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第五十九話 三国会議

 カスタル王国の王宮にある会議室で各国の指導者が一堂に会した。会議室の中央にある円卓にはカスタル王国、ヴァイクセル帝国、コミューン連合国の指導者のほかに教会の教皇も座している。


 広い会議室に各国の重鎮たちが集まっているが、一様に誰も言葉を交わさない。ただ互いをけん制し合うように値踏みしているだけだ。そして沈黙が落ちたまま、カスタルの国王であるウィルフレッドに注目が集まる。


「では魔物の対策について協議する。みな忌憚(きたん)なき意見を述べて欲しい」


 ウィルフレッドの宣言により会議が始まった。


「まず組織化し統率された魔物による被害は各国にて確認されている。我が国カスタルではエルダートレントがオークを操り、軍に甚大な被害をもたらした。ヴァイクセル帝国ではグリフォンと未知の魔物がアイゼンシュタット城塞を陥落させ、コミューン連合国では吸血鬼が人間になりすまし、王位の簒奪をはかり各地を荒らした」


 ウィルフレッドの発言にみな一様に耳を傾ける。この場にいる誰もが昨今の魔物に対する脅威に対して危機感を共有していた。


「そして此度(こたび)のコミューン連合国における巨大ゴーレムの侵攻。もはや魔物が我ら人間の領地を意図的に攻めてきていることは明白。我らの知る魔物の常識を打ち破るものだ。今までは人間の手で最悪の事態を防ぐことができたが、度重なる襲撃が失敗に終わった魔物はより攻勢を強めるかもしれない。それに対して我等は同盟を結び、国を越えて共同で魔物に対抗することに相成った。それに加え、教会も騎士団を各地に派遣してくれることを猊下が確約してくださった」


 教皇は軽く会釈する。ウィルフレッドは円卓に座る各国の指導者に目を向けた。


「我らが力を合わせて魔物の討伐を行うことはすでにコミューン連合国で経験している。だが有事の際の一時的なもの。これが長期となれば不備も出よう。なるべく不備が出ないよう話し合いたいのだ」

「ウィルフレッド陛下のおっしゃる通りだ。軍の体制や指揮権など決めなければならないこともあるが、まずは今後の方針を決めねばならないな」


 ヴァイクセル帝国の皇帝ヴィクトルが同意した。


「基本的には魔物の襲撃に対して、新たに軍を編成し防衛する。その軍は三国より兵を供出し編成する予定だ。だが広大な領土をいかに防ぐかが問題だ」

「守るべき場所が多すぎるということですね」


 ロズリーヌの言葉にウィルフレッドは頷いた。


「魔物の襲撃に国境は関係ない。いつどこで起きるか皆目見当がつかないのだ。我らは魔物たちの侵略を受けるまで後手に回らざるを得なかった。三国の領土をすべて防衛するとなるといくら兵を集めようとも防ぎきれん」

「ウィルフレッド陛下、それについて私には異論がある」


 ヴィクトルが口を挟む。ウィルフレッドは片目を見開き、ヴィクトルを見つめた。


「ほう。ヴィクトル陛下は腹案があるのだろうか」

「ヴァイクセル帝国に攻めて来た魔物、コミューン連合国を襲った吸血鬼や巨大ゴーレムは北から攻めてきている。例外はカスタル王国を攻めたエルダートレントだが、騎士たちの報告によればエルダートレント自ら封印されていたと発言している。ならばエルダートレントはもともとあの場所に封印されており、現在襲ってきている魔物たちによって封印が解かれたと考えるのが妥当であろう」


 ヴィクトルは周囲を見回した。反論する者はいない。


「おそらく北の森林地帯、あるいはそれよりも北に魔物の拠点があると推測される。そのため人間の領地を攻めるには必ず森林地帯を抜けてくる必要があるのだ。つまり各国の北部に戦力を集中させ防衛線を敷けば、広範囲に兵を配置し国土すべてを防衛するよりも負担が少なくて済むだろう」

「北に新たな砦を築くということですか」


 ヴィクトルは首を振った。


「新たに砦を築くのは時間がかかる。現在ある砦も利用するが北部に送る兵を全員収容できるほどの規模ではあるまい」

「では陛下はどのように対処するべきとお考えですか?」

「各国の北部に軍の駐屯地を設ける。そこに各国が所有するドラゴンを集め、上空から森林地帯の近隣を巡回させ、監視の穴をふさぐ。魔物に動きがあれば即座に駐屯地へ報告し魔物の規模に応じて出撃する。魔物を人間の領土に誘引し迎撃するのだ。それなら首都近郊で軍を待機させるより早く広範囲に対処できる。要は我らが守りやすい位置に防衛線を下げて敵を引き込むのだよ。最終的には防衛線を上げて国境に最低でも防壁ぐらいは築きたいところではあるがな。いずれにせよ対象となる場所が広いためすぐとはいかない。それこそ年単位で長期的な時間がかかるだろう。現時点ではそれがもっとも実現性が高いはずだ」


 ロズリーヌはなるほどと相槌(あいづち)を打った。しかしロズリーヌはあることに気づく。一方ウィルフレッドは目をつぶった。


「森林近郊の町や村を放棄し、民を南方へ移動させねばなるまいな。魔物を侵入させれば北部は戦場になる。民の反発が大きいな」


 住んでいた土地を追い出されるのだ。当然民衆、そしてその地を守る領主の反発が大きい。


「国外で戦闘を行うのは危険を伴う。森林地帯に分け入って戦わなければならないから、地の利は魔物側にある。北の森林地帯を調査しない限り、軍が森の中で戦闘を行うのは危険だ。失礼ながら森の中に潜む魔物の危険性はカスタル王国が一番身をもって体験しておられるのではないか?」


 ウィルフレッドはヴィクトルの言葉に押し黙った。カスタル王国に現れたエルダートレントやトレントは大木の魔物であり、森の中にまぎれていた。トレントの行動によって軍を分断され統率が取れなかった経緯がある。吸血鬼以外にも何かに擬態できるような魔物が他にいないとも限らないのだ。


「それゆえ領地へと魔物たちをおびき寄せるのですね」

「その通りだ。そして我らが戦いやすい場所へと魔物を誘い込む。……反発が起きるかもしれないが、ここで手をこまねいてしまっては更なる被害が増える一方だ。我らは決して魔物に敗北するわけにはいかない」


 ヴィクトルは抑揚のない声だった。周囲にはそれが彼もまた感情を押し殺しているように見えた。それがウィルフレッドの決断を促したようだ。


「うむ。これ以上、我ら人間の領地で魔物の勝手な行動を許すわけにはいかない。そしてたとえ後手になろうとも主導権はこちらが握らねばならない。ここはヴィクトル陛下の提案に乗るしかない。ロズリーヌ陛下。コミューン連合国の北部は復興の最中であると聞く。民を南方へ護衛し避難させるのも容易ではない。カスタルが避難誘導に協力しようと思うのだが、いかがだろうか」

「そのことだが、現在ヴァイクセル帝国がコミューンの北部の治安を維持し、復興の支援を行っている。我が軍が民の護衛を行ったほうが民の混乱も少なくて済む。どうであろうか、ロズリーヌ陛下」


 ヴィクトルは人の好い笑顔でウィルフレッドの申し出をやんわりと遮った。一瞬だがヴィクトルとウィルフレッドの視線が交差する。ヴィクトルは平然としたままだが、わずかばかりの緊張が走る。しかしそれに気づけたのはごく少数だった。


「新たに他国の軍を派遣して民に緊張を強いるのは要らぬ混乱を招くか」

「そうですね。ヴィクトル陛下、お願いできますか」

「承った。コミューンの民を必ず安全な地へと避難させることを約束しよう」

「ヴァイクセル帝国ばかりに負担をかけるわけにはいかない。カスタル王国は駐屯地の設営の準備に取り掛かろう」

「そうしていただけると助かる。軍の編成や駐屯地の候補の選定も急がなければならないな」


 ヴィクトルが二人を見回し、両国の指導者は頷いた。


「あと問題は領内に潜伏している魔物ですな。現在は大きな行動を起こしていませんが、吸血鬼のように身を隠しているかもしれません」


 ここで初めて教皇が口を開いた。各国の指導者も少し表情を曇らせる。


「できれば吸血鬼の首魁(しゅかい)を捕え、情報を引き出せればよかった。幸い吸血鬼への対策は行われているが、未だに吸血鬼の首魁は発見できていない。おそらく失敗したと判断した吸血鬼の首魁は拠点に戻ったか人気のない土地に潜伏しているのだろう。それに潜伏している魔物が吸血鬼だけとは限らない。トレントのような周囲に紛れても気がつかないような姿に擬態していれば、潜伏するのも容易だ」


 ロズリーヌは肩を落とした。クレルモンでの惨劇を引き起こした吸血鬼の首魁とみられる少女はロズリーヌたちがクレルモンを奪還する前に王宮から失踪している。吸血鬼が王宮を乗っ取った混乱もあり、ようとして少女の消息は知れない。


「申し訳ありません。クレルモンの制圧がもう少し早ければ、首魁も捕えることができたのかもしれませんが」

「すまない、誤解させたようだ。それはコミューンの落ち度ではあるまい。吸血鬼が予想以上に狡猾(こうかつ)であったことが原因。ロズリーヌ陛下が気に病まれる必要はない」

「領内に潜む魔物がいるかどうかはまだわからぬ。思慮深く慎重な姿勢は王としての重要な資質かもしれないが、慎重になりすぎて過度に気をもんでも仕方あるまい。それよりも再発を防ぐことに最善を尽くせばよかろう。さしあたっては魔物がどのような行動を起こしてもすぐに察知できるよう領内の警戒を強めるべきだな。これはカスタルやヴァイクセルでも行わねば。必ずしも魔物が次に狙う標的はコミューンだけとは限らない」

「やれやれ、頭の痛い話だ。魔物の思考は人間とは違う。何を考えて行動するか予測できず始末が悪い」


 苦笑するヴィクトルに重苦しい雰囲気が少しだけ和む。そうして適度に緊張がほぐれた中、ヴィクトルは次第に笑みを消していった。


「しかし魔物たちは何を考えて行動しているのだろうか」

「やはり人間を殲滅(せんめつ)させることが目的ではありませんか。邪神に従い悪逆の限りを尽くす魔物は我ら人間とは基本的に相容れぬもの」


 教皇が推論を述べるが、ヴィクトルは首を振った。


「私が疑問に思っていることとは少しずれているのだよ、猊下。今回の一連の魔物の行動にどんな目的があるのか私にはわからない」

「なるほど。ヴィクトル陛下の懸念がわかった。魔物たちの戦略が読めないということだな?」


 ウィルフレッドの問いかけにヴィクトルは頷いた。


「ロズリーヌ陛下、クレルモンが吸血鬼に占拠される前に何か大量の物資をコミューンの北部に送っていないだろうか?」

「いえ、そのような報告はありません」


 ヴィクトルの急な質問に疑問を抱きつつもロズリーヌは返答する。まだクレルモンに吸血鬼がいたころもそのような話は聞いていない。


「ふむ、やはりな。吸血鬼がクレルモンを占拠したのはほぼ我が国に魔物が攻めてきたのと同時期。コミューン北部を調べてもそのような形跡が見られなかったから魔物の本隊が別にあるとにらんでいたのだが」

「それがどのような意味を持つのでしょうか」


 ロズリーヌはヴィクトルの言葉の意図をいまいち理解できず質問する。


「我が国に攻めてきた魔物。グリフォンが爆発石で空から爆撃して地上の戦力をそぎ、分厚い皮膚を持つ堅強な魔物が地上を制圧する戦術で攻めて来た。幸いブランデンブルグで侵攻は止まったが、もし侵攻を止められなければヴァイクセル帝国の首都近くまで侵攻されていても不思議ではなかった」


 しかし、とヴィクトルは一呼吸入れて話を続ける。


「敵地の奥深くまで侵攻したのだ。爆発石は錬金術によって作られるもの。自然にできるものではない。しかも城壁や砦を壊すのにかなりの量を消費しているようだ。消耗品である以上、襲撃の度に補充しなければ枯渇する。だが敵地で容易に補充できるものではない。爆発石がなければその戦術の有効性も半減だ。これでは中央に進むにつれて補給線は延びてしまいいつか破綻(はたん)する。いくら魔物が人間より強くてもこれでは物資が尽きた途端、破滅の一途をたどるしかなくなってしまう」

「未知の魔物や戦術を駆使しているが魔物は魔物。我らはそういった固定観念に縛られていたが、他国の軍として考えれば補給は必須。補給線を確保し進軍するのが定石だ。なるほど。魔物とはいえ我ら人間の軍と変わらないこともあるのだな」


 ヴィクトルの言わんとすることがウィルフレッドにも理解できた。


「そもそもグリフォンなど獣の姿をした魔物が爆発石を使用するのはともかく、自らが製造するのは不可能だろう。どこかで補給せざるを得ない。吸血鬼がコミューンを乗っ取ろうとしたのも爆発石を製造し補給するための後方支援の役割を担っていたのではないかと考えたのだが、やはり違うようだ」

「吸血鬼のいたコミューンから物資の補給を行っていない。北にある魔物の拠点から補給が行われていた、そうおっしゃりたいのですな」


 ヴァイクセル帝国の北東から魔物は進軍してきた。コミューン以外で物資の補給を行うとすれば地理の関係上、消去法で北から物資の補給を行ったとしか考えられない。


「魔物の拠点が存在する限り、我々はいつまでも魔物の襲撃に怯え続けなければならない。各国の防衛も重要だが並行して魔物の拠点を突き止め、――後の禍根(かこん)を断つべきだ」


 周囲からどよめきが起こる。今まで魔物の行動が読めず、後手に回らざるを得なかった。その中でヴィクトルはこちらから先手を打ち魔物たちに攻撃を仕掛けることを提案している。魔物にいいようにやられ続けてきた人類にとってそれは胸中にわずかにくすぶっていた鬱屈(うっくつ)した思いを刺激した。


「北方への遠征をお考えか。だがそれはいささか時期尚早では? 現在は各国の防衛さえおぼつかない状況。まずは防衛体制を整えることを優先し、その後に行動に移すべきではないだろうか」


 周囲の熱気を感じ取ったのか冷や水をかけるようにウィルフレッドが反論した。


「もちろん防衛の手を抜くつもりはない。それにいくら攻めると言っても魔物の拠点があるかどうか偵察が先だ。あくまで魔物の拠点が北にあることは状況から類推したに過ぎない。拠点の場所さえ特定できていないのだ。しかし魔物の動向を探るためにも魔物の拠点は偵察すべきではないだろうか。猊下、伝承では邪神と戦うために北の大地へと人類は他種族と共に足を踏み入れたと聞く。そのときの地図など北の大地の情報が記載された資料は残っていないのだろうか?」

「教会が管理している古文書がいくつか残っております。ですが皇帝のお望みするような情報が記された古文書は長い歴史の中で消失したものも多く、十分にはありません。それに邪神と戦った時代以来、我ら人類は北の大地へ足を踏み入れたことは皆無。ゆえに変化も大きくその資料が残っていたとしてもどれほど当てにできるものやら」

「つまり遠征するにしても軍の運用に適した地形かどうかもわからない。あまりにも人類は魔物に対して情報が不足している。今後の対魔物の戦略にも影響しよう。だから偵察だけでも先行して進めておきたい」


 同意を求めるようにヴィクトルはぐるりと円卓を見渡した。比較的ヴィクトルの考えに同意しているのは教皇ぐらいで、ウィルフレッドとロズリーヌは反応が薄い。もっとも彼らの様子はヴィクトルの提案を否定しようというよりもあくまで彼の提案を冷静に見極めようとしている風に取れた。


「それに状況によっては一刻も早く魔物の拠点を調べる必要があるのではないだろうか。そこに邪神が実在するのであれば、な」


 一同の表情が硬くなり円卓に沈黙が落ちる。


「カスタルを襲ったエルダートレントは邪神の僕。コミューンを襲ったゴーレムは邪神の手によって創り出された魔物。邪神はやはり復活していると考えるべきでしょうか」


 ロズリーヌの問いに教皇は首を振った。


「わかりませぬ。ですが邪神が復活していたのであればゆゆしき事態」

「伝承通りならば神と他種族、そして人が総力を結集して挑み、どうにか封印できましたが」


 ロズリーヌの言葉は続かなかった。神代の昔と違い、現代では他種族は数を減らし、神々は姿を隠した。巨大ゴーレムはドラゴンであるヴイーヴルの協力を得て倒すことができたが、人間の力だけであれば倒すことができただろうか。

 もし邪神が復活していれば、人類の勝ち目があるのか。王として悲観的な言葉を続けるわけにはいかなかった。


 その重苦しい空気を打ち払ったのは他でもないウィルフレッドだった。


「だが我らには『神の加護』を得た聖女がいる。それに若き英雄たちも。彼らの活躍は神代の昔、神々とともに邪神と戦ったかつての英雄たちにも決して引けを取るものではないだろう」


 続けて起きた魔物の脅威に対抗するかのように現代に現れた英雄たち。ヴァイクセル帝国のマリー・アレクシア・フォン・ザヴァリッシュ。カスタル王国の正統教会に所属するオリバー、そして異国の魔導師、ケイオス。


 暗雲が立ち込める未来において、彼らの存在は一筋の光明だろう。しかし各国の指導者と教皇の反応は希望に満ちている周囲の反応とは少しばかり違っていた。


 それぞれが浮かべた表情は違う。ロズリーヌは苦渋、ヴィクトルは驚愕、そして教皇は困惑だった。周囲の反応とはあまりにも違ったが、三人ともすぐに表情を改めて平静を装ったので、表情の変化に気づいたものはいなかったが。


「もしかすると『神の加護』は神々が我ら人間のために新たな力を授けてくださったのかもしれないな」


 ヴィクトルはやわらかい感じの笑顔を浮かべ、ウィルフレッドの言葉に同調した。『神の加護』を得た聖女はヴァイクセル帝国の貴族。皇帝が自国の英雄を特別視し、称賛することは別段不思議な話ではない。


 むしろ不思議と取られるのは教皇の反応だろう。教皇は硬くあいまいな笑みを浮かべている。教会が認定した聖女であり、神の恩寵(おんちょう)を得た存在であるはずなのに、その表情はどこか憂いを帯びている。


「そうですな。ですが英雄にばかり負担をかけてはいけません。魔物との戦いは我らが手を取り合って困難を打ち払うべきでしょう。邪神が封印されて世界が平穏になったあと、神々は姿をお隠しになられました。邪神のように強大な力を地上で振るわれることはこの世界にとって悪影響を及ぼすと考えられたのでしょう。これは生きとし生けるものが神々に頼らず、自立していくために課せられた試練。その試練は我々の手で乗り越えなければならない」


 教皇の言葉にウィルフレッドは理解を示し小刻みに頷いた。教皇が懸念していたのは英雄たちにばかり頼り切ってしまう姿勢について憂い、各々に説いたのだ。いかに人知を越える力を持った英雄と言えども個人に過ぎない。


 自助努力を怠り英雄に依存してしまっては、彼らが倒れたとき人間は無力に成り下がってしまう。人間が絶望し、抵抗をやめてしまっては魔物の蹂躙(じゅうりん)を許してしまうのだ。


「彼らの力は魔物との戦いに必要だが、彼らばかりに頼っていてはならぬ。我らの手で魔物たちの暴虐を退け、平穏を取り戻さなければならないのだ」


 ウィルフレッドは教皇の発言を諫言(かんげん)と受け取った。


「では北へ偵察の兵を送ることでよろしいな?」


 一同が頷く。そして実務へと話が移っていき、会議は終了した。





 会議を終え、一人になると教皇は人の好い笑みを消した。

 ウィルフレッドの英雄に対する信頼の厚さに驚愕(きょうがく)していた。もちろん大挙して押し寄せて来た魔物を倒したケイオスに対して、ウィルフレッドが恩を感じることは不思議ではない。だが行動を共にし窮地を救われたコミューン連合国の女王ならばともかく、カスタル王国の国王がそこまで英雄を買っているとは思っていなかったのである。


 もちろんウィルフレッドがケイオスを探していたことは教会も把握している。それはあくまで軍の窮地を救った礼とエルダートレントを詳しく知る彼から事情を聞くためのものだと認識していた。

 何故ここまで教会の認識に食い違いが起きているのか。

 それはカスタル王国でのケイオスの評価のせいだ。

 英雄として名高い彼ではあるが、貴族たちの彼に対する印象はあまりよくない。彼らにとってケイオスは身元不詳の胡散臭い魔導師である。先に無礼な振舞いを行ったのはカスタルの要人ではあるが、謁見での彼の挑発的な態度も貴族たちのひんしゅくを買っていた。


 ちなみに一般人にとってのケイオスはエルダートレントの討伐で功績を上げた謎の魔導師としての側面が強く、どちらかと言えば好奇心に近い。

 国王は謁見での対応から貴族たちほどにはケイオスに対する印象が悪くないとは思っていたが、あくまで対外的な取るべき礼儀であり、本心は違うと考えていたのだ。


 これが事実通りの英雄であるならば問題ないのだが、その英雄たちは秘術を使い歪められた現象で力を得たものばかりである。英雄たちが世界に注目を浴び、もし秘術のことが知られたら教会にとって好ましくない。


 やはり『神の加護』がまやかしであることに気づかず、アレクシアを聖女だとヴァイクセル帝国の教会が認定してしまったことは失態だった。秘術を知る教皇が関わっていないとはいえ対外的にはそれは考慮されず、一度教会が認定したものを撤回することは難しい。ましてやアレクシアは魔物との戦いで活躍している。彼女が大きな失態でも起こさない限り周囲が納得しないであろう。


 失態らしい失態と言えば、『神の加護』を得たはずの聖女がケイオスに倒されたことぐらいだが、ヴァイクセル帝国が緘口令(かんこうれい)を敷き徹底的に隠蔽されている。それに真相を打ち明けたところでもはや後の祭りであり、仮に撤回できたとしても英雄の、引いてはケイオスに対する各国の首脳の信頼の強さは変わらないのだ。これでは教会の権威を損ない、ヴァイクセル帝国やコミューン連合国との関係を悪化させるだけである。


 教会がアレクシアを聖女と認定したのは、彼女のブランデンブルグでの活躍や彼女が『神の加護』を得た場面を目撃している神官がいて民衆の支持があったこともある。信者の不安を抑え希望を持たせるための戦意高揚と、ヴァイクセル帝国がコミューン連合国へ攻める大義名分を後押しする意味が大きい。これはヴァイクセル帝国の侵略を是とする意図はなく、あくまで魔物に与したとされるコミューン連合国を誅伐するためであった。


 だが教会の思惑を大きく超え、象徴であったはずの英雄が想像以上に根深く各国への影響力を持ち始めている。


 ケイオスの目的が不明であったことからまだ警戒することに留めておいたが、もしかすると教会が把握していないだけで実は着々と彼は事を進めていて、事態は深刻化しているのではないだろうか。この状況すらも彼の望んでいた結果ではないのかと教皇は考えてしまう。はたしてこのままでよいのか、と。


 ケイオスを監視しているオリバーは彼と行動を共にしたこともあり情が湧いたのか、自身の役目に疑問を持ち始めている。オリバーが教会に反旗を翻すとは思わないが、監視役として適任かと問われれば不安が残る。


「やはり別の監視をつけるべきか」


 オリバーだけには任せておけない。むやみに相手を警戒させないように監視の数を制限していたが、徹底的に監視を強めるべきだと教皇は思い直した。

 組織化し統率された魔物も脅威だが、着々と地盤を固める謎の魔導師のほうが教会や人類にとって脅威だ。


 悪しき魔物を打ち払うだけ、あるいは象徴としての英雄であればよかった。しかし今の英雄は違う。魔物の襲撃に都合よく現れ、表向きは人類にとって有益な存在。その裏側は策を巡らせる狡猾で不気味な魔導師。それを真の英雄と呼べるだろうか。


「まがいものの英雄など人類に必要ないのだ」


 まがいものの英雄が理を捻じ曲げ人類に対して害悪となるのならば、教会はまがいものの英雄の存在を許さない。それは古より決められた教会の義務なのだから。


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