第七十話 英雄の最期
「俺が、神だって?」
あまりに衝撃な真相を突きつけられ、ケイオスは戸惑った。
「ああ、そうとしか考えられない」
「そんなことあるわけないだろう。俺は正真正銘人間だ。そんな神なんかやっていた記憶なんて一つもないぞ」
海野の言葉をケイオスは確信をもって否定した。海野のように記憶もなければ知識もない。ましてや不思議な力もないただの人間であることをケイオスは十二分に理解していたからだ。
「いやいや、根拠はある。そもそも私を封印した神はどんな方法で封印したと思う? そんな簡単に封印できるような便利な方法があったのなら、何故もっと早くに私を封印しなかったのだ?」
海野は別の質問へと切り替える。
「あるだろう、一つだけ。神を封印できるように理を捻じ曲げる方法が」
「……まさか、秘術⁉」
「ご名答だ。その神は自身を生贄として、秘術を使い私を封印したのだ」
「秘術ではそんな自在に理を捻じ曲げることはできないんじゃないのか? 実際、理を捻じ曲げることに失敗してアンデッドが生まれたって聞いたぞ」
「もともと人々にマナの使い方や魔法を授けたのは神だ。秘術もいわばその派生。解析して応用することなどさほど難しくはない。もっともそこまで自在に理を捻じ曲げることができたのは、前世のお前が魔法を含めた神秘に精通していたこともあるだろうがな。わずかな時間でよく改良したものだよ」
「やけに詳しいんだな。秘術のこととか。あれは過去にこの世界の人間が作ったもののはず。なんでそこまで知っているんだ?」
「秘術についてはこの世界に来て詳しく調べたさ。自分を封印した忌々しい術だから忘れられないものだったし、幸い浄化の際にもその記憶は消えなかったからな。何より私の目的にはなくてはならないもの。これでも邪神と呼ばれる前は、私もこの世界の創世神の一柱だったのだよ。他の神にできて自分ができない道理はないさ。もっとも他の神々と見解の相違があって袂を分かち、敵対するようになったがね。おかげで創世神だった私は存在を抹消されてしまったのさ」
邪神が創世神の一柱だったことに、ケイオスは驚愕する。
「私を含めた神々は世界を創世した。だがそこには我々しかいない。世界の広さに比べてそれではあまりにも寂しいものだった。故に様々な種族を生み出した。だがね、神とて万能ではない。生み出した種族の中には失敗したものもある。環境に適応できず生をまっとうできなかったもの、繁殖力に乏しいものいろいろだ。この世界に適応できる理想の種族を創り出そうとしたのだよ」
まるで自分の功績を誇る自慢話をしているかのように海野は懐かし気に語る。
「そうして生まれたのが人間やエルフなどの亜人だ。他の神々は人間や亜人を生み出したことで満足した。しかし私は脆弱過ぎると考えたのだよ。だってそうだろう。過酷な環境では生きていけない。ドラゴンのような強さもない。エルフは長寿だが繁殖力に欠け、他の種族は短命だ。あまりにも脆弱過ぎるじゃないか。だからこそ、私は魔物という種族を作り、その中から最高の種族を創り出そうとしたのさ」
自分が同じ人間だからだろうか。ケイオスは異世界とは言え、神と呼ばれた存在に人間がまるで欠陥品のように扱われて胸中に複雑な思いを抱く。
「魔物という種族は多様性を持たせた。過去に創り出した生物を掛け合わせて利点だけを抽出できないかと試行錯誤したものだよ。ところがだ。他の神々は私の主張に反発し始めた。彼らには私がいたずらに命を弄んでいるように映ったそうだ。馬鹿馬鹿しいじゃないか。散々自分たちも様々な種族を創り上げたにも関わらず、私の崇高な行為を貶めるばかりなのだからね。そしてそのまま神々との戦争が始まった。私は最高の種族を完成することなく、封印されてしまったがね」
「理想の種族を創り上げたら、元いた種族やその過程で創り出した種族はどうするつもりだったんだ?」
「別に何も。ただ種族間のいざこざは起こるだろう。現に神々との戦いに種族の戦いが絡んだのも、大元をたどれば互いの生存圏を賭けた生存競争に過ぎなかったのだよ。まあ考えられるとすればその理想の種族が生存競争に競り勝つ可能性は高かったかもしれないが。所詮は仮定の話だ。地球に飛ばされて人間に転生してからずっとその歴史を目撃した。そのおかげで人間とてあなどれない存在であることを知った。私の想像以上のことが起こるかもしれない」
言ってしまえば海野は生物を創る過程に興味があるが、その生物がどうなろうと知ったことではないのだ。
創られた側からすればひどく傲慢な考え。だがその考えがなければ、人間や亜人が存在しなかったかもしれない。
「さて話を戻そう。お前の前世が神である理由。それはまず先ほどのフィルターだ。一般的なコード内に他のプレイヤーをはじく仕掛けを仕込むのは簡単だが、他の開発者が気づくかもしれない。よってこれはミラーワールド上にプレイヤーの魂で判別してこの世界に転移する術式を創った。ミラーワールドはあくまでこの世界と似せた世界だったために初めの転移で多少の位置のずれは起きたがね。ただ私にも誤算だったのは、虫食いになった知識で創った術式のため、私個人にしぼることができなかったこと。そして私以外でこの世界とつながりのある関係者がゲームをプレイするとは思わなかったからだ。だからこそお前がこの世界の関係者であることは間違いない」
この場にヴイーヴルがいれば確認できただろうが、残念ながらこの場にはいない。だから反論できず海野の説明を聞くしかなかった。
「そして秘術は魂を代償とする。故に私を封印した神は消滅したと思っていた。だが実体験から考えて神の魂の格は高い。内包する力は人間とは比べ物にならないのだよ。秘術が魂の力を利用して奇跡を為すのならば、神の魂を代償としてもそうそう消滅するとは考えにくい。では私を封印した神の魂はどこへ行ったのだろう。輪廻の輪を巡り、この地で転生しているのだろうか? おそらく最期の秘術の影響でその神の魂は転移に巻き込まれ、私とともに地球へと一緒に飛ばされたのではないだろうか。そうして巡り巡って転生したのがお前というわけだ。秘術の代償か長い浄化の結果なのかはわからないが記憶や知識も失ってしまったようだがね。女神であったはずなのに、男へと転生しているものだから私も初めは気がつかなかった。でなければ無数にある異世界の中で地球という異世界に転移した同じ世界の関係者が都合よくいるはずがない」
真実なのかわからない。ただケイオスは自分が神であることの実感はなかった。性別さえ違う女神と言われればなおさらだ。むしろケイオスを混乱させる意図のはったりではないかとさえ思えてしまう。
だがこんな場所まで誘き寄せてこんな荒唐無稽な話で騙す必要がない。
「お前の言っていることが正しいかどうかなんてわからない。けど、わかったこともある。お前はその神を憎んでいるんだな。だから俺を憎んでいる。俺をこの場に誘き寄せたのは復讐するためか。じゃあなんで秘術を使う? 俺がこの世界に来たのは偶然だったはずだ。でも魔物が各国を襲い始めたのは俺が来るよりもずっと以前から計画していたんだろう。つまり俺への復讐のために秘術を使っているわけじゃない。もしかすると邪神に復活するためか?」
核心に迫るケイオスの言葉に海野は不敵な笑みで返した。
「私は地球へ飛ばされて転生を重ねてきた。向こうの世界では私は無力だ。神の力があってもその力を振るうことができないのだから。おそらくだがそうした力を制限する理を向こうの世界の神が定めたのかもしれないな。向こうの神が実在するのかは結局わからずじまいだったが。緩慢な死でいつしかすべての記憶が消えてしまうのではないかと怯えていたよ。しかし、そんな折に転機が訪れた」
「転機?」
「VR。仮想の世界を創り上げる技術。知識と記憶を残していても神もいなければ神の力も行使できないそんな世界に送られ絶望していた私はすがってしまった。記憶の残っているうちにこの世界と似た仮想世界を創り上げることで、自分の記憶が失われようともこの世界の記憶を残そうと開発の道に入った。もしかすると創世していた時代を懐かしんでいたのかもしれないな。まあ結局のところ、この世界への未練だよ」
絶対に叶わないはずの未練。だがそれこそが海野に奇跡をもたらした。
「そして開発している間に私は気づいた。これは一種の創世なのではないかと。調べていくうちに確信した。人間は仮想上で疑似的ながらも新しい世界を創り上げることに成功していたんだ。つまり創世に近い神秘を人間は知らずに行っていたんだぞ。信じられるか? 神が長い年月をかけ苦労して作り上げた世界を、人間は短時間でコンピューターを駆使することで創世の真似事ができるようになってしまったんだ。おそらく奇跡を禁じた向こうの神もこれは想定していなかったのだろう。わかるか、神の想定を超えたんだよ、あの世界の人間は。このとき初めて向こうの世界の人間という種族に敬意を覚えた」
ケイオスはまったく予想していない想像の埒外だった話をぶちまけられ、驚くというよりも頭が真っ白になった。
世界を創造する。神が実在するならば、それこそ神の御業でしかない。何しろ異世界の神と名乗る人物が言い出したのだ。
仮想世界は現実とは異なり、ある種の異世界とは言えなくもないが、やはりあくまで虚構の世界であるとしか考えつかない。現実世界での常識に縛られてそんな発想に思い至らないからだ。
「向こうの世界の人間は誰もこの凄さに気づいていない。当然だ。マナや魂などオカルトでしかない。本当の価値には誰も気がつかず、あまつさえ娯楽に利用する始末だ。まあおかげで私はゲームの開発に乗じて研究を進めることができたから感謝しているがね。何しろ最先端の技術だ。実現するにも個人で活動するには難しい。そして研究を進めるうちに私はある可能性にたどり着いた。地球では私が力を振るうことはできない。しかし別世界の理であれば話は別だ。もしかするとその世界の中でなら私は力を取り戻すことができるかもしれない」
地球ではこの世界のようにマナを用いたスキルを使うことはできない制約がある。しかし創世した世界であればそんな制約は存在しない。その着想が海野に新たな欲望を生み出す結果となってしまった。
「生身では仮想世界に入れない。だが仮初の身体であるキャラクターを使えば、その世界に入れば私は力の一部を取り戻すことができた。できてしまえば簡単なものだったよ。その世界は自在に理を創ることができたのだから。創世した経験がこんなところで活かされるとは思いもよらなかった。私は研究し続けた。地球から直接この世界に転移することはできない。が、理を自在に操れる仮想世界を経由すればこの世界、イストピアに帰還できる。そして私はようやくこの世界へと帰還することができた。疑似的に転移することに成功したのだ。足りない力を補うためにコンピューターの力を利用することで」
結果としてイストピアに帰還できて海野にとっては喜ばしいはずなのに、海野は更なる壁にぶつかったかのような暗い顔になる。
「だがうまくいったのはそこまでだ。秘術を用いた転移と私が使った疑似的な転移は同じではない。私の魂は地球にある肉体と結びついたままだ。これは私の力だけで実現したわけではなく現実世界のコンピューターによって補助されたものであり、簡単に切り離すことができない。本当の意味での帰還を果たしていなかったのだ」
仮初の身体であるキャラクターは、あくまで仮初の身体でしかない。本体は現実世界に残っている。だから海野は疑似的な転移と呼んだ。
『Another World』を介してこの世界に転移することはできても、この世界に留まり続けることはできない。現実世界の制約が残されたままだからだ。それは海野にも解決できなかった。
「だから秘術を使うのだよ。私は神として復活する。向こうの世界の縁を断ち切り、私は神の肉体を取り戻す。だがそれだけの願いを叶えるのに膨大な魂の力が必要だった」
「じゃあ、今まで魔物が侵攻してきたのも、お前が神として復活するために魂を集めていたのか」
「そういうことだ。仮想現実世界には魂は存在しない。地球では秘術は使えない。ならばこの世界で集めるしかないだろう。もうじきそれも集め終わる。地上にいる人間の軍隊を生贄にすることで」
ケイオスは一瞬何かが引っかかったが、それよりも遠征軍を生贄にするという発言を許せなかった。
「そんなことは絶対にさせない!」
「だがもう遅い」
海野は空中に浮かび上がった画面で何かを操作した。素早い動きにケイオスたちは止めることができなかった。
「ワールドクリエイト発動。北の大地、封印の神殿の周辺に新たに魔物を展開」
特に何かが起きたわけではない。だが海野の言葉の意味を理解できれば、それがただ事ではないことにケイオスも否応なしに理解させられる。
「ワールドクリエイト? あの突然現れた魔物は転移じゃなかったのか? まさかさっきので魔物を作り出すことができるのか」
「そういうことだ。私が神に戻ったとしても、封印前の力を取り戻すことができない。知識も力も度重なる浄化で失っているからだ。故に神として復活するには新たな力が必要だった」
「新たな力?」
「私は手に入れることができた。新たなる力、ワールドクリエイト。世界を改変する力。地球でミラーワールドを創造したように、この世界を自在に改変できる力。地球で使えないのは痛いね」
「じゃあゲームじゃないこの世界で転職なんかができたのも」
「時間がなかったのでベースは『Another World』を構築したシステムを流用しているがね。不具合がでないように限りなくこの世界に似せたミラーワールドでテストしていたが、未完成で改変できることに制限がある。さらに力を使うため、使い勝手は悪いところもある。魔物の作成も量や魔物の強さによって使う力の量が変わってくるし、この世界に定着させるためには材料となる素材が必要になるので乱用はできないが、それでもこの世界の人間にとっては強敵だし、数も多い。先ほどのようにな」
神殿内部で魔物が作られていることはケイオスたちも予測していた。作られた魔物が神殿内の地下に待機して必要に応じて転移させているものだと考えていた。
だが魔物の作成と転移が同時に行われているとなると一度魔物を作成されたら、転移を防ぐことはできない。ケイオスたち主戦力を神殿に突入させた以上、さっき戦った同数の魔物が現れたらさすがに残存兵力だけでは防ぎきれない。
「秘術の生贄となる魂は人間の魂であり強者が最適だ。この地で亡くなった人間の魂はすべて残らず秘術の生贄となる。一々魔物に回収させていては数が集まらなかったのでね。人間たちをここへ誘引するために魔物たちに襲わせた。北の大地に閉じ込められ人間に恨みを持つ彼らは快く私に従ってくれたよ」
「ふざけるな! 自分が復活するためだけにこの世界の人を犠牲にするなんて!」
ケイオスは海野を非難する。その悔しそうな表情を満足そうに海野は眺めた。
「そうだ、これだ! お前のその無力にさいなまれ悔しがる顔が見たかったのだ! 私の崇高な行為を邪魔し、あまつさえ異世界に封印したお前を許せるものか。お前が苦しむことこそ我が本望よ!」
それこそがケイオスをここへ誘き寄せた海野の最大の目的だった。
「お前を止めてみせる!」
ケイオスは杖を海野に向ける。もはや対話で海野を止めることはできない。彼を止めるには彼自身を倒すほかなかった。
「『マナ・エクスプロー』」
「遅い」
魔法を放とうとしたケイオスは目を丸くする。何故なら目の前にいたはずの海野が自分の懐に飛び込んできているからだ。
「まずい!」
魔法を中断し、海野との距離を取ろうと後ろに退くケイオス。だが間合いは離れるどころか詰められるばかり。
とっさに杖を振り下ろすが、杖を持つケイオスの右腕を海野の左腕が受け止め、海野の右手がケイオスの顔面を直撃した。そのままケイオスは壁まで殴り飛ばされる。
「『マナ・バレット』」
海野の周りに無数の光球がぐるりと海野を旋回した後、そのままケイオスの下に突っ込んでいく。
「ぐぐぐっ!」
くぐもった声がケイオスから発せられる。光球はケイオスにぶつかり消失するが、数が多いために彼は弾丸を連射されているように打ち付けられた。
幸いにもケイオスはダメージを受けたものの意識はあり、しっかりと海野を見据えている。
「くそっ、早すぎる!」
オリバーから忠告はされていたが、想像以上に素早い動き。もしかするとスピードだけならばイレーヌと同等かもしれない。そして魔法の威力もそして発動する速さも決して無視はできないほどだ。
「同じキャラクターなのに、なんでここまで性能差があるんだ? 神の力ってやつか?」
一度の攻防でケイオスには海野との明確な差を感じた。プレイヤー同士の戦いでも差が生まれることはあるが、それとは根本的に違うように思えた。同じキャラクターを使っているのならば、ケイオスと同じくゲームのルールに準拠した強さを持っているはずだ。
ゲームでは基本的に各職業は能力やスキルが差別化されている。そのため近距離や遠距離での戦闘は各職業によって得手不得手が分かれるのだ。ケイオスのような魔導師は防御力が低く、攻撃の射程が長いことが多い。そのため魔導師は距離を取って戦う遠距離戦を得意とする。裏を返せば近距離戦は不得意だ。どちらかと言えば戦士といった防御力が高く、攻撃の射程が短い職業が得意である。
では海野の職業はどう判別するべきか。魔導師系の職業の魔法の一つである「マナ・バレット」を使った以上、ゲームのルールにのっとれば海野は魔導師系の職業だと推測はできる。
もちろん近距離の攻撃力を上げる「力」や速度を上げる「敏捷性」のパラメーターを上げれば似たようなことはできるかもしれない。
けれどもパラメーターを上げることにも上限がある。レベルの上昇によって得たパラメーターのポイントは必ずどのプレイヤーでも一定だからだ。
それらのパラメーターを上げてしまえば、魔法の威力を上げる「知能」のパラメーターを上げるまで手が回らなくなってしまう。つまり何かしらパラメーターを上げれば、その分他のパラメーターを上げることができずに両立できないのだ。ほぼレベル上限近くまで上げているケイオスですらそれは同じである。
しかし海野はそれらを両立している。ゲームのルールが存在しないかのようだった。
そして海野が魔導師ならば杖を持たなければ「マナ・バレット」を使うことはできない。海野は杖どころか無手だ。
「知っているだろう、私がこのゲームの開発者であることは。ゲームの制作者はGMとしてゲームを管理する立場にある。その権限はプレイヤーと同一であるはずもなく、ステータスやパラメーターをいじることは造作もない。パラメーターを最大値に変更することもな」
「パラメーター全部カンストって、開発者自らチートかよ。ずるいぞ、それ」
ケイオスは吐き捨てるように言った。
レベル最大であろうとも一つならばともかく、すべてのパラメーターを上限まで上げることはできない。要するにこれはゲームのルールを無視したイカサマだ。
パラメーターを意図的に操作するなどゲームを普通にプレイしてもできない不正なイカサマ――いわゆるチートと呼ばれる行為は、ゲームバランスを崩壊させる引き金になるため当然ながら違法行為である。それが発覚した場合は相手が誰であれ相応の処罰が下され、多くはゲームのアカウントを剥奪される行為だ。悪質なものに至っては裁判沙汰にまでなっている。
これが現実世界でのゲームであれば、だ。
イストピアでは誰も咎めるものはいない。ましてや開発者自らとなるとプレイヤーでしかないケイオスでは手の打ちようがなかった。
「でもパラメーターがあるなら、HPもMPもあるはず。ダメージを与えることができるはずだ」
パラメーターが上限であるとはいえ、パラメーター自体があるのならばダメージを受けないはずがない。ケイオスの「知能」もパラメーターの上限に至っている。こと魔法による攻撃に限れば海野と引けを取らない。
「『マナ・バレット』」
「『マナ・バレット』」
互いの周りを浮遊した光球が、互いにめがけて激突する。光球の弾幕は相手の光球と相殺して消滅する。同じ魔法ゆえに数の上ではまったくの互角。
海野はケイオスの攻撃を待ち構えている。海野からすれば同じ魔法で相殺しなくてもかわすことは十分にできた。魔法勝負を挑んでいるのか。その弾幕の応酬の隙にケイオスは次なる魔法を唱える。
「『フレイム・アロー』、『マナ・ボルト』、『マナ・スフィア』」
炎の矢のあとに紫の雷が追走し、光球が後を追う。だがそれぞれ進行方向はわずかにずれていた。炎の矢はそのまま海野へ直進し、紫の雷は炎の矢の右後方を直進、光球はその左後方からやや湾曲する軌道を描く。使用時間の短い魔法で攻撃間隔を途切れさせない。
「『ウォーター・アロー』」
対する海野は水の矢を作り出すと炎の矢にめがけて放ち相殺させる。一瞬のうちに蒸発した。相殺して蒸気へと変わり、その蒸気を紫の雷が貫く。しかしそれはそのまま海野の左側を通過していった。
だが海野の視覚外から光球が現れる。誘導された光球は時間差で海野の右後方から弧を描いて接近していたのだ。
「なるほど。よく考える。だが無意味だ」
海野はかわすことなく光球を受け止める。ダメージこそ与えたもののさして大きなダメージにはならない。
ケイオスの放った魔法はどれも低レベルの魔導師が覚えることができる初歩の魔法。発動こそ早いが威力は大して高くはない。いかにレベルの高いケイオスのパラメーターが高くても威力を上げるのにも限界がある。
一連の攻撃はケイオスに魔法を唱える時間を与えた。
「『エア・ストーム』」
小規模な渦巻き状の突風が巻き起こり肥大化していく。それは次第に旋風へと変わり周囲を飲み込み切り裂いていく。旋風は海野に狙いを定めた。
低級の威力しかない魔法とは違い威力がある。海野は魔法で打ち返すことはせずに左へと避ける。直進し傷跡を残していく旋風だが、避ける海野を巻き込めるほどの大きさではない。
しかし避けたことで大きく体勢を崩した海野に対して、ケイオスは追撃に入る。
「『チェイン・バインド』」
対象を捕えたら拘束し状態異常「麻痺」にさせ身動きをさせなくする戒めの鎖。相手の行動を阻害する初歩の魔法だが、決まればレベルは関係ない。幾重にも巻き付く魔法の鎖が海野の身体に絡みつく。
いくら素早かろうが、拘束の魔法に捕らわれてしまってはもはや的でしかない。ケイオスは威力よりも発動に時間がかからない魔法を優先して使い、攻撃をつなげて決定機を狙っていた。身動きの取れない海野に対して発動に時間がかかる威力の高い魔法の詠唱をする。
だがケイオスは詠唱を中断せざるを得なかった。何故なら海野を拘束していたはずの鎖は意味をなさないようにぱきりと消えていったからだ。
「『ロック・ブラスト』」
拘束中でも詠唱していたのか、ケイオスよりも先に海野の魔法が炸裂する。
床から拳大ぐらいの岩が宙へ浮かび、石礫となって詠唱途中で無防備だったケイオスの身体を打ち付けた。
「ぐっ」
ケイオスは膝をつく。彼のHPも残り少ない。アイテムの緊急使用でHPを回復しなんとか急場をしのぐ。
「あの魔法は成功していた。まさか麻痺を回復したのか?」
状態異常の一つである麻痺は、特定のアイテムや魔法で回復させることが可能だ。それを使えば動けるようにはなる。身動きは取れなくてもケイオスが行ったようにインベントリからアイテムを緊急使用すれば麻痺を回復させることは可能だ。
「いや、ステータスがいじれるんだ。そもそも無効ってわけか。ってことは他の状態異常もか。くそっ、『麻痺』以外の状態異常すらも無効って、本格的に手の打ちようがないじゃないか!」
状態異常には「毒」や「火傷」といったDoT、いわゆる一定時間内に継続してダメージを与えるものもある。これはレベル差を問わず成功すればダメージを与えることができるので、格上の敵でさえ有効な手段だ。
ケイオスが覚えているスキルには状態異常を付加する魔法もあるだけに、それらの攻撃手段をすべて封じられてしまったことに等しい。しかもこちらは状態異常を無効化できる術など持たない。状態異常になったあとでアイテムを使って回復するしかなかった。だがそれもアイテムの上限がある以上何度も通用する手ではない。
海野は負ける気がしないと言わんばかりに自信に満ち溢れている。事実ケイオスはかなり追い込まれていた。
海野にダメージを与えるほどの威力のある魔法を使うには使用時間――魔法が発動するまでにかかる時間が必要になる。だから連発しやすい魔法で隙をうかがうものの、相手は相殺したりかわしたりする術がある。
だから状態異常で一時的に拘束できればよかったのだが、それすら無効にされてしまった今、一人では海野を打ち崩す方法がない。
そう一人では――。
「くそっ、ギルドスキルが使えたら」
ギルドスキルでハボックたちを呼び寄せることができたら。一人では無理でも味方がいれば海野を倒せるかもしれない。
だがそれを使えないことは実証済みだ。
「話している間に味方を呼ばれるのは無粋だ。それにお前が逃げるかもしれない。念のためそのスキルや転移系のスキルは事前に封じさせてもらった」
一時的に敵のスキルを封印する魔法は存在するが、それは一種の状態異常でありすべてのスキルを封印する。だが特定のスキルだけ封印するということは仕様上できない。つまりはこれもまた海野が不正な方法でスキルを封印しているということだ。事実、ケイオスのステータスは状態異常にはなっていない。
いわば海野がその気になればケイオスのスキルはすべて封じることができる。彼がそれをしないのは、開発者という立場を利用し絶対的優位を確保しているからこそである。
劣勢に立たされようともケイオスは止まらなかった。ケイオスは無数に魔法を連発し続ける。
もう海野は自分がどれだけ優位か隠すこともなくなり、避ける素振りさえ見せなくなった。ケイオスの魔法は幾度も直撃し、普通の魔物であれば倒れてもおかしくないほどのダメージを与えるのだが、海野には一切ダメージを与えられていない。
「無駄だ。私のHPゲージは減ることはない。HPがゼロにならばければ私は倒れない。この世界では実質的な不死だ」
無限に尽きないHP。戦闘不能に陥らない典型的なチート。だがこれが現実のものとなれば質の悪い不死者の誕生である。
しかしケイオスの戦意がくじかれることはなかった。彼は魔法を使い続け、必死に考える。不死者であり、開発者である絶対的な優位者の海野を攻略する方法を。
どれだけケイオスの勝利の可能性をつぶしても、彼が戦意を喪失しないので海野が気分を害した。
「まだ私には通用しないと理解できないのか。頭の固い奴だな」
彼の目的はあくまで自分を異世界に追放した相手への復讐。その相手に攻撃スキルの使用を封印せずあえて抵抗させる手段を与えているのも、相手の希望を一つ一つつぶしていくことで、執拗なまでに相手を追い詰めさらなる絶望を与える筋書きである。
それが思い通りに行かなければ、手間をかけただけに余計に腹立たしい。
異常な執着と子供じみたメンタリティだが、どれほど狂気に身を委ねようとケイオスに向ける憎悪は変わらない。
自分に理不尽な仕打ちをしてきた相手に絶望を与えるこの日のために、海野は勝利が揺るがないよう手を尽くしている。それ故に簡単に覆せるものではない。
しかしケイオスにも引くわけにはいかない。
海野を倒すことはできないかもしれない。だがこのまま彼を野放しにもできなかった。彼は邪神に復活するためにこの地にいる人たちを生贄にする。邪神の復活にどれほどの人間の魂が必要なのかはわからない。だが彼が目的を果たすまでこの狂乱は終わらない。生贄が足りないと分かれば再び各国に魔物を向かわせ襲うはずだ。
今戦っている仲間たちすら生贄にされてしまう。それではケイオスがここまで来た意味がなくなってしまうのだ。
「何とかあいつを止めなきゃ」
だが海野を止める方法がない。今は手段がないから遮二無二攻撃して、海野に行動する時間を与えないようにしているだけだ。しかし海野とは違い、ケイオスには自分のMPを無限にする手段はない。霊薬やMPを回復するアイテムはあってもそれが尽きたら攻撃すらできなくなる。
それでも彼は好機を待つ。
つまらなさそうにしていた海野は突如名案をひらめいたとばかりに手を叩く。
「そうか、お前は人のために立ち上がった英雄だ。ならばお前自身を追い詰めても屈することはないか。ではお前の仲間を一人残らず殺していこう」
「何?」
「残酷に凄惨に冷酷に老若男女問わず殺し尽くそう。お前を英雄と称えるものはすべて消し去ろう。理不尽に無慈悲に不条理にだが平等に! この世界から一つも漏らさず!」
「海野ぉぉぉぉぉ!」
ケイオスの逆鱗に触れた。激昂したケイオスは海野に殴りかかる。冷静さを失い本能のまま突き進む野獣のように何度も何度も殴打し続ける。そこには英雄と呼ばれた少年の姿はない。がむしゃらに理不尽に怒りをぶつける獣が一匹いるだけである。
殴りつけられる海野は感動に打ち震えるだけだ。痛みなど感じない彼にとって、こんな殴打は何の意味もない。だが海野自身は価値を見出していた。
憎悪はすべて海野にぶつけられている。それはそれだけケイオスに苦痛を刻みつけたことを意味する。海野にとって何よりも満足させる結果だった。
しかしいつまでも戯れに興じている場合ではない。
「さて何時までもこうしていたいが、そろそろ他の来賓を歓待しなくてはならない。お詫びにお前には死の恐怖を刻みこもう」
海野はケイオスの拳を受け止めるとケイオスの顎にカウンターを決めた。
「ぐっ」
魔導師であるケイオスは防御力が低い。拳であろうともステータスが最高値にある海野の一撃は重く、ケイオスのHPが一気に減った。
倒れ伏すケイオスに海野は右手を広げ詠唱した。
「無力をかみしめろ。誰も救えず英雄になれなかった男、ケイオス。『フォトンブレイカー』」
白色の光線が放たれる。ケイオスは避けられずその光に飲み込まれていった。光線が部屋を照らし尽くした後、ケイオスの姿は消失した。




