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第二十話 魔導師と侍従と才無し少女3

最初にケイオスを見た二人の印象は、とても冒険者には見えない頼りない異国の少年であった。

何故なら冒険者してはみすぼらしい服装でいかにも初心者が持つような杖しか持っておらず、またこの辺りでは珍しい黒髪だったからである。


不安があったもののケイオス以外の冒険者はつかまらず――もしかするとこれも誰かに仕組まれたのかもしれないが――課外実習の事もあり彼をパーティーに入れる他無かったのである。

そしてこちらが雇うというのに報酬などいらないという彼にイレーヌは更に警戒し、誰かに雇われた妨害者ではないかと疑惑すら抱いていたのだ。

そうした状況で「イレーヌはパーティーに参加するな」と言われた場合、その疑惑が増すばかりであった。

だがよくよく聞けば同行するなという訳では無く、あくまでイレーヌが戦ってしまえばアレクシアの為にならないという忠告に過ぎなかった。

まだ会って間もないというのに主従の間の力量の差を見抜き、その上で主の事を思う発言をしているのである。

彼は純粋に依頼を受けた冒険者なのだろうとイレーヌは警戒心を緩めた。


一方、アレクシアは落ちこぼれの自分より確実に魔導師としての力量が上回るであろう彼に羨望と僅かな嫉妬を抱いていた。

ブラッドラビットと相対した時、彼女と彼の力量の差は如実に現れていた。

か細く拙い彼女のマナ・ボルトに対し、他の学生と遜色ないマナ・ボルトを使うケイオス。

初めての実戦で彼女はもしかしたら才無しの自分でも何かできるのではないかと根拠の無い淡い期待を抱いていたが、その光景を見てそんな淡い期待すら打ち砕かれていた。


その時に「今のまま強くなりたいか」と言われれば「なりたい」と答えるのは道理だろう。

今のまま、という言葉が何を意味するのかはこの時わからなかったが、魔導師としての強さを渇望し、絶望の中にいた彼女にとってその言葉は正に甘美な猛毒だった。

身を削るような思いを重ねてもなお、一般的な魔導師の強さは得られなかったのだ。

もし本当に強くなれるというのならば、対価にその身を差し出せと言われても承諾したであろう。


だからこそ、彼の話にただ頷くしか術を持たなかったのである。





「魔法スキルは基本的に『知能』と『精神』が魔法の威力に関係してくる。これはわかるか」


アレクシアは首肯する。

法術師が扱う魔法に『インテリジェンス・ブースト』、『マインド・ブースト』という支援魔法が存在する。

これらは『知能』と『精神』を向上させる能力向上の魔法で、魔導師ならば『インテリジェンス・ブースト』を法術師ならば『マインド・ブースト』を使う事で魔法の威力を向上させる事ができるのだ。

だからこそ魔導師は知を探求し、法術師は精神を鍛える――これが彼女達の常識であった。


「魔法の攻撃系スキルは幾つかの例外を除いて『魔法攻撃力』が威力に影響する。これは『知能』が大きく影響し、『精神』も若干影響する。つまり攻撃スキルの多い俺達マジシャンは『知能』が高ければ高い程、その威力を増す事になるわけだ」


マジシャンは文脈からして魔導師の事だろうか、異国の少年だからここの文化とは違う呼び方なのだろうかと益体も無いことを思ったが、魔法の威力というのは単純に『知能』に直結しているわけではないらしい。

こんなことは自分が調べた書物には載っていなかったし、教師すら知らないはずだ。

異国では全く違った考えが広まっているのだろうか。


衝撃を受けていた彼女に更なる衝撃の一言がケイオスから告げられる。


「まあ『知能』が高いといっても頭がいいとは限らないんだがな」


ケイオスにしてみれば冗談のつもりだったが、アレクシアにしてみれば目の前が真っ暗になる程の衝撃的な一言だった。

言ってしまえば先人の教えが根底から間違っているという事になり、自身が血反吐を吐く思いで努力してきた事が無駄だったように感じられたからだ。

余りにもあっけらかんと言ったケイオスにほんの少し殺意が芽生えたのも無理からぬ事である。


だが冷静に考えればその通りなのだろう。

教師の教えの通りにいくら知を研鑽したところで自分は全く魔法が上達しなかった。

だから知性の高さが魔法の強さに影響するものではない事を仮説として考慮していなかったわけではない。

しかし他の者は勉学を積めば積むほど魔法が上達していた現実があった。

そのため仮説の域を出ず、知識を高める事により魔法は上達するが、それには個人差があり自分にはその才能が無いのだと考えるようになっていたのだ。


そう考えれば説明のつく事柄もある。

『インテリジェンス・ブースト』は知能を向上させると言われている支援魔法である。

だがこれは魔法の威力を高める事があってもそれで一時的に賢くなったといった話は聞いた事が無い。

『知能』では無く、別の何かが向上していると考えればそれは当然の結果だと言えるが、では今まで自分達は原理すら理解しないまま魔法を使い、そんなあやふやな知識で体系化された学問を盲信していたのかと恐ろしく感じたのだ。


「アレクシア様の場合『精神』が高い――いわゆる『精神』型のマジシャンだから、マジシャンの魔法とは基本的に相性が悪い。特に『マナ・ボルト』は『知能』の高さが魔法の威力に直結する魔法だ。だから『知能』の高い――『知能』型のマジシャンと比べるとどうしても差が出てしまう」


自分の魔法の威力が低いのは『知能』が低く『精神』が高かった事が原因だったのか――しかしその言葉の意味する事によりアレクシアに更なる絶望が襲った。


自分には決定的に魔導師の才能が無いと宣告されたからだ。

教師から見放され、周囲から馬鹿にされた事はあったが面と向かって彼女に才能が無いと告げた者はいない。

彼の言葉を信じ始めていた彼女にとってそれは残酷な事実であり、理解した直後立ちくらみを起こしてイレーヌに支えられたほどショックを受けていた。


何故彼が今のまま強くなりたいかと聞いてきたのかがようやく理解できた。

要は魔導師として強くなりたいのか、或いは自分の適性にあった法術師にならないのかと問う言葉だったのだ。

法術師としては才能があるのかもしれない。

だが自分は――それでも魔導師であらねばならなかった。


「とは言えマジシャンには『精神』の高さが威力に影響する魔法や『知能』に影響しない魔法もある。それを使えば確実に今より強くなれる。二次職のセージになれば更に強くなれるさ」


絶望していた彼女に一筋の光明がさす。

そうだ彼は魔導師のままでも強くする方法があると言ったのだ。

二次職、セージと聞き慣れない言葉もある。

彼はヴァイクセルでも知られていない深淵なる魔導の知識を知っているようだ。

だから彼の言うことを信じてみよう、と彼女は藁に縋る気持ちで心の中で思うのだった。






ブラッドラビットの視界に入らないように茂みにアレクシアは身を隠した。

傍らにいるケイオスとイレーヌに視線を送ると彼等は頷き返す。


それを見て彼女は呪文を紡いだ。


「スリープ・クラウド」


白い靄がブラッドラビットを包み込む。

ブラッドラビットが睡魔に襲われ瞳を閉じ、その場に倒れる。


「ポイズン・ミスト」


緑の霧が立ち込め、眠りこけたブラッドラビットの姿が朧げになる。

それも僅かな間で霧も晴れたが、それでもブラッドラビットは身じろぎ一つしない。

その姿を視界に収めながらアレクシア達もじっと時間が経過するのを耐えた。


「そろそろ頃合いだ」


ケイオスの発言に一同がブラッドラビットに近付く。

ブラッドラビットが呼吸が停止しているのを確認してようやくアレクシアは初めて一人で魔物を討伐できたのだと悟った。


「イレーヌ、やりました。私一人で魔物を討伐できました!」


興奮してイレーヌに抱き着くアレクシア。

侍従としては、はしたない事だと嗜めるべきなのだろうが、ここまで歓喜にうち震える主の姿を見るのが微笑ましくただ抱き締め返すしかできない。

だがそれと同時に胸中は複雑ではあった。


(眠らせて毒で倒すとは……まるで暗殺者の手口ではないか。だが戦いなのだからこれも当たり前なのか……)


正当な剣術を学ぶが故にどうしても『卑怯』の二文字が拭えず、貴族にあるまじき行為のように感じ一人苦悩していた。


ちらりとイレーヌは主の才能を開花させたケイオスを見る。

どこかで自分はアレクシアの魔法の才能がないと思い込んでいたらしい。

だから彼女の才能を引き出した彼は主の恩人であると共に、長年主の側に仕えても尚見ることが無かった表情を引き出す事ができた少年に僅かだが暗い感情を抱いていた。


一方のケイオスも表情には出さないが、


(思った以上に状態異常系魔法は強すぎだろ。ほんとは弱らせてから攻撃するはずだったのに。取得したほうがいいかもしれないな。ああっしかしスキルポイントが足りなくなるしどうすれば……)


と思い悩んでいた。







「状態異常系魔法ですか?」


アレクシアがケイオスに聞き返す。


「そう。マジシャンの魔法は直接攻撃をする魔法が多いが、相手を異常にきたせ戦闘を有利に運ぶ魔法も存在する。それが状態異常系魔法だ。例えば『スパイダー・ネット』という魔法がある。これは自分を中心として相手を『鈍足』に陥らせて相手の移動を落とす魔法だ」


「しかし、速度を落としても魔物を倒す事はできないのでは?」


アレクシアも『スパイダー・ネット』の事は知っている。

だがそれは魔物を倒す魔法ではない。


「状態異常といっても何も『鈍足』だけじゃない。『火傷』や『毒』、『睡眠』、『麻痺』、『封印』といったものもある。今回の場合は『火傷』や『毒』といった相手にダメージを与える状態異常系魔法を使う。状態異常系魔法は魔法の威力や成功率に『知能』や『精神』が影響しない。だから敵に『火傷』や『毒』を負わせ蓄積ダメージで相手を弱らせるか、そのまま倒すのが今回の方法だ」


「なるほど……」


アレクシアの顔に理解の色が灯る。


「ただ問題もある。どちらも成功率は高いが即効性が低いし、逃げられてはいけないから『睡眠』、『麻痺』で足止めする必要がある。今回は獣系にも効く『睡眠』がいいだろう」


「『睡眠』……確か『スリープ・クラウド』ですね。しかし、あれは眠りが浅く一撃を与えてしまえば目が覚めてしまうのでは?」


アレクシアは疑問を口にする。


「普通の攻撃系魔法スキルならばそうなんだが、状態異常系魔法は間接的にダメージを与えるために敵を起こす事は無い」


「つまり相手の反撃を受ける事なく倒す事もできる、か……なんとも恐ろしい話だ」


今まで口を挟まなかったイレーヌがその凄惨な光景を想像し顔をしかめ思わず声をあげた。


「状態異常系魔法には通じる相手や耐性を持つ相手もいる。例えばアンデッド系には『睡眠』や『毒』が効かなかったりする。そうした場合は拘束する『麻痺』や『火傷』と相手の耐性がない組み合わせで戦えばいい。アレクシア様は状態異常系魔法を極めていけば大抵のモンスターは倒せるはずだ」


(『知能』型のマジシャンと違って『精神』型のマジシャンは攻撃系の魔法にスキルポイントを使っても大して意味が無い。裏を返せばその分スキルポイントが余るから状態異常系魔法は取り放題だろ)


「話はわかりました。ですが恥ずかしい事にまだ『マナ・ボルト』以外習得していないのです」


「確かにアレクシア様のレベルだとまだ覚えられないけど、これからさっきみたいな狩りを続けていけばすぐに覚えられるはずだ」


(『睡眠』の『スリープ・クラウド』と『毒』の『ポイズン・ミスト』はスキルポイント3あれば覚えられるから、レベル6には覚えられる筈。昨日のペースでやればすぐ片が付くな)


アレクシアは瞳を閉じた。

今まで経験したことの無い衝撃で一杯の頭の中を落ち着かせる為である。

ようやく見えた光明を彼女が手放すはずはない。

逸る気持ちを抑えつつ、彼女はケイオスに自らを強くするように願う。


そして彼女は魔導師として足踏みしていた歩みをようやく一歩進める事ができたのだった。








これが救国の聖女として名高い旧名マリー・アレクシア・フォン・ザヴァリッシュと彼女の師ケイオスとの出会いとなる。


これは彼女の日記と冒険者ギルドの記録からほぼ事実ではないかと推測される。

特に彼女の日記はその歴史的価値が高い上に過酷な少女時代から師ケイオスと出会い年相応の少女へと変貌していく様はいかに彼女がケイオスを慕っていたかが如実に記され、物語としての評価も高い。

そのため彼女とケイオスの悲恋を題材にした演劇も数多く公開されている。


また彼女が執筆した『魔導概論』は現在の魔法学の礎となり、当時まで不明瞭だった魔法学とは異なる様々な独自の論法やデータ、未知の魔法が加えられ学会に一石を投じた。

その他彼女の執筆した書籍は全て似たような経緯を辿る事となる。

全ての初版の序文には必ずケイオスへの感謝の言葉が記されている。

恐らく彼女が遺した全ての著書はケイオスがいなければ成立しなかったものばかりなのであろう。


マリー・アレクシア・フォン・ザヴァリッシュの日記に書かれた内容が全て事実ならば、ケイオスはそうした功績も含め、ヴァイクセル帝国をも救った英雄となるのだが、当時のヴァイクセルの民は彼の功績を知る事は無く、世界を揺るがし同時にケイオスの名をしらしめたコミューン解放戦まで彼の名すら知られる事は無かったのである。


そうした一連の功績は彼女が亡くなり十七冊の日記が見つかる数十年後までけして明かされる事はなかった。


その事に彼女は生涯に渡り悔いており、彼女が病に倒れるその日まで日記に綴られていた事からも相当な悔恨であった事が偲ばれる。


何故彼の功績は秘匿されたのか、そして彼女が何故救国の聖女として崇められたのか――。


彼女の日記を元に歴史を紐解いていこう。

補足:麻痺は単純な麻痺の他に魔法の縄による拘束も含まれます。

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