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第3話 皇族①

 

 ――――森が生き返った。


 日も傾きつつある頃合いになり、馬足を速めるアイアース達であったが、緩やかな街道を歩んでいる際にはっきりとそう感じた。



「森が…………」



 思わずそう呟いたアイアースに対し、周囲の者達の視線が集まる。

 疾駆を終え、乗り換えのために速度を落としているのだが、周囲に対しては十分に届くほどの声であったようである。



「殿下、いかがいたしました?」



 傍らにて馬を進めるキーリアの一人が不思議そうに口を開く。周囲を訝しげな表情を浮かべているが、中には納得した者もいるらしく。ほくそ笑んでいる者、表情を変えない者の姿も目に映っていた。



「緑が先ほどよりも深くなった気がする。もう、本土に戻ってきたのかな?」



 そう言ったアイアースは改めて周囲の様子に目を向ける。


 周囲の草木が先ほどまでとは異なり、色濃く、生命力にあふれているような。そんな気がしていたのであったが、今でははっきりとそれを感じることが出来た。



「うむ、先ほどからな。ようやく帝国本土へと戻ってきたところだ。スラエヴォはもう目と鼻の先だ」



 リアネイアの言で、訝しげな表情を浮かべていた者達も納得したのか、いくらか緊張を解いている者もでてきた。


 大半が新任であり、それまでの緊張感から解放された証拠でもあった。



「本国は豊かな恵みを享受し、衛星国や属国がやせ衰える……。先達がこの姿をどう嘆くであろうか」



 しかし、続くリアネイアの言に、やや安堵の表情を浮かべていた者や帰還の喜びを無意識に抱いていた者達が、ハッと表情を引き締める。


 本国と属領、中央と地方の違いはあれど、同じ帝国である。それまでであれば、帝国に属するすべての者が自由に行き来をし、文化的な融合や経済活動を活発に行っていたのである。


 それが、今となっては木々の彩りすらも異なるような状況なのである。中央の搾取が地方を疲弊させることは、歴史を鑑みれば繰り返される悲劇であったが、ことパルティノンにとっては在らざるべき事態なのである。



「違うな。本国とて、人はやせ細り、肥えているのは軍人と軍馬のみよ」



 と、馬を進めている集団に、凛とした鋭い声が突き刺さる。


 途端に、周囲のキーリアや兵士達が抜刀するが、声の主の姿は見えない。



「母上」


「アイアース。そなたは、私の後ろに。力を使おうなどと考えてはなりませんよ」


「は、はいっ」



 アイアースもまた、周囲に習うように右手に意識を集中させながら、リアネイアに対して口を開くが、当のリアネイアは集団の中でも、ただ一人臨戦態勢をとることなく、周囲を見まわすと、アイアースに対してピシャリと言い放つ。


 先頃、魔導の類を習い、そのための『刻印』を右手の甲に施したばかりであったが、体内に根源を持つ力を行使する以上、肉体や精神の消耗が激しいそれを用いるのは危険すぎる。

 そして、リアネイアからしてみれば、一部を除いた部下達が抜刀していることすらも、ややもすれば情けない気持ちにさせられるのであった。



「総員、捧剣っ!!」



 ふっと一息ついた後、リアネイアは先ほどの声に負けぬほどの声で、全員にそう命じると、自身はクランとともに集団の先頭へと歩み出る。


 アイアースも慌てて後を追い、彼女の背後にて状況を見守る。


 沈黙が周囲を包み込み、木々の息吹や鳥たちのさえずりが僅かに聞こえて来る。そして、その沈黙の中に馬蹄の音が響きはじめる。


 草木が風に靡いて、まるで道を作るかのように道を作ると、森の中から全身を黒で統一した騎士が歩み出てきた。


 アイアースを始めとする数名が思わず息を飲む。騎士の正体は分かっているものの、その立ち振る舞いは、戦場にて敵手を待つ者のそれを変わりはなかったのである。


 リアネイアが両の手に剣を構えると、対峙する黒騎士も同様に両の手に剣を構える。パルティノンにおいて、盾などの防具を持つ戦闘術は存在していない。



 ――――二騎が同時に馬腹を蹴る。一合、二合と二対の剣が交錯し、二人の間で火花が散り、人馬一体となってせめぎあう。


(――――すごいっ!!)


 二人の動きは目で追うことも難しいほどの速度である。周囲の者達も、捧剣をしたまま二人の様子を見守る。


 突然始まった一騎討ちであったが、それに割ってはいるような無粋な輩はこの場にはいない。

 本来であれば、全力で止めるべき立場にある人間達ばかりであったが、そんな建前が通用するような状況ではないほどに二人の戦いは見ている者達を魅了していた。



 そして、戦いが動き始める。


 激しく打ちあっていた両者であったが、耳をつんざく激突音の後、両者は一旦距離を開け、乱れはじめた息を整えはじめた。


 沈黙が周囲を包み込みはじめる。


 ふと、リアネイアが黒騎士に対して目で何かを問い掛け、黒騎士が僅かに頷いた様子が見て取れた。


 一呼吸置いた後、互いに馬腹を蹴り、両者の距離が一気に詰まっていく。



 交錯。



 金属どうしがぶつかり合う乾いた音が周囲に響き渡り、その余韻が消えぬうちに、地面に何かが落ちたような音が耳に届いた。


 夜の闇間を流れる天の川の如き銀色の髪が、陽に照らされて鮮やかに光り輝きながら風に揺られていた。



「さすがです。リアネイア様」


「フェスティア様も、また腕を上げられたようで」



 フェスティアと呼ばれた黒騎士は、そう言いながらリアネイアへと笑みを向けた。


 互いに親しみと尊敬をこめた呼び方をした両名は、皇妃と皇女という立場である。本来であれば、剣を交わすことなど許されぬ立場同士であるのだが、尚武の気風が何よりも優先される国家とあっては関係が無い。


 模擬戦であれば、皇帝が一兵卒に殴り倒されるという事例すらも存在する国家。半ば本気で斬り合いを演じる皇妃と皇女というのも特段めずらしくはなかった。




「そうですか……。ヒュレイ地方もですか」


「ええ。本国を取り囲むように、全土が同時期に饑饉や不作に喘いでいる。気象学的にはおかしいことだらけであるが……」


「なによりも、民の間で帝国の終焉を予感させる気運が芽生えつつある。ですか?」



 フェスティアの言に、リアネイアがゆっくりと頷く。


 先年の大敗北とそれに続く継承争い、そして饑饉。人々に不安を抱かせる要素は非常に多く、ただでさえ地方や辺境は反乱の母体となりやすい。

 帝国の支配が揺らいでいる今、それはもっとも警戒すべき事態であることは帝国首脳にとっての共通項である。しかし、それでも気になることはある。



「むしろ、反乱の気配が落ち着いていることの方が不気味な気がしますけど、あっ!?」



 二人の話を聞きながら、アイアースは思わず口に出してしまったことに気付く。



「ほう、どうしてそう思うのだ?」



 案の定、フェスティアに興味深げな視線を向けられる。フェティアにとっては、幼い頃から自分と対等に過ごそうとしてきた弟の行動に興味があるようであり、彼を年齢相応には扱っていない。


 今も、弟の壮語に対して揚げ足をとるわけではなく、真に興味が湧いたが故の問いかけであった。



「は、はい……、行幸啓が始まるまでは、各地で小反乱が頻発しておりました。しかし、以降はピタリと止んでいます。一部では、皇室の威光は健在だと喜ぶ声もありますが、少し、話がうますぎるように思えます」



 アイアースはそれまでの旅を思い返しながらそう口を開く。


 疲弊している街は村は数多く見たし、少数の一団故に向かってくる命知らずな賊徒とも遭遇はした。


 それでも、リアネイアや随行するキーリア達が反乱の匂いをかぎつけることはなかったし、アイアース自身もそれを見抜けるほどの力はない。


 とはいえ、何とも言えないもやもや感に支配されていたことも事実であった。



「なるほど…………。アイアース、久々に遠乗りはどうだ?」


「えっ!? 急になんですか??」


「なんとなく。だ。リアネイア様、よろしいですか?」


「かまいませんよ。我々は、このまま進むといたします。陛下に予定時刻をお伝えしてください」


「はい。――――では、アイアース。行くとしよう。皆も待っているし、元気な顔を見せてやれ」


「はっ、はいっ!! 母上、先に行きますっ!!」



 そう言って、フェスティアとアイアースは、それまで乗っていた替え馬から、自身の乗馬へと乗り移ると、ほぼ同時に馬腹を蹴った。


 途端に、周囲の景色が一斉に動き始める。


 今日一日疾駆することがなかったためか、馬の調子はよいようである。アイアースが鬣を撫でてやると、さらに速度を上げてくれた。


 顔に当たる風が心地よい。記憶を取り戻す際にクランに振り落とされてからしばらくの間馬に乗ることは怖かったが、一度乗ってしまえばそれまでであった。


 以前も、風を切りながらバイクを走らせることが好きだった。


 バイク自体が好きなわけでなく、とにかくスピードを出して風と一体となっている――そんな気持ちになることがとにかく心地よかったのである。



 そして、小高い丘をフェスティアの後に続いて駆け上がると、頂上付近で漆黒の騎兵が立ち止まっている。



「着いたぞ。アイアース」



 短くそう言ったフェスティアの言に、アイアースは目を見開く。夢中になっている間に、目的地へと着いてしまったようである。

 丘から見下ろすと、三日月湖が夕陽に照らされて橙色に輝き、周囲を取り囲む木々の間からは灯りが漏れだしている。



 この地は、杜の都スラエヴォ。


 豊かな自然と温暖な気候、周囲を山岳に囲まれた天然の要害。杜の都と呼ばれる自然豊かなこの地には、帝国の離宮が置かれていた。



「もう、着いてしまったんですね」


「どうした? もっと、走っていたかったか?」


「うん……」


「ふふ、まあよい。滞在は数日に及ぶし、この地は馬も好む。後日は、他の兄弟達とも行くとしよう」


「兄上達が行きますでしょうか?」


「あやつらはちと大人しすぎる。書見も大事だが、このような時勢だ。城にこもって国行く末を見守るだけでは駄目だ」



 苦笑しながらそう言い放つフェスティアであったが、他の兄弟達にとっては少々気の毒のような気もしていた。

 自分は、中身に多少のアドバンテージがあるが、他の兄弟達はまだまだ子どもである。成人を迎えたフェスティアに着いていくことなど、不可能に近いとも思う。



「まあよい、離宮に着いたら、久々にともに湯にでも入るか?」


「いっ、いえいえっっ!! いいですよっ!!」


「…………そんな全力拒否しなくてもいいのではないか? 私と一緒に入るのは嫌か?」


「嫌ではありませんが、遠慮しますっ!!」



 思いがけぬ誘いに、アイアースは全力で断るが、フェスティアは少々ショックであったようだ。しかし、外見上は7歳といえど、中身は20歳の頃の記憶やその類のものが残っている。最近では、年齢相応の精神になってしまう場面が多いが、それでもフェスティアの16歳にしては生育がよすぎる体つきは目の毒である。


 何より、実の姉に欲情している自分を考えると吐き気がしてしまう。



「そ、それではっ、行きましょうっ!! 姉上」


「うむ。離宮までは今少し、もう一走りするとしよう」



 アイアースの心情を知ってか知らずか、フェスティアもまた笑みを浮かべて手綱を握りしめた。

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