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第14話 別離④ ~皇妃達の戦い~

 離宮へと攻め寄せる叛徒の数は、増える一方であった。


 大広間へと繋がる主通路は、欠損した叛徒の死体の山であり、一重二重に折り重なった死体を文字通り踏み越えて叛徒達は迫ってきていた。



「魔法が使える連中は全員叩き斬ったんだけど……、数の暴力ってわけかい」



 衣服を赤く染め上げながら、アルティリアがそう毒づく。

 叛徒達も主通路に転がる死体の山に気圧されそうにはなっているか、膨大な数はそれだけで気負いを取り除き、責めるだけの勇気を与えているようであった。



「戦は数。ですから」


 冷めたような口調でリアネイアがそれに答える。

 数々の戦場を、それも個人の武勇で数の差をひっくり返してきた彼女の言ともなれば、なんとも皮肉めいているが、今事実として突き付けられている結果を考えれば、それに反論のしようもない。



「まあ、その数をさらに後押ししているのが、こいつなんだけどねえ」



 ラメイアがその浅黒い肌を赤く染めながら、口を開く。



「………………はぁはぁ」



 ラメイアと対峙する少女、天の巫女シヴィラ・ネヴァーニャは、その空ろな眼をしたまま剣を構えている。

 僅かながらに息をつく様子が見られるため、体力は消耗してきているはずである。だが、剛勇でなるラメイアをほぼ一方的に押さえ込んでいる。

 かと思えば、隙を見てリアネイアやアルティリアに傷をつけ、苦戦しているキーリアや近衛兵を薙ぎ払う。

 数の暴力もあるが、絶対的な将の存在が叛徒達をさらに奮い立たせているようであった。



「…………っ!!」



 そして、無言のままラメイアへと斬りかかってくる。

 剣の速度も速いが、それでも重みはなく、ラメイアはよけることなくそれを受け止めると、腹部に向けて蹴りを見舞う。

 あいにくと、その一撃は背後への跳躍によってかわされるが、ラメイアはすぐに距離を詰めると、肩口を斬られながら思い切り身体を叩きつける。



「うっ!!」



 恐るべき力を持つとは言え、身体そのものは少女のもに。その軽い身体は女性離れした長身と膂力の持ち主であるラメイアの体当たりに耐えきれず、後方へと弾き飛ばされた。



「がっ!! ゴホッゴホっ!!」


「はん、ようやく決まった。おらあっ、どきなっ!!」


「くっ!! 化け物が……。続けっ、同志達よ。巫女様のお命をお守りするのだっ!!」



 壁に叩きつけられ、口から血を吐くシヴィラにラメイアは止めを刺すべく突撃する。しかし、ラメイア自身も負傷しており、シヴィラを守るべく行く手を阻む叛徒達の掃討に思いのほか手間取っている。

 中には、自分からラメイアの大剣へと身を投じる者もおり、その狂信的な行動が、確実に時間を作り出していた。



「――――っ!? いかんっ!! 避けろっ、メイアっ!!」


「なにっ!?」



 必死に襲い来る叛徒達を蹴散らし、シヴィラの眼前にまで接近したラメイアであったが、アルティリアの声に歩みを止める。

 それを待っていたかのように、シヴィラの右手が青白い光を発すると、轟音と共に無数の氷塊が彼女の周囲から浮かび上がり、ラメイアの身体を貫いた。



「ぐわあっ!?」



 傷を負っている腹部、そして左の肩口に氷塊が突き刺さり、そのまま弾き飛ばされるラメイア。とっさに、床を蹴ったアルティリアとリアネイアであったが、残った氷塊が再び光を発しながら、飛散すると高速で彼女らの下へと襲いかかった。



「ぐわっ!?」


「くっ!!」



 至近距離にて全身に破片を浴びたアルティリアをはじめ、叛徒達すらも巻き込んだ攻撃である。他のキーリア達も不意を討たれる形で攻撃を受けていた。



「今だ、全員で掛かれっ!!」



 それを見ていた叛徒側の軍人達が声を上げると、倒れ込んだキーリア達に覆い被さるかのような勢いで躍りかかっていく。



「ぐううっ!! 反逆者どもがあっ!!」


「死ね、死ね、死ね、死ねええええっっ!!」



 はじめこそ、向かってくる数十人を難無く斬り伏せていたキーリア達であったが、次々に押し寄せる叛徒達についにに抗しきれず、全身を刃にて幾度となく貫かれていく。

 人を超える力を得、肉体の耐久力も常人を遙かに超えるキーリアであったが、今この時に関しては、この力が仇となっている。

 すでに、彼らには戦える力は残っていない。しかし、簡単には死ぬことのない肉体がその息吹を止めるその時まで、彼らは苦痛を与えられ続けることになるのだ。

 すでに意識も遠退き、突き立てられた刃に反応を示すだけになっても、不気味な笑みを浮かべた叛徒達の攻撃は続いた。



「…………いい加減にしなっ!!」



 腹の底から憤怒の情を吐き出したアルティリアは、愛用の大鎌を横に凪ぐ。

 一気に数十の首が舞い上がり、彼女が振るい続ける間、跳ね上がる首と血の雨は止むことがなかった。



「いよいよ、これまでですか…………」



 傷を負ったラメイアをなんとか救出し、応急法術を施したリアネイアは、生き残った者達に玉座を取り巻くように円陣を敷くよう指示を出す。


 数の差は歴然、先ほどの攻撃で彼女を除く全員が重傷である。



「飛空部隊の再来も時間の問題かと。この状況では……、味方もろともでしょう。我々が不甲斐ないばかりに……」



 上空からの戦いから戻ってきた天翼族のキーリアが声を落とす。


 天翼族は飛天魔族と同じく、背に翼を持つ種族である。

 鮮やかに輝く六枚の翼を持つ飛天魔に対し、彼らは鳥のような一対の翼を持ち、飛天魔族に高速での移動を得意とする種族である。

 飛空部隊とは、彼らを中心として上空からの投石や魔法攻撃を掛けてくる部隊であり、矢も届かぬ上空からの攻撃には、同じ飛空部隊以外は、魔法での攻撃以外に対抗する術はない。

 キーリアにとって、数少ない難敵でもあった。


 そして、敵の飛空部隊は、離宮へと叛徒達が突入するのを見届けると、スラエヴォの街に徹底的な攻撃を加えた後、宵の闇に包まれる空へと消えていったという。

 補給が完了次第、スラエヴォ一帯を焼き尽くす腹であろうとリアネイアは思った。

 そうしたことで、証拠はすべて消える。背後で乱を操るものにとっては、事実を探られることは避けたいはずであった。



「陛下のひいては数多の民のためとはいえ、無辜の民に犠牲を強いる……。我らは何をやっているのだろうな」


「リアっ!! 嘆いている場合じゃあないぞ」


「ええ……」


 リアネイアの嘆きに、無念の表情を浮かべつつも、叱咤の声を上げるアルティリア。彼女にとっても、民とは守護する対象である。

 しかし、今となっては、そのような嘆きになんの価値もない。

 失った生命は取り戻すことはできないが、償いをするためには生き残るしかないのである。

 そして、そのほんの僅かな間。

 歴戦の人間であるはずの彼女達がみせた、ほんの僅かな情。

 

 それは、状況を動かすには十分な時間であった。


 

「今ぞっ!! 矢を放てえっ!!」

 いつの間にか、玉座から叛徒の群れへと戻っていたイサキオスが号令を発する。すると、後方に陣取っていた弩弓兵達が一斉に矢を放った。


 主通路から大広間に降りそそぐ無数の矢。室内へと突入した叛徒達は次々にその餌食になっていくが、シヴィラやリアネイア等の実力者にとっては造作もない攻撃である。

 しかし、大きく外れた矢が、あるところに突き立ったとき、事態は一変する。



「陛下っ!?」

 キーリアの一人が声を上げる。

 全身の視線がその場に集中する。――――その先には、胸元に深々と矢を突き立てた皇帝の姿があるだけであった。



「しまった、傀儡子が」



 驚きとともに、リアネイアが真実を口走る。

 しかし、それを知らぬ多くの叛徒にとっては、目の前で起きていることだけが事実であった。



「皇帝がっ!?」


「皇帝を討ったのかっ!?」


「やったぞ、悪逆の皇帝が死んだぞっ!?」



 叛徒達が一斉に声を上げる。彼らにとっては、危険を冒してまで望んだ乱が成功裏に終わったことを意味するのである。

 そして、主通路に攻め寄せた多くの叛徒達が歓声を上げる。


 しかし、大広間にてこの顛末を、そして、リアネイアが発した不用意な一言を聞き逃さなかった者がいた。



「…………ロジェ、聞こえる? ――みたいね、私も行くわ」



 その声に、歓声に沸き立っていた叛徒達が一斉に静まりかえる。静かで、抑揚のない声であったが、その奥底には激情を覆い隠しているような、そんな未知なる恐怖を周囲に与えていた。

 そうして、沈黙に支配された大広間から、シヴィラの姿がゆっくりと消えていく。



「み、巫女様?」


「み、見ろっ!! 皇帝の姿をっ!!」


「な、なんだあれは? 人形っ!?」



 叛徒達の目の前で消え去った巫女。そして、先ほど打ち取ったと思っていた皇帝が転がる場所に横たわる人形。

 歓喜の渦は一瞬にして困惑の渦へと変わっていった。


 そして、それに抗う者達もまた、困惑していた。



「な、なんだっ!?」


「ま、まさか、転移っ!?!?」



 突然の事態に、全員が呆気にとられる中、天翼族のキーリアが声を上げる。


 転移とは、その名の通り物質を異なる場所へと瞬時に転送する魔法の一種であったが、それを担う刻印はとうの昔に消滅したとされていた。

 その後も、研究は続けられていたのだが、結局は既存の刻印や魔法の類では実現は不可能とされてきたのである。



「馬鹿なっ!! それは否定されたはずだっ!!」


「いえ、それが……、可能性は存在しているというのが我が一族の見解だったのです。ですが、こうして表になど…………」


 キーリアの言に珍しく声を荒げたリアネイアであったが、彼の言が真実だとすれば、色々と合点がいくのも事実であった。

 完璧なまでの街道封鎖、突然の奇襲、終わることのない増援。予想外の連続であったが、転移が可能であればすべてが説明できる。



「どこを見ているっ!! 巫女様が居らぬとも、我らの勝利は間違いない。皇帝がおらぬなら、魔女どもの首を討って名を上げろっ!!」



 そうしているまに、叛徒の中から男の大音声が轟く。

 先ほど、ゼノスの傀儡子に殴り倒され、味方もろとも矢を放つという命令。醜態としか言いようのない行動を挽回するためにも、リアネイア等の首はなんとしてもとりたいのである。



「仮に捕らえた者がおったら、好きだけ陵辱もさせてやるわっ!! 恐れずに進めいっ!!」


「ちっ!! 雑魚がっ!!」


「巫女が居なければ貴様等など相手になるかっ!! こいっ!!」



 イサキオスの言にのり、再び大広間へと侵入してきた叛徒達。

 生き残りのキーリア達は、そのような甘言にのる叛徒達に対し、哀れみと怒りを口にしつつそれと対峙する。



「リアっ!! あんただけでも行けっ!!」


「しかしっ!!」


「うっ……く、私達はもう助からん……っ!! 行ってくれっ」



 ラメイアが痛みをこらえながらも声を上げる。



「何を言うかっ!! 子どもを救いたいのはあなた達だって一緒でしょっ!!」


「――――子どもじゃないわよ」



 それに対して、リアネイアもまた声を荒げる。


 本心であれば、アイアースを救いたいという気持ちはあったが、帝国の未来のを考えれば、救うべく歯嫡子たるシュネシス。そして、それを成すべきは母であるアルティリアの役目である。

 しかし、そのアルティリアが静かな声で口を開いたのは、意外なことであった。



「子どもではない……?」


「陛下のために行くのよ。そして、それをやらなきゃならないのは、あんた」


「陛下は当然だっ!! だが、お覚悟はっ…………」



 さらに、声を荒げようとしたリアネイアであったが、予想外の頬の痛みに口を閉ざす。

 アルティリアがリアネイアの頬を張ったのである。



「覚悟はしているわよ。ただね、最後くらいは愛した女と一緒にいたい。そう言う男なのよあの人は」


「それは…………」


「…………あの人が、女として愛したのはあんただけだよ。リア。私らは、武人として、友人として……さ」


「…………っ!?」


「リア」


 ラメイアの言に、思わず押し黙ったリアネイアに対し、アルティリアが静かに語りかける。



「私は、あんたを実の妹のように思ってきた。あの戦いの時から、そして、私に手を差し伸べてきてくれた時から」


「…………」


「いいわね? 帝国の未来を……、あの人のことを頼んだわよっ。――――行くよっ!! メイアっ!!」


「おうっ!!」


「っ!! アルっ!! メイアっ!!」



 静かに、そして優しさのこもった声に、リアネイアはただアルティリアの目を見つめることしかできなかった。

 そして、叛徒の群れへと駆けだした二人は、二度とリアネイアに顔を向けることはなかった。

見ていただいた皆様、ありがとうございます。

もう少し、反乱の過程におつきあいください。

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