第四話 ポーションと霊薬
先日気になったポーションの生産に必要なアイテムを調べるため、今パソコンでAnother Worldのwikiを覗いている。
まだAnother Worldのβテストが始まって二週間も経っておらず未知の情報も多いから、wikiの更新も活発だ。
やっぱり世界初のVRMMORPGとあって注目度も高いんだろう。
こうした攻略wikiに頼るのは余り好きではないが、あれだけ広大な世界で情報無しに生産に関する情報を集めるのは酷だ。
必要最低限に抑えて見ればいいだろう。
wikiにはすでにアイテム生産の情報公開は幾つか掲載されている。
中でもポーションは最下級から最上級、HP回復用のポーション、MP回復用のマナポーション、その両方を回復する霊薬のレシピまで公開済みだ。
素材に関しては採れる場所、モンスターの情報まで詳細に掲載されている。
早速覚えるか。
まだまだ時間がかかるんじゃないかと思ったが想像以上に他のプレイヤーのゲームの進行具合は早いらしい。
所謂廃人とも揶揄されるようなプレイヤーが寝食削って頑張っているのだろう。
さすがにそこまでやり込めるほど俺は現実を捨てていない。
学生だし部活が無い分、平日は2~3時間、休日はほぼ丸々プレイに充てることができるくらいだ。
……かなり時間をかけているかもしれないな。ま、まあ彼等のお陰で情報が充実するのだから有り難い事だ。
どうやら最下級と下級のポーションはサヒラ草のみで作成可能のようだ。
他のポーションの素材は2つ以上必要なのに簡単なんだな。
まあサヒラ草自体は簡単に手に入ったけど高品質のサヒラ草はクエスト分しか手に入らなかった。
やはり上のポーションほど素材の入手は困難になるかもしれない。
急いでポーションを作る必要は無いが、キラービーに体当たりされたこともあるし、同じように奇襲される心配もある。
幸い俺のHPは低く、最下級ポーション一つ使えば全回復する。
(逆にMPは一つでは足りなくなってきたのは少し懸念が残るのだが、HPと違い時間経過で回復できる)
残りの最下級ポーションは3つ。
実はキラービーの時に2回使っているのだ。
念のため10個ばかり最下級ポーションだけでも作ってもらおう。
Another Worldにログインし道具屋に入った。
道具屋の第一印象はどちらかと言えば日用品を取り扱っている雑貨屋に近いかもしれない。
日用品といっても内容は旅先やダンジョンで使うロープやカンテラというようなアイテムが所狭しと並んでいる。
ポーションも勿論取り扱っていた。但し取り扱っているのは最下級と下級のポーションだけだ。
……何故最下級と下級だけなんだ?他は全部製作依頼しなければならないのだろうか。
まあいいか、とりあえずポーションを作ってもらおう。
「ポーションの製作を頼む」
「はい、いくつほどご用意しましょう」
対応したのは小学生ぐらいの子供だった。
容姿や声からは判別できないが恐らくズボンを履いているし少年だろう。
アイテムインベントリからサヒラ草を10束取り出して手渡す。
「素材が10束分あるからこれで10個頼む」
「わかりました。手数料がおひとつ銅貨15枚になりますので、あわせて銀貨1枚、銅貨50枚になります」
店で売られていたポーションは銅貨30枚だった。サヒラ草が銅貨10枚だから、やはり持ち込んだほうが安上がりのようだ。
結果に満足して、お金をすぐに手渡す。
「すぐに調合しますので少々お待ちいただけますか?」
少年は手慣れた手つきでサヒラ草を刻み、乳鉢ですり潰していく。
ポーションの作り方も本格的に再現してるんだな。
「お客さん、ポーションを作るのを見るのは初めてですか?」
「ああ、他のポーションの素材も知っているが見るのは初めてだ」
「素材を知っているんですか。うらやましいです。僕はまだ見習いなんで、このポーションの作り方しか知らないから……」
「……もしかして他のポーションの作り方を知らないからここにはポーションがニ種類しか売られていないのか?」
少年は一瞬唖然とするがすぐに笑い出す。尤もその笑いはどちらかと言えば苦みを帯びていた。
「いえ、違いますよ。ただ他のポーションの素材は魔物が強くて集まり難いんです。冒険者ギルドにお願いはしているんですが、なかなか難しいそうで」
つまりクエストをクリアしないとポーションは供給されないのか。厄介だな。
これは必ずクエストを請けないと今後の活動にも支障をきたすかもしれない。
一応イベントウインドウを確認したが新たに請けたクエストは無いようだ。
冒険者ギルドで聞いてみよう。
「お客さん、ポーションの素材を知っているならば他のポーションの素材を教えて頂けませんか?見習いなので事前に勉強しておきたいんです」
上目遣いに恐る恐る聞いてくる少年。かわいい……や、やめろ、俺にその気はない。
それにしてもNPCのAIは相当よく出来てるよな。会話の自由度が高い。
コミュニケーション能力の低い俺でも自然と会話出来てしまう。
普通ならネットで検索しろよと答えたくなる所だが、本当に人同士の会話をしているみたいでついつい真面目に応えたくなってしまう。
それに勉強熱心な見習いなんて設定もなかなか清々しい。
有りがちな設定だがこうもリアルに好少年している奴だとついつい応援したくなる。
こんな少年に冷たい返事をするほど俺は狭量ではない。
どうせすでに公開されている情報だし教えるのもいいだろう。
もしかするとこういった会話が新たなイベントのキーになるかもしれないしな。
……決して上目遣いが女の子ぽくてかわいいからではないぞ。
「わかった、いいだろう」
少年が顔を綻ばせ、ありがとうございますと言うのを聞き、俺もまた自然と顔を綻ばせるのであった。
「ケイオスさん、ありがとうございました。またいらしてください!」
少年――ピピンという名前らしい――は道具屋を出るまで見送ってくれた。
熱心に聞いてくれるからついいい気分になって、ポーションやマナポーション、それから霊薬の素材の名称、採れる場所、モンスターを教えてしまった。
(特に霊薬に関しては詳しく聞いていた。よっぽど作りたかったのかな?)
ほんとは攻略wikiが凄いんだけど――とちょっぴり罪悪感を抱きながら店を後にした。
メールディアの道具屋の店員は棚の整理をしながらいつものように店番をしていた。
淡い翠色の髪で栗色の瞳を持つ柔和な顔付きの店員は少年であり服装を見なければ少女と見間違うほどだった。
彼の名はピピン。
11歳の道具屋店員兼錬金術師見習いである。
尤も最近はあまり錬金術師見習いとしての仕事や勉強への比重が少ない。
専ら店員としての活動時間が長く、売れたポーションの補充をする程度だ。
理由は師である自分の父親が採取の作業で忙しいからだ。
彼の父親は冒険者ギルドにポーションの素材を集めるよう依頼をする傍ら、自身でも採取しに日々出掛けている。
元々彼の父親は冒険者であり錬金術師であった。
元々不向きで冒険者を引退したとは言え、キラービーなどポーション採取の周辺に棲息する魔物程度あしらうぐらいであれば問題はない。
だが、中級以上のポーションの素材になると彼では少し荷が重かった。
魔物の活動が活発化してから、次第に中級以上のポーションの供給が出来なくなっていく。
冒険者ギルドも極力ポーションの素材は集めてはいるが、その場所は豚の顔をした巨躯の魔物・オークの支配地域を通らねばならず、繁殖力の強いオークが数多くいるため、必然的に採取できる量は少ない。
ごくたまに王都や他の街からポーションを取り寄せるのだが、こちらに取り寄せるまでに鮮度が損なわれ品質が落ちダメになることも多い。
必然的にこの街から中級以上のポーションは姿を消した。
だがこのままでは魔物に対抗しようがない。
そのため街でも腕利きの冒険者パーティーを護衛にし定期的にポーションの素材を集めているのだ。
冒険者に任せきりにしないのは少しでも多くの高品質な素材を集めるためである。
ただそこまでしても中級以上のポーションは二日以内には即完売してしまうが。
だから、かなり頻繁に採取を行っている。
採取の間店をどうするか悩んだが、それは息子のピピンが店番をすることになった。
遊びたい盛りのピピンではあったが、聡明な彼はそんな状況をよく理解し、率先して店を手伝うようになっており、既に一人でも店を切り盛りできたからだ。
母はすでに他界し、身内は父親だけだ。
だが父は街の為にも命懸けでポーションの素材を集めている。
そんな父を彼は誇りに思っていたし、それを支えたいと強く願ったのだ。
しかし頭では理解していても父親がいない寂しさが抑えられるわけではない。
仕事をして気を紛らわしながら日々を過ごしていた。
今日も客の対応をしていた。
その客は黒い瞳の黒髪でピピンよりも5歳程年上の青年のようだった。
その客は最下級ポーションの製作を依頼した。
父親に調合は仕込まれており、いつものように対応する。
最下級ポーションはすり潰すだけとはいえ調合には時間がかかる。
だから大概の客は店内の品を見回しているか、他の用事を済ませに道具屋から出ていくことが多い。
しかしその客はじっとこちらを見ていたのだ。
それ程調合が珍しいのだろうか。
気恥ずかしさもあったし、何より父がいない寂しさもあったので、客に話し掛けてみることにした。
客が言うにはポーションの素材は知っているが、ポーション作りは初めて見たらしい。
ピピンは逆に下級と最下級ポーションの作り方は知っているが、他のポーションはどのような素材が使われているか知らなかった。
何故彼の師である父親が教えなかったのか。
薬品というデリケートな品物を調合するのに未熟な彼だけで作らせない――そう言う理由もあるが、元々素材が集まらない現状では余り意味が無いだろう。
問題はその素材を知りオークの支配地域に足を踏み入れ、採取に向かう可能性を考えたためである。
もちろんピピンには知らされていない為、単純に力量が足りないから教えて貰えないのだと思っているが。
客は何故ポーションが二種類しか店で取り扱っていないのか尋ねた。
この人は今の状況を知らないんだろうか――と少し暗い気持ちになるが、よく考えてみれば初見の客であるし、恐らくこの街に来たばかりなのだろう。
そう思い直し、魔物によって素材が集まりづらい現状を告げる。
すると客はじっと考え込むような仕草を見せた。
どうやら悩んでいるらしい。ポーションの供給が途切れることの弊害でも考えているのだろうか。
ピピンとしても悩み所であるが現状ではどうしようもない。
話題を切り替えようと考え、先程ピピンの知的好奇心をくすぐった話題を振ってみる。
それはポーションの素材についてだ。
父が忙しくポーションの知識はまだ殆ど知らない。
事前に勉強して父を驚かしてみたい――そして褒められたい――そんな少年の気持ちもあり、客に聞いてみたのだ。
ピピンの父、ナッシュが帰宅したのはその日の日が沈んだ頃だった。
調度ピピンが店仕舞いを終え、遅めの夕食の準備が終わった所だった。
「父さん、お帰りなさい」
「ただいま、今日も何もなかったか」
ナッシュは優しく息子の頭を撫でる。
気持ち良さそうにピピンは目を細めた。
「今日ね、ケイオスさんってお客さんが来たんだよ」
「ケイオス?知らないな、この街の住人か」
「ううん、初めて見かけたから来たばかりの人だと思う。そのケイオスさんからポーションの素材を教えて貰ったんだ。採取の場所とか魔物とかもばっちり」
ケイオスって野郎め、なんて事を教えたんだ!――ナッシュは心の中で悪態をついた。
噫にも顔に出さないのは一重に愛らしい息子の楽しそうな顔と話に水を差さないためだろう。
「勉強熱心だな、ピピンは。ただ魔物は危ないから一人で採取に行くんじゃないぞ」
できるだけやんわりと注意を促すナッシュ。
「それだけじゃないんだよ!ケイオスさんって凄く物知りでさ、マナポーションの素材や霊薬の素材についても教えてくれたんだ」
ナッシュは首を傾げた。
マナポーションはわかる。魔術師など魔法を使う者の魔力を回復するポーションである。
この一帯で作られていないのは単純に素材が近辺に存在しないからだ。
だが霊薬は聞いたことが無い。
「ピピン、その霊薬ってのはなんだ?」
「ポーションとマナポーションの両方の効果があるんだって」
すごいよね、とニコニコ顔のピピン。
そんな夢みたいな薬なぞない、大方純粋なピピンを騙して適当な事をほざいたのだろう――ナッシュは顔も知らないケイオスの評価をどん底まで落とした。
騙されているのではとやんわり諭すナッシュ。
だが愛しい息子はそんな事はないときっぱり言い切る。
ならば教えて貰った事が正しいかどうか確認してみればいいのでは無いか――とピピンに今日教わった事を聞いてみた。
――そしてそのほぼ全てが正しい素材の名称であり、採取できる場所であったのだ。
さらにケイオスは古代に失伝したはずの最上級のポーションの素材と採取場所まで教えていたのだ!
これにはナッシュも舌を巻いた。
どう判断すればいいのか――ナッシュは判断に苦しんでいた。
ポーションとマナポーションの素材の情報は最上級を除き正しかった。
ならば最上級と霊薬の情報は嘘だと一笑に付すことなどできない。
ピピン自身も嘘をついているようには見えなかったと強く主張していた。
もしこれが正しければ話は大きく変わることになる。
まず霊薬の素材の採取場所だ。
これらはメールディアから見て西方に位置するため、オークの支配地域の北方とは異なる。
西方は脅威となる魔物は少なく採取しやすくなるのだ。
そして最上級のポーションはカスタル王国だけでは無く諸外国でも研究されている代物だ。
もし調合に成功できたら王国はどれだけの政治的なアドバンテージになるかわからない。
両方とも例え調合方法が不明という問題があるが、それはおいおい研究すればいいことだ。
……そして両方とも莫大な富を築くことができるかもしれない。
やはり自分では判断がつかない。
こうなれば判断をもっと上の人間に仰ぐべきだ。
そう思ったナッシュは部屋に篭り手紙をしたためるのであった。
因みにアイテムインベントリに納めていれば、アイテムは劣化しません。