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第16話 炎の中で①


 歓声が風に乗ってアイアースに耳へと届いた。


 背後、すなわちスラエヴォ離宮がある方角からのモノである。

 おそらく、離宮に残ったキーリアと近衛兵達は全滅し、離宮も制圧されたのであろう。



(母上…………、皆…………)



 アイアースは、痛いほどの殺気に包まれる森の中に必死に身を潜めながら、別れた者達のことを思い出す。



「うう…………」



 ともに身を潜めるフェルミナがアイアースの腕の中で、身体を震わせる。

 少女にとって、自分達に向けられる殺気は尋常ではない恐怖を与えていることであろう。そして、自分達を守ってくれる人間はここにはいない。


 フランと別れた後も次から次へと迫ってくる追っ手の襲撃。


 ハインやミュウも全力でそれを排除していたが、いつしかバラバラになり、アイアースはフェルミナとともに身を隠す以外の手段をとることができなかった。



(これが……戦場。これが……殺し合い)



 背筋が凍り付いたように寒く、身体は止めどなく震えている。

 この世界に転生してのち、それまでの人生と比べれば戦争や殺し合いは非常に身近になり、親しい人間達から感じる消えることのない血や土の匂いは、今も印象に残っていた。

 質実剛健を絵に描いたような母、リアネイアが香油を好んだのは、それが理由であったのだろうと今になって思う。

 カサり、と枯れ葉を踏む音が耳に届く。身を隠している茂みのすぐ側に敵兵がいるようであった。



(ただの兵隊でよかった。専門の工作部隊とかだったら…………)



 アイアースは子どもであり、殺気やその類のものを感じるのは難しいだろうが、呼吸や体温の僅かな変化でも存在を嗅ぎつけることの出来る者はたしかに存在する。

 街道を封鎖していた一般兵だからこそ、ここまで逃げてくることが出来たのであった。



(くそっ!! 外見は子どもだからって、俺は元々二十歳の大人なのにっ!! 結局、誰かに守ってもらわなきゃ何も出来ないってのかっ!!)


「殿下?」


「大丈夫だ」


「いえ、あの、その……」



 恐怖からなのか、それとも防衛本能の類なのか、アイアースは自身の不甲斐なさに対する怒りが突如として込み上げてきた。

 それに気付いたのか、フェルミナがアイアースに対して口を開く。しかし、アイアースは不安からきたものだと理解し、さっさと別の感情へと身を任せる。

 フェルミナもそれを止める手立てもなく、自分の主人が持ち始めている怒りの根源を理解することもできていなかった。


 ――――尚武の気風漂うパルティノン皇室にとっては、臆病者の誹りこそが最大の恥辱。ここに来て、生まれ落ちてから教えられ続けていたことが、アイアースの心に火をつけようとしていた。


 平和ぼけの元日本人もすっかり染められたモノである。



(見ていろっ!! まだまだ、身体は大丈夫なんだ……。反逆者どもめっ!!)



 赤色の眩い光を放ちはじめた右手を服で覆い、光を隠すと、アイアースは木陰から慎重に顔を上げる。

 見ると、数人の兵士が森林内を探索している。今、魔法を使えば場所はすぐに分かってしまうであろう。

 ただ、敵の目的はこちらを捕らえることにあるのはある程度予想できる。

 そうでなければ、離宮を攻撃した際に飛空部隊に空爆させるか、最初の火炎攻撃で焼き払ってしまっているし、先ほども自分に逃げられるような失態を犯す事もない。

 そして、現状、兵士達は自分に対しては圧倒的な優位を保っている。

 大の大人が7歳の小僧相手に後れをとることなど、本来はあり得ないし、仮令、魔法を使えたとしても、絶対的な優位が動くことはないのだ。



(それでも、かまうもんかっ!! このまま隠れて捕まるのを待つなんてごめんだっ!!)



 右手の光が衣服からも漏れはじめる。刻印による魔法には段階があり、基本的に一から五までが通常の刻印によって使用可能な魔法であった。

 一はマッチや火打ち石の代わりになるような指先からの灯火。二は手の平大の火球を発生させて、対象に傷を負わせる。三は火球ではなく火炎そのものを放射し、対象を焼き尽くす。

 基本的に、殺傷能力を持つのは三段階からである。離宮にて襲われたときは、無意識に三の応用を使っていたのであったが、今は四段階も使えるような気がしていた。



「フェルミナ、俺がヤツラを引きつける。俺が飛び出したら、お前は全力で飛ぶんだ」


「えっ!? そ、そんな、殿下」


「お前との主従関係も終わりだ。さっきも言ったが、こんなことに巻き込んじまって本当にすまないと思っている。だからこそ、自分の国へと戻って幸せに生きてくれ」



 自分でも勝手なことを言っていると思う。


 なにより、フェルミナは自分と同じ7才の少女。荒野に一人放たれたところで、生きていける保障もない。


 しかし、このまま身を隠していてもいずれは捕らわれる。皇族ならば、捕縛したのち処刑されるのであろうが、奴隷であり飛天魔という希少種族である彼女に待っているのは、死よりもつらい運命であろう。

 もともと、その可能性もあったのだが、それは運良く自分が手にすることで回避できた。



「で、でも私は殿下とともに」


「そういえば、さっきもそうだったんだよな。でもな、わがままはもう終わりだ」



 先ほどの襲撃の際、ハインとともにアイアース等の下へとやってきたフェルミナ。詳しくは聞いていないが、それが結果として叛徒達にアイアース等の位置を捕捉させる結果になったそうだ。



「今度は、主人である俺がわがままを言う番だ。お前は絶対に生きろ。これは、命令だ。そもそも俺も死ぬつもりはないがな。分かったら行け」


「…………」



 しかし、フェルミナは目尻に涙を溜めてアイアースを見つめてくるだけであった。



「わかったな」



 アイアースは、フェルミナから顔を背けると、さらに右手に精神を集中させる。光が漏れぬよう、布で覆っているが、いよいよ覆いきれないほどの光を発っしはじめる。

 そして、アイアースは茂みから身を乗り出すと、赤く光る手を地面に押しつける。



「くらえっ!!」



 突然の声に、兵士達が振り向く。多くが、眼を見開いてアイアースの姿を見ていたが、すぐに覚醒すると声を上げる。



「い、居たぞーーっ!!」


「笛だ、笛を鳴らせっ!!」



 方々から笛の音と兵士達の声が上がる。探していた獲物が自分から飛び出してきてくれたのである。喜々として兵士達がアイアースを取り囲む。



「う、嘘だろ…………っ!?」



 腹の底から絞り出すような声が漏れる。威力こそ個人差があるとはいえ、四段階魔法となれば致命傷になるのが大半である。

 しかし、本来であれば地面から吹き出すように舞い上がる炎が、敵を飲み込むはずであったのだ。だが、結果は見ての通り、地面から炎が吹き出す気配はなく、あるのは兵士達の野卑た笑みだけであった、


 所詮は子どもの願望。まだまだ、アイアースの使える魔法ではなかったと言うことである。



「皇子殿下、お覚悟を」



 周囲を取り囲む兵士達表情には、安堵の笑みが広がっている。

 帝国軍の軍装をしている兵士達を見ると、反乱側に寝返った者達が動員されているようであった。



「お前達…………」


「大人しくしていれば、危害は加えません。――――もっとも、皇帝と一緒に処刑台に上がることにはなると思いますが」



 兵士達の勝ち誇った表情に、アイアースはギリリと歯ぎしりをする。

 時間の問題であったとはいえ、自分から敵の懐に飛び込んでしまったのである。おのれの力を過信したばかりに哀れな末路を迎えようとしていた。


 ――――しかし。


 闇間に、赤い球体が浮かび上がっている。


 はじめにそれに気付いたのはアイアースであったが、単なる眼の錯覚だと思っていた。


 そして、偶然は重なる。


 無意識の内に右手を強く握りしめると、その球体が赤く光を発しはじめ、やがて幾重にも重なる赤い光が、アイアースや兵士達の視界を占める。


 突然の事態に、アイアースは眼を閉じながら、地面へと倒れ込んだ。


 ◇◆◇


 周囲の森が赤い炎を上げていた。


 街道を駆けるゼノス一行が奇襲を受けたのは、半刻ほど前のことである。


 疾駆する馬群に、矢の雨と火球の嵐が降りそそいだのである。それでも、皇帝を護衛する者達は身を斬らし、身を焦がしながら優先し続けた。

 事実、今なお立つゼノスの周囲には、近衛兵達のモノよりも叛徒の骸の数の方がはるかに多い。


 結局、どこの戦場においても数の暴力が勝敗を決したとも言えるのであるが。



「結局、俺は無能でしかなかったのか」


「その通りですよ。陛下」


「………………」


「まあ、備えておいた甲斐はありました。あなたの性格ならば、名誉よりも実を取るとね」



 ゼノスの前に立ったのは、先ほど大広間にてあったばかりの貴族風の青年であった。


 天の巫女、シヴィラ・ネヴァーニャの後見人ともいう立ち位置であったが、今は魔導師風の外套に身を包み、周囲に転がる叛徒とは異なる衣装の集団を率いていた。

 それでも目の前に立つと、スラリとした優男然とした様子が余計に際立って見える。



「こども達を別々に逃がしたのは失敗でしたね。あなたと一緒にいれば、少なくとも一人ぐらいは助かったかもしれません」


「……………………」


「まあ、フェスティア皇女は生きてもらう予定ですよ。彼女は国民にも人気がある。放蕩皇子であったあなたとは違い、幼き頃より聡明で若くして戦場に立つ。皇室の責務を一心に背負っていらっしゃる御方だ」


「イサキオスはどうなる?」


「彼は新政体への贄でしかありませぬ。共和政体を実現を目指す身の程知らずどもへの贄ですね」


「共和政体? どこぞの大陸にて成功したとされる民衆主導の政体か…………千年近く帝国に依存してきた人間達がか?」


「私もそう思います。むしろ、その実現を願う人間達こそがこの国の癌。陛下も宰相閣下も、彼らには手を焼いたはずです」


「…………貴様、何が目的だ」


「それを答える義理はありませんよ。む?」


 

 ゼノスと男の問答はさらに続こうとしていたが、予期せぬ事態が彼らの会話に歯止めを掛ける。

 周囲と異なり、闇夜に包まれていたはずの森が、爆風とともに激しい炎を上げたのである。



「な、何事だっ!?」


「わかりません。ですが、あの方角は……」


「例の第4皇子か……。む、あれは?」



 男をはじめとする魔導師達が声を上げるが、燃え上がる森に視線を向けていた男が、何かを発見したかのように声を上げる。

 ゼノスも男の視線を追うと、赤く燃え上がった森から月明かりを受けて銀色に輝く何かが飛びさっていく。

 それが、なんなのか、ゼノスは日中にリアネイアとかわした会話を思いかえした。



「――――っ!!」


「ぐわっ!?」


 四皇子という言葉と飛びさった飛天魔。

 そこから導き出される答えにゼノスは眼を見開くと、周囲取り囲む叛徒の一人を蹴倒しし森の中へと駆け込んでいった。



「おのれっ!!追えっ!!」



 男の怒気を含んだ声が耳に届く。しかし、ゼノスは止まることはなかった。


 周囲に再び降り注ぐ火球の雨をくぐり抜け、燃え上がる森へと向かってひた走る。

 脳裏を駆け巡るのは、生まれてきたときの姿やふるえながら自分の前に跪くこども達の姿。

 今まで、父親として何かを与えたことはおろか、まともに接したことのないこども達であった。

 しかし、今は皇帝ではない、一人の父として、ゼノスはアイアースの元へと走っていた。

 それが、皇帝としてはどれほど愚かな軽挙であるのか、それによってどれだけの民が苦しむことになるのか、そのすべてを彼は脳裏から取り払っていた。



◇◆◇



 ゼノスが駆け込んだ先にあったのは、紅蓮の炎に包まれる森と災禍の中心にてうずくまる一人の少年の姿であった。



「まさか、これを…………」



 そう呟きながらも、自分は夢を見ているのではないか? そう思えた。

 食事の後、リアネイアに久々の相手をしてもらった後、ゆっくりと眠りについた。それ以降のことは夢。そう思いたかったが、目の前の、そして、今自分が置かれている状況は、不都合なる現実であった。



「アイアース」



 ようやく7歳になる我が子の名を呼ぶ。


 周囲の地面はえぐり取られ、人であったものが四散し黒こげになっている地獄絵図。それでいて、アイアースの周囲は元のように草の芽吹く大地のままであった。



「…………」


「アイアース、私だ。いや、俺だ。父だぞ」


「ち、ちち……うえ??」


「ああ、無事だったか? よくやったぞ」



 抱き起こした息子の身体は、思っていたよりも重かった。


 考えてみれば、息子を抱いてやったことなど今まで無かったのではないか? と、ゼノスは思った。



「わ、わたしは、何を?」


「炎の魔法を使ったのだろう。まさか、五段階を使えるとは……」



 俗に言う「炎の嵐」。

 使用者の周囲に爆炎を起こし、すべてを破壊、焼き尽くす。軍隊でも、まともに食らえば1個連隊とて壊滅可能であろう。

 とはいえ、使用者の4割が死亡するという、それだけの力を必要とする危険な代物でもあったが。


 ちなみに、六段階『最後の炎』は、文字通り使用者の命そのものを燃やし尽くして周囲を焼き尽くす魔法であり、七段階の『煉獄の業火』に至っては都市そのものを消滅させるという。そして、それ以上の魔法に関しては存在のみが確認されているだけで、俗称の類は知られていない。



 現に、今のアイアースの身体は衰弱しきっており、本人も動くだけの気力が残っていないようであった。



「よく生きてくれていた。こうして、抱いてやったのは初めてだったか?」


「いえ…………、多分ですが、私が落馬をしたときに」


「む? あの時か。…………お前は気を失っていたようだったが?」


「ええ、ですので、今分かりました。母上にしては無骨なやり方だと、身体が覚えていました」



 そう言って、アイアースは笑ったような気がした。本当に、息子の笑顔すらもはじめて見たように思える。



「ですが、ちょっと乱暴ですね。おなごを抱くように優しくしていただけると」


「ふ、何を言うか」



 突然、戯けるように口を開いたアイアースであったが、その言に思わず口元がほころぶ。会話内容自体は7歳の子どものものではなかったが、なんとも心地よい。



「父上の悪さはしっかりと知っておりますよ。母上が、ラメイア様達とあきれ顔になって話しておりました。耳がしゅんとなった母上はかわいかったですよ」


「はっはっはっは。あいつ等には迷惑をかけた、それにリアのそこに眼をつけるとは、やはり俺の子だな」


「ええ、今になってですが、父上の息子なんだと、思いますよ」


「…………すまん」


「いや、そういうつもりは。止めましょうよ。絶対に駄目だと思っていたのが、助かりそうなんですから」


「いや、残念ながら、そうもいかんようだ」



 妙に大人びた会話をしてものであったが、それを続けるのは適いそうもなかった。


 無粋な観客達が続々と集まりつつあったのである。



「親子の会話に聞き耳を立てるとは、随分と無粋なものだな」


「あなたに気を遣う義理はありませんので」



 周囲を満たすどす黒い殺気。そして、一人闇間に立つ男。


 ゼノスはアイアースを横たえると、再び剣を構える。勝機は無い。一か八かを狙うにも、少々遠すぎる。



「狙うは私であろう。息子は、助けてやってくれ」


「ここに来てそのような願いが通ずるとでも?」


「成人もしていない子どもを処刑するか? 私の罪はいくらでも作り出せるであろうが、子どもを処刑台に送る貴様等を民がどう思うかな?」


「我々には、大義がある。それを批判する者達も同罪ですよ」


「ふ、口調が変わって居るぞ」



 ゼノスは、ここに来て通づるはずのない願いを口にする。

 男はあきれたような口調で最初は聞く耳持たず。といった様子であったが、ゼノスの言に、僅かに心を動かす。

 自身の大義は信じていたが、帝国全土では皇帝や皇室への支持は厚い。はじめこそ、変革のロマンチズムに酔わせることで、自分達を信じさせることは可能であろうが、その後はどうなるか。


 だからこそ、フェスティアの捕縛は厳重を持って行わせているのであったが。



「…………若」


「ああ、当初の通り、殺さぬようにな、ああ見えて腕は立つぞ。キーリアの末端ぐらいにはな」



 男は、スッと闇から現れた側近の現に頷くと、踵を返す。

 ゼノスはさらに何かを言いつのろうとしたが、闇から浮き上がるように現れた黒ずくめの者達の前に、姿勢を改める。



「ここまでか」


「父上…………」


「心配するな」



 横たわるアイアースの言に、ゼノスはそう応えるしかなかった。

 そうして、いよいよ最後を悟ったゼノスとアイアースに対し、黒ずくめの者達が一斉に飛びかかる。



「勝手にあきらめてんじゃねえよ」



 そんな声がアイアースの耳に届いたとき、黒ずくめの者達の血の雨が周囲に降りそそいだ。

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