第二十六話 転職
ややイラッとくるグロい?描写があります。
苦手な方はケイオスとアレクシアの話までで止めて下さい。
『Another World』ではこの世界を創った複数の創世神を信仰する宗教が存在する。この宗教が信奉されている神殿で受けるクエストが二次職への転職の条件になっていた。
ようやく三人ともにレベル50を達成したので、転職する運びとなった訳である。
何とか間に合ってよかった。ほんとギリギリだったよ。
どの職業も神殿(どの街でも神殿ならば問題ない)でその職業毎に定められた供物を創世神に捧げる事で創世神より力を得て転職するのだ。
供物はモンスターの素材であったり、遺跡から採れるアイテムだったりするのだが、三人ともにモンスターの素材だったのでさっくりと手に入れ、神殿の台座にそれらを捧げる。
すると淡い光柱が捧げた者達から立ち上り、その光が収まると転職が完了するのだ。
なんか神官さんが目を見開いてこっち見てたけどNPC的には転職って珍しい光景なんだろうか。
さて転職した二次職であるが、アレクシア様は当然セージ、俺はウィザード、イレーヌさんはなんとバーサーカーである。
確かにイレーヌさんは回避に優れているから防御に優れるナイトやパラディンよりそちらの方がスポイルされなさそうだけど、ただでさえセージの強力な支援魔法とウィザードの強力な攻撃魔法があるだけにこの三人パーティーでは今後より一層火力過剰パーティーになりそうだ。
本格的にアーチャー系の仲間の参入が望まれる。
では早速スキルの確認といこう。
二次職のスキルツリーは一次職のスキルツリーとは独立しているので、一次職のスキルを覚えていないと覚えられないというスキルは存在しない。『マナ・エクスプロージョン』を取得して以降、極力スキルポイントは温存しているので二次職スキルに最初からかなり大目に割り振る事ができる。
ウィザードの最大威力を誇るのは極大魔法と位置付けられる火・水・風・土の各種属性魔法及び無属性の広範囲魔法と単体魔法だ。
しかし広範囲、単体魔法を全て覚えるにはスキルポイントが足りなさ過ぎる。ただでさえ必要な二次職スキルが多く取捨選択が必要なのだ。
特に必要なのは一回だけ詠唱、再詠唱時間を0にする『ダブル・スペル』(例えば『マナ・エクスプロージョン』に使えば再詠唱がないため連続で使用できる)、障壁を張りダメージを軽減する『知能』依存の防御魔法『インテリジェンス・シールド』などのかなり強力な魔法が多いのだ(因みに同じか似た魔法はマジシャン系二次職全てで取得する事ができる)
今回は風の広範囲魔法『サンダーストーム』を覚える事にした。何故この魔法を選んだかというと、この魔法は落雷の魔法だからだ。
常々RPGの落雷系魔法で疑問に思っていた事があった。
洞窟とか天井のあるような場所でどうやってそんな魔法が使えるのかと。流石に洞窟内で使えませんなんて事は無いだろうけど、実際どうなるんだろうね。
無属性も空から降り注ぐ魔法だがこっちは正式サービス時の楽しみに取っておこう。
アレクシア様は今までの不遇の鬱屈を晴らすかのようなバランスブレイカーな強化魔法『アディション』と、敵のバフをランダムで無効化する範囲弱体化魔法『イレース』を覚えた。両方テスト済みである。
『イレース』に関しては俺が使った『インテリジェンス・シールド』(薄く白い膜がドーム状に展開された)を無効化する事で確認したけどモンスターはともかく対人戦では猛威を振るいそうだ。
では早速『サンダーストーム』の性能をテストしてみよう。
『ワープ・ポータル』で転移した先は鍾乳洞である。
ごつごつした足場は歩きにくいが、長年の経過によって構築された鍾乳石とアレクシア様の背を越えイレーヌさんの肩ほどはある石筍の独創的な世界が神秘的な雰囲気を感じさせた。イレーヌさんも見とれている。この風景が気に入ったようだ。
適当な広場に出て詠唱を始める。詠唱を始めると天井に碧の魔法陣が浮かび上がった。
二人をびっくりさせようと魔法のテストをするとは伝えてはいるがどんな魔法を使うかは秘密にしていた。だから二人は魔法陣を見て驚きの声を上げている。
極大魔法は絶大な威力を誇ると共にスキルレベルを上げても詠唱・再詠唱時間は変動しない。詠唱にニ十秒、再詠唱に五分もかかる。
今までの最高の詠唱、再詠唱時間が『マナ・エクスプロージョン』の詠唱七秒、再詠唱四十五秒だから推してはかるべきだ。消費MPも半分近いのだから使い所を間違えないようにしないと……。
魔法陣からその色には似つかわしくない黒色の雲が顕れ鍾乳石の姿を覆っていく。どうやらあの魔法陣はこの雲を生み出しているらしい。時折雷光が雲と鍾乳石の間を翔け、一帯を照らす。
しかしこの雲……やたら長くないか?……まさか狭所だから雲の逃げ場が無いとか……?顔から冷や汗が流れる。
「ケイオス、これは大丈夫なのか?」
「……まずいかもしれない」
簡潔に一言。それを皮切りに脱兎の如く雲から離れる。
その途端激しい光が鍾乳洞を支配し轟音が背中を押した。
「アレクシア様、ご無事ですか!?」
「ええ、私は大丈夫です。先生が守ってくれましたから。イレーヌも無事ですか」
落雷の残響が酷いのか耳を手で押さえながらイレーヌさんがこちらに来る。
なんとかアレクシア様を覆いかぶさるように庇ったけれど、イレーヌさんまでは守ることが出来なかった。どうやら石筍を盾にして難を逃れたようだ。
「良かった、御無事で……。私は怪我は有りません。しかし、これ程とは……」
イレーヌさんと俺の姿は白く染め上げられていた。けほけほと咳込み酷いものである。
尤もイレーヌさんが言っているのはその事ではない。
既に魔法陣や黒い雲は無い。本来有り得ないはずの落雷によって鍾乳洞はその幻想的な光景は失われていた。
つららのように天井から垂れ下がった鍾乳石は根本から全てへし折られ、微かに跡が残る程度にしか存在を感じ取れない。
同じく黒雲の支配下にあった石筍にいたっては洞床に粉々になった哀れな惨状を晒していた。
現実ならば想像もつかないほどの時間をかけ作り上げられた美の空間が、僅か数十秒で更地と今も空間を舞う塵に返られてしまったのだ。
――気まずい。妙な沈黙が気まずい。
「ケイオス」
底冷えするような声で背中にぞくりと悪寒が走る。
「貴様、こうなる事を知っていたのか?」
ぶんぶん首を振って否定するがイレーヌさんは凍てつく視線を緩める事はない。
縋るような目でアレクシア様に助けを求めるが一瞬呆けた後苦笑いを浮かべて。
「流石にフォローできないです。しっかり反省して下さい」
とダメ押しの一言が放たれた。
なんだろうこの既視感。ああ思い出した。父の背広からキャバ嬢の写真入り名刺が出てきた時の母の怒りの時と似ている。
あの時母に拷――もとい詰問されそうになって縋るように見てきた父を笑って見送ったんだっけ。
すまん父よ。あの時見捨てた俺を恨んでくれて構わない。
「ケイオス、覚悟はいいだろうな」
OK、イレーヌさん。覚悟はできた。SEIZAの『SEI』は誠実の誠。平身低頭の構えも辞さないつもりだ。
この日二度目の落雷が鍾乳洞に鳴り響いた――。
曰く、アレクシアに危険を及ぼすとは何事か。
曰く、自分の魔法の威力を考えて使え。
曰く、色々自重しろ。
曰く、常識を学べ。
一時間に及ぶイレーヌの叱責にケイオスは本来感じることの無い足の痺れと頭痛を感じていた。
最初は納得のいく指摘だったのだが、途中からイレーヌの愚痴が混じっていないかとケイオスは心の中で首を捻りながらも、流石に場の空気とイレーヌの剣幕に押されっぱなしで黙らざるを得ない。
事実幾らゲームの中とは言えトラウマになりそうな光景であり、週一で行われるサーバーメンテナンスの時にはリセットされるだろうが、それまでは地形は変化したままなのだから不必要に地形を変貌させたのは考え無し過ぎたかもしれない。
そう考えれば常識を学べと言われても仕方ないと叱責を受け入れたのである。
まだ続きそうな気配にアレクシアの執り成しでようやく解放され、鍾乳洞を出た。既に夕日が射している。
「今日はもう時間も時間ですから、このまま解散しますか?」
と、アレクシアが提案する。
それは今ではもうごく自然に当たり前だと感じていた事。
また明日一緒にいられるから――そう信じているから言えた言葉。
――けれどそれは唐突だが来るべき時が来たのだと予感させる一言によって崩壊する。
「すまん。しばらく会うことが出来ない」
「え――」
今、先生は。ケイオスは何を言ったのか。
頭が真っ白になり二の句を告げられないアレクシアに無情で残酷な現実が付きつけられていく。
――それは不意に訪れた別離への始まりだった。
やや黒く真っ赤に染め上げられた部屋に数人の妙齢の女性が、一人の少女に傅いている。
その少女は退屈そうな表情を浮かべながら、紫のリボンが映えるプラチナブロンドの長い髪の先を弄っていた。
「ああーなんかもう退屈。こんなに簡単なら他の国にすれば良かったかも」
そう言って赤いワインを飲み干す。口から零れ落ち病的なまでに白い肌を流れる赤の雫を黒のレースの手袋で拭う。
それは少女の年齢には相応しくない妖艶さを醸し出していた。
「あっちはまだ時間がかかるのよねー。なにちんたらやってるのかしら。主様の命令は絶対だっていうのに」
手近の女性にグラスを下げさせプリプリと怒りはじめる少女。周りの女性はどこかオロオロとしている。まるで何かに怯えるように。
そうそれはこの少女の機嫌を損ねれば生死に関わるような事態になるのを恐れるかのように。
「んー退屈すぎるぅー。……あ、そうだ」
少女は何かを思い付いたかのように手をぽんと合わせる。
見た目は年相応の仕草なのだが、周りは緊張で張り詰めた空気が漂っていた。
「確か最後まで抗っていた騎士がいたでしょ。あれを誰か連れて来なさい。それと今から言うものを用意して」
ニコリと笑う少女は見惚れるような笑顔を振り撒く。
だがそれはまるで悪魔が笑うように異様で何処かいびつな雰囲気が含まれていた。
女性達は安堵する。自分達が贄の対象にならなくて良かったと。
女性の一人に連れられて一人の中年騎士が連れられて来る。
屈強な男が縄で縛られているとは言え、女性から身動き一つ取れないのは些か不自然に見えた。
部屋のむせ返るような臭いのせいなのか中年騎士は顔をしかめている。
「えーと確かこの街の防衛を任されていた隊長さんだっけ、貴方。こんばんわ」
「……化け物め」
中年騎士の言葉に女性がその口を塞ごうと動き出す。
だが黒いドレスを身に纏った少女が視線で制止させる。
「まあ、こんなに可愛いのに化け物だなんて酷い事を言うのね。紳士としての教育が足りないんじゃないかしら」
「ふん……で何のようだ」
少女はむしろ気分を害する事は無く、面白可笑しそうに話し、中年騎士は興味なさ気に応えた。
「ちょっとした暇潰しというか余興ね」
「余興だと?」
「そう余興。単なるお遊び、ゲームよ。もし貴方が勝てば貴方を五体満足で解放してあげてもいいわ」
中年騎士は無言で真贋を見極めるかのように目を細めた。
「……負けたらどうなる」
「特に何も。今と変わらないわ。生殺与奪はこちらが握っているのだから、十分な条件じゃないかしら」
「……」
騎士は考える。この地には部下や家族もいる。それを見捨ててまで解放される事に意義はあるのかと。
だが目の前の悪魔のような存在が世に放たれれば間違いなく国に害を成す。
約束を果たして守るのかという疑念もあるが、可能性がゼロではないかもしれない。
「黙っていれば肯定と見做すわよ。こんな機会二度と与えないわ」
反応がないことで少し不機嫌そうに再度問い掛けた。
彼は目を閉じた。部下、父、妻、息子の顔が思い浮かぶ。すまない――と。恨んでくれて構わない――と。誰にも届かないこれから起こす罪への贖いの言葉を告げる。
国を守る責務と彼等も助けられるかもしれないという一縷の望みに賭け、彼は少女と悪魔の契約をした。
赤いワインが並々と注がれている四つのグラスが騎士の前に並べられる。
「ゲームは簡単よ。貴方、舌は確かかしら。このワインのテイスティングを行って、どこの産地のものか当てるの」
「ふん、化け物でも利き酒ができるのだな」
「ええ、私はとっても得意なの。ちょっとした特技よ。かなり詳細に当てることができるわ。貴方は得意かしら」
騎士は決して表情には出さなかったが内心ではニヤリとほくそ笑んだ。
この国は貿易国家であり中継点であるこの街も各国のワインが運ばれてくる。
よく部下達と飲み明かし妻にこっぴどく叱られる程彼は酒豪だった。だからこそ自信はある。
「縛られているから私が飲ませてあげるわ。光栄に思いなさい」
少女が一杯のグラスを手に取り騎士の口元へと運ぶ。
彼はグラスから薫る臭いを嗅ぎ――蒸せ返った。
「ゲホッ……ゲホッ……!なんだこれは!」
「あらどうしたの?何か問題があった?」
「ふざけるな!どうしたもこうしたも!これはワインなんかじゃない!これは――血じゃないか!」
騎士の言葉にキョトンとする少女。そして、ああ、と思い当たるような表情を見せた。
「あらごめんなさい。ちゃんと言ってなかったわね。血のワインよ。化け物が出すワインなんだから当然でしょ?」
「こんなもの人間が飲めるか!」
騎士が憤慨するが、少女は悲しそうに顔を伏せる。
「貴方本当に酷い人よね。つくづく最低だわ。わざわざ貴方の為に厳選した血だったのに……」
そして血のグラスを煽った。
「これは年若い青年の血ね。かなり身体を鍛えているから血が口当たりが爽やかだわ。けど残念ながら童貞ではないのかしら少し苦味を感じるかも。この街の出身のようね」
騎士が唐突に利き血をし始める少女に怪訝な顔をする。
少女は別のグラスを取るとまずそうに顔を歪めた。
「こっちは年寄りの臭いだわ!ああもう最悪な気分。この年齢になると血がまずくなるのよね!この街の出身だろうけどこればかりはどの街でも似たようなものね!」
そう言ってグラスを投げ捨てる。
「口直しにこっちは中年の女性ね。綺麗な人みたいだったけど子供がいるみたいだしもう少しフルーティーな感じが欲しいわよね。やっぱ処女じゃないとね。これもこの街の出身者かしら」
「お、おい……まさか……」
次第に騎士の顔が凍り付く。
「最後は十歳ぐらいの少年ね!うんうん口当たりがとてもまろやかだわ。これは大当り!流石童貞!十年物は違うわね!さっきの女性と似た味もするから血縁者よ」
「やめろ、……やめろ!」
疑念が確信に変わった時、騎士は暴れだした。だが左右に控えた女性に取り押さえられる。
「漸く気付いたのかしら。いくらなんでも遅すぎない?私なら臭いでわかるのだけれど。人間って薄情過ぎない?それとも貴方が特に薄情なのかしら?」
「やっぱり……それは……」
「はいはーい、ご明答!全部貴方の関係者よ!どう、本当に厳選したのよ貴方の為に」
けらけらと笑う少女を見て騎士の血の気は完全に失せた。
「最初は貴方の部下だったかしら。最近結婚したばかりだそうね。まあ残念な事だけど隊長の為にその命を捧げたんだから本望よね。ああ、もしゲームにのった場合には伝えて欲しいって伝言があるわ。『隊長、どうして裏切ったんですか』だって。仕方ないじゃない。誰だって助かりたいんだものっていったら貴方を罵りながら血を流して息絶えたわ。貴方、隊長の割に人望なさすぎじゃない?」
私の眷属でいい子紹介してあげようか、などと憐れみの言葉をかける。
「貴方のお父様と妻は毅然とされていたわね。ああ二人からも最期の言葉を頂いているわよ。『気にするな。何としても国を守れ』だって。奥さんは『息子の事を頼みます』だったかしら。泣かせる話よねー。死ぬ段階になって奥さんに息子さんも後から逝きますー、なんて伝えるの忘れてたの。本当にうっかりしすぎて泣きそうだわ。まあ、あっちで宜しくやってるから問題無いわよね」
さめざめと嘘泣きをしながら少女は語る。騎士の顔はもう涙でぐしゃぐしゃになって歯を食いしばっていた。
「最後の息子さんからの伝言!『怖いよ、痛いよう、パパ、ママ、おじいちゃん助けて!冷たいよ、暗いよ……誰か……助けて』……。いやー怖がらせてごめんねーって感じ。まあこんな父親持ったのが運が悪かったと思って諦めてネ!向こうでママも待ってるしさ!御祖父様も一緒だしね」
少女は騎士の息子の最期を真似るかのようにぱたりと倒れる演技をした後、軽薄な感じで謝る仕草をする。
「ああ彼等の犠牲は無駄にはしてないからね。安心していいよ。息子さん以外は眷属に任せたけど、グラスに入らなかった分は責任を持って処分したから。もちろん息子さんも直飲みで、私がおいしく頂きました!」
とっても美味しかったよ、御馳走様と騎士に向けてサムズアップする。
騎士のもがきが一層激しくなった。
「で、どんな気持ち?守るはずだった家族や街を理不尽に奪われて。彼等がくれた逃げるチャンスを棒に振って。ねえ、どんな気持ち?ねえ、私に教えてちょうだい?」
「……てやる」
「えーなにー?カーミラちゃん聞こえないー。もっとはっきり言ってくれない?おじ様」
耳に手を添えて屈みながら騎士の口元に近付ける。
「殺し……てやる……。殺してやる、殺してやる、殺してやれるッ!殺してヤル!殺してやる!――」
騎士の瞳には絶望と激しい憎悪が彩られていた。肌は先程のような青白さは失せ、真っ赤に燃え上がっている。
口からは少女への呪詛しか紡がれない。
それを確認して心底愉しそうに破顔する少女――カーミラ。
「んっんー。なんて愉・悦っ!いい感じで絶望と憎悪が入り混じって、貴方最高よ!御褒美に私自ら抱きしめて――」
少女の華奢な腕が騎士の身体に絡み付く。
「――逝かせてあげるわ」
カーミラが大口を開けて騎士の首筋を噛み付く。その時少女の口にはぎらりと光る二対の牙があった。
「はー満足。満足。あ、後は適当に処分していいから」
幸福感に満ち足りた表情でカーミラが周囲の女性に残骸の処理を促す。
「さてそろそろ時間かしら。『映せ』」
テーブルの水晶に手をかけマナを注ぐ。
すると水晶から遠方の映像が流れはじめた。
ヴァイクセル帝国の北東の国境にあるアイゼンシュタット城塞は元々は敵対関係にあった東のコミューン連合国に対する備えとして建てられたものだ。
しかし今は他国の侵略を防ぐ事は形骸化し北方の魔物を監視として兵が備えている。
しかし魔物が活発化した今でも城塞を抜けた魔物など一匹もいない。難攻不落の要所一つである。そのアイゼンシュタット城塞が今俄に騒然としていた。
「くそ!あの数はなんだ!」
物見の兵が目の前の現実を見て悪態をつく。地平から夥しい影。
最初は何かわからずコミューンの兵かと認識し、すわ戦争かと騒ぎになった。だが次第に影が近付くに連れてそれが人ではなく魔物であり、それが信じられない数と気付いた時にはその騒ぎの激しさが増した。
魔物が群れて城塞に襲い掛かるという事自体珍しい。だが見間違う事は普通は有り得ない事だ。
しかしそれでも最初はコミューンの兵だと誤認したのだ。
「どうしてコミューンから魔物が来るんだよ……!」
魔物は来たのは北からだけではない。魔物の大半はコミューンから押し寄せてきたのだ。
確かにコミューン方面は切り開かれた平地であり大群を展開するのに都合がいい。兵法に則れば、という前提があればであるが。だが魔物が兵法を知り攻めて来るなど兵達の常識では考えられない。
「おいあれは何だ?」
物見の兵が空を指を指す。
「あれは……。まずい来たぞ!グリフォンだ!」
雄叫びを上げて大鷲の上半身と翼を持ち獅子の身体を持つ魔物が城塞に向かい空から強襲する。
弓兵と数少ない魔導師、城塞に備えられたバリスタを持ってグリフォンに対して応戦した。
グリフォンはそんな必死な攻撃を嘲笑うかのように機動力を活かしてかい潜り、前足に抱えていた球形の何かを投下した。
爆発――。
城塞の塔は崩れ落ち、数名の兵が下敷きになる。城壁に上っていた兵は至近距離での爆風によって吹き飛ばされ、中には壁から落ちた兵もいた。
「爆発!?まさか火薬か!?どうして!」
負傷した兵の叫びに応える者はいない。爆発が起こした惨事に阿鼻叫喚となっていた。爆発は一度だけではない。
グリフォンが投下する爆弾は確実に城壁を破壊していく。バリスタは既に無く、対空の備えは著しく低下している。アイゼンシュタット城塞の制空権は完全にグリフォンに支配されていた。
しかし惨劇はそれで終わらない。
轟音――。
崩れ落ちる城壁。決壊する城門。雪崩込む魔物。
その魔物は帝国兵が見るのは初めての魔物だった。巨体だが速度に優れ、鼻部に鋭い角を持ち、分厚い皮膚で無類の防御力を誇る魔物。
もし『Another World』を知るものがいればそれを見てこう呼んだだろう。
――サイ型モンスター、『ライノス』と。
アイゼンシュタット城塞は僅か半日で魔物達によって陥落した。
「いやー半信半疑だったけれど、凄まじい威力ね。機動力に優るグリフォンで制空権を奪い敵陣をボロボロにした後、即座に地上部隊で制圧、殲滅するなんて。流石は主様が考えられた戦術だわ。まあ脳筋の獣臭いあいつに向いてる作戦よね。向こうの世界とは言え元は人間の考えたというのが引っ掛かるけど。……あの戦術なんておっしゃったかしら」
カーミラは水晶に映る友軍の戦火に満足そうに頷くも、どこか忌ま忌ましげに眉を潜めた。
「向こうの世界の戦法で確か……」
カーミラは腕を組み主の言葉を思い出す。
人間を舐めるな。人間から学び利用しろと。
敬愛する主に反発する気は無かったが、そんなカーミラですら諌言が必要なのではと迷った程だ。しかし各地で実績をあげている事を考えれば、主の先見の明は正しくより畏怖を深める結果となる。
この戦術も主がもたらした物の一つだった。
「そうそう、電撃戦。なかなか良い名前よね」
哀れにも成す術なく崩れていく城塞を見ながら妖艶な表情を浮かべ思いを馳せる。
「さて、帝国は耐えられるのかしら?」




