第二十三話 魔導師と復讐者2
レギナルトは天を仰ぎ見ていた。
普段の飄々としたなりは潜め、そこには真剣な顔付きをした彼がいる。
(やはりダメだったよ)
アレクシアを諦めるように進言した所で、我が儘なフリードリヒが止まるはずが無いのはわかっていた。
だからこそ彼が暴走する主の手綱を取り少しでも被害を少なくし、一線を超えないよう安全弁として立ち回るつもりだったのだ。
尤もそれは杞憂で彼女達の特異な強さによって回避されてしまったが。
彼女達の凄さをその目で見た彼は、彼女達ならば力で対抗しても簡単にあしらえそうであるし、あとは暴走癖のある主の自分が所々フォローしさえすれば問題ないだろうと判断した。
暫くすれば主は敵わないと知り大人しくなるだろう――そう考えていたのである。
だがほんの少し彼が目を離した隙に彼の主は次の行動を起こしていたのだ。
しかも最悪な形で。
一足遅かった。そういわざるを得ない。
すでに主は彼等の元へと向かっている。
今から止めに入るのは不可能だった。
自分の判断が誤っていた事に悔やむ気持ちが抑えられない。
しかしそれで終えたらダメだ。
もう止められないというのなら、こちらも今後の事を想定して動くべきだ――。
Another Worldではポーションを口に含めば味があるように、味覚も体感できるシステムになっている。
だから「食事」もできるのだ。
Another Worldでは食材を食べる事で一時的に能力を向上させたり、回復アイテムの代わりに使えるなど様々な効果を得る事ができる。
ただヒーラーの支援魔法や専門のポーションほどの効果は得られないので(数%ぐらいの効果しかない)どちらかと言えばそうした効能より純粋に食事を楽しむ人が多いそうだ。
もちろん食べた所で現実のお腹が膨れる訳ではないが、食を堪能できるというのは素晴らしい。
――ん、待てよ。いくら食べても太らないんだからダイエットしてる人には最適じゃないか。
VRダイエット。これは流行る。女性ゲーマー増えるな。
まあ俺は痩せ気味なのであんまり意味はないんだけど。
一緒に食事でもしませんか――とアレクシア様に誘われ(イレーヌさんは猛反対してたけど押し切られた)、冒険者ギルド近くの食堂に足を運んでいる。
いつも狩りばっかりだし、たまにはこうして街中で過ごすのもいいかもしれない。
幸い頑張ってクエストを消化しているためお金にも余裕はあるし今日一日散財して遊ぼうっと。
食堂は酒場も兼ねているようで、カウンター席の向かいには酒瓶が並んでいる。
テーブル席が十数席あるため思ったよりは広いようだ。
綺麗に掃除されていて割と小洒落ている。
ウェイトレスに案内されるままテーブルに着いた。
ゲーム内時間でお昼より少し前なのか人入りは少ない。
着席と同時ぐらいに新たな客が来たようで別のウェイトレスが対応している。
これから混みだしそうだ。
「いらっしゃいませ、ご注文は何になさいますか?」
メニューは……読めそうもない。
「私はライ麦パンのサンドイッチとポタージュスープで」
「私は夏野菜のサラダとベーコンとほうれん草のシュペッツレを頂こう」
え、二人とも読めちゃうの?
というかシュペッツレって何?
どうしよう、同じものを頼むか。
あ、ウェイトレスに聞けばいいか。
「お勧めは?」
「ポテトグラタン、ソーセージ盛り合わせ、きのこのクリームスープですね」
「じゃあグラタンとスープを頼む」
ウェイトレスが厨房に向かうのを見送ってイレーヌさんに疑問になっていた事を聞く。
「シュペッツレというのはなんだ?」
「ああ、ケイオスには馴染みの無いものかもしれないがパスタの一種だ」
なるほど、パスタなのか。
中世ヨーロッパをベースにした世界観だから食文化もヨーロッパに合わせているのかもしれない。
あっちってパスタにも色々種類があるもんな。
知らないようなメニューを頼んでもよかったかな、とちょっとだけ後悔。
でもギャンブルして食べられないような下手物料理とか出てきても困るけど。
モンスターの素材を使った料理なんてあったりして。
一方のアレクシア様はちょっと落ち着かない感じ。
「どうかしたのか」
「いえ、こうしたお店に来るのは初めてですから少し物珍しく感じまして」
ああ。小洒落ているとは言えど大衆向けの酒場っぽい雰囲気だもんね。
偏見かもしれないけどお嬢様が使うには少し似合わないかもしれない。
ちょっと違うけどお嬢様がファミレスにいたりファーストフードにいるようなものだもんな。
「アレクシア様、少し落ち着いて下さい。ですからこのような場所で食事などしないほうがいいと申し上げたのです」
「いえイレーヌ。これもまた市井の者達がどのような物を食べているかという勉強の一環です」
リアルだったら営業妨害と取られかねない発言をしているイレーヌさんとなんかとんでもない視点から発言しているアレクシア様。
市井の者って……お嬢様だとは思ってたけど実はとんでもなくいい所のお嬢様なんだろうか。
……そんなお嬢様でもゲームはしてるんだね。
そうこう話していると各々が頼んだ料理が運ばれて来る。
気になっていたシュペッツレは薄い黄色のマカロニのようなやや短く柔らかそうな麺のようだ。
あれはあれでおいしそうである。
サンドイッチは黒色の丸パンに切れ目を入れチーズやトマト、レタスなど定番の具材が詰められているようだ。
俺が頼んだグラタンは湯気が沸き立つ程熱々で香ばしい香が鼻腔を擽る。
なかなかに美味しそうだ。
スプーンですくい、口にほお張る。
ベーコンの旨味とじゃがいもとホワイトソースの甘味が口一杯に広がっていく。
「うまい」
自然と言葉がこぼれる。
ほんとにこれ非現実なのか。
こんなに繊細な味を再現できるなんて。
しかも料理はゲームの一要素にしか過ぎないのに。
クリエイター妥協しなさすぎだろ。
「先生、慌てて食べ過ぎですよ」
「ケイオス、おいしいのはわかるが流石に恥ずかしいぞ」
どうやら無意識のうちにがっついていたらしい。
二人はクスクスと笑い、なんだか微笑ましいものを見ているかのような視線を投げ掛けられる。
恥ずかしい。グラタンの熱さとは別種の熱さが込み上げて来た。
しかしこの分だとスープも期待出来そうだ。
こんな事を知らなくてAnother Worldをやっていたなんて。
今日誘われてほんとによかった。
きのこのクリームスープに手をつける。
これも美味しい。
美味しいんだけど、あれ?何かがおかしい。
味がおかしいんじゃない。
身体がおかしい。
一定のリズムで振動している。
これってまさか、ダメージを受けているのか?
しかもDoTダメージのようだ。
ステータスウインドウを開き、確認してみる。
するとHPが徐々に減っているではないか。
間違いない、毒だ。
予想通りステータスには「毒」と表記されている。
一体いつの間に。
そうか、あのきのこのスープだ。
Another Worldでは「食事」は能力を上げたり回復する事もできるが、低確率でバッドステータスを受ける食材もある。
例えばチーズはHPを微量に回復するが低確率で「毒」の状態異常を受けることがあるのだ。
あのスープの内容を考えたら多分きのこが原因なんだろう。
料理の味を精巧に再現できていてつい現実のようだと思ってしまったけど、この辺はゲームだよなと思わず苦笑いする。
「どうかしたか?」
「いやなんでもない」
現実で料理店の出した料理が毒入りでしたなんて事になれば大問題だがこれはあくまでゲーム。
NPC相手に怒る気は起きないし毒以外は普通に美味しいのだ。
幸いダメージですぐさま死ぬ事はないようだし、緊急使用で解毒剤を使えばいい話である。
さて食事を楽しもう。
いい気分で食事を再開するとふと誰かに見られている気がした。
視線を送ると見覚えのある男達と目が合う。
あの場所にいるのは俺達の後に入ってきた連中だけどあれって……ああこの間のナンパ男達じゃないか!
まさかつけてきたのか!?
ゲーム内でストーカーとかどんだけ出会いに飢えているんだ!
とりあえず睨んで牽制しておこ。
「坊ちゃん、悪い事は言わねぇ。これ以上あいつに関わらない方がいい」
先程までは意気揚々としていた荒くれ者達の顔色は悪い。
フリードリヒはその言葉を聞いて怒りで顔を赤く染めた。
「なんだと!高い金を払っているのに何を言っているんだ、貴様ら!」
「もう俺達じゃ脅したって喧嘩吹っかけたってあいつに敵うわけない。それは坊ちゃんが一番良くご存知のはずですぜ。更に今回の一件。あれでダメなら他にどんな手があるって言うんです?」
事は数時間前に遡る。
アレクシアの傍にいる邪魔者――ケイオスを消そうと躍起になっていたフリードリヒは追い込まれていた。
暴力の類が通用するような相手では無い事は十二分に思い知った。
脅しをかけるにも一人きりになる事が少なく相手の素性もわからないので弱みも握れない。
もはや手詰まりだったのである。
だからこそ最後の手段に出た。
「例のものは用意できたか」
「へへっ無事に準備できましたよ。しかし坊ちゃん。こんなものを買い付けるルートをご存知だなんて、もしかして慣れていらっしゃるんで?」
荒くれ者の一人が懐から無色の液体が入った小瓶を見せる。
「ふん、お前が知る必要の無い事だ。それとも何か。その軽い口を開かなくしてやろうか」
「いやいや勘弁して下せぇ。こちとら金さえ貰えれば口は固いままでさぁ」
彼等の取ろうとしている手段。
それは毒殺――ケイオスを殺害する事でアレクシアから排除するつもりなのだ。
小瓶に入っている無味無臭の毒薬は即効性が高く、液体に一滴でも混ぜれば忽ち地に伏せる事が確実な劇薬である。
「しかしこいつをどうやってあいつに飲ませるんです?」
「方法は簡単だ。あいつらは拷問のような戦いばかりしている分、ポーションやマナポーションの使用が激しい。だったら道具屋で毒入りポーションとすり替えてしまえばいいのさ」
「いやはや坊ちゃん、恐ろしい事を考えられますね」
悪びれる様子も無く笑い合う。
抑止力となる侍従は席を外していてその暴走が止まる事は無かった。
しかし、そんな悪巧みも予定が狂う。
今日に限ってどうやら彼等は外に出る気配が無い。
それどころか会話を拾えば食事にいくようである。
フリードリヒのケイオスに対する憎しみが深まった。
もはや一刻の猶予も無い。
作戦を変更し料理に毒薬を混ぜる事にしたのだ。
彼等の後に食堂へ入り、ケイオスが頼んだスープに毒を混ぜる――上手くウェイトレスの注意を引かせ、その間に厨房に忍び込んだ荒くれ者の一人が毒を混ぜた。
後はケイオスが倒れるのを待つばかりである。
作戦は成功したのだとフリードリヒはニヤニヤと笑い始めたのだ。
だがしかし、ケイオスがスープを飲んでも一向に倒れる気配は無い。
それどころか完食すらしてしまったのだ。
それを見てフリードリヒは疑問を抱き、荒くれ者達は恐怖を抱いたのである。
その為荒くれ者達はこぞってケイオスに関わらないようにフリードリヒに訴えたのだ。
「そもそも、これは本当に毒薬なのか?効き目が全くみられなかったぞ」
「本物ですぜ。なんならその辺の動物に試してみてもいい。事前に購入する際にきちんと確認済みでさあ」
「じゃあなんであいつに通用しないんだ」
「恐らく……あいつは裏の人間じゃないかと」
「裏の人間?一体どういう事だ?」
怪訝な顔してフリードリヒが問う。
「裏の人間には暗殺業を専門にしている奴らがいるんでさあ。そいつらは様々な手段で暗殺をするんですが、中には毒殺もあります。ただ連中はそれと同時に毒の性質を知り、毒に侵されないように幼い頃から毒に慣れさせ毒に耐える修業を積むんでさあ。だから今回は毒が通じなかったんじゃないかと」
「つまりあいつは暗殺のプロかもしれやせん。そう考えればあの激しい戦闘も納得できやす」
確かにあの激しさから考えても何らかの特殊な訓練も受けていてもおかしくない。
むしろしていなければおかしいのだ。
「あっしらも裏の人間ですが、プロ相手に敵うわけがねえ。あいつは正真正銘化け物でさあ」
「最後の睨みは恐らく警告ですぜ。『お前達がやったんだな。今回は見逃すが次は容赦しない』って意思表示に違いねえ。坊ちゃんには悪いがこの仕事は降ろさせてもらいやすぜ」
「おい待て、お前ら!」
逃げだそうとする荒くれ者達を引き止めようとするフリードリヒ。
だが彼の行為は無駄に終わる。
「一体どこに逃げるんですか、往生際の悪い連中ですね」
底冷えをするような声が響き、フリードリヒ達の動きが止まる。
その声は彼等に取って聞き覚えのある声だった。
「……レギナルト」
声の主である自身の侍従の名をフリードリヒはかろうじて搾り出した。
「いやはやまさかこんな早くに最低な手段を用いるとは予想外でした。フリードリヒ様」
レギナルトの表情は険しい。
怒りに満ち溢れているようだ。
フリードリヒはレギナルトがこうした手段を取った場合に真っ先に反論しそうな相手だと感じていて今回の悪巧みには外したのだがどうやったのか知っているようである。
「レギナルト、お前知っているのか」
「ええ大体は。フリードリヒ様、御忠告ながらそこのゴロツキ連中はこの街でも相当なつまはじき者ですよ。動かせば凄く目立つのです。すぐに調べればわかりますよ」
「くっ貴様どうするつもりだ」
「御父上に御報告致します。恐らく伯爵家令嬢に手を出し、令嬢の関係者を手に掛けた件で、貴方は廃嫡されます。今回は奥様も庇い立てできないでしょう」
フリードリヒはそれを聞き目の前が真っ暗になる。
「坊ちゃん、まだ報告されちゃいねぇんです。こいつを始末すれば済む話でさあ」
荒くれ者の一人の言葉に彼の目の光が灯る。
「……そうだ。だいたい侍従風情が僕に逆らうだと!ふざけるな!それにお前だって父上に報告すれば監督不行き届きで一緒に罰せられるぞ」
「いえ、それは有りませんよ。そもそも貴方の行動を不審に思った御父上が私を侍従にしたのですから。幸い貴方は家人から嫌われ恐れられておりましたので侍従に潜り込むのは大変楽でしたよ。恐れられている理由もご存知でしょう」
「それは……」
フリードリヒは口ごもる。
その時、頭に去来したのは一人の少女の姿だった。
彼女の名はユーディト――彼の実家の侍女にして彼の初恋の相手である。
平民出身の年上の彼女を彼は幼い頃から姉のように思い何時しか恋へと変貌していった。
しかしそれはあくまで彼の片想いに過ぎなかったのだ。
彼女には既に遠く離れた恋人がおり、彼が告白した所で想いが受け入れられる事は無かった。
それが彼の想いを憎しみへと一変させた。
幼さ故の純粋さや我が儘に育てられた歪みが彼に凶行を行わせたのだ。
彼は失恋し、彼女は命を失った。
その後、彼は疑われたものの決定的な証拠は出ず罪を問われる事は無かった。
しかし彼と彼女の関係を知る家人は、彼の凶行に薄々気付き彼を恐れていたのである。
「この際過去の所業も洗いざらい白状してもらいます。そこの者達も罪を償ってもらいましょう。さあどうなさいますか」
レギナルトは毅然として主に言い放つ。
「おいお前達、レギナルトを殺せ!そしたら侍従に取り立ててやる」
だが彼の主は最後まで外道であった。
その言葉でレギナルトは完全に主を見放した。
「言い忘れていましたが」
取り囲む荒くれ者達を噫にも意に介さないかのように主に告げる。
「彼等ほどではありませんがこう見えて私意外と強いんですよ。街のゴロツキを倒す程度ならね」
全てを終えたレギナルトは古い手紙を読んでいた。
それはニ年前彼の恋人が最後に記した手紙である。
そこには弟のような存在である貴族の少年について綴られており、万が一自分に何かあれば支えてやって欲しいとただ少年の身を案じた思いが篭められていた。
何かが一つでも違えば、或いは自分がフリードリヒをしっかりと諌めていれば何かが変わったのかもしれない。
――だが心のどこかで彼を恨む気持ちが上回りこうなる事を望んでいた事をレギナルトは否定できなかった。
「……済まない、ユーディー」
約束を違えた謝罪の言葉は彼女に届くのだろうか。
フリードリヒ「いつから僕を復讐者だと勘違いした?」
シリアスを続けるのは難しいですね!
後書きでこの台詞を書きたいが為に書いていたような気がします。
感想でどこかで見た展開ばかりだとご意見を頂き、こうした展開を読まれていた方もいらっしゃるようなのでもうちょい頑張ります。




