第三十七話 クレルモン奪還戦
ポータル周辺に五十人ほど集まっている。『ワープ・ポータル』を使う作戦なのでパーティーに加入することのできるプレイヤーばかりが集まっていることになる。
激戦が予想されるからか、防御力の高そうな重装備の人が多い。中には兜をかぶり、フルプレートで身を固めた人までいる。今更ながらローブを着こんでいるだけの軽装な俺が突入して大丈夫かなと不安に駆られた。
『ワープ・ポータル』を使えるのは俺を含めわずか三人。マジシャンだと思われる人もいるが、どうやらまだレベルが低いのか、スキルを取得していないのか使えない人もいるみたいだ。
『ワープ・ポータル』で一度に送れるのはパーティーメンバーの数だけになるので、自分以外の五人しか送れない。つまり単純計算で最大四往復。最後のパーティーは俺が送る手はずになった。見知らぬ人たちと転移するだけの一時的なパーティーを組む。
「作戦はきっちりと覚えたか! まずはポータル周辺の安全の確保を優先する! 総員転移開始!」
この突入部隊のリーダーである厳格そうな人の号令と共に『ワープ・ポータル』を唱える。瞬時に展開される魔法陣。次の瞬間には見覚えのある風景に変わっていた。間違いない、クレルモンの内部である。閑散としている雰囲気は以前のままだ。
「魔導師は準備が整い次第、帰還。援軍の転移を優先。その他の者は事前の作戦通りこの場に待機。この場を死守せよ」
できるだけ音をたてないようにリーダーが小声で指示を出す。まだモンスターには気付かれていないようだが、いつ気付かれるかわからない。時間との勝負だ。パーティーを解除しつつ、ひたすら再詠唱時間が切れるのを待つ。何もできないこの時間がじれったい。まだか、まだなのか。
再詠唱時間を終え、ようやく魔法を唱えられる状況になり即座に『ワープ・ポータル』を唱えて戻り、次のグループとパーティーを組む繰り返し作業。
だがそのループも三巡目になったとき、状況が変わった。
三組目のパーティーを転移させ、最後のパーティーを転移させるために再び『ワープ・ポータル』を唱えた時、視界の端に兵士が見えた。
すでに四十人以上の集団がこの場所にいるのである。遠目から見たとしても気づかれないわけがない。
「作戦は続行だ! 防御を固めろ! 奴らが来るぞ!」
味方は一斉に盾を構え、マジシャンを守る。援護はしたいが魔法をキャンセルするわけにもいかず、転移し作戦を優先する。
「まずい、気付かれた。急がないと先行している者たちがやられてしまうぞ」
「落ち着け。すぐに倒されはしない。次が最後なんだ。予定通りに行動するんだ」
冷静なプレイヤーが焦る俺を諭す。わかってはいてもはやる気持ちは抑えられない。だが再詠唱時間がそれで短くなるわけでは無い。先行したプレイヤーたちの無事を祈るしかないのだ。
ようやく最後のパーティーと転移したがもうすでに戦闘は始まっていた。兵士の格好をした少数の吸血鬼たちが先行したプレイヤー集団に襲い掛かっている。
クレルモンにいた兵士が吸血鬼にされてしまったのだろうか。今までに遭遇した吸血鬼たちもその街の住民と思しき姿なので場所によって吸血鬼たちの姿は変わるのかもしれない。
重装備のプレイヤーが盾を構え猛攻をいなした後、次々と吸血鬼たちを倒していく。まだ吸血鬼たちはこの場に集まっていない。少数が襲い掛かってきただけに過ぎなかった。そのため簡単に制圧することができた。
「よし、揃ったな! 城門へ移動するぞ、急げ!」
重装備の兵たちは二つに分かれて先陣と殿を務め、その間に魔導師や法術師たちを囲む形で城門へと急ぐ。城門へ近付くと吸血鬼たちの反抗も激しくなる。
盾持ちのプレイヤーが盾ごと吸血鬼にぶつかっていき、吸血鬼はもんどりを打って倒れ、近くの家のドアを壊した。
「ひっ!?」
悲鳴が聞こえる。子供の声だ。声のする方向に視線を向けた。家の中で幼い少年がへたり込んでいる。おそらく突然の異変に驚いてしまったのだろう。
それにしてもどうしてNPCがこんなところに? 状況から考えればNPCが家の中に避難しているのは正しいことだけど、イベントが始まった途端消えたはずだよな? 家の中に引っ込んでいただけなのだろうか。
だけど、他の街ではNPCはいなかったはずである。どうしてクレルモンだけ状況が違うんだ?
そんな疑問を浮かべていると、吸血鬼が立ち上がる。まだ戦闘は終わっていないようだ。思考を打ち切って吸血鬼を警戒する。
しかし吸血鬼はこちらには向かわず少年に視線を落とした。少年に向けて手を振り下ろす。まさか、吸血鬼はNPCも狙うのか?
「くそっ、『マナ・ボルト』!」
例えNPCだとしても少年を襲わせるもんか! もう幾度も使ってきた魔法を吸血鬼の顔面に当てる。レベルの高い吸血鬼には大した効果にはならない。それでも顔面直撃となると怯みはする。怯んだところを走って少年を抱きかかえて逃げる。その間に他のプレイヤーが吸血鬼にとどめを刺した。
「大丈夫か?」
状況が飲み込めず混乱の極地にいるのかおどおどしている少年だが、言葉が通じたらしく首を縦に振る。彼を下ろすと家の奥から出てきた少年の母親らしき人物が少年を抱きしめた。ちょっとだけ胸が温かくなるのを感じ、それを見届けるとまた城門へ続く道へと戻る。
城門へ近付くと城壁の外から喧騒が聞こえてきた。どうやら外にいる本隊は城壁のかなり近くにいるようだ。吸血鬼たちの抵抗を乗り越えた結果一人の脱落者も無く、城門を占拠できた。もっと激しい抵抗があるのかと思ったので少し肩すかしを食らった気分である。
クレルモンの城門は跳ね橋になっている。城門の二階に上りウインチを操作し跳ね橋を下ろしていく。……跳ね橋ならなんでバリケードなんかしていたんだろう。まあそのおかげでクレルモンから出ることができたんだけど。
城門が開いたことで、本隊が雪崩を打ってクレルモンへと侵入する。作戦を遂行できた俺たちも味方に合流しようと二階から降りれば、そこはもう地獄絵図だった。まだ生き残っている吸血鬼の集団が応戦して城門一帯は激しい戦闘に突入していたからである。
接敵した当初は互いの戦力は拮抗した。城門付近は馬車が通るぐらい広いと言っても限られた広さの道幅では大勢が戦闘するには不向きだ。直接戦闘ができるのは最前列にいる者だけ。単純な戦闘ならば後列が戦闘に参加できない以上、最前列の実力差が無ければ拮抗するのは不可思議では無い。
もっとも拮抗したのはわずかな間だけだった。城門が破られたことで混乱しているのか動きの鈍く戦力の少ない吸血鬼と、十分な戦力を持つプレイヤー連合とでは地力が違いすぎる。最前列の兵が下がり後列の兵が前に出てくると連戦で疲弊する吸血鬼は次々と倒されていく。瞬く間に端へ端へと追いやられ吸血鬼たちは劣勢に追い込まれていった。
クレルモンに侵入した兵はそのまま城を目指す。街は隠れやすく急に吸血鬼が現れることなんてよくあることだ。気を抜いてはいけない。
マップに目を通しながら見落とした敵がいないか気を配る。その時一つ気になることがあった。大勢の味方が城を目指す中、一つだけ集団から離れていくマーカーがある。その方向に目をやるとフルプレートを着た人が城へ向かう道を外れどこかに向かっているのを目撃した。
あっちの方向にも吸血鬼がいるのかな? だが味方はみんな城へと向かっている。道を外れる者など一人もいない。
気になった。一人で大丈夫だろうか。こうして多勢だからこそ押しているが、一人だけでは心もとない。吸血鬼がどこに潜んでいるのかもわからないのだ。
俺は彼の後を追った。俺一人で役に立つかどうかはわからないけれど、一人よりはましだろう。何より報奨がかかっているイベントである。みんな活躍したいだろうし、他人には声をかけにくい。
フルプレートの人は民家に入ろうとしていた。マップを見れど吸血鬼がいる様子はない。
「そこにも吸血鬼がいるのか?」
とりあえず声をかけてみる。その人はびくっと体を震わせたあと、振り返る。
「ケ、ケイオス!?」
あれ? 俺のことを知っているのか? でも兜をつけているから誰かわからない。と言うより、女性の声?
怪訝になってじっと見ているとその人は兜を脱いだ。長い髪が鎧に垂れる。その素顔は何度も顔を合わせてきたあの人だった。
「ロズリーヌ!? どうしてここに?」
ロズリーヌは本隊にいたはずだ。過保護なラウルさんが傍を離れるとは到底思えない。彼女のレベルじゃ吸血鬼を倒せないからだ。こんな吸血鬼が徘徊する場所に一人で送り出すわけがない。
「まさか、ラウルさんに黙って来たのか?」
ロズリーヌは押し黙ったまま答えない。図星か。まあゲームだから行動を制限されるより自由にプレイしたいと思うのは仕方のないことだけど。
「ケイオス、頼む。このまま見逃してくれ! 私はどうしてもこの戦いの結末を間近で見届けたいんだ!」
必死に訴えるロズリーヌ。戦闘には参加できなくても、戦いを間近で見たくなるのも人情か。俺だって興味がないわけじゃないし。うーん、仕方ない。最悪一緒にラウルさんに怒られよう。
「わかった。一緒に行こう。だけど離れるなよ。吸血鬼がいるかもしれないからな」
「ああ、すまない。いや、ありがとう!」
「でも、城が主戦場だぞ。こんなところにいても吸血鬼は周りにいないようだけど、どこに行くつもりだったんだ?」
「ここに王宮に続く抜け道があるんだ」
民家の扉を開けて奥へ進むと地下へ続く隠し階段があった。マップを見てもこんな民家の中に城への抜け道が続いているなんて気が付かないだろう。そんな情報wikiにあったかな? どうしてロズリーヌはそんなことを知っていたんだ? イベントの影響でクレルモンを調べる時間なんてなかっただろうし、以前のテスト期間中に気付いたのだろうか? もしかするとラウルさんに教えてもらったのかもしれない。
城の地下に出ると、外の騒音が地下にまで響いている。城の中にいる吸血鬼は外にいるプレイヤー集団に応戦中のようで、城の中はがら空きだ。
ロズリーヌは一直線に城の上階へと駆け上がる。俺も遅れないように彼女を追いかけた。迷いなく行動していることから、一度ここに訪れたことがあるのかもしれない。いったい彼女はどこへ行こうというのだろう。
一階の奥へ進むと赤絨毯が敷かれまっすぐ玉座に続いている謁見の間らしき広間に出た。
先行していたプレイヤーだろうか。すでに何人かこの部屋に集まっており、玉座を取り囲んでいる。玉座には一組の男女が座っている。王冠をかぶっているからこの国の王だろう。となると隣は王妃か。
中年の王は敵に囲まれている状況下なのにあせるどころかふてぶてしい態度のまま微動だにしない。三十ぐらいの王妃はどこか冷たい視線を周囲に向けている。だが、それ以上に気になったのは王妃の姿がロズリーヌによく似ていることだった。
ロズリーヌのロールプレイの設定はコミューン連合国の王女だ。キャラクターの外見のモデルはあの王妃を元にしたのかもしれない。それぐらいそっくりだ。さすが王女になりきっているだけあるな。
王がちらりとロズリーヌを見た。そしてにんまりと口をゆがめる。
「戻ったか、ロズリーヌよ」
周りにいたプレイヤーが騒然としてこちらを見た。あれ? おかしいな。どうして王はロズリーヌのことを知っているんだ?
「ただいま戻りました。父上」
「この者たちはそなたの差し金か? まさか実の父を殺すとでもいうのか?」
知っているだけじゃない。王は彼女を娘と認識している。ロズリーヌは何かイベントを起こして本当にゲーム上の王女になっているのか? しかし俺はそんなクエストやイベントなんて聞いたことがない。まさか、この「邪神の侵攻」のみに行われるイベントなのだろうか。
「今の父上に、国を害し民を虐げるあなたに国を任せることはできません。もし今までの行いを恥じていらっしゃるのなら自裁なさってください」
自裁? 自殺しろってこと? あの王が自殺なんてありえないと思う。でも、そんな些細なツッコミを許すような空気ではなかった。
「ふん、言うようになったな、ロズリーヌ。いや偽物よ。国を混乱させ王を引きずりおろそうとしているお前こそが恥を知れ。皆の者、惑わされるな。あやつこそ真の元凶。王女をたばかりこの国を手中に収めんとしておる極悪非道な吸血鬼よ。さあ、今こそ国を仇なす国賊に刃を向けるのだ!」
「違う! あの者こそが心ある臣下をないがしろにし、民を痛めつける元凶! だまされるな!」
「さて、皆の者はどう思うか。一国の王と偽りの王女の言を。この者が真の王女と言うのならば、なぜ供も連れずこの場に現れたのだ? 本来王女が最前線に来ること自体有り得ぬこと。つまりそやつはシャラント公爵をたばかる偽の王女に他ならない!」
王は何かに酔っているかのように周囲のプレイヤーを扇動する。って、誰も信じるわけないじゃん。みんなもびっくりしちゃって戸惑っているぞ。なんだかおかしくなってつい笑いそうになってしまう。
「その方、何がおかしい?」
口元がゆるんでいることを王に見とがめられた。周囲の注目が俺に集まる。少したじろいで答えた。
「だっておかしいだろ。茶番じゃないか」
「茶番だと?」
「だって、お前は吸血鬼でロズリーヌは人間だろ? そんなの見ればわかるじゃないか。そんな茶番に誰も踊らされるわけないだろ」
マップには目の前の王が赤のマークで記されている。つまりモンスターであることは明白だ。同様にロズリーヌは緑のマーク。プレイヤーである証だ。プレイヤーなら誰でも確認すればすぐにわかることなのに、初心者ならばともかくだまされる人などいない。
「ケイオス……」
「ケイオス? ラウル様がおっしゃっていた例の少年か」
ほら、みんなだまされるどころか吸血鬼に剣を向けている。
「思わぬ邪魔が入ったが、まあよい。ならば己で道を切り開くまでよ」
王が立ち上がる。王妃もそれに続いた。否応なしに戦いが始まる緊張感が走る。
一瞬王が前かがみになったかと思うと、一跳躍で最前列にいた兵との間を詰めその拳で兵を殴り飛ばす。兵も瞬時に判断して盾で防御を固めていたのにだ。
それを皮切りにしてプレイヤーが一斉に動いた。俺はとりあえずロズリーヌの前に出て構えて様子を見る。
複数のプレイヤー相手に王や王妃は互角の戦いを繰り広げている。他の吸血鬼よりも強い。このイベントのボスのような存在なのだろう。
素人の俺から見ても大振りで無造作な拳の振り方をする王たちの攻撃をかわすプレイヤーたち。さすが最前線で戦うプレイヤーだ。戦い方に慣れている。
ただ他の吸血鬼たちのように一撃は重い。先程吹き飛ばされた兵の盾が陥没している。こんな攻撃を受けたらただでは済まない。
マジシャンはいないのか、彼らに援護がつかない。もっともいたとしてもこの乱戦では手の出しようが無いだろう。
王妃が前列にいた一人をつかむ。ぐいっと引っ張って王妃は抱き寄せると首筋にかみついた。噴水のように鮮血がほとばしる。絶叫を上げる兵。恍惚な表情で首筋をむさぼる王妃。
吸血鬼。血を吸うモンスターの代表格。その名の通りの行為だが、グロくて目を背ける。生臭い血の臭いが強く辺りに立ち込めた。
我に返った兵が助けようとぶおんと剣を振り下ろして王妃に切りかかる。王妃は無防備な背中を切られ倒れる。かまれている兵は解放されたが、何度かけいれんした後、そのまま動かなくなった。
死んだ。以前のイベントでも、何度も見かけたが間近で人が死ぬのを見ると恐怖心が揺り起こされる。アレクシア様の時なんか頭の中が真っ白になったほどだ。いくら見知らぬ相手でもいくらゲームだからと言っても衝撃は大きい。こればかりはいくら経験しても慣れそうもない。
そんなグロテスクな光景を見ても他の人たちは動揺しても、戦闘を止めはしない。みんな心が強い。……強すぎて不自然だと思えるぐらいに。
だけど、彼らが正しいのだろう。プレイヤーであればポータルに復活できるし、NPCであれば時間が経過すれば復活する。何度でも、何度でもだ。
例え血を流しもがいている王妃に幾人もの兵が剣を突き立てていたとしても。この場で手を止めてしまっては吸血鬼たちにやられるのは俺たちなのだから。
一人になった王は獣のように咆哮し、囲みをやぶって逃走する。
「待て! 逃げるな!」
ロズリーヌは王の後を追った。俺も他のプレイヤーも彼女に追従する。王の足は速いが、戦っている間に城の制圧は進んでいる。外に逃げたくてもそこにはプレイヤーが手ぐすね引いて待ち構えている。逃げ道などどこにもない。
それは王にもわかっているのだろう。王は上へと昇り続ける。でも上に逃げたとしても時間稼ぎにしかならない。
王は城の広いバルコニーまで逃げたが、そこまでだった。手すりまで追い込まれると王は足を止め、振り返る。
「もう逃げ場はないぞ。観念するんだな」
ロズリーヌの言葉に王は不敵に笑った。
「ふん、確かに私はもう終わりかもしれぬな」
「なら最後に答えろ! 本物のコミューン連合国の王や王妃をどこへやった!?」
「まだ気づかぬか? 私こそがコミューン連合国の王。お前が今刃を向けている私こそが本物の王よ」
「違う! 父上はお前のような魔物ではない!」
その答えを聞き狂ったように大声で笑う王。
「正真正銘事実だ。もっともさるお方が吸血鬼としての生を与えてくださったのだがな。つまりこの肉体も記憶もまぎれもない王のもの。故に私は生まれながらの王だ。人にあらざる力は素晴らしい。吸血鬼は高等な種族であり、すべてにおいて人より優れている。人は我々によって支配されるべきなのだ」
「そんな……。では父上や母上はもう」
歯を食いしばって何かを耐えるロズリーヌ。いったい何を言っているのか理解できず、俺はただ茫然とそれを眺めているだけしかできなかった。
「ロズリーヌよ。せめてもの情けだ。そなたが望めば我々の仲間にしてやろう。どうだ、実の父とともにこの世界を変えてはみたくはないか?」
王がロズリーヌに手を差し伸べる。だがロズリーヌはきっと王をにらみつけた。
「触れるな、下郎! やはり私の父上や母上は決して己の命が尽きようとも魔物の軍門に下らなかった誇り高いお方だった! その娘である私がどうして貴様ごときの手を取るものか! 吸血鬼が高等な種族? 笑わせてくれる。こうして人に追い詰められている魔物のどこが優れているというのだ! 人の身体を奪うことしかできぬ薄汚れた魔物め!」
ロズリーヌはそう言い放つ。王はそのロズリーヌの言葉を聞き、激高した。
「人間風情が!」
理性を完全に失った表情の王がロズリーヌを襲う。ロズリーヌじゃあんな一撃耐えられない!
スピードでは完全に王が上だが、ロズリーヌとの距離は俺の方が近い。すかさずロズリーヌを突き飛ばす。勢いが余って二人して倒れる。王の手はむなしく空を切った。
「くっ、また邪魔をするか! ケイオス!」
怒りの矛先が俺に向けられた。怖え。けど、怖がってばかりではいられない。立ち上がって杖を構えた。
他のプレイヤーも王に攻撃を仕掛ける。多勢に囲まれた王は手すりを背にして防戦一方に徹していた。相手の攻撃を警戒して、味方も攻めあぐねている。よし、これなら。一定の距離を取ったままの今なら援護できる。
「『マナ・エクスプロージョン』」
ようやく覚えた爆発魔法を放つ。目の前で起きた唐突な爆発の余波に味方は盾で顔面を守る。この場に一人しかいないマジシャンの俺に視線が集中する。あっ、ごめん。ちゃんと注意すればよかった。
爆発の影響が収まるとそこには、片腕を押さえ怪我を負った王の姿があった。さっきよりも威勢が落ち忌々しそうに俺をにらんでいる。
「もはやこれまで。だが、私が死んでもこのクレルモンには多くの同胞がいる。それは王宮だけではない。民の中にもな。この国のあらゆる場所に我々は潜んでいるのだ。貴様たちにはわかるまい。人々の中に隠れ潜む我々を。貴様らの肉親や親しい友でさえも、我が同胞に成り代わっているやもしれんぞ。そしていつか我が同胞が私の仇を取るだろう。せいぜいそれまで怯え続けるがいい」
捨て台詞を吐いた王はそのままバルコニーの手すりを飛び越え落ちていく。まさか本当に自殺するなんて!? モンスターなら最後まで戦うと思っていたのに。この場合イベントってどうなるんだ?
勝った……のだろうか? 普通ならボスを倒して勝利という流れのはずなのに、どうにも釈然としないものを抱えた後味の悪い結果となった。
それにしても、どうしてあのモンスターの王はロズリーヌのことを娘だと思っていたんだろう? ラウルさんたちのギルドは身内だからロールプレイを一緒に楽しむことはできるとしても、NPCであるモンスターがロズリーヌを娘扱いするのは不自然過ぎる。
俺がロズリーヌと出会ったのは正式サービス開始の初日だ。しかもゲームが開始してほとんど時間がたっていない。仮に何かのイベントがあって、コミューン連合国の王女になれるイベントがあるのだとしても、そんな短時間でイベントを受けることができるのだろうか。
そもそも「邪神の侵攻」は期間限定の大規模イベントであり、常時受けられるようなイベントなどと連動はしにくいと思う。「邪神の侵攻」と同じ期間限定の隠しイベントなのだろうか。
いや、それでは矛盾してしまう。そうなるとロズリーヌ自身のキャラクターに説明がつかなくなるからだ。
彼女のキャラクターの名前はロズリーヌ・ド・コミューン。しかも容姿は王妃に似せて作られている。つまり正式サービス開始当初から彼女はコミューンの王女になることを意識してキャラクターを作っているとしか考えられない。
だとすると隠しイベントのような詳細が知られていないイベントなど一般のプレイヤーが知っているはずがないのだ。
たまたま王女のロールプレイをしていたプレイヤーが、コミューンの王女になれるイベントを受けられる。そんな偶然って有り得るのだろうか。
俺が知るゲーム知識ではこの矛盾を解決する答えが導き出せそうもない。これはもう本人に聞いてみるしかなさそうだ。
「なあ、ロズリーヌ。あのさ」
「すまない、ケイオス。しばらく一人にしてくれないか。他の者もしばらくこの場は私だけにしてほしい」
バルコニーの手すりから眼下を見下ろすロズリーヌ。彼女は俺の言葉に振り向くことは無く、ただずっと眼下に広がる光景を眺めていた。彼女の後姿から発する他者を拒絶する雰囲気にのまれ、俺は口をつぐみ彼女から離れる。
彼女を背にしてしばらく歩き、振り返る。
彼女の後姿はどこか孤独に見えて、そしてずっと肩を震わせていた。