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第4話 皇族②

 家族が揃っての食事というのは、約一年ぶりであった。

 父は相変わらず周囲の凡庸という評価を否定しない人物のままであった。皇帝としての威厳は感じることも出来ず、列席している三人の皇妃達の方が、将軍としての威厳を放っているようにも感じた。

 はじめは、軍服ではなくドレスに身を包んだリアネイアの様子に違和感を感じもしたが、「ティグの至宝」とも称された美貌である。すぐに違和感などは消し去る優雅な所作を見せてもくれた。


 この場には、皇帝たるゼノス・ラトル・パルティヌス以下、皇妃、皇子、皇女の帝室一門が勢ぞろいしている。

 出席者は以下の通り。


 第一皇女フェスティア・シィス・パルティヌス

 第二皇女アルテア・シィス・パルティヌス

 第二皇妃アルティリア・フィラ・テューロス

 第一皇子シュネシス・ヴァン・テューロス

 第二皇子ミーノス。ヴァン・テューロス

 第三皇妃ラメイア・フィラ・ベレロ

 第三皇子サリクス・ヴァン・ベレロ

 第四皇妃リアネイア・フィラ・ロクリス

 第四皇子アイアース・ヴァン・ロクリス


 また、皇后であるメルティリア・ティラ・パルティヌスは、帝都での政務のために欠席している。

 そのほか、皇帝ゼノスの親族が数名いるが、全員が老齢のため領地にて隠居しているため、現在の皇室一門はゼノスの直系親族のみであった。

 


◇◆◇



「はっはっはっはっ!! 久々に酒が美味い。リア、またきれいになったんじゃないかい?」

「メイア様、声が大きいですよ。それに、あなたも相変わらずのお姿です」


 リアネイアの虎耳を撫でながら豪快に笑う女性、帝国第三皇妃ラメイアは、南方の異種族出身の皇妃でリアネイアと同じくキーリアに属している。

 褐色の肌と起伏の富んだ豊満な体つき。獅子のような耳と尾が目立つ、鍛えられた体つきを誇る美女で、その外見通り力押しを得意とする。

 また、一族特有の細いドレッドロックスという派手な髪形をしており、それを飾る細かい装飾は自作品であり、性格の割に手先が器用であったりする。



「いやあ、ここんとこ戦離れで腰回りがね。あんたはいいよね、好き勝手に飲み食いしても体つきが変わらないんだし」

「それだけ、起伏に富んだ身体ならいいじゃない。私なんて未だにガキのまんまよ」



 自身の豊満な体つきを自慢するかのように腰回りを撫でつけたラメイアに対し、恨みのこもった視線を向けるのは、帝国第二皇妃アルティリア。

 ラメイアとは対照的に、非常に滑らかな体つきをしており、すでに三十路に入っているが、その外見は少女のそれに近い。

 皇后メルティリアとは異母姉妹の関係で、かつては父ゼノスらとも敵対関係にあったというが、どういった経緯で皇妃となったのかはいまだに教えられていなかった。

 小柄ながらも膂力は帝国軍ナンバー1と謳われている女傑であるが、今のように自身の体つきを気にするあたりは、普通の女性と変わらぬ様子であった。

 

(小柄なうえにツーサイドアップになんかしているから子どもっぽく見えるんじゃないのか?)


 と、自身の外見を自嘲するアルティリアに対し、アイアースは無言でツッコミを入れるが、当然相手に届くわけもないため、皇妃達の猥談は続く。



「陛下はそっちの方が好みみたいだしいいじゃないの」


「馬鹿なことを申すな。阿婆擦れが」



 ラメイアの放言に、さすがの皇帝も口を開かざるを得ないが、少し酒が入っているのか、よけいな一言を加えてしまう。



「ほー、そう言うことをおっしゃいますか? 皇帝陛下? 父親としての威厳がさらになくなるようなことを……」


「…………すまんかった。こら、お前達。父をそんな目で見るな」



 案の定、ラメイアの反撃に屈したゼノスであったが、場の空気について行けない皇子達の視線にすらも負けてしまっているようであった。



「メイア様もアル様もですよ。子どもの前では自重してください」


「おおー、こわいこわい」


「リアは真面目すぎるわね」


「アル様は、メル様を少し見習った方がよろしいかと思いますよ?」


「姐さんは良銭、私は悪銭。育てられた環境が違うのよ」



 三皇妃と皇帝の身分差を感じさせない宴は、あきれ顔のフェスティアが弟たちを部屋へと戻して以降も続く。

 


 …………神聖パルティノン帝国。北方の草原地帯に出現した遊牧騎馬民族を祖先に持つ、世界最大最長の巨大帝国。

 その頂点に君臨する帝室には、過去の遊牧民時代からの非常に大らかな家族関係が営まれ続けられていた。



「…………皆、食事は済んだか? 私達はそろそろ休むとしよう」


 大人4人の騒ぎに着いていく気がなくなったのか、単に食事を終えたからか、フェスティアが兄弟達に視線を向け、席を立つ。



「あら? フェスティアももう成人だし、そろそろ大人同士の話に混ざるのもいいんじゃない?」


「ラメイア様、私はまだまだ若輩であります。帝国の重鎮たるあなた方と同席するというのは過ぎたるものです」


「そう? やっぱりメル姐さんそっくりだねえ……あんたは」



 少々気分を悪くさせたと思ったのか、ラメイアも表情をただして気を遣うかのようにフェスティアに対して口を開くが、フェスティアの返答に苦笑を浮かべる。



「母さんも飲み過ぎないでね」


「はいよ。あんたも早く寝な」


 そして、息子であるサリクスにやんわりとくぎを刺されたラメイアは、渋々といった様子で引き下がるしかなかったようである。


◇◆◇



「やれやれ、お疲れとはいえあそこまで騒がぬともよいではないか」


「姉上。アレが母上達のやり方ですよ。我々も嫌な気はしませんでしたし」


「そーそー。母上なんていつもあの調子だし」



 食堂から戻ると、兄弟全員がなぜかフェスティアの居室へと集まっていた。

 旅先での積もる話や辛かったことなどを頼れる長女に聞いてもらいたい。というのは、兄弟間では共通することであったのかもしれない。




 皆が口々に行啓先での出来事や親しくなった臣下とのやり取りなどを話、フェスティアが主としてそれの聞き手に回る。皇宮にてよく繰り返されたやり取りであったが、今回ばかりは皆が皆、どこか余裕がないような話しぶりである。

 それまで、知ることのなかった帝国の現状を突き付けられた衝撃は、皇族といえど、重すぎる話であったのかもしれなかった。



「さっきの競争は、もう少しで勝てたんだけどなあ」



 話のネタもなくなってきた頃、アイアースは先ほどまでのフェスティアとの遠乗りのことを口にする。

 途中、フェスティアを追い抜くという、自分の中では初の快挙を成し遂げたのだが、離宮直前であっさりと逆転されてしまっていた。



「戦慣れをしている自分が、そなたに負けてしまっては皇族の名折れだ」


「それよりも、姉上について行ける。って時点で、異常だぞ?」


「そなたにもそのくらいの気概は見せて欲しいものなのだがな」



 アイアースとフェスティアのやり取りを聞いていた長男のシュネシスがあきれ口調で言うが、フェスティアの言に苦笑いを浮かべる。

 年明けには初陣を飾る年齢であるのだが、こと武術や馬術の類に興味を見せず、かといって勉学に熱心というわけでもない。立場上、帝位を継ぐことになる立場であるのだが。



「はあ…………シュネシス。そなたはそなたであり、別に強制をするつもりはない。だがな、近衛軍の筆頭である母上の顔に泥を塗る真似だけはするでないぞ?」


「うへぇ…………」


「ま、アイアースは私に付いてこれるほどの腕だ。それと比べるというのは酷であるが……」


「そうでしょう? 私は、騎兵よりも歩兵の扱いの方が……」


「味方の死に絶えられんからと言って、教練でも先頭で敵に突っ込む男が得意のう……」


「は、はは……、私は名君と称えられる父上のように……」


「酒好き、女好き、戦嫌い。役に立ったのは、帝国の盾とも呼べる女を妃に迎えたぐらいとまで言われる男が名君のう…………」



 フェスティアの言に、多少気が楽になったのか、シュネシスは得意げに口を開くモノの、どこかお調子者であるこの皇子は、すぐにツッコミを受ける。



「姉上、父上のことをそこまで言わなくとも。敗戦により、分裂の危機にあった帝国をまとめ上げたのは、単に父上とその側近の皆様の力によるものです」


「む…………、そうであったな。しかしな、ミーノス。仕方がなかろう? 至尊の冠を抱く以上、失点は許さぬ立場であり、景う愚痴や批判の類はどこにでもある。特に、軍にいれば嫌でも耳に入るのだ。…………別に、私が父上を嫌っているわけではないぞ」



 二太子のミーノスにやんわりと咎められたフェスティアは、少し苦みを含めた表情を浮かべながらそれに答える。

 一足早く成人した彼女には、聞きたくもないことが聞こえ、見たくもないことが見えるようになってきたのかもしれなかった。



「そうね~。父上は、優しさと懐の大きさだけが取り柄だって、母上達も言っていたもんね~」


「フォローになっていないってそれ」



 次女のアルテアののんびりとした声に、三太子のサリクスが笑いながら答えると、他の4人もそれに続いて笑い声を上げる。


 この六人が、いわゆる皇位継承者であった。


 放蕩な面があった現皇帝には、私生児がどれほど存在するのか分かったものではなかったが、皇后とそれに続く皇妃を母に持つ彼らだけが、皇位継承という特権に預かれるのであった。

 とはいえ、パルティノンは大陸の過半を占める世界最大の大帝国であるが、帝国の傘下にある国々は、変事あらばいつ牙を剥くかも分からず、皇帝権力と既存の議会と呼ばれる合議政体との対立にもいつ火が付くのか分からぬ時代である。

 皇族がこうして笑っていられるのも、ほんの僅かな時間しかないのであった。



「それで、姉上。帝国は大丈夫なんですか?」


「? どうした、突然」


「曾お祖父様が亡くなられたことは、私も知っています。それが原因で、反乱が起こっていることも。私だって、皇族ですし、国のことが心配にはなります」


「お前、本当に七歳か??」


「茶化すな。アルテアにサリクスも少しは分かっているようだしな」



 アイアースの言に、シュネシスが驚きとあきれの混ざった視線を向けるが、フェスティアはそれを制して、他の兄弟達を見つめる。

 普段、ぽやっとしているアルテアやまだまだ幼いサリクスもどこか緊張している。少なくとも、必要な教育は物心ついて頃から受けてきていた。



「ふう……………そなた達は、私と同じく皇族として生を受けた。成すべき使命は、永遠なる大陸、海原を統一すること。同時にパルティノンに済むすべての民に平穏なる暮らしを与えること。単純である故に、忘れているまい?」



 ふっと一息つき、全員を見まわしたフェスティアの表情は、普段兄弟達に見せる柔らかなモノではなくなっていた。

 これが、戦場における黒の姫騎士か。とアイアースは思いつつ、姉の言に耳を傾けていた。


『黒の姫騎士』


 フェスティアの渾名であるが、わざわざ黒装束を好むことを強調する渾名であり、彼女が軍や国民はおろか、皇族の中でも畏怖される存在であること示すものである。

 15歳の初陣以来、国内に起こった小規模反乱や賊徒の類の討伐に率先して参加し、戦功を上げ続けている事実。

 尚武の気風が尊ばれる帝国にあっても、戦を愉しんでいるかのようにも見える皇女の姿は、どこか異質であり、先の敗戦もあいまって彼女が帝国を亡国へと導くのではないか? と言った、声まで上がるほどなのである。


 そして、フェスティアの言を最後に、兄弟同士での集まりは終わりとなった。

 続発する反乱を鎮圧し、国内を慰撫するための行幸啓もようやく終わりを告げ、帝都へと帰還する途上のことなのである。身体は十分に休めておかねばならなかったのだ。



「アイアース、明日は俺に付き合わないか?」



 フェスティアの部屋から出ると、シュネシスが親しげな口調で話しかけてくる。

 一家はこの地に一週間ほど滞在する予定であるため、しばらくは自由に行動できる。



「いいですよ。どこに行くんですか?」


「そうか? まあ、それは言ってからのお楽しみだ。ちょうど、小遣いもたまっているしな。ミーノスたちには内緒だぞ?」


「分かりました。楽しみにしておきます」


「……なんだか、無理をして笑っていないか??」


「気のせいですよ。それでは、兄上。お休みなさいっ!!」



 含み笑いをみせたシュネシスの言に少し嫌な予感がしたアイアースであったが、特段断る理由もない。

 しょうもないことに巻き込まれたとしても、お調子者の割に機転の利く兄であるし、面倒なことになれば即座に帝国最強の女傑×3ほどが飛んでくる状況である。

 そう思ってうなづいたのであるが、顔に出ていたようである。



「兄上には悪いけど、こういう時ってなぜか面倒なことが起こるんだよなあ……」



 ベッドに横になり、シュネシスが絡んだ面倒なことの数々を思い返すアイアースであったが、旅の疲れからかすぐに瞼が重くなっていった。

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