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第5話 ある休暇の出来事

 人の波は思っていたよりも激しかった。

 アイアースは、大通りの練り歩く人々の間を小さな身体を生かしてすり抜けていく。しかし、少年の身体でそれを続けるというのはいささか骨が折れた。 


「おーい、はぐれんなよ?」

「は、はい、大丈夫です」


 同行する兄シュネシスの言に応え、彼の袖を掴んだアイアースであったが、すれ違う人にぶつかりそうになったためあっさりとそれを手放す。

 危うく人の波に飲み込まれかけたアイアースであったが、どこからか伸びてきた腕に身体ごと引っ張られる。

 慌てて目を向けると、いつの間にか戻ってきていたシュネシスの姿があった。


「大丈夫じゃねえじゃねえか」

「申し訳ありません……」

「はは、いつもは生意気なことを言っているけど、こういう時はダメだな」

「慣れてないですから。それで、どこに向かっているんです?」

「ん? ここだ、ここ」


 兄の面目躍如といった風な様子で笑うシュネシスに対し、アイアースは精一杯の負け惜しみを言うのが精々であった。

 昨日の遠乗りの時のように、厳格なフェスティアと生意気なアイアースにやり込められることの多いシュネシスであったが、今は年長者としての優越感にひたっている様子である。


「通りの一画ですね……」

「おう。ちょっと待ち合わせをしていてな。もうすぐ来るだろ」

「待ち合わせ? 誰とですか?」

「お前は知らない人だよ」


 二人がやってきたは、少し大きな木のある通りの一画である。

 話しぶりから待ち合わせをしていることは分かるが、そのような話はまったく聞いていなかった。単に付き合えといわれたからついてきただけであるし、街に降りてみるとも思っていなかったのだから当然と言えば当然であるが。


「それにしても、案外気付かないものなんですね」

「俺達みたいなガキは腐るほどいるんだよ」


 アイアースは、シュネシスの傍らに立つと、練り歩く人々と自分達の格好を交互に見やりながらそう口を開く。

 離宮から街へと繰り出しているのであるが、こどもとはいえ皇族が堂々と街を練り歩くというのは、さすがにあり得ない。

 警備兵が周囲を固めて、僅かな時間だけ視察を行うというのが精々である。

 とはいえ、離宮に静養に来た歴代の皇族が、お忍びで酒場に繰り出したり、一夜の恋を育んだりしたことには、事例がいくつも存在している。

 今の二人は、お忍びと言うには堂々としすぎているが、平服すがたで少しこぎれいにしている少年など、観光地であるこの街ではごく当たり前の見ることができる。

 端から見れば、親の買い物を待っている兄弟のようにしか見えないのであった。


「それで、本当に誰を待っているんですか?」

「だから、もうすぐ。おっ? 来た来た。おーいっ!! こっちだこっち」

「あ、兄上、そんなに大きな声を出したら……」


 そして、待たされ続けたアイアースが焦れてきたのを待っていたかのように、シュネシスの待ち人もやってきたようである。

 幾分声が弾んでいる様子で、街行く人の何人かが視線を向けてくるが、一人二人が訝しげに足を止めるだけで、正体がばれるようなことはなかった。

 ばれたからどうというわけではないが、シュネシスの目的は達成されないであろうと思われる。


「ごめんなさい。待たれましたか?」

「いや、今来たとこだ」

「今? 半刻ほど……うぷっ?」


 デートの定番のやり取りが目の前で繰りひろげられたアイアースは、思わず本当のことを口にしかけるが、シュネシスによって言を封じられる。

 やって来たのは、腰までの長い黒髪が目に付く、大人しそうな少女であった。年齢のほどは、シュネシスと同年代だと思われるが、体つきは年齢以上に均整のとれた様子だった。

 

「そんなことより、フォティーナ。こいつが弟だ。ほら、挨拶しろ」

「ぷはっ、えっと……その」

「こいつは俺達のことを知っているから大丈夫だ」

「何が大丈夫なんですか? まったく……。アイアースです。フォティーナさん」


 なぜ、知っているのかは後々話してもらうとして、簡単は挨拶はすませておく。年齢を考えれば、何らかの機会に身分を使って誑しこんだのだろうが。


「フォティーナ・ラスプーキアと申します。普段は、宗院に務めさせていただいております」

「宗院? 神官が異性と遊んでていいんですか?」

「な? 手紙に書いたとおりだろ?」

「ええ、ですが間違ったことではございません。ふふふ……」


 フォティーナの言に、アイアースは眉を顰めながら問い掛けるが、脇から茶化すような言でシュネシスが割ってはいり、フォティーナも何か含みがあるような笑みを浮かべている。


「な、なんですか……?」

 

 思わず後ずさりしたアイアースであったが、すでに時遅しであった。

 獣の如き素早い身のこなしで、フォティーナはアイアースをその豊満な胸元へと抱きしめる。


「ああん、シュネシス様の言ったとおりですわね。小さくてカワイイですわあ」

「だろ? 下手な美形より、普通っぽい方がこどもはかわいいもんだ」


(俺は撒き餌か馬鹿兄貴っ!!)


 先ほどまでの清楚な立ち振る舞いがどこへ行ったのか、だらしなく緩んだ笑みを浮かべながらアイアースを抱きしめ、撫でまわすフォティーナに対し、企みが上手くいってしてやったりといった様子のシュネシスもまた、その様子に笑みを浮かべている。

 アイアースの抗議も空しく、しばらくの間ある意味では役得なことにアイアースはただただ身を任せるしかなかった。




「はい、アイスですわ。四太子殿下」

「いらぬ」

「ほら、オク焼きだぞ。お前好きだって言ってただろ?」

「いりません」


 その後は、3人で市場巡りを始めたが、つまらない理由で呼び出されたことが分かったアイアースはすっかりふて腐れてしまっていた。

 二人とも申し訳ないことをしたと思ってか、食べ物や書物などで宥めようとしているが、一向に成果は上がっていないようである。ただし、書物はアイアースがしっかりと手に取っているが。


「それにしても、殿下はすごいお力なんですね。引きはがされるならまだしも、軽々と持ち上げられてしまうとは思いませんでしたよ」

「私はティグの血も受け継いでいる。そこら辺のこどもとは違う」

「えっ!? しかし、そのお体は……」


 食べ物で釣るのをあきらめたのか、フォティーナは先ほどのアイアースの行動を思い出すように口を開く。

 胸元に抱きかかえられていたアイアースは、彼女の腰に手を回すと腕の力だけで彼女を持ち上げ、窒息の危機から脱したのである。

 年齢差や体格差を考えれば、あり得ない行動であった。


 とはいえ、アイアースからしてみれば当然の行動でもある。ティグ族は人間と比べて膂力に圧倒的な優位がある。こどもであっても、大人の男性以上の膂力を発揮することは十分にあり得るのである。

 しかし、フォティーナが驚いたのは、アイアースの頭部に虎耳が生えておらず、尾部から尾が伸びてもいなかったからであった。


「ははは、驚いたか? 見習い神官のお前だ。我々皇族の優位性を知らないわけじゃないだろ?」

「え、ええ……。しかし、実際に目の当たりに致しますと……。にわかには信じがたいです」


 フォティーナの反応も当然と言えば当然だった。

 この世界は、女系遺伝が常なのである。何らかの種族のハーフであっても、すべてが母親の種と特性を持って生まれてくるのである。

 しかし、例外はいくつか存在し、その例外の類は基本的には秘密となっている。パルティノン皇室もその一例であった。


「まあ、そんなことはどうでもいいだろ? フォティーナ、話はついているのか?」

「はい。殿下のことは伝えてあります」

「そうか。よっし、行くぞアイアース」

「どこへですか? デートの邪魔なんじゃないですか?」

「デート?? よく分からんが、お前も多少は興味があるところだと思うぞ?」

「……ふうん。どこなんですか? 言っておきますけど、私はまだこどもですので……」



 思わず過去の世界で使い慣れた言葉が口をついたアイアースに対し、怪訝そうな表情を浮かべたシュネシスであったが、すぐに普段通りの明るい表情へと戻る。

 そんな様子に、アイアースは一瞬であるが、嫌な予感が胸をよぎり、めんどくさくなりながらも応える。


「付き添いなら大丈夫だよ」

「そうですか。で、どこなんですか?」

「オークション会場だ。腕のいい奴隷が競りに出されるって話だ」

少し短いですが、キリがいいので投稿させていただきます。

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