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第三十五話 挙兵

 シャルテル公爵の城に連れられて人心地ついたロズリーヌは、伯父のシャルテル公爵、ラウル・ド・シャルテルと二人きりで面会した。

 着の身着のままだったロズリーヌは城に着いた途端、ドレスに着替えさせられている。数日間袖を通さなかっただけでドレスが窮屈に感じた彼女はわずかばかり切なさで心を痛めた。そんなロズリーヌを眺めつつ、ラウルはくすくすと笑っていた。


「くっくっく。それにしても、ロズリーヌよ。本当に変わらぬのう。子供の頃の甘えん坊なところまでそのままではないか」

「伯父上! あまりからかわないでください!」


 幼い頃、ラウルに遊びをせがみ泣きついたことを言っているのだろう。自分の幼い時期を知る叔父のからかいはたちが悪い。ロズリーヌは羞恥で顔を赤く染めた。感情が高ぶっていたとはいえ衆人環視の中でラウルに抱き着き泣き出してしまったことを思い出し、落ち着いた今になって恥ずかしさが込み上げてくる。


「思い出話に花咲かせたいところではあるが、直裁に問おう。クレルモンで何があったのじゃ? 供の者もいたようじゃが、どうやら平民のようじゃったしな。身分を偽り一人でここまで来るとなると余程の事が起きているのであろう?」


 真顔に戻ったラウルはロズリーヌを問いただす。ロズリーヌはぽつりぽつりと王宮で起きた異変、道中での出来事を話した。話が進むにつれてラウルの顔が険しくなる。


「むう、そうか。王宮の貴族たちだけではなく王や王妃まで……。そこまで深刻な状況になっておるとはのう」

「申し訳ありません。伯父上。私がもっと早く動き出していれば……」

「それは仕方あるまい。儂もコミューンの異変には気づいてはいたが、確証がつかめずにいたのじゃ」

「気付かれておいででしたか」

「コミューンは通商国家ぞ。人の行き来や流通に注目すれば自ずとわかることよ。それらに変化が起きた時、考えられるのは先に問題があるか、元に問題があるかしか考えられぬ。北からの来訪者や物資の流通が徐々に減ってきたからのう。北部で何か起きているのではないかと考えておったのじゃ。だが、いくら気付けたとしても王家を守れなかった儂も同罪よ。すまなかった。ロズリーヌよ。そしてよく無事でいてくれた」


 母方の伯父であるラウルも思うところがあったのか一瞬つらそうにしたが、すぐにロズリーヌを気遣う。


「しかし吸血鬼どもめ。なにゆえ王宮に忍び込んだのかのう」

「やはり国を乗っ取るつもりではありませんか。下々から見れば王は健在です。奴らは裏から国を意のままに操るのが目的ではないでしょうか」

「そうじゃろうか? それにしては計画がずさん過ぎるというか、手際がお粗末としか思えん」

「ずさんですか?」


 聞き返すロズリーヌにラウルは首肯する。


「吸血鬼が人に成り代わる。あるいは人を眷属にしているのかもしれんの。しかし王宮のすべての人間が吸血鬼にはなっておらん。だからこそロズリーヌが助かったともいえるのだが……、それだとどうにも腑に落ちぬことがある。どうして奴らはロズリーヌを先に狙わなかったのじゃ?」

「それは成り代われる吸血鬼に限り、あるいは条件があるのではありませんか? それにシャラントに逃げるまでに追手が差し向けられているのです。私が逃亡を図ることは計算に入れていなかったのではないでしょうか」

「それはあり得ん。限りや条件があるのかわからぬが追手の兵士すら吸血鬼と化しておるからの。王宮の貴族や兵士までとなるとかなりの数の吸血鬼が潜んでいることになる。であれば身分が高く影響力のある貴人を優先すべきじゃろう。いくら王や王妃を押さえたとしても唯一の娘であり、王位継承権を持つロズリーヌだけを見過ごすことはせぬよ。むしろ優先して成り代わるようにするか、成り代われぬとしても最低限幽閉ぐらいするがの。強引な手かもしれんが王宮を掌握するのに成り代わるだけが術ではないのじゃ」


 コミューンの王位継承権の第一位はロズリーヌである。国を牛耳るというのであれば、彼女を絶対に放置するはずがない。危険を感じたロズリーヌが吸血鬼たちの手が回る前に逃亡したのを差し引いたとしても、王さえも手中に収めた連中が末端の兵士にまで成り代わることができるのに、ロズリーヌに真っ先に手を出さないことがあまりにも不自然過ぎた。彼女自身も違和感を覚える。


「そもそも追手もおかしいのじゃよ。連中はドラゴンを使うことができた。ならば何故最初の追手のあと、すぐに次の追手を出さなかったのじゃ? そなたを逃し国中の貴族たちに真相が知られれば、国を乗っ取るのに支障が出るぐらいわかるはずじゃ。普通ならば血眼になって探すはずじゃの。それにクレルモンの兵とわかる格好のまま、シャラントの城壁の側で派手に暴れてしまってはどうやっても人目に付く。さらにクレルモンを封鎖してしまっては一時的に内部の情報を封鎖することができても、数日足らずで封鎖されていることが周辺の街に伝わってしまう。クレルモンで異変が起きていることを儂らに喧伝しているようなものじゃ。これでは秘密裏に行動する意味がない。むしろまるで隠す気すらないように思えるのう」


 ケイオスの馬車というイレギュラーもあるが、それでも数日の猶予があり逃亡したロズリーヌの行き先は限られている。道中を先回りして、そこで網を張ることなど造作もないはずだ。

 そしてそれ以外の行動も暗躍とは程遠い。確かに不審点を列挙していけば、ラウルの言う通り国を裏から操るつもりにしては吸血鬼の手際の悪さが目立つ。


「吸血鬼が人に成り代わる。これが本当に恐ろしいところは味方がいつの間にか敵になっていることに誰も気が付かないことじゃ。これは密偵に似ておるの。つまり存在を隠匿することこそが肝要であり、相手に知られ警戒されればその価値をなくしてしまう」


 同じ容姿なのに全く別人のようになった人間を見て、ロズリーヌは得も言われぬ怖気が走った。だが真に恐ろしいのは、元の人物と見分けがつかない敵だ。もしクレルモンの吸血鬼が以前と変わらぬままで近付いたら、喉元に刃を突き付けられるまで気付くことは無かっただろう。


「それなのに人格や行動が変わり過ぎて、すぐに悟られてしまうようでは意味をなさん。ましてや魔物だと気付かれてしまっては国を操ることなぞできぬ。そもそも王宮を掌握したところで国を乗っ取るには十分ではないのじゃ。急激な政の変化は国内の貴族や民の反発が起きるかもしれんからの。だからこそ時間をかけてでも事が成就するまでなるべく存在を秘匿し行動せねばならん。それこそ国中の過半数の貴族が吸血鬼に成り代わるまでの。奴らは本当に国を乗っ取るつもりなのじゃろうか。もしかすると他に何か目的があるのやもしれん」

「他の目的?」

「まだ推測にしかすぎんがな。いずれにせよクレルモンを奴らから早急に奪還せねばなるまいて。王宮を密かに掌握するような頭の回る魔物じゃ。狡猾なことこの上ない。考えすぎるぐらいがちょうど良いかもしれんの。ロズリーヌ、気を付けるのだぞ。今後敵は味方のふりをして近づくことも考えられる。ゆめゆめ気を緩めてはならぬ」


 敵の全貌はいまだわからない。コミューンでどれほど勢力を伸ばしているのか不明なのだ。クレルモンだけでは無く他の領地にまで手が及んでいるとしたら、下手をするとラウル以外の貴族、いや民すらも敵にまわっているかもしれないのである。味方だと気を許してしまった一瞬の油断から敵に付け込まれる可能性も十分にあるのだ。


「伯父上、クレルモンへの挙兵は何時頃になりますか?」

「明後日には出立する予定じゃ。マイエヌ公、ヌムル公にも連絡せねばならん。クレルモンに到着するのは少し時間がかかりそうじゃの」

「では、私もお連れください!」

「それは、……しかしのう」


 ロズリーヌが旗印となって挙兵するのが最適である。事情を知らぬ者の中には、ラウル単独で挙兵するとクーデターと邪推しかねない。正当な王位継承権を持つロズリーヌが旗印と知れば、耳を傾ける貴族や王女のもとへと馳せ参じる貴族も増えるだろう。

 それでもロズリーヌの申し出にラウルは渋い顔をした。


「私はこのコミューンの王女なのです。クレルモンに民を待たせている中で、このまま座して待つわけにはまいりません」

「仮に王や王妃が捕えられたとき、そなたは討てるのか?」


 敵地に攻め込むためリスクが高いこともあるが、それ以上に彼女を連れていきたくない理由は彼女に親殺しの汚名をかぶせたくなかったからだ。彼女の両親はもはや別人である。おそらく彼女の両親は生きてはいまい。眷属と化していたとしてももう人に戻すことなどできないだろう。それはロズリーヌ自身も勘付いていることだ。

 だが理性と感情は時として別になる。そんな両親の姿を見て彼女は刃を振り下ろすことができるのであろうか、とラウルは案じていた。


「討ちます。ここに来るまでに数多くの犠牲を払いました。その者たちに報いねばなりません。国に仇なす者はたとえ身内であったとしても。それが王女の責務ですから」

「……わかった。共に行こう」


 即答するロズリーヌの意志は固い。それを感じたラウルは認めざるを得なかった。そして一抹の寂しさと苦い思いも抱く。


「老いるものではないな。小さくお転婆だったロズリーヌは王女として成長しているのが儂は嬉しい。それなのに儂はそなたに強いることしかできぬ。ままならぬものよ」


 ラウルは苦笑し、そして再び真剣なまなざしでロズリーヌに告げる。


「よいですかな、姫殿下。今後は儂を伯父と思ってはなりませぬ。儂は貴女の臣下なのですぞ。私情を持ち身内として接すれば、公平を欠いた決断を下してしまうかもしれませぬ。たとえ貴女がその意思が無くとも他の臣下に思われてはいけないのですじゃ。臣下は常に王を見る。貴女は王なのです。私情を持たず王として決断を下してくだされ。それを忘れてはなりませんぞ」

「……はい」

「ですが、今は人払いをしておりますゆえ他に人はおりませぬ。これでは王も公爵もありませんな。ただの伯父と姪でしかない。……だから悲しんでよいのじゃ。悲しむものがいなければ、そなたの両親も寂しかろう。今は泣いてよい。そして明日からまた王女としての責務を果たすのじゃ」


 ロズリーヌの表情が崩れる。決意が鈍ったわけでは無い。だがそれでも彼女の胸にくすぶる感情は無くなったわけでは無いのだ。

 くしゃりと歪んだ顔を誰にも見せたくないかのように彼女はラウルの胸に顔をうずめる。


「どうして……どうしてなの!? 父上や母上がいったい何をしたっていうの!? どうして城の皆が犠牲にならなければいけないの!? 私は無力で、ただ逃げるだけで……! 父上っ……、母上っ……!」


 ラウルは抱きしめながらロズリーヌをなでた。

 治世者としての自覚を持っていたとしてもやはりまだロズリーヌは若い。だがコミューンの王女としてこれからより厳しい決断に迫られることも増えていくだろう。

 だからこそ彼女の感情が暴発せぬように見守り支える者が必要だ。だがその王女である彼女を立場上支えられる者は限られている。その多くがクレルモンに、王宮にいたのだ。それを全て理不尽にも奪われてしまった。

 今はいい。少なくともこの戦いが終わるまではラウルが傍にいる。だがラウルも公爵としての立場がある。ずっと彼女の傍にいられないのも事実だ。

 この戦いが終わり、その時、彼女の傍にいてくれる者は現れるのだろうか。


 ***


 ローザをシャラントまで連れて行ったら、お城に連れていかれた件について。

 領土をもらえるとこんなお城がもらえるのか。いいな、羨ましい。お礼はいらなかったんだけど、ギルドの人たちから相当感謝されているらしくどうにも断れなかった。というか回り囲まれていちゃどうしようもなく流されただけなんだ。まあ、感動のご対面シーンだったもんな。あの二人のためにギルドのみんなでお礼をしてくれるなんて、みんないい人ばかりだ。

 しばらく二人で話したいそうなので、その間彼らのご厚意で客室らしき一室に通されて待っていたんだけど、広くきれいな部屋を汚すのすらおこがましく感じて隅っこで落ち着かず、ずっとそわそわしていた。どうしよう。何も言わずに抜け出すわけにもいかない。失礼だからな。いつ来るかわからないからログアウトもできないし。


 しばらく部屋で待っていると、ぞろぞろと人を引き連れてローザの伯父さんとロングドレスを着たきれいな長髪の女性が一緒に入室してくる。はた、と記憶に引っかかる。この女性どこかで見たような。


「すまぬ、待たせたのう。久しぶりにロズリーヌ様と再会したのでな。きちんと話しておきたかったからのう。少しばかり昔話で盛り上がっていたのじゃ。儂はラウル・ド・シャルテルじゃ。ロズリーヌ様をよくシャラントまでお連れしてくれた。ケイオス、お主がいなければロズリーヌ様はここまで来られなかった。礼を言う」


 ニコニコと笑みを浮かべ礼を述べるラウルさん。俺は目礼で返答する。女性と視線が合いにこりと笑いかけられるが、本当に誰だっけ。

 怪訝に眺めていた俺を不審に思ったのだろう。


「まさか気付いていないのか? つい最近まで一緒に行動していたのに。まったく薄情な奴だ」


 その女性は眉をひそめて言った。その声には聞き覚えがある。ああ、俺も馬鹿だよな、話の流れからどう考えてもローザじゃん。確かによく見れば、髪の色や肢体はそこまで変わっていない。でも普段はアウトドアな格好のローザが、こうしてドレスを着るなんてイメージが結びつかなかった。


「ローザなのか?」

「そうだよ。お前、本当に気付かなかったのか? 酷いやつだな、もう。そんなにこの格好がおかしいか?」

「きれいだ、とても」

「ケイオス、お前っ!」


 自然と言葉がこぼれた。ローザは恥ずかしそうに身体をかき抱きながら目を背ける。口にするつもりが無かった俺も恥ずかしい。でも本当にローザの印象が違ったんだ。化粧をすると女は化けるというけれど、服装を替え、髪型を下すとここまで人は変われるものなんだな。

 馬子にも衣裳。違うな、元々きれいだったんだし。どっちかと言えば鬼に金棒、駆け馬に鞭、お姫様にドレスって感じだ。


「まるでお姫様みたいだ」


 うん、お姫様っぽい。普段は快活な面が彼女の魅力だと思う。しかしドレスを着るとおしとやかさが前面に出ていてアレクシア様とはベクトルの違う貴人に見えるのだ。彼女の秘められた魅力が引き出されるという感じである。

 あれっ、なんでみんな固まるんだろう。


「うん、わかっている。わかっているんだ。私が教えてなかったんだからさ」


 不穏な気配でつかつかと近付いたローザにぐいっと耳を引っ張られる。痛みは無いがロズリーヌにされるがままだ。これゲームじゃなかったらちぎれるんじゃないか?


「だけど、お姫様みたいってなんだ!? みたいって!? それって今まで私が貞淑さとは無縁のガサツな女に見えていたっていうのか! 答えろ!」


 そこにはドレスのお姫様ならぬ、ドSのお姫様が君臨していた。そういうつもりは無かったんだけど、確かにそう聞こえるか。だけど言い訳するにも目が回って答えるどころではない。

 そんなコントみたいな状況に低い笑い声が響く。


「は、腹が痛い! お主、冗談が面白いの!」

「伯父上!」


 ローザの伯父さんが腹を抱えて笑っていた。周囲の反応はまちまちで、忍び笑いでこらえている人もいれば、ああやっちゃったなって表情の人もいる。

 顔を真っ赤にしたローザは気が済んだのか耳を離してため息をついた。


「身分を偽った私が悪いんだ。だからきちんと言っておくぞ」


 胸を張った彼女はこう言い放った。


「私はコミューン連合国王女、ロズリーヌ・ド・コミューン。ケイオス、シャラントまでの道中、大変世話になりました。感謝します……って何呆けているんだ。私が王女じゃそんなにおかしいか?」


 ローザじゃないってことは知っていたし、名前からもしかしてって思っていたけどやっぱりそうだったんだな。

 お嬢様の次はお姫様か。……こういうキャラ設定って流行っているみたいだ。俺も何か設定作ったほうがいいんだろうか。


 ***


(こうして会ってみると、こやつ危ういのう)


 軽率で愚鈍な少年。それが出会ってからラウルが抱いたケイオスに対する評価だった。

 事前にロズリーヌからケイオスとの出会い、人柄、行動を聞き出していたが印象はがらりと変わる。彼女のケイオスに対する印象は「普段は頼りないがいざとなると頼りになる少年」。しかし直に会ったラウルの印象だと前半分は認めても後半分はとても重ならない。平時である今、彼が本性を現していないだけなのかもしれないが。


 同時にただの平民の少年とも思えなかった。普通の平民ならいきなり城に通されその地を治める大貴族と対面したら、緊張するか青い顔をするか反応の違いはあれど大なり小なり反応を示すはずである。ところが表面上は何の反応も示さない上に、ロズリーヌがコミューンの王女であると知ってもなお言葉遣いすら改めず、敬意すら払わないなど平民ではありえない行動だ。ラウルには豪胆と呼ぶよりもむしろ無知から来るもののようにも見受けられた。


 いくら非公式の面会でも一国の王女に対する礼儀では無い彼の行動は、本来処罰されるほどの不敬である。表向きはロズリーヌの恩人であり、ラウルが笑い飛ばしたこと(もっともラウル自身がケイオスの言動に腹の底から笑えたからだが)で不問とされ処罰されていないだけであり、口うるさい貴族がいたら騒ぎになっていたであろう。そんな形で処罰しようとすれば必ずロズリーヌが反発するに違いない。後々面倒事にならないようにそれとなく忠告したほうがよいかもしれないとラウルは考えた。


 もっともそれを理由にケイオスをロズリーヌから遠ざけてしまうことも考えていた。ロズリーヌの話が本当ならばケイオスは要注意人物だからだ。

 シャラントの城壁外でクレルモンの兵士が暴れている――ロズリーヌたちが吸血鬼に襲われている時に、ラウルにもたらされた報告だ。ロズリーヌ自身の話でも、クレルモンの王宮で別人のように変わったことに気付いても、吸血鬼と入れ替わったかは判断することはできなかった。つまり誰もそれが魔物だと気が付かなかったのである。


 そうなると彼の今までの行動のひとつに矛盾が生じる。どうしてケイオスは最初の追手と遭遇した時、それを瞬時に吸血鬼と判断したのか。ましてや馬車が追手に追走される中、相手の姿を見るのも困難な状況下でだ。

 ロズリーヌたちを襲っていた兵士の死体を調べさせると人には無い鋭い牙を持ち合わせており、なるほどただの人間ではないと判断ができた。だが彼は兵士の遺体を調べたわけではない。吸血鬼はおろか魔物かどうかも判断のしようが無いはずである。遠目から見ただけでせいぜいわかるとしたら魔物に騎乗した兵士。そこまでしか情報を得ることはできないはずだ。

 それでも彼は断定した。実際その追手が吸血鬼だったかどうかはわからない。しかしシャラントまできた兵士が吸血鬼である以上、その兵士も吸血鬼である可能性が高いだろう。


 疑問はそれだけではない。ロズリーヌとケイオスの出会いはケイオスが馬車を暴走させたからだと聞く。そんな偶然出会った平民がどうして吸血鬼のことを知っているのか。これを偶然と片付けるにはできず、あまりにも都合がよすぎる。まるで何者かに思考を誘導されているような不快さを感じた。


 吸血鬼の目的も見えず、奴らを討つために挙兵する。それすらも奴らの掌の中ではないのだろうか。もしかすると奴らはロズリーヌをわざとシャラントまで見逃したのかもしれない。むしろその可能性が高いとラウルは睨んでいる。

 要するにロズリーヌはシャラントが挙兵するための餌であり、反旗を翻した貴族たちを一網打尽にするための策なのではないかと懸念していたのである。

 そうなるとケイオスは連中とつながっているのではないかと疑いたくなる。彼はロズリーヌやこちらの行動をつぶさに監視するために遣わされた間者ではないか、と。


(しかし、そうとは思えないのう)


 ロズリーヌに責められてしどろもどろになっているケイオスを眺め、ラウルは彼に対する猜疑心が揺らぐ。王女にここまでの不敬を犯す間抜けな間者なぞ、自分なら絶対に使わないだろう。

 だがそれすらもケイオスが計算して行っているなら恐るべき道化である。事実、ロズリーヌも彼に対しては警戒心が薄い、いやほとんど持ち合わせていないだろう。疑う点は多くあるのに、これといった根拠を示すことができない。尻尾をつかもうと礼と称して彼に近付いたにもかかわらずだ。

 ロズリーヌの言った「いざという時頼りになる」という評価が、実は彼がひた隠しにしている実力の片鱗を表しているだとしたら、一番厄介な獅子身中の虫として牙をむくかもしれない。


(敵の目的がわからぬ以上、リスクはあるがしばらく泳がせてみるか)


 可能性が低くとも今は誰が敵なのか不明なのだ。僅かな危険も見逃してはならない。再びロズリーヌが癇癪を起こしたところを視界に入れながら、ラウルはケイオスに監視をつけることを決めた。けして姪に悟られぬよう、もし道化が牙をむいたなら、即座に切り捨てるために。



 明後日、クレルモンを奪還するためロズリーヌ・ド・コミューンと共にシャルテル公爵が挙兵する。その兵たちの中に、黒髪の魔導師の姿があった。


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