第四十二話 対人戦
イレーヌさんと対峙する。対人戦の初めての相手がイレーヌさんっていうのも複雑な気分だ。
もちろん彼女を傷つける気は毛頭ないし、そもそも傷つける魔法もほとんど取得していない。
どうにかして彼女に剣を収めてもらうか、あるいは無力化する。それを成し遂げなければならない。
俺の手持ちの魔法の中で彼女を無傷で捕える魔法があるとすれば、先程使った『麻痺』を伴う『チェイン・バインド』、『睡眠』を誘発する『スリープ・クラウド』ぐらいなものだ。
しかしさっきみたいな不意打ちならばともかく、イレーヌさんも警戒しているだろう。
「『スリープ・クラウド』！」
魔法を発動させるが、イレーヌさんは霧が現れた瞬間にその場を飛びのき霧から離脱する。予想されたことなので落胆はしないが、改めて現状の厄介さを認識し直した。
『Another World』には限りなく命中率の高い魔法はあっても、必中の攻撃魔法は存在しない。それは状態異常系魔法も同じだ。
魔法の鎖で相手を縛り麻痺させる『チェイン・バインド』もまた、あくまでその場所にいる相手を縛るというタイプの魔法なので、その場から離れられたら捕まえることなどできない。
スキルを知っている相手との対人戦は厄介だ。不意を打つか、魔法を発動させる場所に上手く誘導するといったテクニックが必要になるかもしれない。
イレーヌさんと俺とでは対人戦において相性が悪すぎる。
理由の一つはレベル差だ。二次職のバーサーカーと一次職であるマジシャンとの差も大きいが、レベル２０以上突き放されているとステータスの差が大きく表れる。この世界ではステータスを確認し操作することはできないのだろうが、実際レベルが上がればイレーヌさんは顕著に強くなっていったのもあってその差を無視できない。
二つ目は職業の差である。高火力、紙防御といった特徴を持つマジシャンは多数を相手にするのは得意だが、こと敏捷系のウォーリア相手には相性が悪い。マジシャンの売りである高火力の魔法は相手が素早すぎて命中しないのだ。
イレーヌさんはスピードの速い敏捷系バーサーカー。敵の攻撃を避けて切り込んでくるタイプだ。
三つ目はこちらの制限によるものだが面を使う魔法が使えないことだ。こうした敏捷系のウォーリア相手にマジシャンが戦う場合、広範囲の攻撃魔法を使いウォーリアをいかに近付けないかと言うのが基本的な立ち回りになるそうだ。しかし、攻撃魔法は今ほとんど取得していないからそうした戦術が取れない。
以上の理由に加えて相手を殺さずに無力化するという制限が付くのだ。正面から一対一で戦えば決して彼女に勝つことはできないだろう。
だが悲観的な話ばかりではない。こちらにも有利な点がある。それはこれが一対一ではなくて、一対多の集団戦であることだ。
「ケイオスばかりに気を取られているんじゃねぇぞ！」
ハボックが霧から逃れたイレーヌさんに襲い掛かる。正面から襲い掛かるハボックに対してイレーヌさんは霧を背にしている。いくらイレーヌさんの動きが俊敏だと言えども、避けるスペースがなければ回避できない。霧はまだ消えておらず、下がってしまえば眠りについてしまうからだ。その場で戦うことを嫌ったイレーヌさんは左へと逃げた。
「待ってたっすよ！」
ハボックの背後から付き従うように飛び出していたリーアムが剣の腹で薙ぐ。
「はっ！」
「んなっ！？ まさか！」
リーアムが驚く。イレーヌさんは軽業師のごとく軽やかに跳躍してリーアムの頭上を越えたからだ。
リーアムを飛び越えたイレーヌさんは俺をめがけて真っ直ぐ向かってくる。早い。
顔面に膝が入る。ぐっとHPが減るがそれでも全体から見ればまだ低い。イレーヌさんはそのまま追撃を加えようとするが、何を思ったのか急にすごい勢いで距離を取った。
「ああ、もうっ、その技厄介ね！」
矢が目の前を横切る。コーネリアの矢だ。イレーヌさんはそれに気付いて追撃をやめたようだ。
「想定以上にあの技が使えるようになるまでの時間は短いみたいね。だとすると絶えず攻撃をしないと相手を追い詰めることはできそうにないわ」
「ちっ、間断なく攻撃しようにも手が足りないな」
あの技……？ ああ、そうか。ハボックたちは知らないのか。あのスキルのことを。
「あれは『ブリッツ・ラッシュ』だ」
「『ブリッツ・ラッシュ』？」
「足にマナを集中させ、爆発的な推進力を得て高速で移動する突進系のスキ……技だ。本来は相手との距離を詰めて攻撃するための技なんだけど……イレーヌさん、ようやく使えるようになったんだね」
「ああ、お前がいない間に練習を重ねてようやくものにできた」
俺と一緒にパーティーを組んでいた頃、イレーヌさんはあまりの速さに『ラッシュ』を使いこなすことができなかった。
俺たちとパーティーを組む上であまり使いどころが少ないスキルだったから、使う必要も無かったけれど、アレクシア様が新しい魔法を覚える裏でイレーヌさんが使えなかったことを悔しがっていたのを覚えている。
相当練習したのだろう。本当は喜びたいところではあるが、こうして対峙して翻弄されている以上、素直に喜べないのがもどかしい。
「なるほど、リーアムの読みは間違っちゃいなさそうだな。連続で使えない技なんだろう？ 攻撃に使わず、逃げに徹しているのも技を使用した後の隙を狙ったネルの攻撃を警戒してのことか。他に弱点はないのか？」
「基本的には直線的な動きしかできないから移動先を読めれば攻撃を狙うことはできる。だけど」
正直読めない。直前の動作から行動を読むことができるレベルの洞察力か、動体視力のいい人なら読めるのかもしれないが、イレーヌさんの動きが早過ぎて予測するのが難しい。
「ケイオスの言う通り、動作の直前にフェイントも入れているっすからね。動きを特定するのは容易じゃないっすね」
「だからその場を狙って射るのも難しいのよね。狙うとなると集中しなければならないし。矢も限りがあるわ」
……強さの指標はレベルだけじゃないな。俺はフェイントなんて全然気づかなかったぞ。リーアムたちは全員気づいていたらしい。
「とにかく『ブリッツ・ラッシュ』をどうにかしないとジリ貧ね。どうする？」
否定する前にコーネリアが割り込んだ。『ブリッツ・ラッシュ』をどうするか、か。
方法はある。あるけどそれはイレーヌさんとの距離を極端に詰めなければ使用できない。それとどうにかすることはできても、イレーヌさんを無力化することができないのだ。
距離を詰める――HPがゼロになる可能性がぐっと高くなる。なまじ痛みがない分、気が付かないうちに死んでしまうことだってあるのだ。
一呼吸入れた。
「『ブリッツ・ラッシュ』は俺が対応する。だからハボックたちはイレーヌさんを無力化することに注力してくれ」
「……何か策があるんだな。わかった、任せる。こっちも何とかしてやらあ」
「って大見得切っていいんすか」
「まあ、任せろ。こっちだって奥の手が残っているからな。ただ、時間がかかる。時間は稼げよ！」
「相談は終わったか。今度はこちらから行くぞ！」
イレーヌさんがレイピアを構えて攻撃に転じた。
リーアムがイレーヌさんの攻撃をはじく。激しい剣戟の応酬。リーアム一人ではイレーヌさんの攻撃をさばくのが厳しいのか、リーアムの額から汗が流れ裂傷が増えていく。次第にイレーヌさんの勢いに押されていった。
そこにハボックが割り込んだ。リーアムを倒したイレーヌさんは落ち着いて対処し、攻撃をかわしハボックを蹴り飛ばす。ここまではイレーヌさんも予想できていたであろう。
「ケイオスが突っ込んできただと！？」
大柄なハボックさんの陰に隠れてこっそりとイレーヌさんに近付いた。遠距離を得意とするマジシャンなら距離を取って戦うのが普通だ。自ら接近することにイレーヌさんは驚愕したようだ。
イレーヌさんの真正面に躍り出る。ここまでくればこちらの魔法の射程範囲内。『ブリッツ・ラッシュ』の再使用時間もまだ経過していない。
「『シーリング・スキル』！」
一度も見せていない魔法をイレーヌさんに放つ。初見の魔法ではイレーヌさんもどう動いていいかわからないはずだ。イレーヌさんは耐えるために両手を交差して身構えた。
魔法詠唱時に現れ俺の周囲を漂う幾何学の紋様でできた紐がイレーヌさんを縛る。だが、イレーヌさんにまとわりついた途端にすぐに消えた。
「何を……まさか、不発？」
「はたしてそうかな」
イレーヌさんに目立った異変は起きていない。この魔法の効果は表面上には何の効果もないので、すぐに理解できないかもしれない。俺も初めて唱えた魔法なので成功したか不安はあるが、それを悟られないためにも気丈に振る舞った。
「ふん、どちらでもいいことだ。ケイオス、その位置は私の間合いの中だぞ」
それも十分にわかっている。だから次の魔法を唱えなくては。
「しばらく寝ていろ！」
殴るモーションでイレーヌさんが迫る。
「『スパイダーネット』！」
「待て、逃げるな！」
ほんの少しでも時間を稼ぐため、イレーヌさんの移動速度を落とす。みっともなく後ろに逃げるがイレーヌさんはそれでも追いかけてきた。
「ケイオス、伏せて！」
コーネリアの矢が放たれた。伏せたが、声を出した分イレーヌさんにも気づかれてしまう。
「『ブリッツ・ラッシュ』！ ……発動しない！？」
『ブリッツ・ラッシュ』が発動せず慌てるイレーヌさん。コーネリアの矢はイレーヌさんのレイピアを弾き飛ばした。
イレーヌさんは衝撃で腕を抑えると、俺をにらむ。
「『ブリッツ・ラッシュ』が使えないのは、さっきの魔法のせいか！」
正解だ。『シーリング・スキル』。相手のスキルを一定時間使用不可能にする状態異常『封印』にしてしまう魔法である。射程が狭いという制限は大きいがあらゆるスキルが使用不可能になるという大きく攻撃を制限される対人戦で使われれば厄介な状態異常系魔法だ。モンスター相手にはほとんど使う機会が無かったので今まで一度も割り振ったことがなく、イレーヌさんは見たことがないはずである。
「だが時間が経てば、この魔法の効果も尽きる。その間に剣を取り返すことぐらい訳ないぞ」
「ふっ、どうかな。そのマナを使う技を封印する魔法の効果は長いぞ。効果が切れるのは一分先か、それとも五分先か。その間に周りが黙ってみているとでも？」
ハッタリだ。五分もスキルが使用できないなんていう凶悪スキルがあったら、運営にプレイヤーから修正要望が山のように届くだろう。実際の時間はせいぜい三十秒。もうそろそろ魔法の効果は切れる。
だけどそのことにイレーヌさんは気付いていない。いや疑っているのだ。真贋を見定めようとイレーヌさんは厳しい表情を浮かべ黙っている。アレクシア様と魔法のことで話をしていたとき、まったくイレーヌさんが会話に関わっていなかったことから彼女があまり魔法に詳しくないと判断してのことだが、その予想は当たっていたようである。
『ブリッツ・ラッシュ』の再使用時間、『シーリング・スキル』の効果時間を織り込んでのハッタリ。絶対にスキルが使われないと確信した余裕をイレーヌさんに見せつける。
本当は内心らはらしっぱなしだが、それを絶対に悟られるわけにはいかない。
イレーヌさんが『ブリッツ・ラッシュ』はしばらく使えないと思い込む、その時まで！
「ならば押し切るまで！」
スキルを封じられてもなお果敢に攻めてくるイレーヌさん。
かかった――。けどまだ安心するにはまだ早い。イレーヌさんを無力化できていないのだから。
とにかく俺にできることはイレーヌさんを誘導すること。
「『チェイン・バインド』」
「二度も通じるか！」
挙動を読まれ、容易く避けられてしまう。まだハボックたちの援護は来ないのか。
他の魔法、ダメだ。距離が近すぎる！
判断に迷った俺に飛びかかったイレーヌさんともつれ合い、気付けばイレーヌさんが馬乗りになっていた。妙齢の女性が俺の上でそんな体勢をしていることへの気恥ずかしさなど感じる暇はない。あるのは焦りだけだ。
腕は足に挟まれている。力を込めて逃げ出そうとしても抜け出せない。完全に捕まってしまった。
「これで終わりだ！」
イレーヌさんの拳の風切り音が攻撃の鋭さを否が応でも理解させられる。もうだめだ。俺は怖くて目をつぶりそうになる。
そのとき、イレーヌさんの背後が煌々と光り出した。
異様に濃くなった影に気付いたイレーヌさんは後ろを振り返る。
イレーヌさんがいて詳細はわからないが、イレーヌさんに焦りの表情が浮かんだ。
「『セイント・アロー』！」
ヒーラーの数少ない攻撃魔法の一つ『セイント・アロー』。チャージすることで威力の上がるタイプの魔法だ。ヒーラー……エミリアか！ エミリアの放った光の矢がイレーヌさんを貫く。イレーヌさんは悲鳴を上げて、俺に体を預けた。
まさか死んだのではと不安になるが、息はある。意識も失っていない。だが力は抜けた。抜け出し、逆に俺が馬乗りになって杖を突き付ける。
「イレーヌさん、もう抵抗はやめてくれ」
「ぐっ、……そうか。私は負けたのか」
イレーヌさんが一瞬抜け出そうとするが、立ち直ったリーアムやハボックが傍にいるのに気付き、抵抗をやめる。
勝った。辛勝だがそれでもイレーヌさんを無力化できた。心中は複雑だ。うまくいったことは喜ばしいが、ここまで彼女と戦い傷つけあったことが苦しかった。
「どうしてここまで戦わなければならなかったんだ」
だからこそ口にせずにはいられなかった。
イレーヌさんの表情は穏やかに、ぽつりぽつりと話し出した。
「……お前だけが以前と同じままでいるのが羨ましかった。仲間と共に戦うお前は以前のままだ。お前と共に戦う仲間はほんの少し前まで、アレクシア様と私だけだったのに。私たちの状況を知らずにずっと変わらないお前が心底羨ましかったんだ。まるで私たちのことなどどうでもいいかのように思えて憎しみを覚えてしまった。わかっている。これは八つ当たりなのだと。お前のせいなんかじゃない。アレクシア様を取り巻く環境が、しがらみがそれを許さなかっただけなのに」
「しがらみ？ 別れた後、アレクシア様に何が起きたんだ？」
「ブランデンブルグの戦いで活躍されたアレクシア様は、聖女として、国を救った英雄として祭り上げられてしまった。それなのにご当主様はアレクシア様を便利な道具のようにしか思われていない。その上皇帝陛下から召集を受け、この戦いに参加された。アレクシア様は貴族であらせられる。故に民を見捨てるわけにはいかないとおっしゃられた。逃げ出すわけにはいかない。だから心を閉ざしてしまわれたのだ」
英雄として祭り上げられてしまう。あの時圧し掛かった周囲のプレッシャーを俺よりも年下の子が背負ってしまった。彼女はどれぐらい心をすり減らしてしまったのだろう。
俺はその場から逃げることができた。でもアレクシア様は逃げることすらままならなかったのだ。
「イレーヌさんは止められなかったのか」
「止めようとした！ それでもアレクシア様は聞き届けて下さらなかった。お前がいればアレクシア様も聞き届けて下さったかもしれないが」
アレクシア様が先生と呼ぶ相手ならもしかすると聞いてくれるかもしれない、か。仮定かもしれないが、もし彼女が話を聞いてくれるならイレーヌさんのように戦わずに済むかもしれない。
「ケイオス。私はお前に聞きたい。お前は何故吸血鬼に味方するのだ？」
「何？ ちょっと待ってくれ。何か勘違いしていないか。俺は吸血鬼に味方しに来たわけじゃないぞ」
吸血鬼に味方する？ やっぱりヴァイクセル帝国はコミューン連合国が既に吸血鬼によって支配されていると思い込んでいるんだ。
「俺はこの国の王女を助けに来たんだ。そしてアレクシア様とイレーヌさんが無益な争いをしないように止めに来た」
「無益な争い？」
「そうだよ。無益だ。こんな戦い。そうだ、アレクシア様は今どこにいる？」
「アレクシア様は奥へ向かわれた。この国の王を探しているはずだ」
王を探す？ 違和感を覚えた。この国の王は吸血鬼になり、すでに亡くなっている。ヴァイクセル帝国はこのことを知らないのか？
「王？ コミューンの王は既に亡くなっているぞ」
「それは本当か？ マイエヌ公爵を討ちクレルモンへ向かう途中で、王の署名の入った正式な親書がこちらに送られてきたのだぞ。かなり非礼な書簡だったそうだ。しかもその親書を持ってきた使者が吸血鬼だったのだ」
イレーヌさんが嘘を言っているようには思えない。たまたま行き違いが起きているのか？ いや、王が亡くなったのはマイエヌ公爵が討たれた報がクレルモンに届くより前のはずだ。それなのに王の親書が届けられたとなるとタイミングが合わなくなる。これは明らかに矛盾している。
「そんなことあるわけないっすよ。ヴァイクセル帝国が送った停戦の使者を切って、首を返したって話っすよ。だからヴァイクセル帝国は吸血鬼を討伐しに来たのではなくて、侵略しに来たっていうのがこっちの見解っす」
「馬鹿な、確かに使者は吸血鬼であったために切り捨てたが、クレルモンに首を届けていないはずだ。そもそもブランデンブルグの襲撃の件で使者を送ったのに、コミューンが使者を殺したのが原因だぞ。この地は吸血鬼によって支配されているのではないのか？ 我々は吸血鬼を討伐しに来たのだぞ」
「他の場所は知らねえがついこの間、吸血鬼から解放されたばかりだぜ、ここは」
思わずリーアムたちが割り込んで反論する。やっぱり両者が知っている事情のつじつまが合わない。つまり、これは――。
「だまされていたというのか、吸血鬼どもに」
イレーヌさんは歯ぎしりする。
クレルモン側とヴァイクセル側の食い違いを鑑みるにそれが正しいのだろう。おぼろげにしかわからないが、両国の戦争の陰で吸血鬼が暗躍しているのは間違いない。人同士を、国同士を争わせるように仕向けたのだ。
「でも戦う前に話し合えば争いを回避できたんじゃないのか。吸血鬼かどうかなんて調べればわかるはずだろ」
「ケイオス、そりゃ無理だ。使者が切られたら対話のしようがない。ましてや商人の行き来がなくなって北部のヴァイクセルが占領している地域の情報がここまで届いていないんだ。ヴァイクセルはヴァイクセルで魔物相手に対話なんて不可能だと思うし、コミューンはコミューンでヴァイクセルの思惑を侵略だと勘違いしているんだぞ。話が通じる相手とは思わんさ」
「コミューンの北部では吸血鬼となった領主に扇動された人間の兵もいた。戦っている最中に敵の話を聞く兵など普通はいない。戦わざるを得なかった。戦わなければこちらがやられるからな。一度制圧して武装を放棄させないかぎり、吸血鬼であるかなど悠長に調べることなどできないぞ」
その結果がこの戦いでは亡くなった人も浮かばれまい。何か一つ掛け違いに気付いていれば戦争は起きなかったのではないかとやりきれない気持ちになった。
「終わらせよう、この戦いを」
「吸血鬼どもに踊らされて争うなんて馬鹿げているぜ。しかし、ヴァイクセル帝国の奴らを止めないことにはどうしようもないぞ」
「戦場を指揮している方に事情を説明しないといけませんね。できるだけ影響力の強い貴族の方に止めていただければ可能性はあります」
「なら、アレクシア様がいいだろう。皇帝陛下の覚えもいい。アレクシア様に事情を明かして、皇帝陛下に説得していただければこの争いは終わるはずだ」
戦争を止められるかもしれない。光明が見えてきた。
「急ごう！ 早く終結させるんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっす！」
外を見たリーアムが慌てて俺たちを引き留めた。
「ヴァイクセル帝国の兵が大勢、城に押し寄せてきているっすよ。城の中に侵入されたら、アレクシア様って人を探しに行くのも厳しいっすよ！」
まずい。ある程度場所を特定できていると言っても、必ずしもそこにアレクシア様やロズリーヌがいるとは限らない。もしいなければ、城中を探し回ることになる。そのとき、ヴァイクセルの兵と遭遇すれば戦わざるを得ない。それだけ戦争が長引くことになる。
「……仕方ない。私が残ろう。むしろお前たちでは兵たちに信頼されまい。私が兵を説得して攻撃を中止させる」
イレーヌさんが踵を返す。
「ケイオス、厚顔無恥だと、虫のいい話だと笑ってもいい。でも、お願いだ。お前の言葉ならきっとアレクシア様も聞き届けて下さるはず。アレクシア様をお止めしてくれ」
イレーヌさんが頭を下げた。本当ならイレーヌさんはアレクシア様の側に行きたいはずだ。それでも彼女は事態の収拾を図るために残ることを決断してくれたのだ。
俺はイレーヌさんを見据えて、力強く頷いた。
今度は安請け合いなんかじゃない。自分の意志で背負ったんだ。
