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第1話 異世界にて①

「ぐっ!? うううううううっっっくっっっ!!」



 常闇の中に一粒の光がはじけると、それはやがて大きくなっていき、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえ始める。


 そして、次に待っていたのは、頭が割れんばかりの鈍痛であった。



「……また、この夢か」


「アイアース。大丈夫ですか!?」



 頭部を抑えながら、身を起こすとやや上ずった女性の声が耳に届く。

 眼を向けると、この世のものとは思えないほどの美しい女性の姿が目に映る。



「母上……」



 アイアースは、目の前の女性に対してそう口を開くと途端に全身に寒気を感じる。全身が汗に濡れ、冷たくなったままの衣類が身体に張り付いているのだ。

 目を覚めていくと、痛みは遠退いていくが、全身の気だるさは残る。この夢を見た時はいつもこの調子であった。



「顔色がまだ悪いわ。出発まで、まだ時間はある。着替えをして、もう少し寝ていなさい」


「申し訳ありません」


「何を言っているの。私は、準備をしてくるわ。いい子でいてくれるわね?」


「はい」



 アイアースの言に、柔らかい笑みを浮かべた母、リアネイアは銀と黒のツートンカラーの尾と耳を揺らしながら天幕から出て行く。


 『ティグ』と呼ばれる亜人の特徴であったが、アイアースにその特徴は現れていない。もちろん、それには理由があるのだが、今はそのことを考える気にもならなかった。


 着替えを済ませ、寝床に横になると先ほどの夢と同時に、これまでの日々が蘇ってくる。



 ――――はじめは、なぜ知識の吸収が早いのかと疑問に思っていた。


 周囲は自身の聡明さをもてはやし、将来を期待して眼を細めている。たしかに、読み書き計算の習得速度は同世代の少年少女から見れば群を抜いていたし、年長の兄弟達の遊びにも難無くついて行けていた。

 それでいて、兄弟と遊んだりして過ごす時間をなんとなく一歩引いてみている自分がいた。


 けっして、遊ぶことが楽しくないわけではない。そんなことをしているヒマがあれば稽古事に精を出したい。


 無意識にそんなことを考えている自分がいた。


 そして、話をしていて一番落ち着くのは、母親以外ではもっとも年の離れた長女である。9歳の年の差を考えれば話が合うはずもないのであるが、好奇心で手に取った書物の好みが合い、はじめは不思議がっていた関係も今では普通のことである。



 そして、3歳の誕生日を迎えたあの日。


 前々から興味を持っていた乗馬を許可され、母の操る軍馬に初めて跨がる事になった日のことである。



 ◇◆◇



 彼、アイアース・ヴァン・ロクリスは、ようやく3歳の誕生日を迎えていた。


 帝国皇太子の第4皇子であり、尚武の気風で知られる帝室であったが、3歳児を軍馬に乗せるのはいささか早いものである。

 しかし、彼の母、リアネイア・フィラ・ロクリスは、皇太子妃であると同時に、女性の身にありながら帝国軍の頂点に君臨する帝国近衛軍『キーリア』に身を置く猛者である。



 そして、帝国の草創期を支えた尚武の一族『ティグ』の出身者でもある。


 ティグ族は、虎のような耳、尻尾が特徴の獣人族で戦闘に特化した肉体を持ち、どんなに飲み食いしても体形が変化せず、総じて戦闘に向いた引き締まった体格に落ち着く。

 腕力・膂力などの基本運動能力が他の種族より飛びぬけており、その卓越した肉体的・精神的強靭さと仲間のためならば死をも厭わない清廉さにより他の種族から畏敬の念を抱かれている種族である。



 そのような女傑を母に持つアイアースは、女系遺伝が常のこの世界において、武人としては最高の遺伝子を持った皇子であり、周囲からは安全面への心配とそれ以上にどのようなことをやってのけるかという期待感が同時に存在していた。

 とはいえ、当の本人は、初めての乗馬にすっかり有頂天になり、普段の慎重さはどこえやら、年相応の反応を見せて周囲を苦笑させていた。



「これが、母上の愛馬でありますか? 美しい白馬ですね」


「うむ……『これ』では無く、クランだ」


「クラン? うーん、気の強そうな名前ですね。見た目も格好いいし、はやく乗せて下さいっ!!」


「アイアース。馬は乗り手と心を通わす。彼女は私の友であり、分身でもある。まずは、彼女の子となったつもりで乗りなさい」


「はいっ!! 分かりました。母上っ!!」



 と、母の助言に力強く頷いたものの、気持ちはすでに目の前の白馬へと移っており、それに跨がっている自分の姿を想像して悦に入っており自身が大変な間違いを犯していることを認識してはいなかった。

 とはいえ、アイアースにとっては、母リアネイアはどんなことをやっても優しく微笑みながら見守ってくれる存在であり、現時点では厳しさというもを感じさせるモノではなかった。


 しかし、彼女は精鋭集まる近衛兵団に異種族かつ女の身で上り詰め、辺境にて異民族の反乱や不作期に発生する賊徒の討伐などにて名を上げた女丈夫という面も持つ。

 そして、彼女自身が分身と呼ぶ愛馬は、そんな彼女の厳しさという鞭の面をアイアースに対して存分に発揮することとなる。



「すごいです母上。クランはとても速いのですね?」


「うむ……、私が今の地位にあるのは……、この子がいたからでもある」


「ありがとねクラン。でも、もっともっと、速く~」



 駿馬の疾走にすっかり魅了されたアイアースは、気分が良くなり、さらなる暴挙にでてしまう。それでも、当のクランは気にする素振りを見せずに疾駆と続けていた。

 そして、乗馬を十分に堪能し、すっかり浮かれ調子になった彼に対し、鐙から揺り落とすという荒技をやってのけたのである。


 元々、牝馬であり気位が高く、鬣を引っ張られたり、鐙の上で飛び跳ねられることは我慢できない。しかし、主であり相棒であるリアネイアを叩き落とすことは彼女のプライドが許さず、それでもこどもに好きなようにされることを肯じうる気もなかった彼女は、最後の最後できついお仕置きを敢行したのであった。

 飛ばされた場所は柔らかな草地であったが、三歳児に与えた衝撃は非常に大きく、全身をしたたかにぶつけて目を回すアイアースは、その後三日間ほど寝込む羽目になったのだった。


 ◇◆◇


 頭痛の収まりを感じたアイアースは、ベッドから降りると月明かりの差し込む窓辺へと歩みを向ける。

 山々が月明かりに照らされて、昼間とは違う姿を見せてくれている。


(あの場所で見るはずだった街並みも……、こんな感じだったんだろうな)


 先ほどまで見ていた夢のことを思いだし、アイアースは一人そんなことを考えていた。



 先ほどの、いやクランに投げ出されて寝込んでいる間に見た夢は、彼、アイアース・ヴァン・ロクリスが十川和将そごう かずまさとして生きた20年間の出来事を蘇らせたのである。

 決まって頭が割れんばかりに痛むことを考えればはた迷惑な話であったが、周囲から聡明さや大人びている点をもてはやされていたことへの違和感の答えが判明し、自分を受け入れやすくなったこと。

 知識の吸収が早いのではなく、元々知っていただけ。稽古事などに熱中しているのは、知らぬことへの焦りが無意識のうちに働いてただけなのである。


 だが、それを理解したところでそれまでの生活を変えるつもりもなかったし、帰ることも出来なかった。

 少なくとも、聡明ともてはやされることは悪くはないし、周囲の評価が高いことに越したことはない。平凡な大学生であったことを考えれば、これから先も学ぶことはいくらでもあったし、そのためには優秀な教師が必要なことぐらいは考えつく。

 そして、今の立場は皇族。継承順位は低いが、相応の生活を送っていれば平穏無事に生きることは難しくない。

 

(さすがに、漫画で見たような貴族趣味はないけど、美人な嫁と悠々自適な人生は送ってみたいし、なにより普通に生きているだけで退屈することは無さそうだ)


 と、そんなことを考えつつ、アイアースとなった和将はその後も頭痛に悩まされつつも、平穏無事な日々を過ごしていた。



(平穏に無事に、人生を終えられるかと思ったんだけど……、やっぱり甘くないよな……)


 

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