第六話 初パーティー2
メールディアの南西は草原地帯だった。
見晴らしがよくモンスターからの一方的な襲撃を受ける事はなさそうだ。
代わりの問題があるとすれば……。
コーネリアの機嫌が悪いところだろうか。
……なんだろう、俺なんかしたか?
もしかして友人と楽しく遊ぶはずが俺という異分子が混じったのが気に入らないのだろうか。
残りの二人は特に問題はない。むしろ良好なほうだ。
特にリーアムはよく話し掛けて来る。
結構物知りでこのゲームの設定であろう邪神復活によるモンスターの活性化の話や、街の北にある森林地帯はオークは今までのオークと違い統率が取れ数が多く厄介であり、それによって中級ポーションの採取ができないのだと教えてくれた。
統率が取れたねぇ。ボスモンスターでもいるのかもしれない。
このゲームのNPCは非常に高度なAIだし、指揮官的な高度なAIを持つモンスターがいてもおかしくない。
あとは日常の話――家族の話とか出身の話を話した。
リーアムは農家の出身で弟や妹が五人もいるらしい。
俺は逆に一人っ子だから多少羨ましく思えたが、それで彼の実家はあまり裕福ではないため彼は働きに出て仕送りをしているそうだ。
リーアム、社会人だったのね。
でもヴァルギアは結構な値段なのによくAnother Worldをプレイできたな――ああそうか、俺と同じ当選者なのか。
ただコーネリアが家族の話――いや父親の話題が出た時に機嫌が悪くなったので、自然と会話が途切れた。
なんでそんなに機嫌が悪くなったのかはわからないが、父親の事でも嫌っているんだろうか。
しかし初対面で家族の事情を聞くのもな。さすがにノーマナー過ぎるだろ。
そういうわけで微妙な空気のまま歩いてるわけだが。
すごくいたたまれないです。
誰かこの空気をぶち壊して欲しい。
エミリアが歩みを止めた。
もしかして目的地についたのか?
「エミリ」
リーアムが呼び掛ける前にエミリアが指を口にあて、静かにしろと合図する。
ただならぬ気配にリーアムは剣を抜き、コーネリアは弓を構え、俺は杖を構えた。
周囲には何もおらず代わり映えのしない草原だ。モンスターの気配はない。
だが音を立てず耳を澄ませてみると微かだが、ずずず――っと奇妙な音がする。一体なんの音だ?
こんなときはどうすれば……そうだ忘れてた。
この為に考えていた事を思い出しマップウインドウを表示させる。
これは奇襲の対策だ。
以前のキラービーとの戦いで背後から襲われたので、死角を無くし奇襲されない方法が無いか色々考えた。
マップウインドウのマップの縮尺を拡大して表示すると周囲のモンスターや人間が色付きのマークで表示される。
これを利用すれば事前にモンスターがどこから襲うかわかるのだ。
マップウインドウには味方であるパーティーメンバーを指し示す緑色のマークが表示されている。
そしてそれだけではなく敵のマーク――橙色のマークはこちらを認識していない敵、赤のマークはこちらを認識している敵――は赤色で周囲を囲うように六つ存在した。
「みんな気をつけて!ジャイアントモールよ!」
エミリアの声に反応したのかはわからないが、ぼこっと土が盛り上がりこちらに向かってきた。
咄嗟にサイドステップでかわす。
「くっ!」
リーアムは敵が近くから現れたためにかわしきれず足をやられたようだ。
HPバー――パーティーに加入すると相手のHPやMPがバーグラフで表示される――を見る限り大したダメージではない。
ウォーリアーの物理防御力が高いからだ。
「ちっ!よくも!」
コーネリアが舌打ちしながら盛り上がった土を目掛け矢を放つ。
しかし地面に突き刺さるだけでまるで効果がない。
ジャイアントモール、なかなか厄介な敵だ。
地中にいるからこちらからの攻撃はしにくく、足元を狙いこちらを動けなくさせた上でヒットアンドアウェイを繰り返す。
地味だが実にいやらしく効果的だ。
「マナ・ボルト」を使うも地面はえぐれるが地中のモグラ相手には十分な効果を発揮しない。
ジャイアントモールがレベル10だから単純に威力が弱いのもあるんだろう。
エミリアは、ほんの僅かに地中から顔を出したジャイアントモールの頭を鉄製のメイスで叩き割っていた。
戦闘が苦手なはずの回復職だが流石一人だけ13とレベルの高い人だけはある。(リーアムとコーネリアは8、俺は6だ)
……やられたジャイアントモールがグロいし、血の付いたメイスを振り回しているのがちょっと怖いけど。
残りはどうするか。
エミリアみたいに引き付けて倒すのは難しい。
タイミングはともかくレベル差を考えると外した場合に一撃を貰ったらひ弱な俺では死んでしまうかもしれないのでリスクが高すぎる。
マナ・ボルトじゃ地面をえぐるだけ、コーネリアの攻撃は地面に阻まれてしまう――そうだ!
「コーネリア!俺の一撃のあとを狙え!」
意図が伝わったかはわからないが、確認している暇はない。
襲い掛かるモグラの進行方向手前にマナ・ボルトを当てる。
地面に当たりその一帯の土が弾け飛び、ジャイアントモールの姿があらわになった。
そして間髪入れずにコーネリアの矢がジャイアントモールを貫く。
悲鳴を上げるジャイアントモール。
一撃では仕留めきれなかったが矢が体に刺さったために、上手く地中に潜れないようだ。
その隙を続けざまにコーネリアが射る。
立て続け様に二匹同じ攻撃で倒していった。
他のモグラは……一匹はエミリアがまた倒した。残りはまずい真横からか!
「ケイオス、左からきてるっす!」
「スパイダーネット!」
糸は地中には届かないようだが、ジャイアントモールが顔を出した途端に糸が搦め捕る。
「任せるっすよ、はああっ!」
リーアムの長剣が動きを遅くしたジャイアントモールにトドメをさした。
「いや、油断してたっす。すまないっす」
申し訳なさそうに頭をかくリーアム。
だがほぼ真横に近い場所に出られたら対処のしようが無いだろう。
「リーアム回復するから動かないで。ヒール!」
ほのかな光がエミリアの手から発する。
その光を浴びリーアムの足の怪我は癒えた。
「ありがとうっす、エミリア。それにしてもケイオス、何してるっすか?」
「ジャイアントモールから素材を採取してる」
ジャイアントモールの死体に手を置き、アイテムの回収と同じ要領で死体を回収する。
死体は血の後を残して一つ残らず消えた。
始めた頃モンスターを倒したら、自動でアイテムをドロップするんだとばかり思ったんだが、アイテム回収はこうして死体を回収してやらないといけない事を知らなかった。
まあマニュアルにちょっとしか載ってなかったし見落としたのも仕方ないけど。
マニュアル分厚いんだよな。
そのせいで結構なフォレストウルフを放置してアイテムがドロップしなくて運が悪いなあと嘆いてたけど、結構いい値段でドロップアイテム売れたから今考えれば勿体ないことしてたよな……。
それにしてもエミリアが仕留めたジャイアントモールはグロすぎる。
頭がグチャグチャだもんなあ。
このRPGはR指定だけど(残酷な描写が有りますって忠告もあったし)グロ耐性無い人にはちょっと酷かもしれん。
ああ、俺は友人からグロ画像見せられたので耐性がある。
……なんかみんな驚いてるけど、どうしたんだろうね。
グロいのは苦手なのかな。
コーネリアは今回の依頼について乗り気ではなかった。
本人の潔癖とも言える倫理観から嫌悪を感じていたのだ。
反面この依頼の意味もわかり必要だとも理解している。
更にエルフ蔑視とまではいかないが亜種族で数少ない女性冒険者の自分はなかなかパーティーに参加できず、そんな自分を気が置けないパーティーに拾ってもらえた事は感謝しているからこそ、彼女は嫌々ながら依頼を請けた。
だが彼女の表情にその心情が表れてしまったのは偏にその若さ故だろう。
一緒にクエストを請ける少年――ケイオスは黒髪黒眼の平凡そうな男だった。
ひ弱そうな体は戦うのに不向きそうだが、ハボックの話から彼は凄腕の新人らしい。
どうみても平民に身をやつした何処かの貴族の苦労知らずな次男、三男あたりにしか見えないのに。
互いに自己紹介し、出かける前に再度彼に視線を送る。
彼の表情は少し険しく何かを耐えている。
ああ、彼は気付いているのか――気付いた上であえてこの茶番に乗ろうとしているんだろう。
彼の手前、表立ってそれを他のメンバーに告げる事はできない。
依頼を請けた以上完遂しなければいけない為、申し訳ない気持ちを抑えられない彼女はただ口を紡ぐのみだった。
年が近く同性のリーアムがケイオスの話し相手になり、情報収集するのは事前に決められていた。
そのかわり、エミリアとコーネリアは彼を観察していたのである。
まずリーアムはケイオスがどの程度この辺りの情報に詳しいか探りを入れてみた。
邪神復活の話やオークの話はメールディア周辺、いや王国内でも有名な噂だ。
しかしケイオスはまるで全く知らないかのように相槌を打つだけ。
何か聞き出すという事も無く、ただ純粋に話を聞いているだけだった。
先程の表情を見るにあまり腹芸は得意には見えないから素の反応なのだろう。
続いてリーアムは出身の話をする。
彼はオオサカと呼ばれる地域の出身らしい。
オオサカとはどこの国なのかさっぱり検討がつかなかったが、おそらく遠い異国の地なのだろう。
そこで彼は学生をしているらしい。
おそらく魔導師を育成する学校の学生だ。
この王国でも王都に行けばそんな学校は存在する。
優秀な魔導師は国も抱え込みたいからだ。
だが、貴族子弟など身分の高く裕福な者しか通えないのが普通だ。
身分の低い者が学校に行くには相当素質の高い者で無ければ認められない。
そんな裕福な少年がこんな遠くまで来たのは魔法の修業にでも来たのだろうか。
家族の話にも言及する。
兄弟はいないらしい。
父親がサラリーマンと呼ばれる職業のようだ。
サラリーマン――とは一体なんなのか。
魔導師は大抵の場合血が大きく影響してくる為、親が魔導師ならば子も魔導師になりやすい。当然その逆もしかり。
話を総合すると、彼の父親は息子を学校に通わせる程の財力を持ち合わせる魔導師となる。
高い収入を持つかなり高位の魔導師でサラリーマンとは宮廷魔導師のようなとても身分の高い役職を指すのだろう。
立派な父親じゃない――コーネリアは羨ましく思った。
自分の父親なんか――。
思い出すのは女好きで締まらなく緩んだ自分の父親の顔、そして沸き上がる嫌悪。
ケイオスの父親との差を知らされ思わず自分が惨めになった。
ジッと視線を感じハッと我に返るコーネリア。
ケイオスとリーアムは会話を止めていた。
どうやら自分の機嫌が悪いのに感づいたようだ。
リーアムの責める視線にごめんなさいと心で謝る。
何をやっているんだろう自分は――としばらく自己嫌悪に陥った。
しばらくしてエミリアが魔物の気配に気付いた。
人より優れるエルフの聴覚ならばもっと早く気付けたはずだが、先の出来事で集中力が落ちていたらしい。
弓を構える。
敵は地中から現れた。
ジャイアントモール――少し厄介な相手だ。
リーアムがかわしきれず傷付き、思わず自分がもっと早く気付いていればと舌打ちする。
お返しとばかりに矢を放つが効果は無かった。
ケイオスも魔法を放つ。
あれは確か同族の魔導師が使っているのを見たことがある。
初歩の魔法だ。しかもあまり威力は無く、ジャイアントモールを倒すに至らない。
正直な所少し拍子抜けだった。
凄腕魔導師と聞いていたからもっと凄い魔法を放つと思ったからだ。
まあ自分達新人の基準でいけば強いには間違いないのだが、過剰な評価をし過ぎていたのだろうか。
まだ戦闘は続いている。
考察する思考を押し留め、ジャイアントモールをどう対処するか考える。
やはり顔を出した瞬間を狙うべきか。
「コーネリア!俺の一撃のあとを狙え!」
ケイオスが自己紹介以来初めて自分に声をかけてきた。
どうやら策があるらしい。
ケイオスがまた魔法を放つ。そこまでは先程と一緒。これでは同じ結果に――ならない。
僅か手前で炸裂した魔法によりジャイアントモールが姿を現す。
魔法のコントロールが凄まじい。
そういう事か!――意を理解した彼女はすぐさま狙いを定めて射る。
事態はあっという間に蹴りが付いた。
それにしても彼の魔法のコントロール、瞬時に仲間を活かす発想。
間違いなく彼は立派な冒険者だ。
素晴らしいと思う反面、自分との差を感じ負けられない悔しいと思う気持ちが募る。
同じ新人のはずなのに冷静に魔物の動向を読み、的確に使いわける発想や技量に差があると感じたのだ。
彼の魔法は劇的な離れ業というわけではない。
魔法は使えない彼女でも弓を持てば同等の強さを持っているだろう。
だから充分この少年に追い付けるはずだ。
だから彼の行動から学ぶのはどうだろうか。
彼への監視の依頼は後ろめたい気持ちに駆られ上手くできないかもしれないが、彼の技術を見て学ぶのならばできる。
先程まで彼女の心を蝕んでいた負の感情が少し和らいだ。
尊敬と嫉妬と入り混じった眼で彼を見る。
どうやら採取を行うらしい。
確か彼の採取は一流だと聞いた。
これも見て学ぼう。
そう思いじっと彼を観察する。
彼はジャイアントモールに触れるとあっという間にその死骸を消してしまった。
「……なにをしたんすか?」
よくこの空気で聞けたわね、リーアム――と半分呆れ半分褒めた。心の中で。
「え?採取だが?」
当たり前のように答えるケイオス。
……あれは物を収納する魔法なのかしら……。
どうやら彼女が彼から学ぶべき事は思った以上にあるようである。