第六十七話 極大魔法
北部の神殿。
古の時代、神と人間そして他種族が力を合わせ、邪神と魔物に挑み、邪神を封印した最終決戦地。その時代以来、人はようやく足を踏み入れることができた。大した魔物の抵抗もなくこの場にたどり着いたことは僥倖といえる。
だが魔物が黙ってその侵略を受け入れるはずもなかった。
「前方、魔物多数!」
「多数? 具体的な数は?」
兵を率いたヴィクトルが斥候を問い質す。
「総数は不明ですが、数千、いや一万はくだらないかと」
ヴィクトルはわずかに目を見開いた。埒が明かず、ヴィクトルは馬を飛ばし、自身の眼で敵を確認する。
遮るものが何もない不毛の地でヴィクトルが目にしたものは黒い波があるだけである。魔物の身長差があるために波状に見えるだけで、斥候の報告が正しいことを否応なしに理解させられた。
「やはり我々を待ち構えていたということか」
これだけ魔物が神殿周辺にいたのだとしたら偵察した兵が神殿に侵入することなど不可能である。つまりはわざと魔物の大群を別の場所へ隠すことで、偵察に来た兵を神殿内部に招き入れ、意図的に情報を漏えいさせたと同時に敵の数を誤認させる魔物の罠であったことは間違いない。
ヴィクトルの後方より咆哮が轟く。上空にはばたくのは太古より生きる伝説のドラゴン。敵の群れに飲まれかけた兵の目を覚まさせた咆哮に、ヴィクトルは兵に向かって叫び、鼓舞する。
「見よ! 我らに助勢する勇猛なドラゴンの姿を! 邪神との決戦でも戦ったドラゴンは悠久の時を経て、再び魔物に立ち向かわんとしている。ならば我らはどうか! 我らは人間だ。あのときの生き残りはいない。だが先人の魂は今でも息づき、その闘志は勝るとも劣らぬ! 戦友であるドラゴンの背後に隠れる臆病者ではない!」
ヴィクトルの鼓舞に兵の戦意が高まる。ヴィクトルは杖を掲げた。
「行け、兵よ! 立ち塞がる魔物の首級を上げよ! 人間の力と勇猛さをこの地に知らしめるのだ!」
三国の君主とて無能ではない。魔物の罠であることは事前に見抜いていたことであり、最初から伏兵があるものだと計算に入れていた。
当然、魔物に勝利するだけの戦力を集めている。
「槍衾を敷け! 前進せよ!」
長い槍をおろして盾を構えつつ、ゆっくりと前進。
押し寄せてくる魔物と槍衾を敷いた最前列の兵が接敵した。兵の足が止まり、先行して襲い掛かってきた小型の魔物と激突する。
人の身長よりも長い槍が勢いよく迫ってきた俊敏な小型の魔物の体をどすどすと貫き、魔物は絶命する。中にはそんな味方の屍を踏み越えて襲ってくる魔物や、単純に勢いに押され魔物に踏み倒される兵もいた。その穴はすぐさま次列に並んだ兵が埋め、壁を崩させない。
個で優れる魔物と数で勝る人間。それが大集団となって各々がまとまり争う。人間と魔物のぶつかり合いは相手が倒れるまで収まりそうもなかった。
人の手に余るほど巨大な魔物はヴイーヴルが率先して対応する。空から急降下してきたかと思えば、ヴイーヴルは巨大な魔物にのしかかり首元にかみつく。ヴイーヴルを仕留めようと群がる魔物はすべて反撃される前に尻尾で一薙ぎして吹き飛ばした。
さすがにヴイーヴルの飛び込んだ場所は魔物の群れの中心だ。全方位を敵に囲まれているのである。魔物は目の前の脅威を排除しようとヴイーヴルに飛びかかった。そして運よく尻尾の猛攻を免れた獣型の魔物がヴイーヴルにかみついた。
しかしヴイーヴルの硬い鱗は並大抵の魔物の牙は通さない。いくらかみつこうと有象無象では彼女の身体を傷つけることはできなかった。
「妾の柔肌に何をするか!」
ヴイーヴルは身体にまとわりつく魔物を振り払う。暴風とともに吹き飛ばされた魔物は周囲を巻き込んでいった。
自由を得たヴイーヴルは再び空へ飛び上がる。
それを見計らってヴイーヴルのいた場所に殺到した魔物へ石が降り注ぐ。遠方から投石器で魔物を狙っていたようだ。
ヴイーヴルは礼を言うように一鳴きすると次の獲物を上空から見下ろし、襲撃を幾度も繰り返した。
空を飛ぶ魔物は、後方にいる弓隊と魔導師隊が受け持ち狙い撃つ。魔物は数こそ多いが、飛行する魔物は少ない。消耗を惜しむことなく放たれた矢と魔法が次々と魔物を落としていく。もはや空を自由に駆ける魔物はいない。
「好機だ! 押し上げろ!」
再び兵を前へと進ませる。だがここからは遅れてきた中型の魔物だ。さすがに人ひとりで防げるほどの大きさではない。ヴイーヴルは大型の魔物を優先しているため、どうしても中型を討ち漏らす。
「魔導師隊、敵を殲滅せよ」
中型の魔物に向けて幾重にも魔法が降り注ぐ。魔法による弾幕の中を中型の魔物はどれだけ犠牲を払おうとも傷つき怯みながらも前進する。
傷つき怯みながらも前進を繰り返す中型の魔物に急接近したのはモンクのオリバーだ。彼は他の兵士が重装備なのにいかにも軽装であり、中型とはいえ重量では優に倍以上ある魔物に対して怯えも見せず突貫する。
「いざ尋常に勝負しますぞ!」
オリバーの光った拳は魔物の胴体にえぐりこむように放たれる。その一撃は非常に重く、人と魔物の明らかな質量の差を無視して魔物の身体が大きくのけぞり後退した。二撃目の必要はない。その魔物はそのままどうと倒れたからだ。
オリバーは休まずに魔物の群れの中を疾走する。右、左、右と魔物の群れの中で次々と魔物を殴りながら倒していく。
そんなオリバーとは別の場所ではきらめく光の筋が魔物に向かっていた。それはオリバーの走る速さを圧倒的なほど上回り、魔物へと向かっていく。その光の筋から幾重にも光線が分かたれ魔物に触れた途端、魔物は体中から血を流して倒れた。魔物が倒れたほんの一瞬、光の筋が細く長いレイピアへと変わり女性の残像が残る。
それはアレクシアの従者であるイレーヌだった。イレーヌは再び速度を上げると再び光の筋へと変化し、戦場を駆け抜ける。イレーヌの通り過ぎたあとは血だまりに倒れる魔物たちの姿があった。
二人は確実に魔物の群れにぬぐいようのない傷を増やしていくが、広い戦線を十分に押さえきれるものではない。馬よりも一回り大きい四足の魔物が盾を構える兵の中へ突っ込んだ。もはや兵が魔物に吹き飛ばされ、重傷を負うのは時間の問題である。
「『メンタルシールド』」
兵士の後方にいたアレクシアが杖を掲げ、魔法を唱える。すると前にいた兵ごとドーム状に広がった白い障壁に包まれた。
するとどうだろう。魔物との衝突によって重症を負うはずの兵が吹き飛ばされはしたものの軽い怪我で済み、なおかつすぐに立ち上がるではないか。
「体勢を立て直して、反撃を! 『アディション』」
アレクシアはさらに新たな魔法を唱える。障壁の色が白から桃色へと変化する。兵はアレクシアの命に従い、襲ってきた魔物へすぐさま反撃を開始する。
兵は槍を構えて衝突してきた魔物の足へと突き刺す。だがそのあと驚くべき現象が起こる。兵の槍は魔物の足をいともたやすく貫通させたのだ。槍衾のときのように魔物の勢いを利用したものではなく、だ。足をやられた魔物は槍で地面に縫い付けられてしまい身動きが取れない。そのまま他の兵が魔物の急所に槍を刺して絶命させた。
この魔物はそれほど強固な身体をしているわけではないが、それでも決して一般の兵の力で貫通できるほど軟な身体ではなかった。
この地に来ている兵は各国でも選りすぐりの兵だ。だからと言ってこの兵が特別他の兵より強いというわけではない。ただ大きな違いがあるとすればアレクシアの障壁の範囲内にいるかどうかの違いだけだ。
アレクシアは味方を強化する支援魔法を使うことができる。その障壁内にいる味方は全員その恩恵を受けることができるのだ。アレクシア一人で戦うよりも、味方の兵を強化して戦えばアレクシア自身の消耗が少なくて済む。
味方が強ければそれだけ多くの敵を倒すことができる。そう判断した彼女はすぐさま味方の支援を中心とした戦術を組み立てた。
一方、ケイオスたちも別の魔物と戦っていた。
「よいしょっと、一丁上がり!」
光り輝く剣で魔物を一刀両断にしたのはリーアムだ。
「どこ見回しても敵だらけね。まったく」
「まあ数だけだから楽だけど、よ!」
悪態をつきながら矢を射るコーネリア。
そんな彼女やエミリアといった後衛を守るように盾を構えるハボックも盾で魔物を受け止め、弾き飛ばす。
「『マナ・エクスプロージョン』」
ケイオスは集まってきた魔物をまとめて爆発させる。
魔物の注目を集めるようなるべく目立つように戦っているケイオスだったが、あまり強力な攻撃魔法を使うことができない。
理由は敵と交戦中の味方がいるからだ。彼らのいる場所は最前線で戦う部隊より後方にいる。ケイオスが覚えている魔法には広範囲に攻撃できる魔法もあるが、味方を誤って攻撃してしまう可能性もあるため使えずにいた。
能力を制限しているにもかかわらず、次々と魔物を倒していく。これはケイオスたちだけではない。少なくともケイオスの周囲の兵は魔物の数には手は焼いているものの、強さに関してはそれほど苦戦していない。兵が集まれば十分に対処できる程度だ。
「そうよね、野生の魔物のほうが強いんじゃないかしら」
エミリアは釈然としないまま、手を休めずに怪我人を癒している。
エミリアの指摘通り、魔物の動きが単調というかそれほど脅威に感じないのだ。
ケイオスもまた心の中では安心と不安という正反対な感情を同時に抱いていた。
このまま何事もなく味方が魔物を倒せるならばそれでいい。いつもは魔物によって後手に回ることが多いのに今回は味方が優勢だ。本来であれば不安など必要ないはずである。しかし、それにしては優勢すぎる。そんな気がしてならない。
その不安を感じていたのはケイオスだけではなかった。
「おかしい」
戦局を冷静に見ていたヴィクトルは一人つぶやいた。
間違いなく押しているのは遠征軍である。魔物はあと少し時間をかければ殲滅することができる。もはや遠征軍の勝利は目前だ。
勝利するためにヴィクトルも最善を尽くしている。魔物が策を弄してきたとわかっていたからこそ、魔物の大群に備えて兵站に大きく負担をかけることになっても過剰なほどの大戦力を集めてきた。
しかしあまりに手ごたえがなさすぎる。今まで人類が手こずってきた魔物の軍勢とは比べ物にならないほどこの魔物の大群はそれほど脅威を感じられない。
魔物の策はこれだけなのか疑念が生じる。本当にここを守っているのはこの魔物の大群だけなのだろうか。
魔物の数は多いが、言ってしまえば数だけであり、後詰めを使わないで済みそうなほど戦局は遠征軍に傾いている。魔物が人間を見くびり過ぎたと考えるには少しばかり人類に都合が良すぎて違和感をぬぐえないのだ。
今まで人間の土地を侵攻し続けてきた魔物は戦力を消耗しすぎて、もはや戦力がこれだけしかないという可能性も否定はできない。巨大ゴーレムは魔物にとって切り札で、手札がなくなった魔物はケイオスに対して暗殺を仕掛けるような小細工しか取れなかったと考えれば魔物の戦力が尽きかけていると考えられるからだ。
あるいは神殿内に魔物の主力が集まっているのかもしれない。ひょっとすると魔物は偵察に気づかず、そこに策はない可能性もある。遠征軍が優勢な理由はいくつも上げることはできる。
だがこの北の大地に魔物の本拠地があることは間違いないし、本拠地まで人間が攻めてきている危険を冒しているのだ。ここまで統率が取れた行動で人類を脅かしてきた敵が一方的に蹂躙されるというのは考えにくいし、魔物の策であるならば遠征軍に大打撃を与えるなど、何か魔物にとって都合の良いことを起こさなければ割に合わない。これではいたずらに遠征軍を自陣に呼び込んだだけではないか。
もしや――。ヴィクトルは逆説的に考える。
魔物の策は遠征軍をこの地に引きつけるのが目的ではないか、と。
つまり神殿や魔物の軍勢は囮なのだ。遠征軍を引きつけている間に広大な森に潜ませていた魔物の別動隊が南下し、再び国を襲っているのだとしたら。
だが遠征軍がいないところで、魔物の別動隊が国を侵攻すると考えるとやはり無理が生じるとヴィクトルは考えた。
まず魔物の別動隊は駐屯地にいる軍と戦わなければならない。それと戦い勝利した後で、次は各国が保有する軍と戦うことになる。いくら遠征軍に戦力を割かれたとはいえ、各国の軍を相手にし、各地を荒らすとなると相当な日数が必要だ。そのころには遠征軍は帰還し、別動隊は遠征軍と三国の軍から挟撃されてしまう愚を犯すことになる。人類にとって無傷では済まないが、致命傷になることはないのだ。魔物の別動隊は完全な捨て駒にしかならない。
例外はあの巨大ゴーレムだ。単体で突出した能力を持つあのゴーレムに対抗できるのは今遠征軍にいるごく少数の人間やドラゴンしかいない。あれが別動隊に複数いるのならば国を崩壊させかねない。
しかし巨大ゴーレムは移動速度に難があり、進軍に時間がかかるのは別動隊と変わりはしない。遠征軍の帰還に合わせればすべてのゴーレムを倒すのに時間がかかり被害が大きくなるが、ドラゴンたちを先に帰還させれば対処はできる。
今まで魔物は味方の消耗を気にしない戦術を立ててくることもあった。だがこれ以上後がない状況で何の手も打たないということにヴィクトルは薄気味悪く感じていた。だが、ヴィクトルの想いとは裏腹に時間は経過していく。
遠征軍は有利のまま徐々に神殿へと近づいて行った。あとは当初の目的を果たすだけである。
「神殿周辺の敵を殲滅し神殿への道を作れ! 神殿内部へ突入するのだ」
先行する部隊が神殿への道をようやく確保する。それに合わせていち早く先行していた部隊が内部へと突入していった。突入した部隊の兵の後姿から判断するにヴァイクセル帝国の兵ではない。教会が派遣した神殿騎士の部隊だ。その部隊に続いて他の遠征軍の部隊も突入を開始する。
「教会め、あれは狙っていたな。神殿内部に何かあるのか? それとも儀式の内容を知っていたのか?」
教会の神殿騎士は先鋒を希望しヴィクトルは承認したが、陣形を踏まえると神殿騎士が突入するよりも他の遠征軍の部隊が突入する方が早い。つまり神殿騎士の部隊は先行して突入できるよう戦闘中に移動していたということになる。魔物に挑んだオリバーの活躍に目がとらわれてしまい、彼らの動向をヴィクトルは把握しきれていなかった。
魔物と戦っていたはずのオリバーもいつの間にか姿を消している。突入した部隊と合流したようだ。
「もはや神殿内部への突入を指示した以上、連中を止めることはできないか」
神殿騎士の独断専行とも取れるが突入したのは神殿騎士の一部の部隊だけであり、それに続いて遠征軍の指揮権を持つヴィクトルから発せられた命である以上は、指示通りに動いたとも取れる。
早々に頭を切り替え、遠征軍の一部を突入させつつ、残りの部隊は残った魔物の掃討戦へと移行する。もはや屋外の魔物の制圧は目前だった。
そのときだ。異変が起きたのは。
突如として周囲が淡く光り輝く。淡い光は徐々に異形へと変貌していった。
「なんだ、こいつら! どこから湧いて出た⁉」
兵が驚くのも無理はない。ほとんど隠れられるような場所のない荒野に突如として魔物が大量に現れたのだから。
しかもそれは神殿の周辺に突如として現れた。兵は混乱に陥るが、現れた魔物は容赦なく兵に襲い掛かる。
「くっ、これはまるであのときと同じだな!」
カスタル王国の騎士団長ラファエルは指揮しながら、以前のエルダートレントとの戦闘を思い出していた。
エルダートレントは樹木の形をした植物系の魔物であり、眷属であるトレントも木々に擬態して森林内部に侵入したカスタル王国軍を奇襲したのだ。それによって軍は混乱し、手酷い被害を受けたのである。
今回の魔物の奇襲はそれに似ていた。違うとすれば魔物は一種類ではない。見覚えのある魔物もいれば未知の魔物も混在している。
魔物の奇襲によって遠征軍も少なくない被害を受けて、神殿から後退せざるを得なかった。神殿内部に突入した兵は置き去りのままだ。
ようやく混乱から立ち直った遠征軍は反撃を開始する。騎兵が魔物の群れに突入し、蹂躙していく。そのまま魔物の群れを横切るように進んでいった。
けれども異変はまだ続いている。新たな輝きが騎兵の切り込んだ道に現れると、魔物が補充されていく。いやただ補充されるだけではない。出現する魔物の勢いが収まらず魔物の数は徐々に増えていっている。
敵に囲まれこれ以上の進軍が厳しくなった騎兵は敵のど真ん中で立ち往生する羽目になった。機動力を失った騎兵などもはや脅威にならない。孤立した騎兵は魔物の餌食となる。生き残った騎兵は血路を切り開いて再び遠征軍の下に合流できたが、相当数の犠牲を払う結果になってしまった。
「くそっ、増えているだと? 我らは魔物を倒したのではないのか⁉」
あまりの出来事にラファエルは吐き捨てるように言った。
「まずいな。敵の数が一向に減らない。それどころか増えている。このままだと」
一方、その光景を目撃していたヴィクトルも新たな魔物の戦術に戦慄していた。
倒しても倒しても敵が増えていく。これでは疑似的なアンデッドのようなものだ。いやそれよりもたちが悪い。アンデッドは人間の死者の数だけ増えるが、その体を破壊すれば倒すことはできる。
だが死んだ魔物の遺骸は残っていた。不可思議な発光現象で現れた魔物は別の魔物であることを示している。つまり謎の発光現象は敵の転移魔法のようなものであり、敵の増援なのだ。
たとえば人間同士の戦いで似たような戦術を取ったとしよう。これは実のところ戦術を読めさえすれば大した脅威にはならない。
転移魔法を使える魔導師は数が限られているし転移できる人間もごく少数だ。何よりポータルと呼ばれる場所でしか転移できないため要所であるポータルに人員を配置すれば対処が可能である。
だが魔物の転移はそれらの法則を無視している。
転移してきた数も多い上に、どこから現れているのか不明だ。
常識的に考えれば魔物の増援にも限界はある。だが転移してくる魔物の数が確認できない以上、増援の数の最大値が予想できないのだ。
もし仮にここにいるすべての魔物を倒したとしても、再び同数、あるいはそれ以上の数の魔物が新たに現れるかもしれない。しかもどこに魔物が現れるかわからず奇襲してくるというおまけつきで。
これではきりがない。そんな相手と戦闘をした場合、兵の士気はどうなるか。それは戦局に如実に表れていた。
兵は新たに現れた魔物を相手に反撃を繰り返しても、敵を駆逐する勢いは明らかに衰えている。連戦による疲労もあるが、それ以上に兵の士気が落ちた影響が大きい。未だ遠征軍が優位であっても、勝利が遠のいていることを兵が実感しているのだ。
魔物の援軍が現れる前までは勝利を目前にした希望。だがそれは一瞬で潰え、さらに際限ない戦いへと希望が絶望に変貌した。兵の心を折るには絶妙なタイミングだ。
この策を考えた魔物はよほど人間の心理に長け、悪辣な思考の持ち主なのだろう。ヴィクトルは称賛と同時に悪態をつきたくなった。
遠征軍には伏兵や長期戦に備えてまだ戦闘していない後詰めの部隊、予備戦力がある。予備戦力を投入すれば目の前の敵を倒すことはできよう。
だがそれだけで勝利はつかめない。このままでは戦闘を継続してもいたずらに犠牲者を増やすだけだ。
撤退するか否か。
ヴィクトルは決断を迫られた。
戦況がまだ優位のうちならば、撤退することは不可能ではない。突入した部隊を見捨てたとしても、だ。
もし撤退を選べば遠征軍の犠牲者は計り知れないものとなる。
ここは敵地だ。見晴らしのいい荒地で後背を晒せば追撃されやすい。容赦なく魔物は追撃してくるだろう。
無事に北の大地から撤退できたとしても、そこから先も味方の苦難は続く。安全圏である駐屯地まで戻るには森を抜けなければならない。
森もまた魔物の領域だ。そこに魔物の増援の本隊か伏兵がいても不思議ではない。これだけ悪辣な策を思いつく魔物がいるのだ。伏兵を思いつかないはずがない。もしヴィクトルが同じ立場なら絶対に伏兵を伏せている。
それに森に生息する野生の魔物も襲ってくる。負けることはなくても、下手に応戦して手こずれば追撃してきた魔物に後背をつかれる恐れが出てくるのだ。
だがこのままでは勝利などつかめない。ここは敗北という汚名を着たとしても遠征軍の全滅は避けねばならず、ヴィクトルは撤退を決断しなければならなかった。
ヴィクトルは伝令を呼ぶ。
しかしヴィクトルが撤退の指示を出す前に、ロズリーヌが指揮する部隊に動きがあることに気がついた。前線で暴れていたドラゴンも一度後方に退いており、ロズリーヌのいる部隊にいるようだ。
「何故ロズリーヌが動く? 先走ったのか?」
ヴィクトルの考えでは撤退時に後詰めの部隊を魔物にぶつけ、殿となる部隊を残して遠征軍を撤退させるつもりだった。これではロズリーヌの部隊が殿になりかねない。
ヴィクトルの私見ではロズリーヌの用兵は有能ではないが無難でやや感情的な面もある。それでも女王としての彼女が味方の危機とはいえ重要な局面で血気にはやり判断を誤るとはヴィクトルには思えなかった。
ロズリーヌが率いる部隊にはケイオスもいる。ドラゴンがその部隊と合流したのなら、ドラゴンは盟約を交わした彼と合流したということだ。
ケイオスは英雄と呼ばれる存在である。
各地で侵攻してきた魔物と戦い、その度に本来敗北を免れなかった運命を切り開き、起死回生の奇跡を起こしてきた。
ヴィクトルはケイオスの活躍を直接見たことはない。強いて言えばケイオスとアレクシアとの戦闘の際に同じ戦場にいた。アレクシアの敗北の報告を聞いたとき、報告が信じられずにヴィクトルは思わず伝令に聞き返したほどである。
あくまでケイオスの活躍は伝聞のみしか知らない。それでも各地で人々を救ってきた彼の活躍はそれこそ英雄譚にふさわしいものである。
もしや今回もケイオスが戦況を一変させるのではないか、冷静に戦局を見極めなければならないヴィクトルでさえ、そんな期待を抱かせてしまう。
おそらくそれが周囲から英雄と認められる所以なのだろう。
ヴィクトルはほんのわずかに笑みを浮かべた。
「陛下?」
「待て、しばらく様子を見る」
希望的観測にすがっていてはいられない。が、少なくともロズリーヌの部隊の動きを見ても遅くはない。
ケイオスの魔導師としての価値はアレクシアを越えた時点でヴィクトルの中では高評価である。だがそれ以上に彼の価値はアレクシアやイレーヌという帝国でも最高の魔導師や騎士を育てた手腕にあるとヴィクトルは高く評価していた。
けれどもこの劣勢をケイオスが覆したのならば、もしかするとケイオスの真価はまだヴェールに包まれており、ヴィクトルの想像を超えているのかもしれない。
(さあ、お前の真価を今一度私に示してみろ)
魔物が新たに現れて、戦局が劣勢に変わったのをケイオスたちも肌に感じていた。
「くそっ、こりゃやべえな」
前線の兵の動揺はやや離れたロズリーヌの部隊にまで伝わっている。
「なんで急に魔物が増えるのよ! 神殿から出てきたのかしら」
「さすが魔物の本拠地っすね。俺たちも前に出たほうがいいんじゃないっすか?」
だが彼らも軍の一員として行動している以上、自分勝手に動くわけにもいかないことぐらいは理解していた。
そんな彼らの上空をドラゴンが旋回して降下する。それは前線から戦闘を終え、戻ってきたヴイーヴルだ。
「ヴイーヴル、いったい何が起きているんだ⁉」
「敵の増援じゃ。どうやったかはわからんが、大量に転移してきている。しかもあちこちに突然現れておるから、味方は混乱しているようじゃの」
そこでようやく兵の動揺の原因をケイオスたちは知る。
「それからケイオス。こやつらはただの魔物ではないぞ」
「なんだって?」
「戦ってみてわかった。こやつらはゴーレムと同じじゃ。姿形は本物の魔物とうり二つじゃがの。仮初の身体を使っておる」
仮初の身体――その言葉にケイオスはヴイーヴルが伝えたかった真意に気づいた。おそらくこの魔物はケイオスの仮初の身体であるアバターと同一のものを使っている。魔物は現実世界と何らかのつながりがあることを示唆していた。
「当時とほとんど変わらぬ神殿を調べてみたいが、このままじゃ埒が明かんな。先行して突入した連中もこの調子で敵が増え、味方の助力を得られなければいつかは力尽き全滅してしまうじゃろう。あのオリバーという奴も突入していたみたいじゃが」
「そんなオリバーさんまで……」
別行動をしていたオリバーが秘術の痕跡を消すために神殿内部に突入することは聞いていた。オリバー自身はこの世界でも有数の実力者だが、それがどれほど危険であるのかも本人は覚悟して突入している。
だがオリバーはこの世界の人間だ。アバターによってスタミナが無制限にあるケイオスとは違い、連戦し続ければいつかは力尽きる。オリバーだけではない。それは今戦っている遠征軍の兵たちもだ。
ましてや魔物が命を弄ぶ秘術を利用している。兵に犠牲が増えれば増えるほど、魔物にとって望ましい結果になりかねない。
ケイオスは考えた。いかに犠牲を出さないようにするかを。そして一つの結論にたどり着く。
「ヴイーヴル、空に魔物がいないところを見ると、増援の魔物は全部地上に現れているんだよな? 飛行する魔物は増えていないのか?」
「今のところはそうじゃの」
「もしかするとヴイーヴルの力を借りるかもしれない。頼めるか?」
「もちろんじゃ、任せよ」
一つ案を思い浮かんだケイオスはロズリーヌに許可を得ようとする。
「ロズリーヌ! 話を聞いてくれ!」
「ケイオス?」
「このままじゃ犠牲者が増えるばかりだ。あの魔物の群れに俺が使える最強の魔法を放ちたい。だけどかなり広範囲に被害を及ぼす魔法だからいったん周囲の兵を引かせてほしいんだ」
「魔法? 話の上でしか知らないが巨大ゴーレムに使った敵を凍結させる魔法か?」
「ああ、あれも使う」
ロズリーヌは険しい顔をして黙り込む。
ロズリーヌが勝手に他の部隊の指揮を執るわけにはいかない。指揮を執るヴィクトルや全体への軍にも伝令を飛ばす必要がある。かなり無茶な提案であることはケイオスにもおぼろげながらに理解できていた。
ロズリーヌは考え込んだ末に、観念した表情に変わった。
「……わかった。ヴィクトル陛下に伝えて指示してもらう。機を見計らって魔法を放ってくれ。それと……すまない」
「えっ? なんで謝罪?」
突然ロズリーヌに謝られてしまい、謝罪の意味が分からないケイオスは首を傾げる。
「ああもう、お前はそういう奴だよな」
呆れ交じりに苦笑しているロズリーヌにケイオスは合点がいかない。
「頼んだぞ、味方を窮地から救ってくれ」
ケイオスは力強くうなずく。
「ヴイーヴル、俺たちを乗せてアレクシア様のところへ連れて行ってくれないか?」
「あの娘の所へか?」
戸惑うヴイーヴルに、彼女が戸惑う理由に思い当たるケイオスはバツの悪い気落ちした表情を浮かべた。
「大丈夫。こんな状況だ。俺だけじゃなく彼女の力が必要だし。彼女だってわかってくれる、と思いたい」
「大丈夫じゃないじゃろ、それ」
それでもヴイーヴルはケイオスを乗せて飛ぶ。
アレクシアは前線で味方と一緒に奮戦している。ヴイーヴルの巨体が上空から飛来すれば誰でも視線を注ぐ。そして降り立った人物が有名な相手ならなおさらだ。ケイオスも気まずい顔をしながらアレクシアの下へと駆け寄った。
前日の件で目を合わせづらいケイオスだが、支援魔法が使えるアレクシアに協力してもらわなければ劇的に魔法の威力は低下する。魔物を確実に倒すならば彼女の支援魔法は必須だ。
覚悟を決めてケイオスはアレクシアに目を合わせた。彼女は普段の儚く華やかな雰囲気よりも凛々(りり)しく頼もしい雰囲気を漂わせつつ、兵の指揮を執っている。彼はその姿に見惚れそうになってしまうが、いつまでも黙って突っ立っているわけにもいかないと気を引き締めた。
なおアレクシアも指揮をする合間に、ちらちらとケイオスの様子をうかがっている。話しかけづらいのはお互い様だった。
「あー、アレクシア様」
振った翌日にいけしゃあしゃあと本人の目の前に顔を出せたものだと自らの厚顔無恥な行いをケイオスは恥じた。
「デリカシーのない仕打ちはあとでいくらでも罵ってくれていい。だがお願いだ。アレクシア様の力を貸してほしいんだ」
だがケイオスも今そんな私情にとらわれていてはいけないと十分に理解できている。
「これからヴイーヴルに乗って上空から極大魔法を魔物にめがけて放つ。ただ魔法の威力を最大にまで高めないと、ここにいるすべての魔物を倒しきれないかもしれない。それにはアレクシア様の支援魔法が必要だ」
「……私でなければいけませんか?」
「ああ、アレクシア様じゃなきゃだめだ」
アレクシアの支援魔法はケイオスでは使えない。法術師も似たような味方を強化する支援魔法を使うことができるが、この世界で唯一使えるのはアレクシアだけだ。
「……仕方ありませんね」
アレクシアは近隣の指揮官を呼びつけた。
「この場の指揮を任せます。イレーヌ、一緒に来てちょうだい」
その場の指揮を任せると、アレクシアは少し離れてケイオスに続く。その二人の距離がケイオスの胸を締めつけた。けれどもその切なさをおくびにも顔に出してはいけない。そんなことをしたら自分にも彼女に失礼だと彼は自分を戒めた。
ケイオスたちを乗せたヴイーヴルはあっという間に上空へと飛び上がる。ケイオスたちの眼下に飛び込んだのは神殿周辺の魔物の大群だった。
「うひゃあ、上空から見ると一目瞭然っすね」
「これじゃ元いた数と大差ないじゃないんじゃないの? これだけ数がいるのになんで最初から出てこなかったのよ!」
魔物は限りなく数を増やしている。このまま手をこまねていては遠征軍との戦力の差が逆転されるのも時間の問題だ。
ロズリーヌから情報が伝わり、ヴィクトルが指示を出したのか前線にいた兵が引いていく。以前使った極大魔法の効果範囲を回想しながら、ケイオスは兵が安全圏に出たのを見極めてアレクシアたちに指示を出した。
「ここならはっきりと敵の居場所がわかるな。アレクシア様、エミリア、支援魔法を」
「『アディション』」
「わかったわ、ケイオス君。『インテリジェンスブースト』」
ケイオスは自分のステータスを確認し、魔法の威力に関わる『知能』のパラメーターが支援魔法によって上昇していることを確認する。
そしてそのままスキルツリーを確認した。
ケイオスはあらかじめスキルリセットしており、以前まで取得していたスキルはすべて消去しているため、現在取得しているスキルは一つもない。これは今回の戦闘で魔物の種類を見てから、有用なスキルを取得しようと計算していたからだ。
『ウィザード』と呼ばれる職業であるケイオスが取得できるスキルは主に攻撃魔法と呼ばれるものであり、火・水・風・土、そして無の五つの属性に別れている。
魔物は属性によって耐性や弱点があり、それによって与えるダメージが増減する。そのため、魔物を判別したところで弱点となる魔法を覚えたほうが効率よくダメージを与えられる。
ならば全属性の魔法を取得すれば、どんな魔物相手にも弱点を突くことができるのではないかと安易に考えてしまうかもしれない。が、残念ながらそれはできない。何故ならばスキルの取得はスキルポイントを消費するという制約があるからだ。
スキルポイントはレベルが上がるごとに増えていくが上限がある。その上限は魔法のスキル全てを取得するのに十分な量ではない。
さらにスキルには下位のスキルを取得しなければ上位のスキルを取得することができないといった制約もあり、スキルレベルを上げて特定のスキルの威力を向上させるといった要素も存在する。
そのため『アナザーワールド』のプレイヤーはすべてのスキルを取得できず、どのスキルを取るかあるいはスキルレベルを上げて強化するか頭を悩ませるのだ。
そうして多くのプレイヤーが知恵を絞った結果、属性に影響しない無属性を中心として他の二種類の属性やその他必要なスキルを取得し、利便性の高いスキルのスキルレベルを上げるのが、『ウィザード』のバランスの良いスキルの取り方とプレイヤーには認知されている。
(そう、常識的に考えれば極大魔法も二、三種類に抑えたほうがよっぽど効率的だ。本来であればこのスキルの取り方って浪漫なんだよな)
それでもケイオスはスキルをぽちぽちとスキルツリーから選択する。はっきり言えば、ケイオスが今行っているスキルの取り方はプレイヤーの間でネタだと揶揄されるようなおかしいスキルの取り方である。
それは極大魔法が関係していた。
極大魔法とは、『ウィザード』が覚えるスキルの中でも特に強力な威力を持つ最強の攻撃魔法のことだ。広範囲かつ威力が強い反面、それに課せられる制約もまた厳しい。
端的に言えば他の攻撃魔法と比べて消費するマナポイントが激しく、使用時間や再使用時間が長い。何度も使用することができないのだ。
こんな制約がある以上、極大魔法は連発することができない究極の一撃に特化した高威力の魔法であり、普段の戦いは連発できる下位の攻撃魔法を使うのが一般的である。
さらには極大魔法はスキルツリーの中でも上位に位置するスキルに属し、相当数の下位のスキルを取得しなければ取得できないという条件もある。
先ほどのバランスの良いスキルの取り方は、その条件も踏まえていた。基本的に普段ケイオスが取得するスキルの取り方もそれを参考にしている。
『アナザーワールド』のゲームの能力がそのまま使えるケイオスも条件に変わりないからだ。
しかしあくまで戦闘のバランス重視で考えたスキルの取り方での話である。
スキルポイントさえあれば必要なスキルを取得できるのだ。スキルポイントの上限は変えられないが、あえて必要なスキルを取らず節約することで他のスキルを取得することはできる。
それをもしあるスキルだけに絞り、スキルポイントを節約すればどうだろうか。
下位のスキルはあくまでより上位のスキルを取得する経路として見れば、下位のスキルはスキルレベルを上げる必要もないのでその分スキルポイントを節約できる。
『ワープポータル』のような便利な転移魔法や冒険に必要となりそうな魔法も切り詰めば無駄にスキルポイントを消費しない。
そうして貯めに貯めたスキルポイントを極大魔法の全取得に費やす。
低レベルではいくらスキルを切り詰めたところで、スキルポイントの上限が足りず極大魔法の全取得は不可能である。だがケイオスは駐屯地や森での戦闘でずっとレベルアップを行ってきた。
故に届く。
すべての極大魔法が使える究極の固定砲台。
スキルを振り直し、ケイオスは杖を掲げた。
「まずは水属性」
ケイオスは過去に二度極大魔法を使ったことがある。最後に極大魔法を使ったのはマウンテンゴーレムのときだ。最後に使った極大魔法であれば効果範囲はイメージしやすい。
そう思ったケイオスは迷いなくそれを選択する。
「『グレイシアス』」
小さな魔法陣が空を覆うように現れる。そこから水が勢いよく魔物へ降り注いだ。ずぶ濡れになる魔物は空を見上げた。
手の届かない敵へ咆哮を上げて威嚇するが、見上げたままの体勢から体が動かなくなる。急激な冷気がずぶ濡れの魔物の身体を凍てつかせていた。そこでようやく自分たちが吹雪の中に閉じ込められていることに気がつくのだ。
魔法陣が消え去ると神殿と遠征軍の間に大量の魔物の氷像で埋められた氷河が出来上がる。その氷河が生み出される前にいた魔物はみな凍りついたまま絶命していた。
「相変わらずすごい威力ですね、この魔法」
エミリアたちもマウンテンゴーレムと戦っており、ケイオスの魔法を目撃している。マウンテンゴーレムの巨体を凍りつかせ、一時的に動きを止めてしまうほどの魔法だ。こんな魔法を食らって無事で済む魔物はいない。
だが極大魔法が広範囲とは言え、魔物のすべてを倒し尽くしたわけではなく、増援は止まらない。
それでもケイオスには問題なかった。
「極大魔法の再使用時間は三百秒。極大魔法を使ったら、同じ極大魔法を使うには五分も待たなきゃならない。だけど言い換えれば六十秒ごとに全属性の極大魔法を唱えれば、一定間隔でずっと極大魔法を放ち続けられる。ネックとなるのは極大魔法で消費したMPだけどそこは杖で補えるしな」
ケイオスが手にしている杖は、カスタル王国がケイオスのために特注し下賜した杖である。杖の名は『ケイオスの杖』だ。
一国が技術を結集して最高級の杖は、おそらく売却できれば大きな屋敷を購入できるほどの価値がある。下賜されたものであり見た目だけの儀礼用の杖のように思えるが、これはケイオスの要望通り実用性の高い杖だ。
杖にあしらった宝玉には「ドラゴンソウル」と呼ばれるものがあり、これは「攻撃した相手に与えたダメージの数パーセント分のMPを吸収する」という特性を持つ。
通常の威力の攻撃魔法であれば消費したMPを上回ることは少ないが、これだけの数の魔物を最大威力の極大魔法で放てば、極大魔法の消費MPを回復するどころか、ケイオスの最大MPが全回復してもなお余りある。
もし仮にMPが足りなくなったとしても最上級の霊薬やマナポーションがある限り、即座に回復できる。
おかげでケイオスのMPは満タンである。次の極大魔法を放つのに何の支障もない。
「次は火だ。『インフェルノ』」
魔物たちのいる地面から小型の魔法陣が現れ、赤く輝く。どろどろとした液体がぐつぐつと湧き出て赤いマグマに浸食されていく。
唐突に一帯が溶岩地帯に塗り替えられ、マグマから深紅の炎が立ち昇り敵を焼き尽くす。そんな炎から逃れようとする魔物は阿鼻叫喚の渦だ。差し詰め地獄の業火と呼ぶにふさわしいほど容赦なくすべてを飲み込んでいった。
マグマはしばらくして底に穴が開いたように吸い込まれるように消えていく。あとには赤々と余熱が残り蒸気を発する大地と焼け死んだ魔物の死体が残るぐらいだ。
だがケイオスの攻撃はまだ止まらない。
「今度は『クエイク』」
土属性の極大魔法。
地面に巨大な魔法陣が描かれたかと思うと、一瞬で地中に埋没して消えていく。だが魔法陣が消えた直後には何も変化を見せない。
しかし魔法陣の上にいた魔物の視界がぐらぐらと揺れ始める。大地が揺れているのだ。それは次第に大きくなり、二足歩行の魔物は立ってはいられないほどである。
突然大地は割け、そこから鋭利な岩が隆起する。それによって魔物は押しつぶされたり貫かれたりする。隆起した岩から逃れた魔物も無事では済まない。地震は多くの魔物を地割れへいざなう。飲み込まれていった魔物が地割れの闇に消えていくと、用が済んだとばかりに地割れは閉じていった。
一方上空から地上を眺めていたコーネリアたちもこれには黙ってはいられない。
「地震? もしかして地震を引き起こす魔法? ってダメじゃない! 下には味方もいるのよ!」
「待って、ネル。様子が変だわ」
上空に飛ぶ自分たちは無事でも、魔物があれだけの被害を受けているのだから、同じ大地に立つ遠征軍にも被害が及ぶのではないかと注意したコーネリアだったが、エミリアが制止する。
コーネリアはエミリアに視線を向けるが、エミリアは無言で遠征軍を指さした。コーネリアもつられて遠征軍に視線を移す。
突発的に起きた地震によって尋常ではない被害を受けているはずの遠征軍は無傷だった。彼らは地震に耐えたのではない。そもそも地震が起きていないのだ。
よく目を凝らして地震が起きていた場所を見てみると、円形にきっちりと境界線ができていて、境界線の内と外で状況が異なる。内側のみ地震が起きており、外側には全く被害が出ていない。
「本当に魔物の群れが一人の魔導師に倒されるなんて」
「見ろよ。魔物が見る見るうちに減っていく。魔物の増援よりもケイオスが殲滅するほうが早いぞ」
魔物はまだ残っていて、増援もまだ続いている。が、もはや完全に敵の増援よりもケイオスの極大魔法の殲滅する速度が上回っていた。
そこには何の工夫もない。ケイオスは高威力広範囲の魔法を放っているだけ。純粋な力押し。ただそれだけで魔物は数を減らすばかりだ。
ハボックたちやアレクシアとイレーヌもケイオスの極大魔法を最低でも一度は見ている。だがそれでもあまりの衝撃に言葉が無い。
するとケイオスは軽く舌打ちした。
「さすがに見逃してはくれないか」
低空からヴイーヴルに向かって飛ぶ魔物。ケイオスが魔法を放っていることを魔物は認識したようだ。
倒したはずの飛行できる魔物が何故迫ってきているのか。答えは簡単だ。飛行できる魔物が新たに増援で現れたのだ。
脅威を排除するためにヴイーヴルを撃ち落とさんと殺到してくる。
「魔物がこっちに向かってきている。みんな悪いけど、魔物を近づけさせないように時間を稼いでくれないか?」
「お前ひとりで全部終わらせそうだったが、俺たちを呼んだのはそういうわけか」
「じゃあ、私の仕事ね」
遠距離から弓で攻撃できるコーネリアは適任だ。役割を理解し彼女はすぐに弓をつがえる。
ただコーネリアのように遠距離で戦えるものは少ない。遠距離攻撃できるケイオスは極大魔法を使わなければならないので無駄にMPを消費できず戦えない。アレクシアやエミリアも遠距離攻撃できるが、アレクシアは基本的に自分を中心として接近してきた敵に放つ魔法が多く、エミリアは回復支援を中心にしているため攻撃手段は乏しい。
「手数が足りないな。私も行く」
「えっ、でもその剣じゃ魔物に届かないっすよね?」
イレーヌは足を屈伸させた。彼女の武器はレイピアであり、当然ながら魔物が彼らに近づかない限り攻撃は届かない。その様子が不思議でリーアムは疑問を呈した。
イレーヌはリーアムの疑問に答えることなく、何度か軽く跳躍するとそのまま駆け出し空を飛んだ。
「はあ?」
あっけに取られたのは全員だ。ヴィーヴルが飛んでいる高度は並の高さではない。そんなところから人が飛んだら放物線を描いて落下するだけである。
だがイレーヌは落下していなかった。正確に言えば落下はしているのだが、飛んできた魔物に飛び移った。無防備な魔物の身体にレイピアを突き刺し、そのまま地面へと蹴り飛ばして、その反動を利用して別の魔物に飛び移っている。
「……あの侍女、どういう方向を目指しているんだ」
「私たち強くなったと思うんですけど、あの人に追いついた気はしませんね。次戦ったら負けちゃいますよ。ケイオス君もいて相手が本気じゃなかったとはいえ、あのときよく勝てましたね。私たち」
「もう嫌よ、あの人と戦うのは。だって怖いもの」
「すごいっすね。いやー、俺も空をあんな風に飛べないっすかね」
「やめてリーアム。普通の人は落ちて死んじゃうから!」
「あのみなさん。イレーヌにあまりひどいことを言わないで上げてください。あれでもかなり気にしているみたいですから」
人間離れしたイレーヌの行動に度肝を抜かれたハボックたちは散々な言葉を口にしたので、アレクシアが苦言を呈する。もっともさり気なく「あれでも」という彼女自身、思うところはあるようだが。
「多分ラッシュの応用だ。でもああいう形で空を自在に駆けるなんて想定外だな。みんなとレベル差はそんなにないはずなんだけど」
プレイヤー視点を持つためにこの世界の住人とは違う攻略サイトの知識を持つケイオスですら、そのスキルの使い方は想定外だった。ある意味スキルを一番使いこなしているのはイレーヌなのかもしれない。
しかしケイオスの顔は若干困った表情になった。
「いまさらだけど最大でも一分ぐらい時間を稼いでもらえるだけでよかったんだがイレーヌさん、どうしよう」
「あんたね、先に言いなさいよ、そういう重要なことは! イレーヌさん、早く戻ってきて!」
声を遠くに飛ばすために両手を口元に当てコーネリアは大声で叫ぶ。それはせわしなく飛び続けるイレーヌの耳に届いたようで、イレーヌは手近にいた魔物を蹴り飛ばして方向を変えながらヴイーヴルの元へと戻ってくる。
しかしイレーヌの後を魔物が追いかけてきていた。
「『ウインドウォール』」
イレーヌが戻ってきた途端に、後を追いかけてきた魔物へ突風が襲う。その勢いに抗うことはできず、魔物は吹き飛ばされてしまう。アレクシアが唱えた魔法だった。
魔物との距離が取れたら、すぐにケイオスも極大魔法の詠唱を開始する。
天空に巨大な魔法陣が現れ、その魔法陣から黒雲があふれ出る。黒雲によって大地が闇に染まる。
「『サンダーストーム』」
ケイオスが杖を振り下ろすと同時に、その黒雲から発せられた雷が空を飛行する魔物を巻き込んで大地へと降り注いだ。
暗闇の中、雷の光が瞬くと激しい轟音が全員の肌を震えさせる。落雷が収まると周囲は完全な静寂に包まれていた。
「くそ、目がちかちかするぜ。知らない間に飛んできた魔物も全滅してら」
目を閉じるのが遅れ、近くの閃光を直視したせいで涙目のハボックは視界がようやく視力が戻ってきた目で周囲を確認した。
黒雲は晴れていて飛行していた魔物が雷に巻き込まれて焼け焦げており、大地へと落ちていく。
「さっきのでダメ押しかと思ったっすけど、しぶといっすね」
ケイオスは再び詠唱し始める。
「『メテオ』」
ヴイーヴルよりもさらに高度の高いところに広い魔法陣が展開する。ここまでは『サンダーストーム』と似ていた。広範囲で威力のある魔法を連発するケイオスの行動から、次も先ほどの雷に似た異常な魔法を使うのだと予感し警戒する。
その予感は外れてはいない。異常な魔法という点では、だ。
円形の魔法陣が消える。ただ消えたのではない。魔法陣は外枠を残し、内側は暗黒の中にきらめく光が見えている。日中にもかかわらず、魔法陣の中だけはまるで夜空のように星々が輝いていた。
「何であそこだけ夜になっているのよ?」
「この魔法のことは以前先生から聞いています。これはあるものを落とす魔法。それを呼び出すために、一時的に空間をつなげているのでしょう」
「こんな何もないところから何を落とすってんだ」
もはや理解の範疇にない現象を目の当たりにして、ハボックたちは想像ができないでいる。氷河や地震、マグマや雷は自然現象の延長上にあり想像を働かせれば理解できる。それを引き起こしたのが一人の人間であるということには衝撃を受けてはいるが。
未知の現象なので衝撃よりも疑問が上回っており、すごい状況であるというのは理解できるのだが、それ以外の感情が浮かばず彼らは戸惑いの中にいた。
小さな星々の輝きしかない暗黒の暗闇から一つだけ、縮尺が明らかに違う一際大きな光が目立っていた。
「まさかあれは……、冗談じゃろ! 本当にあれか⁉ あれを落とす気なのか⁉ あんなものをこんな近場に落とすなんて正気か⁉」
黙していたヴイーヴルがこれから起きる惨事を理解して明らかに焦っている。そのことが理解できなかったハボックたちにも不安を掻き立てさせた。
「あれってなんすか? もったいぶらないで教えてほしいっす」
「そんなこと言っている暇があるか! 逃げるぞ、あんなものがこんなところに落ちたらひとたまりもないぞ!」
ヴイーヴルは血相を変えて急速で飛び去る。
「ちょっと急に飛ばさないでよ! いったい何が起こるの⁉」
「あれは隕石じゃ。ケイオスは星を落とすつもりなんじゃよ」
文句を言ったコーネリアはヴイーヴルの発言を聞いて言葉を失い、怒りが霧散した。
「星? 流れ星ってことですか? でもあれがここに落ちてくるなんてそんなこと有り得るんすか?」
「大半は大地に落ちる前に消滅してしまうそうですが、この大陸にも少数ながらいくつか隕石が落ちたという文献はあります。もっとも小石ほどの隕石が多いそうでそれほど被害はないそうです」
「そうじゃな。大半は燃え尽きたり小さすぎたりして被害はない。だが隕石の大きさによって被害は拡大するのじゃ。妾も過去に隕石が落ちる瞬間を遠くから目撃したことがある。その隕石が落下し衝突した瞬間、その一帯は更地になり広大な円形の窪地を生み出した。周辺の地形を変えただけでは足りずに、離れていた妾さえも隕石が落ちた余波だけで吹き飛ばされたぐらいじゃ。落ちてきた隕石の大きさは妾より少し小さかった。たったそれだけの大きさで超高高度から隕石が降ってくると洒落にならんぐらいの衝撃波が近くを襲うのじゃぞ。あんな大きさの隕石の直撃を受けてみろ。この周辺の地上にいるものはすべて死に絶えるわ。魔物や人間はおろか妾でも絶対に耐え切れんぞ」
エミリアが信じられないように聞き返すが、アレクシアは文献の知識を披露し、ヴイーヴルは自らの体験談を語り出す。
一方ヴイーヴルでさえ耐えられない衝撃が襲うことでハボックたちは青い顔をしてパニックに陥ってしまった。
「ねえ、ケイオス。これ本当に大丈夫なの?」
最後の頼みの綱は魔法を使った張本人だ。さっきの地震の魔法のように被害が及ばないのではないかとコーネリアはたまらず張本人に確認する。なお彼女自身は不安で今にも泣きだしそうだ。
ケイオスは憮然としている。
「あれ、魔法の発動が遅いような」
自分のイメージと現実がかみ合っていないようでぶつぶつと思考にふけり、自分の殻にこもっていた。
ケイオスが戸惑っている理由は魔法の発動が遅いことだ。極大魔法はすべて二十秒で魔法が発動する。ところがこれだけは何故か発動が遅い。
「もしかして本物を使っているからか? ゲームと違って一律同じ大きさとは限らないし。だから落下する時間は遅いのかな」
「自分で何が起きているかわかってないっぽいっすよ。これダメな奴っすよ!」
「なんでこんなときにこいつはぼけぼけなのよ!」
「イレーヌさん、怖くないんですか? さっきから黙ったままですけど」
「いや、こんな空の上で器用にも気絶してら。さっきまでドラゴンの背中から魔物に飛び移る無茶をやらかしてたのに、なんで他人の無茶で気絶するんだよ! このままだと落っこちるぞ!」
ケイオスは遅いと感じていたが、巻き込まれたヴイーヴルたちにしてみればわずかな時間に過ぎなかった。
「ダメじゃ、間に合わん! 衝撃に備えてしっかりつかまっているのじゃぞ!」
ヴイーヴルの叫びで一同は――ケイオスを除いて――ヴイーヴルにしがみつく。
隕石が地面と衝突した。
「……あれ? 無事……みたいっすね」
恐怖で衝突した瞬間に目を閉じ身構えていたリーアムだったが、いくら待てども何も起きず不思議に思い目を開く。
眼下に広がるのは大地がえぐれクレーターができあがっている光景だ。円形に近い形のクレーターの中心地は深い穴ができ、対比するように周囲は高く盛り上がって小山のようになっている。まだ直後ということもあり土埃が舞い上がっていて、隕石の衝突の激しさを如実に物語っていた。
「ああ、なるほど。さっきの地震と仕組みは同じじゃったか。何という無駄に洗練された無駄のない無駄なことをしておる。わざわざこんなド派手なことをせんでも普通の魔法で魔物は倒せるじゃろうに。人騒がせな魔法じゃ!」
クレーターにそって外界を遮断する障壁が張られている。それが壁となって中の衝撃を逃さなかった。隕石の落下で余裕を失ったヴイーヴルは見落としていた。そのことに気づいて彼女はようやく胸をなでおろす。
「あんな中に閉じ込められちゃ逃げ場はないわな。魔物も、そりゃ生きてないわな」
当然結界内にいた魔物は断末魔さえあげる余裕もなかった。この光景を目の当たりにしたハボックたちにしてもさすがに同情したくなる気分だ。
「はあ、生きた心地がしなかったわ」
「寿命が縮んだ気がしますね。まさか今日一番の身の危険を感じたのが味方の攻撃だなんて」
「ケイオスーっ!」
意識を取り戻したイレーヌが大声で叫んだ。そしてそのままケイオスの頭をつかみ、こめかみに握り拳を押し当てぐりぐりと回す。
「前もお前に言ったよな! 自分の魔法の威力を考えて使え、と!」
イレーヌの腕は戦士としては細腕ではあるが、腕力は決して並の兵士に引けを取らない。そんな彼女がこめかみをぐりぐりと回せば、いたずらをした子供へのお仕置きというよりは拷問に近い。
「下には味方がいるのだぞ、そのことを踏まえて魔法を使え! いくら味方に被害が出ないとしても事前にそれぐらいは伝えろ!」
頭が痛いはずのケイオスは平然としていた。彼はアバターによって痛みを感じていない。何らかのダメージを受けても振動だけだ。
「ごめん、こうなるとは思っていなくてさ」
「魔導師なら思慮深く行動しろ! お前は常識と思慮をどこに置き忘れてきたんだ⁉ まったく」
いくらやっても効果がないのでイレーヌは諦めて、拳を解く。
拘束を解かれたケイオスは眼下から魔物の様子をうかがう。魔物はほとんど極大魔法によって倒された。魔物の増援もすでに諦めたのかぱったりと止まっている。
「よし」
「よし、じゃないわよ!」
「もう突っ込む気力もねえよ、ネル、俺の分も頼んだ」
眼下に広がる光景を流そうとしたケイオスにコーネリアは突っ込んだ。ハボックは疲れた頭を解きほぐすようにこめかみをもんでいる。
魔物は見る影もなく倒している。だが見る影もないのは魔物だけではなく、神殿周辺の地形も一緒だ。ある場所は永久凍土のように凍りつき、またある場所はマグマによってまだ熱を持っているのか蒸気を発し、一部は溶解していた。局地的に起きた地震で荒地は隆起した岩々がごつごつと並び、唯一被害が少なかった雷は単純に荒地だったから被害が少なかっただけだ。
そして極めつけは巨大なクレーターである。被害がないのは目標から避けた神殿と遠征軍のいる場所ぐらいなものだ。なお生存している魔物は神殿か遠征軍の近くにいたおかげで助かった魔物が大部分を占める。
これ以上の極大魔法の使用は味方を巻き込みかねない。
「これぐらいならもう極大魔法を使わなくても倒せそうだ」
「あれまだ使えるんですか⁉ ケイオス君にマナの限界ってないのかしら?」
「もうあれは必要ないから! 特に最後の奴、絶対使っちゃだめ!」
「『メテオ』は他の極大魔法と消費MPも威力も変わらないんだけどな」
呆れるエミリアと必死に止めるコーネリアにケイオスはぼやく。
極大魔法は属性の違いはあれど効果範囲、消費MPは同じである。敵の耐性によって威力は多少変動するし、発動に時間がかかったという例外もあるが基本的な威力に差はないのである。
しかしケイオスや魔法を事前に聞いていたアレクシア――イレーヌも聞いてはいたが、もともと魔法に詳しい知識を持たない彼女は実物を目の当たりにして腰を抜かした――を除いた一同の印象は違う。宇宙から隕石を落とすという規格外の魔法はあまりにも想定外すぎて鮮烈に印象づいてしまった。トラウマになったのである。
――それでも彼らのトラウマはあくまで魔法に向けられたものに過ぎなかった。




