第五十二話 偽りの英雄から
クレルモンは平穏から一転して再び混沌の坩堝と化した。
「状況はどうか?」
ドレスから戦装束に着替えたロズリーヌは、兵士からの報告を急かす。
「はっ、突如現れた大型のドラゴンは飛来すると同時にしばらくクレルモン上空を旋回し、城壁外の平地に降り立った模様。その後ドラゴンに動きはありません。兵たちはドラゴンをいたずらに刺激せぬように静観しております」
ロズリーヌは報告を聞いて頭を抱えた。ようやくクレルモンが落ち着いたと思ったら、巨大ゴーレムがコミューン北西部を襲っていると連絡があった。
コミューンも兵を挙げ、ゴーレムの対策を練らねばならないというのに、今度はクレルモン上空に正体不明の巨大なドラゴンが飛来してきたのだ。当然住民たちはパニックを起こし、家の中に隠れ息を潜めている。
どうしてこうも連続して厄介事が起こるのか。理不尽続きにロズリーヌはやり場のない怒りを抑え込んでいた。せめてこの場にケイオスがいればと一瞬頭の中をよぎったが、彼女はその考えを振り払った。
幸いまだドラゴンはクレルモンを襲う様子はない。少なくとも人間に対して害意はないのだろう。知性のあるドラゴンならば対話も可能だ。どうしてこのクレルモンに訪れたのか、目的によっては交渉ができるかもしれない。
「陛下!」
ドラゴンを監視していた兵士が慌ただしく飛び込んできた。事態が急変したことを察したロズリーヌは兵士の発言を許す。
「ケイオス様が戻られました!」
その場にいた者の顔が喜色に満ちる。しかし、朗報を告げているはずの兵士の表情は喜色どころか困惑している様子であり、彼がもたらす報告は朗報ではないことを予感させた。
「それが、ケイオス様はあのドラゴンに乗って帰還されたそうです。つきましては陛下にお願いがあると……ひっ!」
報告していた兵が情けない悲鳴を上げる。目の前にいる女王陛下の背後にどす黒い炎がぶわっと燃え上がった幻覚が見えたからだ。
「そうか。あいつの仕業か」
クレルモンに所属不明のドラゴンが飛来したことでどれだけ騒ぎになったか。きっと本人はどこ吹く風でこんな騒動が起きていることに気づいていないのだろう。そう思うとロズリーヌの怒りが激しく燃え上がる。ここが公の場であることを忘れてロズリーヌは怒りを露わにした。
「そりゃよ。大きな教会がないかって聞かれて俺たちは言ったよ。クレルモンの大聖堂ならどうかって。けどな、まさか教会に突っ込むだなんて非常識なこと考えるわきゃないだろ!」
「だって仕方ないだろ。ヴイーヴルがどうしても見たいって言ったんだから。だから直接降りず、離れた場所に降下したじゃないか!」
醜い罪の擦り付け合いである。ロズリーヌの怒りに少しだけ呆れが混じった。
「黙れ、お前たち」
もっともちょっとだけ勢いを失ったぐらいで、彼女の怒りが消えたわけじゃない。明らかに激怒しているロズリーヌの姿を見たハボックとケイオスは意気消沈して黙りこくった。
「それでドラゴンを大聖堂に入れたいって?」
こくりとケイオスが頷く。
大聖堂と名乗るだけあって村や町にあるような小さな教会と比べると格段に広い。巨体のドラゴンが入ることはできなくても首だけ延ばせばかろうじて入るかもしれない。大聖堂の前は広場になっており、あの正体不明のドラゴンが降りるだけのスペースもある。
「しかしケイオス。お前が巨大ゴーレムと戦ってくれるのはありがたい。だが、また首を突っ込めば厄介なことになるぞ。それでもいいのか?」
ロズリーヌは散々貴族にされるかもしれないという危険性をケイオスに説いてきた。あれだけ嫌がっていた彼がそれを忘れているとは思えない。
「それは嫌だけどさ。けど見捨ててしまうのはもっと嫌だ。だから戦うよ」
ケイオスの瞳に迷いはない。
ああ、こいつはこういう奴だったとロズリーヌはそう思った。
だからこれ以上彼女は引き留めることをしなかった。
ロズリーヌもなるべくならケイオスの要望に応えたいが、問題は教会側がそれを承諾するかだ。ロズリーヌに出来ることはせいぜい教会に協力を要請するぐらいである。
「どうしても今必要なのか?」
「あのゴーレムと戦うためにもやらなきゃいけないことなんだ。頼む」
「はあ、待っていろ。取りあえず教会側と交渉してみる」
ロズリーヌはやや気が重いまま教会と交渉してみるが、彼女が想定したよりも交渉はあっけなく終わり、案外すんなりと許可が下りた。
理由は明かさなかったが、現在の微妙なコミューン連合国と教会の関係と、クレルモンを中心とした市井のケイオスの人気などを鑑みて、ここで断れば不利益になると判断して、教会側は承諾したのではないかとロズリーヌは結論付けた。
知性ある野生のドラゴンは、人に飼われているドラゴンと違い敵わない天災のような存在である。ロズリーヌには危険生物であり畏怖しかなかった。
いかにドラゴンを刺激しないようにするか苦心して大聖堂一帯を完全封鎖し、この場にいるのはケイオス一行と少数の護衛しかいない。だが護衛が役に立つかは微妙だ。野次馬もドラゴンの異様な姿に軒並み引っ込んでしまった。
「人間世界も大変じゃのう。妾のためにここまで配慮してもらってありがたく思うぞ、人間の女王よ。用が終わればすぐに立ち去るのですまぬが、その間この場を貸していただきたい」
ドラゴンはまず感謝を述べる。意外と礼儀正しかった。案外話せるものだなとロズリーヌは緊張して乾いた口を開く。
「いえ、お会いできて光栄です、古のドラゴンよ」
「ではなるべく用事を早く済ませよう。お主は準備できておるか」
「ああ、いつでもいいぞ」
ケイオスは大聖堂の祭壇まで足を運ぶ。リーアムたちも一緒だ。
それを追いかけてロズリーヌたちも一緒に大聖堂の中へと入る。にゅうっとドラゴンは首を伸ばしてきた。
閉所で逃げ場のない状況なので、護衛の兵士たちは緊張と恐怖で顔が歪む。ロズリーヌも兵士たちのように恐怖でいっぱいだったが、ドラゴンの不興を買わないようにおくびにも顔に出さないように努めた。
ケイオスは何か取り出したかと思うと祭壇にそれらを置く。しばらくするとステンドグラスから光が差し込みケイオスを包んだ。恐怖にのまれていた兵士たちもそのときばかりは恐怖を忘れ、幻想的な光景に圧倒される。
(これはまるでアレクシア殿の逸話と同じではないか!)
アレクシアが聖女と呼ばれる所以となった教会で神の加護を得たといわれる逸話は有名だ。ロズリーヌはその光景と目の前の幻想的な光景は一緒のように思われた。
「どうだった? 何か気づいたか?」
「うむ、なんとなくじゃがな。それについては後で話そう」
どうやら重大な秘密のようである。事情が事情だけに口を挟むべきか迷っていたロズリーヌは口をつぐんだ。
続けてケイオスはハボックたちを祭壇に立たせ、何かを祭壇に捧げさせる。まさか、とロズリーヌは心の中で叫んだ。彼女の予想通り、ケイオスの時と同じ現象が立て続けに起きる。
ハボックたちは落ち着かない感じで、今何が起きているか理解していないようだった。それに対して動じていないケイオスが元凶なのだろう。
ケイオスとアレクシアとの関係を考えると間違いなく彼は逸話にも関わっている。
(あれは神の加護ではないのか?)
神秘的な光景で神の御業と言われればロズリーヌですら疑いもしなかっただろう。しかし、こうして奇跡の乱発が行われている現場を目撃してしまうと、ひょっとしたら神の加護ではないのではないかという疑惑が浮かぶ。
もっともそう思っているのはロズリーヌだけだった。彼女の護衛たちは英雄ならば神の加護を受けてもおかしくないのではないか、新たな英雄の誕生か、もしかすると自分は歴史的な瞬間を目撃しているのではないかと色めき立っている。
ケイオスと友人関係であるロズリーヌと、彼に対して憧憬にも似た感情を抱いて偶像視している者たちとの認識の差だった。
ロズリーヌはこのことを自分の胸の内に秘めることにした。アレクシアとは個人的な友誼があるし、何よりこのことを公表すればそれこそ教会の権威が失われてしまう。ケイオスが泥をかぶったというのに自ら率先して公表する気にはなれなかった。
だが教会が言った通り神の加護だというのならば、ハボックたちまで神の加護を得るなどどれだけの厄災が降りかかってこようと言うのか。ロズリーヌは漠然とした不安に身を震わせることをこらえるばかりだった。
***
転職を無事に終え、その足でマウンテンゴーレムの迎撃地点に向かった。エルフの集落の森から迎撃地点までひとっ飛びだと豪語するだけあってヴイーヴルは速かった。
クレルモンでの状況を踏まえ、ヴイーヴルの姿が見えないところで降り、アレクシア様たちに話を通したため大きな騒ぎにはならなかった。それでもヴイーヴルが味方と知ってなお恐怖が大きいようで、誰もあまり近づきたがらないようだ。
こうしてヴイーヴルと二人きりで過ごしても誰も近づいてこようとしない。もっとも秘密の話をするときはかえって都合がよかった。
「いや、それが普通の人間の反応じゃぞ。人間は自分より強大な存在に対して恐れを抱く。慣れもあるのだろうがお主が異端なんじゃ。だいたい妾に力を借りるなど相当周りから反発されたのではないか? 昔ならともかく妾のことを知らなければ怯えても仕方ない。これも異世界の価値観の違いなのかの?」
「ドラゴンは迫力あるけどさ。そんなにおかしなことかな。ヴイーヴルは理性的だし、話なら聞いてくれるじゃないか」
「それがおかしいんじゃがの。まあいいわい。妾自身はそれを好ましく思っているがの。邪神と戦った頃にはお主のようなやつがいた。……その戦いで命を落としたがの」
しんみりと昔を懐かしむような切ない声でヴイーヴルは言った。あえてそれには触れずに俺は話題を変えることにした。
「それで、転職について何か分かったことがあった?」
「そうじゃの。やはりあれは神の加護ではない。もっと別の未知なる力が働いておる。そもそもずいぶん昔に神はこの世界から姿を消した。もしかしてとも思ったが、違ったようじゃの」
さらっと彼女は爆弾発言をした。
「神は姿を消した? どういうことだ?」
「原因は妾にもわからん。だが存在を感じられぬ。邪神を倒し、人の争いが続いていたころに神は唐突に姿を消した。邪神を倒したというのに争い続ける人の所業に呆れて見放したのやもしれぬな。だからこの世界に神はおらん。人は知らずに信仰しているのか。それとも当時の人間たちが真実を知っても、それをひた隠しにしていたのかもしれんな」
神様がいないと知ったら、教会とか信者とかどうなるんだろう。このことは誰にも話さないほうがよさそうだ。
「話を戻すぞ。とにかくあの現象はお主の体と同じ未知の力を使って、この世界に新しい理を創り出しておる。いや、書き換えていると言ったほうがいいのか。例えるならばお主の種族が人間であるという現実から、種族をドラゴンという新しい現実へと書き換えているという感じかの」
「えっ、じゃあみんなの体は大丈夫なのか?」
「安心しろ。幸いあれは人に害をもたらすものではない。さっきの例のように種族を書き換えているわけではないからな。おそらくお主の知っている通り、ただ力を与えているだけじゃ。普通に使う分には問題なかろう」
もしかしたらアレクシア様たちの体を勝手に変えてしまったのではないかと焦ったが、どうやら違うようだ。
「妾には理屈を感覚で述べることはできても真似は出来ん。いや、真似したくないというのがあるな」
「真似したくない?」
「未知の力を使ったわけではないが、過去にも新しい理を創り出した例はある。もっとも外法だから誰にも明かしたくないがの」
本当に不愉快なのか吐き捨てるように言った。深く聞けそうもない。
「話を戻すぞ。しかも場所が教会と限定されていても、何度でも行えるのじゃろう。立証するには詳細に確認しなければならないが、おそらく世界規模でその現象が起きるようにしたのじゃ。光が差せば影ができるようにそれを現象として恒常的に定着させた。何のためにかはわからないがの。異世界では当たり前にできるのか? もしそうならば、なんという恐ろしい世界じゃのう」
「そんなのできないよ。神じゃあるまいし。しかも俺の世界じゃ神が実在しているかわからないんだ」
俺の世界のイメージがひどくなりそうだったので慌てて訂正した。しかし、この世界の転職というシステムは思った以上に壮大な仕組みだったようだ。いったい誰が何のためにそんな仕組みを作ったんだろう。
「その仕組みを作った元凶が何を考えているかはわからぬが、少なくとも世界規模で何かを変えているようじゃ。お主はそれを知ってどうするつもりかの?」
「どうって……」
「お主はゲームとやらをやっていたせいで偶発的にこの世界へやってきたのであろう。しかも元の世界にいつでも帰ることができるではないか。この世界に執着する必要もないし、お主が関わる必要もあるまい。ゴーレムの件もそうじゃ。ゴーレムは強いのかもしれん。だが本来はその世界に生きる者が解決するべき問題ではないのかの? それなのにどうしてこの世界に居続けるのじゃ? まさか自分でなければ救えないと自らの力に酔いしれうぬぼれておるのか?」
面と向かってこの世界の住人から問われると答えに窮する。
「最初はこの世界が俺にとって異世界であることに気がつかなくて、いろんな人と知り合った。そしてようやく気づいたときには、知り合った友達が戦争に巻き込まれていて心底恐怖して逃げ出した。でもしばらく考えて、知り合った友達を助けたい一心でこの世界から逃げずにもう一度行こうって、一歩踏み出そうと思ったんだ」
見放しても忘れることができずに後悔するかもしれない。その思いが俺の背中を後押しした。
「けど吸血鬼の件が落ち着いて、ここにいる理由もなくなった。そしたら自分がこの世界と関わる目的を見失ってしまったんだ。俺には他に目的がなくて、せいぜい俺がこの世界で行き来できる原因を調べるぐらいしか目的がなかったんだよな。あのときはきちんと決めたつもりだったけど、あれはそういう選択を迫られたから選択せざるを得なかった。それが真実だったんだ。それこそ、事故に遭いそうな子供に手を伸ばすか伸ばさないかって選択と同じだったんだよ」
決断を迫られたから答えを出したからに過ぎなかった。それからはずっと流れに身を任せてきたようなものである。
「でもマウンテンゴーレムが現れて、コミューンの町や村が壊されるかもしれないと知ったとき、ごく自然に怒りを覚えた。そしてどうにかしたいって思ったんだ。もうさ、俺にとってそれが自然に思えるぐらい当たり前のことだったんだ。俺はこの世界が好きなんだな、きっと。だからこの世界にいたい」
どんな動機で始まったとしても、流れに身を任せて来た優柔不断であったとしても、ここまでずっとこの世界と関わり続けてきた。その間、この世界を周り、いろんな光景を見にしてきたんだ。
それはどうしてか。
何のことはない。俺はこの世界が好きでずっとこの世界にいたいんだ。
辛いことも嫌なこともあるけれど。それ以上に楽しかったし、一緒に過ごしたい人たちがいる。
「俺はこの世界に居続ける以上、傍観者でいたくない。だからマウンテンゴーレムと戦うよ。勝つために強くなる必要があるなら強くなる。ヴイーヴルの力が必要なら交渉してみる。周りが期待をかけるのは重たく感じるけど、それでもマウンテンゴーレムで英雄が必要とされているのなら」
じっと見つめるヴイーヴルの瞳を見返して答えた。
「俺は英雄を目指すよ」
俺は勲章に見合うほどの英雄なんかじゃない。
なれないかもしれないけれど、どうせならば自分が思う理想の英雄を目指そう。
「熱血しとるな、お主」
何というか暖かくなるようなヴイーヴルから視線を浴びて、からかわれているのではないかと思って怒りと恥ずかしさで顔が赤くなった。
「ふむ、悪かった。茶化したようじゃの。で、話を戻すが、お主を飛ばした元凶をどうするつもりじゃ?」
「……取りあえず何をしようとしているのか調べるつもりだ。もし吸血鬼たちのようにこの世界の人を危険な目にあわすようならば何としても阻止したい」
素直に謝るヴイーヴルに言い返すことができず、ふてくされたまま言った。
「あい、わかった。ならば妾も協力しよう。妾もこの力がどういうものなのかは気になる。この世界で生きるものとしてな」
俺の事情について一定の理解があり、この世界の視点からアプローチできる彼女の助力は欲しい。
「ありがとう、ヴイーヴル」
「ケイオス、ここにいたか! ヴイーヴル様もこちらにいらっしゃいましたか!」
丁度話を終えたところで、イレーヌさんが駆け込んできた。
「巨大ゴーレムが来ました! これから全軍をもって迎撃いたします。ヴイーヴル様もお力をお貸しくださいませ! ケイオスも急いでくれ!」
そうか、来たか。ヴイーヴルと顔を合わせた。
「行くか、英雄」
「行こう、ヴイーヴル」
ヴイーヴルは巨体を起こすと飛び立つ。俺はイレーヌさんと一緒にみんなと合流することにした。
近隣の兵を集めた全軍が打って出る。一度は敗北を喫した相手だ。兵士の顔は険しいが、同時に希望の眼差しが一身に集まるのを感じた。
アレクシア様とオリバーさん、ハボックたちの姿を見つけ一緒に行動する。
ハボックたちは彼らの特性に合わせた二次職を選んだつもりだ。既にスキルが使えることも確認を終えている。手ごたえを感じてはいるのか、表情は自信に満ち溢れていた。
「ケイオス氏、準備はよろしいですかな?」
「ああ、ばっちりだ」
「小生たちは作戦通り巨大ゴーレムの前面に展開しているゴーレムと戦います。ケイオス氏とアレクシア様はヴイーヴル様と一緒に巨大ゴーレムを相手にしてくだされ。その間、ゴーレムたちは一歩も近づけさせませんぞ」
威力を上げるためにアレクシア様の存在は必須だ。だからアレクシア様も一緒にマウンテンゴーレムと戦うことになった。
「万が一失敗した場合は、そのまま巨大ゴーレムを全軍で囲み攻撃を開始します。ここが正念場ですぞ」
これが失敗したら、多くの町や村が被害をこうむる。近隣の町や村は既に避難を開始しているとはいえ、楽観視できない。
「しかし、味方がこの調子では不安もありますね」
兵士は戦う前にのまれているような状況だ。暗い雰囲気が軍全体から伝わってくる。今度は簡単に退却するわけにはいかない。
もし俺たちが失敗したら、この兵士たちがあの巨大ゴーレムを止めなければならない。そうなったら被害が甚大なことになる。自分たちは生きて帰れないかもしれない。そうした悲壮な思いが兵士たちの間で蔓延しているのであろう。
オリバーさんも困った表情を見せた。どうにかして味方の士気を上げられればいいんだけど、そんな都合よく思いつくはずもない。
羽ばたき音と共にヴイーヴルが俺たちの前に舞い降りる。巨体のヴイーヴルが姿を現すと事前に知っていた兵士たちでさえも度肝をぬかしたようだ。
「なんじゃ、みな暗いのう。こんな調子で勝てるのか?」
首を下げて俺たちにささやくようにヴイーヴルは聞いた。
「死ぬかもしれないからな。不安になるのもわかるが」
「情けない。それでも戦士か。ここは戦場じゃぞ。それぐらいの覚悟ぐらいせんか。仕方ない。おい、お主。連中に発破をかけるぞ」
「わかったけど、どうすればいいんだ?」
「話を合わせるだけでよい。何、こういうものは今も昔も変わりはせんじゃろ。外連味たっぷりの臭い芝居のほうが連中には受けるのよ。まあ見ておれ」
茶目っ気たっぷりな声でヴイーヴルは首を上げると、翼を広げて全体に自分の存在をアピールする。マウンテンゴーレムほどの大きさは無くても、特大のドラゴンの姿に兵士たちは釘づけになる。
「聞け! 勇敢なる兵士たちよ! 妾の名はヴイーヴル! かつて邪神と戦い、そして勝利した誇り高いドラゴンである。此度は人界の英雄に乞われ、この場に参上した」
しんと静まり返ったこの場でヴイーヴルの声だけ響く。おそらく兵士全員が彼女の声に耳を傾けているに違いない。
「かつて我等ドラゴンと人間は神の下で手を取り合って、邪神と魔物と戦いそれに打ち勝った。では問おう。お主らが戦おうとしているあのゴーレム。確かに巨大に違いない。強敵であるかもしれんな。だが、それは我等がかつて敵とした邪神と魔物に匹敵するほどのものか⁉」
この場に当時のことを知る人間などいない。本当の意味で強さの比較などしようがなかった。しかし想像だとしても邪神に匹敵するかと問われれば答えは否だ。あくまで戦う敵は大きなゴーレムに過ぎないのだから神には及ばない。
「ならば、妾たちが再び手を組めばあの程度の敵を倒すことなぞ造作もないことは自明の理。そうではあるまいか!」
ヴイーヴルの言葉を受けた兵士はにわかに騒然とし始める。さすがにアレクシア様たちは彼女の真意を理解していたので冷静なものだった。
「うおおおっ! その通りっすよ!」
「リーアム……」
訂正。すぐ傍にも賛同者がいた。みんなから残念そうな視線を送られているのに熱狂しているリーアムは気づきもしない。
「人界の英雄よ。此度、妾とお主で新たな盟約を交わそう。これは古の時代より久しく結ばれていなかったドラゴンと人が互いに手を取り合う盟約である。この盟約を結ぶのであれば、お主の名を妾に告げよ」
ヴイーヴルの視線ははっきりと俺に向けられていた。兵士たちの目もヴイーヴルの視線に追従して俺に注目が集まっている。そう言えば、きちんとヴイーヴルに名乗っていなかったな。
これはただの演技には思えなかった。ヴイーヴルの瞳が何かを俺に訴えかけているように思えたからだ。
もしかするとヴイーヴルは俺が真相を調べることに協力することを改めて盟約として形にしたかったのかもしれない。
「俺の名はケイオス。共に戦おう」
「妾の名はヴイーヴル。英雄ケイオスよ、妾の名を心に刻め。お主のその意思が変わらぬ限り、妾はお主と共にお主に仇名す敵と戦おう」
俺は胸を張ってヴイーヴルに名乗り、盟約は結ばれた。
「これにて盟約は結ばれた。あとはこの盟約を果たすのみ。英雄ケイオスの敵は、妾の敵。ならばあのゴーレムに勝利することで証明して見せよう。もはや伝説となったドラゴンと人間の結束は再び果たされた。再び妾たちが結束しゴーレムを倒して勝利することで新たな伝説を歴史に刻もうぞ!」
ヴイーヴルの咆哮が轟く。その声に合わせ、兵士たちが武器を掲げあらん限り声を上げている。
「大成功だな」
「そうですね。少し怖いぐらいですけど」
アレクシア様も兵士のあまりの豹変ぶりに戸惑っているようだ。あの死地に行くような悲壮な雰囲気はもはや微塵も残っていない。あるのは狂信に近い興奮だ。
「どうじゃ。見事なもんじゃろ」
「見事すぎて言葉もないよ」
「ほほほ、もっと褒めてよいぞ」
ヴイーヴルの表情が変化して口元がぐっと動く。これがドラゴンのドヤ顔ってやつなんだろうか。
「ただ少しやりすぎてしまったかもしれんの。これだけの兵士の前であれだけの大言を吐いたのじゃ。これで負けるわけにはいかなくなったぞ」
ハードルは相当上がっている。もとより負けるつもりはないが、作戦が失敗したらみんなに責められそうだ。
「なんだ、負けるつもりだったのか?」
俺はわざと小憎らしくヴイーヴルに言い返した。
「何じゃ、言うようになったのう。妾がおるのじゃ。邪神でもなければ、負けることなどあろうはずもない」
ほんの少し意表を突かれたような声を上げ、自信満々に話すヴイーヴル。彼女の実力はどのぐらい強いんだろう。
野を駆ける兵士たちは敢然とゴーレムに立ち向かっていく。
「攻め立てよ! 巨大ゴーレムの前面に展開しているゴーレムを打ち倒し、小生たちが英雄たちの行動を邪魔させぬように足止めするのです!」
オリバーさんの指示が飛び、兵士がそれに合わせ動き出す。マウンテンゴーレムを守るように壁を作っているゴーレムたちと兵士たちが激突する。
「ケイオス、それから他の者たちも妾の背中に乗れ。巨大ゴーレムの前に出るぞ」
ヴイーヴルの言葉に従い、俺とリーアムたち、アレクシア様とイレーヌさんがヴイーヴルの背中に乗る。おそらくこの全軍の中でも最高戦力を集めたはずだ。
ヴイーヴルが羽ばたき、空を飛ぶ。
「うわ、凄いですね。あっという間にこんな上空まで!」
あっという間に上昇してしまったので眼下から見下ろす光景が怖い。
風はきつくないし足場も広いが不安定だ。既に何度か乗ったハボックたちは慣れているようだが、初めて乗るアレクシア様とイレーヌさんは少し危なっかしい。
「落ちたら危ないからしっかりつかまってて」
「はい!」
アレクシア様とイレーヌさんを支えながら、上空から戦況を眺める。
ヴイーヴルの発破が功を奏したのか兵士たちとゴーレムとの戦いはやや兵士が押している。いや前の戦いでもゴーレム相手ならば押せていたんだ。兵士が増えているため、負担は減っているはずである。
となると、やはり敵の主力はあのマウンテンゴーレムだ。巨体を誇るヴイーヴルでさえ、そびえ立つマウンテンゴーレムと比べればやはり小さく見える。
だが機動力ではヴイーヴルが圧倒的に上回っていた。空を自在に駆けるヴイーヴルをマウンテンゴーレムが手を伸ばしてつかもうとするがするりとかわす。
「何じゃ、どんくさい奴じゃの! 所詮は人形にすぎんか!」
「ヴイーヴル! あの胴体の隙間だ! あそこから内部の核を壊せるかもしれない!」
必死でヴイーヴルの背につかまりながら、マウンテンゴーレムの胴体をさす。
「わかった。が、一度お主たちを降ろすぞ。これでは全力が出せんからな」
ヴイーヴルがマウンテンゴーレムから距離を取って俺たちを下ろした後、そのままマウンテンゴーレムと真正面に向かい合った。まるで特撮映画の怪獣同士が自らの生存をかけて対峙するような光景である。いくらヴイーヴルでもマウンテンゴーレムと並ぶとかなりのサイズ差があるが。
マウンテンゴーレムがヴイーヴルに向かって殴りかかる。それをヴイーヴルは受け止めようとした。
「ぐぅっ! まともに受けたらさすがに敵わんか!」
巨体から繰り出された拳は両者の重量差をはっきり示す結果になる。純粋な力比べでは分が悪いと踏んだヴイーヴルは顔を歪めて自身の体をずらしてマウンテンゴーレムの攻撃をいなした。
力比べではやや劣るとはいえヴイーヴルだからこそいなせたが、ただの人間ならば抵抗もままならずその岩の塊に押しつぶされただけだったろう。
しかしこれはまずい。ヴイーヴルでさえマウンテンゴーレムには通用しないのか。
「ヴイーヴル!」
「だが、ただではやられんぞ!」
マウンテンゴーレムの伸び切った腕にヴイーヴルは牙を突き立てた。ぴしりと岩の腕にひびが入る。腕を引こうとしたマウンテンゴーレムとは逆方向へ首を引いたヴイーヴルはそのまま腕を引きちぎった。
ヴイーヴルは引きちぎった腕をそのまま遠くへ放り投げる。ずしんと音が響き、落ちた衝撃波が頬をかすめた。
立ち合いを見る限りでは力比べでは劣るものの、決してヴイーヴルは引けを取っていない。一進一退の攻防だった。
「息がつまりそうっすね」
超重量級同士の攻防である。平原だったからよかったものの、これが町とかだったら被害甚大だ。みんなが固唾を飲んで見守っている。しかし、一緒に戦うと言ったのにこれではヴイーヴルに任せきりである。
「ヴイーヴル! 援護する!」
マウンテンゴーレムから目を離さずにヴイーヴルは返答する。
「ああ、頼んだぞ!」
ヴイーヴルと睨み合っている今がチャンスだ。大きな隙ができる極大魔法を唱える。『サンダーストーム』はゴーレム系と相性が悪い。ならば別属性の極大魔法を使ったほうがいいだろう。
「アレクシア様!」
「わかりました。先生お願いします!」
アレクシア様が『アディション』で威力の底上げを行う。極大魔法は強いが、マウンテンゴーレムも侮れない。ならば最大の威力を発揮させなければならなかった。
極大魔法の属性は無、火、水、風、土の五属性。
普通に考えれば属性の考慮が必要なく確実にダメージを与えるであろう無属性を選べばいい。
しかし無属性の極大魔法は隕石を落とす魔法である。ゲームだと気軽に使えるけど、現実なら使うのをためらってしまう。一応極大魔法は属性が違っても同威力のはず、なんだよな。
残る属性は火、水、土。でも待てよ。ひょっとして水属性なら、ヴイーヴルの援護ができるかもしれない。
ならば唱えるのは水属性の極大魔法。その名も――。
「『グレイシアス』」
マウンテンゴーレムの周囲に小さな魔法陣が複数展開する。
「魔法陣から水が!」
アレクシア様が驚く。魔法陣から水が溢れ出ているのだから。マウンテンゴーレムも水を浴びる。水の勢いは凄いが、それでマウンテンゴーレムが倒れるほどではない。しかしこの極大魔法はここからが真骨頂だ。
「なんだこれは。急激に寒くなって、吐息が白くなっている。まさかあの魔法陣が原因か」
水が収まった途端、周辺に冷気が漂ってくる。そして急激な吹雪がマウンテンゴーレムを襲った。その勢いはマウンテンゴーレムの姿を覆い隠すほどである。
マウンテンゴーレムがその吹雪の檻の中から逃げ出そうとするが、次第に動きが鈍くなっていく。全身に浴びた水が凍りついているのだ。
吹雪が晴れ、その一帯には広大な氷河と白銀の巨像が出来上がっていた。
「ひゅー、やるのう!」
ヴイーヴルが賛辞の言葉を口にするが、俺は警戒を解いていなかった。
「ヴイーヴル! まだ倒していない! 気を抜くな!」
残念ながら極大魔法をもってしても倒すには至らないようだ。元々核を壊す必要があるゴーレムだから倒せなかったのだろうか。その証拠にぎこちないながらも小刻みに揺れていて、その振動で体に張りついた氷柱が割れて落下してくる。
「そんな! これほどの攻撃を受けてもなお生きているというのですか!」
アレクシア様は戦慄してたじろいだ。全身を凍りつかせてもなお動こうとする姿はもはや驚嘆するしかない。
そして転職したばかりの俺では極大魔法の負担が大きかった。MPもかなり消費したし、スキルを再び使用するための再使用時間は三百秒。その間、同じ極大魔法を使用することができない。そしてスキルポイントが足りないため、別の極大魔法なんて覚えていなかった。
気休めにマナポーションを使ってMPを回復させるが、もう少し時間が経たないと極大魔法を使うのは無理だ。
「こりゃゴーレムと同じで中の核を壊すしか手はなさそうだな」
ハボックは顎をさすりながら言った。
「ヴイーヴル、そこから核は狙えるか?」
「いや、思った以上にこやつの体は頑丈過ぎる。腕ならともかく分厚い胴体の中にある核を露出させるには胴体の岩石を引っ剥がすしかない。しかし、それだと妾でも時間がかかるのう。その間に奴が動き出したら少々骨じゃ」
凍りついた片腕が動き始める。せっかくマウンテンゴーレムの動きを止めているのに、強引に胴体の岩を引き剥がせば、その衝撃がマウンテンゴーレムの全身に伝わってしまう。それでは却ってマウンテンゴーレムが動き出すきっかけになりかねなかった。それにぐずぐずしている暇はないらしい。
「ヴイーヴル、俺たちをあの隙間に入れてくれ! 直接入って核を壊す!」
「わかった、首の上に乗れ!」
ぐっと頭を下げたヴイーヴルに乗って、マウンテンゴーレムの胴体の隙間に飛び移る。凍りついた岩肌の冷気が肌を刺す。
「ううっ、冷たいっす。さっさと片付けるっすよ」
「でも中までは凍っていないようね。というより暖かいわ」
「もしかしてこれ排気口か?」
胴体の隙間からは熱い風が吹いている。不自然な位置にあると感じていたが、もしかすると核が熱を帯びていて、その熱気を外へ出す排気口になっているのかもしれない。
大きな空洞になっていて光が漏れていて明るい。胴体の中は外とは違い氷結していなかった。熱気のせいかはわからないが魔法の影響は中まで届いていなかったようだ。
凍らせてしまったほうがマウンテンゴーレムの動きを封じてよかったかと思ったが、突入するなら別属性の極大魔法がよかったか。
「内部は奥まで続いているようですね」
「とにかく奥へ進みましょう、アレクシア様」
「そうですね。いつまた巨大ゴーレムが動き出すかわかりませんから」
こちらの予想通り、空洞は奥深くにまで伸びている。多少狭いが通る分には申し分ない。急に動き出したらひとたまりもない。急いで核を破壊しよう。
けれど、そうすんなりと事は運ばなかった。何故なら内部にあった岩が突如として隆起し動き始めたからである。
「中にもゴーレムが⁉」
中に誰かが入ってくることを想定していたのか、たまたま内部にいたのかはわからないがゴーレムがいた。もしかすると外にいたゴーレムもここにいたゴーレムかもしれない。ゴーレムたちは異物である俺たちを襲ってくる。
ハボックが盾を構えて俺たちとゴーレムの間に割り込む。マナによって輝く盾は襲ってきたゴーレムを跳ね返した。ただ跳ね返しただけではなくて、襲ってきたスピードよりも跳ね返したスピードが速い。そのままゴーレムは壁に激突して崩れ去る。
ハボックの二次職は『ナイト』だ。ウォーリアーの二次職であり、防御力に特化した味方を護る能力に長けた職業である。
その『ナイト』のスキルの一つ『シールド・カウンター』。盾を使い防御をすると同時に相手に盾を叩きつけるスキルであり、あまり動きが取れない狭い通路ではかなり有効な防御兼反撃スキルだ。
反面、持続性はないため使用するにはシビアなタイミングを見極める必要があるらしく、ゲームでも使いこなすのが難しい基本だが奥が深いスキルらしい。ベテランの冒険者であるハボックはそうしたタイミングを見計らう洞察力があったようだ。
「へへっ、ざまあみろ! このまま一気に突破するぞ!」
頼りになるハボックを先頭に強行突破を図る。立て続けに襲い掛かるゴーレムをものともしない。そのまま奥へと押して進む。
「上から来る! 避けろ!」
イレーヌさんの声に合わせて各々が落石を回避する。逃げ場がないので何人かはダメージを食らう。石が飛んできた先を見れば、腕の長いゴーレムがいる。今まで人型ばかりだったがどうやら動物、猿に近いタイプのゴーレムらしい。再び遠投しようと石を拾い上げている。
俺が攻撃する前にネルが矢を射る。矢は石を手にした腕を貫き、同時に胴体を貫いた。
『アーチャー』の二次職であり弓の能力を正統強化した『スナイパー』のスキルの一つ、貫通力を追求した攻撃『ピアッシング・ショット』。立ち回り方は大きく変わっていないため、ネルに戸惑いはないらしい。むしろレベルが上がったせいかネルの反応速度は上がっている。いつの間に二回も矢を放ったのか俺には分からなかった。
傷を負ったものはエミリアがまとめて回復する。彼女の二次職は『プリースト』。回復系のスキルが強化された職業だ。
現在使っているのは周囲にいる人を回復する『ワイド・ヒール』。これは二次職のスキルではない。純粋にレベルが上がったことで覚えた一次職のスキルだ。このほかにも強力な回復系のスキルもあるのだが大した怪我でもないのでマナを温存しているのだろう。
「ほう、以前とは比べ物にならないほど腕を上げているな」
「みんな転職ってやつをやって、二次職になったからな」
「そうね、基本的にはみんな特徴に合わせて強くなったけど、意外性で言えば、リーアムが一番よね」
「意外? まさか『バーサーカー』か⁉」
興味を持ったイレーヌさんがネルに確認する。その声はどこか嬉しそうな声だった。
そう言えばイレーヌさんの二次職は『バーサーカー』だ。彼女の素早さを活かした形で勧めた職業だが、仲間ができると思って嬉しいのかな。
だが残念ながらリーアムは『バーサーカー』ではない。俺もイレーヌさんと一緒で二次職や転職の説明を彼らにした際、リーアムには攻撃力に特化した『バーサーカー』を勧めた。彼の戦いぶりはハボックと違って防御よりも攻撃に向いていると判断したからだ。しかし、彼はそれを拒んで別の二次職を選んでいる。
ようやく奥にたどり着いたが、岩石が光源を遮っている。
「あー、違うっすよ。俺が選んだ二次職は」
何となく察したのかリーアムは言いづらそうにぽりぽりと頬をかいた。
リーアムの剣の刃が白く光りだす。
イレーヌさんは自身の知らないスキルを見て、リーアムが『バーサーカー』ではないことを理解し、顔を能面のように無表情へと変えていった。
「『パラディン』なんすよね」
『シャイン・セイバー』。ウォーリアーの二次職の一つである『パラディン』が得意とする魔法剣の一種である。
「……ああ、そうか」
そのまま光る剣で岩石を叩き斬った。厚い岩石がいともたやすく斬られる。『パラディン』が使う魔法剣は攻撃力に魔法の威力が加算されるので、単純な破壊力は凄まじい。これは単純な「腕力」だけでは威力が上がらないため、「知性」や「精神」といったパラメーターも必要になってくる。彼には『パラディン』としての適性があったようだ。
岩石が割れると、その先の光源の正体が明らかになる。まさしくそれは熱く眩く光る巨大な宝石だった。球形のそれは宙に浮いたままだ。ゴーレムの核と比較にならない大きさが、これがマウンテンゴーレムの核ということだろう。
「こいつを壊せば、巨大ゴーレムは終わりっすね」
光る剣を構え、リーアムがそのまま壊そうと動き出す。
しかしその瞬間、突如として地面が揺れだした。
「これは、まさか巨大ゴーレムが動き出したというの⁉」
絶叫するアレクシア様の言葉が正しいのだろう。激しい揺れは継続したままだ。体を動かしているとしか考えられない。
「リーアム、早くとどめを!」
唐突な揺れで思わず膝をついたネルが叫び、それに合わせてリーアムが飛び上がる。
だが次の瞬間、核とは逆側に位置する岩壁が砕け散った。
「やべえ!」
ハボックはリーアムをかばって盾を構えるが、二人とも巻き込んで岩壁に激突する。
「リーアム! ハボック!」
二人は岩壁に激突し血を流して、気を失ったようだ。だらんと落ちた腕を見てみんなが死んでしまったのではないかと動揺するが、盾の防御が間に合ったのか彼らのHPゲージからまだ生存していることを目視できた。それでも、大ダメージであることは必至だ。彼らが意識を取り戻すには時間がかかるだろう。
砕け散った岩壁から外の自然光が中に差し込んでくる。岩壁を割ったものの正体は岩の塊だった。
「巨大ゴーレムの手? まさか私たちを排除するために、自分の体を壊したというの⁉」
どうやって知ったのかはわからないが、ゴーレムが役に立たないと判断し内部に忍び込んだ俺たちを攻撃するため、マウンテンゴーレムは自らの胴体に拳をぶち込んだらしい。一見暴挙とも思うし、マウンテンゴーレムにどの程度知能が備わっているのかわからないが、どうせ核を壊されるならば捨身でも攻撃しようと考えたのかもしれない。
無謀ともいえる暴挙――だが核には傷一つついていない。こちらは身動きが取れない上に二人が重傷に陥っている。マウンテンゴーレムの捨身の策は十分に功を奏していた。
思いがけぬ危機に歯ぎしりする。不幸中の幸いと言うべきか俺たちの明確な位置まではわかっていないらしく、手探りで異物を排除しようとしている。あくまで手は岩の塊にすぎないので器用に動くことはできないが、こちらも激しい振動で身動きが取れない。マウンテンゴーレムの手に押しつぶされてしまってもおかしくないのだ。
「くそっ、『マナ・エクスプロージョン』!」
爆発魔法を使って核を狙うが、激しい揺れで狙いが定まらず、核をはずして岩壁に当たるだけだ。しかもそこには倒れているハボックとリーアムもいるので下手な位置を狙うと彼らに当たってしまう。遠距離攻撃ができるネルは体勢を保てず立ち上がることすらままならないし、アレクシア様は単純に威力不足だ。
どうする? このままじゃ――。
「どっせえぇぇぇい!」
掛け声と同時に外から差し込む自然光が明るさを増す。俺たちを探していた手が外へと引きずり出されたからだ。外を見ればヴイーヴルがマウンテンゴーレムの腕にかみついて懸命に引っ張っている。
マウンテンゴーレムはヴイーヴルを振りほどこうとしているようだが、内部の揺れが収まり揺れ幅が落ちている。
「私とイレーヌが支えます! ですから核を!」
アレクシア様がとイレーヌさんが左右から抱き着いて俺を支えてくれている。アレクシア様の『アディション』の有効範囲だ。なら威力も十分あるはずだ。ゆっくり照準を合わせて杖を伸ばした。
「『マナ・エクスプロージョン』!」
一撃――。
核はわずかに削れた。この程度ではマウンテンゴーレムの動きは止まらない。
「『マナ・エクスプロージョン』!」
二撃――。
ヴイーヴルが振り払われた。だが彼女はただ振り払われただけではなく、同時にマウンテンゴーレムの腕を噛み砕いて奪った。その間に体勢を立て直したネルが矢を放って、核にひびが入る。
両腕を失ったマウンテンゴーレムは静止するどころか、暴走したかのごとくひたすら前進し始める。揺れが再び酷くなってアレクシア様とイレーヌさんの腕に力がこもりしっかりと支えてくれている。
マウンテンゴーレムがこのまま真っ直ぐに進めば街がある。やられる前に少しでも被害を広げるつもりか。
させるかよ!
「『マナ・エクスプロージョン』! これで壊れろっ!」
三撃――。
一歩、二歩。続く足音は聞こえなかった。
そして――核は激しい音を立てて砕けた。
核が砕けた途端、俺はぺたんと座り込む。支えていたアレクシア様とイレーヌさんも勢い余って倒れた。
そして、振動が収まって俺たちはただ顔を見合わせるだけだった。




