第五十八話 舞踏会2
ヴィクトルは退屈だった。周りには各国を代表する貴族が集まり、実のない話を続けている。ヴィクトルも表面上は楽しげに談笑しているが、貴族たちの話の内容は頭の中に入ってこない。
どこの国も貴族は似たようなものかと不満はあったが、それでも表だってそれを口にすることはなかった。
三国の記念すべき同盟締結のための催しであり、この場には各国を代表するにふさわしい貴族たちが集まっている。この催しを通じて各国の有力者との面識を作り親交を深めようとする貴族たちが多い。
そのため、ヴァイクセル帝国の皇帝であるヴィクトルの下には数多くの貴族たちが集まっている。みな他の貴族を出し抜き、ヴァイクセルの最高権力者である彼の歓心を買おうと躍起だ。
だがヴィクトルの歓心を買えるほどの人物はいない。むしろヴィクトルはその貴族たちに無能の烙印を押している最中だ。もっとも表面上は楽しそうにしているヴィクトルの姿を見て、誰一人彼に悪印象を持たれていることに気づいてはいないようだ。
会場の雰囲気が少し変わったところで、ヴィクトルは会場を見回した。どうやらコミューン連合国の女王ロズリーヌが来場したようだ。ヴィクトルはしばらくそれを眺めると、ある人物に目が留まった。
ケイオスか――。
現在ヴィクトルが最も執心している魔導師。もしこのことがこの場にいる貴族たちに知られれば、全員から嫉妬を買っているに違いないだろう。
アレクシアとの関係を知り、密かに彼女とケイオスとの関係を調べ上げた。ヴィクトルの想像通りケイオスはヴァイクセル帝国に一時期滞在しており、アレクシアが魔法学園に通っていたとき、魔物と直接戦う課外実習で雇った冒険者として彼女とともに行動していることが判明した。
しかも偽名すら使っておらず冒険者ギルドに所属していたことがあるぐらい、正体を隠していなかった。ケイオスの偽者がいた事実を踏まえても、カスタル王国から彼の捜索の依頼を受けていたはずの冒険者ギルドがどうして彼の消息をつかめなかったのかと、冒険者ギルドの職員の無能さに心底呆れ返ったほどだ。
だがその冒険者ギルドの失態のおかげで未だアレクシアとケイオスの関係は世間に広まっていない。そしてケイオスの真の利用価値を知っているものも。
ケイオスの真の利用価値、それは短期間で優秀な魔導師を育成できるという指導者としての才能である。しかしこの仮説は一時帰国したアレクシアからもたらされた報告によって覆された。いやヴィクトルの予想の斜め上を行く結果になってしまった。
アレクシアの報告では巨大ゴーレムの討伐に活躍した冒険者の育成にもケイオスは関わっていたらしい。
つまりケイオスが短期間で育成できるのは魔導師だけではない。戦士はおろか、法術師だろうが誰でも戦いの練達者に育成できるという極めて稀有な才能があることが判明した。ケイオスと同じ魔導師であればわからなくもないが、どのようにすれば違う未知の練達者を育成できるのか想像できず、ヴィクトルも報告を聞いたときは耳を疑ったものだ。
しかしその可能性があると思われる節はあった。アレクシアの従者であるイレーヌが頭角を現したのもアレクシアと同時期であり、ケイオスと接触したであろう課外授業にも彼女は一緒に参加している。イレーヌが成長したのはケイオスが何かしら関与していると思いつくことは不思議なことではない。
ヴィクトルがその考えに至らなかったのは彼自身が魔導師であり優秀な才能を有しているからであった。いくら魔導師としては優秀な部類に入るヴィクトルでも、剣に関しては全くの素人である。戦場での戦術や戦略ならばともかく、未熟な兵士を一端の兵士に鍛え上げることなどできないし、ましてやイレーヌほどの実力者まで鍛え上げるとなると不可能だ。その先入観が彼を真相から遠ざけた。
ケイオスにはそれができる。他国と比べて魔導師の多いヴァイクセル帝国でも、魔導師以外のものたちは魔導師よりも数は上回る。それをイレーヌほどに戦力化できるのであれば魔導師頼りの軍ではなくそれ以外の強力な軍を作れるということ。彼の利用価値はぐっと高まった。
自分の常識の枠に収まらない存在。自分の予想を上回る結果を叩き出したケイオス。ヴィクトルは本当に彼の活躍を聞くのが楽しくて仕方なかった。予想と同じか予想を下回るような人物は多くても、予想を上回る結果を出す人物は少ない。特に彼は有能なものを好む性質がある。
だからヴィクトルはケイオスの行動が気になり、自然と彼を目で追ってしまう。ケイオスはロズリーヌと別れた後、若い貴族の令嬢に囲まれていた。
それを眺めていたヴィクトルはおかしいと感じた。ケイオスとカスタルの貴族とのもめ事については彼も聞き及んでいる。その行動も不可解なものであると彼は思っていたが、王宮に勤める要人がケイオスともめた一件を知っていれば、一般的な貴族であれば王宮の要人ににらまれないようにケイオスに関わろうとしないはずである。それなのにカスタルの貴族の令嬢が集団で彼に近づくなど不自然だ。
疑問に思ったヴィクトルは周りの貴族たちに断りを入れて席を外すと、従者を呼びつけ小声で問いかける。
「あの男の、ケイオスの側にいる令嬢たちのことはわかるか?」
呼びつけられた従者は令嬢たちの家名をヴィクトルに告げた。それこそカスタル王国を代表するような名門貴族はいないが、いずれも正真正銘カスタルの貴族の子女である。ますます疑惑が募るばかりだった。
「もしや国王の差し金か?」
若く美しい彼女たちは若い異性の目を引くだろう。彼女たちに迫られれば余程の趣向の違いがない限り不快感を覚える異性はいない。そうやってケイオスに取り入ろうとしているのか。
「しかし妙ですな。カスタルの国王がそのような策を弄しましょうか」
従者の言葉に、ヴィクトルも同意する。カスタル王国の国王ウィルフレッドは老齢な王であり、経験が豊富で有能な国王だ。だが周囲の和を乱すようなことはせず堅実であり、奇抜さに欠け危険な手段は取らないきらいがあった。
そのような国王がケイオスとカスタルの貴族との関係が微妙な状況下で、あえて彼を引き込み、貴族との因縁を混ぜっ返すようなことを進んでするだろうか。もし必要だとしても両者の関係が改善するか状況が落ち着くまで待ち改めて声をかけることだってできる。ましてや女性を使い迂遠な手を使うなど考えにくい。
だとすると国王の意向であの令嬢たちはケイオスに近づいているわけではなく、別の人物の意向によるものだと考えられる。しかし誰の意向によるものなのか、ヴィクトルには皆目見当がつかなかった。
「それに彼のものたちの家は所属する派閥が異なるものもおりますな」
カスタルの有力貴族の当主の顔であればヴィクトルもすぐに浮かぶが、令嬢の顔まではさすがに思い出せない。カスタル王国の貴族間の派閥ぐらいであればわかる。だが従者の言葉が正しいとなるとますますおかしい。
「おかしいな。各派閥にわざわざ借りを作ってまで協力を要請する必要がない。あれだけの人数だ。それだけ集められるほど顔が利く権力者ならば自身が所属する派閥も大きいはず。何らかの利益が目的でケイオスに近づいたのならば自分の派閥だけで行えばよいからな」
「思い出しました、陛下。彼のものたちは教会と深い関係のある貴族の令嬢ばかりです」
「教会? まさか教会が関わっているのか?」
教会――正統教会の歴史は長く、カスタル王国が建国される以前から存在している。長年医療にも深く関わっている教会の活動を支援している貴族も少なくない。その中でも熱心な信奉者である貴族も存在し一定の勢力があることは知っている。ただ教会が政治闘争から一歩身を引いている関係で教会と関わりの深い貴族たちを中心とした派閥は存在しなかった。逆に言えば各派閥に教会とつながっている貴族がいるともいえる。
しかし、なぜ教会がわざわざカスタルの貴族を通じてケイオスと接触しようとしているのかが不明だ。魔物の討伐で彼の助力を得たいと言うのであれば、こう言った回りくどい手段を取る必要がなく、本人に直接頼むなりコミューン連合国に要請すれば済む話である。
もしや自分と同じようにケイオスの真の利用価値に気づき、彼の力を利用しようと画策しているのだろうか。とヴィクトルは想像して、すぐにその考えを否定した。ケイオスの力を利用しようとする野心を持つような組織であれば、各国が放置するはずもなく教会に兵を差し向けるだろう。
教会が神殿騎士団という独自の武装集団を保有しながらも、各国からその存在を容認されている。これはひとえに魔物の討伐でしかその戦力を扱わないことと、国家間の紛争に直接かかわらない思想を一度も翻すことがなかったからだ。そうでなければ国家に直接属さない独自の武装集団を持つ教会の存在など容認できない。
その不文律が崩されたとき教会は滅亡の一途をたどるしかない。いくら独自の武装集団である神殿騎士団があるとはいえ、国の軍事力と比べればその戦力は過少である。強いて言えば教会にも個の脅威はあるが、それはイレーヌと並ぶと予想されるオリバーぐらいなものだ。狂信者ならばともかく一般の信徒も国家と対立すると言う愚行を犯し、教会本来の思想と異なる行動に同調するとは考えにくい。
教会が何を企んでいるのかは不明だが、彼と教会の距離が近づくことはヴィクトルにとって好ましくない。早急に手を打つことにした。従者に耳元で指示を出す。
教会が貴族の令嬢を使ってケイオスに接触するというのならば、こちらも同じ手段を使えばよい。幸いケイオスと年齢が近い年頃のヴァイクセル帝国の貴族の令嬢もこの会場にいる。彼女たちにケイオスと談笑したいと頼んだのである。
ヴァイクセル帝国では実力のある魔導師としての評価は高い。コミューンでの名声のあるケイオスの名は徐々にヴァイクセル帝国にも広まっているが、やはり平民である彼の身分のせいでヴァイクセルの貴族たちが積極的に交流する気配はない。それ以上の大物貴族が一堂に会しているので、そちらを優先しているからだ。だから本来であればヴァイクセル帝国の令嬢がケイオスの下に行くはずがない。
だが皇帝の頼みとあれば別である。そもそも皇帝がケイオスと話したいだけならば直接自身の従者を使いケイオスを呼び寄せればいいだけの話である。
彼女たちを介して頼むということは彼女たちがケイオスを連れてくれば、皇帝と談笑できる機会を得ることができる。正妃を持たない未婚の若い皇帝と直接つながりを持つチャンスだ。むしろ皇帝はケイオスを出汁にして自分たちと会いたいだけかもしれない。そんな打算と欲望があって彼女たちはすぐに食いついた。
そうしてヴィクトルの差し向けた令嬢たちは彼の思惑通りにケイオスを連れてこようと強引な手段に出た。ここまではヴィクトルの想定通りである。
アレクシアの登場と、彼女を連れてケイオスが会場から出てしまったのは想定外ではあったが。
しかし隠れて様子をうかがわせていた従者の話を聞くにつれて、ヴィクトルは笑みを深くした。
「ほう、なるほど。ケイオスが会場を離れたのはアレクシアを思ってのことだったのか」
「はい。どうやら差し向けた貴族の令嬢の中に、アレクシア様の友人とうそぶいたものがいた様子でケイオスは嘘に気づき激怒しておりました」
「ケイオスの関心を引こうと大言を吐いたのだろうが、すぐにばれる嘘をつくなど恥知らずなものよ。しかしヴァイクセル帝国の貴族に悪印象を持たれるのは困るな。まあいい。アレクシアがいる以上、最悪なことにはならんだろう」
アレクシアが聖女となったときに、アレクシアが魔法学園で教師や生徒から疎まれていたことは調べがついている。彼女はかなり大人しい生徒であったそうで、不満を露わにしたことはないそうだ。おそらく彼女の友達だと主張しても彼女は真実を打ち明けないと自分に都合よく考えて行動したようである。
それをケイオスに見透かされた挙句、ヴィクトルの指示を完遂できなかったことで、怒りながらも顔を青くするという器用な真似をしている少女の姿にヴィクトルは腹を抱えて笑い転げたい気分に駆られた。
ヴィクトルの思い通りにはいかなかったが、カスタル王国の貴族たちを遠ざける主目的は達成している。だがヴィクトルは真実をその貴族の令嬢に伝えるつもりはない。
ヴィクトルもアレクシアという才能が疎まれていた事実を知り、学園の体制に思うところがあった。ケイオスを激怒させた名も知らぬ貴族の令嬢は今頃自分の失態でずいぶんと肝を冷やしていることだろう。ヴィクトルが直接制裁を加えるつもりはないが、因果応報であると切り捨てる。
「しかしこれでまた一つ。ケイオスのことが分かったな」
ケイオスとアレクシアの絆はヴィクトルの想像以上に深い。ケイオスを味方につけ、ヴァイクセル帝国に迎え入れるにはやはりアレクシアの存在が重要だ。
先んじてアレクシアをコミューン連合国に送り返して正解だった。好意を持つアレクシアが勝手に関係を深めていく。それがより関係が強固になればなるほど、彼がヴァイクセル帝国の招聘に応じる可能性が高い。
アレクシアはヴァイクセル帝国でも名門の貴族の令嬢だ。しかも聖女と呼ばれ国内では民衆から崇拝されているほどである。もしケイオスとアレクシアが深い仲になり結ばれようとすればアレクシアの地位に匹敵するだけの地位が必要となる。いつまでも彼が根無し草の冒険者と言う地位に甘んじているわけにはいかないのだ。
相応の地位を用意するとなると貴族と因縁のあるカスタルは論外。だがケイオスがコミューンで地位を得たとしても、国の英雄であるアレクシアがケイオスの下へ嫁ぐことは許されない。
一方でケイオスはアレクシアと事情が異なる。コミューンで英雄とあがめられていても、貴族ではない分自由が利く。アレクシアと結ばれるとなるとヴァイクセルに来て地位を得るしか手段がないのである。
普通に有能な魔導師であれば、いくら貴族になれたとしてもそれ以上栄達の仕様がなく所詮は末端の貴族。名門の貴族の娘であるアレクシアとの身分の差はいかんともしがたい。だが今後も魔物との戦いが続くのであれば、彼が功績を立てる機会がいくらでもある。それだけの実力が彼にはあるのだ。だとすれば彼が貴族に成り上がり、名門貴族出の伴侶を得ることは絵空事だと切り捨てることさえできない。
「そうだ、あの連中がケイオスと何を話していたかつかめたか?」
「どうやら彼女たちはケイオスと話していただけのようです。ですがいささかケイオスへの質問が多かったかと」
「なるほど、教会はケイオスの素性を調べているのか」
ケイオスの素性はヴァイクセル帝国も調べているが、この大陸の出身ではない彼の素性は未だ謎に包まれている。この大陸での活動ですら神出鬼没な彼の足取りをつかむのに一苦労だ。教会も彼の素性を明らかにしようと独自で調査しているのだろう。
だが教会は何故彼のことを秘密裏に調べているのか。ヴィクトルは笑みをたたえながら思考を巡らせるのだった。
薄暗い部屋に複数の男がひざまずいている。その男たちの対面には白い法衣を着た老人が椅子に腰かけていた。老人はひざまずく男に問いかける。
「吸血鬼が襲ったコミューンはどうであった?」
「予想通り吸血鬼は各地で眷属を増やす以外にも食事と称して生き血をすすり、中には娯楽のために意味もなく数多くの民を殺めていたようです。しかしながら吸血鬼の直接的な被害が大きいにもかかわらず、二次被害の規模は我々が想定した規模よりも少なく、数が合いません」
「そうか。やはり懸念していたことが起きていると考えてよさそうだな。まさか魔物があの秘術を知っていたとは。念入りに隠蔽をしていたはずなのにどこで漏れたのか」
法衣の老人は眉をひそめた。
「そうなると此度の魔物の侵攻はそれが目的。この戦いはいかに人間の死者を出さないようにするかが肝要となる。皆に徹底させよ」
「はっ」
「それから、あの男のことについて何かつかめたか?」
「いえ、まだ何もつかめておりません。事情を知らぬ貴族たちをそそのかし、あの男を探らせましたが、邪魔が入りまして思うようにはいきませんでした。また大陸外にも我らの手のものを派遣しておりますが、教会の勢力下ではない地域ゆえあの男の情報を集めるにも進まず、海外で秘術を使った痕跡もまだ見つかっておりません」
ひざまずいた男の報告を聞き、老人は眉を吊り上げる。
「嘆かわしい。教会の総力をもってしても何の成果もあげていないとは」
「申し訳ございません」
「危機感が足りない。お前たちは本当に理解しているのか。あの男はあの歴史を、再び過ちを繰り返そうとしているのかもしれないのだぞ! そして魔物に秘術を漏らしたのはあの男なのかもしれないというのに」
眼差しを厳しくした老人は男たちを怒鳴りつけた。
「あの秘術はこの世界を変えてしまう禁忌の術。過去にも制御できずに暴走させてしまった人の手に余る不完全な術である。みだりに触れてはならぬ。我等教会は古よりずっとその教えを守り秘術の秘匿に努めて来た。その危険性ゆえに教会でもこの事実を知るものはごく限られている。我等はあの秘術の痕跡を徹底して消し、世の秩序を維持せねばならない」
秘術の危険性を老人はこんこんと説く。
「だが、どこから秘術のことが漏れたのか」
「厳重な管理下にある我ら教会から秘術が漏れたとは考えにくいでしょう。秘術が生まれた際に秘術を隠蔽するため、関係者は処刑されたと伝えられています。もしかすると処刑を免れたものが大陸外へと落ちのび、密かに伝承していたのやもしれません。我々の監視の目も大陸外には及びませんので、秘術もおそらくは大陸外で行われたものだと考えられます」
「やはり大陸外にも教会の支部を作る必要があるな。あの男以外にも秘術を知るものがいるかもしれない」
老人は嘆息した。大陸の外とも交流はあるが、世界は広い。教会の監視の目を広げるとしても人も時間も足りない。
「いずれにせよ現状もっとも危険なのは秘術を知るあの男なのだ。オリバーよ。直接会ったお前はあの男をどう見た? 構わぬ。お前の所感を述べよ」
ひざまずいていた男の一人――オリバーが顔を上げた。
「秘術を悪用するような人物には見えませんでした。しかし我々の知らぬ魔法を習得し、あの現象についても詳しく知っている様子。秘術を知っているのか、関係あるかはわかりかねますが、あの現象を知っているとなると無関係とは思えません。教会が把握している事実以外にも何か情報を持っているでしょう。そしてあの男の実力は確かです。あの力を得ているから当然ともいえますが、敵に回すとすればそれこそ我々も相応の損害を被ることが予想されます。それに古のドラゴンとの盟約もしております。神話時代より生きるドラゴンゆえ、あのことも把握しているはず。そうだとしたらドラゴンがあの男と盟約を結ぶはずがありません」
「そのドラゴンが騙されている可能性はないというのか?」
「ないとは言い切れません。ですがあの男と親しいようで、あの現象について探っているように見受けられました。もし本当に秘術を悪用するような人物ではないとしたら我々は協力を仰ぐべきかと思います」
「悪用はしておらぬと? コミューンで英雄と呼ばれるようになったのはあの現象で力を得たせいではないのか。ヴァイクセルの教会が聖女と誤認した少女のように、な。つまり、あの男は自らの名声を得るために秘術を利用したのでは」
「利用しているのは確かですが、名誉欲によって行動しているとは考えにくいです。もしあの男に野心があるのならば、あの現象を独占せず他者でも利用できる理由がわかりません。地位が欲しいのであれば、ヴァイクセル帝国の皇帝からの招聘を断るでしょうか。それに世界に影響を及ぼしたあの現象を引き起こすほどの秘術を使うとなると当然ながら代償も大きくなります。それほど大きな対価を支払い、その程度の成果では割に合いません。代償を支払うだけの実力があるのであれば、あの現象自体を引き起こす必要性さえないでしょう」
話を聞いた老人はうなる。だがひざまずいた男たちの中の一人が声を上げた。
「猊下。あの男が各国の権力者、特にコミューンのロズリーヌ女王陛下と接触し交流を重ねているのは事実です。名声はすでに十分、地位は貴族のやっかみもあります。時期尚早と見て現状は控えているのかもしれません」
オリバーが口を挟む前に男は小さく手で制すと言葉を続けた。
「聖女もあの男と親密であり、しかも聖女になる前は落ちこぼれで有名な魔導師だと聞いております。あの現象で力を得た彼女にとってあの男は恩人。もし真相を知っていたとしても口を閉ざすでしょう。そもそもあの秘術を利用するなどもはや狂人の類。狂人の目的など我々常人の理解には及びますまい」
「あの男が狂人だとそうおっしゃるのか」
「狂人であろう。ドラゴンに力を借りようなどと考えるやつだぞ。オリバー。何を入れ込んでいる。あくまであの男は監視対象。我らの敵になるのやもしれぬのだぞ。もしやお前は情が移ったとでもいうつもりか?」
男は鼻で笑う。男もオリバーも互いをにらむだけで言葉を続けはしない。老人はそんな二人を交互に見た。
「両者黙らぬか。猊下の御前であるぞ」
見るに見かねた他の男が二人を叱責した。ようやく両者は睨み合いを解いた。
「申し訳ございません、猊下」
「構わぬ。しかしオリバーよ。お前の役目はあくまであの男の監視。条件はわからぬがあの現象を利用すれば人知を超える強靭な力を得ることができる。それこそ我らが『神の加護』と錯覚してしまうぐらいに。もしコミューンであの男があの現象を再現しなければ、我らは気がつかなかったはず。それが不幸中の幸いだ。同じ力を得たお前ならばあの男に対抗できよう。あの男があの力を悪用し暴走すれば止められる人間はごく限られているのだ。だからお前を役目につけた。ゆめゆめ忘れるでないぞ」
「はっ」
オリバーは頷いた。
「秘術のことは国の権力者たちに知られてはならぬ。だが我らは急がねばならない。あの男の狙いを、そして魔物の秘術の使用を阻止するのだ」
老人はオリバーを鋭く見つめた。
「オリバー。あの男が野心を露わにして過ちを犯すようであれば、この世の秩序を守るためお前が全力をもって排除せよ」
「……この命に替えましても」
オリバーは深々と頭を下げる。頭を下げるオリバーの表情は決して他人に見られることはなかった。




