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第15話 別離⑤ ~母親達の戦い~

 ひとつの大きな何かが、自身の背後から去っていく。

 アルティリアは、眼前に迫ってくる叛徒の群れを薙ぎ払うと後方へと跳躍し、背後に控えるラメイアの傍らに立つ。 


「行ったか…………」


「そうね」


「あの馬鹿の性格なら、どうすると思う?」


「どっちの話?」


「目の前の馬鹿」



 そう言って、ラメイアは顎をしゃくって、前方にて叛徒を叱咤する男を示唆する。



「そうね、目の前にこんな極上の女がいて、しかも恨みを抱いているんだったらやることは一つじゃない?」


「仮に死んでいたとしても?」


「多分ね」



 絶対的な危機にあっても、二人は余裕を崩すことはない。そして、そんな二人の姿を戦う力にかえている者達もこの場に存在していた。


 広間の中央部では、生き残ったのキーリア達が死戦を続けていた。


 北方遊牧民族の出身で、都にやってきてはじめは官吏を目指していたという変わり者。

 南部群島地帯出身で、内戦にて失った友人達の思い出を守るために戦う者。

 異種族であるが故に虐げられ、立身を目背して志願した者。


 それぞれの思い抱いて、過酷な試練に身を投じ、そして、国のため、民のため、皇帝のために戦い続けていた。


 他にも、他にも多くいた。失ってはならない貴重な人材達が。

 そんな者達が、大義なき戦いにて消えていく。戦とはそんなモノであった。


 ――――そして、叛徒達の動きが止まる。キーリア達もまた、それを睨みつけたまま動こうとはしない。



「メイア、私は行くぞ」


「ああ、私は満足に動けないし、精々あがくとするよ」



 アルティリアは、ラメイアを残してキーリア達の元へとゆっくりと歩み寄る。

 彼らは全員が叛徒達を睨み付けながら死んでいた。生命の営みが停止するまさにその時まで彼らは戦い続けたのであった。



「よく頑張った。ゆっくり休め」



 肩を叩き、そうアルティリアが続けると、彼らは崩れるように倒れ込んだ。



「さて…………イサキオスっ!!」



 アルティリアは、ゆっくりと愛用の鎌を構え直す。そして、群がる叛徒達の輪の中に居るであろう、男の名を口にする。



 皇妃は皇族に非ず。


 帝国の歴史上最大の汚点のして残る流血の惨事。

 初代皇后が、自身の一族の栄達のため、皇族の粛清に走った過去。それ故に、皇后と皇妃の地位は、皇族であって皇族ではない臣下の代表格といった位置づけとなった。

 神聖なる地位からは一歩引いているが故に、外征による簒奪の可能性ありの場合は処断が可能となる。



 ――――至尊の冠を抱くのは、皇帝ただ一人でよい。



 アルティリアは、来るべき時代では、皇太后となるはずだった身。しかし今、彼女は帝国における一人の臣下として、眼前に蠢く獅子身中の虫達を取り除く覚悟であった。



「行くぞっ!! 私が直々に冥府へと送ってやるっ!! 帝国に仇成す者達よ、その愚かさを……冥府にて悔やむがいい!!」



 そう叫ぶと、真っ赤に染まった絨毯を蹴る。


 群れの先頭にいる叛徒を真横に両断すると、傍らに立っていた数名を薙ぎ払う。

 真っ直ぐに伸びてくる白刃を振り払うと、さらに跳躍しながら深い群れの中へと躍り込む。

 着地と同時に突き出されてくる槍衾を転がるようにして躱すと叛徒達の膝元を横に薙いだ。

 膝から下を残したまま崩れ落ちる叛徒達。それらを足場にさらに跳躍を続ける。


 すべてが低速になるその刹那、主広間を埋め尽くす叛徒達の姿が目に映る。


 どこまでも人。そこには自分を飲み込もうとする人の波があるだけだった。


 それは自身を飲み込もうと襲いかかってくる津波。

 重く、激しい衝撃が肉体を襲ってくるが、アルティリアは、その身に触れる者すべて受け止めた。


 追いすがってくる者もいる、槍を突き立て、剣を振るってくる者もいる。身体から鮮血が吹き上がっても、アルティリアは動きを止めず、そうした者達全員を冥府へと送り込んだ。


 そうしている内に、ふっと叛徒の群れからの圧力が弱くなり、周囲にわずかな空白が出来上がっていた。


 耳を何かが掠めた。目の前にも。鎌を振るって払い落とすと、それは矢であることが分かった。そうして、間断なく飛来するそれをアルティリアは次々と払い落とした。一本だけ、膝に尽き立ち、ふくらはぎまで矢尻が抜けている。



「腰抜けどもが」



 矢を引き抜き、アルティリアは声を荒げる。



「女一人ともまともに戦えぬのか? そのような覚悟で、国を変革するつもりかっ!? 笑わせるなっ!!」



 周囲が沈黙包まれる。降り注いでいた矢も止んでいた。

 そして、叛徒の中から雄叫びがいくつか聞こえはじめる。腕自慢と思われる者が数名、包囲の輪の中から飛び出してきたのだ。

 目の前から来た男を薙ぎ払う。背後から槍が突き出されると、身体捻って交わし、目が合うと同時に腰から胴を両断した。

 自分の身に何が起こったのか分からなかったのであろう。その年若い、少女と呼べる年齢の女は、目を見開いたまま崩れ落ちた。


 そして、次々に繰り出してくる剣や槍、皆が皆よい腕であった。



「残念だ」



 アルティリアは、攻撃を凪ぎながらそう呟いた。



「皆が皆、帝国のためにその力を使ってくれればな」



 そう呟いたとき、周囲が眩い光で包まれた。一瞬、動きが止まる。そして、背中に何かがぶつかったような感触の後、両の肩にも似たような衝撃が来ていた。



(聖魔法…………か……)



 肩口に突き刺さった光を纏った十字架、アルティリアが膝を折ると眩い光と共にそれは消え、傷口のみが残った。


 そして、それは赤みを帯びて白色の衣服を染め上げていく。


 顔を上げると、全身を血に染めた神官姿の女性が、肩を支えられながら自身を睨み付けていた。



「ほう、生きていたのか……」



 前もって、魔導師の類を掃討した際に斬り伏せた神官であった。

 仲間のため健気に詠唱を続ける姿には、どこか同情するところがあったのかもしれない。それが、結果として彼女の生命を救い、アルティリアの生命を奪うことになった。



「私もまだまだ甘いな……」



 そう言うと、アルティリアは、ゆっくりとその女性神官に向かって歩き始める。

 動きを止めたアルティリアであったが、周囲の叛徒達は戦いを終えたその神々しいまでの女傑の姿に気圧され、身動きがとれないでいた。

 アルティリアが神官の顔が分かるほどの距離まで来た時、彼女の視界が霞はじめる。



「そなた、名は?」



 視界がさらに霞んでいくが、口はまだきけるようであった。



「……フォティーナ・ラスプーキア」


「そうか…………、私の首で、どれだけの民が救える…………?」


「………………」



 静かに澄んだ、やさしげな声であった。しかし、アルティリアは問いかけの答えを、聞くことは出来なかった。

 ゆっくりと崩れ落ちる感覚。やがて、自身が斬り捨てた死体に折り重なるようにアルティリアは倒れていた。

 崩れた天井の合間から夜空がのぞいていた。思えば、シュネシスもミーノスも星が好きだった。


 視界が暗転する。そして、その暗幕の中、一筋の光がはじけ、再び大きくなっていく。

 華やかな式典の中、壇上に立つ一人の若い男、そして、その背後にて男の前途を祝福するかのように笑みを浮かべる三人の若者と二人の若い女性。

 その光景がなんなのか、アルティリアは瞬時に理解した。自分がそれを見ることはない。ということも。



「いい、人生だった…………」



 そう呟くと、おそらく自分は笑っているのだろう。

 そう思いながら、アルティリアの思考は闇に包まれた。


 

 ◇◆◇ 



 主通路にて歓声が上がった。

 ラメイアは、玉座へと続く階段に腰を下ろしながらその歓声に耳を傾けていた。



「アル…………逝ったのかい?」



 その呟きに答える者はない。友であった、好敵手であった、そして、同じ男を愛した女が逝った。ただ、それだけのことであった。



「私も、逝くとするかねえ……」



 そう言うと、ラメイアはゆっくりと身を起こす。体中が軋み、鈍痛が全身を襲ってくるが、それもすぐに終わる。

 天の巫女、シヴィラ・ネヴァーニャの腹部への攻撃。アレが致命傷だったのだ。無理をして動いていたが、それももはや不可能になっている。アルティリアのように、最後まで戦い続けることも。



「ほんと、なっさけないねえ…………」



 そう呟いた、ラメイアの視界には、先ほどまでと同じように通路全体に広がる人の波があった。

 アルティリアはこの波の中に身を投じていったのである。限界まで戦い、そして死んでいった。おそらく、二人の皇子の未来を夢見ながら。



「私は、良い母親だったのかねえ?」



 自分に似たのか、とにかく元気な息子だった。兄弟達や城の官吏達へのイタズラは日常茶飯事、そのたびに拳骨の一つもくれてやるような、それぐらいの関係だったような気がする。

 そんなことを考えながら、歩みを進めるラメイアであったが、叛徒達はまったく動きを見せなかった。近づいてくれば、即座に斬り捨てられる。身体は限界であったが、それは可能だとラメイアも叛徒達も分かっていた。

 弓、一斉に射かけられたものを払い落とす。しかし、万全ではない身体、続けざまに身体に突き立っていく。そして、両の膝につき立った矢によって、ラメイアは膝をついた。

 それを見て、叛徒達が数人ラメイアを取り囲む。見ると、まだまだ年若い青年が大半であった。

 一人と目が会う。びくりと身体を震わせ、助けを求めるようなそんな表情を浮かべる。



「そんな顔をしなくても良いじゃない。一応、あんた達と同じ人間よ? ちょっと強いだけで」


「そ、そうともっ!! いかに、キーリアといえど人には違いない。討ち取るんだっ!!」



 ラメイアの人を食ったような言に触発されたのか、取り囲んでいた叛徒の一人が悠然と槍を突き出す。



(遅いわね。でも…………)



 右腹部が焼けたように熱くなる。震えていた割には、しっかり突いたものだ。と、ラメイアは思った。



「ふふっ…………」


「な、なにがおかしいっっ…………うぶっ!?」



 まだ、年若い、少年と呼んでも良い年頃の兵士であった。そして、記憶の片隅から蘇ってくる記憶。自分を刺した兵士を抱きかかえていた。



「そう言えば、あいつにあったのもあんたぐらいの時だったねえ」



 そう言うと、ラメイアは笑みを浮かべる。そして、それを待っていたかのように、身体の中で、何かが壊れた。

 口からどす黒い血が噴き出し、抱きとめていた兵士に思いきりかかる。



「あら、悪いねえ……。でも、こんないい女のだったら? 悪くはないだろう?」



 抱きとめていた兵士の顔やその周りで顔を引きつらせる兵士達を見つめる。

 やはり、皆若い。自分もまだまだ若いと思っていたが、そんなことを感じる年になっていたのかも知れない。



「冗談よ……。小僧達……、私の首を以て手柄としな。もう、馬鹿なことを考えるんじゃないよ……。あんたらが死んで……悲しむ人間はいくらでもいるだろう?」



 ◇◆◇



 深き森を足早に歩いている者達がいる。

 まだまだ、少年と呼んでもよかったが、その身なりは整い、動作も精錬されたモノだ。

 そして、ほぼ時を同じくして彼らは歩みを止める。

 何がそうさせたのか、彼らには分からなかった。しかし、ひどく胸が痛むような、そんな気がしていた。



 ひとつの戦いが終焉を迎えた。戦いの舞台は、血の染まる離宮から深き森へと移ろうとしていた。

昨日は投稿できず、申し訳ありません。

「とある飛空士への誓約」3巻を一気読みしたら、書く気力が残っていませんでした。

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