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第17話 炎の中で②

 血の匂いはさらに増していた。



「はぁはぁ……」



 アイアースは、呼吸の乱れを自覚しつつ、その匂いの元へと視線を向ける。

 その匂いの元は、自身の手を引く存在であり、全身至る所に傷を負い、出血はさらに続いている様に思えた。


(――――動けるような状態じゃない)


 と思っては見たものの、相手は構わずに駆けに駆けている。

 と、足に何かが引っかかる。身体が投げ出されかけるが、握られた手に力がこめられたかと思うと、元の体制に戻っていた。



「大丈夫か?」



 短くかけられた問いに、頷く。実際に、驚きはしたが、怪我を負ったわけではない。



「父上こそ」


「俺は大丈夫だ」



 深い森の中である。追っ手の気配は方々に感じているが、こちらに対する決定打を持たないのか、先ほどから手を出しては来なかった。



「油断するな。アイアース、限界が来たら遠慮はするな。俺が連れて行く」


「大丈夫ですよ」



 敵の目的は、自分の捕縛。とゼノスはアイアースに告げていた。

 簡単に捕まるつもりはないし、最悪の覚悟はしていると。


 しかし、アイアースが捕らえられたとすれば、自分は大人しく相手に従うしか手は無くなる。とも。


 なぜ、自分が? と問い掛けようとも思ったが、それは適わなかった。

 隙を突いて森の中に駆け込んだ二人であったが、襲撃者達の追撃は激しく、隙あらば襲撃に晒される状況が続いているのだ。


 刹那。背に冷たい感触。


 ふっと、手が離され、アイアースは柔らかな草むらを転がる。目を開くと、先ほどまで自分がいた場所には、無数の短刀が突き刺さっていた。

 そして、すぐに手を取られる。

 しかし、手にぬめりとした感覚があったかと思うと、握られた手の間から赤い血がこぼれはじめる。



「父上、傷が……っ!!」


「今更だ。気にしてもしょうがないさ」



 アイアースを転がした際に、さらなる負傷をしたようである。表情自体に変わりはないが、徐々に体力を削り取られていることは明白であった。

 相手もそれを見越しての攻撃を繰り返しているのであろう。と、アイアースは思った。こちらが滑稽に逃げ回る様をあざ笑っているかのように。



「親子愛を演じているところ悪いが、囲まれているぞ?」



 二人の様子に、あきれたような口調で話しかけるのは、先行していたキーリアであった。

 名をイレーネ・パリス。先ほどの窮地から二人をあっさりと救出したことに加え、アイアースは離宮においても、彼女に救われていた。



「ま、命じられたお守りだ。最後までやってやるがな」


「ほほう、ずいぶん気に入ったようじゃないか?」


「押しつけておいて今更か?」



 そう言って、イレーネは闇間に剣を振るう。すると、ドサリと音を立てて黒ずくめ者が地面に落下した。



「ちっ……、行くぞ」



 白を基調とした衣服に血が滲む。

 離宮で見せた圧倒的な武勇をもってしても、この包囲下から無傷で脱する事は困難であるのだろう。

 実際に、ゼノスは満身創痍であり、アイアースも先ほどの法術の使役から身体は衰弱しかけたままだ。

 イレーネが回復系の法術も使役可能であったことが幸いし、今ではこうして走ることもできてはいるが。


 先を行くイレーネの姿を見失わぬように進んでいく。


 彼女は歩いているようにしか見えないが、自分達は可能な限りの速度で走っている。

 これが、キーリアと常人の差であるが、イレーネがこちらにあわせていることで、襲撃の数を増やすことにも繋がってしまっているのである。

 不遜な態度を崩さないとは言え、肉体の消耗は隠し難いであろう。



「うおっ!?」


「わっ!!」



 そんな中、ふっと、足が軽くなる。否、地面が消えているのであった。



「うわあああああっ!?」



 全身に感じる浮遊感。森の切れ目は小さな崖と成っており、必死で走っていた二人にはそれを察することができなかったのだ。



「ごふっ!?」



 背中から地面に叩きつけられ、思い切り空気をはき出す。全身に激痛も走っており、容易に起き上がることはできなかった。



「何をやってんだっ!! しっかり付いてこいと行っただろうがっ!!」



 怒声を上げながら、崖を駆け下りてくるイレーネが大剣を構えながら二人の前に立つ。簡単な罠にはまった主達を罵倒したいところであろうが、それを回避させることができなかった自責もあるようで、声もわずかに沈んでいるように思えた。



「つまらない追いかけっこは終いですよ」



 と、耳に届く聞き覚えのある声。


 無理矢理に目を向けると、貴族風の優男と共に、一人の少女が佇んでいた。



「ちっ、きどってんじゃねえ」


「まったく、しつこい」


「あなたがたこそ、往生際が悪い。キーリアが一人増えたところで、脱出できるとでもお思いですか? おかげさまで、部下の死体は増えましたがね」


「性分でな。それにしてお、このような罠を張っておくとは、随分性格が悪いな」


「改めまして、彼女の力を見知ってもらおうと思いまして。見てください。周囲の状況を」



 そう言って、貴族風の男は眼前に弧を描くように手を回す。つられて、周囲に目を向けたアイアースであったが、崖の様子のおかしさに気付く。

 急な崖かと思っていたが、階段状に段わけされており、表面は滑らかに整えられている。明らかに人工的に作られたものであったが、重機でもあるならともかく、この世界では膨大な時間を割かなければ成り立たない代物であった。



「……小娘。私達を止めるために、わざわざこんなことを?」


「そう。彼女……」


「貴様には聞いていないっ!!」



 周囲を見まわしたゼノスが、少女に対して声をかける。代わって答えようと男であったが、ゼノスの言に目を見開くと、それ以上口を開くことができなかった。

 アイアースも同様である。今のゼノスの表情は、過去に見たことがないほどの形相であったのである。



「……そう」



 やがて、少女の口から無機質な答えが返ってくる。


 腰から下まで伸びた白髪に近い銀色の髪。全身を白地に青の装飾を施した衣服、そして、感情を一切排した人形のような表情に生える常緑樹のような明るみを帯びた緑色の瞳。

 どこか、得体の知れぬ神秘性を全身に纏ったその少女は、この場でただ一人、神聖パルティノン皇帝その人と同等の立場に立っている。


 アイアースは無意識の内にそう思っていた。



「何が目的だ?」


「そうしろと、みんなに頼まれたから」


「私を倒すことを皆が望んだというのか?」


「おそらくね」


「皆か。そのすべてに貴様は会ったのか?」


「大半とは。話を聞いてあげたわ」


「その話とは?」


「食べ物が無くて困ってる。税金が高くて困ってる。戦に行った息子が帰ってこない」


「貴様は、それを救う事ができるのか?」


「あなたを倒せばね」


「私を倒したところで状況は変わらぬぞ」


「みんなの気持ちは助かるわ」


「それを教えたのは、その男か?」


「そう、ロジェ。他にもいるけど、教えてあげない」



 感情を抑えた男と、感情を感じさせない少女のの問答が続く。

 貴族風の男は、ロジェという名のようであり、先ほどまでの沈着な様子から、はっきりとした動揺が見られる。



(どういうことなんだ? それにしても、あの子)



 アイアースには、二人のやり取りの意味や男の動揺の意味は分からない。だが、今目の前で父と問答を続ける少女のことが、なぜか引っかかった。



(俺は、あの子とどこかで??)



 そんな考えが頭をよぎったが。状況に変化が訪れる。



「では、なぜ私とアイアースを助けた?」


「っ!? …………」



 ゼノスの問いに、少女が目を見開いて押し黙る。空気の変化がアイアースにも伝わってきており、周囲を囲む敵の手の者達も困惑しているようであった。



「その男は力を見せつけたといったが、それならば大地を削り取るだけで充分であったはずだ。しかし、そうはしなかった。ダメージを軽減するために段を作り、さらに草を植生させた。おかげで、私もアイアースも目立った外傷はない」


「……うるさい」


「自分のやっていることに疑問を感じているのだろう? 大義なき戦いに身を投じることができるほど、お前は強くない」


「うるさいっ!!」


「おっとっ!?」



 ゼノスの言が気に障ったのか、少女は手にした剣をゼノスに向けて振り上げる。


 しかし、彼女の剣がゼノスに届くことはなく、間に割って入ったイレーネがそれを受け止める。



「…………あなた、強い」


「……うるせえ、ガキが」


「本当にそう思う。だけど、私を殺すのは無理」



 そう言って、少女はイレーネの剣を弾く。



「クソがっ」



 返す刀で首を打たれそうになるイレーネであったが、咄嗟に地面を蹴り、アイアースとゼノスの衣服を掴むと、背後へと大きく跳躍した。

 正面の敵を倒すことに集中すればよい少女に対し、二人を守らねばならぬイレーネ。実際の技量に差はないのであろうが、そのよけいな負荷の差が今の二人の間に存在している。



(だったら……)



 アイアースには、なんとかこの状況を打開しようという思いが先に立つ。

 イレーネもゼノスも、徐々に身を削られ続けているのだ。



「――っ!? よせ、アイアース」



 傍らにて、彼のやろうとしていることに気付いたゼノスであったが、すでに時遅し。

 アイアースのもとから放たれた火球が、少女とロジェをめがけて飛んでゆく。

 不意を討たれた二人は、慌てて防壁を張るが、そこを見逃すイレーネではない。即座に、懐へと飛び込む。


 横に振られる大剣が、二人を首を弾き飛ばす。


 かと思われた。……しかし。



「があああああっ!?!?」



 叫び声とともに、吹き上がる血飛沫。そして、虚空へと舞う女性の腕。



「イレーネっ!?」


「ば、馬鹿なっ!?」


「ふう…………。ずいぶん、軽く見られたものです。私が、巫女様を盾にしているだけだとお思いですか?」


 アイアースとゼノスの言に、ロジェは勝ち誇ったかのような笑みとともに答える。

 魔導師の衣服を身に纏っているとはいえ、相当な精度を以てイレーネの腕を引きちぎったと言える。



「むっ!? ――――くっ!!」



 しかし、吹き飛ばされた左腕のことを気にするそぶりも無く、イレーネがロジェへと斬りかかる。寸前で交わし、法術での盾で受け止めるが、イレーネの攻撃は予想外でもあったようである。



「ふむ、動けるとは。さすがは、キーリアですね」


「ぐっ……、魔導師風情が、なめた真似をきくな」


「腕を飛ばされておいて、言う言葉ではありませんね。それに、よいのですか? 放って置いて?」



 そんな二人のやり取りを背に、少女が一気にアイアースとゼノスの下へと迫る。


 アイアースは、火炎の柱を少女に向けて放つが、こちらも寸前でかわされ、目の間にまで迫られる。


「くっ!!」


「殺さない。生きたまま捕らえろ。って言われてるから」


「何を言っている殺せっ!!」



 少女の感情のこもっていない言に、アイアースは思わず叫ぶ。



「殺せ? …………あなたって」


「なんだ? この期に及んで、命乞いなんかしないぞっ!! 俺は一度死んだ身なんだっ!! 二度目なんて怖くないっ!!」



 本当は恐ろしく怖い。

 崖を落ちながら、自分の身に起こった何かを理解するまでの時間は、長いようで短く、母や友人達のことを反芻する余裕もなかった。


 そして、彼らの記憶掛けが残る。思い出すだけで悲しくなる。

 それが、怖くないという者がいるならば、理由を問いただしたくもなるのである。


 自分にはあり得ないことであるから。



「死……んだ? あなたは、死んだことがあるの??」


「なんで、そんなことに答えなきゃならないんだよ」


「嫌……」


「あ?」


「イヤ、イヤ、嫌……」


「な、なんだ?」


「もう、目の前で死なれるなんて…………嫌なの」


「殺そうとしといてなに言ってやがる」


「殺……す? 私が……あなたを?」


「????」



 少女の様子は、明らかにおかしかった。


 なぜか、彼女は自分のことを知っているかのような反応であり、それは、先ほどの自分も感じたことでもあった。



「殺す…………、殺した…………? ――――違う………違う、違う、違うっっっっ!!」



 突然、発狂したかのように声を上げた少女が、剣を振り上げる。

 呆然としていたアイアースの前に、ゼノスが身を乗り出し、肩口で少女の剣を受ける。



「ぐあっ!!」


「父上っ!?」


「何やってんだっ!!」



 直前に察知して、身体を反らせたため、心臓を疲れはしなかったものの、それまでとは異なり、致命傷になりかねないほどの深い傷であった。

 慌てて、治癒を施すイレーネであったが、片腕となった身である。自身の傷も痛む中での、治癒は困難を極める。



「巫女様、落ち着いてくださいっ!!」


「放せっ!!」



 返す刀でゼノスを首を撃ち落とそうとした少女は、先ほどロジェと呼ばれた男によって取り押さえられる。先ほどまでと動揺に無機質な人形のような表情ではあるのだが、その無感情な様子が神秘性よりも不気味さをより一層彩っているように見える。



「くっっ!! 貴様等、何をしている。はやく、皇帝と皇子を捕らえろっ!!」



 暴れる少女を何とか押さえているロジェは、まったく動きを見せない周囲の手の者に対し、苛立ちを隠さない様子で声を荒げる。

 しかし、それに答えたのは、月明かりを受け、黒く光る血飛沫と一陣の風であった。



「なっ!?」



 ロジェが、その姿を察したと同時に、全身から血飛沫があがる。

 呆気にとられながら、倒れ込んだロジェと周囲から舞い上がる血飛沫。その中心にいたのは、キーリアの象徴たる白の衣服に身を包み、白と黒のツートンカラーの髪を靡かせた一人の女性。

 その豊かな髪の中からは、髪と同等の毛に覆われた虎耳が風に靡いていた。



「今回は、随分遅かったな……」



 それを見たゼノスの呟きが、アイアースの耳に届く。しかし、アイアースはそれ以上の感動を覚えながら、件の女性を見つめていた。



「母上っ」



 短くそう叫んだアイアース視線の先に立つ女性、リアネイア・フィラ・ロクリス。帝国最強の女傑であった。

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