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第二十四話 不穏

レベルが25を超えるとシュトルブリュッセン周辺のモンスターでは経験値が得られなくなってきたので、ヴァイクセル帝国でも僻地にあたる国境付近の街「ブランデンブルグ」を目指している。……一人で。

アレクシア様は用事があるらしく来られないとイレーヌさんに言われ、久々のぼっちプレイと相成った。

レベル上げを進めてアレクシア様達とのレベル差が広げてしまうとパーティープレイできなくなる。

だから、空いた時間は移動に割り当てる事にした。


カスタルでも隣町へ移動するのに全力疾走して一週間(総ログイン時間だと一日)くらいかかっていたので「ワープ・ポータル」だけでは時間がかかりすぎる。


そこで利用したのが「竜便」と呼ばれるものだ。

その名の如くドラゴンの背の籠に乗るといういかにもファンタジー要素の高い航空便である。

騎乗できるドラゴンは数が少ないらしく、搭乗人数が限られ余り本数が無いのがネックだ。

幾つかのゲームにあるような出発地から瞬時に目的地に移動する事は無く、移動時間もきっちりとかかるので結構不便である。

金額も高いからか利用者も少ない。

リアルにつくりすぎたり、設定にこだわりすぎて返って不便になった例のひとつだろう。


それでもドラゴンの早さは異常で――自動車よりは早いというのはわかるのだがどの程度かはよくわからず(そんな早さでも風圧が殆ど感じられなかったのはドラゴン自体が魔法を使い飛んでいる設定らしい)高度が高いために眼下に広がる光景を見て少し怖かった。

あまり頻繁に乗りたいとは思わない。

でも移動に時間はかかるから何かしら乗り物は欲しいな。

馬とか買ったほうがいいんだろうか。


半日かけて辿り着いたブランデンブルグは二週間近く拠点にしていたシュトルブリュッセンに比べれば規模が少し小さいが、街の活気は決して負けておらず商人の荷馬車が行き交い、露店なども見られる。


これは東の国境を跨いだ先のコミューン連合国の影響が大きい。

コミューン連合国は東をカスタル王国、西をヴァイクセル帝国の二つの大国に囲まれ軍事的脅威に対抗する為、三つの小国家が連合して創られた国だ。

尤も後に王国、帝国ともに不可侵条約を結んだ為にその脅威は減ったのだが、分裂する事は無く一つの国として存続している。


現在のコミューンは、カスタルとヴァイクセルの間にある国であり、南は海に面している地形を活かし両国間の貿易の中継点としての役割を担い、商業国家として名を馳せている――と公式サイトに掲載されていた。


いつかは行ってみたい。

確か初期開始地点にコミューンの首都・クレルモンがあったから正式サービス開始の時はコミューン開始もいいかもしれないね。

アレクシア様やイレーヌさんと一緒にコミューンに行けたらいいな。

まあ取り合えず現状はブランデンブルグ周辺のモンスターを優先だ。

この辺りはちょっと離れればレベル20以上のモンスターが犇めく地域である。

特に遺跡に潜むモンスターは50以上もざらだ。

ここでなら二次職に到達するのも決して不可能ではないだろう。

遺跡やこの周辺の「ポータル」もついでに見てきますか。







机の上には紙の山が詰み上がっている。

それを見てアレクシアは溜息をついた。


課外実習は半年間で一定量のクエストを達成すれば単位が貰えるシステムの授業である。

課外実習を行うとほぼ一日が潰れてしまう上、体調管理やスケジュール調整も実習の一環であるため、通常の授業に差し支えないように各自で調整する必要があるのだ。

しかし二週間殆ど授業に出席せずに、学園にも殆どいなければどうなるか。当然通常の授業に弊害が生じる。

いくらアレクシアが出席させて貰えないと言えど授業で出された課題はきちんと終えなければ、その授業の単位は貰えない。


今朝に急に呼び出され教師から課題を山積みにされ、出席できない授業の課題などやる必要があるのかと納得はできなかったが、成績を盾にされては渋々従わなければならなかった。


本来であれば今頃課外実習を行っていたのに――と彼女は愚痴をこぼす。

ケイオスは怒っていないだろうか、イレーヌに伝言を頼んだとは言え突然に自分の都合に合わせてしまったので、その事が一番の不安だった。

しかし自分の師はそんな狭量な人物では無いと思い直す。


ケイオスは才能が無い自分を見捨てるどころか、新しい才能を引き出してくれた恩人だ。

学園の教師が敬遠するような質問をしても悠然と受け止め、全く知らないような知識を披露してくれる賢人だ。

ただの賢人だけではなく例えその時答えられなくても翌日にはきちんと調べて来るほど律儀で研究熱心な人間である。

しかもそれを鼻にかけたりしない人だ。


反面実技に妥協はしない厳しい人でもある。

最初の頃は自分の為に実力を抑えていてくれたのだろう。

次第に魔物との戦いに要求される魔法や敵の数といったレベルが上がっていき、イレーヌが参加した初日には彼女は自分の部屋に帰るなり、疲労ですぐさま意識を手放した程過酷だった。


けれどただ厳しいだけではない。

成長を早める『祝福の書』という聞いたこともなく僅か五つしかない貴重なマジックアイテムを惜し気も無く自分の為に使ってくれる人でもある。

そこまでしてくれる師に感動し報いなければと必死に食らいつき今では戦いに慣れ、自身でも大分成長したのでは無いかと自信を持って言える位だ。


思い返せば毎日が充実していた黄金のような日々であった。

そう考えるとなおのこと一緒に出掛けられなかった事実が彼女を深く落ち込ませる。


だいたい今行っている課題と課外実習では天秤にかけるまでもなく価値が異なるのだ。

こんな瑣事に一分一秒でさえ無駄にはしたくない。

しかしこれを怠れば補習や課外実習禁止など却って不都合が起きる可能性がある。

結局気が乗らないにしてもやらざるを得ないのだ。


更に気が乗らない原因の一つが課題の内容である。

この課題は授業に沿って作られた課題であり、はっきり言えばケイオスの教えから大分離れた内容だった。


この二週間でケイオスに今までの常識をぶち壊された彼女が、未だ旧来の常識に縛られた課題を見るのは骨が折れる。

もちろん全てが全てケイオスから学んだ事から逸脱したものではない。

例えば四大元素の属性、それから無属性といった属性に関する知識など基本的な部分では同じである。

しかし魔導書を読み魔法の原理を知ることが必須であったのに対し、魔導書が無くても魔法の名前と効果さえわかれば新たな魔法は覚える事はできるし、そもそも魔導書に記載されている内容が正しいかさえ今となっては疑問が尽きない。


だが今の魔法学で作られた課題の正答はあくまで間違っているかもしれない知識なのだ。

正しくない知識が正しいと考えられている今の魔法学に複雑な感情が抑えられないのも仕方の無い事だろう。


しかしこのままでいいのだろうか――アレクシアは心の中で自問自答する。

彼女は幼い頃、魔法を使えない貴族の末路を聞いたことがある。

だからこそ家族に捨てられる事を恐れ、必死に魔法の勉強に励んだ。

結局は報われる事はなかったけれど自分は幸運にもケイオスに助けられた。


だが他の魔法の使えない貴族はどうだろうか。

彼等がアレクシアと同じ『精神型』の魔導師ならば今の魔法学ではその才能を開花させる事はできない。

今の常識を変えねば彼等もまたアレクシアと同様に絶望にうちひしがれ、失意のままその生涯を終える事になるだろう。

それを考えるとどれだけ自分は恵まれているかという事を痛烈に実感できるのだ。


彼等を救うには今の魔法学の在り方を考え直さなくてはならない。

ケイオスから学んだ事を知っているのは自分だけである。

だから自分がその教えを纏めてみてはどうだろうか。

今はまだ『才無し』と思われている自分が声高に訴えても周囲は聞き入れられないだろう。

けれど様々な魔法の検証を行い実証していけば変わっていくはずだ。

そう考えると夢が膨らんで来る。

ケイオスから学んだ知識を活かし、自分と同じ境遇の誰かの手を差し延べ導きたい。自分の師のように。


今までは人並みに魔法が使えたらそれで彼女は満たされるはずだった。

魔法が使えさえすればそれで終わってしまう視野しか持っていなかったのだ。

この時初めてアレクシアは将来自分が何をしたいのか考えるようになったのである。


その為にも今はケイオスからまだまだ学ばないといけない事は沢山ある。

課題を進める速度が上がっていく。

課題を今日で終わらせて、明日からはまたケイオスから学ぶ日々を再開させないと。

一刻でも早くケイオスに学んだ事を世界に広めたいが為に。


ケイオスは異国の人間だ。

だからいつかここから去るだろう。

ケイオスがいる間に彼の知識を受け継がなければいけない。


ケイオスが去る――その事が頭を過ぎると彼女は自身の胸にちくりと痛みを覚えたのだった。










ヴァイクセル帝国の若き皇帝、ヴィルヘルム三世――ヴィルヘルム・ヴィクトル・フォン・ヴァイクセルは悩ましげな表情を浮かべていた。


「どうされたのですか陛下」


彼の教育係であったオットーが声をかける。


「じい、これを読んでみろ」


ヴィクトルが乱暴にオットーに書簡を手渡す。

それは非公式ではあるがカスタル王国より送られてきた親書だった。


「カスタル王国ですか……なんと、同盟ですと!?」


そこに書かれていたのはカスタル王国が同盟を結びたいという打診であった。

現在は敵対には至るほどでもなくコミューン連合国を挟んだ貿易国の一つだが、過去にはコミューン連合国を奪い合おうとする敵対関係であった。


「まあ同盟はわからんでもない。いくらコミューンを挟むとは言え、互いに益がないというわけでもないしな。問題は理由と向こうが用意する手土産だ」


「邪神に対抗する為に三国同盟を結ぶ――コミューンにも打診しておるのですな。しかし、最上級のポーションや新薬の製造技術の提供など……余りにも破格すぎるかと」


ヴァイクセル帝国でもポーションの製造技術は国家予算を注ぎ込んでいる研究の一つだ。


「そう、こちらが提供する見返りはあくまで有事の際の戦力や物資。だがこれは向こうも同じだ。まるで釣り合わん。カスタルのじじいめ、何を考えている。本気で邪神を警戒しているのか?」


確かに魔物の活動が活発化している事は帝国内でも問題になっていた。

しかし元凶だと言われる邪神は未だ確認されておらず噂に過ぎないのに対し、ここまで警戒する必要があるのだろうか。

もしかすると邪神について何かカスタル王国は掴んだのかもしれないが確証はない。


それにもし本当にカスタルがポーションの製造に成功していたとして、製造に注ぎ込んだ費用を想像すれば安易に手渡すのが理解できない。

これではこの技術は自分達が開発したものではなく、まるでたまたま拾った物を手渡しているような印象さえ受ける。

だから裏があるのではないかと却って勘繰ってしまうのだ。


「そういえば一ヶ月前くらいにカスタルで王国軍が大規模な討伐を行っておりましたな。かなりの被害がありましたが」


「ふむ、確かにそんな話もあったな。間諜を送り情報を集めてみるか。じい、手配を頼む」


「承りました、陛下。ああ、間諜で思い出しましたがコミューンに放った間諜の一部が消息を絶っております」


ヴィクトルが訝しんだ表情を見せる。


「コミューンにばれたか?だがそれほど珍しい事ではないではないか」


不可侵条約を結んでいる中で間諜が捕まるのはあまり望ましく無いが、大国が間諜を仕掛けるのは珍しい事ではない。

例え捕まった所で大した影響などないはずだ。


「いえ、同じ地域で立て続けに消息を絶つなど不可解な点があります」


「成る程、間諜が全て捕まる程その地域の警戒が上がっているという訳か。つまりコミューンは何かを隠している。そう言いたい訳だな」


オットーが頷く。


「わかった。そちらにも派遣してくれ。なるべく手練をな」


オットーが出ていくと同時にヴィクトルは窓の外を眺める。

高くそびえる城から見える光景はいつもと変わらない。

だがカスタルやコミューンの事を考えれば何かしら異変が起きているようだ。

決して表情には表さないがヴィクトルは言いようの無い不安に駆られた。


「全く、この大陸で何が起きているというのだ」

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