第27話 白銀の挽歌⑥
夜明けとともに吹雪はいくらか和らいだようであった。
アイアースは差し込む柔らかな光に目を覚ますと、傍らにて寝息を立てる人物を一瞥し、衣服を身につけていく。
その際、何の気なしに露わになっている上半身に視線を向けると、色とりどりの光が皮膚の間からこぼれ出ている。
これが、自分達の身体能力を劇的に高めると同時に、常に身を支配する刻印に蝕まれるかのような恐怖。
戦いのさなかや昨晩のようなときは、一時的にそれを忘れさせてくれるが、ふとした機会に現実へと引き戻されることになる。
と、アイアースは頭を振って衣服を整えていく。それを終えると、いまだに眠っているファナの元へと近づく。
しかし、帰ってきたのは白刃の煌めきであった。
「あっ!? で、殿下、申し訳ありませんっ」
「いや、予想していたから問題ない。それより、丸見えだぞ?」
「あっ!」
「はは、朝から元気づけられたな。先に行くから、遅れるなよ」
「は、はいっ」
実力が劣り、少々抜けているところもあるファナであったが、それでも彼女はキーリア。眠っているところに不用意に近づけば相応の洗礼が待っているのは他と変わらない。
「おはようカズマ、お楽しみだったみたいだな?」
部屋から出ると、視界を覆うかの様な大男と鉢合わせる。
長身の部類に入るアイアースよりもさらに頭一つ分以上の長身に加え、銀色の髪を細いドレッドロックスのように何本にも編み込んでいるため、非情に厳つい外見をしている。
「おはようございます。ザックス。まあ、戦いの前準備みたいなものです。うるさいヤツもいないし」
「ああ、あいつか。それでも、ちょっと不道徳にも思えるな」
「真面目なんだな」
「私がガキなだけだ」
そう言って、ザックスは苦笑しながら、かぶりを振るう。編み込まれた髪が緩やかに流れている。
「それ、寒くないのか?」
「髪のことか? 別に? もう慣れたしな」
「すげえ手入れが大変そうだけどな」
「まあ、崩れないようには気をつけている。髪が細くて助かるけどな」
「将来…………すまん」
「禿げたら剃るから気にするな」
と、らちもない話を続けながら、司令室へと赴く二人。
思えば、討伐任務で負傷し、療養していたザックスとはそれほど絡む機会が無く、こうして雑談めいた話をするのも初めてであったのかも知れない。
しかし、不思議と会話に詰まることはなかった。元々、親しい人間には饒舌だが、初対面の人間に対しては無愛想になりがちなのである。
「大分、静かになったな」
「ああ、陽もわずかに灯り始めているしな」
「いよいよ。と言うことかも知れないな。敵も攻めてくるにはちょうどいい」
ふと、外に眼を向けたザックスの言にアイアースも頷く。
気候的な変化はありきたりなものであるとはいえ、状況の変化を予感させるには十分である。
普段は気に止めないことであっても、人は気候の変化に敏感なモノ。それらが生活に重大な影響を及ぼすこともあり得るのだから当然かも知れなかったが。
そして、戦いにも影響は当然ある。
正常な精神を保つことが困難になるのが戦いの場。張り詰めた戦場の空気というのは、気候の変化にも敏感に反応するモノだった。
「そうか……。それでいいんだな?」
「はい。本人様も、ご家族様も納得も覚悟もしてくれました。ですが、一つだけお願いが」
「聞けることと聞けないことがある。言ってみろ」
そんなことを話しつつ、司令室へと入った二人の耳に届く二つの声。
すでにやって来ていたシュレイと漆黒の翼を持つ飛天魔の姫、フェルミナが机越しに向き合っている。
シュレイの背後には、無表情を装いながらも身体を揺らしているシャルと近衛部隊指揮官である二人の虎騎長が並んでいる。
昨日から様子のおかしいシャルの態度に、アイアースは察するモノがあったのだが、それを口にすることなく室内へと足を踏み入れる。
ちょうど、こちらを一瞥したフェルミナと視線が絡み合った。
「我々、パルティノン解放戦線もともに戦わせて下さい」
「えっ!?」
何事かと首を傾げるアイアースの耳に届くフェルミナの思いがけない言。思わず声を上げたアイアースであったが、シュレイに睨まれて黙ったまま窓際へと立つ。
「難民達は、守備隊に任せると言うことか?」
「はい。信用に足る方々であることは分かっております」
「まあ、当然だな。しかし、君達はわずか十数名。個別の戦力としては期待出来ない。それは分かるな?」
「はい。雑益でも、何でもいたします。……さすがに伽の相手は考えさせていただきとうございますが」
そう言いながら、アイアースの方へとチラリと視線を向けるフェルミナ。その視線が凍てついているように見えたのはアイアースの錯覚であろうか?
「ふむ……。ま、今更相手に困るような状況ではない。それで、虎騎長、手勢としてはどうだ?」
「我々よりは、法術部隊の援護に回されてはいかがでしょうか? 連携に支障が出るのは歓迎できないことですので」
「だそうだが、セイラ」
「かまわないわよ。ま、盾になってもらうようなもんだけどね。それでいいなら」
「私もかまいません。ともに戦わせて頂ければ、それだけで」
淀みなく反対意見と代案を提示する虎騎長。フェスティア麾下において磨かれた判断力は逡巡の類を持とうとはしなかったようだ。
そして、代案に対する答えをシュレイは入室してきたセイラに対して促す。
セイラも答えは明瞭であった。
後方支援という名目があり、いざとなったら見捨てることに戸惑うことのない相手。口に出したように盾代わりになれば幸いと言ったところなのであろう。
「私は反対です」
と、フェルミナも納得し、場が収まりそうなところに響き渡る凛とした声。
「なぜだ? シャル」
シュレイは背後の声の主に視線を向けることなく口を開く。それに対するシャルの返答も迷いのないモノであった。
「十数人の戦力増強にこれといった意味はありませぬ。むしろ、フェルミナ……殿は、自分で背負った責務を果たすべきかと」
「私の責務?」
「救出した難民達を、安住の地へと導くことです。今、南へと避難したとしてもいずれは帰るべき地に帰らねばなりませぬ。彼らを導いた以上、中途で投げ出すは無責任というもの」
「それは、彼女の役割ではなく、我々帝国軍の責務ですぞ。シャル殿」
「私は組織論を行っているのではない。彼の方が為すべき責務を言っているのだ」
「我々は役立たずと言うことですか?」
「それはそうよ。戦力としては期待していないし。まあ、シャルは貴方たちまで巻き込みたくないだけよ。ま、シュレイが決めたんだから私は反対しないけどね」
「そういうことだ。シャル、貴様の言は分かった。しかし、これは私が決めたことだ」
シャルの言に、フェルミナやセイラ、虎騎長らが答えるが、最終的にはシュレイが彼女の言を却下し、それでその話は終わりになる。はずであった。
「ほほう? №6殿は、随分偉くなったものですな」
と、室内に響く声とともに、ハーヴェイが取り巻き達を引き連れて入室してくる。ようやく落ち着きそうであった室内に再びの火種が放り込まれた形になった。
「随分含みのある言い方じゃないか? ――で、どういうつもりだ?」
そんなハーヴェイの言に対して、冷笑を浮かべながら口を開いたシュレイであったが、眼前に突き付けられた剣に対して顔色を変える。
咄嗟のことであり、アイアースも双剣に手をかけるが、眼前で武器をかまえたキーリア達の得物を叩き落とすのがやっとであった。
「な、なんだあっ!? 何があったんだ?」
「むっ!? ハーヴェイ、貴様っ!!」
そして、その光景に続々と入室してくるキーリア達が色めき立つ。
ミュラーは咄嗟に場を和ませようとしたのか、派手に騒ぎ立て、傍らのアリアに肘鉄を食らっており、ジルは昨日の破局の再現を思いかえして剣の柄に手をかけている。
「ふむ、ようやく揃ったか。ならば、この場にて教団からの新たな指令書を読み上げる。この男に関するものだ」
そう言って、シュレイに対して剣を突き付けたまま懐から封書を取り出すハーヴェイ。
しかし、剣を突き付けて制圧したかと思った男は、それほどやわな人間ではなく、彼の傍らに立つ女性もまた、彼が思っているほど動揺しているわけではなかった。
「ふっ!!」
「うっ!?」
ほんの一瞬、ハーヴェイの視界から外れたシャルが、彼の剣を蹴り上げる。
あまりの早技であり、キーリア達ですら視界に捉えることは敵わなかったのだが、跳ね上がり、空中にて回転する剣がその場にいる全員に何が起こったのかを想起させる。
アイアースとザックスがそれぞれの眼前に立つキーリアに飛び掛かり、セイラはハーヴェイの足を払うと背後のフェルミナを懐に抱えて距離をとる。
剣を抜いた虎騎長達に躍りかかった二人のキーリアは、シュレイが投げた黒インクに視界を奪われたところをシャルによって無力化された。
「まったく。朝から騒々しいヤツだ。――――ほう? ようやくか」
そして、先ほどまでハーヴェイが手にしていた封書もまた、シュレイの手に収まる。
ゆっくりと書面を眼を落としたシュレイは、それまでのどこか小馬鹿にしたような笑みを表情から消し口を開く。
「なんだ、今までの悪事がばれたのか?」
「そんなところだ。ふん、ハーヴェイ、読ませてやるよ」
正直なところ、その表情にことの重大性を感じたアイアースは、なんとか軽口を叩くが、シュレイは表情を変えることなくそれに応じると、元の持ち主であるハーヴェイに書面を投げ渡す。
予想外の行動に目を見開くハーヴェイであったが、それをシュレイのあきらめと判断し、顔全体に喜色を浮かべながら封書を手にし、両の腕を左右に開きながら口を開く。
「こちらは、昨日我が元へと届けられた。差出人は、教団内務長フォティーナ・ラスプーキア閣下。内容はこうである」
そうして、封書を手に取り、明朗とした口調でそれを読み始めた。
「教団衛士№6シュレイ、並びに№11シャルこの両名により、組織及び教団への反逆の謀議を謀らんとする疑いありとのこと」
そう前置きして、ハーヴェイが読み上げた書面の内容は、次の通りである。
先日のペテルポリス防衛線において、№20ミラ等による外部敵性勢力との接触が露見。
№20等を拘束した後、所持していた書、薬物の類は教団秘匿の品。そして、それらの研究以来を№6等に求められたことが明るみに出る。
そして、№20等の所持品は、先頃現№14カズマによって討伐されたアイヒハルト一味によって持ち出されていたものであり、巫女の許し無く無辜の民に非道なる行為を行っていた者達に組しうる重大な反逆行為である。
これらのことにより、近年多発する教団関係団体及び施設への攻撃、謀略の類への関与が疑われるものである。
そこまで、読み上げたハーヴェイは、シュレイとシャルを一瞥した後、他のキーリア達を見まわす。
多くが突然のことに困惑していた。
もっとも、アイアースや傍らに立つザックス等は、シュレイの教団への反逆や帝国そのものへの野心の類を知っていたため、ことが露見したことへの衝撃の方が強かったのだが。
「そして、№6の過去の経歴、容姿等様々な……っ!?」
と、そこまで言いかけたハーヴェイの額に突然鮮やかな水色の光が灯ったかと思うと、彼は金縛りにあったかのように行動の自由を奪われる。
それは、困惑していたキーリア達をも驚かせ、困惑の渦を一瞬のうちに打ち砕いていた。
「ふむ、上手くいったか。説明ご苦労、ここから先は自分で言う」
そう言って、席を立つシュレイはハーヴェイの前に立つと、やんわりとした調子で口を開いた。
「皆、聞いていたように、私が教団に対して反乱を企てていたことは事実だ。だが、この書面の内容に関しては事実異なることがある。それは、№20ミラ、その本名をミュウ・パリザード。聞いたことのあるヤツもいるだろう? まあ、彼女の捕縛は嘘だ」
「なにっ!?」
「ふ、驚いただろう? そして、書面の内容が真実であることも分かっただろう?」
驚きに目を丸くするハーヴェイに対して剣を突き付けるシュレイ。
しかし、アイアースはシュレイが口にしたミュウの名に、それまで彼に感じていた事実を確信に変える。
ミュウは態度こそ頼りない面があるが、それ故に万事に慎重である。事実、再開してからもアイアース以外の人間を信用したことはない。そんな彼女が、強力をする人間。それは、アイアースにとって信頼のおける人間しかいない。
「もう一つの事実を教えてやろう。封書の主。フォティーナ・ラスプーキアは、俺の女だ。気を見てこれを送ってくるよう指示をしておいた。つまりは、ハーヴェイ。お前は俺の掌で踊っていた道化でしかないと言うことだ」
嘲笑を浮かべながら、ハーヴェイを見下ろすシュレイ。
そこに、かつて戦争の類を嫌い、皇太子として脆弱だという印象を周囲に与えていた少年の姿はなかった。
しかし、顔を上げ、居並ぶキーリア達を見まわすシュレイは、それまでの敗者をあざ笑うような表情を改め、一つに決意に満ちた両眼で全員を見まわしていた。
「皆を死地に追い込む事態を止めることが出来なかったことは詫びる。だが、私には、この地で死したという事実が必要であった……。これから話すこと、皆、一つの事実として聞いてほしい。そしてこれは、帝国第一皇子シュネシス・ヴァン・テューロスとしての言であると思ってくれてかまわない」
そう言うと、静寂が支配する室内を見まわすシュネシス。その表情に、それまでの人を喰ったような笑みは無い。あるのは、その場にいる全員が声を出すことも憚られるような、そんな空気だけであった。
◇◆◇
空が白み始めると、吹雪はいくらか和らいでいるように思えた。
「本当に、よろしいのですか?」
人気のない町の一角から周囲に視線をこらすミラことミュウ・パリザードは、かつてわずかな期間に顔を合わせたことのある女性に対してそう口を開く。
それほど印象に残っているわけではないが、目的を同じくする人間の身を案ずるのはある意味当然とも言える。
「ええ、私の事なら心配いらない。あなたは、生き残ることだけを考えて」
「上位№達はあっさり承知してくれました。そちらにも?」
「味方はルーディルとリリスだけです。しかし、イースレイもグネヴィアも何らかの意図は察しているはず。教団が行おうとしている裏切りを彼らとしても許せないと言うことでしょう」
そう言って、頭を振るう女性、フォティーナ・ラスプーキアは、そう言ってミュウに対して背を向ける。
相応の地位を得ているとはいえ、下手に動きすぎることは危険でしかない。これ以上の、顔合わせは不要であった。
「お身体をお大事にして下さい。……すでに、一人のものではなくなっているのですから」
「ありがとう……、あなたも、四太子殿下とお幸せにね? よい男というものは、いつ自分の手元から去ってしまうか分からないものよ?」
「ご忠告、感謝いたします。それでは」
そんなフォティーナに対し、ミュウは同じ女として察するものがあり、祝福と身の安寧をこめてそう告げる。
顔を向けることなく答えたフォティーナは、去っていくミュウの気配を感じ取る。
ふと、吹き荒れる吹雪がほんの一瞬だけ柔らかいものへと変わる。視線を北へと向けたフォティーナは、間もなく過酷な試練を与えられるであろう者達の姿を思い浮かべながら、ゆっくりと自身の腹部に手を当てた。
静かな鼓動をそこに感じながら……。
◇◆◇◆◇
吹雪が止んだ。
すでに夜の帳は落ち、周囲は常闇と不気味な静寂に包まれている。しかし、その常闇の中を蠢く何かを、彼らは感じ取っていた。
「来たか」
「ああ……」
アイアースが思わず口を開くと、傍らに立つシュネシスが短くそう答え、剣を抜く。アイアースもそれに倣って、腰から双剣を抜き両の手にかまえると、ゆっくりと眼を閉ざした。
(この前のヤツ等とは明らかに違う……。動きも、力も、何もかも……)
アイアース自身、リリスやセイラのような遠見や読心が出来るわけではない。しかし、吹雪は止み、静寂が支配する世界において、彼の身に流れる血が、近づいてくる敵の存在をはっきりと告げているのであった。
(果たして何人、生き残れるのであろうか?)
「さて、行くとしようか……っ!!」
そんなことを考えているアイアースに耳に、シュネシスの言が届く。
それを待っていたかのように静かな風が彼らの元を吹き抜ける。
吹き抜ける風に身を任せつつ、眼前を見据える彼らは、白き衣装に身を包んだ帝国の守護者である。
その名をキーリア。
帝国の崩壊の後、宿敵たる教団に忠誠を誓う日々。
だが、彼らの中に、帝国のキーリアとして戦った者はいない。しかし、その誇りとともに受け継がれた思いは、屈辱の日々として彼らの脳裏に刻まれている。
そして、その屈辱は、今終わりを告げる。
教団の衛士であった彼らは、今、帝国の守護者として、帝室の血を受けし者を守護する戦闘集団として戦い望もうとしていた。
正直、これでよかったのかという思いはあります。彼の場合は、一応複線もまいておいたつもりでしたので。
これについての、ご意見ご感想などを頂けるとありがたいです。




