第20話 前兆①
ゴトリと音を立てておかれた水晶球に周りの人間達が息を飲む。
中にあるのは、死に化粧を施され、返り血もきれいに拭われた男の首。その名は、アイヒハルト・リカ・メンゲル。組織の衛士№5であり、先頃までアウシュ・ケナウ監獄に赴き、囚人達の監視や逆心した衛士の粛清などに当たっていた。
その処断理由は、権限の逸脱した捕縛・粛清に加え不当逮捕後の虐待・虐殺と関連文書の不正。それらの証拠はすべて揃っている。
また、帝国近衛軍による監獄への強制査察を許し、それに抵抗して帝国との不和を生みかけたことも理由となっている。
「19番よ。ご苦労であった。下がれ」
「はっ」
傍らに立つ“者”(アルテア)からの報告を眉間にしわを寄せながら聞いていた首脳達。これに加えて、ジルと彼を担当する“者”からの報告も同時に行われており、アイアースの行為は、『必要時の殲滅』に該当するとの判定がくだされる。
とはいえ、帝国軍の突入前にすべてを焼却することが最善であるとの一言も告げられた。
(無実の囚人もろとも無かったことに。と言うことか……。吐き気がする)
アイアースは、それらの言を無言の会釈で返してその場を後にするが、首脳達の当惑もなんとなくだが理解できる。
教団の首脳達には巫女の存在など不要に思っている者も出はじめているが、当然、自分達の存在理由や心から信服している者もまだまだ多い。
組織とすれば、帝国による教団への攻撃材料を与える結果となったことが好ましいはずもなく、はじめから無かったことに出来ればよかったというのが本音であることは間違いない。
時の悪戯か、アイヒハルトがアイアースに目を付けてしまい、情報収集以前に全面対決と成ってしまったことがすべての原因である。
それをアイアースの不備と責めることも出来るが、上位№を討ち取ることで交渉材料を得てきた人間に罪を問うことはさすがに憚られるのだった。
そんな背景もあり、アイアースはせいぜい腹を立てるぐらいで面倒なことに巻き込まれずには済んでいるのだった。
そして、信徒兵が無機質な表情を浮かべたまま居並ぶ通路を歩くアイアースの耳に、甲冑の奏でる金属音が届き、同時に濃い血の匂いも鼻をつき始めた。
何かと思い、歩みを進めると、通路の先よりキーリアの男女が互いにボロボロになりながら歩いてくる姿が目に映った。
一瞬、鼓動が大きく跳ねる。
「あらあ? 久しぶりねえ。ちょっと見ない間にずいぶんいい男になったじゃない?」
「お久しぶりです。№1」
「それだけ? 組織に誘ってあげた恩人と久々に会ったって言うのに。ボロボロの女にキスの一つもして元気づけようとは思わないのぉ?」
「お戯れを。私のような、下賤の身が、元帝国キーリアたるグネヴィア様の手を汚すことなど出来ませぬ故」
女のキーリア。組織の№1グネヴィア・ロサンは、そう告げるとアイアースの細い顎に指を添え、妖艶な態度で口を開く。
出会ってから7年ほどが経過しているが、その魔女めいた外見に全くの変化はなく、今も全身に血を浴びている姿がおかしいほどに艶がある。
もっとも、アイアースにとって教団への憎悪の象徴が巫女ならば、組織に対する憎悪の象徴はこの女である。
慇懃であったが、無礼な態度も隠そうとしないアイアースの言動にもそれは現れている。
「ああ、それと、私はもう№1じゃないわよ?」
「ほう?」
「新№1はこの子」
そう言ってグネヴィアは、自分と同様に全身に傷を負い、ボロボロになっている青年を指差す。先ほどから予想できていたことであるが、アイアースはその青年が思っていた以上に若く見えることに驚いた。
「イースレイ・タルタロスだ。よろしく」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
そう言って、イースレイが差し出した手を握るアイアース。
力強く握られた手から視線を巡らせるアイアース。鼻筋の通った整った顔をしている以外は、特段覇気に溢れているわけでもなく、物静かな印象を与えてくる男である。
しかし、どこかとらえどころのない不気味さを内包しているようにもアイアースには思えた。
「ふふふ、どっちも若くて、いいおとこね。キーリアにしておくなんてもったいない感じ。いっそ食べちゃいたいぐらいだわ。せっかくだし、謁見の後にでもどう?」
「冗談じゃねえ」
「報告を終えたら治療だ」
「もう。つれないのねえ……。それじゃあね。ぼ・う・や」
そう言って、その場を後にするイースレイとグネヴィア。
二人の姿とグネヴィアの言から想像するに、決着はついたと言うことであろうとアイアースは思った。
シュレイから伝え聞いた、あらたな№1候補。帝国の歴史を紐解いてみても、同一№が並び立つといった例はないと聞いており、その際には実際の果たし合いにて結論を出すとも言われている。
今回は、二人がそれに倣ったと言うことであろう。
そうして、去っていく二人の背中を見据えるアイアース。白装束にイースレイの黒髪が映えと同時に、二人が醸し出す不気味な気配も色濃くなっているように感じると同時に、一つの事実がアイアースの胸の内に沸き上がってきていた。
今、あの二人と戦っても確実に負ける。
グネヴィアがわざわざこちらに接触してきた以上、自分もその地位に近づいてきているというのは分かったが、それでも、アイアースは自分の本能を信じるしかなかった。
◇◆◇
薄暗い一室において、火にかけられた薬品が沸騰し、ガラス器を通ってゆっくりと他の物質や薬品と混合されている。
部屋の主は、先ほど手渡された資料を片手に、眉を潜めながらそれに視線を送っていた。
「どうだ?」
資料を届けた男の言が届く。男にとっては待望とも言える資料であったのだろう。主へと向ける視線と声色は、冷静を装っていても期待と希望が内包されている。
主は、資料に記載されている薬品の瓶を手に取り、成分表と交互にそれを見比べていく。脳内に浮かび上がる数式。単語、元素配列など、様々な要素が急速に脳内にて組み立てられていく。
「うーむ。今までのモノと比べれば、確実性は高そうではあるが」
「何か足りないのか?」
「失敗はしたくないのであろう? そして、私は刻印のことは素人だ」
「刻印か……」
主は男に対してそう告げる。
今、男に手渡された資料を用いれば男に要求されている薬品を作り出すことは可能そうである。だが、完璧な薬品などこの世に存在しない。
病などの治療薬とて、健康な器官を危険に晒しながら患部の治療を促進しているに過ぎないのだ。
そして、男から告げられた時間を考えれば、薬品を作り出したとしても副作用の危険性を見まもるだけの時間をかけられる自身が主にはなかった。
「彫り師と刻印師。一人で可能ならば、そのどちらかでもいい。薬品が消し去ることの出来なかった毒を封じ込めることが出来れば。状況は違ってくると思う」
「分かっている。今度はそちらを重点的に当たってみるとしよう。シャル。行こう」
「御意」
主の言に頷き、その場を後にする男と背後に立っていた赤髪の女。シュレイとシャルであったが、主の前を辞すると焦りが顔を出す。
「弱ったな。今回のだけでも厳しいか」
「あれ以上の資料は存在しないでしょう。となれば、優秀な刻印師を探るしかないと思われます」
「そうだな……。しかし、同志達の中には……」
「かの御方の力を借りてはいかがでしょうか?」
「ほう?」
資料は揃えたが、完璧を期するための条件は揃わず、保険も兼ねた条件を二人は求められていた。しかし、同士であるキーリア達は戦闘のプロとも言える集団であったし、水面下で動いている人間達は、これ以上動かすことの出来ない状況である。
「あいつの情報網を頼るか。お前だったら、あのテロリスト達を使うと思っていたが」
「時間を鑑みるに、解放戦線との交渉時間はないに等しいでしょう。個人的に、あの御方を信用することはございませんが……」
そう言いながら、めずらしく不機嫌そうな表情を浮かべるシャルを、シュレイは口元を綻ばせながら見つめる。
普段は冷静であり、感情を表に出すことは滅多にない女であったが、こと、その人物の話になると不機嫌になる傾向がある。
シュレイとしても、最近はその人物の意図を読み切れないことが多くなっているのだが、それでも自身が最も長く付き合っている人物であることに変わりはない。
「ま、頼ってみるのもよかろうよ。内務長殿をな」
そう言ったシュレイの脳裏に、先日、久々の再会となった女性の姿が思い浮かぶ。
その女性の名は、フォティーナ・ラスプーキア。
教団中枢にあり、内務部門を統括する内務長の地位にある女性。彼女自身もシュレイを利用しようとしているきらいがあるのだが、それはお互い様である。
そして、今も男女関係が続いている女性のことをシュレイは頼ってみることも悪くはないと思ってもいた。
「さて、間に合わなかったらどうしたモノかな?」
「それは、間に合わせるしかありますまい。間に合わない。と言う選択肢ははじめから存在しないのです」
「ははは、お前は相変わらずだな」
「…………約束を果たす前に死なれては、私が困るのだ。シュ……レイ」
「分かっている。――任務を果たすとしよう」
それまでのやや軽薄そうな態度をシャルの言によって改めるシュレイ。
シャルも、ほんの一瞬普段の忠臣めいた言動を改めてシュレイに対して鋭い視線を向けていた。
リリスよって、初対面にもかかわらず野心を見抜かれていた男と女。
その根本的な原因は、この徹底した人格交換とも言える性格の変質にあるのかもしれない。密な情報網を確立している両名であったが、皇帝と外見を瓜二つにする分身とも言える女性が遠見のみ成らず、人の意識を探ることまでを得意とすることまで調べ上げることはさすがに困難なのであった。
そんなシュレイとシャルは、任務を合間に作り出したほんの僅かな時間を終え、任地へと出立する。
その数日後。北部草原地帯にて発生した、帝国にとってはなんの益も産み出さない反乱の芽は、表に出ることなく鎮圧された。
◇◆◇
教団及び組織の本部が置かれている島は、周囲を内海に囲まれ特殊なガスが噴き出す火山島であったが、酸に強い植物が自生することで深い森が形成されている。
変容した大型獣の類も時折生まれ、ガスによって汚染された毒腺がいくつも存在する危険な森であったが、キーリアとして生きる人間達にとっては格好の訓練の場であり、狩猟の場でもあった。
そして、今も森の内部から巨大な火柱が立ち上り、氷塊が吹雪と成って舞い、鋭い刃のような突風がすべてを切り裂いていく。
“狩猟”が森の中で行われているのであったが、今回の獲物は大型中でも動物でもなかった。
深い森の中から、数名の男女が飛び出してくる。
全員が大なり小なりの傷を負っており、森の出口に当たる広場へと辿り着くと精も根も尽き果てて倒れ込んでいた。
それを追って森から出てくる数人のキーリア達。全員が全員、身体を赤く染めていたが、傷を負っているモノは一人もいない。
「た、助けてくれっ!! 我々はまだ戦える」
倒れ込む者達の一人が、懇願するようにキーリア達を見つめ口を開く。他の者達はすでに精も根も尽き果て、逃げる気力も失っている様子であった。
彼らはキーリア下位№であった者達で、任務の失敗が重なった者達である。
「そうかい? そいつは残念っ!!」
男に近づいたキーリアがそう言うと、男の首筋をなぞるように一本の光が通り抜ける。男の首筋についた線は、やがて赤く滲み、鮮血を舞い上がらせる。
そんな、吹き上がる赤い血を合図に、他のキーリア達が男達へと斬りかかる。そこあるのは戦いではなく虐殺。
任務を達成できず、かといって放逐する道のない者達は、武器を取り上げられて自身の肉体を持ってのみ抵抗が許される狩りの獲物となる運命が待っていた。
そして、生存の可能性は、狩りに参加するキーリアの気分次第となる。
「ずいぶん、楽しそうに殺すモノだ」
「7、12、21、28、31。タチの悪いのが揃ったというのも不運でしたね」
駆られる者達の姿を、本部外縁の崖の上に腰を下ろして見つめるミュラーとザックスは、不快な気分を隠すことなくそう呟く。
本部内であっても、ここは人が近づくには細い回廊を通らねばならず、聞き耳を立てようにも内海より吹き付ける淀んだ風が人の言葉ぐらいであれば掻き消してしまうのである。
今も二人は狩りの観賞を酒の肴にしているように装っているが、それも長く続くことは無さそうであった。
「メリカと引き離して悪かったな」
「いえ。いつ、顔を合わせられるか分かったものではありませんのでね」
「そうだろうな。明日おも知れぬのが我々だ」
ミュラーは、普段はザックスに影のように付き従っている女性の姿を思い浮かべながら口開く。彼女に関することはザックスから聞き及んでおり、引き離すことへの申し訳なさも感じていたが、ザックス自身もミュラーとの会話の機会を大事にしたいという思いがあり、そのことに不満はなかった。
「しかし、運命の悪戯って言うのかな?」
「そうですね」
二人が脳裏に浮かべるのは、肉塊となって横たわる者達のことではない。先頃、行われた戦いにおいて顔を合わせた人間達のことである。
「実際のところはどうなのだろうな?」
「剣を合わせてみた感じは?」
「一瞬であったがな」
シュレイは、戦いを前に立ち合いを演じた男の姿を思い浮かべる。
終始こちらが優勢であり、最後は自爆に近い形まで取ってきたのだが、そこまでやる姿以前に、男が持っている太刀筋にどことなくある人物の面影を感じ取ったのだった。
「なるほど。そう言えば、今回の任務で№5を討ったそうですよ?」
「私も聞いた。正直、信じられないというのが本音だがな」
№19が№5を討ち果たすという前代未聞の戦果はすでに組織内部でうわさにもなっている。もっとも、帝国軍との交戦中に漁夫の利を得ただけというのが大半の評価であることも聞き及んでいた。
「だが、あの時に敵の化け物どもをもっとも多く葬ったのもあいつだ」
「我々の援護があったとはいえ……ですね」
そんな話をしつつ、二人は酒を煽る。
特段、酔いはしないのだが、腕は立つし任務などにも忠実であるが、普段はだらしがない。そう言った評価は確立しておくべきだと思っている。
「さてと、一つ身体でも動かすとしようか。付き合え」
「ええ。今日は負けませんよ……兄上」
注がれた酒を飲み干したミュラーが自身の愛用する大鎌を手に立ち上がると、ザックスもまた脇に降ろした大剣を背に背負いながら誘いに応じる。
最後にザックスが呟いた一言は、風に紛れて消え、そこから広場へと飛び降りた二人はは、島に吹き荒れる淀みの風を全身に浴びていた。
◇◆◇◆◇
今年最初の水害は、比較的小規模に抑えられたようであった。
ザクロス山脈に降り積もった降雪が気温の上昇によって溶け出しメルテュリア州一帯に流れ込む晩冬から初春かけておこる独特の現象。
これによって被害の少ない村々は肥沃な土壌を獲ることが出来るのであったが、溶け出した水の流れは、女心のように移り気で、その年、被害を避けることの出来た村々が、翌年には思いきり被害を受けることもあり得たのである。
かつては、水害の時期は村々を引き払い、高地に避難する移動式生活を営んでいる住民が大半であったのだが、長く続いた平和によって人口も増え、移動式生活を営む条件は限られて来ていたのだった。
また、この地方は帝国本土国おける穀倉庫であり、水害による被害を軽減できれば、帝国全土の食糧事情を好転させられると言われるほどの要地なのである。
それ故に、運河の建設と合わせての治水事業は長い年月をかけて継続されてきた一大計画だったのである。
そして、水害の被害を小規模に抑えたという事実は、フェスティアにとっても久々に胸を躍らせる事実でもあった。
「朗報であるな。技術者達には十分な報奨を持って報い、さらなる技術革新に務めさせろ」
印綬を押しながらそう呟いたフェスティアは、書類を持って退出する文官の背中を一瞥すると、次なる書類へ目を移す。
皇帝とも成れば、業務は膨大と成るはずであったが、戦場に生きることを本分とするフェスティアにはちょうどよい息抜きであった。
元々の才能なのか、膨大な量の書類は息抜き代わりのも関わらず、あっという間にその数を減らし、居並ぶ文官達もそそくさと自身の部署へと戻っていく。
一仕事を終え、一息ついたフェスティアは、隣接する私室へと戻り、テーブル上に置かれている一対の剣を手に取る。
どこにでもある双剣であったが、その全体は手入れが行き届いており、普通のモノと比べても切れ味は増している。元の持ち主がどれほど剣に愛情を注いでいたのかが読み取れる。
そして、剣を手に目を閉ざしたフェスティアは、先頃の出来事を思いかえす。
全身に傷を負い、満身創痍と成っていた青年と勝利を確信し、青年に憐れむかのような視線を向けていた男。
そして、消えつつあった青年を命を救った自分。
それが、どれほど愚かな行為であったのかをフェスティアは知っているつもりだった。だが、青年が生きていれば、自分はいずれ消えゆく運命にある。
そんな思いが彼女にあのような行動を取らせたのだった。
しかし、先ほどのように執務に励むことも、祭事に取り組むことも、当然のように軍事教練への視察や参加をすることも、生きていることを実感させてくれるかけがえのない時間でもあった。
表に出すつもりはなかったが、かつて敵対していた仇敵が申したように、自身は至尊の冠を抱くことに憧れ、それが叶ったことに満足をしている。
本来であれば、別の人間が座るべき地位。それを自分は間借りしているに過ぎないにも関わらず。
「ふっ……。しょせん、私も俗物であったと言うことか」
目を見開き、剣をテーブルに置き、苦笑しつつそう呟いたフェスティア。かけがえのない弟との再会が、自身の心を満たしているという事実にこそ、気付いてはいなかったが、間もなく訪れる春は例年以上に心地よいモノになりそうな。そんな気持ちを抱いていた。
「失礼いたします。陛下、今日は一段とご機嫌がよろしそうですね」
「そうか? まあ、息抜きをしてところだからな。何かようか?」
「いえ、特には。陛下がお部屋におられるようでしたので、お茶でもと」
「そうだな……。頼む」
そんなフェスティアの元を訪うリリス。教団のキーリアである彼女であったが、事実上の皇帝の腹心という地位に収まっていることは、教団も黙認せざるを得ない事実であった。
そんな特別扱いにリリスであったが、今日は自分の分身のような主君が、すこぶる機嫌がよいと言うことに気付いている。
いや、あの日以来、上機嫌は続いている様にも思えた。
(すべてを託せる者が出来たと言うことなのでしょうか? しかし、それは……)
主君の穏やかな顔を見ることが出来るのは、リリスにとっても喜ばしいことである。だが、同時に今のフェスティアからは、それまで以上の脆さも感じてしまうのだった。
いつかは教団を排除して国を取り戻す。それが、彼女の人生のすべてであった。そして、彼女は短時間でそれに踏み切るだけの地盤を作り出した。
大規模な反乱に繋がる勢力は、時間をかけて切り崩し、取り込める者はすべて取り込んだ。対外的には、南部群島地帯を半ば自立させることで、南へと防波堤を築き、東方に関してはその領土を大きく拡大することで、巨大な緩衝地帯を作り出すことに成功している。
残るは政権中枢に入りこんだ教団側の勢力であり、それの排除が済んだとき、巫女は前宰相のように、衆目の中で首を刎ねられることになる。
先帝は皇帝としての死を全うしたため、その神聖が薄れることなくフェスティアに繋がっているが、天の代弁者かのように振る舞う小娘にそれを許すつもりは今のフェスティアには微塵もない。
人と同様の死が待っている。それを内外に知らしめることですべては終わるはずなのだ。
茨の道であることはわかっているが、フェスティアはすべてを捨ててそれに邁進する覚悟を決めている。
しかし、どこか急いでいるようにもリリスは思えて仕方がなかった。
そして、いかに遠見を得意とし、人の意識を読み取ることに長けるリリスであっても、フェスティアが自身の命そのものを分け与えてまで、アイアースを生きながらえさせたということまでは知ることはなかったのだ。
残された時間は長くはない。とはいえ、いつでも命を捨てられるという事実が、フェスティアの心のうちには存在しているのだった。
しかし、そんな思いを時代の変化はあざ笑うかのように踏みにじろうとしている。
「陛下。今上陛下。おられますかっ!?」
ノックとともに二人の耳に届く男の声。
それは、ひどく上ずり、ことの重大性を二人に理解させるには十分なもの。だが、二人は焦りを見せることなく顔を見合わせると、フェスティアが静かに口を開く。
「入れ。 いかがした?」
「異常事態でございますっ!! 至急、軍令部においでください」
「何っ!? すぐ行く」
異常事態という言葉は、時折慌て者の兵士が口にすることであったが、軍令部へと赴くよう伝えられることは、それだけ自体が逼迫している証左である。通常であれば、謁見の間において皇帝への奏上が行われるのだ。
「――――っ!? う……っっ!? ごふっっ!!」
そんなことを考えていたフェスティアであったが、突如、腹部に感じる異様な気配に、一瞬にして顔から血の気が引き、その場に踞る。
内腑からすべてが逆流し、こぼれたそれが敷物を汚していく。
「へ、陛下っ!? ――典医を呼べっ!! 急げっ!!」
リリスの声がフェスティアの耳に届く。意識を失うほどではないが、気だるさが全身をつつみ、視界が霞んでいる。
初めて経験する違和感に、フェスティアはただただ困惑するしかなかった。
明日はちょっと更新できそうに無いです。申し訳ありません。
金曜日はもう少し速く投稿できたらいいなと思っています。




