第五十六話 国王謁見
深夜になれば一般の民は寝静まっている。カスタル王国の首都であるマウクトも同じだ。だがそんな夜遅くでも活動する住人もいるのだ。
カスタル王国の市街地の地下には五百年以上前に造られた下水道がある。下水道には魔物が住み着いており、下水道への入り口は封鎖されている。入り口は詰め所があり、そこには衛兵が常駐していた。
今詰め所には老齢の衛兵と若い衛兵が詰めていた。
「老骨には夜の番はこたえるな」
「仕方ないですよ。先輩方は他の場所の警備に取られちゃいましたから」
老齢の衛兵のぼやきに若い衛兵は苦笑いで返した。
現在カスタル王国には各国の要人が集まっている。そのため多くの兵士が警備に回されていた。
エルダートレントによって失った兵士も多かったが大国であるカスタル王国はすぐに兵力の拡充を行った。しかし働き盛りの兵士たちは重要な各国の要人の護衛などに割り当てられており、こうした場に老齢の兵士や新人の兵士が駆り出されるといったしわ寄せが来ている。
下水道には魔物がいるとはいえ、新人の冒険者ですら倒せる程度の脅威。鉄の扉で固く閉ざされているし、定期的に冒険者によって駆除されている。この扉を越えてくる魔物はいなかった。
「詰め所にいた衛兵がしょっぴかれたから、俺たちに当番が回ったんだろうがな」
「信頼されているってことですかね」
以前貧民街の女性を狙った人攫いの一団が下水道を利用し身を隠して犯行を重ねていた事件があった。下水道に入るには下水道の入り口を守る衛兵と接触しなければならない。つまり衛兵も共犯者だった。悪事に加担していた衛兵は一斉に検挙されている。
それ以降は職務に誠実な兵士が詰め所の衛兵に選ばれていた。
「あの事件に関わっていた貴族様も捕まったし、因果応報ってやつだな」
「まったく胸糞の悪い話ですよね。女子供を食い物にして金を稼ぐなんて」
「まあ悪党なんてそんなもんだろ」
理解はできないがな、と老齢な衛兵は答えた。
「そういやよ」
老齢の衛兵はふと思い出したことを口にする。
「あの事件の人攫いの連中。おかしなことを供述していたらしいんだが、聞いたことがあるか?」
「命乞いかなんかですか?」
「それが捕まる直前に幽霊に襲われたらしい」
きょとんとした若い衛兵はしばらくして吹き出した。
「またまた。俺を驚かそうとして話を盛っていません?」
「幽霊に襲われたっていうのは眉唾物だし、騎士団長が誰にも吹聴しないようにおっしゃっていたようだからな。知らなくても当然だろう」
「それ、どこで聞いたんです?」
「牢番の奴からちょいと、な」
そう言って老齢の衛兵はジョッキを傾ける仕草を見せた。どうやら酒の席で聞き出したらしい。若い衛兵は呆れた視線を向ける。
「酔っぱらって情報を漏らしたなんて口が軽すぎる。騎士団長に知られたら叱責どころじゃすみませんよ」
「内容が内容だけに誰かに聞かせたくなる話だろ」
「こんな深夜に聞かされる身になってくださいよ」
二人は笑い合った。
「実際の所、本当なんですか? 魔物を幽霊と見間違えたんじゃないですか?」
「有り得る話だが、そのせいで自首したって話だからな。幽霊が実在するかどうかはともかく連中が幽霊らしいものを見たっていうのは本当らしい。攫った女の幽霊だとか。まあ恨まれるのは当然だがな。何しろ被害者の中にはまだ遺体すら見つかっていないものもいるそうだ」
被害者は迅速に救出されたが間に合わなかったものもいる。命を救われたからと言っても筆舌に尽くしがたい行為で人の尊厳を蹂躙されるような非道な仕打ちに現在も苦しむ被害者もいるぐらいだ。
だからこそ人攫いが恨まれるのは当然である。幽霊となって化けて出てくるのも不思議ではないのかもしれない。
沈黙する二人の耳に異音が聞こえた。異音がした鉄の扉に視線を向けるが異変はない。
「……どう思います?」
さっき幽霊の話をしたばかりだ。わずかばかりだが、もしかしたらと疑念がわくのも当然である。
「魔物が暴れたんじゃないのか?」
老齢の衛兵はそう言いつつもランタンを手に取る。
一瞬だが彼らの耳に聞こえたのは水がこぼれる音だった。しかし下水が流れる音にしてはやけに近くに聞こえたのだ。
しばらく警戒してじっと扉に距離を置きつつ、じっと注視する。若い衛兵に剣を構えるように促しゆっくりと老齢の衛兵は扉へと近づいた。
すでに異音は聞こえない。近づいても何の音も聞こえなかった。老齢の衛兵は注意して扉の覗き穴から奥を確認する。
奥は地下へ続く階段であり真っ暗で何も見えない。目が慣れてきても近くに何かが潜んでいるような気配もなかった。腑に落ちないが普段と変わらない光景でしかない。
覗いても変わったところがなかったので老齢の衛兵は警戒を解き、覗き穴を閉じた。覗き穴が閉じると下水道は再び暗闇に包まれる。
その暗闇の中でうごめく水たまりの姿は衛兵たちに目撃されることはなかった。
***
ダンスの練習で時間をつぶしていると、カスタル王国の国王と謁見することになった。
「面を上げよ」
ひざまずいていた顔を上げて相手に悟られないように周囲を眺める。
広い会場にはたくさんのカスタル王国の家臣が参列していた。その連中は容赦なく俺に対して値踏みするかのような視線を突き刺す。
敵対まではいかないが疑惑に近い視線で反応から見てもあまり好意的じゃない。コミューン連合国の場合は、逆に尊敬と言った好意的な視線が多くて居心地が悪かったが、こっちは違った意味で居心地が悪かった。
ちなみに参列者の中にはラファエルさんとオリバーさんもいた。オリバーさんの周辺は法衣をまとった集団がいることから、その周辺は教会関係者だろうと予想する。
国王は白髪交じりの初老の男性だ。ヴァイクセル帝国の皇帝よりも覇気は感じられないが、穏やかながら何事にも動じないような落ち着きが感じられる。
「我が国を侵略しようとしたエルダートレント討伐の件、まことに大義であった。冒険者であるそなたの尽力によって、我が国の窮地が救われたのだ。その恩に報いるため褒美を取らせよう」
こう国王が言っているが、どのような褒美が与えられるかわかっている。実は事前にラファエルさんがどのような褒美が欲しいか尋ねてきたのだ。俺が欲しいものをすでに伝えておりその要望は通っている。
つまるところ今行っているのは台本の書かれた演劇のようなものだ。正直地位や名誉といったものは欲しくなかったので、後腐れのないようにとある物をもらうことで話がついている。ラファエルさんに聞いた限りでは問題なさそうだし、あらかじめ打ち合わせしておいてよかった。
「そなたはコミューン連合国でも活躍したと聞く。エルダートレントだけではなく、各国でも魔物の動きが活発になっており、強力な魔物が確認されているようだ。いつ何時新たな魔物が襲って来るやもしれぬ。人間がそのような魔物と対抗するには強力な武器が必要であろう。騎士であれば剣。魔導師であれば杖。ケイオス、その方は腕の立つ魔導師。ゆえに杖を授けよう。再び襲い来る脅威を退けるだけの杖を」
ラファエルさんにお願いしたのは杖だった。しかも儀礼用ではなく実用的な奴を、である。今まで何とか戦闘こなしていたが、そろそろ強力な武器が必要になってきた。しかしレベルに見合うだけの出来合いの武器が売られていないのである。
ゲームであれば強力な武器を入手する手段は二通りある。一つはボスクラスの魔物を倒してドロップアイテムを取得する。しかしその強力な武器を落とすようなボスクラスとなると限られるし、かなりレベルを上げなければ倒すことはできない。
もう一つは素材を集め武器を生産してもらう方法だ。生産職の一つであり武器防具を作ることができる鍛冶師のプレイヤーに頼んで作ってもらったり、NPCに頼んでオーダーメイドしたりするのだが、これにもデメリットがあって結構お金がかかる。
コミューンに行ってから冒険者ギルドで素材の売却ができずにほとんどお金を稼ぐことがなかった。そんなお金や素材を持たない俺では新たな武器を手に入れる手段がなかったのだ。
それに国によって武器の製造技術と言うのは均一ではなく、国によって特色が出るらしい。貴族が魔導師であり魔法に精通しているヴァイクセルのほうが杖の製造技術は優れているらしいのだが、コミューンはそれほど得意としているわけではないようだ。カスタルはヴァイクセルに及ばないにしろ、コミューンよりは技術が優れているらしい。
ならばカスタルの国王から直々に命令してもらえれば、凄い杖が作れるのではないか。それに褒美の件も消化できるので余分な名誉とか勲章をもらわなくて済む一石二鳥で我ながら良案だと思う。
下賜された杖は太陽を象った杖だ。宝石がはめこまれており、ドラゴンソウルもエンチャントされている。おそらく杖の中でも最高級品なんだろう。手に取ってみてもわかるように今まで使っていた杖とは明らかに一線を画すほどものだ。実際に上昇するパラメーターも桁違いだ。
けれどこの杖。アイテムとしては「ケイオスの杖」という名称になっている。「ケイオスの杖」ってなんだよ。唯一無二のオーダーメイドの杖というのはありがたいが、自分の名前が入っている杖はどことなく使うのは恥ずかしい。
杖を取った俺に国王が言葉をかけた。
「その杖の太陽のように魔物の闇を振り払い、この世界に光をもたらしてくれ」
国王の発言は熱がこもっている。少しばかり大げさな気もするがこれも一種の戦意高揚のためのプロパガンダか何かなのだろうか。でもロズリーヌの女王モードの猫のかぶり方を見ていたら案外そうした大げさな行動は不自然でもないか。王という立場にいる人たちはそういう演技に慣れているのかもしれない。
「恐れ入ります、陛下。臣は、このものにいささか問い質したきことがございます。陛下、どうか臣の発言をお許しくだされ」
参列していた家臣の一人がそんなことを言い出した。いかにも頑固そうな人物だ。これって聞いてないぞ。
「よかろう」
国王はしばらく沈黙していたが、結局は止めることがなかった。どうしよう。何を質問してくるつもりだ?
「さて、そなたに聞きたいことがある。そなたがエルダートレントなる魔物を退治したことは真であるか」
いまさらそんなことを、と疑問に思ったがエルダートレント討伐の褒美をもらうために俺の偽物が現れたって話を思い出した。もしかしてそれで俺のことを偽物だと疑っているのだろうか。
「はい、その通りです。エルダートレント討伐の際に騎士を率いていたラファエル様にご確認いただければそれが事実であることは判別できます」
「このものは間違いなくエルダートレントを討伐した御仁で間違いありません。コミューン連合国でも吸血鬼やゴーレムなどの魔物を討伐した実績もございます。ロズリーヌ女王陛下からいずれも強大な力を持つ魔物であったと伺っております。そのような人物が二人といましょうや」
ラファエルさんがフォローしてくれた。しかしその家臣はどうやら真贋を問いたいようではなかったようだ。続けざまに別の質問を投げかけられる。
「では、問おう。そなたは冒険者であり、オークの討伐軍に参加した冒険者ではないと聞いている。であれば、エルダートレントがいた森に何故一人でいたのだ? あのような森の奥地。一人で訪れるには不可思議ではないか。しかもリルバーン卿の報告にはエルダートレントを討伐した際に起きた森の異変の原因にもそなたは精通していたとある。エルダートレントに関してはこちらも情報不足ゆえ邪神の僕かどうかの真相もつかめてはおらぬ。そんな無名の魔物のことをなぜそこまで詳しく知っておったのだ」
ああ、そういうことか。鼓動がバクバクと音を鳴らしていた。
異国の冒険者でしかない俺が、たまたま強力で未知の魔物との戦闘に居合わせたあげく、その魔物の情報を知っていた。そんな都合のいい話なんてあるわけがない。とてつもなく怪しい人物にしか思えないと言うことか。下手をすると魔物の仲間だと思っているのかもしれない。ようやく好意の欠片もない周囲の反応の理由がつかめた。
むしろこうして疑われるほうが正しい反応なのだろう。コミューンではなまじロズリーヌと近くて彼女の後ろ盾があったし、彼女の命の恩人やコミューンを救った英雄として扱われていた。
だから疑惑よりも強固な信用があってそれが抑えられていたのかもしれないが、この国ではそれがない。エルダートレントを倒したことに恩義を感じたとしても、それ以上に俺に対する疑惑が抑えきれなかったのだろう。
しかし困ったぞ。クローズドβテストの最終日だから記念にボスであるエルダートレントを倒そうとしただけだし、エルダートレントの情報は攻略サイトに全部載っていましたなんて信じてもらえるわけない。
どうにかしてごまかそう。そう考えてどんどん自分が嘘をつくのにためらいがなくなっていることに気づき、もやっとしてしまう。英雄になろうって決めたのにな。全然行動が英雄らしくないや。
「どうしたのだ? やましいことがなければ隠す必要などないはずだが」
しかし嘆いていても仕方ない。まずはこの場だけでも彼らを納得させる理由を考えなければ。
「いえ、やましいことはありませんよ。エルダートレントのことを知っていたのは私の故郷でその魔物のことが伝えられていただけのこと」
攻略サイトのボスにエルダートレントのことは載っていたのだからあながち間違いではない。
「我々ですら正体を知らない無名の魔物なのに、そなたの故郷には伝わっていたと」
「ええ、厄介な魔物ですから。先日コミューンに現れた吸血鬼も強敵でしたが、人々はその脅威を忘れていたでしょう。おそらくカスタルもその魔物の姿を長らく見かけなかったために、その存在は人々から忘れ去られたのではないでしょうか」
「では森にいた理由は?」
証言から粗を探している感じだな。いい感じはしないし不愉快だけれど、努めて冷静に解答した。
「大した理由ではありません。各地を旅している最中にたまたまそこに居合わせただけですよ」
「戯言を」
吐き捨てる口調。努めて冷静に返したつもりだが、相手には俺が挑発したように映ったらしい。どうやら冷静でいたつもりでも自分が思っている以上に感情をコントロールできていなかったようだ。
「以前、ヴァイクセル帝国の皇帝陛下にも問われましたが、私は冒険するために世界を旅しております。その道中でたまたまエルダートレントと遭遇しただけです」
「それが戯言だと言うのだ! そなたのような腕利きの魔導師が辺鄙な場所に都合よく居合わせる? その上、コミューン連合国でロズリーヌ女王陛下の窮地を救い吸血鬼も倒したと聞く。巨大ゴーレムを倒したのもそなたであったな。あちらでもケイオス。こちらでもケイオス。そなたの活躍ばかりが注目され、もてはやされる。このような偶然が何度も起きてたまるか! そなたは何を企んでおる!」
いや本当にどれも偶然なんだけどな。しかしこの人はそれで納得するとは思えない。それに気分もいいものではなかったから、ついつい本音を吐き出してしまった。
「私が何を企んでいると疑っているようですが、いったい私が何を企んでおられるとお考えなのでしょうか?」
くっと口を吊り上げる。家臣の顔が朱に染まっていく。反論できないところを見ると疑ってはいるが、確証はないようだ。威圧して白状させようとでも思ったのだろうか。もちろん隠し事はあっても何か企んでいるわけではない。
……どっちが悪役かわかんなくなってきたぞ。
「おやめください。ケイオス殿は我が国が招いた客人ですぞ。その上コミューン連合国の英雄であり、確たる証拠もなく推論で誤解を招くような発言は同盟を控えたこの場にふさわしくありません」
ラファエルさんが家臣を止める。さすがに行き過ぎた発言だったらしく、少し頭を冷やして周りの様子をうかがえば、騒然としていてすべての家臣が彼に同調しているわけではなさそうだ。
「静まれ」
国王陛下の一喝が参列者の口を閉ざした。
「此度の我が臣下の無礼な振舞いを詫びよう」
「もったいないお言葉です。私の発言も度が過ぎました。お許しください」
他の家臣も言いたいことはありそうだったが、問い質されることはなかった。国王自ら謝罪した以上、話を蒸し返すわけにはいかなかったのだろう。
「そなたの発言を許そう。では、下がってよいぞ」
こうして国王との謁見を終えた。カスタルの人たちに悪印象を与えてしまった。これじゃ理想の英雄には程遠い結果だな。
「ケイオス殿、申し訳なかった」
謁見後、ラファエルさんが改めて謝罪してくれた。
「そんなに気にしないでください。吸血鬼みたいな魔物もいる以上、不審な点を見過ごせなかったのでしょう」
「嘆かわしい話だが、君に不審を抱くものも少なくはない。魔物の手先ではないかと思うものや、王に取り入ろうとしているのではないかとな。褒美の内容次第ではそんな連中により不審を抱かせる結果になっていたかもしれなかったのだ。だから杖でよかった。王から直接賜った名誉のある褒美であるし、君の希望通りの品である。その点でケイオス殿を責める理由にはできまい」
単純に俺のことを疑っているだけかと思ったがどうやらそれだけではないようだ。コミューンだと貴族は俺を取り立てようと躍起になっていたけれど、カスタルでは逆に自分たちの立場を脅かす相手だと判断して、彼らは俺のことを警戒していたのか。
ようやく原因がわかったが、それと同時に嫌気がさした。俺はカスタルに仕えたいなんて一度も考えたことがないんだがな。それに杖以外、何か欲しいとは一言も言っていないのに。
あの人は事前にラファエルさんたちと話を通していることを知らなかったのかもしれないけれど、それでも根も葉もないことで勝手に妬むのは勘弁してほしかった。
舞踏会に出る前にロズリーヌの部屋に訪れた。きりっとした表情を見せていた彼女も入室したのが俺とわかると、ばたりとテーブルの上に突っ伏した。
「なんだ、ケイオスか。脅かすな」
「ひどい言い草だな。それにしてもかなり疲れているようだけど、大丈夫か」
パッと見てもわからないぐらい化粧で誤魔化しているようだが、目の下にくまができている。主賓である彼女はほぼ連日会議と貴族との顔合わせのために晩餐会や夜会など精力的に出席していた。
特に女王である彼女と誼を結ぼうと様々な貴族からお誘いが来る。おかげでこちらに来てからロズリーヌとほとんど接触することがなかった。おそらく部屋に戻ったらすぐに寝て、起きたら再び仕事に戻る。そんな生活ばかりで気が休まる時間がなかっただろう。
王族は贅沢で優雅な生活を送っているイメージがあったが、正直ロズリーヌに関してはそれとはまったく真逆のブラック企業に勤めている労働者みたいな労働環境だ。実際の王族と言うのは理想とはかけ離れているらしい。
「カスタルとヴァイクセルの二国と同盟を結ぶなんて歴史上初めてのことだ。これをきっかけに強固な関係を築かなければならない。せっかくカスタルまで足を運んだんだ。それぐらいはこなさないとな」
そもそも外交であれば外交官なり、身分の高い貴族が君主の名代として訪れるのが慣例であり、ロズリーヌのような国家の重鎮がこんなに軽々しく他国へ足を運ぶのは珍しいそうだ。
これはカスタル王国、ヴァイクセル帝国、コミューン連合国、三国の元首が一堂に集結しこの同盟が三国にとって重要なものであるとすべての国民に知らしめる意味も含んでいるそうだ。
ちなみにこの国に来る前にロズリーヌから聞いた話だ。
「そう言えば、ヴイーヴルの偽名は決まったのか?」
「まだ話していなかったけ? マエリスって名前だぞ。間違えないようにな」
「マエリスか。……何というか普通だな。人間になるなんて突拍子もないことをやってのけたのだから名前も凄い名前をつけるのかと思ったが」
「いや、ローザって偽名を名乗っていたロズリーヌが言うと説得力がないだろ」
「ぐっ、あれは咄嗟だったから思い浮かばなくてだな! ああもう、笑うな!」
吸血鬼から逃げ出す最中、俺に名乗った偽名を引き合いに出した途端、ロズリーヌは慌てだす。それがなんだかおかしくてつい口元が歪む。
「そうそう夜会で噂を聞いたぞ。国王陛下との謁見で家臣の一人から因縁を吹っ掛けられたと」
分が悪いと思ったのだろう。ロズリーヌは露骨に話題をそらした。ロズリーヌが不機嫌な顔になる。彼女の耳にまで入っていたか。
「ラファエルさんの話では、カスタルの人たちの中には俺のことを不審者だと思っている人がいるらしいんだ。それにカスタルで俺が貴族とかになって成り上がろうと企んでいるんじゃないかって疑っているらしい」
「不審と妬みか……」
不機嫌そうな表情から一転、ロズリーヌは何かを思案しだす。何かおかしかったのだろうか。
「いや、お前は平民ではあるがコミューンでは英雄扱いだ。いくらカスタルがコミューンほどケイオスを英雄と見ていないとしても、コミューンでのケイオスの立場を知らないわけではない。それを無視して軽率な発言を公の場でするだろうか、と思ってな。ましてや自国が主体となって進めている同盟を締結する直前に、だ。国王が呼び出した客人を前にそんなうかつなことをしたら、国王の顔をつぶしコミューンとの関係が険悪になるのかもしれないのだぞ。個人の暴走にしては少しおかしい」
なるほど。うかつな発言をするような家臣を国王が傍に置いておくとは思えない。でも国王があえてそんな指示を出したのかと考えればそれも不自然だ。同盟を結ぼうと言っているのがカスタルなのだから、同盟の不利益になりそうなことを公の場で発言するような必要性がない。そう考えると目的は別にあった?
「連中にどんな思惑があるのかわからないが、カスタルの貴族たちの動向に気をつけてくれ。もし必要なら私かアレクシア殿に遠慮なく言え。アレクシア殿もヴァイクセル帝国の有力貴族の御息女だ。連中もそう簡単に手出しはできまい」
「はあ、ちょっと情けないな。英雄って言われているのにちっともそれらしくないや」
「何言っているんだ。英雄だろうが何だろうが、お前が普段は頼りないことぐらい知っている。それにこういうことは得意じゃないだろうが。私は戦うことができないようにな。これぐらい私たちに任せておけ」
ロズリーヌが胸を叩いた。さすが女王様。頼りになるな。
「そうだ、アレクシア殿に聞いたぞ。ダンスを習っているんだってな。なら舞踏会では私と一緒に踊るか?」
「ロズリーヌと?」
「結構自信があるぞ」
手振りで踊る際の仕草をして見せるが、俺が疑問の声を上げたのは何もロズリーヌが踊れないと思っていったわけじゃない。
「そういう意味じゃなくて、それ以前に舞踏会で他の貴族がロズリーヌのことを放っておくかな? 一緒に踊る暇なんてあるのか?」
「……時間があるといいな」
ロズリーヌは糸が切れたようにがっくりと伏した。どうやら自覚はあったらしい。
軽く談笑を終えた後、ロズリーヌと一緒に舞踏会の会場へと向かう。ヴイーヴルも一緒だ。ただアレクシア様は他の貴族とも交流があるらしく、会場で合流することになった。
「ヴイーヴルはやっぱり夜は向こうに帰らないといけないのか」
「この体で食事をとっても楽しめるのは味だけじゃからのう。もっとも腹が膨れずたくさん食べられるから都合がいいと言えば都合がいいこともあるのじゃが。それに解除すれば本体に戻れるが、いちいち本体に戻らなければならないのは不便じゃの。まだまだこの身体には改良の余地はありそうじゃな」
キャラクターも便利なことばかりではないか。ヴイーヴルの術は俺のキャラクターをベースにしているからか解除すれば本体に戻り、再び行えば前回の解除した地点にキャラクターを出現させることもできるが、本体の側に出現させることも任意でできるようだ。
「うん?」
ヴイーヴルが急に立ち止まって一点を凝視する。そこには舞踏会の参加者らしき人がいるだけだ。
「どうした?」
「いや、誰かに見られているような気がしてな」
誰かに見られている? 不審に思って辺りを見回すが舞踏会の参加者が幾人もいて、誰かに見られているかどうか特定できない。
「気のせいじゃないのか? もし見られていたとしてもその姿が目立つからな。どうしても目を引きつけてしまうんじゃないか?」
ヴイーヴルの姿は人とは違うし、それに綺麗だ。多少目につくことも仕方がないと思うのだが。
「そういう意味じゃないんじゃがのう」
呆れ交じりにヴイーヴルに笑われた。納得はしていないようだが、彼女自身も見当がつかず不確かなようだ。
「しかし、お主の言う通り妾の気のせいかもしれぬ。どうにもこの姿は感覚が鈍くなる。魂の見分けもつけられん。本体と比べるとだいぶ身体能力も落ちるのう。まだまだこの身体は不慣れ故、完全に使いこなしているとはいいがたいしな」
「人間ならそれぐらい普通だよ。ドラゴンのほうが凄すぎるんだ」
「種族の差は大きい。魔物と比べてもそれは同じだろうよ。妾が凄いと思うのはたとえ種族の差があろうとも、強大な種族を相手に立ち向かう勇気があるお主ら人間のほうが凄いと思うがの」
そんなことをヴイーヴルと話していると立ち話をしている貴族の令嬢らしき集団とすれ違う。彼女たちは俺たちの存在に気がつかないのか話に夢中だ。通り過ぎる際にひそひそと小声で話している内容がたまたま耳に入る。
「あの子さっきまで陛下とお話ししていたみたいよ。まさかあの子があんな立場になるなんて思いもよらなかったわ」
「どうするの? あの子はこの舞踏会にも出席しているのよ。学園であの子をいじめていたことをこんな社交の場で知られてしまってはただでは済まないわ」
「あなたたちは何を言っているのかしら?」
困ったように話していた少女たちとは違い、心底不思議そうな声色で別の少女が返答する。
「そもそも前提が間違っているわ。私たちはあの子をいじめてないの」
「え?」
「いい? あの子は当時学園に友達なんて一人もいなかったのよ。だから私たちがあの子のことを心配して声をかけていたんじゃない。そもそも学園内で私たちがいじめをしていたとしたら学園の教師が放置していないはずよ。仮に誰かに聞かれたとしてもいじめはなかったって教師たちは証言するでしょうね」
「……そう、そういうことね。確かに私たちは内向的で寂しそうにしていたあの子のことを気にかけていただけ。だから責められる理由なんかないわ」
「ええ、私たちは彼女の友達として振舞っていたに過ぎないの。人によっては彼女をからかっているようにも見えたのかもしれないけれど、友達同士の他愛ない冗談。ちょっとしたお遊びよ。もし彼女がそれでいじめられていると勘違いしているのなら少しばかり悪ふざけが過ぎただけね。そんなつもりは微塵もなかったのだけれど。でも仕方ないわ。彼女には私たちと会うまで友達なんていなかったんだもの。友達同士の接し方なんてわからないのよ。だから友達同士の遊びをいじめだと勘違いしてしまったのね。私たちは聡明な彼女を過大評価してしまっていたのよ。いくら友達がいなかったとしてもそれぐらいの空気は読めるんじゃないかってね。それは謝罪しないといけないかもしれないわ」
「そうですわね。少し悪ふざけが過ぎただけです。むしろ普段から気にかけていたことを感謝していただきたいぐらいですわね」
「ええ、その通りよ。あの子は陛下と接する機会も多いみたいね。せっかくだからあの子から学園での友達として陛下に紹介してもらおうかしら」
ほほほと高笑いする少女たちは離れていった。
「ふん、まったく厚顔無恥な奴らめ。胸糞の悪い」
ヴイーヴルは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
彼女たちの後姿を一瞥する。だが彼女たちは人の波に飲まれていった。
あそこまで自分の過ちを正当化できるものなのだろうか。いや、できるからこそ平気で心無い言葉を口にするのかもしれない。この世界で出会った人たちはいい人に恵まれていたが、こういう奴らもいるんだな。




