第三十四話 邪神の侵攻
ケイオスたちがトレーヴに着いたのは夕方を過ぎた頃だった。クレルモンの厳戒態勢と違いのどかなトレーヴの景色をロズリーヌは馬車の中から見て、ほっと胸を撫で下ろす。どうやら近隣の町まで吸血鬼の影響は及んでいないらしい。そして追手もまだここに先回りしているような様子も無かった。
安堵したロズリーヌはこれからについて考えていた。クレルモンの上層部を掌握するような連中が相手だ。周辺の領主も奴らの手に落ちている可能性が高く、何より王宮を取り戻すだけの戦力を持ち合わせていないため、彼らを頼ることはできない。
もちろんそれはシャルテル公爵を含む三公爵にも言えることだが、三公爵も敵の手に落ちているとなるともはや国内で当てにできるものなど一人もいない。クレルモンを奪還できるだけの兵力がある貴族など限られてしまう。
当初の予定ではトレーヴで馬を買い、シャラントに向かうつもりだった。だがもっとも早くシャラントに着く交通手段は他にもある。
「どうかしたのか?」
「いや、何でもない。ケイオス、すまないが寄り道してもいいか?」
「構わないぞ、だがどこへ行くんだ?」
「空港さ」
いわゆる竜便と呼ばれる交通手段だ。あえて彼女は考えから除外していたが、もしかすると竜便も運航しているかもしれない。そう思い、空港へと急いだ。
空港は巨体のドラゴンが下りるために広い場所を取る。ドラゴンの羽ばたきや鳴き声の騒音もあることから町はずれにあることが多くトレーヴもその例に漏れていなかった。クレルモンと違い空港の利用者が少なく、一時的な停泊を行うだけなので竜舎も無い。案の定ロズリーヌの予想通りドラゴンの姿は見えなかった。
「竜便は運航停止中だって?」
「ああ、竜便はクレルモンが終点になっている。だからクレルモンからドラゴンが飛ばないとどうしようもないのさ。ドラゴン自体トレーヴに来ることなんて滅多に無いんだが、遠地に向かうドラゴンすらクレルモンから飛んでいない。クレルモンへ向かった奴も戻ってこないって話だし、いったいクレルモンで何があったっていうんだ?」
空港の職員はこれじゃお飯の食い上げさとぼやきながら答えた。クレルモンは竜便の始発であり終点であり、コミューン全土の路線の元になっている場所である。そこが厳戒態勢で止められてしまうと運航できない。予想はしていたが、ロズリーヌはわずかに落胆した。
竜便であれば数時間で着くことができたのだが、馬で順調に進んだとしても早くて一週間かかる。追手による妨害の懸念がある以上、下手をすればもっと時間がかかるかもしれない。
一刻も早くシャルテル公に会わなければならない彼女にとって非常に都合が悪かった。
しかし、ケイオスの馬車があれば別だ。並の軍馬よりも早いこの馬車さえあればもっと早くシャラントへ着くことができるはずである。
「なあ、ケイオス。これからの予定は決まっているのか?」
「いいや、全然だ。最初はクレルモンの冒険者ギルドで人を探す予定だったからな。だけど、あんな状況じゃ無理だろ。だからどうしたもんかと悩んでてさ」
「なら、一緒にシャラントに行かないか?」
職員と話している間にどこかに離れていたケイオスを誘う。ケイオスに対する不審が完全に消えたわけではない。だが、少なくともクレルモンの追手ではない彼の協力が得られれば期間を短縮できるのは確実だ。そして戦闘には心許無いロズリーヌにとって、彼の力は頼りになる。
「そうだな。行く当てもないし同行させてもらうよ」
しばし考えた後、ケイオスは頷いた。困難な道程を思い一人では心細かったロズリーヌの不安が少し和らぐ。彼女がケイオスを勧誘した一番の理由はそれだったのかもしれない。
「そっか! じゃあ、すぐにでもここから出発しよう!」
「やめといたほうがいいよ、もうじき夜だ。シャラントへ行くなら山道を抜けていかなきゃならない。真っ暗な中の山越えなんざ危険がつきものさ。それより、今晩はここで一泊したらどうだい?」
二人のやり取りを眺めていた職員が口を挟む。だが先を急ぎたいロズリーヌにとって多少の危険を負うことぐらい覚悟の上だ。
「さっきも襲われたばかりだからな。夜中奇襲されたらたまったものじゃない」
「だけど!」
「急いでいるなら、もっとペースを上げればいいんじゃないか?」
事情を知らないケイオスは彼女の焦燥に気付かずに正論を述べる。ロズリーヌはのぼせる頭で冷静に考えようと努めた。
いくらあの馬もどきとて馬は馬だ。化け物並の速度を出せると言っても移動すれば疲労するだろうし、昼夜走らせ続けるわけにもいかない。となるとどこかで野宿を行う必要がある。野宿など王宮暮らしのロズリーヌには一度の経験も無かった。
「わかった。じゃあ明日朝一で出発しよう。必ずだぞ!」
諸々のリスクと馬車の速度を天秤にかけ、泊まったほうが得策だと判断したロズリーヌは不承不承ながらも同意する。
そうしてケイオスたちはトレーヴにて一泊するのだった。
***
宿屋に着くなりログアウトした俺は今日一日のことを振り返っていた。
良かったことと言えば、ローザと出会えたことか。アレクシア様とイレーヌさんと出会えなかったからこのままだとまたぼっちプレイ確定だったので、彼女との出会いは非常に助かった。
それにしても彼女はどうしてシャラントを目指しているんだろう? この周辺は危険だから別の場所に移動しようと思っていたし、こっちとしては都合がよかった。
シャラントはマップで見る限りトレーヴよりも遠方にある。ゲームを始めたばかりだとお金もないし移動手段が限られてしまうから、歩いて行くにはかなりの距離だ。それを一人で行くのは辛すぎる。
まあ正直に言うとせっかく知り合った彼女とこのまま別れて、ぼっちプレイヤーに戻るのがちょっと嫌だったのが本音だけどね。
正式サービス開始したっていうのに、なんか今日の『Another World』はおかしかったよな。特にあのクレルモンの異変。どうして冒険者ギルドすら開店していなかったんだろう。トレーヴは正常だったけどあれじゃ正式サービスから始めた初心者だと戸惑うばかりだ。いったい運営は何を考えているんだろう。
それにトレーヴへ行く道中に出会ったあの高レベルモンスターたち。モンスターはクレルモンから離れれば離れるほどレベルが高くなり強くなる傾向がある。だがクレルモンから南部に向かう道中にあれほど高レベルモンスターが現れるなんて知らなかった。
まあコミューンに新型のモンスターが多く配置されたって話はあったから、モンスターの出現ポイントが正式サービス開始と同時に変更された可能性は否定できないけれど、それでもレベル高すぎだよな。
その辺りプレイヤーの反応はどうなっているんだろう? さすがにスタート地点であれだけの異常があったら非難轟々のはずだ。
そう思って『Another World』関連の掲示板を調べてみると、やはりネットでの反応は荒れていた。うわあ。今まで大部分を占めていた好意的な意見は見る影も無く、ほとんどの人が運営の対応を叩いている。
……やっぱりみんなあの異変を目の当たりにしているんだな。
どうやらあの異変は「邪神の侵攻」と呼ばれる正式サービス開始記念大規模イベントのようだ。オープンβの終わりぐらいに「コミューンで何かが起こる!?」といったイベントをにおわせる告知がどうやらこのイベントの事らしい。
その名の通り、『Another World』の世界に住む邪神の配下のモンスターがコミューンの各所で暴れており、中にはコミューンの街すら占拠されていることがあるそうだ。支配されている街はランダムでモンスターの魔の手からプレイヤーの手で解放することがこのイベントの趣旨になる。
つまりあの異変はクレルモンがモンスターに占拠されているから起きているってことか。
これにはさすがに呆れてしまった。いやいや理不尽すぎるだろ。転職して強化されているならともかく、開始早々レベル1のプレイヤーがスタート地点をモンスターに支配されていたらどうしようもないだろうが! そりゃクレルモンも街に入るのかもしれないが、少なくともクレルモンだけはイベントから除外しろよ!
それもこのイベントは唐突に始まったらしく、街中にいたNPCが急に姿を消したらしい。たぶん俺がログインしたのはその直後ぐらいだったのだろう。そこをスタート地点にしていたプレイヤーの中には、いったんキャラを削除して別のスタート地点に移った人もいるようである。俺がログインした時はローザとしか会えなかったけど、他のプレイヤーもいたんだな。
正式サービス開始や大規模イベントの対応で負担があったのかもしれないけれど、初日からこんなことをやらかしていてはフォローのしようが無い。そりゃプレイヤーの反応が厳しくなるのも当然だ。
いくらゲームが面白くとも、運営の対応が悪ければ人は離れていく。せっかく凄いゲームなんだからこんなことでケチがつくのは勘弁願いたい。
しかし、モンスターが街を占拠か。どのぐらいの強さのモンスターがどれぐらいの規模でいるのかは不明だが、街を占拠できるだけのモンスターだ。おそらくとても強く、数も多い。一人じゃどうしようもないな。うーん、やっぱりこれはパーティー、いや「ギルド」を組んで挑むしかないのかな。
「ギルド」。冒険者ギルドの事ではない。ギルドとはコミュニティであり、プレイヤー同士が組む集団のことだ。一見パーティーと同じシステムに見えるが内実は違う。
パーティーのように戦闘で得た経験値やアイテムを分け合うことはできないが、ギルドに所属するプレイヤー全員に効果のある「ギルドスキル」などギルドに所属することで恩恵を受けることができ、ギルドだけで挑めるクエストなども存在する。
ギルドに所属できる人数は百人以上。軍隊で言えば、分隊がパーティー。中隊がギルドというイメージだろうか。
例えばトレントの森で遭遇したあの騎士集団。あれはきっとギルドで構成されたメンバーだろう。ボスモンスターと戦うには取り巻きにいるモンスターとも戦わなくてはならない。ひとつのパーティーだけでは手が足りなくなることもある。そもそも、ボスモンスター自体が強力なのでひとつのパーティーだけで倒すのは困難なこともあるのだ。
複数のパーティーが組織立って動く必要があるので、ギルドが中心になって戦うことが多い。
ぼっちプレイヤーにしてみれば夢のまた夢だな。パーティーを組むことさえ難儀している状況なのに。報酬は解放した街を領地としてもらえるそうだ。宮殿やその町の徴税権――売買するアイテムに税金をかけられ、お金を集めることができる機能――などもついてくるようである。今後は領土を奪い合うようなギルド対ギルドの戦いとか増えていくのかもしれないな。
そうなると個人で手に入れられるような代物ではないだろう。だが戦闘に参加したプレイヤーにも報酬があるみたいなので、いつか参加してみよう。
まずはシャラントへ。早くたどり着けるといいな。
***
トレーヴを離れて四日。馬車の速度が予想外に速かったのが功を奏したのかクレルモンからの追手はあれ以降遭遇することは無く、ロズリーヌは拍子抜けした。
初めて乗ったときにもその性能に目を見張ったが、改めてロズリーヌはこの馬車の異常性に気付かされた。この馬は全く疲れない。馬で移動するならば休憩を挟みつつなるべく急がせなければならないのに、この馬は山岳の悪路ですら最高速をずっと保ちながら走ることができるのだ。むしろ人間のほうが根を上げて休憩してしまう始末である。おかげで予想していたペースよりも早く連日街に到着できて野宿することもなく、シャラントまであと少しだ。外見通りこの馬もどきはただの生き物ではないらしい。
もっとも魔法の馬なのだからこれが普通なのかもしれないのだが。
魔法の馬だと知ったのはトレーヴでのこと。宿屋に到着するなり、急に目の前に暗い穴ができたかと思うと、馬がいななきそのまま穴の中へ入っていった。その場の異様な光景は八本足の馬をおそるおそる馬小屋へ連れて行こうと近付いた宿屋の従業員が驚いて腰を抜かしたほどだった。
翌日になればまたその穴から馬車が出てきたのだから、その馬が何らかの魔法で呼び出されているのだとロズリーヌは思い至った。
ちなみにケイオスの奇行はこれだけに限らない。宿屋の部屋に通されると朝まで部屋にこもりきりだ。ロズリーヌも何度か夕食に誘ったのだが、ケイオスは既に寝入っているのかまるで誰もいないかのように反応一つない。気になって食事はとっているのか聞いたところ、一人で摂っているようだ。あまり群れるのを良しとせず、孤独が好きな男ではないかとロズリーヌは思った。
だとすると、何故孤独を好む彼は自分に付き合ってくれているのか。車中では話しかければきちんと受け答えするし、食事中にちょっかいをかけてくるような軽薄な男たちとは違い、自分にアプローチしてくるでもない。善意なのかそれとも何か思うことがあるのか、ロズリーヌは測りかねる。
しかし彼との旅もあとわずかだ。シャラントにたどり着けばロズリーヌにとって苦しい選択を迫られるだろう。彼に身分を明かすことなく過ごした日々は気楽で、不安で押しつぶされそうな心を支えてくれた。そう思うと彼との別れは名残惜しいが、いつまでも続けられるはずもない。
ロズリーヌが思いにふけっていると馬車を影が覆った。彼女は御者台から上空を見上げる。見えたのは空を滑空する数匹のドラゴンの姿。それが北のクレルモンから南のシャラントへと向かっている。
トレーヴで聞いた話ではクレルモンからの竜便は運航していないはずだ。あの厳戒態勢がよほどのことが無い限り解かれるとは到底思えない。そうなるとあのドラゴンは連中の差し金である可能性が高い。
ロズリーヌは馬車をさらに加速させて、シャラントへと急ぐ。先行していたドラゴンから降り立つ兵士たちの姿が彼女の視界に入った。間違いなく追手だ。
「ケイオス! 捕まっていろ!」
「なんだってええええ」
ロズリーヌは手綱を引いて城門へと続く道から外れる。馬車が傾き後ろにいたケイオスはたまらず馬車内を転げまわっているが、構っている暇はない。
ずしりと馬車に重しがのしかかる。兵士が馬車に飛び乗った。ロズリーヌは振り落とそうと馬車を蛇行させる。兵士は体を揺さぶらせても両手を離さず落ちる気配はない。ぴたりと張り付いたままだ。
外見こそ人間にしか見えない。だがケイオスの話ではとてつもなく力が強い種族、それが吸血鬼。その力をいかんなく発揮して捕まりどころの少ない馬車を器用に移動し、目的を果たそうとする。彼らの目的、それは馬車内への侵入。そして彼らの秘密を知るロズリーヌと共犯者ケイオスの殺害。
シャラントの城壁が目前に迫る。ロズリーヌは馬車の速度を緩めず手綱を捌いた。激しい衝撃が二人を襲う。馬が城壁と衝突する寸前に右折し、箱馬車は大きく膨らんで曲がってその車体を壁に叩きつけられたからだ。
これにはたまらず、どさり、どさりと兵士が落下する。押しつぶされた兵士の血しぶきが黒い馬車を赤く染めた。
幸いにも馬車の車体は激しい衝突にもかかわらず、壊れることなく傷一つない。それでも衝突によって馬車は減速してしまう。
それを好機と見たのだろう。馬車の右側に張り付いていた兵士が御者台へと移り、ロズリーヌを蹴り飛ばした。兵士の体勢が悪かったからか攻撃自体は大したことは無く、御者台から落ちなかった。しかし手綱を手放してしまう。
兵士はそのままロズリーヌを組み伏せる。吸血鬼の剛力に暴れるロズリーヌは強引にねじ伏せられた。
荒い呼気がロズリーヌの額をなでる。眼前にまで迫る兵士の顔は目こそ血走って狂ったように見えるが、人そのもの。それは表面上だけだ。兵士の口は顎が外れているのではないかと思うほどに大きく開く。口の中の鋭い牙が露になった。どろりとしたたる体液がロズリーヌの頬を伝う。
「ローザっ!」
ケイオスの声に兵士は反応し、顔を上げる。乾いた音が響く。木の杖で兵士の顔面を殴打した音だ。直撃を受けた兵士は顔を押さえて怯む。その隙にロズリーヌはナイフを抜き、兵士を切り付け、蹴飛ばした。
馬車から転がり落ちる兵士に一瞥もくれずにロズリーヌは手綱を取る。一時的に手綱を離したせいか、馬車はゆっくりと速度が落ちている。馬車に乗り遅れた兵士が追い付いて馬車を囲んでいた。
「そんな! せっかくここまで来たっていうのに!」
「万事休すだな」
「なに呑気なことを言っているんだ!」
どこか他人事みたいにのたまうケイオスを尻目にロズリーヌは思考を巡らせた。リスクは高いが強引に突破することもできる。あとは城壁沿いに城門まで引き返せば、シャラントへと入れるはずだ。しかし兵士がそれであきらめるはずがない。このままシャラントへ逃げ込んだら、兵士たちもひたすら追いかけてくるだろう。そうなれば街中で戦闘する羽目になる。下手をすれば住民へ被害が及びかねない。
ロズリーヌが選択したのは、突破し城壁外を逃げ回ることだった。ぐるりと馬車を反転させて一気に囲みを突き破る。もっとも逃げ回ると選択した後のことは考えていない。ただひたすらに時間を稼ぐか、それともシャラントから離れるかロズリーヌは決めかねていた。
「ローザ、前を見ろ!」
ケイオスの指さす先には城門から騎兵が整然と列をなして馬車を目指して向かってくる。騎乗の騎士よりも長い天を突きさすランスが一斉に降ろされ、騎士たちは前傾姿勢を取る。明らかに突撃する構えだ。
(まさかシャラントも奴らの手に落ちたというのか!?)
ロズリーヌの顔が絶望に満ちる。しかし正面に騎士たち、後面に兵士たちがいてもはや逃げる術などない。
「ケイオス、すまない。私はお前を巻き込むだけだった」
自分の正体を告げることも無く、それでもついてきてくれた少年を自分のせいで死なせてしまうのだと思ったロズリーヌは後悔の念しか浮かばなかった。
「気にするな。ここに来るのは俺が決めたことなんだから」
我先にと争うように向かってくる騎士たちを前にケイオスの声は涼しげだ。
「それに、――あれは敵じゃない」
岩を避けて通る川の水流のように騎士は馬車の目の前で二つに分かれて進む。そして、馬車をやり過ごすとそのまま後方の兵士たちに向かっていった。
槍突撃――。ランスが歩兵を薙ぎ、騎馬が踏み潰していく。なす術もなく棒立ちになった兵士たちは騎兵の波に飲み込まれていった。
ロズリーヌはそんな光景を茫然と眺めていた。
「た、助かったのか」
「ああ。どうやらそのようだ」
安堵からロズリーヌの口から吐息が漏れる。クレルモンから張りつめていた思いが一気に解けたような気分になった。
「城壁外で暴れている者たちがいると報告を聞いて駆けつけたが、どうやら間に合ったようじゃの」
通り過ぎて行った騎士たちの後から騎士を従えた老騎士がゆっくりと馬車に近付く。その声にロズリーヌは心当たりがあった。
「伯父上!」
「おお、ロズリーヌ! 久しいのう!」
ロズリーヌは馬車を駆け下りると、老騎士のもとへと急いだ。騎馬から降りた老騎士へとロズリーヌは抱き着く。
「やれやれ、はしたない。少しは落ち着かぬか。まったくロズリーヌは大きくなっても変わらんのう」
口ではロズリーヌをたしなめつつも、振りほどこうとせず優しく抱き留める老騎士。領地が近いとはいえなかなか会うことができずにいた伯父の姿は、ロズリーヌの記憶の姿と寸分も変わらない。
変わらずにいてくれた。実の両親の変貌した様が目に焼き付いていた彼女にとって肉親である伯父が変わらずにいてくれたことが何よりもうれしかったのだ。
ロズリーヌの目から涙がとめどなくこぼれた。
***
ああ、ほんとやばかったな。正直ヴァンパイアの集団に囲まれたときは死亡も覚悟したけど、偶然にもプレイヤー集団に助けてもらった。
これほどのプレイヤーが集う集団はやっぱりどこかのギルドの人なのだろうか。……もしかするとシャラントを解放したギルドの人たちなのかもしれない。まだイベントを開始して間もないのに街を解放するだなんて少し早すぎないか、と疑問に思うがトップクラスのギルドだとこれが当たり前なのだろうか。
いずれにせよ相当精強なギルドには違いない。あのランスチャージかっこよすぎじゃないかな! 隊列を維持しながら、一斉に突進して敵を駆逐していく様なんか迫力ありすぎだろ! マジシャンの俺ではとてもじゃないが真似できない攻撃だ。うう、羨ましい。
そんなことを考えていると、長身の優しそうな男性がこちらに声をかけてきた。物腰が穏やかそうで気品を感じる。白髪だがまだ若く見え四、五十代ぐらいだろうか。取り巻きの人がいることからもしかするとギルドマスターなのかもしれない。トップクラスのギルドマスターになるとMMORPGの世界では人目に付きやすく、有名人であることが多い。そういう人と相対すると小市民な俺としてはいささか緊張してしまう。有名人と会う機会なんてなかなか無いもんな。
どうやらこの人はローザの伯父らしい。兄弟とかならともかく伯父、姪の関係でMMORPGを一緒にやっているなんて珍しいな。
……まさか援助交際。なんて不謹慎なことが頭を過った。
けれど抱きしめあう二人の姿はそんな邪な関係ではなく、親愛の情がこもった心に訴えかける光景だった。なんて心無いことを考えていたのだろう。
ローザや伯父さんの会話からお互いに顔を合わせたのはだいぶ昔の事らしい。よっぽど嬉しいのかローザは抱き着いたままだ。きっと彼女があれほどシャラントへ急いでいた理由は彼に会うためだったに違いない。
手紙や電話、メールといった通信手段は数あれど、実際に会えるのが一番なのかもしれない。でも、相手が遠隔地に引っ越してしまえばそうそう会える機会は作れないものだ。この仮想世界で仮初の身体ではあるけれど、それでもこうして抱き締めあえる。他の通信手段とは違った感動があるのかもしれないな。
ううっ、ローザ良かったな。ローザが涙する姿を見て、俺も思わずもらい泣きしそうになった。




