表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/73

第六十一話 疑われた英雄2

 ログインすると、以前ログアウトした場所にキャラクターが出現する。そこはマウクトに滞在している間に俺に割り当てられた客室だった。個室であり、この部屋には俺しかいない。


 ヴイーヴルとは別室を借りていた。まあ見た目上年頃の男女が同じ部屋というのははばかられるらしい。

 夜には二人とも部屋にいないので何の問題も起こるはずはないのだが。

 ヴイーヴルは俺と同じく仮初の姿であり、本体に戻らなければならない。部屋を借りる必要はないが、客として呼ばれている上、異世界人である事情を明かせないこと、そしてヴイーヴルも身元を公に出来ない事情もあってマウクトに滞在中は客室にいることにしている。


 そしてログインして客室に違和感を覚えた。

 客室は滞在している間、俺が過ごしていると周囲に認識させるために仮初に借りている部屋でしかない。だから調度品はほとんど手に触れていなかった。特にベッドなんてそうそう使うものではない。


 だが昨日とは違ってテーブルやベッドなどが微細にずれている形跡がある。何日かこの部屋で過ごしたせいかそればかりはすぐにわかった。


 いない間に誰か入ったのかな? しかし基本的に滞在している間は誰も入らないように言いつけている。だから誰かが断りもなく勝手に入室してくるということは考えにくい。

 もしかすると清掃のためにメイドさんが入った可能性はあるが、黙って入室してくるものだろうか。だが清掃だけならばテーブルやベッドを動かす必要なんて大がかりなことをしなくてもいいような気がする。


 なんだか薄気味悪い。俺がいない間に部屋を荒らされているだなんて。いないことを不審に思われていないだろうか。

 部屋の近くは警備の兵がいるはずだ。誰かが部屋に侵入しているところを見ているかもしれない。


 そう思い、外に出てみるが何故か兵士がいなかった。

 休憩中? それとも交代の時間か? 確かに四六時中警備をするわけにもいかないからな。それでも無人なのは不用心な気もするけど。

いないものは仕方がない。取りあえず後回しにしてヴイーヴルの部屋に行く。


 ヴイーヴルの部屋に行きノックをするが、どうやらまだヴイーヴルは来ていないようで返事がない。

 仕方ない。ヴイーヴルが来るまで部屋に引きこもっていよう。


「あっ」


 思いがけない人物と遭遇した。

 御供を引き連れて歩いていたのは、あの舞踏会であった自称アレクシア様の友達と言っていた気の強そうな貴族の令嬢である。


 今日の彼女は気の強そうな雰囲気が鳴りを潜めており、沈んでいるようにも見える。俺の顔を見るなり目を丸くする。次第に彼女の顔が引きつっていく。やはり俺と一緒で相手も気まずいんだろうな。


 あの夜は大人げないことをした。彼女も悪いことをしたけれど、それ以上にやり過ぎたという思いが胸中を占めていた。彼女には直接関係のないことで怒りをぶつけてしまい後ろめたかったからだ。そのことは直接彼女に謝罪したい。


 そんなタイミングで彼女と出会ったのだ。これも天命か。ちょうどいい機会であるし、彼女を呼び止めて謝罪しよう。


 そう思い彼女に近づく。

 すると彼女は、というより彼女の御供の人たちも何故か怯え、身構えた。

 前の態度が悪かったから印象が悪いというのも頷けるが、しかしアレクシア様ぐらいの年頃の女の子にものすごく怯えられると心にずしりと罪悪感が湧く。よほど怖かったのだろうか。


「え? あの?」


 相手の反応に戸惑っていると、彼女は泣き始める。


「ゆ、許して……! アレクシアを、アレクシア様をいじめていた私が悪かったわ……! だから!」

「えっ?」


 改心してくれたことは嬉しいけど、そこまで怯えられても。報復するつもりはまったくないのに。


「だから、殺さないで……!」

「は?」


 殺さないで? 彼女は何を言っているんだ?


「た、助けて! 誰か! 人殺しよ!」


 命に関わるような緊急事態に遭遇したかのように彼女は俺を指して、周囲に響き渡る金切り声を上げた。

 張り割けんばかりの悲鳴は呼び水となって、たちまち近くにいた衛兵が駆けつけて来た。


「え、ちょっと待って!」


 貴族の令嬢を守るように衛兵が割り込む。そして俺はというとその衛兵たちに取り囲まれていた。

 衛兵は俺に槍を突きつけて、厳しい目でにらんでいる。明らかに客人に対する行動ではない。


 いったいこれはどういうことなんだ⁉



 ***



 ケイオスがカスタル王国の兵士に捕まった。その理由を聞いてコミューン連合国の女王であるロズリーヌは怒りを露わにしている。ロズリーヌはカスタル王国の騎士であるラファエルを糾弾する。

 そんな光景をヴイーヴルは不思議そうに眺めていた。ケイオスが捕えられて以降、王宮に姿を現した彼女は事態を全く把握できずにいたからだ。


「ケイオスが殺人を犯した⁉ そんなはずは有り得ません!」


 ロズリーヌの声が響く。痛ましい顔でラファエルが穏やかに話しかけた。


「ロズリーヌ女王陛下。おっしゃりたいことはわかります。私も彼がそのような殺人を犯すなど考えられません。ですが夜中の犯行の際にケイオスの姿を目撃したものがいるのです」


 幾分冷静になってドレスを着た少女、ロズリーヌはラファエルに問いかけた。


「ラファエル殿、それは真ですか」

「残念ながら犯人はそのときは衛兵を突き飛ばし、逃亡したため取り押さえることはできませんでした。夜中でありましたがそれでも衛兵は犯人の姿を目撃したようです。雷光に照らし出された犯人の姿を。黒いローブを着た、黒髪の少年であると目撃者は証言しております。その外見の特徴はケイオス殿と一致しています。見間違いと考えるにはいささか無理があるかと」


 ラファエルは目を伏せた。それが本当であれば逃れようのない決定的な証言となる。けれどケイオスの性格を考えると殺人を犯すような人物ではない。ロズリーヌにはどうしてもその言葉が信じられなかった。


「しかし黒いローブを着て黒髪の少年だけでケイオスだと断定するのは性急ではありませんか。顔の特徴というよりもむしろ衣服や髪の色であれば別人である可能性だってあるはずです」

「ここは王宮です。一般人が簡単に立ち入ることが許されておらず、外部から何者かが侵入された報告もありません。そして来客の中で黒髪の少年となると彼しかいない。それほど黒髪はこの国では珍しいのです」


 それはロズリーヌも理解していた。コミューン連合国でも黒髪の異国人は珍しい。そんな条件にあてはまる人物がそう都合よく王宮を徘徊(はいかい)しているとは考えにくい。


「何より犯行があってから、我々はケイオス殿の部屋を調べています。彼は部屋にいませんでした。そして犯行があった時間帯に彼の姿を別の場所で見かけたものはいない」


 ロズリーヌにも思い当たる節があった。ケイオスは突然姿を消す。これはコミューン連合国にいたころもよくあることだった。


「ケイオスは外国人です。この地に縁のある人物は少ないはず。ましてや王宮に知己などおりません。ケイオスに動機はありませんよ」


 ケイオスもカスタル王国に滞在していたことがあるが、極めて交友関係は少ない。ハボックたち冒険者仲間ぐらいなものだ。

 そんな予想に反して、ラファエルは首を振った。


「残念ながら殺された被害者もケイオス殿と無関係ではないのです、陛下。殺された人物は我が国の臣の一人。このものはケイオス殿と王の謁見で、ケイオス殿にぶしつけな質問をしたものにございます」


 ケイオスに対して無礼な発言をした人物がいたことはロズリーヌも把握している。


「まさかそれが犯行の動機であると考えているのですか?」


 だが犯行の動機としては弱すぎる。ケイオス本人もうんざりとしていたものの、相手のことをそこまで気にしているようには見えなかった。


「被害者は公然とケイオス殿をののしっておりました。自国の恥を晒すようですが謁見以外でも口にしていたようです。もしかするとそれをたまたま耳にして、それがケイオス殿の逆鱗に触れたのではないかと」

「それを動機と扱うのは早計ではありませんか」

「先ほどケイオス殿が見つかり取り押さえられたときも、舞踏会でケイオス殿と一悶着を起こしたヴァイクセル帝国のとある貴族のご令嬢の前で捕まったのです。令嬢はただでさえケイオス殿の怒りを買ってしまったことを気にされていました。その中でこの度の殺人事件。その犯人がケイオス殿かもしれないとご令嬢が知るとひどくおびえていたそうです。そして我慢できずに帰国されようとした矢先にケイオス殿と出会いました。次は自分が襲われるものだと思い込んでいた彼女は本人を目の前にして半狂乱になり、衛兵を呼びつけたのです」


 次の犯行の被害者になりかねない人物の前に現れてしまい、犯行に及ぶのではないかと誤解されるという最悪の状況で捕まってしまった。そのことがケイオスへの心象を著しく悪くしている。ロズリーヌは頭を抱えた。


「この事件は不可解な謎も多い。ケイオス殿の部屋の前にいた衛兵は彼が客室に戻ったあと部屋から出たところを目撃しておりません。そして被害者の部屋の前にいた衛兵も被害者の部屋に彼が侵入したところを目撃していない。犯行の瞬間を目撃したわけではないのです。ですが犯行直後の目撃証言もあり、ここまで状況証拠がそろっているといくら彼に功績があるとしても、彼を疑わざるを得ません」


 ケイオスは有名な魔導師だ。しかもコミューン連合国の女王であるロズリーヌと関係が深い。ただの疑いだけでは彼を拘束などできない。殺害現場から逃走したと言う決定的な目撃証言があったため拘束まで踏み切れたのだろう。


「せめてケイオス殿が昨晩どこにいたのかわかれば、彼の疑いも晴れるのですが」


 彼がどこにいたのか、あるいは別人の犯行であることを証明できない限り、彼への疑惑が晴れることはない。


「ケイオスはどうしているのですか? まさか牢獄に捕えられているのではありませんか」


 王国の臣下を殺害した疑いをかけられているのだ。しかも目撃者がいることから、ほぼ罪人扱いされても不思議ではない。そんな人物を今までのように客人と同等の待遇をするはずがなかった。

 ロズリーヌは震える声を抑え、ラファエルに尋ねる。


「ご安心ください。彼がいるのは牢獄ではありません。とある部屋の一室にいます。客室ではないので不便なことはあるかもしれませんが、最大限配慮しております。彼が疑われていることを知り、彼の身を案じたアレクシア様が側にいるようです。彼はこのカスタルの恩人でもあります。誰もが彼を犯人だと疑っているわけではありません」


 騎士団長であるラファエルは決してケイオスを罪人扱いしないように部下たちに厳命している。これはケイオスと関係の深いコミューン連合国への配慮だけではなく、彼自身も確証はないが、この事件の謎が多く彼が犯人ではないと思っていたからだ。


 もし本当にケイオスが憎悪を募らせて犯行に及んだのなら真っ先に疑われるのは彼だ。しかも衛兵に犯行現場でその姿を目撃されている。


 衛兵を突き飛ばしてまで逃亡した彼が、別人を襲うためにのこのこと王宮に戻ってきたのである。もし真っ当な思考を持っているのならば、捕まる前にこのまま行方をくらますのが普通だ。それなのに犯行があって厳重な警戒をしている王宮へわざわざ姿を現すなど、いくらなんでも矛盾した行動である。


 衛兵に見つからないように被害者の部屋へと忍び込む慎重さや計画性があるにもかかわらず、衝動的な殺人の動機や再び王宮に戻るなどの無計画さ。ケイオスが犯人ではないかもしれないと思わせるには十分な理由だった。


「無論、疑いが晴れるまで部屋にいていただきます。ケイオス殿は転移魔法が使える。念のために杖を一時的に預かり、兵をつけ監視していますがこれはご了承いただきたい。そうしなければケイオス殿を疑うものが納得しないでしょう」

「そうですか」


 ロズリーヌは安堵した。


 牢ではないとはいえ部屋に軟禁されている上に四六時中監視の目から逃れられないというのは不便だが、疑われている罪状を考えれば十分に配慮されているほうだった。

 窮屈を強いることになるが、犯人が捕まり疑いが晴れるまでの間、ケイオスには現状を甘んじて受け入れてもらうほかない。

 すでに王宮内の出入りは封鎖されている。これはマウクトの市街も同様だ。身元が不確かな人間は出入りすることはできない。運が良ければ今日中には犯人が捕まるかもしれないのだから。普通であれば十分な温情である。


 しかしケイオスにとって、それは致命的なことであったからだ。


 ようやく事態を飲み込め、すべての事情を知るヴイーヴルは内心ため息をついた。

 ケイオスが犯人でないことは彼女が一番よく知っている。なぜならケイオスは異世界人であり、夜中に彼が異世界に戻っていることを知っているからだ。異世界にいた彼が殺人を犯すことなど有り得ないのである。


 すぐに真犯人が見つかれば問題ない。だが、もし真犯人がこのまま見つからなかったらどうなるのだろう、と。

 おそらくケイオスはずっと軟禁されたままになる。ケイオスには二十四時間、見張りの兵がつくはずだ。


 この世界のケイオスの体は本人の体ではなく仮初の体に過ぎない。ケイオスの本当の体は別の世界にある。

 人間は食事や排せつといった生理現象がある。この仮初の体ではそれらを解消できない。短時間であれば問題ないが長期間となれば話は別だ。おそらくいつかは限界を迎えてしまうことはヴイーヴルでも容易に想像できた。


 この状況下で限界を迎えこの世界からケイオスがこつ然と姿を消したらどんな騒動になるのか。

 事実だけ上げれば殺人を犯したと目される軟禁された容疑者が、監視している兵の目の前で消えてしまう。

 これではケイオスが殺人の罪で裁かれることを恐れて逃げ出したと取られかねない。もはや申し開きなどできなくなる。ケイオスは英雄から一転して殺人犯に早変わりだ。


(説明できれば楽なんじゃがのう)


 残念ながらロズリーヌたちはケイオスが異世界人であることを知らない。彼が秘密にしている以上、簡単に打ち明けるわけにもいかない。


「のうお主ら」


 周りの視線がヴイーヴルへと集まる。ロズリーヌたちも真犯人を探し出したい気持ちはあるのだろう。だが人間には身分が立場と言ったしがらみがある。そうしたしがらみがないのは自分ぐらいなものだ。


(ならば妾が探し出すしかないの。真犯人を)


「その犯人を探し出すのに協力してもいいかの?」





「ラファエル様、よろしいのですか?」

「構わない、許可は取った」


 現場の保全のため事件のあった部屋にいた兵士は困惑の表情とともにラファエルに尋ねた。

 今この部屋には凄惨な事件があった場所には似つかわしくない少女がいて部屋の中をきょろきょろと見回している。


 彼女――マエリスはコミューンから来た客の一人であり、事件の容疑者であるケイオスと親しい間柄である。ケイオスの関係者とみなされるには、彼が事件と無関係だと偽装工作を行う恐れや公平性を欠く可能性があるため、捜査に関わることができない。

 これは当然の措置である。そもそもここはカスタル王国であり、この国の治安を守る兵士たちを差し置いて、事件の捜査する権限など持ち合わせているはずがない。

 これはケイオスの無実を信じるロズリーヌやアレクシアといった面々が動けない理由でもある。

 それらの心配があるがゆえに兵士はラファエルに忠告しているのだ。


 マエリスの正体がヴイーヴルであることを知っているのはごく一部の人間だけだ。そこにはラファエルも含まれる。それゆえに国王に許可を取った。

 これは単純に少女の機嫌を損ねてしまうことを恐れたからではない。


「犯人が部屋にどうやって侵入したかなどまだ判明していないこともある。正直捜査は手づまりだ。もしかすると捜査の進展につながるかもしれない」


 実のところ捜査は行き詰ったままだ。不可解な点は多いが目撃証言があまりにも多すぎる。それを覆すだけの証拠がない。人間ではない彼女ならばひょっとすると自分たちが見落としていた手がかりを見つけてしまうのではないか。そう考えたのだ。


「もちろん彼女一人に捜査させるわけではない。私も一緒だ。室内での行動は逐一監視させてもらう。マエリス殿も約束してほしい。部屋にあるものには一切触らないこと。あなたが怪しい行動をすれば、ケイオス殿の疑いが強まることにつながるのだと」


 ラファエルの口調も真剣だった。半端な思いで捜査に関わることは許さない。その思いが口調に表れている。だからマエリスも真剣な眼差しでラファエルを見つめ返した。


「わかっておる、感謝するぞ。しかし殺人が起きた場所にしては荒らされていないようじゃの」


 人がいた形跡はあるが部屋が荒らされている様子はない。昨晩殺人があった場所とは到底思えないぐらいだ。テーブルの上には混じりけのない綺麗なグラスと水差しが入れてある。被害者本人が飲んだのだろうか。


「それは確かです。おそらく被害者が眠っている間に犯人が侵入してきたのだと考えられます。被害者も状況から見て即死でした。抵抗することができなかったのでしょう。私も被害者の死体を確認しましたがベッドの近くで倒れていました」


 ヴイーヴルがベッドを注視すると、誰かが使用していたのか毛布が乱れている。被害者が眠っていたのは事実のようだ。死体は既に別の場所に移している。


「では殺人が目的ではなく、何かを盗みに来たということはないか?」

「可能性はありますが何かを探している形跡もありませんでした。真っ先に被害者に向かっていったことを考えると単なる盗みではない。もちろん盗もうとしたものの在り処を聞き出すために被害者を起こしたとも考えられるが近くに衛兵がいます。騒ぎを起こすような真似はするでしょうか」


 厳重な警備の王宮に忍び込んでまで盗みを働くとなると余程価値のある物を盗み出そうとするはずだ。だが一臣下の被害者から何かを盗むよりもむしろ宝物庫を探したほうが価値のある宝を見つけやすく合理的である。


「犯人がどうやって侵入したかまではわかっていないんじゃったか」

「廊下には衛兵が警備しています。扉から侵入することは不可能。だが窓からの侵入することも難しい」


 どういう意味かと疑問に思ったヴイーヴルは窓を見た。雨が降っていたはずなのに窓がわずかに開いている。窓から部屋の中に雨が入ってくるかもしれないのに窓を閉じていないのはおかしいと感じたが、ラファエルが断言する理由は明快だった。たとえ外部から窓を開けることができても人が通るには窓が狭すぎたのだ。これは窓を全開だったとしても同じである。

 だがヴイーヴルはその窓をあやしげに眺めていた。


「臭うな」

「どうかされましたか?」

「いや、少しばかり考えたい。ちょっと思い出せぬのでな。窓から侵入することは難しいと言ったが、窓から侵入した可能性はあるのか?」

「今は乾いておりますが床は濡れた形跡があったのです。昨晩は雨が降っている。犯人は外部から何らかの方法で侵入したのではないでしょうか」

「普通の人間ならばあの隙間から入るのは不可能じゃのう」


 出入り口は衛兵がいて、窓からの侵入も不可能。一種の密室殺人である。


「だからこそ普通の手段は考えられない。おそらく衛兵に気づかれないように何か仕掛けがあるのだろうが、あいにくと犯行の手口はつかめずじまいです。嘆かわしいことに魔法で侵入したのではないかと疑っている連中もいる始末。それほど容易い話ではないのですが」


 ケイオスを疑っているものたちはケイオスが犯行に魔法を使ったのではないかと疑っているようだ。しかしどうやって密室に侵入したのか具体的な手口が解明できず、不明な時点でケイオスに疑いをかけて軟禁するのはやや強引すぎる。


「もちろんそれだけならばケイオス殿が犯人だと断定できません。ケイオス殿が疑われることはなかった。やはり決定的なのは彼の姿を見た目撃者がいることでしょう」

「目撃したのは警備していた衛兵の方じゃったか。犯人を見間違えた可能性はないのじゃな?」

「ロズリーヌ女王陛下にお伝えしたが、ケイオス殿に似た人物はこの王宮にはいない。そして衛兵が取り逃したとはいえその姿を目撃したものが多数います。彼は王宮に招かれた客人の中でも非常に目立つ存在だ。目撃者全員が見間違えたとは考えにくい。そうなると本人ということになりますが、私見でもケイオス殿が殺人を犯すとは思えない」


 ヴイーヴルはラファエルがケイオスを疑わざるを得ないと言ったわけがわかった。多数の目撃証言があるため、ヴイーヴルの思った以上にケイオスの立場は厳しい。おそらくそれこそが犯人の目的なのだろう。


「もし犯人がケイオス殿ならば衛兵に気づかれないように部屋に忍び込んだところ、被害者に気づかれ悲鳴を上げられたと考えているようです。しかし犯人がケイオス殿になりすましたのだとしたら話は別だ。被害者の悲鳴も犯人が人目につくようにわざと被害者に騒ぎを起こさせ衛兵の注意を集めたのかもしれません」


 あえて衛兵を呼び目撃者を作ることで、ケイオスに殺人の罪をなすりつける。無実を証明するには犯人を探し出すぐらいしか手立てがない。もっとも現時点では誰がケイオスを陥れるような真似をしたのか、までは特定できなかったが。


「被害者は即死だったと言っておったが、どのように殺されたのじゃ?」

「首の骨を折られていました。死体は顔が背中に向くほどねじ曲げられており、おそらく相当な力で追ったのだと思います。あれでは即死でしょう」


 そのラファエルの言葉にヴイーヴルは強い違和感を覚えた。


「そんな簡単に人の首の骨は折れるものかの?」

「屈強な男でも首の骨を折るならばともかくねじ曲げるのは困難です。魔法を使った可能性はありませんか?」


 被害者は体格こそ一般人ではあるものの成人男性だ。首の骨を折るのは容易ではない。だから魔法を使ったのではないかとラファエルは推測した。


「いや、それもありえんじゃろう」


 ヴイーヴルは壁と床を指す。


「魔法というものは火・水・風・土・無の五つの属性がある。もし首の骨を折るだけのものであれば、火や水、土属性の魔法を使えば遺体は焼け焦げ、氷や水の跡や地面になんらかの痕跡が残るはずじゃ。そうなれば風か無属性の魔法を使うしかない。じゃが背中にまで顔が向いてしまうほどねじ曲げるような威力のある魔法なんてこの閉め切られた部屋の中で使えば、どうあっても部屋の中が荒れるじゃろう」


 魔法が強力であればその余波も大きい。閉所で使えばそれこそ部屋の中が余波のせいでテーブルの上のグラスや水差しが吹き飛び、壁や床に亀裂が入るなど魔法を使用した痕跡がなければならないのだ。しかし部屋の中はヴイーヴルが殺人現場かと疑うほど人が争った形跡は残っていない。


「魔法を使ったのならば何か音がしていてもおかしくない。衛兵は何か聞いていないのか?」

「いや、被害者の悲鳴を聞いただけです」

「そう考えるとやはり直接首の骨を折ったのじゃろうな」


 わずかだが光明が見えて来た。少なくとも犯行の手口は華奢なケイオスでは難しい。首の骨をねじ曲げるほどの屈強な人物が犯人になる。


「そうなると、犯人はケイオス殿になりすましていた可能性が高いのう」

「なりすまし、というと吸血鬼を思い出しますね」


 吸血鬼の事件はラファエルにも強く印象に残っていた。


「吸血鬼ならば力が強く人間の首をねじ曲げることはたやすい。が、吸血鬼のなりすましは対象となる人間を吸血し眷属に変えてしまう。それではケイオス殿は吸血鬼になってしまう。それは我々も調べましたが、少なくとも彼は吸血鬼ではなかった。吸血鬼の仕業とは考えられません」


 コミューンでの出来事もあり、ケイオスにも吸血鬼ではないかと疑惑があった。しかし結果は白。少なくともケイオスは吸血鬼ではないことは証明されていた。


「どうにも引っかかるのう」

「ケイオス殿の容姿は目立ちやすい。犯人の姿は目撃者が彼に見間違うほどに似ているのならば、このマウクトにいれば誰かしら気づくと思うのだが」

「ケイオスと似た人物の報告はあったのか?」


 ラファエルは首を振った。


「真っ先に疑いましたがそのような報告はありません。吸血鬼の対策のために検問が敷かれたのはごく最近ですが、少なくとも調印式の日程が決定する前です。ケイオス殿がマウクトに来訪することが決まったのは調印式の日程が決定した日と同じ。犯人がケイオス殿になりすましたと仮定するなら、犯人は検問を敷くずっと前からこのマウクトに潜伏していたことになる」


 もしラファエルの仮説が確かならばケイオスの来訪が確定していないのに、犯人はケイオスになりすますためずっとマウクトに潜伏していたことになる。それはあまりに不確定すぎて無駄足を踏みかねない。


「他にも問題があります。ケイオス殿に似た人物が王宮で見つかっていない以上、犯人は王宮に忍び込んだに違いありません。つまり外部の人間の犯行と考えるのが筋。王宮は壁で囲まれ王宮の出入り口も衛兵がいます。犯人は何らかの形で衛兵に気づかれず王宮に忍び込んだことになってしまいます。実際逃走する犯人にしてやられてしまった以上、説得力はないかもしれませんが」

「王宮に忍び込むのも逃げるのも容易ではないということか」


 そんな危険を冒してまで犯行に及ぶのならば、王宮の内部にいた人物のほうが犯行はやりやすい。その点もケイオスが犯人だと疑われる要因になっている。


「犯人を見失ったそうじゃが、王宮から外へ逃げたのか?」

「少なくとも外部の警備していた衛兵の目撃はなく王宮の外へ出た形跡はありません。王宮内を逃走中、行き止まりまで追い詰めましたが姿を消してしまったようだ」

「行き止まり? 隠れる場所もないのか?」

「行き止まりには部屋があり、その部屋の扉は一つしかありません。そこから出るには元来た道を変えるしかなかった。つまり衛兵を避けては通れない。部屋の中に逃げ込んだ犯人は一瞬、追跡していた衛兵の目から逃れるとたちまちのうちに消えたのです。部屋の中はもぬけの殻で、犯人はずぶ濡れになってせいか、床に水の跡が残っているぐらいでした。転移魔法を使って逃げるにしてもあまりにも早すぎる。部屋の中をしらみつぶしに犯人の痕跡を探したが見つからなかった。いったい犯人はどうやって侵入し、どこへ姿を消したのか」


 突如として現れる神出鬼没の犯人。マウクトの王宮に侵入し要人の殺害ができた時点で犯人は衛兵に見つからない侵入経路を利用しているのは間違いない。王宮の出入り口、城壁を衛兵で封鎖したとしても、衛兵が犯人を捕まえられるかは微妙なところだ。最悪の場合、その経路を使ってもう王宮を抜け出すどころかマウクトから逃げ出していてもおかしくなかった。


 なぜならケイオスになりすましたのは殺人の罪を着せることであり、ケイオスは兵士たちに捕えられているため目的は既に達成している。


「その犯人が最後に目撃された場所に連れて行ってはくれぬか?」

「わかりました。こちらです」


 時間は刻一刻と迫っている。何としても犯人につながる何かを探し出さなくてはならなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ