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第9話 帝国の守護者

 神聖パルティノン帝国。

 建国より1000年の歴史を有し、一つの大陸の過半と二つの大洋の分布する島々を制する超大国である。

 そして、その超大国を支配する一人の人間。パルティノンにおいて、唯一至尊の冠をいただける存在である皇帝。

 国民を守護し、繁栄へと導く存在であり、その消滅とともに国家としてのパルティノンは消滅することから、国家そのものとも呼べる存在である。


 そして、その守護者として存在する者達。

 その名を『キーリア』と呼んだ。


 ◇◆◇


『キーリア』とは、『千』を意味する名の通り、一騎当千に値する実力者達であり、一般の近衛兵達とは一線を画す。

 皇帝への謁見は当然であり、腹心として親しく言葉を交わすことすらも許される地位である。

 その出自は様々であり、軍内部にて功績を挙げた猛者達の他、キーリアとなる為だけの教育されてきた者も存在する。後者の場合は、例外なく奴隷階級の出身者達であった。

 そして、前者も後者もその飛び抜けた武勇をさらに高めるべく、肉体強化という名の人体実験の成功者達。という共通事項が存在している。

 キーリア達は、例外なく『刻印』と呼ばれる魔導元素を肉体のあらゆる箇所に埋め込まれ、人間を超越した力を得ているのである。

 刻印とは、火や水、土、風などのあらゆる自然現象や力の根源体であり、創造、破壊、再生などの力を行使することができる。

 一般に埋め込むことが可能なのは、両腕と額部のみであるのだが、キーリア達はあらゆる刻印を体内に直接同化させている。だからこそ、一騎当千という額面通りの活躍が可能であるのだが、その代償は決して小さくはない。

 強力な刻印を身体に宿した結果、命を失いかね無いと言うことはすでに述べた。

 この他の刻印の性質として、自身を強引な手段取り込んだ宿主に反発し、力を使用するたびに肉体を傷付けていくという特性がある。

 肉体の崩壊を強引な手法で押さえつけていることが多いが、それを成しても、たった一回の魔法使用で死亡した例が確認されている。

 しかし、表面的な同化とは異なり、キーリアのようにそれを体内に直接取り込んでいる際には、肉体破壊の伴う痛みの類は感じられなくなる。

 それが、数種類の刻印同士が反発し合うが故か、それとも刻印が徐々に肉体を取り込んでいく為なのかは分かっていない。そのため、肉体の限界を超えても戦い続けてしまう者は後を絶えなかった。


 肉体の限界を超えた先にあるのは、人としても死しかないのであるが。


 そして、人とは一線を画した力を得た者達は、帝国各地へと派遣される。

 リアネイアが№1と称されるように、完全な実力主義を採用しており、武勇、統率、教養、外交能力などが考慮された上で序列が決定され派遣先が決まる。


 序列に関しては、№1が皇帝の守護と帝国近衛軍総帥を兼務、№2が№1の補佐、№3が帝都の守備、№4が皇太子の守護、№5離反者の粛清や反乱分子の監視を担い、№6が各地のキーリアを統率する。外征の際に、直接キーリア達率いるのは、この№6になる。


 そして、№7以降は序列が高く、教養、外交能力によって辺境の治安が不安定な地域、野心的な君主のいる国家、獰猛な野生獣が多く生息している地域へと派遣されていき、新任などの下位になるほど安定した地域への派遣となる。

 いかに平和を享受していたとしても、人間の欲望は果てしなく、賊徒の類が出現することは幾度となくあるし、野生獣と呼ばれる大型の肉食獣が暴れ回ることも多々ある。

 それらを討伐し、任地の治安を維持することが主命である。実際のところは、実戦感覚の維持と各国に対する示威行動の一種であるが。

 それでも、広大なる帝国の統治において、個人の武勇で他国を御することの出来るキーリアの存在は、帝国の屋台骨でもあった。

 


 ――――そして、ある一人のキーリアもまた、歴史の転換期に立ち会おうとしていた。



 帝紀1038年の晩春。神聖パルティノン帝国領スラエヴォ市民は、一筋の火球によって宵の眠りから揺り動かされることとなった。

 任務の合間に仮眠をとっていた彼女もその一人であった。


◇◆◇


 異変から数刻が経とうとしていた。


 周囲からは鬨の声が上がり、風にのって剣戟の音や断末魔、歓声などが届いている。何らかの変事であることはアイアースも分かっていた。



「反乱…………なんだよな? でも、こっちが気付くことなく大軍を集めるなんて」


「は、反乱……っ!?」


「大丈夫だ。大丈夫……」



 思わず呟いた反乱という言葉に敏感に反応し、目元に涙を溜めているフェルミナをアイアースは抱きしめつつ、自分に言い聞かせるかのように呟き続ける。

 少年とはいえ、成人を控えた青年の時の記憶が彼には残っている。目の前で震える少女を安心させることぐらいはできなければ笑いものだ。

 とはいえ、それは人類史を見ても『特異』ともいえる平和な時代を生きる青年の精神。戦争の類の経験など皆無である。

 行啓の最中にも盗賊などの出現はあったが、恐怖を感じる前にリアネイアや随行するキーリア達が鎮圧してしまっていた。

 そのため、フェスティアを抱きしめる彼の腕もまた、目に見える形で震えていた。



(そりゃあそうだ。戦争なんて歴史の授業や本でしか知らん)



 震える身体を抱きしめるように押さえつけようとするが、一向に震えは収まる気配はない。右手の甲に彫り込まれた炎を形容した刻印が薄く光を放つだけで、それ以上の変化を臨む術もなかったのである。



「ちょっと~、まだいる~~」



 そんな時、部屋の扉を叩く音が響き、やんわりとした女性の声が室内に届く。



「誰だっ!!」



 恐怖に打ち震える中での、来訪者である。自然にアイアースも声を荒げることになる。



「私よ~~、ミュウよ~~。お願いだから、中に入れて~」



 と、若干嗚咽混じりの女の声が再び室内に届く。


 どうやら、アイアースの魔導の師となる女性が、宛がわれた私室から逃れてきたようである。とはいえ、何が起こるか分からない状況には変わりない。



「ちょっと、待ってろ」



 そう言うと、アイアースはリアネイアの荷物を探り、やや小ぶりの双剣を取り出す。

 万一に備え、準備をしてあることは事前に言い含められていた。



「ふえ~ん、でんかあ~、こわがったよ~~」



 扉を開けると、昼間であったときの妖艶な姿は、涙目に加えて震える女性が立っている。



「つまらん三文芝居じゃないだろうな?」


「きゃっ!? ちょ、ちょっと待ってって。何でそんな物を突き付けるのっ!?」


「状況が状況だ。というより、大の大人が子どもを頼ってどうするんだっ!!」


「ぅぅ……大人って言っても、私はまだ15よ~~」


「はっ?」


「本当よ~~。年の割に身体が成長しているから勘違いされているし、大人っぽく何て化粧でいくらでも見せられるのよ~~。お願いだから、助けて~~」


「ああ、うるさいっ!! 分かったから中に入れっ」




「ふえ~ん、怖かったぁ~」


 室内へと招き入れたミュウは、ベッドにて震えるフェルミナに抱きつき、お互いに身体を震わせあっている。

 たしかに、化粧をしていない素面は、昼間あったときよりも遙かに幼く、まだ少女のあどけなさを残している。



(二人とも年下かよ……)



 アイアースはそんなことを毒づきながら、ミュウの傍らに立つ。



「15だって言っていたけど、本当に俺に魔導とかを教えられるのか?」


「こんな時にそれを聞くの? そりゃあ、年とかその辺を嘘ついたことは悪かったけど、才能はあるのよ。頑張って、勉強もしたんだよっ!?」


「刻印師って最上級の学問だろ? 普通は大学まで進まなきゃ学びきれないはずだけど……」


「だから、出ているわよ」


「へっ!?」


「ちゃんと卒業していますぅ。だって、頑張らなきゃ、性奴隷にされちゃいそうだったんだもん」



 どうやら、経歴そのものは本当であるらしい。となると、とんでもない天才であることは間違いないのだろうが、今なおフェルミナに抱きついて震える姿は、やはり少女のそれである。

 あまりの動揺振りに、フェルミナの方が落ち着いてしまったようである。



「じゃあ……うわっ!? な、なんだ??」


「殿下っ!! アイアース殿下っ!! いらっしゃいますかっ!?」



 改めてミュウに話しかけようと思ったアイアースであったが、再び扉を叩く音が部屋に響き、聞き慣れない男の声が届く。近衛兵達が自身を迎えにきたのだろうかと思ったアイアースであったが、よくよく考えればどこかおかしい。



「何事だっ!! 騒々しい」


「謀反にございますっ!! リアネイア殿下のご命令により、お迎えに上がりました」


「なんだと?」



 やはり、どこかおかしい。そもそも、近衛兵であれば、リアネイアのことは『総帥』か『皇妃』と呼ぶはずである。



(ミュウ)


「えっ? なに……むぐっ!?」


(馬鹿っ! でかい声を出すな)



 アイアースは、万一に備えてミュウに対して口を開く。

 魔導の類はまだまだ未熟であるが、ミュウの腕を考えれば、どうにかなるのかも知れないと思ったのだった。



(うーん、何とかなると思わよ)


(よしっ!!)


(私も手伝った方がいい?)


(漏らしているんだから無理すんな)


「ええっ!?」



 自身の魔導についてのことを、ミュウから聞き出したアイアースは、股間を濡らしているミュウに気付いてそう言うと、右腕に神経を集中させる。



「殿下っ!! いかがなさいました?」


「急かすな。奴隷と刻印師が避難してきているのだ。怯えていて連れ出せん」


「では、お手伝い致します」


「ああ。入れっ!!」



 右腕がさらに熱くなる。変なことをしようものなら焼き払ってやるとも思っていたが、今のところ魔導の成功率はそれほどよくない。



(頼むから上手く行ってくれよ…………)



 熱さとともに刻印が赤く光を放つ。途端に疲労感が全身を襲いはじめるが、それはそれで致し方ない。



「失礼をいたします。…………殿下??」



 入ってきた男はたしかに、帝国軍の軍装をしている。しかし、おかしなところが散見している。衛兵は訓練を受けた兵士であり一般の男よりは隙のない立ち振る舞いをする。


 しかし、この男のそれは自分と同じような素人のものであった。



「そなた…………むぐっ!?」


「きゃあっ!?」


「いやあっ!?」



 口を開きかけたアイアースであったが、突然背後から口を塞がれ、強い力で押さえつけられる。

 ミュウとフェルミナも同様あるようで、同じように腕を捕らえて口を塞がれている。



(し、しまったっ!! こいつは囮だったのか!!)


「で、殿下…………、申し訳ありませんっ」



 そして、衛兵の格好をした男はそれまでの態度を一変させてアイアース達に対し跪く。しかし、アイアースを押さえつける者や周囲に合われた者達は、そんな男の態度を見下すかのように口を開く。



「貴様、我らが宗主様の怨敵たる者に頭を垂れるか? 先ほどの、誓約は偽りであったと言うことだな」


「そ、それは…………」


「帝国に死を」


「帝国に死をっ!!」



 リーダー格と思われる男が、無感情のままにそう口を開くと、男を取り巻く者達がそう叫びながら剣を振り下ろした。



「ひ、ひいいいいいっ!!」



 男は叫びながら、全身を切り刻まれ行く。室内が赤く染まり、フェルミナは気を失い、ミュウも言葉を失っている。



「さて、皇子はともかく、小娘どもは用済み……だが」



 男を切り刻んだ者達に一人が、そう言って舐め回すようにミュウとフェルミナを見つめる。



「ふうん、――――まだ時間はあるよなあ?」


「貴様。宗主様がお許しになるとでも思っているのか?」


「そういうなよ。あんただって、こっちの小さいのには興味があんだろ?」


「うっ……」


「せっかくの機会だぜ?」


「そ、そんなあ……」


「ゲス野郎が……」



 そう言って、不敵に笑う者達に対し、ミュウは涙混じりの声を上げ、アイアースは最大限の侮蔑をこめた視線を向けて呟く。



「ガキにはわからねえよ。ふふふ、随分良い体つき……っ!?」



 そう言いながら、ミュウの胸元へと手を伸ばす男であったが、彼は目的を達することはできなかった。



「がああああああっっ!?!?!?」



 男の叫び声が室内に響き渡り続けざまに炎が立ち上る。

 集団にてミュウ達に暴行を加えようとしようとしていた者達は、アイアースが一か八かで放った紅蓮の炎によって身を焼かれたのである。



「や、やった……」


「お、おのれっ!!」


「いてえっ!! や、やめろーーっっ!!」



 アイアースを取り押さえていた男が、さらに力をこめる。そのため、アイアースの身体は激しく軋むことになる。



「へえ……、小娘どもにゃ興味が無かったが、お前はけっこうかわいい顔をしているな」


「な、な、なんだとーーーーーっ!?」


「馬鹿なことを申している場合かっ!! その右手を切り落とせ。生きていればそれでよいのだっ!!」


「はっ!!」


「な、や、やめてくれっ!!」



 抑えつけられながらも抵抗を続けていたアイアースであったが、リーダー格の言に抵抗の意思を奪われる。生まれてこの方、自分の命をゴミ同然に思う類の人間と出会ったことなどない。

 

 人生ではじめて味合う生命や身体喪失の恐怖が彼を支配しようとしていた。

 そして、男が手にした得物が振り上げられる。

 7歳の少年の肉体である。大人の、それも鍛え抜かれた屈強な男の力を持てすれば、まさに赤子の手を捻るも同然のことであった。

 

 ドサリと音を立てて床へと落下していく腕。それに合わせ、周囲が血飛沫に染まっていく。



「えっ!?」



 声が上がったのは一瞬であったが。落下ししていったのは、それまで、彼を押さえつけていた男の太い左腕。

 アイアースがそれを理解するまでは、数瞬の時を必要としていた。


 そして、その数瞬の間にすべてが終わっていた。



「なっ!?」



 さきほどまで、アイアースにとっての恐怖の象徴であったリーダー格もまた、その言を最後に冥府へと旅立っていく。

 彼の首は一条の光跡とともに胴体を離れ、細切れの肉塊へと変えられていき、室内には血の匂いと人であった何かが転がるだけであった。



「まったく、余計な仕事をさせてくれる」



 そう毒づいた声の主は、白銀の髪を靡かせ、キーリアの象徴である白を基調とした軍装を赤く染めている。



「ふーん、お前がリアネイアのガキか……。どっちにも似てないわね」



 返り血の匂いに混じり、大人の女性独特の色気のある香がアイアースの鼻腔へと届く。しかし、全身に返り血を浴びたその姿は、まさに死の女神である。

 アイアースは、自身の鼻腔にさらに異なる匂いが届いてきたことを自覚していた。

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