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第五十三話 戦い終わって

 兵士たちは一部始終を目撃していた。


 ヴイーヴルと名乗ったドラゴンが巨大ゴーレムに立ち向かい腕を引きちぎったところを。

 山ほどあるゴーレムが突如として凍りついたところを。

 凍りついたゴーレムが再び動き出したかと思った途端、自分の胸に拳を突き立てたところを。

 ゴーレムの残った腕もヴイーヴルが噛み砕いたところを。

 それと同時にゴーレムが動き出し、前進し始めたところを。


 そしてそのゴーレムが急に動きを止めたことを。


 停止したゴーレムに果たして何が起こったのか遠くから見ていた兵士たちは一部始終を目撃しても理解できなかった。ゴーレムと戦っていたヴイーヴルは腕を噛み砕いたあと地面に叩きつけられており、まだ立ち上がったばかりだ。


 他に考えられる可能性を上げればヴイーヴルと共に戦っていた英雄たちが何かしたのかもしれないが、距離が遠く他のゴーレムとの戦闘に集中していたために兵士たちは英雄たちが今どこにいるのかさっぱりつかめない。


「あ」


 それは誰が漏らした声だったのか。

 しばらく停止していた巨大ゴーレムは役目を終えたようにゆっくりと倒れこむ。ゴーレムの足が自重を支えきれなくなって崩壊したからだ。


 そう、大きさが違うと言ってもあれは岩でできたゴーレムなのだ。ゴーレムと今まで散々戦ってきたのだから兵士たちは嫌でも覚えている。

 ゴーレムを倒したとき、その体は崩壊して岩に戻る。その現象が巨大ゴーレムにも起きているのだとしたら。


 崩壊が進み原型を留めなくなったところで兵士たちはようやく自分たちが勝利したことに気づくのであった。




 そんな外の状況を露知らず、マウンテンゴーレムの内部にいる者たちはパニックになっていた。

 マウンテンゴーレムが停止した直後は、倒したのか倒していないのかケイオスたちも半信半疑であった。もしかしたら倒したのではないかと思い始めたところで確信を得る前に再び揺れが激しくなったからだ。


「そんな! 倒せなかったのか⁉ 核はもう壊したのに!」

「待ってください、どうも様子が変です」


 核を破壊されてもなお動き続けるマウンテンゴーレムにみんなが戦慄するなか、一人冷静にアレクシアが言った。ケイオスは辺りを見回す。

 すると今度の揺れは揺れ方が違うことに気づく。今までの揺れよりも激しく、岩には亀裂が走り頭上から岩が降ってきている。


「ねえ、一つ聞きたいんだけど」


 コーネリアが震える声で問う。


「巨大ゴーレムを倒したらどうなるのかしら?」


 ゴーレムは核を破壊されればその姿を保つことはできない。もしこれがこのゴーレムにも適応されるならばゴーレムの中にいる自分たちはどうなるのか。


 崩壊は始まっている。もはや悠長に逃げ出す時間はない。

 当然ながらその場にいた全員が顔を真っ青にした。


「み、みなさん。私の近くに!」


 慌てたアレクシアはすぐさま指示を出す。そんな彼女の頭上に岩石が落ちる。


「危ない!」


 突き飛ばすこともできずケイオスはアレクシアに覆いかぶさる。ほぼ同時にマウンテンゴーレムは崩壊してしまった。






 ケイオスはむくりと体を起こした。


 振動もなくなって崩壊が収まったようだが、崩壊時の轟音で音が聞き取れない。自分はまだ瓦礫(がれき)の中にいることに気がついた。記憶をたどり崩壊前のことを思い出す。


 はっとなって自分の胸に抱いている少女の様態をすぐに確認した。アレクシアは意識を失っているものの怪我はない。ほっとしたのも束の間、今度は他の仲間が心配になり彼は周りを見た。


 イレーヌはケイオスとアレクシアのすぐ傍にいた。残る四人はアレクシアとケイオスよりも少し離れた場所にいる。マウンテンゴーレムに攻撃され意識を失っていたはずのハボックやリーアムは、エミリアとコーネリアと一緒にいた。全員反応はないが、気を失っているだけのようだ。


 仲間は全員無事だった。それを知りケイオスは胸をなでおろした。しかし、あれだけの崩落に巻き込まれたにもかかわらず、誰も大怪我を負っていないのは変だと彼は疑問に思う。


「そうか。『インテリジェンス・シールド』か」


 ケイオスは答えにたどり着き、ひとりごちた。

 アレクシアの最後の指示。あれは彼女のダメージを抑える魔法『インテリジェンス・シールド』の効果範囲に退避しろ、という意味だったのだろう。彼女が気絶するまで効果は持続していたようで崩落の衝撃を最小限に留めたのだ。


 エミリアとコーネリアがハボックとリーアムの傍にいたのも、怪我をした彼らの治療のために彼らの傍にいて、アレクシアの声に反応して二人を引きずって近くまで逃げたのだろう。


「凄いや、アレクシア様」


 咄嗟の判断で全員を救ったアレクシアをケイオスは褒める。あの危機的状況でそこまで判断してのけた少女の機転は素晴らしかった。


「でも」


 ケイオスは改めて倒れている仲間たちの位置を見る。岩石が落ちてきたとき、『インテリジェンス・シールド』のことなど頭にはなく、彼は行動していた。


 岩石は大きくてその真下にいたのは、ケイオスを支えていた二人。アレクシアだけではなく、イレーヌも含まれていた。二者択一の状況下とはいえ何故自分は真っ先にアレクシアをかばったのか。そんな疑問が頭をよぎる。


 ケイオスが顔を伏せうなっていると、瓦礫が取り除かれた。


「おう、無事じゃったか」


 取り除かれた瓦礫の隙間からヴイーヴルが顔をのぞかせる。


「ああ、何とか。そっちは?」

「あの程度では傷つきはせんよ」

「良かった、こっちからじゃ外の状況は把握しきれなかったからさ。他の兵士たちの様子はどうだ?」

「うむ、奮起していたの。巨大ゴーレムが倒れた光景がよほど衝撃的だったらしい。ゴーレムは殲滅されておる。味方の勝利じゃな」


 そうか、勝ったのかと呆然としたままケイオスは思った。

 しかし、自分がその戦いに関わり、そして勝利に貢献したのだとじわじわと実感が伴ってきて、自分の手を強く握ったのだった。





 水晶はごとりと音を立てて地面に落ちた。


「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなあああっ! 何よ、あれ! 聞いていないわ!」


 ヒステリックにカーミラが叫ぶ。きらびやかな黒いドレスに身を包んだ彼女は激しい怒りの表情を浮かべていた。


 カーミラの計画ではマウンテンゴーレムによってコミューンに再び多大な被害をもたらす予定だった。そうすればあの黒髪の少年が必ず現れる。今まで散々自分たちの行動を邪魔されたのだからそれは必然だった。


 少年の力は脅威だ。魔物の大群を一人で倒すほどの力。生半可な相手では即座に撃退されてしまう。こちらも強力な手札を切るしかなかった。


 ならばとカーミラが考えたのが、核さえ破壊されなければ倒すことのできないマウンテンゴーレムだった。マウンテンゴーレムならば、あの少年を倒せるのではないかと思っていた。


 事実マウンテンゴーレムと一度交戦したとき、少年たちは力及ばず無様に敗走している。彼女の想定通りマウンテンゴーレムを相手に少年たちは翻弄されていて、対抗手段など思い浮かぶはずもないと考えていた。



 だが、少年が予想外の対抗手段を取ったことで計画は狂った。


「なんであの雌竜がいるのよ!」


 暴竜ヴイーヴル、あるいは凶竜ヴイーヴルと呼ばれた暴虐の権化。それが何故か少年たちに味方したのである。


 古の時代、魔物の神と魔物相手に散々暴れまわったドラゴンの中でも最恐と称されるドラゴンの一匹だ。その凶暴さ残忍さは筆舌に尽くしがたく、敵対した魔物の生きた肝を食らうとまで言われている恐ろしいドラゴンである。当時より現在までずっと魔物たちの心胆を寒からしめ恐れられている存在であった。


 カーミラたちもヴイーヴルを倒そうと暴竜に挑もうとしたことがある。

 自分たちの目的のためには森林地帯を抜けなければならず、そこに居を構えていたあのドラゴンの存在がどうしても目障りだったからだ。


 しかしヴイーヴルと戦う前にヴイーヴルが逃げ出して以降、消息がつかめなかった。


 過去には人間と協力していた時期があったようだが、はるか昔に人間との交流を断ち森林で隠遁(いんとん)していたドラゴンがよもや今になって再び人間と手を組み襲ってくるなど思いもよらなかっただろう。


 これでは過去の歴史と同じではないか。

 忌々しい神々と人とドラゴンが手を組み魔物の神と魔物たちに反抗したあの時代と。

 歴史通りであればその後魔物の神と魔物たちは敗北し、魔物の神は封印され、魔物は北の大地へと押しやられた。


 カーミラは苛立ちで親指の爪を噛んだ。そこにはもはや以前あった余裕はない。もし歴史をなぞるような結果になれば、自分たちには凄惨な未来しか残っていないのだ。

 ヴイーヴルが現れた以上、他のドラゴンや他の種族も人間たちに協力している可能性がある。もはやカーミラ一人の手に負える話ではない。


「主に強く進言しなければ。もうなりふり構ってなんかいられないわ。(しゃく)だけど他の奴らにも協力してもらうしかないわね」


 ***


 マウンテンゴーレムを倒すことができた。

 だが勝利を得るには犠牲が出るのがつきものである。


 マウンテンゴーレムの対策としてレベル上げや転職に使った一週間。夏休みはとっくに終わってしまったので、平日は当然学校がある。だから土日や祝日を入れても足りず何日かずる休みをした。休んでいる間の授業内容についてまとめたノートを借りる相手もいない。もっともあったところで復習に費やす時間もなかったのだが。

 その前も授業中は『AnotherWorld』のことばかり考えていたので、ほとんど授業の内容も頭の中に入っていなかった。


 その結果がこれである。


 俺の手の中にあるのはテスト用紙。そこには丸の数よりもバツの数のほうが多く記されている。

 二学期の中間試験は自己ワーストをあっさりと更新し惨憺(さんたん)たる結果となってしまった。おそらく順位もひどいことになっているだろう。


 異世界では頑張ったんだけど、残念ながらその頑張りは異世界人にしか評価されず、この現実世界では通用しない。テストには異世界という項目なんてないのだ。

 テストの結果にもう一度目をやって俺は深くため息をついた。


 はあ、早くあっちの世界に行ってみんなと会って嫌なことを忘れたいな。



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