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第8話 流血の渓谷

 突撃してくる歩兵達を斬り伏せ、首を飛ばし、膝を斬り裂いて蹴倒す。


 すでに渓谷は赤く染まり、敵兵達の死体が山積みになっている。それでも、敵兵達の侵攻は止まることはなかった。


 今も両の目を血走らせながら槍を繰り出してくる一団をかいくぐり、足元と薙ぐと、が断末魔をあげて転倒しもがき苦しむ。


 それでも、一部の兵士は血を這いずりながらこちらへと向かってこようとしていた。




「無駄だ」




 そんな兵士の姿に、アイアースは何の感傷も抱くことなく、落ちていた槍を拾うと、兵士の頭上から槍を突き刺す。


 目を剥き、全身を痙攣させる兵士の身体をそのまま持ち上げると、さらにこちらへと向かってこようかという一部隊に向かって槍ごと投げつけた。


 先頭を駆ける兵に激突したそれは、後方を駆ける兵士を巻き込んで転倒していく。


 それを見て取ったアイアースは、傍らに立つエミーナとメリルとともに大地を蹴り、残された兵士達もろとも縦横に斬り伏せる。


 3人が討ち漏らした敵兵は左右に埋伏した弓兵に射られ、そこをも突破した敵兵は後方に控える部隊に漏らすことなく討ち果たさせている。



 討ち漏らしたと言えど、無傷で突破をさせるような手抜かりはない。



 戦況はその通り、解放戦線側が圧倒している。敵はスカルヴィナで捕らえられた奴隷兵であるという情報もあり、一方的な殺戮を演じていることは不快でしかないが、それに対して情を見せていては戦は成り立たない。


 キーリアとなったアイアースとそれと同等もしくはそれ以上の武勇を見せる二人にそんなものはなく、目の前の敵に対しては一方的な攻勢をかけるだけであった。


 そして、いつしか敵兵達の突撃は止み、視界で捕らえられる先にて停止する部隊が出はじめている。




「こちらの状況は悟ったか?」


「気狂いでもなければ、当然であろう? 洗脳したとしても指揮官ぐらいはいる」




 敵の様子にそう口を開いたアイアースに対し、エミーナが剣を振るって染みついた血糊を払いながら答える。以下に自我を奪い、戦うことに専念させたところで人たる身であれば恐怖もする。


 実際、3人が見せた一方的な虐殺は、味方から見ても震え上がるほどのものであった。


 そんな戦場における昂揚感に身を委ねている二人に対し、メリルは特段の感情を見せることなく視線の先にて待機している敵兵達へと視線を向けている。


 その仮面の下から漏れる視線は鋭く。先ほど助力を願い出てきた時の人の良さそうな態度は影を潜めている。


 先ほどの戦闘でも、別人のように寡黙になり、向かって来る兵士達に対しても恐るべき剣伎を持って攻撃を加えていた。


 とはいえ、アイアースにはその剣がどことなく悲しみを帯びているように見えている。


 鋭く、正確な剣伎であるのだが、攻撃の際にほんの僅かな躊躇が見られるのである。兵士達とはあまりに技量が違いすぎるため、それが致命的な弱点になるわけではないが、それでもその持ちうる武勇とは相反する危うさを感じざるを得なかった。



「――むっ!? あれは?」



 と、前方を見つめていたメリルが口を開く。


 その言にアイアースも視線を巡らせると、眼前にて待機している敵集団が一人また一人と敵兵士がこちらへと歩み寄ってくる。


 どことなく足取りは重く、次第に見え始める表情は暗く生気も感じられず、まるで屍者のように見える。


 そんな敵兵の様子に傍らに立つエミーナが左手を上げ、伏兵部隊を自制させるとゆっくりを前へと進み出る。



「止まれ」



 後を追いかけたアイアースとメリルと制したエミーナが、凛とした声でそう告げる。


 しかし、敵兵士は歩みを止める様子もなく、よく見ると目から涙を流しているように見える。


 そこまで来てようやく気付いたが、首筋に横凪の傷が走っており、声帯を潰されて声を発することが出来なくなっている様子だった。




「まさか……っ!?」




 そこまで来てアイアースは、先頃のカミサでの戦いを思い出す。




 戦いの冒頭、フェルミナが救出してきた難民達を回復法術や刻印に明るい者達が検視をした結果、使途不明の刻印を体内に埋め込まれていることを発見した。


 そこでシュネシス等が下した判断は、対象の難民達の処断。だが、脱出可能な難民達は南方へと逃れ、真に動くことの困難な難民達は、事実を告げた上での隔離を行った。


 そして、戦いの最中に用済みと判断されたのか、隔離した難民達は全員が爆殺されていたことがカミサ脱出の前に発覚していた。




 それと直接の関係があるのかは分からない。しかし、直感が危機を告げる。



「エミーナっ!!」


「分かっているっ!!」


「な、なんだっ!?」




 アイアースの言に、エミーナは声を荒げながら答える。


 突然声を上げた二人に困惑するメリルだったが、エミーナの眼前にまでやって来た兵士が、頭を抑えながら踞り、僅かな間を置いて目から正気を失わせながらエミーナへと飛び掛かる。




「二人とも、下がれっ!!」




 すでに次なる事態を察していたのか、エミーナは飛び退りながら、敵兵達を斬り伏せると、そう声を上げる。


 慌てて後方へと飛び退くアイアースとメリル。


 すると、視線の先で着地した後、その場で詠唱をはじめたエミーナに対して、正気を失った敵兵達が飛び掛かっていた。



 その正気を失った目は血走り、全身を覆う血管が浮き上がっており、飛び掛かるその姿も小刻みにふるえていた。




「何をやっているんだっ!?」




 敵の眼前にて法術の詠唱をはじめるなど自殺行為でしかない。


 エミーナの法術の腕前がどの程度なのかをアイアースは知らなかったが、すでに目の前に来ている敵を焼き払ったところで敵による攻撃が自身の攻撃を掻き消すだけであるように思えたのだ。



 そして、その刹那。


 後方へと飛び退るアイアースの視界には、数千もの光源が一斉に瞬いたかのような閃光と巨大な猛獣の咆哮の如き轟音が周囲を支配した。




「っ!?」



 爆風に後方へと押しやられながら、大地へと降り立ったアイアースとメリル。


 その眼前には、先ほどまでエミーナが立っていた場を中心にクレーター状にくり抜かれ、黒く焼き焦げた大地と木々の燃えかすがいまだに燻り続けていた。




「ここまでとは……。たしかに、数十人がまとまっていたが」


「何が起こったのだ?」


「確証はないが、人の肉体を媒介にした刻印の暴走だ」


「どういう……」


「専門の知識はないから何とも言えないが、身体に合わない刻印を強引に彫り込めば肉体が破壊されると言うだろ? そして、彫り込める場所も両の手の甲と額のみ。それは、体内で刻印が培養する力の出口だからだ。だけど、それ以外の場所に埋め込まれれば逃げ道はなくなり、それを強引に暴走させれば肉体の崩壊はもちろん、たまりに溜まった力が一気に解放される。その爆発がこれというわけだ」




 そう言ったアイアースであったが、それがここまでのものとも思えなかった。


 とはいえ、外部からの力も加わっており、それを為す人間の力も強大であれば、法術の威力と同様に爆発力も増すものであるかも知れない。




「……つまり、彼らは」


「ああ。ヤツ等からすれば、火矢の火種みたいなもんなんだろ」


「――今回は、はじめから警戒していたから良かったが。これを民間人にされたとすれば」


「当然、指揮官が鬼にならざるを得ないだろうな」




 実際、カミサではその判断を下さざると得なかった。


 シュネシスはアイアースから見ても、冷徹な判断を下す人間であるとは思う。それでも、難民達の処断までは決断しきれなかった。


 柔弱な指揮官であれば、重病者の隔離まで決断できたかどうか。それほど、同胞に対する意識は捨てがたいものである。




「――来るぞ」


「ああ。ひと思いに、天へと返してやるとしよう」




 アイアースの言に、仮面の奥の瞳に炎を灯したメリルが、前方と側方に目を向けながら両の手に剣を構える。


 それに応えたアイアースも、剣を構え直すと、それまでの苛立ちを心の奥底へとしまい込み、消えた表情の奥にひどく冷静な、そして残酷な炎を灯しはじめた。




◇◆◇


 


 森林の向こうで起こった爆発。


 ミランダは、それを合図にそれまで迂回を続けていた騎馬に鞭を入れ、崖を一気に駆け下りると眼下に広がる森の中へと飛び込んでいった。


 急な傾斜に前方へと転がり駆けるのをこらえ、森の中へと入りこむと細かい木の枝が顔を打つのに耐えながらも速度を緩めることはない。


 両の手にそれぞれかめた大型の馬上槍ランスと盾は、自身にぶつかってくるものをすべて居倒している。




『馬はリヴィエト兵の進めぬところへは進まぬ』




 リヴィエト軍の長老たるスヴォロフ将軍の言であり、『馬が進めるところは、リヴィエト兵も進める』というのが、リヴィエト軍の伝統である。


 いかなる悪路であっても、鍛え抜かれた軍馬が突き進めるところを突き進み、敵の虚を突くことで勝利を重ねてきた。


 ミランダが大帝に対して、大軍と新兵器を擁しての防衛線の突破と敵指揮系統の粉砕を軸とした戦闘教義を提出したのは、それを為すことの出来る精鋭を長く続く戦ですり減らし、そこにつけ込んで発言力を増す謀略集団を懸念してのことである。


 勝利によって得た奴隷を使えば、スカルヴィナに出現した新兵器を大量増産することは可能であり、奴隷兵達をそこに押し込んで防衛線さえ突破してしまえば、後は自分達精鋭が敵後方にまで浸透できる。



 そう考えたが故に産み出した戦闘教義。



 しかし、彼女自身は精鋭騎兵による一撃離脱を旨とする突撃に美しさを見出す、リヴィエト軍人の伝統に染まってもいた。


 そして、戦場は葉を落としているとは言え、兵を伏せるにはもってこいの森林。


 その木々の間隙を突破する高速の騎兵など、軍事の常識からはまったくといって良いほど外れている。

 しかし、常識を越えたものが常識を破壊するのは当然。


 それに加えて、先ほどの爆発から奴隷兵達も役に立った言うことをミランダは確認している。


 怒りに燃え、眼前へと意識の向いた相手を側面から要撃することは、赤子の手を捻る様なものでもあった。


 そんなことを考えていたミランダは、騎兵の速度を増しつつ森を抜ける。そこは渓谷の出口に近く、前方に意識を置いている歩兵達の姿見て取れた。




「どこを見ている?」



 先頭を駆けるミランダの後方に次々に重装騎兵達が姿を現してくる。


 そうして、複数の騎兵は一匹の巨大な獣となって眼前の敵兵達へと襲いかかる。


 一人、前方を見据えている部隊の兵士がこちらへと視線を向ける。蹄を覆い、極力音を奪っている騎兵である。泥濘には弱いが、奇襲にはもってこいであった。


 当然、何が起こったのか理解できぬまま、ミランダのかまえた馬上槍ランスに真正面から顔を突かれ、人の顔の部位を四散させながら突き倒される。



 兵士が大地に倒れ込んだとき、ミランダはすでに次なる標的のところへと突撃し、倒された兵士の肉体は、後方から殺到する騎馬によって人であった形跡すらも見出せぬ肉塊へと変えられていった。


 そうして一気に戦線を突破したミランダは、眼前に映る二つの人影に気付く。


 そこにはそれ以外にも人の影はあったが、多くがその二つによって蹂躙されているモノ。当然のように、それをどうするのかという答えは決まっていた。




「居たな。化け物が……。全騎っ続けっ!!」




 騎馬を走らせながら、そう呟いたミランダは、一瞬だけ後方へと振り返り、後に続く騎兵達のそう告げると、彼らもまた手にした馬上槍を振り上げてそれに答える。


 眼前にて奴隷兵達を一方的に蹂躙し、文字通り死体の山を気付いている二人。


 それは、先ほどの報告にあった者達であろう。とミランダは思った。


 はじめは、戯れ言と思ってもいたが、戦場における伝令兵が偽りを言うはずもない。そして、こうして事実として築かれている死体の山が、それが事実であることを告げてもいた。


 そんなことを考えつつ、標的へと向けて疾駆するミランダに対し、左右の森から矢が射掛けられて来る。


 それは空を埋めんとするような数にも見える。しかし、人の力で疾駆する重装備の騎兵を射貫くことなど不可能。


 甲冑や盾にみじめに跳ね返される鏃の音が耳に心地よく響き渡る。一、二本、鎧の隙間から身体に突き立つ矢もあるが、そんなモノを苦にする暇はなかった。


 今の彼女らの目の映っているのは、眼前に立つ二つの化け物であり、それを手にした大型の馬上槍によって貫く光景だけしかない。



 と、一人がこちらを振り向く。



 まだ若く、女のような線の細い顔立ちをしている長身の男。


 少年と呼んでも良いほど幼さを残した外見をしているその表情に、一瞬の驚きの感情が湧いた様子であったが、その後は慌てるどころか、こちらを憐れむような表情をこちらに対して向けてきている。



(…………なんだ?)



 その少年の表情に、ミランダは一瞬、戦への昂揚から現実へと立ち返る。


 そうして、露出した兜の隙間から目元に流れ込んでくる風。疾駆のそれに混じり、どこか優しさを含んだ風。



 何かに導かれるように視線を向けたミランダの目に、陽の光に輝く銀色の髪と黒き翼が映りこむ。


 ほんの一瞬、いや、一瞬と呼ぶのが正しいのか分からぬほど僅かな間。



 その一瞬とも呼べるか分からぬ間に、ミランダの身体は乗馬ごと虚空へと跳ね上げられた。



 視界から消える銀色の髪と黒き翼。



 虚空へと投げ出されたミランダの目に映るのは、それまで彼女が目にしたこともないような生命力満ちあふれる大地であった。


 全身から吹き上がった血に赤く染められながらも、それは彼女の生まれ育った枯れた大地のそれとは大きく異なる。




(これが……)



 落下し、大地に叩きつけられる間に、見入っていた大地。


 身を起こす間にみぎりしめた土は、雪解けの湿り気の混ざった肥沃な土壌。それすらも、彼女にとってははじめて経験するモノであった。



「我々が、侵略と蹂躙を繰り返すのは、すべてはこのためであったのか」



 静かにそう呟くミランダ。




 彼女にとって、大帝ツァーベルの命に従い、敵を打ち破り、そのすべてを蹂躙し尽くすことはごく当たり前のことでもあった。


 当然の行為に、その理由を追い求めることはない。


 それでも、多くの人間が、殺戮と破壊の先にあるモノの存在を探ることはめずらしくもない。


 豊かな生活も十分なほどの富も、それに慣れている人間にとってはそれほど大きな感慨を与えるモノではないのである。


 だが、今の彼女は自分達が希求する何かの一端に触れたような気がしていた。




「なれば、今は死ねん」



 巨大な馬上槍を捨て、腰の剣を掴んだ彼女は、今も目の前で生き残った騎兵達と対峙し、それを圧倒している少年の姿を見つめる。


 首を飛ばされ、鮮血をまき散らせながら崩れ落ちる騎兵。それが大地に倒れ込んだ時、不意に視線が交錯する。




 無言で大地を蹴る両者。



 互い違いの双剣が光となってミランダへと襲いかかると、彼女は適した盾でそれを受け止め、弾き飛ばすと空いた少年に向かって剣を振り下ろす。


 破壊よりも斬撃に特化した剣。そして、双剣である以上、身体の正面ががら空きになる間が当然のように出来る。


 そして、ミランダのように重装備を纏う者にとっては、斬に特化した相手は御しやすい存在であった。


 しかし、彼女ががら空きの懐へと振り下ろした剣は、空しくも空を切る。


 目を見開くミランダは、頭上に殺気を感じると、剣と盾を同時に振り上げる。


 するとそこに鋭く振り下ろされる一対の剣。


 ほんの数瞬で、少年は身体を跳ね上げ、こちらへの攻撃に転じていたのである。



 その事実にミランダは、背筋に粟を浮かべると同時に、強大な敵手と相対するという喜びにも直面していた。



「少年、名は?」



 互いに剣をぶつけ合いつつも、ミランダはそう口を開いていた。


 この恐るべき敵手の名を知りたい。そんな直球な感情を抑える余裕など無かったのだ。


 それに対して、蹴りを見舞うことで答える少年。


 盾で受け止めつつも、あまりの重さに思わず仰け反るミランダにたいし、ひらりと後方へと飛び退くと、少年は静かに口を開いた。




「私はアイアース・ヴァン・ロクリス。貴様は?」


「――ロクリス? 帝国の第4皇子か??」




 そう名乗った少年に対し、ミランダは自身の脳裏に刻まれた敵国の要人の名を思いかえす。


 侵攻に当たっての最大の脅威になるであろう女傑の性。それが、ロクリスであり、帝国の皇妃でもあったその女には、皇帝の四男になる皇子が居たはずであった。




「貴様はと聞いている」



 しかし、こちらの問い掛けには答えず、アイアースは鋭い視線をこちらへと向けてくる。




「私は、ミランダ・ロマノヴァ・トハチェフスカヤ。――いざ、参るっ!!」




 それを肯定と受け取ったミランダは、そう答えると再び大地を蹴る。


 実力の差は先ほどの対峙で感じ取っている。しかし、戦に敗北したミランダには、もはや個人の勝負を優先させるだけの感情しか残っては居なかった。



 もし、これを御すべき上官が側にいれば、彼女にとって今回の敗北は何より宝となったはずであったが、それはすでに敵わぬ事でもあった。



 剣を振り下ろしたところにアイアースの姿はなく、傍らを一陣の風が吹き抜けると、その場の甲が吹き飛ばされ、血が吹き上がる。


 重装備であるが故に致命傷にはつながらなかったが、返す刀で腕の甲を飛ばされ、次第に正面の装備全体に傷がつき始めている。


 速さでも剣伎の正確さでもアイアースに圧倒的に部があり、ミランダにとっては男女や年齢、経験以上の差がそこには存在していた。


 とはいえ、致命傷を受けていないと言うことはまだまだ戦えると言うことでもある。


 アイアースがキーリアであることを知らないミランダであったが、それでも一流の武人である以上、一撃を見舞えば、隙が産まれることは自明の理。


 そして、ミランダにとってのとっておきは、まだ残ってされていた。


 激しく動き回り、確実にミランダの防御を破っていくアイアース。そして、胸甲が破損し、衣服が露わになると、アイアースはミランダに対して止めを刺すべく地面を蹴る。


 しかし、それまでの動きが徒になってか、それまでと比べてその動きにキレがあるようには思えなかった。


 一瞬の勝負になると思っていたのはアイアースも同様であり、実力差がありながらも決着を焦ったことで、身体の切り返しと踏みきりが甘くなったのだ。



 そして、ミランダもそれを見逃さない。



 いまだに左腕に残る盾を後方へと振るうと、アイアースへと向けてそれを投じる。


 激しく回転しながら投じられたそれに対して、アイアースは目を見開いてそれを躱すべく身を捻るが、滑空中に出来ることには限界がある。


 彼の努力空しく、唸るように飛来したそれは、鍛え抜かれた腹部へと突き刺さり、突撃の勢いそのままに後方へと飛ばされ大地へとその身体が叩きつけられる。


 それを見て取ったミランダは、その首をとるべく大地を蹴る。



(勝てるっ!!)



 苦痛に顔を歪ませながら、身を起こすアイアースに視線を向け、そう思ったミランダ。


 しかし、彼の眼前にて剣を振り上げたミランダの視界は、突如、赤い光に包まれはじめた。



「な、なんだ??」



 思わずそう呟いたミランダ。


 視線の先では、苦痛に顔をゆがめつつも、右手を掲げ、それを赤く瞬かせるアイアースの姿がある。


 激痛に襲われる肉体を強引に動かし、さらに肉体に負担のかかる法術を一瞬の間に使役した。


 視線を向けつつミランダはそう結論づけていた。ひどく冷静に見ることが出来たのは、自分が死にゆく身であることを自覚しているからであろうか?



「化け物が…………」



 なんとか、そう呟いたミランダは、赤い光包まれていく視界にならうように、ゆっくりとその双眸を閉ざしていた。


 それは、自分が死にゆく身にあるということを、無意識に自覚していたが故の事であったのかも知れない。

 


◇◆◇



 突撃してくる騎馬の一群から、数騎の騎兵が離脱して行くのが合図であった。


 上空にて限界まで詠唱を続けていたフェルミナが、先頭に立つ騎兵達を、風の法術で全身を切り裂きながら跳ね上げると、エミーナの土法術が、土壌を崩して騎兵達を飲み込んだのだ。


 付き崩れた前衛を飛び越えた騎兵達も、その動揺を隠すことは出来ず、待ち構えていたアイアースとメリルによって討ち果たされ、後方より攻め上がってきた兵士達も攻撃に加わっている。


 そんな中で、二人の双剣はまるで生きているかのように呼吸が合い、舞い踊るかのように敵を倒していく。


 長年戦場をともにした戦友の再会のような、そんな姿を思い起こさせる剣伎。


 それに吸い込まれるように突撃し、討たれていく敵騎兵達の姿はどこか不気味なようにエミーナには思えた。



 先ほど、奴隷兵達の自爆に巻き込まれたエミーナであったが、得意としている土魔法による守護の力によって身を守り、爆風を利用して後方へと飛び退っていた。


 敵の目に止まることなく後方へと下がること。危険ではあるが、死んだふりもその一手である。


 彼女にとって、後方に控える敵主力が正面からの突撃を試みるだけなのか? という懸念が戦いの最中にも残り、戦前、そうアイアース等に語っていたエミーナは、フェルミナの物見によって、敵重装騎兵の存在を知り、その迂回にも気付いていた。


 とはいえ、急峻な崖を駆け下り、森の中を全力で疾駆してくることまで予想できず、後方の部隊に犠牲を出してしまったことは彼女にとっては大きな誤算であり、そのまま後方部隊に突撃されれば、全滅の危険もあったのだが、そこは戦場を支配する昂揚が味方をしてくれた。


 相手を蹂躙するだけの強大な力は、時として強力な武器となり、時として視界を曇らせる徒となる。


 今回、敵の重装騎兵達は、困難な作戦への重圧からの解放と、敵への蹂躙、そして、強大な敵からの勝利という欲望。そのすべてが結合した戦場特有の高揚感によってこちらの用意した罠へと飛び込んできてくれたのだ。


 フェルミナの法術の才には以前から目を付けていたことも幸いしていた。


 もっとも、解放戦線に身を投じていたことをエミーナが知ったのは、つい先日。それまで捜索の対象にすらしていなかったことを考えればなにぶん身勝手だとは思うが、かつての逃亡生活を共にした身。


 自身の不明さを詫びるときが来ることもあろうが、今は戦への勝利が先決である。


 敵はまだ多く残っており、戦自体はまだ終わっていないのだ。


 そんなことを考えた矢先に、フェルミナの法術によって虚空へと投げ出されていた騎兵が立ち上がり、アイアースに襲いかかった。


 すぐに対応し、相手に対して優勢に対峙していたアイアースであったが、ほんの僅かに勝利を焦ったのか、敵の思わぬ反撃を受けて行動の自由を奪われる。


 慌てて駆け寄るエミーナであったが、相当な距離があり、その間にはまだまだ生き残りの敵騎兵が行く手を阻んでいる。


 それを斬り伏せて、アイアースの下へと向かったエミーナであったが、敵騎兵はその眼前にて赤い炎に包まれていた。




「化け物が…………」




 敵の呟きが、妙にはっきりとエミーナの耳に届く。そして、炎が消えると、そこには倒れ伏したアイアースの姿あった。



「殿下っ!!」



 苦痛に顔をゆがめながら身を起こすアイアースへと駆け寄ろうとしたエミーナであったが、そんな彼女よりも速く彼に駆け寄り、身を抱き起こす影。



「エミーナ、時間はもう十分だ。皆を撤退させろっ!!」


「…………っ!? どういうっ」



 エミーナに対してそう叫んだ影、メリルの言にエミーナは一瞬言葉に詰まる。


 彼女自身、元々は帝国のキーリアであり、一介の冒険者風情に命令される謂われもなく、解放戦線の指導者としての矜持もある。


 しかし、なぜだかその時は、メリルに対して逆らうことを本能が拒否していた。

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― 新着の感想 ―
侵略して豊かな大地を支配するならわかるけど、破壊する意味が全く理解出来ない。 リヴィエトはただ戦争したいだけにしか思えない。
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