第3話 生きる者達の責務
極寒の季節が過ぎ去ると、両軍の動きは活発になり始めていた。
各地の帝国軍主力がステップ地帯中央部に位置する都市キエラに集結し、そこから翼を広げるようにルーシャ地方へと展開して行っている。
リヴィエト側も先頃ウヴァルイ高原を攻略し、南下の動きを見せ始め、両軍の激突ルーシャ地方の泥濘化が収まる中春以降である予想された。
「前哨戦は互いの騎兵部隊の激突になるのかな?」
アイアースは眼前に貼られた地図に視線を向けつつ、背後に横たわる男に対して口を開く。
男の身体には至る所にジェル状の物体が張り付いており、それらはせわしなく収縮を繰り返している。
「さぐり合いは続けるだろうよ。――もっとも、今年は冬の終わりが早い。姉上のことだ、いきなり敵主力の殲滅にかかるかも知れん」
「教団がよけいなことをしなければいいが」
「共存派はフォティーナが抑えている。しばらくの間は大人しいだろうよ」
「少なくとも、兄上達が動けるまでの間は。ということですか?」
「ああ。中身は帝国を恨んでいる人間ばかりだ。フォティーナは自信があるようだが、アレは少し実力を過信するところがある」
アイアースの言にシュネシスは自身の身体を蠢くジェルをつつきながら答える。
カミサでの戦いから間もなく三月。
防衛線の名を借りた教団の粛清からなんとか逃れた彼らであったが、教団によって植えつけられた縛から逃れるためには長い時間が必要であったのだ。
「戦いの前にミュウが大人しかったのは何かと思いましたが……」
「刻印で毒の進行を抑える方法が欲しかったのでな。お抱えの研究者も解毒法までは思いついたが、俺達に残された時間との折り合いがつかなかった」
そう言うとシュネシスは周囲を漂う水晶球へと視線を向ける。
宿主に様々な力を行使させてくれる根源体であるが、当然万能というわけではない。応急処置や毒の進行を緩やかにする力を与えてくれても、完全に傷を治したり、毒を取り除いてくれるものは少ないのだ。
「それにしても、お前は随分早かったな」
苦笑しつつそう口を開くシュネシス。
たしかに、教団のキーリアであったアイアースも彼らと同じ毒が身体には仕込まれていた。
だが、事前にそのような状況を察していたヒュプノイアとミュウによって毒耐性を身につけられ、そらにティグ族の特性故に身体への毒の浸透が弱かったことも重なり、それほど日をおかずにアイアースの身体から毒は抜けていたのだった。
「おばあさまはまだ健在であったのだな。あの方に相談した方が早かったのかな?」
「いや、俗世間への関わりは断っているし、こうして解決可能なことには協力してくれませんよ」
「まあな。――それより、暇だったら連中の手伝いでもしてやれ。お前がいるだけで天と地だぞ?」
思い出すかのように天井を見上げつつ口を開くシュネシスは、アイアースの言に頷く。
元々、帝国が健在であったときも一年に数回ほどしか顔を出さなかった人であり、ゼノス等の懇願にも手を貸すことの無かった人である。
こちらが強引に願い出れば、協力をしてくれないこともないだろうが、それは平穏な余生を過ごす彼女の心を乱すことでしかない。
「そうですね……一宿一飯の恩は返さないとですし」
「嬢ちゃんもかまってやらないとだしな」
「そこまで子どもじゃないですよ」
そんな他愛の無い会話を続ける二人であったが、彼らが身を寄せるこの地は、アンサイルス湖に浮かぶ孤島であり、フェルミナの属する“パルティノン解放戦線”の拠点が存在している。
アンサイルス湖は、スカルヴィナ、カレリア、ルーシャ、エウロス地方の中央部に位置する巨大な湖で、北部は冬期に凍結して地続きとなり、中部には特殊なガスが発生する危険地帯を有する。
そんなガス地帯は、教団、及び組織の本部が位置するほか、様々な岩礁や孤島が存在する。
解放戦線にとっては不倶戴天の敵である教団の本部は目と鼻の先にあり、危険ではあるが彼らの行動をいつでも掣肘できる位置にあるのだという。
また、ここからならば対岸のスカルヴィナ地方への上陸も容易く、難民の収容やパルチザンへの武器供与など危険な行動のための利点としても大きく機能していた。
「もっとも、それまでは過激派っていう印象しかなかったんだけどな」
シュネシスの部屋を後にしたアイアースは、通路を歩きつつそう口を開く。
フェスティアの登極以降、教団は信者と呼ばれる人間の獲得に各地で慈善活動を活発化させると同時に、復興のために強引な政策をとるフェスティアへの抗議活動を煽ったり政権内部に信者を送り込むなどの水面下での工作を行っていたと聞く。
信者の獲得も、時として強引な帰依の強要があったり、信徒兵や衛士による脅迫の類も存在している。
それらに対しての武力行使を活発に行うのが、解放戦線を中心とする勢力であった。
帝国からしてみれば、教団側だけを取り締まるわけにも行かず、解放戦線側も大人しく従うことなく激突した例も存在していた。
それでも、権力の束縛の外にいる彼らは使い出があることも事実。
異なる時空において、反社会勢力が国家権力と裏でつながることは周知のことであるように、既存の勢力を叩きつぶしたフェスティアにとっては新たなる結び手としての候補でもあったことは想像に難くない。
と、そんなことを考えつつ通路を進むアイアースは、周囲の冷え込みに思わず身震いする。
周囲は氷石と呼ばれる氷と輝石の混合体として出来た岩盤をくり抜いてできており、冬と言うことも相まって非常に冷え込む。
とはいえ、夏は非常に涼しく過ごせるというのだから贅沢は言えぬ話でもある。さらに、氷石は非常に硬質であり、火によってすぐに蒸発してしまうため加工は難しいが、ここの拠点のように大きく固まっている場では、蒸発した水分もすぐに凍り付くため弱点はなくなる。 武器への転用も検討中だと聞いていたがその実現はなかなか難しそうでもあった。
アイアースも双剣の砥石として使わせてもらったときは、切れ味や刀身の輝きが段違いであったこともあり、譲ってもらっている。長時間使っていると手が凍傷になる危険があったが。
そんなことを考えつつ、戦線幹部達の集まる司令室へと足を向けたアイアースは、部屋の入り口に立つ兵士達の敬礼を受け、ゆっくりと室内へと足を踏み入れる。
「失礼します」
「これは、殿下っ!!」
そんなアイアースの姿に、室内の人間達が一斉に直立し敬礼する。
戦線のリーダーにはまだ会っていないが、敬礼などの徹底に軍隊組織的な性格を思わせる。
「楽にしてくれ。ふう、ここは温かくて助かる」
「廊下は冷えておりますのでね。こちらをどうぞ」
「ありがとう。押しかけてきて悪いな」
「いえ、それで、いかがなさいましたか?」
室内の暖かさにアイアースはほっと一息つきながら、フェルミナが座る執務机へと近づく。他の者達も旧知のフェルミナが相手をすればよけいな気を使わずにすむ。
そのため、時折こちらに視線を向けつつも作業へと戻る。
「手持ちぶさたでな。何か手伝えることがあればと思って」
アイアースは差し出された紅茶を口に含みながらそう口を開く。想像していたものよりもよい香りが鼻腔をくすぐっている。
「そうですか……。もしよろしければ、私の偵察任務にご同行願えますか? 他の者は任務が決まっておりますし」
「わかった」
「では、少々お待ち下さい。――すいません、下に準備を頼んでおいて下さい」
「了解した」
提案を了承したアイアースに対して笑みを浮かべたフェルミナは、ちょうど司令室から出ようとしていた男にそう告げると執務へと戻る。
簡単な決済書類などであるようだったが、室内でも飛び抜けて若いフェルミナがそれを行っている様は、アイアースには少々驚きであった。
もっとも、アイアースも外見的に大人びているとはいえ、ようやく成人を迎えた少年であり、この二人が並んでいると成人年齢が若いこの世界にあっても、戦いを生業にする人間達のようには見えていなかった。
「準備って言うと? 防寒対策とかか?」
「そんなところです」
「なるほど」
執務を終えたフェルミナとともに大空へと舞い上がると、アイアースは思わずそう口を開いた。
今、アイアースが騎乗しているのは、鷲馬と呼ばれる身体の前半分が鷲、後半分が馬の姿をしている生物で、飛天魔や飛竜と同様にそれを飛ぶことが可能である。
よく似た種族である鷲獅子よりも気性が温厚であり、争いごとを好まぬため戦には向かないが、その分乗り心地もよく、高高度での偵察などには持ってこいの生物である。
「ちょうど、吹雪も止んでいてよかったです。さすがに、カミサのような天候では飛ぶことが難しいですし」
「そうだな……、それで、どっちに行ってみるんだ?」
空は非常に空気が澄んでおり、寒さなどの気候の変化に耐性のあるキーリアでも答える寒さではある。フェルミナも厚着をしており、冬場の空からの偵察任務が過酷な環境にあることを証明させてくれる。
とはいえ、澄んだ空気が遙か彼方までも見渡せるほどの情景を作り出してくれてはいたが。
「危険ではありますが、ルーシャ方面へ」
「教団本部を通ることになるな……もっとも、フォティーナが上手くごまかしてくれるとは思うが」
「そうですね……。では、殿下、ご同行よろしくお願いします」
「ああ。まずいと思ったら、俺をおいて先に逃げろよ? 仲間を連れて迎えに来てくれ」
「――分かってはおりますが、分かりません」
「なんだそりゃ」
偵察任務である以上、敵性勢力の発見時には交戦の可能性もある。
空の戦いはフェルミナにとっては慣れたものかも知れないが、地力は天と地ほどの差がある両名。
それぞれの役割は分かりやすかったが、フェルミナにアイアースを一人で行かせるつもりなど無いことは明白である。
アイアースとしても、その気持ちはよく分かるため、それ以上何も言う気にはなれなかった。
結印もすでに解放しているし、今現在皇子としてのアイアースは死亡したことになっているのだ。
彼女に命令する理由は今のところはない。
「……今でも、夢なのではないかと思います」
「うん?」
「あの日、殿下の訃報を耳にし、私は復讐のために生きることを決めていました。いまだ、力は及びませんが、難民達を救おうとしてのも殿下の仇を討つための力を得るため。でも、あの絶望的な戦いを生き残れたのは、殿下をはじめとする皆さんのおかげです」
「結果として、救えなかった者の方が多い」
「そのことを忘れるつもりもありません」
◇◆◇
風雪吹き荒れるカミサの町。
それは、テルノア率いるリヴィエト先遣部隊によるカミサ侵攻の前日のことであった。
ハーヴェイによって公開された教団内務長フォティーナからの親書。
そこには、ミュウの捕縛やシュネシスの正体に関する事項が載せられており、その事実を暴露したハーヴェイ一派はその場で拘束されていた。
「まあ、私がなぜ生きているのかは……、細かい話になるため省くが、私は父帝を母を兄弟達を見捨てる形をとってまで自らを生きながらえさせた。それだけではなく、姉上の登極後も名乗り出ることなくひたすら自身の基盤確保に動いた。――これは、そういう男からの提言だと思って聞いてほしい」
椅子の腰を下ろし、その場に集ったキーリアや近衛兵、守備兵、解放戦線兵達を見まわしながらそう口を開くシュネシス。
アイアースも、兄の生存の喜びをひた隠しながら彼へと視線を向ける。
「聡い皆はすでに気付いていると思うが、今回の指令、成功の可能性は無い。我らが的の首領を討ち果たす以外に成功は無いのだからな」
シュネシスの言に、皆が皆、口を閉ざしたまま耳を傾ける。
「後方に展開している上位№や信徒兵達も実のところは逃げ出した俺達を粛清するために配置されているに過ぎない。となれば、俺達はここカミサで戦い、死んだと教団側に思わせる必要が出てくる」
「南に後退すれば粛清。北へと侵攻すれば当然生きて帰ることは不可能、東西は山岳と巨大な湖が連なる地。いや、そこすらも監視対象と見て間違いないでしょうね」
「ああ。確証はないが、リリスは俺達の味方であり、彼女だけが監視役であれば逃げおおせることも出来たと思う。だが、俺は彼女と接触しすぎた。他の監視役には教団に忠実なものが宛がわれるはずだし、人の手によるごまかしは難しい」
「彼女は皇帝の影。教団側としても、信用はしていないだろうな」
シュネシスとシャルミシタが言葉を繋ぎ、アイアースもシュネシスの言に頷く。
リリスに教団への忠義など無いであろうし、形としてはフェスティアからの教団への人質のようなもの。
リリスがいる間は教団に手を出すこともないし、リリスに危害を加えた際には、全力で教団を叩きつぶすというメッセージのようなものとは本人から聞いている。
「ああ。だが、結果として我々は地力この場を乗り切る必要が出てくる。そこでだ」
そう言うとシュネシスは腰に下げた袋を机の上へと載せる。
中には、キーリアの身体に埋め込まれた毒を抑える丸薬が入れられていた。
「この丸薬だが、一時ではあるが刻印の活動を抑える効能がある。知っているモノもいるとは思うが、リリス等による遠見は、俺達の身体に埋め込まれた刻印の発する闘気を探ることで行動を把握している。つまりは、刻印の活動を抑えてしまえばヤツ等は俺達の行動を見張ることは出来ない」
「ですが、それを為すには服用上限を超えるという大変危険な使用をする必要がありますがね」
「うむ、だが、他に手段はない。…………ただ、この場から去ったとしても、生き残るためにはこれらの丸薬がいることは否定できない」
「その通りだ。どのみち貴様らが生き残ることは不可能だ」
「黙って聞いてなっ!!」
シュネシスの言に、床に拘束されたハーヴェイが口元に笑みを浮かべてそう言うが、傍らにてフェルミナを守っていたセイラに折檻されて強引に口を閉ざされる。
「それについての方法は考えてもいる。博打であることには変わりないがな」
「…………なれば今は、殿下、いや、指揮官殿を信じるまでではないか? みんなにも聞くが、教団が我々をこのような指令に送り込むだけでなく、ともに戦ってきた同志達に対してどのような仕打ちをしてきたか。思い当たるモノはいるだろう?」
全員を見まわすシュネシスの言に答えるように、ジルが進み出て口を開く。
彼にとって、教団は、恋人や友人を奪った相手でしか無く、アイアースに次いでシュネシスの生存も知った彼にもはや教団に身をおく理由はなかった。
「……私は、今まで教団の命に従い、数々の指令に従ってきた。元々、帝国による搾取に喘いできた過去もあったからな」
「俺もそうだ。殿下には申し訳ないが、現実として飯を食わせてくれたのは、教団なんだ」
「…………そうか」
しかし、ジルの言に従うキーリアもいれば、力なく首を振るうキーリアもいる。
その様子にシュネシスやジルも表情を曇らせる。
「とはいえ、今は生き残ることが第一であることに変わりはありません」
「少なくとも、反抗したわけでもないのに、粛清されるんじゃたまったもんじゃない。協力はさせてもらいますよ」
しかし、そんなシュネシス等に対し、件のキーリア達もまた、賛同の声を上げた。
「で、あんたらはどうするんだい?」
「…………好きにしろ」
セイラによってさらに拘束を強められたハーヴェイもまた、同様にシュネシス等に従うことになったのだった。
そして、獣人部隊との戦いは終わり、サリクスの介錯とアリアの法術によって、女帝、テルノアは変転し続けた人生に終止符を打った。
しかし、その後方に控える前衛部隊本隊の侵攻は間断無く行われ、疲弊の極みにあった近衛兵達は壊滅。
生き残っていたキーリア達もハーヴェイをはじめとする多くが倒れていき、最終的な生存者は、アイアース、シュネシス、ミーノス、サリクス、ジル以下キーリア8名。二人の虎騎長とその部下10名、フェルミナ以下解放戦線の兵士20名であった。
当千に値するキーリアであっても、疲労の極みにあっての敵精鋭を止めることは不可能であったのだ。
「……私を討つことが使命ではなかったのか?」
「ああ。だがな、この身に流れる血が、どうやら私に信仰よりも忠誠を優先させたようだ」
「やけに殊勝であるな」
「……ふん、最後ぐらい、他人のために生きるのも悪くは……ない」
「そうか、ゆっくり休めよ」
戦いが終わり、意識を切らせたアイアース等が目を覚ましたのは、すでに敵前衛が突破してから大分時間が経過してのこと。
ハーヴェイ以下、戦死したモノもその時までは生きていたものもいたのだが、治療の甲斐無く逝った者も多い。
「これでよかったのか……?」
ファナの亡骸の側へと腰を下ろし、その冷たくなった顔を撫でたアイアースは思わずそう呟く。
アイアースの背後に立つジルも、シャルミシタの亡骸に寄りそうフェルミナ、セイラの亡骸を抱くミーノス、テルノアとアリアの亡骸を運んで来たサリクスもまた、その言に答えることは出来ず、他の生き残り達も一様に顔を落とす。
誰もが生き残る可能性があった戦いであり、誰もが命を失う可能性のあった戦いでもある。
だが、今この場に倒れ伏す戦死者を前にすると、戦いを生業とする彼らであっても、今こうして生きていること自体が罪深いように思えてしまうのであった。
「皆、立てっ」
そんなアイアース等の様子に、シュネシスが静かに口を開く。
「立ち上がり、周囲を見ろ。――ここに倒れた者達は、何を思い、何のために戦ったのか。俺達は、語り継ごうじゃないか。俺達を生かしてくれた者達のことをな……。――ここに倒れる者達のためにも、俺達は立ち止まることは許されん」
静かにそう言葉を紡ぐシュネシス。
カミサの町にミュウを連れたルーディルが現れたのはそれから間もなくであり、ミュウによって毒の進行を抑えられたアイアース等は、ルーディルに工作を依頼することでカミサの町を脱出していった。
◇◆◇
カミサでの戦いを思いかえしながら、アイアースは首にかけたお守りを無意識のうちに撫でる。
ファナが身につけていたものであり、アウシュ・ケナウ監獄から救出した際に、「幸運のお守りです」とはにかむ彼女の姿を思わず思いかえす。
そんなアイアースの姿を見ないように顔を背けたフェルミナもまた、自身の両の腕に身につけた布製の腕輪に視線を落とす。
シャルミシタが愛用していたモノで、彼女もまた再会から永遠の別れとなってしまったモノの姿を思いかえし、思わず目尻に涙をためはじめる。
「どうも、高高度の寒さは目に染みるらしいな。フェルミナ少し降りるとしようか?」
「……そうですね。このあたりは、変わった現象見られるそうですので」
「ほう? それは楽しみだ」
その様子を目にしたアイアースは何の気なしにフェルミナにそう告げると、声を震わせるフェルミナもまた、同意し両者はゆっくりと地上へと近づく。
ちょうど、湖の真上を飛んでいた両者であったが、アイアースの目に湖を横断する一条の線が映る。
そして、それは、死したる者達が彼らに告げた何かであったのかも知れない。
「ん……? あれはっ!?」
「あ、アレはここの名物らしくて、沸き上がった水が冷えきった外気によって一騎にと受けるすることで」
「そうじゃない。フェルミナ、もっと降りるぞっ!!」
「えっ!? は、はいっ」
即座に嫌な予感を察したアイアースは、鷲馬に高度を降ろすよう指示を出すと、ゆっくりと湖面に横たわる線が大きくなってくる様を見て取る。
そして、そこをゆっくりと突き進む一団の姿も。
「……氷塊の影に隠れながら進んでいるのか」
「たしかに、危険ではありますが進めない場所ではありません。ルートさえ確保すれば兵士を送り込むことはそれほど」
「……急ぎ戻るぞ」
そう言うとアイアースは急ぎ、鷲馬を虚空へと駆る。
パルティノンとリヴィエト。両者の水面下での攻防はこのような場においても繰り返されている様子である。
全力で拠点へと舞い戻るアイアースとフェルミナ。
それは、吹雪が止み、冬のすんだ空気が春独特の穏やかな空気へと変わる日のことである。
いささか早めの春の訪れ。それは、両雄の決戦の時が足早に近づきつつあることを静かに告げていたのであった。




