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第六十話 疑われた英雄1

 マウクトの冒険者ギルドに一組の冒険者のパーティーがやってきた。そのパーティーを見て受付にいたギルドの職員の男が破顔する。どうやら顔なじみのようでパーティーのもっとも年上の男であるハボックが親しみを込めて話しかけた。


「おう、久しぶりだな」

「なんだ、ハボック。コミューンから帰ってきていたのか」

「ああ。まだ仕事を請け負っているから、今日は様子を見に来ただけだ。ここでの用が済み次第、またコミューンに戻る予定だからな」

「へえ、景気のいいことで」


 ギルド職員の男は何かを思い出したような表情を見せた。


「そういや聞いたぞ。コミューンで大活躍だったそうじゃないか」

「もうそんな情報が出回っているんすか?」


 職員の言葉にパーティーで若い男のリーアムが反応する。コミューンでは英雄たちほどの知名度ではないが、英雄とともに活躍した彼らの名は一般人にも広まっている。


 冒険者が著名になることは決して悪いことではない。むしろパーティーを指名したクエストなど利益のほうが大きいぐらいだ。


 しかしリーアムは素直に喜べなかった。

 以前彼らの知り合いが有名になりすぎたために、熱狂的な群衆の波に飲まれて一緒にいたリーアムも巻き添えになりひどい目にあった。それがトラウマとなり、もしや自分の身にも降りかかるのではないのかと少し慎重になっていた。


「こっちじゃまだ知れ渡ってはいないが、ギルド職員や一部の冒険者なんかはコミューンの冒険者ギルドから知らせを受けて知っているぞ。あとはコミューンから来た商人たちもいるから商人にも広まっているかもしれないな。一時期はコミューンからの情報が途絶えていたから、コミューンに行ったお前らがどうなったのか気になってもわからずじまいだった。ようやく情報が届いたと思ったら、まさかヴァイクセルがコミューンに攻め込むわ、吸血鬼に乗っ取られているわ、俺の知り合いのパーティーが山のように巨大な岩人形の魔物と戦っていたなんて思いもよらなかったぞ」

「なりゆきとは言え、改めて考えてみるととんでもないわね」


 エルフの少女コーネリアが頭痛を抑える仕草で苦い顔をする。

 半年前まではまだ新人の冒険者に過ぎなかった彼女が、まさか国を襲った巨大な化け物と戦うとは夢にも思わなかっただろう。新人はおろかベテランの冒険者でさえ、こんな経験をしている冒険者はまずいない。そう遠くないうちに吟遊詩人(ぎんゆうしじん)が歌い、語り継がれる歴史の一部になるのは間違いなかった。


「今後もないとは言い切れないですしね」


 パーティーの法術師であるエミリアは苦笑いをした。

 現在請け負っている仕事は何度も一緒に戦ってきた戦友ケイオスの護衛である。だが実際は護衛というよりもケイオスの知人である彼らにケイオスの傍にいて欲しいというコミューンの女王たっての願いである。実質的な護衛任務はほぼ有名無実と化しているが、三国でも有名な彼の側にいれば必然的に簡単な護衛任務で終わるはずがない。


 国の存亡の危機が訪れるといつも彼は騒動の最前線にいたのだ。彼の側にいれば問題が起きないはずがない、というのがパーティーメンバー全員の共通認識である。

 もっともケイオスのことを疫病(やくびょう)(がみ)(さげす)むものはいない。コーネリアの、パーティーの仲間の祖国を救ってくれた個人的な恩義があるし、一緒に戦ってきた絆もある。


「しかし時期が悪かったな。仕事がたまっているのに。だからお前らの手が空いていると助かったんだが、仕事があるんじゃ仕方ないな」

「仕事がたまっている? 他のパーティーが請け負うのでは? そう言えば見知ったパーティーが何組かいないですね。逆に見かけない顔が増えているようですが」


 エミリアが不思議そうに辺りを見回した。


「コミューンに行ったよ。吸血鬼ってやつは人間を眷属にして魔物にしてしまうそうだが、吸血はしても眷属にしないこともあるそうだ。あまり認めたくはないが人間は奴らにとって食料。吸血鬼はコミューンの広範囲で暴れたらしい。それだけ広範囲で活動していたなら被害にあった冒険者も多いってこった。だからコミューンの冒険者ギルドから要請があって、腕の立つ奴らに行ってもらったんだ。まあ予想よりも派遣するパーティーが少なくて済んだがな。でも腕利きのパーティーが減っている分、仕事はたまるのさ」

「ああ、そう言うことか」


 ハボックは何かを察し苦渋の表情を浮かべて納得した。


「その代わりにコミューンで住むところを失った連中がこっちにまで流れてきているようだ」

「マウクトまでっすか? かなり遠いっすよ」

「冒険者なんて危険な仕事だ。ならないで済むならそれに越したことはないさ。人口の多い首都まで来れば仕事にありつけると思っているんだろうな。けど現実は伝手でもなけりゃなかなか仕事にありつけない。単純に労働力が必要なら、余所者を集めるよりも仕事にあぶれている連中を集めるさ。結局犯罪者じゃなきゃ身分を問わない、常に人手を欲している冒険者になるしか道がないってことだ」

「わざわざマウクトまで来なくてもいいじゃない。コミューンのどこでも復興で人手が欲しいはずよ」

「冷静に考えりゃそうだろうな。旅をするとなると危険がつきまとう。近場で済むならそれに越したことはない。だが魔物に襲われたんだ。少しでも安全な土地に移り住みたいとか、すべてを失って故郷にいたらそれを思い出しちまうってやつもいる。理由なんて人それぞれだよ」


 カウンターに肘をついたギルド職員は憂鬱そうな口調で言った。


「実際コミューンの被害はどのぐらいなんだ? 現地にいたお前たちのほうが俺よりも詳しいだろ」

「コミューンにいた間はほとんどクレルモンにいたからな。それ以外の状況はそれほど詳しいわけじゃないぞ」

「構わんさ。何しろこっちは情報不足なんだ。お前たちが見聞きした生の情報を聞かせてもらえるとありがたい」

「そうかい。なら話すぜ。コミューンの王族やお偉いさんの被害は大きかったが、一般人には目立った被害はなかった。むしろ吸血鬼からクレルモンを奪還したときやヴァイクセル帝国がクレルモンに攻めて来たときの城壁や市街の被害が大きいぐらいだ。あと行ったところといや、ネルの故郷であるエルフの集落や……ああ、あとヴァイクセル帝国が庇護している町に物資を届けに行ったこともあるな」


 ハボックは(あご)をさすりながらコミューンでの出来事を思い出していた。


「そうね。その町はヴァイクセル帝国に占領されたときの被害もあるけど、それ以上に吸血鬼の被害がひどかったわ。私たちは怪我人しか見ていないけれど死者も多かったそうよ。よほど好き勝手にやっていたのね」


 目を覆いたくなるような記憶なのか、コーネリアは顔をしかめた。


「届けに行ったときも街中に魔物が現れましたからね。ヴァイクセルの兵が街を護っていますが、まだ魔物に対する備えは不十分みたいです」

「城壁が破壊されていたからな。もう直っているといいが」


 怪我人も多く労働力が著しく減っていた。城壁の修復はままならず心もとない。コミューンでは大きな規模の町ですらそんな状況だったのだ。城壁すらない小さな村や町は人手が足りず無防備のままだ。


「それでもヴァイクセルの兵も精一杯やっているさ。何しろ周辺にあの魔物の姿はなかったからな。最優先で対処したんだろう」

「あの魔物ってなんすか?」


 リーアムが首を傾げ聞いた。


「ある意味一番厄介な魔物よ。魔物に殺されたことで強い怨念を持ち、魂を縛られた魔物。ゾンビ、スケルトン……いわゆるアンデッドね」


 エミリアは手を組み合わせ祈るような仕草をした。


「魔物だが、元は死んだ人間だ。しかも死んで時間が経っていなければ、生前の姿のまま人間に襲い掛かってくることもある。襲い掛かってきたアンデッドが知り合いだったなんてことも多い。あいつらは人間だろうが魔物だろうが無差別に襲ってくるからな」

「つまりだ。コミューンで吸血鬼がむやみやたらに暴れたんで、多くの住人にも被害が出ている。奴らは眷属にするだけじゃなくて食料としかみていないらしかったからな。犠牲者も多いようだ。魔物に殺された人間はアンデッドになる前に遺体の原型を留めないように処置をすればアンデッドにはならないが、それをしないと町にアンデッドが現れてもおかしくない。元は町の住人だ。顔見知りがいても不思議じゃない。荒事に慣れている連中ならともかくただの一般人じゃなかなか割り切れないもんだ。戸惑っているうちに襲われて、自分もまたアンデッドになっちまうなんてことはよくあるんだよ」

「お前らだって他人事じゃないぜ。魔物に殺される可能性が一番高いのは町の外に出ることが多い冒険者だ。そしてアンデッドの討伐も冒険者の仕事の一つだ。つまりクエスト中に同業者のアンデッドと遭遇(そうぐう)することだって十分あり得るんだぜ。冒険者なら魔物との戦闘経験もあるから心構えができているが、それでも親友や深い絆を結んだ仲間の姿をした魔物と戦うのは気持ちのいいものじゃない。もしかすると遠い未来じゃない自分の末路になるんじゃないかって縁起でもないことを考えちまう。冒険者になりたての新人には荷が重いだろうな」

「スケルトンのように元の姿が判別できなくなるぐらいになってしまえば、一般人でももう魔物だって割り切れるかもしれませんけどね。むしろ教会ではアンデッドを倒し、迷える死者の魂を救済するのは聖職者の責務であると教えているぐらいですから積極的に倒すべきなのでしょう。それでも聖職者である以前に人間です。感情はそうそう抑えきれるものではありません」


 ハボック、ギルド職員、エミリアの説明にリーアムはようやく得心がいったようだった。


「じゃあ、さっきのマウクトで活動していたパーティーの何組かがコミューンに行ったっていうのもアンデッドを倒すためっすか?」

「単純に冒険者にも被害が出て、周辺の魔物の討伐がおぼつかないから人手を増やす目的もあるんだろうが、アンデッドの始末も含まれている。アンデッドも不滅ってわけじゃないがよ。いつまでも町の近くに居座られちゃたまったもんじゃない。他所から来た冒険者にやらせれば、懐以外痛まなくて済むってわけだ。リーアムやコーネリアも冒険者を続けるなら、こうした仕事もあるってことは覚えておけよ。嫌でも誰かがやらなきゃいけない仕事だ」

「そうね。私たちがやらなきゃ犠牲者が増えるもの。そうなったら嫌でもやらないとね」


 コーネリアは頷いたが、リーアムは難しそうな顔をして返答しない。


「おいおい、怖気づいたのか?」

「いや、そうじゃないっすよ」


 からかうギルド職員にリーアムは否定してみせた。


「アンデッドって魔物って扱いっすけど、他の魔物に襲い掛かることもあるじゃないっすか。もちろん他の魔物だって魔物同士が争うこともあるっすが、それは縄張り争いであり食料確保や生存のためっす。でもアンデッドってなんで魔物を襲うんっすかね? 自衛というわけではないし、死んでいるから食べる必要もないのに。あいつら人間だろうと魔物だろうと見境ないじゃないっすか」

「そうした理性的な判断ができないからだと思うけれど、リーアム、何が言いたいの?」


 どうにも要領の得ない切り口にエミリアが聞き返す。


「魔物って邪神が創りだしたって話っすよね」

「ええ。教会ではそう教えられているわ」

「アンデッドだって魔物っすよね。人間が魔物に殺されることでアンデッドになってしまうのも、そうなるように邪神が創り出したってことになるっす。アンデッドがああいう行動をするようになったのも邪神がそうしたんじゃないっすかね」

「そうなる……のかしら?」


 この世界では人の死体が生者の様に動き出すスケルトンやゾンビなどをアンデッドと呼び魔物として扱う。これらは魔物にやられ強い怨念を抱いた人の魂が骨や死体に宿ったものであると考えられているのだ。

 本来魂は現世に留まる事を許されていない。死ねば魂は死後の世界に行く定めなのだが、鮮烈なまでの怨念を抱いた魂はその強い思いが楔となり現世に魂を縛り付けてしまう。しかし器となる肉体のない魂が現世に居続けるということは自然の摂理に反することであるため、肉体を失い剥き出しに晒された魂は現世に留まった際に魂が摩耗し生来の記憶と自我をほぼ失ってしまう。その結果強烈に残った怨念に従いアンデッドは人間に襲い掛かるのだと言われていた。


 エミリアは記憶をたどるが、アンデッドの起源にまつわる伝承を聞いたことがない。

 だがアンデッドが魔物である以上、魔物の生みの親である邪神が関わっていても不思議ではなかった。だから自信のないあいまいな返事をしてしまう。


「邪神との戦いが関係しているんじゃないか。ほら、神々によって邪神や魔物は劣勢に立たされただろう。連戦で多くの魔物が倒されたはずだ。だから戦力の補充を兼ねて人間をアンデッドにする呪いを与えたんじゃないか? 人間から見たら一緒に戦ってきた仲間が敵に早変わりだ。最高の嫌がらせだと思うぜ」

「なら、なおのこと味方になるはずの魔物を襲わせるようにする必要はあったんですかね? やっと敵を倒したと思ったらアンデッドに復活して襲ってくるかもしれないんすよ。扱いを間違えれば自分たちだって危ないかもしれないじゃないっすか。死んでしまった人の魂を縛り付けてアンデッドに変えてしまうぐらい凄いことができるのに、なんだか片手落ちのような気がして」


 リーアムがうんうんと唸る。他のパーティーメンバーは目を見開いた。仲間たちの反応にリーアムは不思議そうに尋ねる。


「なんすか、その目は」

「あのリーアムが頭を使っているなんて……⁉」

「そんな戦慄するほど衝撃的なことだったっすか⁉」

「感慨深いものがあるぜ。なんせ呑気でお調子者の新人がここまで考えられるようになるなんてな。ちっとは成長しているじゃねえか」


 しみじみと涙をみせるハボック。そんなあまりの態度にリーアムはすねる。


「いくらなんでもひどいっすよ!」

「すまんすまん」

「吸血鬼は人間を眷属(けんぞく)にして従わせることができていたものね。魔物の生みの親である邪神ができないのはやっぱり変よ」

「劣勢だった分、味方を死なせることなく新戦力を求めた。いやおかしいな。味方と呼ぶには程遠いし戦力はかえって足手まといだ」

「となると、あえてしなかったってことですか?」


 あえて理性のない魔物にする必要があるのだろうか。その場にいた全員が頭をひねる。


「わかりませんね。そのような話は聞いたことはありませんから」

「もうずっと昔のことだし何より邪神の考えることだ。俺たちじゃ想像しようがないってこった。そもそもこれもリーアムの仮説に過ぎない。前提を間違えているってこともあるんじゃないか。いや案外、邪神も俺たちが考えているようなとんでもない存在じゃなくてどこか抜けていたりしてな。何しろ魔物の神様だ。俺たち人間をアンデッドに変えて制御することは難しかったのかもしれないぞ」

「なんか急に邪神が間抜けのように思えてきたっすよ……」


 さすがにそれはないか、とギルド職員は笑って見せた。


「いっそのこと聞いてみたら? ケイオスなら知っていそうじゃない? あいつ私たちも知らないようなこといろいろ知っているみたいだし」

「それはいいかもしれませんね。あるいはあの時代を生きた彼女に聞いてみるぐらいですかね」

「おいおい、神話時代からずっと生きている人間なんていないだろ?」


 ギルド職員は笑うが、ハボックたちは顔を見合わせた。どうにも様子がおかしく、ギルド職員の笑い顔が引きつる。


「いや、人間じゃないっすからね」

「ドラゴンよ。ドラゴン」

「ドラゴンって、まさかお前……」


 ギルドは閉口する。コミューンにいた彼らと関係があるドラゴンと言えばもはや心当たりは一つしかない。

 彼自身ドラゴンの危険性は理解している。だがそれはあくまでドラゴンの中でも最下級に位置するレッサードラゴン。それでも人間にとって脅威だが、彼が想像しているドラゴンはドラゴンの中でも最上級に位置するはずだ。はるか昔に国を滅ぼしたドラゴンと同等の力を持つぐらいに。


 ギルド職員はごくりと生唾を飲む。そんな近寄ることも恐ろしい最上位のドラゴンに対して、目の前にいる知り合いの冒険者たちはさも知り合いのように話そうというのか。

 ギルド職員の変化に気づいたパーティーの面々は苦笑いをした。


「俺たちも初めのうち同じ反応だったんだけどな」

「初対面のときにいたずらで驚かされはしたっすけど、すげえ親し気に接してくるっすから身構えるのが馬鹿らしくなるっすよ」

「私は父親も含めて個人的なことで世話になったわ。それに一緒にゴーレムと戦った仲だもの。嫌いになる理由もないわ」

「ドラゴンなので見た目は怖いんですけど、普段は好奇心旺盛なだけですからね」

「お前ら、肝がすわりすぎだ。本当にコミューンで何があったんだ」


 コミューンで起きた事件を人づてに聞いているが、どういった経験をすれば野生のドラゴンに対してそこまで心を許せるのか。何か信じられないものを見た顔でギルド職員は彼らを凝視する。


「そういやあの英雄ケイオスとも会ったんだろ? 今王宮にいるらしいが」

「ああ、まあな」


 ハボックが言いよどんだのがギルド職員の目には奇妙に映った。


「ケイオスさん、最近起きた魔物がらみの大きな事件に関わり過ぎたから貴族の人たちに不審に思われているみたいなの。だから心配なのよ」

「証拠もないのに魔物の手先みたいな扱いだったらしいっすよ。いや、こっちは命を張って魔物と戦っているのにひどい言いがかりっす」


 リーアムは憤慨している。彼も一緒に危機を乗り越えて来ただけに、貴族たちの物言いは気に入らなかった。


「本人はうんざりしているみたいだけど大して気にしていないみたいだけどね。それがまた(しゃく)に障るんでしょ」


 コーネリアも苛立ちの混じった声音で吐き捨てた。


「連中にしてみれば怪しい魔導師で、何かを企み暗躍しているか王に取り入ろうとしている悪者らしい。まあ連中の言いたいこともわかるがな」

「ちょっとハボック! それは聞き捨てならないわね! ケイオスがそんなことを企んでいるようなやつに見えるっていうの⁉」


 憤ったコーネリアは先ほどの苛立ちとは違う荒々しい声をあげた。


「思わないさ。あいつはそんなことを考える奴じゃない。あいつは仲間を大切にしている奴なんだろう。それぐらいはわかる。が、それはあくまで俺たちが行動を共にしてケイオスがそういう性格だと理解したからだ」


 目を吊り上げるコーネリアを落ち着かせるようにハボックは淡々として理由を語る。


「けど貴族は違う。貴族は風聞でしかケイオスのことを知らない。交流を持とうにもケイオスの側にいるのは知り合いであるアレクシア様や、トレント退治で好意的な騎士団関係者ぐらいなものだ。それに先日の舞踏会でケイオスがとある貴族の令嬢相手に怒鳴ったらしい。そいつがヴァイクセルの貴族でアレクシア様もその場にいたそうだから、アレクシア様に関わることだろう。だが真相よりもケイオスが貴族の令嬢に対して立場をわきまえない無礼を働いた噂が広まっている。だから様々な憶測を呼んでいてケイオスにあまり近づこうとしていないようだな」

「貴族はケイオスのことを詳しく知らないってことね」


 幾分落ちついたコーネリアの言葉にハボックは頷いた。


「そういうことだ。風聞だけでケイオスのことを知ればとにかく謎の多い人物だと印象づいてしまう。この辺はお前のほうがわかっているんじゃないか?」

「まあな。伝わってくるあいつの噂は異様の一言に尽きるぜ。国の危機になったら唐突に現れてあっさりと解決し颯爽(さっそう)と去っていく。窮地に追いやられた姫様を救い出す。神話時代のドラゴンと契約を結ぶ。それだけのことをしておいて対価を求める様子もない。別に祖国ってわけでもない通りすがりの冒険者が、だぜ。勇猛果敢。清廉潔白。そんな物語の英雄様なんざ嘘くさく聞こえちまうもんさ」


 冒険者ギルド職員から見れば、ケイオスの行動は善意という枠組みを越えている。冒険者ならば、クエストの報酬をもらうことは当たり前の行為だ。特に魔物討伐のクエストは命を懸けた対価として十分な報酬を支払われるべきだろう。


 ところがそうした報酬を必要とせず、理由もわからずに表面上正義の行いばかりしているケイオスの風聞を素直に受け止めるほどギルド職員は単純ではなかった。


「悪く思わんでくれよ。世間ずれしている奴が聞けば、どうにも胡散臭く思えてしまうのさ。貴族社会でもまれた連中なら何か裏があるんじゃないかと勘繰るだろうな」

「目に見えた野心があればそいつの行動原理は理解できる。それがわからないとなると何か裏があるんじゃないかと考える。けれど相手のことを調べても本人の情報は少ない。俺たちだってあいつのすべてを知っているわけではないだろう。あいつが姿を見せないとき、どこで何をしているのかお前たち知っているか?」


 ケイオスには誰も知らない空白の時間がある。特に夜の間はそうだ。その間彼がどのように過ごしているか誰も知らない。


「人間は無意識で未知に警戒する。自分の理解の及ばない存在というのは不気味だ。極端な例を上げれば、昨今不穏な行動ばかりする魔物もそうだろ。何を考えているのかわからないし、どんな行動をするのかわからない。その不気味さをケイオスに感じて、貴族たちは危険視しているわけだ」


 すべてに納得したわけではないがハボックの言葉を否定することができない。彼らは無言を貫いていた。

 ハボックの話が一区切りついたところで、ようやくコーネリアが口を挟む。


「じゃあ手っ取り早く解消するなら、ケイオスがどういう性格かって貴族たちにわからせればいいってこと?」

「そうなるな。だがそれも難しいだろう。ケイオスはカスタル王国の貴族とのつながりが浅いんだ。何しろ最も親しい関係にあるのがロズリーヌ様、アレクシア様、俺たちだぞ。ロズリーヌ様は他国の王族だから立場上聞きにくい。アレクシア様はロズリーヌ様よりは話しやすいだろうが、何しろあそこまでケイオスを慕っている姿を見れば情報が偏ってあてになるかわからないしな。俺たちに至っては貴族たちとつながりがないので論外だ。あと親しい関係にあるのはオリバー様か。カスタル王国の騎士団長様は友好的だがそれほど深い仲ではない。騎士団長様にとりなしてもらえれば一番いいんだが」

「それはどうだろうな。貴族がケイオスの本質を理解しても必ずしもウケがいいとは限らないぞ。あくまでそいつの評価は他人が決めるんだ。本人が善人かどうかなんて本の一要素に過ぎないと思うぞ。たとえば騎士団長のラファエル様は貴族と対立とまではいかないが煙たがられているぞ」


 ギルド職員が騎士団長と貴族の内情を暴露する。


「嘘だろ、騎士団長っすよ? 自国を守る重職につかれている方っすよね。なんでそんなことになるっすか?」

「元々貴族の中でも身分の低いお方だったし、周りのやっかみもひどいんだろ。この間の邪神の僕の件でも貴族から被害を出した責任を追及されていたそうだ。処分の保留をしていた間に今度はコミューンで吸血鬼の騒ぎが起きた」

「そう言えばコミューンの貴族がカスタル王国に救援を要請したそうわね」

「ああ、それで討伐軍を送るか送らないかで大いにもめたらしいぞ。先の戦いで軍は兵を失っていたからな。だが王の判断で派兵が決定し、援軍の指揮官としてラファエル様が選ばれたってわけだ」

「貴族は反対しなかったんすか?」

「もちろん反対はあった。もっともすぐに消えたぜ。ラファエル様の代わりに誰が指揮を執るのかって問題に直面してな。重要な役目だ。どこの派閥もそのお役目を取ろうと躍起になったらしい」


 コーネリアは顔を真っ赤にして言った。


「馬鹿じゃないの! 有事の際にそんなことでもめるだなんて」

「まあ馬鹿馬鹿しいよな。ああだこうだともめて決まりそうにもなかったから、結局適任が見つからずにラファエル様が前回の汚名を晴らすということで落ち着いたんだそうだ。それで見事汚名を晴らし、その功績を持って現職を留まることになったわけさ。ラファエル様を終始擁護した貴族は騎士団に関わる貴族ぐらいなもんだぞ」


 その話を聞いて、リーアムたちはげんなりとした。


「本当にうちの貴族ってやつは……。自分の故郷だけに恥ずかしいっすよ。ロズリーヌ様とかコミューンの貴族の爪の垢でも(せん)じて飲ませたいっす」

「もう言葉にもできないわ」


 リーアムの呆れ混じれのため息にコーネリアたちも同調する。嫉妬する気持ちはわからないわけではないが、貴族は難癖をつけることが日常茶飯事なのではないかと考えたくもなる。


 彼らがコミューンの王宮にいたとき、毎日政務を精力的にこなしていたロズリーヌや身分が低いとはいえ文官として働いていたコミューンの貴族たちの姿を目の当たりにしていた。もちろんケイオスに対する陰謀もロズリーヌから聞いていて、コミューンの貴族が清廉潔白とはいいがたい存在であることはわかっている。だがそれだけではなくきちんと自分の役目を果たしていることも知っているのだ。


 それに比べカスタルの貴族は聞く限り権力争いばかり繰り広げている印象しか浮かばない。中には良識のある貴族もいるのだろうが、彼らは直にカスタルの貴族と接したことがないのだ。伝聞だけなら誰しもいい印象は浮かばない。カスタルの貴族の姿に深い失望を感じていた。


「ま、むやみに悲観することもないぜ。逆に言えば、むやみやたらに首を突っ込まなければ貴族だって手荒な干渉はしてこないさ。調印式が終わるまでの間だ。むしろこのままつかず離れずな関係で終わってくれればありがたいね」


 このまま調印式が無事に終われば、コミューンに帰国するしかない。ならば貴族と分かり合う努力をして厄介事になるよりも、あえて積極的に交流せず時期を待ったほうが最良なのかもしれなかった。


「ケイオスと一緒にいると事件に巻き込まれるっすからね。ひょっとするとまた事件が起こるかもしれないっすよ」

「縁起でもないこと言わないでよ、バカリーアム」


 リーアムは冗談を言ったつもりだが、何しろ彼らはケイオスが関わった事件にたびたび遭遇してきた過去がある。どの出来事も並の冒険者では経験できないようなことばかりだ。調印式までの間に何も起きないと誰が保証できるのか。それを冗談と笑い飛ばせるものはギルドの職員以外誰一人いなかった。





 王宮での夜会も終わり寝静まったころ、マウクトでは雷を伴った激しい雨が降り出した。

 雨が降ろうと各所の警備に変更はない。特に要人の部屋の前には必ず衛兵が配置されており、警備に抜かりはなかった。


 しかし――。


 雷鳴とは別の音が深夜の静寂を切り裂いた。


 誰かの悲鳴。衛兵はそれに気づくと悲鳴が聞こえた部屋へと入る。

 部屋の中には二人の人物がいた。衛兵は部屋の中が暗くてよく視認できなかったが、一人は地面に伏せており、もう一人はその傍らに立っていた。

 稲光が窓から差し込み、部屋の中を照らす。そして、衛兵はその人物の正体を目撃した。

 倒れた男は既に事切れている。


 そしてその男の傍にいたのは――。


 暗闇の中に溶けこむようにたたずむ黒いローブを着た、黒髪の少年であった。


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