第二十五話 ドラゴンソウル
マジシャン系の武器は杖である。尤も他の武器が装備できないわけではない。
武具にはステータス制限が設定されており、その基準さえ満たせば職業が何であれ装備が可能である。同じ種類の武器が同じ制限とは限らないが(『知能』制限の杖もあれば『精神』制限の杖もある)基本的に強力な武具ほどよりステータス制限が厳しくなる仕様だ。
ちなみに基準を満たしていなくても、何も持てなかったり身につけられないわけではない。ようは身につけられるけれど装備の恩恵は受けないという訳である。
釘バットみたいな武具を持って殴っても満たしていなければダメージにならないし、たくさん重ね着してもダメージは装備したもので計算される仕組みだ。
これを応用すれば本来の装備枠を越えた着飾る事ができ、沢山のアクセサリーを身につけて着こなし具合を競い合うプレイヤー主催のコーディネート大会なども行われている。
閑話休題――。
幾ら他の武器が装備できるとは言え、スキルには特定の武器でないと使用が不可能であり、マジシャンのスキルは杖が必要なスキルが多いため事実上杖しか選択できないのだ。
また武器や防具は『耐久値』という数値が存在し、これがゼロになると武器は破損して使えなくなる。例えマジシャンのように直接攻撃しなくともスキル使用によって武器の損耗は生じるのだ。なので買い換えるか武器を修理する必要がある。
修理――『耐久値』を回復――するにはNPCの武器屋に持ち込んで修理するか、生産職である『ブラックスミス』の『リペア・ウエポン』を使うかの二択である。
尤も修理は新たに武器を購入するよりは安く済むのだが、修理を行う度に武器の『最大耐久値』が減少する為に結局は武器の買い替えが必要になってくる。
レベル変動の大きい今までは消耗する前に新しい武器に買い替えていたので、(だいたいレベル5~10ずつに上位の武具が存在する)特に問題にはならなかった。
しかしレベル45を超えるとレベルアップも次第に落ち着いて一日に1、2レベル上がるか上がらないかにペースが落ち込むと新しい武器に買い換える間隔も長くなっていく。
強力な武器ほど金額が跳ね上がるので、頻繁に買い換える事は出来ないのだが……、やっぱり『耐久値』の減りが激しいし、以前から考えていた事があったのでここは思い切って買い換えしたほうがいいだろう。
実は『MP吸収』付きの武器を購入したかったのだ。はっきり言うと最近MPポーションの消費量が馬鹿にならない。
一個一個の単価は高くは無いけれど消費量が激しいのだ。
幸いな事に『ブランデンブルグ』には『MP吸収』の素材を出すモンスターがいる。
それは――ドラゴンだ。
ドラゴン。ファンタジー世界で定番の強敵モンスターである。
といってもレッサードラゴンという下級のドラゴンであり鈍重な体のせいか(実際は空を飛ぶ魔法が得意ではないという設定らしい。まあ西洋ドラゴンって空を飛ぶには体型が不向きだし)余り飛べないドラゴンであるけれど、やっぱりドラゴン。
VRMMO始めた理由がドラゴンだったもんなー。
だから凄く思い入れがある。
竜便の時は高所の怖さもあったが戦うとなると色々と想像を膨らませてしまいテンションがあがりっぱなしだ。
その日はドラゴン狩りに行くって決まった時なんか、ドラゴン始めてみるんだなんて興奮気味に話したら、先生なんだか子供みたいですってアレクシア様が可笑しそうに笑ってたっけ。あれはちょっと恥ずかしかったな。
ドラゴン倒した時も感動してしまい、ドラゴンの注意を引いていたイレーヌさんに怒られたし。
そんな戦いを経て手に入れたドラゴンの素材、『ドラゴンソウル』と呼ばれる手の平サイズで水晶のような丸みを帯びた中に緑の炎のようなのアイテムを武器に取り付ける事で『MP吸収』を付加することができる。
ちなみに炎の色はドラゴンの強さによって変わるらしい。
高額で取引されるものでレアアイテムのはずなんだけど、よほどリアルラックが高かったのか五体に一回ぐらいの割合で出てきたので必要以上の数が集まった。
前にやってたゲームだとレアアイテムを引き当てるのに一ヶ月以上かかるものだってあったのにな。ゲームバランス大丈夫なんだろうか。
まあMPはどの職でも使うのでこのバランスでも需要には足りないのかもしれない。
数日レベル上げも含めて集めた百余りの『ドラゴンソウル』はギルドで売却して――本当はNPCに売却するよりはプレイヤーとトレードしたほうが儲かるんだろうけど売り捌くにも時間がかかりそうなので辞めた――必要分だけ武器屋に持ち込んで新調した杖――アレクシア様とお揃いの杖とイレーヌさんのレイピアに加工してもらった。
アレクシア様が凄く嬉しそうで上機嫌だったけど、やっぱり新しい武器が手に入ったのが嬉しかったのかな?俺も早く試してみたいかも。
明日が楽しみだなあ。
『ブランデンブルグ』の鍛冶職人であるバルテルは鼻歌を歌いながら上機嫌で冒険者ギルドに向かっていた。
彼等のような職人は冒険者ギルドで集めた魔物の素材を買い取り、武器や防具などを作り出し武器屋などに納品する(武器屋と兼任している場合もある)というのが基本的な日常のサイクルとなっている。
今日もまた冒険者ギルドに素材の受け取りに来ていた。本来であれば見習いが素材の受け取りに来るのが通例なのだが、職人である彼が受け取りに来ていたのには訳がある。
素材の質がここ最近急激に向上しているのだ。やはりいい素材や珍しい素材が持ち込まれると職人としての性かモチベーションがあがり、いい物を作る事ができる。
彼もまたそんなタイプの職人であり、鍛冶場で待つよりいち早くみたいと気が逸って冒険者ギルドに訪れているのだ。
「おう、今日も来たぜ。いいの入ってるかい?」
「ああ、親父さん。いらっしゃい」
いつも対応するギルド職員に声をかけるバルテル。普段なら愛想よく対応する職員は今日に限って反応が鈍い。
「どうした、景気の悪い顔をして?なんかあったのか?」
「いやあ、景気はいいっちゃいいんだが……」
ここ最近の品質の良い素材のお陰で、高額で買い取られ冒険者ギルドはかなり儲けている。
そして品質の良い武具が販売されると冒険者が武具の買い換えに走り今ブランデンブルグではちょっとした特需が起きているのだ。
故にバルテルの疑問は尤もであり、ギルド職員の歯切れの悪さが気にかかる。
「親父さん、こいつを見てどう思う?」
ギルド職員が見せたのは水晶。しかし水晶の中に綺麗な炎を模した紋様が浮かび上がっている。
「こいつぁ、『ドラゴンソウル』だな。こいつがどうかしたのか」
『ドラゴンソウル』――長年生きたドラゴンの遺骸からのみ稀に取れるという希少な水晶である。周囲のマナを吸収するという性質を持っており、杖に付ければ魔法を使う際にマナの使用を軽減するという効果があると言われている希少価値の高い水晶だ。
しかし希少価値が高いとは言え、凄腕の魔導師が一本ぐらいは持っているのでバルテルも長い鍛冶職人生活で何度か見かけた事はある。
「しかしこいつもまた見事なもんだな。『ドラゴンソウル』を取るにはあの分厚い肉を切り裂いて取り出さなきゃならない分、下手なやつだと水晶が欠けたりするもんだが。またいつもの奴らかい?」
ここ最近ふらりとブランデンブルグに現れた三人組の男女の冒険者。一人は名門シュトルブリュッセン魔法学園の学生らしい。
授業の一環でクエストを受けているのだがこんな辺境まで遠出してきた学生は始めてなので彼女の実績をどう扱っていいか冒険者ギルドで少し揉めた経緯がある。
結局は学園側に判断してもらう事になり、そのまま報告される事になったのだが……、一学生が一流の冒険者顔負けの実績を持っていると知ったら学園側は虚偽の報告と判断するかもしれない。
尤もギルド側もその学生が学園きっての落ちこぼれと知れば、何の冗談だと笑い飛ばすものではあるが。
「ああ、いつもの連中だよ。あいつらみてるとどうも冒険者の基準が狂ってしまう。専用の高額クエストを設けようかとか上は本気で検討してるらしいぞ」
毎日さも平然と数百もの素材をぽんと手渡されれば、こんな簡単に魔物は駆逐されるのかと考えたくもなる。相対的にその他の冒険者を見る目が厳しくなり、クエスト達成時に下される評価も低くなりがちになるのだ。
冒険者出身のギルド職員が、あれは異常だから一緒にするなとの発言を受けて是正されつつある。
「で、その『ドラゴンソウル』なんだがこれだけあるんだ」
どさりと目一杯に詰められた袋が五つほどテーブルの上に置かれる。
バルテルがまさかと袋を開けるとそこにはぎっしりと『ドラゴンソウル』が詰められていた。バルテルの顔が驚愕で引き攣る。
「おいおいなんの冗談だ!?こんなに持ち込まれたらここの『ドラゴンソウル』の相場が崩れるぞ!」
『ドラゴンソウル』は最上級のものであれば白金貨数十で取引され、これは下級だが金貨ニ百から三百はくだらないだろう。それでもこれだけ集まれば流通している『ドラゴンソウル』は値崩れを起こしてしまう。
いくら需要があるとはいえ元の相場で購入できるほど余裕のある魔導師などブランデンブルグでは両手で数えるぐらいだ。
これを全て売り捌くとなると相当に値段を下げなくてはならない。
「だよな。やっぱり買い取り拒否すべきだったか……。けど見ての通り品質はとてもいいんだ。これを指をくわえて見逃すってのはな」
「でも売れなかったらどうしようも無いだろ」
「だよな。あーくそ、変な欲出すべきじゃなかったぜ」
頭を抱えるギルド職員。
「まあ首都のギルドに掛け合ってみたらどうだ?あそこなら貴族様がいる分売れるとは思うが。竜便使っても儲けは出るだろ」
「それしか無いか。かぁ、本部に借りを作るのは面倒だな」
心底嫌そうに顔を歪めるギルド職員を見てバルテルは笑うのだった。
ケイオスやアレクシアは歴史上でも英雄として有名ではあるが全ての行いが称賛されているという訳ではない。
中でも『ドラゴンソウル』に纏わる話は歴史家によっては批判される話だ。
彼等は魔導師である為に杖を使用していたのだが、中でも『ドラゴンソウル』を付けた杖を愛用していたという逸話がある。
元々高位の魔導師が愛用する傾向があったのだが、歴史に名を遺すほどの英雄が二人揃って愛用していたという逸話は当時の魔導師の間で流行となり、特に魔導師の貴族が多いヴァイクセル帝国ではその財力に物を言わせてドラゴンを乱獲する事態にまで発展する。
その当時の乱獲が影響し、現在ドラゴンは化石でしか見ることが出来ない。
後の魔物保護法が制定されるきっかけになった忌まわしい事件と言えよう。
更にドラゴンだけでは無く魔物全体が害悪であると駆逐され、人類が支配権を広げていくにつれ魔物は大きく数を減らしていった。
魔物保護区で登録されている魔物の種類はケイオス達の時代に比べ五分の一に満たないのではないかという調査報告もあり、如何に苛烈な魔物狩りが行われたかがわかる報告だろう。
またアレクシアの日記によればケイオスと共に『ドラゴンソウル』を集める為にドラゴンを討伐した際、ケイオスが楽しそうにしていたと読み取れる一文があり、これは悪逆非道な虐殺で英雄としての行動として相応しくないと魔物保護団体からケイオスやアレクシアの英雄扱いを撤回すべきという抗議がある程だ。
しかし、これらはあくまで魔物が少なくなり保護しなければならなくなった現代の感覚だからこそ言えることで、邪神の影響により活発化した魔物の脅威や人類側の劣勢の状況など当時の情勢を考慮に入れれば不当な評価と言わざるを得ないし、乱獲自体に彼等は直接関わっておらず彼等だけを批判するのは筋違いである。
同時に批判対象にされているアレクシアがもたらした悪名高いヴァイクセル帝国式新兵調練法もまた、人を人と扱わない虐待とか魔物の虐殺だと批判する前に邪神と対する為に精鋭を短期間で育成する必要があった事も考慮に入れなければならない。
歴史の一部を曲解して物事を決め付けるよりも全体像に視野を広げ歴史を知る事が歴史を語る上で重要な事ではないだろうか。




