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第13話 別離③ ~兵達~

 ――――森がざわめいた。

 月明かりを頼りに、這うように森の中を進むアイアースであったが、ふとした変化に足を止める。


(――――なんだ?)


 鼓動や先ほどよりも早くなっている。

 だが、先ほど感じた森のざわめきがなんなのか。答えがみつかるはずもなかった。



「殿下……?」


「…………」



 足を止めたアイアースに対し、フランが訝しげな視線を向けてくる。

 他の者達も同様であったが、ただ一人ミュウはそんなことお構いなしとばかりに、口を開く。



「は、早く行きましょうよ~。死ぬのは嫌よ~」


「大声を出すな馬鹿者」


「だ、だって~」


「まったく。見た目の割に幼いというのは聞いたが……、慌てたところで結果が変わるわけではないぞ」


「うぅ~、刻印を買えなかったときからついてないよ~~」



 見た目妖艶な女性がべそをかく姿は滑稽でしかなかったが、張り詰めた緊張間に包まれる周囲の状況を考えれば、具合のよい癒しでもあった。



「ぷっ、くくく……。そう言えば、兄上に金で押しきられたんだったな。ははは」


「殿下? よろしいのですか?」


「ああ……、ちょっと胸騒ぎがしたのでな」


「胸騒ぎ?」


「うむ。どうかしたか?」


「……いえ」



 アイアースの言に、フランは何か考えるような仕草をしているが、何か極点に嫌な予感がするとか、そう言うモノでない。

 しかし、フランは兵士の一人に何か耳打ちをすると、その兵士が小走りに前方の茂みへと向かい、その中に飛び込む。



「どうした?」


「…………しばし、お待ちを」



 今度は、アイアースが眉をひそめる番であった。

 とはいえ、その後に視線を向けてもフランは何も答えず、歩みを進めようとしても手で制されて留め置かれるだけである。

 背後に立つミュウに視線を向けるが、彼女も当然のように首を傾げるだけであった。

 もちろん、はじめから中身のある回答など期待していなかった。彼女に求めるのは、高い刻印学の知識と技法である。しかし、その求めに彼女が応じられるかどうかは、今のところ、全くの未知数であった。


 そして、音もなく先ほどの兵士が藪の中から姿を現す。



「まずかったですね。船隠しの周囲に叛徒の部隊が埋伏していました」


「やはりか……。殿下、感謝いたします」



 兵士からの報告に、まったく予期をしていなかったアイアースは目を丸くするが、口元に笑みを浮かべたフランの言に、首を捻る。



「いや、何がだ?」


「殿下のお体に流れる血。それが、我らの危機をお救いしたのです」



 血。といわれて、アイアースはますます首を傾げる。

 たしかに、パルティノン皇室と白虎ティグ族の血が自分には流れている。しかし、他の説明のしようのない事情にためか、根っこは一般市民でしかないという意識があるアイアースは、血が持つ優越性がいまいち理解できなかった。



「それより、どうするんだ? せっかく、遠目の船隠しへ向かっていたのに」


「問題はありませぬ。奇襲を受けたのならば、危険でありまするが、正面の叛徒などおそるるに足りませぬ」


「そうか。それじゃあ、急ぐとしよう」



 自信に満ちた表情で、アイアースの問いに答えたフランであったが、その表情にアイアースは再びの違和感を感じた。

 キーリアや近衛兵達の武勇は知っている。しかし、叛徒達にとってもそれは周知の事実であるのだ。

 奇襲だけでそれを敗れるとは思っていないだろうし、況や、待ち伏せの可能性を見破れないとは思えなかったのだが。


 しかし、戦場を知っている人間の言である。


 戦争や殺し合いなど、教科書や物語の中でしか知らないアイアースが何を言っても、経験者の言には敵うことはないであろうとも思う。

 一行は、再びアイアースを中心とした円陣のまま森の中を這うように進む。

 ゆっくりと時間を掛けて、わずかな距離を確実に進んでいく。やがて、遠くにかすかにであったが、水の流れる音が聞こえはじめた。

 すると、先行していた近衛兵が握り拳を作った腕を上げる。

 それを見た全員が停止し、拳を開くと全員が周囲に展開する。アイアースとミュウはフランの後について茂みへと身を潜めた。



(殿下、ミュウ殿。攻撃用の法術はお使いになられますか?)


(練習でなら)


「私は大丈夫……むぐっ!?」


(声が大きいっ!! まったく、貴様はっ!!)


(むぐぐぐぅーーっ!! ごめんなはい~っ)



 そんなやり取りがあったが、フランが周囲の兵士に合図をし、こちらの取るべき行動は決まったようである。


 振り向いたフランと視線が絡みあう。


 お互いに頷きあうと、右手の甲に刻みつけられた刻印を撫でた。

 とん、と軽く肩を叩かれる。何事かと思って振り向くと、頬に何やら固い感触が伝わる。その先には、笑みを浮かべたミュウの表情があった。



(大丈夫よ。あなたは、天才の私が認めたんだから。でも、ちょっと肩を抜く方

が良いわよ)



 小声でそう言うと、アイアースの肩を軽く揉む。

 はじめは悪戯に対して、腹が立つだけであったが、不思議と緊張がほぐれているようにも感じられた。



(じゃ、私が手伝ってあげるから、殿下は刻印に集中するだけで良いわ)



 そう言って、ミュウがアイアースの背中を軽く撫で始める。はじめはなんとも気色悪い感じがしたが、なぜだか体中から気が昂ぶりだしているような気がしてきた。

 右手の甲にある刻印が熱を持ったかのように熱く感じ始める。

 やがて、それは、鮮やかな赤みを帯び始め、ゆっくりと刻印が浮かび上がりはじめる。 そして…………。

 右手の五指から続けざまに、炎が矢となって撃ち放たれた。

 続けざまに飛び出した炎の矢に、雷の閃光と氷の刃が加わり、森の先へと高速で飛びさった。

 沈黙。

 やがて、森の奥から悲鳴混じりの声が上がる。それを見た、フランと近衛兵達が一斉に掛けだした。



「ほわ~すごい勢い」



 先ほどまでの冷静さはどこえやら、のんびりとした声を上げたミュウであったが、アイアースもまた、一気に緊張から回復されたため、その場に腰を落としてしまった。

 ほんの僅かな間に、敵と思われる悲鳴は止んでいった。

 埋伏をしていたはずが、思わぬ奇襲を受ける形となり、わずか十人を相手に五十人近い兵が全滅していた。



「一方的だったな」


「殿下の法術と相手が雑兵揃いだったことに救われました」


「ありがとう。で、船はどこだい?」


「あちらです」



 そう言って、フランは川の流れの音を指し示す。すでに、川は目の前にあるようであった。

 埋伏していた叛徒も殲滅し、後は船に乗って川下へと脱出するだけである。離宮で、そしてこの深い森の中で、皇族を逃がすために多くの人間が犠牲となっている。

 その犠牲報いるためにも、アイアースをはじめとする者達は生き残らねばならなかった。しかし、アイアースは先ほどから感じるざわめきにも似た何かが、自身の胸の中で蠢いていることをわずかに感じていた。



 そして、そんな予想は嫌な方に当たるものでもあった。


 突然、茂みが揺れたかと思うと、アイアースの胸元に黒い何かが飛び込んできた。

 周囲の兵士が色めきだし、フランが手にした槍を構える。しかし、彼女らの目に映ったのは、月明かりに美しく輝く黒き翼であった。



「フェルミナっ!? なぜ、ここに?」



 アイアースは、ほんの先刻に別れたはずの奴隷の名を口にする。



「で、殿下……ううう」



 しかし、当のフェルミナは、震えながら嗚咽を零すだけで言葉を続けることができない様子であった。

 小さな身体が尋常でないほど震えている。



「はっ!? しまったっ!!」



 そんな二人の様子を見ていた、フランが顔を青ざめながら口を開く。

 そして……。

 周囲が昼間のように赤く照らし上げられる。



「ぐわっ!!」


「な、何だっ!? うっ!!」



 兵士の一人が悲鳴を上げる。

 視線を向けたアイアースは、一瞬身体を強ばらせ、目を背けた。

 目を見開いたまま崩れ落ちる兵士の身体は、炎によって貫かれ、傷口が焼け焦げたように黒ずみ、巨大な穴が穿たれていたのだった。

 そして、飛来した閃光によって周囲に土煙が立ち上りはじめる。



「フランっ!! 殿下達を早く船へ」



 遠くから、聞き覚えのある声が耳に届く。

 視線を向けると、フェルミナと共に別の脱出地点へと向かったキーリアである、ハインが全身を赤く染め上げながら、疾駆していた。



「ハインっ!! 分かった。殿下、ミュウ殿、フェルミナ姫、早くこちらへ」



 フランがそう言って、背中の外套を振るうと、幾本もの矢が布地に突き立つ。

 それを合図に、周辺の森の中から歓声が上がる。



「くそっ!! 埋伏が囮であったのかっ!?」


「そうじゃねえっ!! だけど、説明している暇なんてねえぞ。早く行くんだっ!!」


「わかった。手伝えっ!!」



 崖からの歓声と同時に降りそそぐ雨。そして、飛び込んでくる黒ずくめの集団。九名に減った近衛兵達は相当な精鋭であったが、先ほどの叛徒達とは異なり、相手もまた精鋭の集団である。

 複数による攻撃に、次々に近衛兵達は倒されていった。



「くそっ!!」


「殿下、早くこっちに」



 全身を貫かれながらも、叛徒達に食い下がる近衛兵達の姿に、アイアースはくやしさを滲ませるが、ハインに手を取られたまま森の中を掛ける。

 その後を、ミュウが腰を抜かしかけながら続き、フェルミナも自慢の翼で後を追ってきている。




「がああああああっっ!?」



 そして、谷間にかかった丸太橋を駆けている際に、最後の断末魔が耳に届いた。



「よく時間を稼いでくれた……」


「ああ、そうだな。どうする気だ?」


「後は任せる。如何な精鋭とて、この谷間を超えることは容易ではない」



 そう言うと、フランはアイアース等の一向に背を向ける。足場は悪いが、人一人が立つには十分な広さがある。

 ここで足止めをするつもりであろうことは、容易に想像がついた。



「フラン……」


「すぐに追い付きまする」



 アイアースは、その細身の背中へと声をかけるが、帰ってきたのはその一言だけであった。

 

 戦いと別れはまだまだ続こうとしていた。

今日は短めですが、ご了承ください。

昨日は、日間の下位に載れたのですが、今日はダメでした……。まだまだ、実力不足ですね。

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