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第四十四話 魔導師と聖女は杖を交え2

 どうしてこうなった。

 イレーヌさんに続いてアレクシア様までもが、敵意むき出しで臨戦態勢を取る。


「待ってくれ! アレクシア様と戦いたくなんかない!」

「黙りなさい! その声でさえずるな! その姿で私を惑わすな!」


 完全に取り付く島もない。本当にどうしてこうなった!


 やはりさっきの会話がいけなかったのか。しかしどう答えればよかったのだろう。


 アレクシア様たちとパーティーを組んでいたオープンβテストのときに使っていた杖は、オープンβテスト終了後、すべてのアイテムとともに削除されてしまい、もう二度と手に入らない。そんな説明をアレクシア様にするわけにもいかなかった。


 瞳の色にしてもそうだ。最初アレクシアが何を言っているのかわからなかった。けれど、言われてみればオープンβテストのころ、キャラクターの容姿をいじっている。全部元に戻したつもりだったが、瞳の色を戻していなかったのかもしれない。


 それにアレクシア様をだましたくはなかった。けれど、真実を伏せたまま話したから彼女に不審を抱かせてしまったらしい。


「『チェイン・バインド』」


 アレクシア様の魔法が使うと同時に俺はその場を飛びのいた。目標を失った魔法の鎖はしばらく宙でうねうねと動いたあと、消え去る。


「ちょっと待て!」

「問答無用! 『マナ・ボルト』!」

「ロズリーヌ、離れてろ!」


 ロズリーヌに離れるように言ったところで、紫電が頬をかすめる。身を反らし辛うじて避けることができた。だめだ、いくら止めてもアレクシア様の怒りは収まりそうにない。幸い俺しか目に入っていないのか、ロズリーヌを無視しているようだが、一度彼女には冷静になってもらうしかない。


「『チェイン・バインド』!」


 魔法の鎖はアレクシア様を捕えられない。俺と違って慌てて飛び退くようなことはせず優雅に数歩前進しただけでかわしてしまう。

 以前からこの魔法を使いこなしているアレクシア様なら魔法の効果範囲や発動のタイミングを熟知している。俺もアレクシア様の魔法の使い方を目にしていたからこそ見様見真似である程度使いこなせているが、やはり実践を重ねたアレクシア様の方が一日の長があるらしい。


 単発じゃだめだ。今度はハボックたちの援護はない。自分一人で詰将棋のように複数の魔法を扱う順序を組み立てて決定打を与えなければこの戦いは終わらない。


「やはり、あなたは先生じゃない」


 アレクシア様がそんなことを呟いた。


「何を根拠にそんなことを言っている」

「先生が扱う魔法はほぼすべてが攻撃魔法。覚えられる魔法には限りがあるから『チェイン・バインド』のような状態異常系魔法は覚えていらっしゃらなかった。だから私が状態異常系魔法で敵の足止めをし、先生が敵を倒すのがパーティーでの常道だった。でも、あなたが使うのは状態異常系魔法。先生はそのような魔法は使えないはずです!」


 アレクシア様とパーティーを組んでいたころに俺がどんな魔法を取得しているのか彼女が聞いてきたので、俺のスキル構成を教えている。そのころは確かに『チェイン・バインド』なんて覚えていなかった。これは相手を傷つけないためにさっき初めて取得した魔法だ。

 そのころはスキルを初期化できる課金アイテムなんて存在しなかったから、一度スキルを取得したら変更できない。覚えられる魔法には限りがあるので慎重に選ぶように言ったっけ。


 以前のスキル構成ではない以上、割り振れるスキルポイントの関係からほとんどの攻撃魔法が使えなくなっている。あるのは状態異常系魔法を取得するのに経路上通らなければならない魔法だけだ。その上『スキル還元の証』の予備がないので、以前のスキル構成に戻すこともできない。

 もっとも彼女に対し攻撃魔法を使って傷つけるなんて選択は絶対にできないけれど。


「『マナ・ボルト』!」

「攻撃魔法! 本性を現したようですね!」


 『マナ・ボルト』を連射しながら、アレクシア様に向かっていく。アレクシア様を傷つけないといいながら攻撃魔法を使っているなんて矛盾した行動。


「どこを狙っているのです! まともに魔法も使えないのですか!?」


 もっともそれらはすべてアレクシア様に照準を合わせていなかった。自分の手持ちの攻撃魔法で一番威力が低く、連射性の高いこいつぐらいしか俺の考えたプランに合う魔法が無かった。連射し続けて接近し、アレクシア様の行動を制限させる。


「『スリープ・クラウド』!」


 アレクシア様と俺との間の空間に白い霧を出す。本来の魔法の効果である睡眠を期待したものではない。

 ぼんやりとした白い霧の中、視界を遮られ俺は足を止めた。相手の姿の輪郭しか見えないほどの濃さの霧。これならどんな行動を取ったか相手に見られる心配はないだろう。


「『ディレイ・スペル』。『シーリング・スキル』」


 この霧が晴れたら絶対すぐに攻撃を仕掛けてくるはずだ。アレクシア様が仕掛けてくる間に、先に魔法を詠唱しておく。『シーリング・スキル』を詠唱したのに発動しない。


 『ディレイ・スペル』。魔法の発動を遅延させる魔法である。ただこの魔法は遅延だけで発動のタイミングは任意ではなく自動だ。時間もそれほど長くはない。その代わり遅延中は他の魔法を詠唱することができる。強力な魔法を遅延させて一気に畳みかけるといった戦術も使える魔法だ。

 タイミングが自動ということもあり、使いどころが難しい魔法でもある。イレーヌさんとの戦いで使わなかったのも俊敏なイレーヌさん相手にこの魔法を使えば、タイミングを外してしまう可能性が高かったからだ。

 これで『シーリング・スキル』の発動を遅延させ、アレクシア様に接近後、他の魔法で牽制しつつ『シーリング・スキル』で魔法が使えない状態に持ち込む。その間に捕縛するかあるいは杖を奪う方向で考えていた。杖を奪えば、魔法は使えないはずである。俺も杖が無ければ魔法は発動できないし、アレクシア様も杖を持たずに魔法を使ったところは見たことがない。

 あとは『スリープ・クラウド』の霧が晴れた瞬間にアレクシア様に突貫するだけだ。


「『ウインド・ウォール』!」


 霧が風で吹き飛ばされる。アレクシア様は霧が晴れるのを待ちきれなかったようだ。いつの間に『ウインド・ウォール』を覚えていたんだろう。強制的に吹き飛ばされる魔法。あれが近付いている間に使われていたら危なかった。


 嫌な予感がするが、『ディレイ・スペル』の時間もあり、アレクシア様に接近しつつ『マナ・ボルト』で牽制する。

 『シーリング・スキル』の射程内に入る。アレクシア様の逃げ道を防がないと。『マナ・ボルト』をアレクシア様の周囲に連射して、確実に『シーリング・スキル』を命中させるんだ。


 残る時間は5、4、3、2、1――。アレクシア様が詠唱に入る。だがここまで近付けば攻撃を受けようとも『シーリング・スキル』はアレクシア様に命中する。



「ケイオス!」


 ロズリーヌの叫び声。俺は壁に叩きつけられていた。時間が切れて発動した『シーリング・スキル』は目標が見つからず霧散する。いったい何が……?


 アレクシア様と戦う前にいた場所よりも後ろまで戻されたのを知ると、自分が何をされたのか理解した。


「『ウインド・ウォール』だと……!? でもどうやって」


 『ウインド・ウォール』はアレクシア様が霧を払うときに使ったばかりである。本来なら再詠唱時間のためにその魔法は使えないはずだ。

 『ディレイ・スペル』か? いや、飛ばされる瞬間に彼女が詠唱するのを見た。『ディレイ・スペル』なら詠唱は既に終えているはずである。


「『ダブル・スペル』か!」


 『ダブル・スペル』はウィザードだけが使える魔法ではない。セージも使える魔法である。

 つまり霧が出ている間に『ダブル・スペル』を発動し、霧を晴らしたことで『ウインド・ウォール』は使えないと俺に思い込ませたのか。


「ええ。あなたが『シーリング・スキル』で私の魔法を封じることは読んでいました」

「えっ?」

「あなたは『チェイン・バインド』を使いました。『チェイン・バインド』は魔導師が覚える魔法の中でも数種類の魔法を覚えなければ覚えられない魔法のひとつです。魔法を覚えるには順序がある。いきなり『チェイン・バインド』だけを覚えることはできません。その関係上、『チェイン・バインド』を覚えるなら、『シーリング・スキル』を覚えることも他の攻撃魔法を覚えるよりは容易いはずです」


 スキルの取得は樹形図のようになっている。だから、『チェイン・バインド』を取得するなら必ず下位のスキルを取得しなければならない。

 そうなると取得できる魔法はある程度制限される。そう考えればスキルを取得する経路で『チェイン・バインド』の下位のスキルから派生している『シーリング・スキル』を取得することは、他の魔法を取得するよりもスキルポイントを消費せずに済むので覚えやすいし、理に適っている。


「もっと有用な二次職の魔法は使っていないところを考えると、あなたは二次職ではない。そして魔導師であるのに接近してくるならば、使用する魔法は絞れます。あなたの『マナ・ボルト』の大きさを考慮して、かなり『知能』が高いようですからわざわざ接近せずとも遠距離で戦うほうが有利ですしね。接近して魔法を使うのではなく、接近しなければならない魔法を使うのだとはっきりとわかりました。従って狙っているのは『シーリング・スキル』だと予想がつきました」


 たったそれだけの行動で、そこまで読んでいたのか。


「魔法は先生に教わりました。先生の教えは決して忘れない。先生ならば私が読んだことぐらい予想して行動していたでしょう」


 買いかぶり過ぎだ、と心底思った。

 確かにアレクシア様とはいろんな魔法について話したことがあった。魔法の知識では俺とアレクシア様の差はそこまでないだろう。でも相手の行動を事細かに分析し、相手のスキルを予想して戦術に組み込むことができるのはアレクシア様だけだ。

 それに『ウインド・ウォール』、『ダブル・スペル』。アレクシア様と共にパーティーを組んでいたころ、彼女はまだこの魔法を覚えていなかった。この世界は極端にレベルが上がりにくいのかと思っていたが、彼女は例外のようだ。


 アレクシア様はあの時よりずっと強くなっている。それは彼女の努力によるものだとわかる。

 魔法を熟知しており、こちらの行動の先読みができる。相性が悪かったイレーヌさんはたまたま魔法を知らなかったから付け込む隙があったが、アレクシア様の場合そうした隙がなく、ステータスや職業の相性とは違う意味でやりづらい。


「『マナ・ボルト』」


 今度はアレクシア様が仕掛けてきた。俺が放つ『マナ・ボルト』よりも幾分威力が低い。


「『ポイズン・ミスト』」


 俺が避ける先にアレクシア様はあからさまに体に悪そうな毒の霧を展開する。即時行動不能になるわけじゃないが、霧の中に逃げ込めば毒によるDoTがうっとおしい。

 瞬時に判断して俺は『マナ・ボルト』を受けることを選んだ。毒から回復するには解毒薬が必要になる。アイテムを使っている隙をアレクシア様が見逃すはずがない。


 『精神』型のアレクシア様の『マナ・ボルト』は威力が低い。その上魔導師や法術師は魔法防御力が高めだ。多少受けたところでHPゲージの減りは低い。だが当たりようによっては少しだけ怯む。連射されればそれだけ隙が大きくなる。

 頃合いを見てアレクシア様は詠唱に入った。


「『フレイム・ジェイル』」


 炎の檻が俺の周囲を囲う。近付けば燃やされる厄介な檻だ。どんどん逃げ道をつぶされている。


 アレクシア様は二次職であるセージ。レベルも高いためアレクシア様が覚えている魔法の数も俺とは段違いで、多彩な魔法を覚えている。こちらは数少ないスキルの再使用時間を待たなければならないのに、アレクシア様は他の魔法を使い戦い続けることができる。彼女との地力の差が出てしまうのは仕方ない。


「くそっ」


 迷って檻から逃げ出すことを選択した。中に居続ければ、アレクシア様に魔法を当ててくれと言っているようなものだ。檻から転がり出てアレクシア様と距離を取るが、HPの減り具合に舌打ちしたくなる。


 さすがにこれ以上のダメージは許容できないからポーションを取り出し、回復しておく。追撃に備えアレクシア様の行動から目を離さない。アレクシア様は詠唱している最中だった。


 『スリープ・クラウド』で詠唱の妨害を試みるが、彼女は俺から意識を離していない。あっさりと避けてしまい、魔法を発動させた。


「『スロウ・ムーブ』」


 しまった、デバフか! アレクシア様の杖から放たれた淀んだ水がまとわりつく。避けようとしたが初見だったために想像以上に範囲が広く、身体に引っ付いて離れない。

 セージは味方の能力を上げる支援魔法のほかに敵の能力を下げる支援魔法を覚える。

 『スロウ・ムーブ』はその名の通り、動きを鈍くする『鈍足』の状態異常にさせる魔法だ。粘着性の高い水が鉛のように重くなり、極端に動きが鈍くなる。

 現に走っているつもりなのに歩いているぐらいの速度しか出ない。『スパイダー・ネット』と違いこのデバフの効果時間は割と長い。


 これじゃ狙われ放題だ。アレクシア様に魔法を使わせないように、魔法で攻撃し続ける。だがアレクシア様は回避に専念して、絶対に魔法が当たらない。


 そして――。杖を振るっても魔法が発動しなくなった。


「MPが足りません。スキルの使用ができません」


 魔法を使おうとした瞬間、目の前にメッセージが表示される。MPが尽きた。MPを回復させようと慌ててマナポーションを取り出す。


「させません!」


 アレクシア様が素早く『マナ・ボルト』でマナポーションを狙い撃った。紫電が瓶を貫いて破壊されてしまう。

 新しいのを出さないと思ったが、今度は魔法の鎖が現れた。鈍足の俺では飛び退くことすらできない。あっという間に捕えられてしまう。


「どうやらこれで終わりのようですね」


 もう抵抗できないと考えたアレクシア様が俺に近付く。『麻痺』した俺には反撃することができない。スキルレベルも高いのか、鎖は幾重にも俺を縛り『チェイン・バインド』の効果も長そうだ。

 MPも尽きている。MPの自然回復量では足りず、これじゃたとえ『麻痺』から回復しても逆転の手はない。

 俺に打つ手がないことを確信したからアレクシア様は敵の傍まで近寄るのだろう。本当に万事休すだ。


「ケイオスーーーっ!」


 俺とアレクシア様の間を割って、ロズリーヌが剣を振るいアレクシア様に立ち向かっていった。


「やめろ、ロズリーヌ! お前に敵う相手じゃない!」


 ロズリーヌじゃ、アレクシア様に敵うわけがなかった。彼女も散々今までの戦いを見ていたはずだ。それでも恐れずにアレクシア様に立ち向かっていった。

 『麻痺』している俺は動けず、彼女の姿を見送るだけだった。


 アレクシア様は若干めんどくさそうな顔をした後、瞬時に展開した『メンタルシールド』で剣の勢いを殺した。そしてそのまま杖で剣を払う。


「ロズリーヌ様、申し訳ありません。ですが、邪魔をしないでください」


 アレクシア様はロズリーヌを『スリープ・クラウド』で眠りにつかせる。意識がもうろうとしたロズリーヌはその場で崩れ落ちた。


 俺は下唇をかんで、何もできなかったことを嘆くぐらいしかなかった。


「お待たせしました」


 まだ『チェイン・バインド』の効果が抜けていない。無駄だと分かっていても抵抗してみるが、びくともしない。



「抵抗しても意味がありません。その魔法の効果は知っているのでしょう? 『麻痺』した身体は動かせません。その魔法が解けるまでまだ時間はある。その間にあなたを倒します」


 アレクシア様はこちらに振り返り、杖を構えた。これだけ俺との距離を詰めたとなると、おそらく彼女が使う魔法は『メンタル・バースト』だ。

 『精神』型のアレクシア様が使う『メンタル・バースト』を食らえば、間違いなくHPはすべて持っていかれる。そしたら死あるのみだ。


 アレクシア様が詠唱に入る。

 レベルも、魔法の知識も敵わない。

 魔法は使えない。

 挙句の果てに動けない。


 俺にはもう何も残されていないのか。


 『チェイン・バインド』を解き、アレクシア様の『メンタル・バースト』を防ぐ方法。


 こちらの世界の住人であるアレクシア様に対して、身動きのできないプレイヤーの俺が勝る点。



 ……プレイヤー?

――あった、たったひとつだけ。



 時間はない。すぐに行動に移す。

 その途端、俺を縛っていた戒めからすべて解き放たれた。魔法の鎖は消え去り俺はすぐに動き出す。


「なっ!?」


 さすがのアレクシア様も、『チェイン・バインド』が強制的に解かれたことに驚く。

 魔法は使えない。だがアレクシア様との距離は近い。いくら『スロウ・ムーブ』で遅くなった差があっても、動揺したアレクシア様と行動を決めた俺では速さが違う。だから、俺はアレクシア様にそのまま襲い掛かった。


「くっ、離しなさい!」


 詠唱を中断して、アレクシア様が抵抗する。アレクシア様の杖をお互いがつかんだままはなさない。そのままもみくちゃになって倒れこんだ。


 倒れた二人から一本の杖が遠くに転がり落ちる。二人の身体は離れ、勝者と敗者が決まった。


 俺はアレクシア様に杖を向けた。転がり落ちたのはアレクシア様の杖だった。


「そんな……。どうして『チェイン・バインド』が」


 アレクシア様が呆然として疑問を口にした。


 『チェイン・バインド』が強制的に解除された理由。それはクレルモンでポーションと一緒に購入した麻痺回復薬で『麻痺』を回復したからだった。

 『チェイン・バインド』は魔法の鎖で物理的につながれているように見えるが、ステータス上は『麻痺』の状態である。つまり『麻痺』の状態から回復すれば、自然と魔法の効果を失う。


 動けないのにどうしてアイテムが使用できたか。アイテムの使用はインベントリからの緊急使用によるものだ。緊急使用は『麻痺』で行動が制限されない。緊急使用をこの前に使っていたら再使用時間の関係でこの手は使えなかったが、幸いこの戦いにおいて緊急使用は一度も使用していなかった。


 アレクシア様はプレイヤーじゃない。

 どれだけ強くても、どれだけ魔法の知識があってもプレイヤーである俺と違いゲームシステムまでは利用できない。彼女はマップで確認してロズリーヌを探すことができなかったように、インベントリも緊急使用の存在も知らないのだ。だから不意が打てると踏んだ。


 ぶっちゃけると運がよかった。アレクシア様が近付いてこなければ、杖を落としていなければいくつもの要因が重ならなければ負けていたのは俺であったはずだ。


「殺しなさい」


 アレクシア様は気丈にもそんな言葉を口にした。どこか投げやりな彼女の言葉に怒りを覚える。

 けれど、彼女の姿を見てその怒りは急速に失われた。


 小柄で華奢な彼女。鍾乳洞で彼女を庇ったときや、ライノスによって死にそうになった彼女の姿を思い出す。本当は庇護されるべき年齢の少女だった。


 どうしてこうなったんだろう。本当はこんなに死力を尽くして戦う必要なんてなかったのに。


 ――あなたは人間ですか、と聞いているのです。


 人間かどうか。俺が聞きたいぐらいだ。痛みも感じず、疲れもしないキャラクターの身体。どう考えても人間離れしているもんな。

 とはいえ、彼女の言葉はそういった意味ではないのだろう。

 人間じゃない……魔物として見られているということか? ああ、そうか吸血鬼だと思われているのか!


 吸血鬼の王の話を思い出す。王は誰かの手によって吸血鬼の生を与えられたのだと。それは人から吸血鬼に変えられてしまったということだ。

 吸血鬼が人の生き血をすすり、その被害者も吸血鬼にしてしまう。それはゲーム以外で一般に知られている吸血鬼の特徴とぴたりと符合する。もっとも『Another Wolrd』の吸血鬼がプレイヤーを吸血鬼にしてしまうなんて特殊なシステムは存在していないはずだし、日光に弱いなんて弱点もないが。


 いずれにせよ、アレクシア様は俺が吸血鬼だと勘違いしているのだ。


 そうか、モンスターだと思っていたから彼女は必死に抵抗したんだな。

 だったらもう戦う必要なんてないんだ。


 俺は杖を投げ捨てた。もうこれは必要ない。

 突然の奇行にアレクシア様は怪訝になって俺を見た。

 ややかがんでアレクシア様と視線を合わせる。彼女は若干おびえた目をしていた。本当は気丈に振る舞っていただけなんだ。


 そして俺はゆっくりとアレクシア様を抱きしめた。


「な、何を! やめなさい! 私はあの人以外に触れられたくはありません! 辱められて生きながらえるぐらいなら私は死んだ方がましです!」

「ごめんな」


 突然男に抱き着かれ半狂乱になって暴れるアレクシアにただ謝った。


「目の色はいろいろあって変わってしまった。杖を無くした理由も同じだ。だけど、俺は俺だ。吸血鬼なんかじゃないし、モンスター……魔物でもないよ。アレクシア様とパーティーを組んでいたころからそれだけは変わっていない」

「嘘です!」

「嘘じゃない。理由を話せなくてごめん。でももうアレクシア様とは戦いたくないんだ」


 もう戦いたくなんてない。杖を仲間になんて向けたくなかった。杖を投げ捨てたのはその意思表示。

 でも投げ捨てただけではアレクシア様が再び抵抗してしまうかもしれない。そうなったら話すことなんかできない。だから抵抗できないように彼女を強く抱き締める。


「覚えているんだ、アレクシア様たちと過ごした日のことを」


 出会ってからずっと一度たりとて忘れていない。


「冒険者ギルドでイレーヌさんが仲間を探していて、そこで俺が名乗りを上げて初めてアレクシア様たちと一緒にパーティーを組んだ」


 最初はおっかない女性がいるなと思っていたんだ。勇気を持って声をかけたのがきっかけで、そこからアレクシア様たちとの関係が始まったんだ。


「そこでアレクシア様がブラッドラビットを一人で倒せなくて困ったときに状態異常系魔法で倒す方法を教えたんだよな。アレクシア様、一人で倒したときすごいはしゃいでいたよね。あれからずっと魔法の腕を磨いてきたんだな、すごく手強かったよ」


 本当に強くなった。戦い方もろくに知らなかった少女が、よくここまで強くなったと思う。


「一緒に昼食を食べたこともあったよね。またいつかみんなで一緒に食事に行けたらいいな」


 笑ったり笑われたりしたけれど、それも楽しかった。


「二次職になり鍾乳洞で魔法の実験をしてみんなで散々な目にあったとき、イレーヌさんに散々怒られたんだよな。アレクシア様はあの時フォローを入れてくれなかったし、ひどいよアレクシア様」


 笑って反省するように言ってたよね。忘れていない。いつか仕返ししてやろうと思っている。


「ブランデンブルグでアレクシア様が倒れたとき、心底心配したんだ。でも無事でよかった」


 あの時の喪失感は本物で、本当に恐怖していたのだ。今思えばそれは正しかった。だから無事だと知ったときは心底ほっとしたんだ。

 懐かしい。ほんの一か月前の出来事を思い返しながら話す。

 たった一ヶ月ちょっとしかなかったけれど、それでもアレクシア様とこれだけたくさんのかけがえのない思い出を築いていたんだ。

 心なしかアレクシア様の抵抗が減っていた。


「全部、全部覚えているんだ。それは嘘じゃない。俺がアレクシア様と一緒に過ごして作った思い出なんだ。これだけの思い出を作った相手を、アレクシア様を傷つけることなんてできないよ。証明することはできないけれど、それだけは信じて欲しい」

「本当に、本当に先生なのですか?」


 小さく震える声でアレクシアが聞く。


「ああ、本当だ。目の色は違うけれど、一緒に作った杖は失くしてしまったけれど、正真正銘、俺だ」

「先生……、先生!」


 信じてもらえたようだ。もう大丈夫だろうと思い離れようと思ったがアレクシア様が強く抱き締め返した。

 改めてこの状況を考えるといろいろ倫理的に不味いような気もするが、この際忘れることにした。

 だってさ、泣きじゃくるアレクシア様をここで離してしまったら、さすがに人でなしのような気がする。恥ずかしさを心の奥底に追いやって、少しでも彼女が安心するように苦心した。


「じゃあ、私は先生に対して酷いことをしてしまったのですね。あまつさえ先生を自分の手にかけそうになっていたなんて」


 師弟というのは似るのだろうか。なんだかちょっと前まで悩んでいた俺に似ている。思わず苦笑してしまった。


「先生?」


 不思議そうに顔を上げるアレクシア様。そうだな、彼女にとっては真剣に後悔していることなんだ。苦笑するなんて不謹慎だった。


「許すよ、アレクシア様」


 後悔している本人は納得いかないかもしれない。でも、後悔の原因になった俺は何とも思っていなかった。起きたことは悲しいことだけれど、ただもう二度と同じことが起きないように願うだけだ。


「すれ違いで起きたことだ。アレクシア様は悪くない。誤解が重なり合っただけなんだ。アレクシア様に振り上げる拳なんかないよ。それにさ」


 アレクシア様の目を見て、彼女の不安をかき消すように優しく言葉をかけた。


「俺はアレクシア様にとって先生なんだろう。生徒が道を間違えたなら正すのが当たり前じゃないか」


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