にひとまず胸をなで下ろしている様子であり、最後に残されたアイアースは、まさにまな板の上の鯉のような心境である。


 組織の“者”として、アイアースの行動は逐一監視していたであろう姉の口のから、どのような話が飛び出すのか。




「……なんですか?」


「……まあ、あなたには繰り返すようだけど、自惚れはほどほどにね? カミサでもやらかすところだったそうじゃない」


「言葉もないです」


「まったく……、いつももう少し素直だったら、苦労は減ったと思うのにね。少なくとも、アイヒハルトに単独で挑まされるような事は無かったと思うわ」


「それだ。お前、どうやって勝ったんだ?」




 立場が悪くなった事を自覚したのか、ミーノスが額に浮かんだ汗を拭い終えると身を乗り出す。


 それまでは、感情を表に出さずに冷静に振る舞っていたのだが、今はかつてのミュラーと名乗っていた頃の性格が前面に出ている。



「どうやってと言われましても……。一度死にかけたあとは、不思議と互角に戦えたんですよ。とはいえ、一瞬記憶が飛んでいますし、カミサでテルノア様と戦った時の様になったんじゃないですかね」


「……アウシュ・ケナウ監獄か。たしかに、アイアースが人虎の姿になったように、人と獣を融合させ、力を引き出すという実験は行われていたようだ……」


「実際、ジルも被害に遭っていますしね」


「今一度なって見ろと言えばなれるか?」


「戻れなくなったらどうするんですかっ」




 アイアースの言を受け、シュネシスが思いかえすように口を開く。監獄が壊滅した際、シュネシスはシャルとともに監獄内部に潜入。毒の解毒方法を盗み出していた様だったが、その際に研究の成果も盗み出しているのだろう。


 そのため、獣化してしまった人間をいかにして元に戻すのかも分かっているのだろうが、だからと言って無差別に味方を攻撃しかねない姿になどなりたくもない。




「冗談だ。戻し方分かっているが、俺らもいつそうなるか」


「あのことか?」


「ええ。アイアースはカミサにて」


「……そうか」


「……姉上? 兄上??」




 そんな冗談めいた口調でアイアースに語りかけていたシュネシスであったが、フェスティアの静かな問い掛けに、短く頷く。


 それを受け、苦悩を隠しつつ目を閉ざしたフェスティアの姿は、それまで見た事がないほど弱々しい印象を受けた。



「こちらの話だ。それで、ミーノス、アルテア。そなた達、身体の方大丈夫なのか?」


「え? ――ま、まあ……、無事じゃあないですがね。男娼として売られた事もありますし。追撃が止むまでに、キーリアや近衛兵が全滅しちまいましたし、生きるためにはなりふり構っていられませんでしたが」


「私の方も似たようなモノです。といっても、私ははじめから教団に囚われていたので。そして、教団幹部の衛士や信徒兵に対する暴行もありますからね。もっとも、そのおかげで相応の地位を得る事はかないましたので」




 話を振られたミーノスは、なんともばつが悪そうに答えるが、アルテアは嫌悪と諦観の入り混じった表情を浮かべて口を開く。


 シュネシスのような独自の後ろ盾も、サリクスのような強国の後ろ盾も、アイアースのような強力なキーリアの守りもなかった二人の苦労は、兄弟の中でも大きなモノであった様子である。




「そうか……。皆、私が不甲斐ないばかりに苦労を……」


「そんな事は」


「不甲斐なかったのは全員が全員ですよ。我々がなまくらであったばかりに、民は傷つき、姉上にすべてを押しつける事になった。今も、我々はキーリアであって、姉上が孤独である事に変わりはない」


「まだ、少年・少女であったお前達と俺と姉上は違う。まあ、俺達が頭を下げたところで、お前達の失われたモノが帰ってくるわけでもないしな」




 苦悩を浮かべながらそう告げたフェスティアに対し、アイアースはなだめる言葉が見つからなかったが、ミーノスは相変わらずそれまでとは大きくことなる調子で口を開き、シュネシスもそれを受けて、口を開く。


 実際、自分達が受けた仕打ちの責がフェスティアにあるはずもなく、自分達以上の仕打ちをフェスティアが背負っている事も皆が皆、理解していた。



「陛下。そろそろ、よろしいでしょうか?」


「ああ。待たせてしまってすまない」



 そんな折、広間から数人の男女がこちらへと向かって来る。皆が皆、アイアース等と同様の白を基調とした軍装に身を包んでいる。



「ハインっ!!」



 その中に、見知った顔を見つけ出したアイアースは、立ち上がってその男のところへと歩み寄る。



「殿下っ。久しぶりですっ!! 本当に生きていてくれたんですねっ。それに、リアネイア様にそっくりだ」


「ああ。お前もっ……」


「おいおい。俺達と再会したときより嬉しそうじゃねえか」


「そういうな」




 ハイン自身、最後にともに戦った頃から齢は重ねていたが、それでもその立ち振る舞いに変わりはない。


 今でも、人懐こい笑みを浮かべ、アイアースから差し出された手を力強く握ってくれた。




「ハイン。よかったな」



 そんなハインとアイアースを彼の傍らにて見つめていたエミーナが静かに口を開く。




「ん? エミーナは、ハインと知り合いか?」


「えっ!? …………お前、話してねえのか??」


「不要だ」


「この変わり様じゃあな……」


「?? どういう??」



 そんな彼女に対して、アイアースは首を傾げながら口を開く。


 アイアースの言に、目を見開いたハインであったが、あきれたような口調で問い掛けると、エミーナの素っ気ない返事にハインは肩をすくめる。そして。



「エナですよ。こいつは」


「エナ? …………エナだとっ!?!?」


「偽名ですけどね。改めて、お久しぶりでございます。殿下」


「あ、ああ……」




 ハインの口から出た名に、今度はアイアースが目を見開く番であった。


 解放戦線のリーダーとして、アイアース等を保護していたエミーナは、かつてイレーネ、ハイン等とともにアイアースの守護にあたっていたキーリアのエナであったという。


 しかし、大人しくて要領の悪い、新米キーリアであった頃の姿と、今の冷徹かつ男勝りな指導者の姿には、重なるところが思いつかなかった。




「アイアース。積もる話はあるだろうが、今はよいか?」


「あ、申し訳ありません」


「さて、ここにいるのは、一応、教団を捨て、帝国に忠誠を誓った衛士。つまり、改めて帝室を守護者たる身となったキーリア達だ」




 そういって、居ならぶキーリア達に視線を向けるフェスティア。


 そこには、イースレイ、ルーディル、リリス、ジルといった一桁№から、メリカ、ミュウといった中堅№、そして、エミーナ、ハインと言った古参組、総勢16名が勢揃いしている。




「そして、今前線にもヴァルターをはじめとする数人のキーリアが赴いている。そなた達は、彼らとともに、この戦いを勝利へと導くのだ。そして、勝利がなったとき、再びこの場にてまみえ、帝室へと帰ってきてほしい」




 キーリア達と対面する形で並んだアイアース立ちに対し、力強くそう告げたフェスティア。その表情は、先ほどまでの兄弟達にどん底を味あわせた事に対する悔恨の表情はなく、過酷な運命を打ち破り、パルティノンに最大の版図をもたらした聖帝としての誇り高き顔がそこにはあった。




 すれ違い続けた者達の邂逅。それは、両勢力の決戦を前にしたつかの間の安息であった。

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