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第9話 聖帝の凱旋


 小雪の舞い始めた寒空の中を数騎の騎兵が進んでいく。


 男女混成の一団であったが、全員が白を基調とした装束に身を包み、先頭で馬を進める女性以外の全員が、衣服を赤く染め、装備もところどころ破損していた。

 かつての帝国近衛軍キーリア達であり、先日まで激しい戦いを演じてきた者達でもある。



「しかし、上位№というのは、もっとととっつきづらい連中だと思ってたんだが」


「まあ、そういうヤツらが大半だな」


「ふーん、それで、皇帝陛下の影って言うのはどんな感じなんだ?」


「想像のとおりさ。状況によっては戦の際に総大将として本陣に詰める場合もある。あの御方は、最前線にも御自身で足を運ばれるし、状況によっては帝都から動くわけには行かぬ場合もある」



 アイアースの問い掛けにリリスはやんわりとした口調で淀みなく答えていく。

 アイアース自身が言ったように、シュレイから聞かされた上位№のキーリア達の印象は得体の知れない不気味さや一種の恐怖があった。

 だが、今この場にいる№4リリスはそう言った面が見られるわけではなかった。


 立ち振る舞いの隙の無さはその実力を裏付けるモノであったのだが、こちらの問いかけにも素直に答えてくれるし、逆に当たり障りのない話などを向こうからしてくることもある。



「…………ミュラーさん、ちょっとあの二人楽しそうにしすぎじゃないですか??」


「んあ? 別にいいだろ。カズマも堅物に見えたけど、お前と一緒だったし、なかなかやるみたいでけっこうじゃないか」



 そんな二人の様子を後方にて見つめていたミュウは、眉間にしわをよせながら傍らにて馬を進めるミュラーに対して静かに口を開く。

 ミュラーは微笑ましい光景だと思いながら見ていた手前、ミュウの嫉妬をやんわりと抑えるが、ミュウの少々滑稽な嫉妬心を楽しそうに眺めている。

 ミュラーからすれば、アイアースがリリスと二人きりになっている今、美人二人と一緒にいる口実が出来ているため本人的には満足であったのだ。



「でも、初対面の人にデレデレと」


「デレデレしているか? 普段と変わらぬ真面目なツラだろ? なあ、アリア」



 とはいえ、いつまでも女の嫉妬に付き合うとろくなことがないことを知っている彼は、黙って馬を進めているアリアに対して声をかける。

 本音としては、半身を失いかけたのを救ってくれた彼女に対しては悪い気持ちは抱いておらず、話しかける機会を待っていたという本心もあった。



「私に聞くなよ……。まあ、女同士とはいえ、リリスと話せるのは少し羨ましいかな……」


「お? お前さん、そっちの気があんのか?」


「治してやんないわよ?」


「うお。スマンスマン、お詫びはベッドで……あいてっ!?」



 戦える状態になっているとはいえ、まだまだ回復途上の身体。アリアの飛び抜けた治癒法術がなければ万一のこともあり得た。

 と言っても、三枚目を装っている今、そのまま黙ってしまうのはなんとも居心地が悪いと思ったミュラーはよけいな一言を口走ってしまし、案の定剣の鍔で思いきり叩かれることとなる。



「まったく……、私には姉がいた。生きていれば彼女と同じぐらいの歳だった。と言うことだ」


「あ……、悪いな」


「いいわよ別に」


「殿下はああいうタイプが……、やっぱり姉なのね。と言うわけで、アリアさん。私で良ければお姉様になってあげても……」


「悪いけど、あんたの場合は、姉と言うより妹みたいな感じしかしないわ」


「そ、そんな」


「あー、アリア。こういう時は、真面目に答えても傷つけるだけだぞ」


「わざとよ」


「ひ、ひどいぃ~」


「なにやってんだあいつら?」



 ミュラーはよけいなことを聞いてしまい、素直に謝罪するが、ミュウは別方面に解釈をしたため、アリアの直球の返答にへこむことになる。

 少し間が空いてしまったため馬を止めていたアイアースとリリスは、一連のやり取りを聞きながら、少々あきれ目で三人を待つ。


 もっとも、お互いに悪気があるわけでもないため、短期間に打ち解けることが出来たことを喜ぶべきなのかも知れなかった。



「それにしても、シュレイのヤツも失礼な男だ。本人を目の前にして、『こいつは特に問題ないから大丈夫だ』なんて言い出すか? 普通」


「ちょうどその手の話をしていたところなんでね」



 三人を待つ間に、先日のやり取りを思い出したのか、少し不機嫌そうな様子で口を開くリリス。当のシュレイは、別の任務を待つためあの場で別れていたため、この場にはいないが、やや緊張気味の他の者達に彼女のことをある程度は話してくれていた。

 アイアースもはじめは警戒していたが、姉、フェスティアと瓜二つの容姿と相まってリリスに対しては悪い感情を抱くことが出来なかった。そのため、彼女のここまでの様子はありがたかった。



「は、大方上位陣の悪口でも言っていたのだろ? たしかに、アイヒハルトなどは……」


「戯れ言はその辺にしておけ。リリス」


「む?」



 当のリリスも他の上位階級達の悪口でも言おうとしていたのか、№5アイヒハルトのあを出すが、彼女の言は聞き覚えのない声によって遮られる。

 臙脂の衣服に身を包み、禿頭の頭部に仮面をつけた男がいつの間にか自分達の傍らに立っていた。



「まったく。帝都の守備を放りだしてほっつき歩きおって……。指令だ」


「うむ…………そうか、凱旋か」


「急ぎ向かえ」


「了解」



 “者”からの指令に、戯けた調子で答えたリリスは、ばつの悪そうな笑みを受けべてアイアース達に向き直る。



「すまんな。結局、おしゃべりだけをしに来たような形になってしまったな」


「いや、戦いの後だ。こういう時間も必要だった」


「ふ、そう言ってもらえるとありがたいな」


「なんだ、任務か?」


「ああ。本来、私の任地は帝都周辺の防衛故な」


「任地? そのようなものが?」


「上位№だけは、かつての名残のようなモノが残っているのだよ。キーリアを乱造している現状では、全員に任地を振っていては切りがなくなるしな」


「薬の製造も追い付かなくなると言う理由もありそうね」


「ほう。頭だけは切れるようだな」


「ちょ、ひどくないですか~?」


「はは、ではな。また、会おう」



 追い付いてきたミュラー達とそんな雑談をかわしたリリスは、軽く手をあげると4人に背を向け、馬を進めはじめる。長身の女性であるため、騎乗姿もよく似合っていた。



(……やはり、姉上に似ているな)



 アイアースは、去っていくその背中に、かつて追いかけ続けた少女の背中を思いかえす。とはいえ、彼女がフェスティアと別人であることもなんとなくだが分かっていた。

 顔や声色が似ていても、その醸し出す雰囲気の類が異なっているのだ。7年物時間があるとはいえ、それが大きく変化するとは考えがたかった。



「あの人とは……、何があっても戦いたくないな」


「そうだな……。無駄に警戒する必要もないが、可能性がないわけじゃないしな」



 遠ざかっていく背中に向けて、そう口を開くと、四人は組織の本部へと馬を進める。

 澄んだ空気はやがて薄れ、再び淀んだ空気が支配しはじめるまでそれほど時間はかからなかった。



◇◆◇



 その日の帝都はその冬最初の吹雪に見舞われていた。


 しかし、皇帝親征の凱旋式典を中止するという選択は、長く続く帝国の伝統には存在していなかった。


 いかな天候もまた、天の意志。


 特定の宗教の存在していない帝国にあっては、古くからこの種のシャーマニズムが監修として受けいれられていた。

 そんな中に、天の巫女シヴィラ・ネヴァーニャが現れたことは、帝国に一大転機をもたらす要因になっていたのだったが、あいにくとその種の脅威を知る者はこの地にはいなかった。

 帝国側も教団側も、反乱における民の指導者。という地位でしか巫女を見ていなかったのであった。当然、式典の執行に巫女が意見を述べることはなく、吹雪の中の凱旋が執り行われていた。


 この吹雪は、セラス湖のもたらす湖水効果雪の一種であり、気温が氷点下に達するのは深夜から早朝にかけてであったが、オアシス地帯からサバナ地帯を抜けて凱旋してきた親征軍には、その寒さは一層こたえる。

 しかし、皆が皆皇帝直卒の親征軍。特に、東方に領土を拡大しての凱旋である。寒さなど吹き飛ばすだけの覇気が全軍にはみなぎっているところであった。


 そして、その中枢にある一人の女性。全身を漆黒の甲冑に身を包み、背中のマントだけが帝国皇帝の象徴たる青地に白の装飾が施され、その鮮やかさは女性が身につける漆黒の甲冑を塗りつぶしていた。


 神聖パルティノン帝国皇帝、フェスティア・ラトル・パルティヌス。パルティノン皇室最後の生き残りにして、帝国最大の版図を得、特を持って人心をまとめ上げ、民の生活を向上させる。


 在位7年と言う短期間にこれだけの業績を残した彼女を、人々は“聖帝”と賞賛していた。

 かつて、“黒の姫騎士”と疎まれた少女が、帝国にもたらした光。それが、人々からの羨望と賞賛、そして信仰を集めるだけの業績。すべてが裏打ちされた称号と呼べた。

 しかし、今この場において人々の賞賛や羨望を集めている女性は、“聖帝フェスティア”その人ではなかった。



「ふう……」



 ハギア・ソフィア宮殿へと歩みを進めた皇帝、フェスティアは一時の休息の後に続く戦勝式典に出席することとなる。

 そして、宮殿へと辿り着いたところで彼女の役割は終わりを告げていた。



「ご苦労であったな。リリス」


「はっ」



 甲冑やマントを脱ぎ、元のキーリアの制服へと身を包んだリリスの耳に、凛とした女性の声が届く。無駄の無い所作で膝を折り、頭を垂れたリリス。顔を上げたその視線の先には、まるで鏡から写し取ったかのような、彼女と瓜二つの女性が立っていた。



「まあ、堅苦しいことは抜きにするとしよう。手伝ってくれ」



 そう言うと、フェスティアはそれまで身につけていた一般女性風の衣服を脱ぎはじめる。

 リリスも慣れた手つきで、皇帝用の装束を手に取り、フェスティアの傍らへと運ぶ。

 簡素な衣服を好むフェスティアであったが、それでも儀式用の衣服は大仰な物になってしまう。歴代の皇帝達も儀式の場においてはそれを受容してきたが故に、フェスティアも変えることは出来ていなかった。


 もっとも、各国の皇帝や王の類が身につける物よりは遙かに簡素化されている物であったが。



「2年間のバカンスは楽しめましたか?」


「ふ、嫌味なヤツだ。少なくとも、群島が背くことはこの先あるまい」


「陛下のために辺境にて戦っていた兵士達には申し訳ないことになりましたな」


「うむ……。そればかりが心苦しい……。ゼークトやルフトヴァッフェが上手くやってくれたようだが」


「はい。私も組織の目をかいくぐりながらなんとか顔だけは出しておりました」



 背後の紐や装具をテキパキと整えながら、リリスは口を開く。

 教団の関係者は排除したはずであったが、潜在的な脅威は帝国の中枢に残っている。その中で、フェスティアが選んだのは戦に狂う皇帝。であった。

 内政を好き勝手に進めさせる代わりに自分は戦場に立つ。そうやって教団の目をそらし、内政に対しても綻びが出ぬよう手の者を各地に派遣したり、自らが赴いての調停などを行っていた。

 内部の政敵の排除は今でこそ進んでいるが、おかげで帝国の内政や経済の停滞はギリギリのところまで進んでいる。



「ヴェネディアを討ち果たしたことが幸いいたしましたね……」


「おかげでよけいな火種を持ち込まれたがな」



 フェスティアが最前線をリリスや歴戦の将軍達に委ねてまで、取りかかっていたことは、群島諸国家の統一戦争の沈静であった。

 海上交易によって栄える群島諸国家は、来るべき南方遠征の最重要拠点であり、そこからあがる富も帝国にとっては欠かせないモノ。

 とはいえ、反乱による始末のために内海に連なる通商国家群を討伐したため、海上交易は停滞の色合いを見せ始めていたのである。


 経済が停滞すれば、戦乱が生まれる。それを煽る人間がいれば尚更である。


 フェスティアはそこに直々に乗り込む形でそれを終息へと導いていたのであった。



「自治の保障どころか、自立まで約束する形にはなったがな。まあ、スメラギと同様の頼れる同盟国になってくれればよい。脅威になるほどの軍事力もないしな」


「それで、その場で見出されたのがあの男でございますか?」



 フェスティアの髪を結いながら口を開いたリリスの言には、やや毒を含んだ響きがあった。



「まあ、教団としても組織としても黙認するわけにはいくまいよ。私が自ら足を運ばねばならぬほどの事態を引き起こした。それだけでもな」


「しかし、あれほどの腕の者が存在していたとは……」


「私はあの男以上の人間を知っている。あり得ないことではないよ」



 そこまで言うと、フェスティアは手でリリスを制し、リリスは仕上げようの冠をフェスティアの頭部に載せる。



「ご苦労だったな。しばらくは自由にしていてくれ」



 そう言うと、フェスティアは通路に控えていた侍女や衛士達とともにテラスへと赴き、リリスは室内に一人残された。

 しばらくして聞こえてくる歓声。しかし、ほんの数年前、今フェスティアが立つテラスは、皇帝に対する歓声ではなく、罵倒や怨嗟の声で溢れていたという。


――――民という者はある意味もっとも罪深い者なのかも知れない。


 と、顔かたちは瓜二つであっても育ってきて環境の異なるリリスの脳裏には、そのような考えがよぎる。


 だが、慌てて頭を振ってそのような考えを脳裏から追い出し、フッと一息つくと、窓辺に立ち、宮殿から望むことの出来るセラス湖へと視線を向ける。


 初雪が大地を白く染め上げていく中でも、その色を変えることのない湖。それを見つめるリリスの視線の先には、先日であった戦士達の姿が浮かび上がっていた。



「そのうち、刃を交える…………か」



 リリスは遠視によって彼らの戦いの一部始終を把握し、彼らの元へと赴いた際に彼ら、特に指揮官であったシュレイが抱く野心の類を察知していた。

 状況によっては斬ることも容易かったが、不思議とその種の感情が浮かんでくることはなく、むしろ彼らと積極的に交流したいという不思議な感情が浮かんできていた。


 そして、それは正しかったと今は思える。


 しかし、今の自分の立場を鑑み、そして守らねばならない者の存在を考えれば、彼らが組織や教団、果ては帝国に対して牙を剥いてくるとすれば、手加減をするつもりはなかった。

 そしてなにより、一部のキーリアの力だけで倒すことの出来るほど、教団も組織も甘くはない。彼らは、未だに帝国の内部に浸食しているのだ。



「果たして……、何人が、生きて私の元に辿り着くことが出来るものか……」



 そう呟いて、リリスは再び、自身が守るべき者のことを思い浮かべる。彼らの野心が向かう方向によっては、かの者を救うことにも繋がることは彼女自身も理解していた。



「まったく…………先へと続く道は、茨の道か……」



 リリスがそう呟いたとき、帝都全土に荘厳な鐘の音が響き渡った。その鐘の音が、彼女に一つの記憶を思い起こさせようとしていた。

明日からまた仕事なので、更新はちょっと遅くなります。恐らく金曜日頃になると思います。ご了承ください。


今回は書いていてすごく楽しかったです。感想が書きづらいモノだとは思いますが、何か思ったことがございましたら是非ともよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
組織ってのは教団と別物なの? とりあえず巫女も含めて上層部は民のことなんか絶対考えてないもんね。 最初はシヴィラがいいように騙されてるのかと思ってたけど私怨か何かで滅亡を願ってるとしか考えられない。 …
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