第二話 冒険者ギルド
現実時間でおよそ一週間。ひたすらマップを見ながら北上することでようやく街に着いた。
……一週間はゲームにログインしても移動がメインとか相当きつかった……。
MMORPGでこの移動時間は少しかかり過ぎではないかと思う。
幸いあくまでゲームだからいくら走っても疲れる事が無い仕様だからずっと走ってたし(普段自分が走るより早かった。短距離走ペースで走った)、途中何度かモンスターに襲われたから飽きることは無かったが、それでも世界を広大に創り過ぎなような気がする。
そんな日数をかけて着いた街は壁で囲われたかなり大規模なところだった。
他のゲームなんかででてくる街はせいぜい広くても人口が100人に満たないようなものでしか無いが、このAnother Worldでは桁が違う。
規模から考えるに恐らくは3~4000人ぐらいの人口ではないだろうか。
本当の町並みを再現したいがためによくこれだけのNPCを配置し、実在し生活を営んでいるかの様な複雑な行動ができるAIを造ったゲームの開発者には頭が下がる思いだ。
この街――メールディアは武器屋や防具屋といった主要な店もあるので、暫くはここを拠点にレベル上げと装備を整える予定だ。
いい加減同じ杖やシャツより強い武具に新調したい。
まずこの街で最初に向かったのは冒険者ギルドだ。
このゲームは一般的なRPGと違いモンスターを倒して直接お金を得ることは基本的には無い。
そのためクエスト――特定のモンスターを狩ったり、アイテムの採取をしたりするなどの依頼をこなし報酬として得るか、モンスターがドロップしたアイテムを売るしか無いのだ。
クエストは人から直接受けるものとは別に冒険者ギルドからの斡旋で受けることができる。
特に冒険者ギルド経由でのクエストは量が豊富なので稼ぐならこちらのほうが効率的だろう。
……というのが攻略wikiの受け売りである。
冒険者ギルドは宿屋の隣にあった。中に入ると冒険者とおぼしき屈強な男が数人と机で書類を書いている男が3人いた。
女っ気は皆無、むさ苦しい所だな。
「クエストを受けたいんだがどうすればいい?」
事務仕事をしている男の一人に話し掛ける。
男は一瞥すると机の引き出しから一枚の紙を取り出し、指を指す。
「まず冒険者としての登録が必要だ。ここに記入しな」
だが紙を見たものの読めない。
多分ゲームの世界観を深めるためのディテールの一つで、このゲーム独自の言語だろう。
マニアならこうした言語を見ても直ぐに解読してしまうんだろうが、俺では無理だ。
登録というからには名前や年齢を書けという話だろうけど。
「もしかして字が読めないのか」
男の言葉に首を縦に振る。というかアルファベットでもないから大抵のプレイヤーは読めないと思う。
「じゃあ名前と年齢、それから特技――まあ自分ができる技能のことだな。戦いなら剣やら弓やら得意なものでいい。何かあるか」
職業の登録はないのか。マジシャンだし魔法が使えることを言えばいいのか?
「名はケイオス。歳は16。特技は魔法だ」
「ふぅん、魔法ねぇ」
なにか思うことがあるのか値踏みされるような視線。なにか失敗したか?
「まあいい。ギルドが発行する身分証は明日渡す。無くしたら罰金あるから注意しろよ。クエストを請ける時は俺とかギルドの受付の奴に聞いてくれ。掲示板に依頼内容を貼ってあるがお前字が読めないだろ。他に何かあるか?」
拍子抜けするほどあっさり手続きは済んだ。ふむ、取り合えずお金が欲しい。クエストを請けるのもいいが、ここに来るまでにモンスターがドロップしたアイテムは売れないだろうか。
このゲームではモンスターを倒しその死体を調べると一定の確率でアイテムを取得できる。取得したアイテムは自動的にアイテムインベントリに納まる仕組みだ。
例えばこの間の狼――フォレストウルフなんかは毛皮を出してくれる。いちいちナイフで剥ぎ取る必要はない。
「倒したフォレストウルフの毛皮を売りたいんだが何処に行けばいい?」
「ああそれならここで買い取りをやってる。どれ見せてみろ」
アイテムインベントリから50枚はある毛皮を出す。
ここに来る途中フォレストウルフの集団がいたから一通り倒して得た毛皮だ。
受付の男はやや驚いている。量が多過ぎたのか?
だがすぐに表情を戻し毛皮を手にとり真剣に眼差しで毛皮をみはじめた。
「なかなか良質の毛皮だな。質がいいしこれだけあれば銀貨10いや15出そう。お前さんなかなかやるじゃないか」
ニヤリと笑う受付の男。
「この街に来たばかりなんだろう。知ってると思うが隣は宿屋だ。ギルドに入った新人なら割り引いてくれる。それだけあれば十分いい部屋に泊まれるだろうさ。あと何かクエストを請けていくか?」
「頼む」
「お前さんならキラービーの討伐辺りだな。東の川沿いに沸いてるからすぐ見つかるだろう。ついでにそこに生えているこの薬草も詰んできてくれ。ああこれは見本にやるよ。今回みたいに良質であれば報酬は上乗せしよう」
「わかった」
薬草を受け取り冒険者ギルドをあとにする。
クエストに向かう前に武器屋と防具屋に寄り銀貨10枚を使って魔導師の杖とマントを新調した。
魔導師の杖はステータス「知能」、マントはステータス「体力」がそれぞれ微上昇するものを選んだ。
初めて武器屋や防具屋に入ったが同じ種類の武具でもこうしたステータスが上昇するものやしないものが混在してるので買う時は慎重に選ぶ必要があるようだ。
では早速クエストに行こう。
※
メールディアの冒険者ギルドで働くカルロはいつものように書類と格闘していた。
冒険者を引退して五年。それまでの功績から冒険者ギルドの事務員に拾われた今でも書類との相性は悪い。
今日もまたうんざりする気分で書類と向かい合っていた。
そんな時だった。――奇妙な少年が訪れたのは。
黒髪の少年はそこらにいる少年のような出で立ちだった。メールディアに長年住むカルロでも初めてみる顔である。
恐らく近くの村の出身で冒険者希望の若者なのだろう。
だがその割には軽装過ぎるのが気になる。この辺りの村は近くとも徒歩で二日以上かかるため、多少なりとも荷物があってもいいのだが。
たまたま通り掛かった商人の馬車にでも乗ってきたのか――と思い応対する。
やはり冒険者希望の新人のようだ。
ギルド登録用の用紙を渡したが一向に書こうとしない。
どうやら字は読めないようだ。尤もこの国の識字率は高いほうではない。
代筆代読はギルド事務員の仕事の一つだ。いつものように代筆を始める。名前、年齢を聞き、そしていつものように特技を聞いた。
こうした特技の申告は馬鹿にできない。
パーティー希望の冒険者がいたり、こちらからクエストを割り振る際の参考になる。
まあ新人が見栄を張る事も少なくはない。そういう場合は痛い目を見ることになる。
そんな時に少年が言ったのだ。――特技が魔法であると。
改めて少年を見る。少年はどうみても剣や弓を使うような肉付きではない。だから納得はできる。
だが魔法を使うには魔導書を読み知識を深めるのが一般的だ。字の読み書きができないはずがない。
異国の出身の可能性も考えたが、そうなると軽装なのがひっかかる。
何ともちぐはぐな印象しか受けないのだ。
暫く泳がせてみるか――あとで犯罪者リストやギルドのブラックリストを調べようと考えつつ、彼に説明していく。
説明を終えた後、少年は自身が倒したフォレストウルフの毛皮が売れないか聞いてきた。
こうした魔物から採取したものは討伐証明としての役割だけでなく武器や防具、薬品などで広く利用される為クエストで求められる事も多く、冒険者ギルドでも買い取りを行っている。
フォレストウルフは1匹程度なら素人でも追い払える為、不可能ではない。
群れからはぐれたフォレストウルフを数匹狩ったのだろう。
そうたかをくくったのである。
だが少年が出したのは50。はぐれにしては数が多すぎる。
だが古いものではない。
ごく最近狩ったものだろう。まさか50匹も相手にしたとでも言うのか――。
盗品の類――いやそれは有り得ない量だ。
フォレストウルフは森の奥地に棲息するため大量の毛皮が出回る事はない。
それ以前にこいつはこれだけの毛皮を一体何処から出した?
次々に疑問が沸き上がるが少年の不審な目にそれを押さえ込み鑑定に勤しむ。
一つ一つが丁寧に剥ぎ取られたであろう毛皮――ここまで丁寧に採取された物を見るのは珍しい。
ほぼ同一の品質であるから同じ人間が作業を行ったのだろう。その品質は熟達した狩人のものと言われても疑わない位のものだ。
少なくとも自分が現役の頃でもここまでできる自信はない。
冒険者の一部は討伐するだけの力量を持っていても魔物からの剥ぎ取り・採取といった作業が下手な連中もいる。
中には傷付き過ぎて買い取り不可にする事がある位だ。
これだけの品質なら商人が大金はたいて購入するだろう。
もしこの少年が全て一人でやったのだとしたら――。とてつもない大物のルーキーだ。
いや一部でも新人としては余裕で合格ラインを越える。
不審な所は多々あるが思わず称賛してしまった。きちんと仕事ができる者には適切な評価がされねばならない。
そうした公平な評価ができるからこそギルドの事務員にカルロは選ばれたのだ。
その評価として手渡された銀貨を手に少年――ケイオスはクエストを請けるようだ。
カルロは考える。彼には初心者用のクエストでは役不足だ。
ならばもう少し難易度が上のクエストで彼の力量を試すべきだ。
キラービーは人間の幼子ぐらいの大きさの獰猛な昆虫型の魔物であり、素早い動きから繰り出される針にやられる新人も多い、新人の壁となる魔物である。
だがもしケイオスが真に実力を持っているなら確実にクエストを完了させるだろう。
不審な点が残るから注意を払わねばいけないが、大型ルーキーへの期待感に思わず冒険者時代を思い出しカルロは心が躍るのだった。