第二十八話 ブランデンブルグ防衛戦1
首都よりも遥か強い魔物がひしめく地であるため、ブランデンブルグの市壁は他の城塞都市に比べ堅牢な造りになっている。だが不落で知られたアイゼンシュタット城塞を陥落させたニ千体ほどの魔物の前ではそれは砂上の楼閣に過ぎなかった。
更にブランデンブルグの統治する貴族は難民達の護衛し、各地に危機を知らせるためという大義名分を掲げ、正規の兵の半数を連れブランデンブルグから脱出した。残りの半数にはブランデンブルグの絶対死守を命じ、少しでも魔物の進攻を遅らせる捨て石として扱ったのである。
非情ではあるがあながち間違いとは言い切れない。冒険者や義勇兵をかき集めれば魔物より数が上回るとは言え、グリフォンや未知の大型の魔物相手に到底ブランデンブルグの防衛力では太刀打ちできず――グリフォンは宙に浮けば魔法か弓などでしか対抗出来ず、その大型種の魔物と同じ約四メートル程の大百足で兵七、八名ほどで対処するのが普通と言えば戦力差がわかるだろうか――、逃走経路である南の街道は魔物が少ないとは言え集団で移動すれば襲撃する可能性が高いのも事実だからだ。
それに女子供含む民を連れ立った歩みは遅く、ブランデンブルグを完全放棄してしまえば直ぐさまその牙は民に向けられるだろう。
だから今ブランデンブルグに留まる戦力に求められる事はその場に一秒でも長く魔物を押し止める事――その身を犠牲にした遅延行動しか手が無かったのだ。
そう、誰もが魔物の軍勢に対して絶望し、敗北を喫すると予感していたのである。
――たった二人の主従を除いて。
現在のブランデンブルグの防衛する兵力は二千五百ほどである。正規兵だけでもアイゼンシュタット城塞に詰めていた兵数を越える七百ではあるが、残りは冒険者や有志を含めた寄せ集めに過ぎず士気は最低といって過言では無かった。
唯一の朗報は北の街道を南進している魔物の群れが何故か進軍速度を急に落とした為、病などで動けぬ民を除き避難民は既にブランデンブルグからは脱出し、応戦の準備を整える事ができた。
運んできた矢束を下ろしながら、アレクシアは周囲を見渡す。
今彼女がいる北の市壁にある北門から北東に延びる街道には本来であれば商人達が行き交うのだが、今は影一つ無く代わりに街道の遠方から何かが差し迫っているのか土煙があがっている。迫り来る魔物の脅威が現実味を帯びてきて彼女は喉を鳴らした。
何とか防衛準備は間に合ったようで、既に北門は崩した家屋などを積み上げ堅く封鎖されている。もう一つの街の出入口である南門を封鎖していないのは逃走よりは寧ろ、恐らくもしも魔物が街を迂回しブランデンブルグ以南に向け進攻した場合、後背から追撃する為だろう。だがそれは杞憂であり魔物は街道に沿ってブランデンブルグに進軍してきている。争いは避けられそうに無い。
今彼女がいる市壁の上には、投石用の石や矢が積み上げられている。矢は主が逃亡し放棄された武器屋からも徴発してまでかき集めたものだ。その隣には壺が置かれ油で満たされていた。
ガチガチとした音が頻りに彼女の耳に届く。それは忙しなく防衛の準備を整える者の鎧が擦れ発した金属音であったり、恐怖で怯えた義勇兵の歯が鳴る音だった。
「あ、あんた、やたら落ち着いてるな。こ、怖くないのか?」
駆け出しなのだろうか。一緒に作業をしていた年若い男の魔導師(とは言えアレクシアよりは三、四歳上に見える)は杖を震わせながらアレクシアに問い掛ける。怯えているのは彼だけではない。慣れない武器を手に皮鎧すら着ていない悲壮な顔をした一般住民は周辺に結構な数がいるのだ。そうした中で恐怖に戦くような素振りを見せない幼い少女の姿は目につくだろう。
「いえ怖くないわけではありません」
彼女の言葉通り、恐怖が無い訳ではない。年若い男は彼女が整然と返答した事に対して、尊敬の視線を向けるが実のところ緊張のせいか普段に比べ、声に固さが現れていた。
尤も初対面の人間に悟られる程取り乱してはいない。
「それにしてもそこのあんちゃんならともかくアンタ達みたいな別嬪さんまで狩り出されるなんてな。うちは腰を痛めたかかあがいるから逃げらんないけどよ。なんでまた逃げ出さなかったんだ?」
気を紛らわしたかったのか腕が毛深い中年が会話に混じってきた。普段は狩人でもしているのか使い古された弓を抱えている。
「私達は冒険者ですから。ギルドから強制徴用されています」
「そうかい、あんたも大変だな。けど一緒に戦うからよ、頼りにしているぜ。あんちゃんもだらしねぇな。もっとシャキッとしな!」
ガハハと笑い飛ばし年若い男の背中をばしばしと叩く。彼は咳込み涙目になりながら恨みがまし気に中年を睨んだ。尤も彼もまた中年が無理矢理元気付けようと気を遣ったのだと理解しているため、それ以上本気で怒る気などなかったが。
「大丈夫ですか。アレクシア様」
普段から彼女の傍に侍るイレーヌだけはアレクシアが緊張している事に気付き、気遣わしげに小声で話し掛ける。
「ええ。先生が傍にいないのは少し不安ですが……」
そう言ってアレクシアは俯いた。
結局彼女達はケイオスと合流する事はできなかったのだ。冒険ギルドの前で彼女達はケイオスを待っていたのだが、すぐに兵士に連れられ篭城戦の支度を行っていた。 内心ではケイオスと合流したかったが、かと言ってそれを蔑ろには出来なかった。作業中に彼に会えるかもしれないと淡い期待を抱いたものの二千人を超える人員の中から彼を探し出すのは無理があった。
もしかすると彼がいないのではないか――そんな不安が過ぎるがすぐに掻き消された。だが彼女の中で究極に美化されたケイオスは、間違い無くこの苦境で見放すような人間ではないのだ。だからきっとこの中に彼がいる事を確信していた。ならば自分は少しでも彼の負担を取り除く努力をしなければならない。そう彼女は自分に言い聞かせていたのである。
それにいざ戦いになればケイオスの戦い方は目立つ。特に最後に彼と会った日の落雷などは鍾乳洞の中とは言え、神の怒りがこの世に顕れいでたものでは無いかと錯覚するほどだった。あれは今回の戦いで戦局を左右するほどの破壊力を秘めているのではないかとアレクシアは考えている。
――だから戦いが始まればケイオスの存在に気付くはずだ。
アレクシアはぎゅっと杖を握りしめた。ドラゴンソウルの宝玉が埋め込まれた特注の杖だ。それだけでも希少なものだ。事実同じ魔導師からは物欲しそうな視線がしばしば投げかけられる。
しかし彼女からすれば大事な師と同じ意匠の杖であり掛け買いの無い杖だ。そのせいか彼を近くに感じる事ができ、緊張で張り詰めた心がみるみる解されていく。
思えば自分の気持ちに気付いていない初めてこの杖を手にした日、嬉しくてベッドの中で抱きしめて眠った事があった。
あの時は純粋に師と同じ杖を持てた事に対して嬉しかったのだと考えていたが、事実は何とも乙女な気持ちで好きな人とお揃いだった事が嬉しかったのだろう。そう思い至るとアレクシアは急に気恥ずかしくなった。戦場に似つかわしくない高揚する気持ちを慌てて掻き消す。
この未知の感情は劇薬だ。まだ馴染まずコントロールできない感情を抑えながら、彼女はそう思った。
「来たぞ! 魔物だ!」
叫び声が上がる。空を見上げれば数え切れない程の影がブランデンブルグに向けて飛来してきた。
「迎撃っ、急げ!」
指揮官と思われる兵の声が響く。アレクシアは自然と従者の目を見た。イレーヌもじっとアレクシアの瞳を見詰める。自分の考えている事が伝わっているかのような決意に満ちた輝く瞳はアレクシアの心を奮い立たせる。
アレクシアは再び空を見上げた。空を駆る鷹の頭を持ち獅子の体を持つ獣――グリフォンを視界に捉えながら。
――これが後世でブランデンブルグ防衛戦と呼ばれる戦いの始まりだった。
■
本来、この場にいるのは二千だけでは無かった――。
率いる同族のグリフォンの中でも最も体格が大きく雄々しい翼を拡げた彼はこれから襲う人間の街を憤然とし見下ろしながら睨み付ける。
忌ま忌ましい人間の砦を陥落させた後、主に言われたように後方から送られてきた物資の補給を済ませた、そこまでは良かった。
補給した紅く宝石のように輝く石は想像以上に役に立つ石であり、それを地上に目掛け落とすだけで爆発を引き起こす。
蜘蛛の子を散らすかのように逃げ惑う人間を蹂躙した時は喜悦で心が躍るほどだった。流石に無傷でとはいかなかったが空も地上も充分な戦力がある。初めは人が造り出したものだと毛嫌いしたものだがここまで結果を出されればその気も吹き飛んだ。
あとは主の指示通り補給線を維持し、この地域に棲むとある魔物を従属させ戦力の補充を行うだけ。全ては予定通りのはずだった。
この地に棲息する龍の一族。気位の高い龍族では従属させる事は出来ないが、龍族ですら見下している知能の低い奴らならば容易に従属できると考えて。
その名をレッサードラゴン。最も下位の龍の一族。彼のように華麗に大空を飛ぶことは出来無くとも龍族の強靭な膂力は非力な人間にしてみれば脅威だろう。彼等とて戦いを地上に限れば危うい程である。
だが計画は崩れてしまった。その地には僅かな十数体のレッサードラゴンしか残っていなかったのである。
一体何故――? 人間にやられたとでも言うのか? 確かに争った形跡や微かな血の臭いは残っている。だが骸は一つも残っていない。まるで忽然と姿を消したかのように。
どうやったのかはわからない。だが一つ彼が理解した事はある。
あの砦にはレッサードラゴンを倒す程の歯ごたえのある人間はいなかった。つまりは近隣の奴等の住家から来たのだろう。レッサードラゴンを倒すほど沢山の人間がこの地を訪れ、そして遺骸を持ち去ったのだと。
彼の瞳に怒りの炎が燃え上がった。
――またか、またなのか。脆弱で狡猾な人間は残虐にも我等の身体の一部を奪っていく。それは餌として奪っていく為では無い。奴等は何らかの価値を見出だして、皮を剥ぎ翼を引きちぎり目をえぐり死体をも辱める。我等もそしてその祖先も幾度となく欲に塗れた人間によって犠牲となった。
やはり主は正しい。主の言うように我等と奴等は相容れないのだ。
ならば奴等にも同等の報いを与えよう。奴等が皮を欲しがるなら奴等の皮を剥いでやろう。奴等が翼を欲しがるなら奴等の手足をもぎ取ろう。奴等が瞳を欲しがるなら眼をくり抜いてやろう――。
けたたましい声を上げ彼等は人間の街――ブランデンブルグへ向け急降下していく。この地の空は彼等グリフォンのもの。遮る物など何も無い。
戦いの火蓋は切って落とされた。
■
「『メンタル・シールド』」
まずアレクシアが唱えたのは障壁系の防御魔法だ。師が使う『インテリジェンス・シールド』に似て『精神』の強さによって障壁の強度が変わる支援魔法の一つである。彼女を中心として半球形状に薄い白色の障壁が展開された。
唐突な魔法の行使に周囲の人間もぎょっとした視線をアレクシアに向ける。
「あんた、法術師だったのか!?」
障壁の中に捕われた若い男が尋ねる。何らかの支援魔法の一種だと判断したからだろう。支援魔法は法術師が得意とする術だ。
「いいえ、私は魔導師です。『アディション』」
更に支援魔法をかけるアレクシア。『アディション』も『メンタル・シールド』と似た魔法で半球形状の赤の幕――白の障壁と混じり合い桃色の空間を創り上げていた。
「総員、構え! 弓や魔導師は全員グリフォンにしかと狙いを定めよ!」
指揮官の声に慌てて投石の準備や矢をつがえる兵達。アイゼンシュタットの敗残兵から齎された情報によって空への備えを整えたものの充分とは言い切れない状態であった。
対空用のバリスタには数に限りがある上、有志である義勇兵の全てが弓を使えるわけではない。その為弓を扱えない者は投石によって相手を怯ませ市壁に近付けさせないようにするしかなかった。
「待て! しっかりとこちらに引き付けよ……よし、放て!」
指示に合わせ、グリフォンに向けて一斉に魔法と矢が放たれる。百数十もの弾幕の密度は決して薄くはない。それでも僅か両手で数える程のグリフォンしか堕ちなかった。
その他のグリフォンは魔法や矢の届かぬ上空に逃れたり、翼をはためかせ起こした風をぶつけ矢を落とす。辛うじてグリフォンの身に届いたとしても、単発では致命傷を与えるのは難しかった。
アレクシアの傍にいた魔導師もまた号令に合わせ魔法を使った。グリフォンは素早い為、威力は低いが誘導性が強く命中率の高い『マナ・スフィア』と呼ばれる魔法である。彼の魔法の威力ではたかがしれたもので彼が狙ったのは、確実に魔法を当てグリフォンを怯ませた隙に他の攻撃を通すといった作戦だった。
彼の予想通り『マナ・スフィア』の青白い球体は意志を持つかのように一匹のグリフォン目掛け飛んでいく。それにグリフォンは気付き左に急旋回しようとするも『マナ・スフィア』に半身を晒し――。
『マナ・スフィア』に右腹を貫かれ絶命した――。
「えっ、あ?」
戦場には似合わない何とも間の抜けた声。しかしそうなるのも無理は無い。彼にして見れば倒せるとは微塵にも思っていなかったのだから。
「なんだこりゃ、一体どうなってやがる?」
彼だけでは無い。彼の周囲にいてグリフォンを攻撃したものからは似た声が上がっていた。狩人もまた僅か一矢でグリフォンを射ぬいている。極めつけは、少女の傍にいた女剣士が手に取った石でグリフォンを撃ち落としていた。
「おい、いくらなんでもおかしすぎるだろ!?」
目の前の非常識な光景に魔導師が叫ぶ。その非常識な光景もあくまで自分の回りだけで起こっていた。――いやより明確に言えば少女が使った支援魔法内にいる人間のみ――。
「まさか、さっきの魔法は!? 味方の攻撃を強化する魔法か!?」
魔導師の言葉に次なる詠唱に入っていたアレクシアは頷いて答えた。
彼女が唱えた『アディション』はより正確に言えば、『一定範囲内のパーティーメンバーが行った攻撃に関わるあらゆる能力の数値に、使用者の【精神】分だけ加算し強化する』魔法である。 例えば先程の『マナ・スフィア』の場合、『魔法攻撃力』つまり『知能』と『精神』の能力よって威力が決定する。その『知能』と『精神』にアレクシアの『精神』分が加算され威力が向上する事になるのだ。具体的に攻撃する側の『知能』が百、『精神』が五十、『アディション』をかける使用者の『精神』を百とした場合、『魔法攻撃力』は『知能』二百、『精神』百五十で計算される事になる。
もちろん例が魔法であったから『知能』、『精神』だが、その他の能力『筋力』などにも同様の強化がなされる。ただしあくまで攻撃限定であり法術師の支援のように直接身体を強化するものではないが。
つまりアレクシアの『精神』が高ければ高いほど、『アディション』の効果を受けた者の攻撃力は跳ね上がるのだ。
そして『知能』では落ちこぼれの彼女だが、こと『精神』において他の追随を許さないほどの才能を秘めていた。仮に『Another World』のステータスで彼女の『精神』を数値化すれば、ほぼ同レベルでレベルアップ時のステータスポイントを殆ど『知能』に割り振ったケイオスの『知能』よりも上なのだから彼女の才能が如何に凄まじいか理解できるだろう。
そう彼女の『精神』は群を抜いていた。
戸惑いで攻撃の手が止まり弾幕に厚みが無くなったからか、アレクシアの所を狙い一匹のグリフォンが赤い石を投下する。
「なんか落ちて来るぞ! 伏せろ!」
狩人が警告するも赤い石は障壁にぶつかり大爆発を起こす。しかし障壁はびくともしておらず、爆風の余波はあったにせよ、中にいた者はほぼ無傷であった。彼女の『メンタル・シールド』の防御力がその爆発よりも遥かに上回っていた事の証明であった。
ここに来てようやく障壁の中の者達は悟る。
――こちらの攻撃は通用して相手の攻撃は通用しない事に――。
味方を強化する事で戦闘を有利にする。それが『セージ』としての一つの戦い方であった。
「はははっ、くそ、なんて幸運なんだ! あんた最高だよ!」
「ほんとだぜ、嬢ちゃん! かかあがいなけりゃ惚れてたとこだ!」
彼等義勇兵には、死の象徴に見えた魔物への恐怖が薄まり、勝てるかもしれないという希望が見え一気に活気づいた。次々とグリフォンを堕とそうと攻撃を再開し次第に押し始める。
(先程の爆発はもしや錬金術で造られた『爆発石』?……どうして魔物が……?)
魔物は群れるぐらいはするが、はっきり言ってグリフォンが高度な錬金術を必要とする道具まで使ってくることは想定外である。アレクシアの疑問は増すばかりだが、答えを考える暇など無い。即座にアレクシアは思考を打ち切り、別の思考を走らせる。
(やはり空を支配されているのは厄介ですね。この一帯は押していますが)
アレクシアの支援のある場所は押し返しているがその他はいいようにやられている。このままでは他の戦線が破綻し、負ける可能性が高い。
アレクシアの使う支援魔法は法術師が使う支援魔法と違い様々な制限がある。
一つはあくまで彼女を中心とした半球形状の一定範囲内でしか効果がない事。
二つ目はマナが切れるか魔法を解除しない限り魔法の維持にマナを少しずつ消費する為、何もしなければじり貧になる事だ。
法術師の支援魔法はそういった制限は無い代わりに制限時間があり、かけられた相手の能力に依存して強化されるのでどちらも一長一短な制限があるといえよう。
しかし今回に限っては少々都合が悪い。アレクシアの支援魔法だけではこの防衛戦の局地でしか影響しないのだから。例えで局地戦を制したとて、それが全体の空を飛ぶ相手に不利な戦況を覆すような事をしなければ勝つこともままならない。
――ならば、グリフォンが空を飛ぶという優位から文字通り引きずり落とせばいい。もう一つの『セージ』の戦い方で。
アレクシアは以前のレッサードラゴンとの戦いを思い出していた。
レッサードラゴンと初めて戦闘した際の事。アレクシアはいつも通り奇襲をかけ『スリープ・クラウド』でレッサードラゴンを眠らせてから戦おうとした。
彼女の身長程の低空飛行を続けるレッサードラゴンに彼女の奇襲は成功する。しかし彼女の予測と微妙に違う点があった。
それはレッサードラゴンが睡眠によって堕ちるどころか未だ空中に浮いていたのだ。戦闘は無事に終わり、先程の光景が気になったアレクシアはケイオスに聞いてみる事にした。
「先生、どうしてレッサードラゴンは睡眠状態にあっても空中に浮いたままだったのでしょうか」
「竜便で使われているドラゴンもそうだが、ドラゴンの飛行は魔法で飛んでいるらしい。まあ鳥ならともかくあの巨体で飛ぶのは難しいだろうな」
成る程――つまり魔法の効果が残っていたから空中に浮いたままなのだ。そう考えるとそれは法術師の支援魔法の効果が残ったままの状態だったのであろう。流石に絶命した際には堕ちたが、これは常時自身にかけ続ける種類の支援魔法の一種なのだとアレクシアは結論付けた。
つまり飛行する魔物は支援魔法で空を飛ぶ種類の魔物もいると言う事。――ならば、グリフォンはどうだろうか。
彼女は詠唱する。セージが覚える魔法は味方を強化する魔法だけではない。敵を弱体化する魔法、すなわち――。
「『イレース』!」
万感の思いを込め放たれる魔法。初めは魔法の失敗かと周囲は見紛った程変化はなかった。
しかし効果は明確な程現れる。『イレース』の効果は『敵の支援魔法をランダムで複数個打ち消す』事だ。対策としては様々な支援魔法をかけて打ち消される効果を分散させなければならない。けれどもグリフォンにはそういった対策はされておらず空を飛ぶ魔法しか使われていない。つまりは絶対不可避の魔法――。
ぐらりとアレクシアの上空で戦っていた数匹のグリフォンは失速し体勢が崩れる。
なんだこれは――グリフォンの理解が追い付かない。
彼等に牙を剥いたのは地上の全てのものが受ける自然の摂理。重量という楔。空の支配者の翼はもがれ地上へと堕ちていく。
それだけならば万が一にも助かったかもしれない。だが彼等持つ赤い石が地上に堕ちた衝撃に耐えられなかった。
轟音――市壁より手前の地上で爆発が起こる。それはグリフォンの哀れな末路だった。




