第五十五話 練習
ドレスで着飾っているロズリーヌは、俺たちを一瞥するとカスタル王国の貴族らしき集団に案内されて先にお城の中へと入っていく。どうやらここからは別々に行動するらしい。
弱ったな。俺と一緒にいるのはドラゴンであり人間の生活に疎いヴイーヴルだけだ。
実はアレクシア様やハボックたちもマウクトに一緒に来ているのだが、アレクシア様とイレーヌさんはヴァイクセル帝国の皇帝陛下の命によって参加しているためヴァイクセル帝国の参加者に合流している。
ハボックたちは冒険者として雇われている護衛だが傍にはいなかった。てっきりロズリーヌと一緒に行動するつもりだったのに違うらしい。自分たちだけで大丈夫だろうか。
「ケイオス殿」
生真面目そうな青年の騎士が話しかけてきた。彼と一緒に一人の法衣を着た中年の男もいる。
「ラファエルさ、様。それにオリバーさんまで」
「いや、久しぶりですな。ケイオス氏。お変わりないようで何よりですぞ」
ラファエルさんはラファエル・リルバーンと言い、エルダートレントと戦っていた兵士たちを率いていたカスタル王国の騎士団長だ。そしてオリバーさんはカスタル王国にある教会に所属する法術師である。オリバーさんとは一緒に復興支援で協力して、マウンテンゴーレムと戦った仲だ。見知った人に出会えて心底安堵する。
「ははは、慣れないようだな。私も体を動かすほうが性に合っていて、こうして王宮に上がるのは窮屈でいつも慣れないものだ。君が冒険者であることは承知している。私の前では取り繕わなくてもいい。君は我が国の賓客だ。本来礼を尽くすのは我々だろう。さあ、こちらだ」
爽やかスマイルのラファエルさん。和やかな空気が流れる。さっきの貴族の集団に囲まれていればもっと窮屈だっただろう。彼が歓待してくれたのも俺たちのことを考えて事前に手をまわしていてくれたのかもしれない。
「ケイオス殿。そちらの女性を紹介していただいていいだろうか」
ちらりとラファエルさんがヴイーヴルに視線を送る。
「ええと、獣人のマエリスです」
「獣人か。彼女が例の?」
どうやらラファエルさんは事情を知っているようだ。逆にオリバーさんは知らないらしい。ラファエルさんとのやり取りを不思議そうに見ている。
この辺りは国と教会で管轄が違うのか、情報が制限されているのかはわからないが、彼らがそう判断したのなら、オリバーさんには悪いがヴイーヴルの正体は秘密にしておいたほうがよさそうだ。
俺は無言で頷く。
「なるほどわかりました。獣人の女性と会ったのは初めてでしたので、ぶしつけな視線を向けてしまいました。申し訳ない」
「構わぬ。妾は気にしてはおらんぞ」
「きれいな女性を連れてくるなど、ケイオス氏も隅に置けませんな。もしやダンスのお相手ですかな?」
オリバーさんの言葉に俺は固まった。
ダンスの相手? 何のことだ?
理解できず戸惑っていると、ラファエルさんとオリバーさんにも俺が困惑していることがばれてしまったらしい。
「もしやご存じないのですか?」
「連日祝宴が行われると伺っていますが晩餐会ではなかったんですか?」
各国の要人を集めるということで祝宴が行われることは聞いている。
ラファエルさんが説明してくれた。
「三国の国主が一堂に会し、同盟することなど初めてのこと。これは歴史に残る日となる。中には各国の貴人を招待して舞踏会を行う予定なのだが……」
舞踏会? 踊るの? 俺が? さっと血の気が引いていく。
「ダンスの経験は」
「ないです」
ラファエルさんは天を仰いだ。
「事前に連絡したのだが、行き違いがあったか」
「舞踏会に参加しないことはできないのですか?」
「すまない。君はロズリーヌ女王陛下やヴィクトル皇帝陛下に次ぐ賓客だからな。注目が集まるし出ないとなると不都合がある。招待した我が国が賓客をもてなすことができないと思われるし、招待された君が周囲から好意を無にする無礼な客だと思われてしまう。調印が終わるまで祝宴は連日行われる。各国の代表が集まる交流の場でもある祝宴にまったく出席しないとなるとあまり相応しくないな」
顔だけしか見せないというのは交流する気がないように取られるし、下手をすると同盟に不満があって義理で渋々顔を出しているように取られかねないってことか。たとえこっちにその気が全くなくても。
うわあ、上流階級の社交って面倒くさい。
「……どうしよう。ダンスなんてやったことないぞ」
ヴイーヴルに救いの視線を投げるが、彼女は首を振った。やっぱり無理か。
「私も他人に教えられるほど詳しいわけではない。指導できるものを手配しよう。何、ダンスは基本さえ押さえてもらえば構わない。舞踏会は上手い下手よりも社交の場であり、貴族たちと交流する意思があるかどうか分かればいいのだよ」
簡単に言ってくれるがそれが一番難しいのではないだろうか。
「人間社会は面倒じゃのう。ところでその舞踏会じゃが御馳走は出るのかの?」
気まずい雰囲気を吹っ飛ばすような突拍子もない質問に、ラファエルさんもあっけに取られるが、しばらく間をおいて噴き出した。
「ええ、ありますよ! この国でも有数の料理人が腕を振るっております。コミューンにも負けません。この国の料理をとくとご堪能あれ!」
「おお!」
ヴイーヴルは目を輝かせていやがる。花より団子だな。他人事だと思って能天気でいられる彼女がちょっと恨めしく思う。
「ですが、舞踏会に参加されるならマエリス殿も他人事ではないかもしれませんな。マエリス殿はお美しいですし、ダンスの誘いが絶えないでしょう。どうでしょう、せっかくの機会ですからケイオス殿と一緒にダンスの練習をされてはいかがかな」
目を輝かせていたヴイーヴルの顔が急転直下で曇る。その姿を見て俺は溜飲が下がった。
日中に執り行われている会議は三国の代表者のみで行われているため、俺が参加する必要はない。俺はその間、部屋にこもってダンスの練習である。ログインできる時間も限りがあるから、ちょうどいい言い訳になった。とは言え誘いに来る連中もいなかったけど。
問題はダンスの講師役だ。最初はラファエルさんが手配してくれた講師役の人が来る予定だったのだが、俺たちがダンスの講師役を探していることを知ると、とある人物が彼女を推薦してくれたのである。
「1、2、3。1、2、3。こら、ケイオス! そこは足が逆だ! 相手の足を踏み潰すつもりか!」
「ごめん。どうにもこの動きに慣れなくって」
俺は素直に謝った。講師役のイレーヌさんの熱血指導である。
「それにしてもイレーヌさんって剣も凄いけど、ダンスも他人に教えられるほど上手だなんて意外だ」
「意外とは心外だな。これでも僭越ながらアレクシア様にダンスの手ほどきをさせていただいたこともある」
なるほど。もともと手馴れている感じはあったけれど、アレクシア様が講師役にイレーヌさんを勧めてくれた理由がわかった。自身の講師役であり実績があるならば彼女以外に適役はいない。
しかし、侍女って大変なんだな。アレクシア様の日常のお世話もこなしつつ護衛もこなし、さらにはダンスの指導までと仕事は多岐に及ぶ。てっきり専任のダンスの講師のような人が貴族のダンスの指導を行っているのかと思ったんだが。イレーヌさんが特別なだけなのだろうか。
「でも本当にいいのか。ダンスの講師役を受けてくれるのはありがたいが、イレーヌさんやアレクシア様だって忙しいだろうに」
「問題ない。元々私は会議に出席する予定はなかったのだ。強いて言えば会議に出席しない他の貴族から交流の誘いはあったがこれを理由に体よく断らせてもらった。むしろ助かっているぐらいだぞ」
カスタル王国で貴族たちは何かと交流を持つため忙しい。そんな中でイレーヌさんに講師役を頼んだのは幾分心苦しかったのだが、どうやらイレーヌさんの言葉は本心のようだ。それは杞憂らしい。
指導は厳しいけれどきちんと教えてくれる優秀な講師だ。彼女の指導の成果はもう一人の生徒を見ればわかる。
ヴイーヴルは人間の体の動かし方に慣れず何度も転ぶぐらいであり、俺よりも下手だった。だが最初は嫌がっていた割に生来の好奇心とダンスの物珍しさ、彼女の向上心が底上げしたらしい。回数を重ねるごとに目に見えて成長していき、完全に踊れるようになった今では新しいステップを習得中である。講師役のイレーヌさんはもう大層喜び、感動していたぐらいだ。
素人意見で言わせてもらえば、ヴイーヴルは自分をアピールした情熱的で激しく力強い踊りである。
しかし天才と言えど、指導がしっかりしていなければここまで成長することができなかっただろうし、イレーヌさんの指導の良さの証明になる。
そして俺はと言うとヴイーヴルに比べて出来の悪い生徒だった。アバターの優秀な身体能力のおかげでそこそこ動けるが、どうにも慣れない動きに戸惑い足がもたついてしまう。
「ケイオス、お前が取り立てて物覚えが悪いんじゃない。私の知る限り普通だと思う。むしろ彼女が凄すぎたんだ」
置いてけぼりになってしまった俺に対してイレーヌさんが励ましの言葉をかけてくれた。
「私も昔は何度も転びましたよ。そのたびにイレーヌに叱られました。踊るのはずいぶんと久しぶりですから私も足元がおぼつかなくて不安ですし」
もう一人の講師であるアレクシア様がイレーヌさんと交代しながら練習相手をしてくれている。
アレクシア様はさすがに貴族の交流を外せないらしく、時間の合間を縫って練習に付き合ってくれていた。
ちなみにアレクシア様が踊るのは久しぶりと言っているのはどうやら嘘や謙遜ではないようだ。アレクシア様も何度か足運びを間違えそうになっていた。
貴族だからダンスは必須技術で毎日練習するようなものではないらしい。彼女にしてみれば俺の講師役と同時に錆びついた腕を磨き直しているようだ。自分ばかり教わると言うのも悪いし、彼女の手助けになれればいいな。
ヴイーヴルの出来の良さに自信をなくしていたが、イレーヌさんとアレクシア様のおかげで何とかモチベーションを維持している。
「でも不思議な気分ですね」
くすりとアレクシア様は小さく笑った。
「こうして先生を教える立場になるとは思いもよりませんでした。いつもは教わる立場ですから」
「そうかな。うん、じゃあ物覚えの悪い生徒だけどよろしく頼むよ」
「はい、任されました」
はにかみながらも胸を張るアレクシア様。うん、なんか癒されるわ。イレーヌさんの咳払いで我に返るともう一度最初からやり直していく。
少しずつ修正して余裕が出てくると、一緒に踊っている相手の顔をじっと真正面で見つめてしまう。適度な運動で上気して汗ばんでいるアレクシア様。彼女も俺をじっと見つめ返す。自然にお互い顔がほころんだ。
パートナーに無理がないか気づかい相手に合わせようとお互いに注意を払う。特にアバターである俺には肉体的な疲れがないので華奢な彼女に負担がかからないように彼女の様子を注視している。けれどそれがなんだか一体感を感じて、楽しくておかしかった。
ダンスって思ったより楽しいものなんだな。




