表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/73

第十六話 かくて魔導師は英雄となる

「リルバーン卿、その話は本当なのか」


縋るような声で廷臣の一人が問う。


「はい、全て事実です」


廷臣の淡い期待を打ち切るかのようにラファエルは即答した。

彼の報告が事実である――ようやくそれを理解した者達は唖然とした表情から烈火の如く怒り出す者、青く顔を染める者、未だ動じぬ者と反応が割れた。


「軍は何をやっていたのだ!二千二百名もいながら死者五百名、重傷者二百名だと!」


「然り。精強な我が国の兵がここまでやられるものか。リルバーン卿、貴卿の采配に問題があったのでは無いか」


「確かに、リルバーン卿の騎士団長としての信任が問われるべきですな」


ラファエルの責任を問う声が響く。

彼等の中には凱旋した王国軍の有様を既に見ていて、その失態の責をラファエルに負わせようと糾弾する気のある者もいた。

だが彼等にしてもここまでの被害を被っていたとは予想だにしなかったのである。


「それよりも軍の再編が急務ですぞ!」


「軍の再編。今回の死者や重傷者に対する見舞金。これでは国庫も逼迫しますぞ」


財政を預かる文官達から見れば今回の討伐による被害額を想定すると頭が痛くて堪らないだろう。


「ふむ、リルバーン卿よ。何故我が軍がここまでの被害を被ったのか詳細を報告せよ」


王の言葉にラファエルは淡々と討伐の経過を話し出した。


オークが住む森に向かったがオーク達の姿が無かった事、森の木々に紛れ木の魔物・トレントの奇襲により隊列を分断されオークに待ち伏せされた事、敵の首魁は邪神モウスデウスの配下のエルダートレントで、広大に根を張り植物を自分の眷属に変え王国の情報を得ていた事、オークはエルダートレントに操られていた事、エルダートレントを討伐した事により、眷属は枯れオークが活動を停止し勝利できた事、を余すことなくラファエルは報告した。

報告を終えた時の一堂の顔色は困惑に染まっていた。


「邪神だと!そんな馬鹿な!」


邪神モウスデウス。


今までは噂に過ぎなかった。

しかしその魔物が言うことが真実ならば最早王国だけの問題では無い。


「リルバーン卿、我等を謀っておるのではないか。今回の件に邪神が絡んでいたなど突飛すぎる。被害が余りにも多過ぎて、敵を過大に報告する事で自分に非が無いとでも言わんとされているのではないか」


虚偽の報告をしたのではないかと指摘され、ラファエルは激情に身を委ねそうになるが努めて冷静に反論する。


「エルダートレントとの会話は他の騎士達も聞いております。それにトレントの遺体の一部は持ち帰っております。確認していただければすぐにでもわかりましょう。それにオークどもが操られていたのは事実。操られてていなければ我等は潰走していたかもしれないほど劣勢に追い込まれていたのです」


「しかしエルダートレントやトレントなど聞いた事の無い魔物。その魔物が邪神の配下であるかどうかなど知っている者などおりますまい」


エルダートレントを知る者――ラファエルの脳裏に一人の少年の姿が過ぎる。


「そういえばエルダートレントが倒された際に眷属が枯れた事を伝えたケイオスだったか、そやつはどうしていなくなったのだ?そやつがいればエルダートレントについて詳細がわかるのではないか。今回の討伐の参加者ならば冒険者ギルドに問い合わせれば調べはつこう」


「それは……」


言葉に詰まる。問い質す前に彼は消えてしまった。

転移魔法か何かなのだろうが用事があると言い残しエルダートレントを倒してすぐに彼はいなくなってしまった。


彼が行った事は極めて功績の高い事ばかりだ。

彼がいたから戦況は大きく変わり、更にエルダートレントにとどめを刺したのだから。

居場所さえわかれば彼には莫大な恩賞が与えられるだろう。

聞きたい事もありラファエルは彼を調べたのだ。だが。


「今回の討伐に参加した冒険者の中にケイオスの名はありませんでした」


今回の討伐に参加した冒険者の一覧に彼の名は無かったのだ。

つまり彼は一人であの場に来た事になる。


「つまり、たまたま居合わせた冒険者がたまたま未知の魔物を知っていて、報酬も得ずに行方をくらませたと。……我々を舐めるのも大概にして欲しいものですな」


辺りに嘲笑がこだまする。

彼の存在は胡散臭い事この上ない。

いるかわからない邪神、加えて謎の人物が出る話なぞ、普通に考えればあまりの荒唐無稽さに信じる事が出来ないだろう。

だが、その中でただ一人周囲と違う反応を見せた人物がいた。


「リルバーン卿、その少年の容姿はわかるか」


その人物――ウィルフレッド王はどこか複雑そうな表情を浮かべ、ラファエルに尋ねる。


「……そうですな、線は細く……この辺りでは珍しい黒髪で黒目をした十代半ばの少年でした」


「そう、か……」


王は目を閉じ暫し考えに耽る。

そして何かを思いつくとそっと目を開いた。


「リルバーン卿」


「はっ」


「エルダートレントは封印されていたと言ったそうだな」


『そうだ。我が封印されている間にこの地に住み着いた無能なオークどもだけでは戦力が足りぬからな』


エルダートレントの発言も逐一報告している。確かにエルダートレントは封印されていたと言っていた。


「はい、確かにそう言っておりました」


「なれば、過去の文献を調べれば何か出るやもしれん。即刻文献の調査を始めよ。念のため森の調査も忘れるな。それとケイオスという者を探し出すのだ」


傍にいた廷臣の一人に指示を出す。


「リルバーン卿、そなたには事実が確認されるまで謹慎を申し付ける」


「……はっ」


「軍の再編などは明日の会議にて詳細を決める。それまでに再編案や損害の詳細をまとめよ。本日はこれにて閉廷する」


ウィルフレッドの発言に一堂が頭を垂れる。王はそそくさと退出したのだった。









王宮の執務室。

ウィルフレッドは報告書に目を通していた。

先の会議で臣下に命じた調査結果である。


エルダートレントについては文献を調べているが未だ調査中である。

しかしながら再度森を調査した結果、ラファエルの報告した通りエルダートレントの根は深く広く張っており、その長さは一体どこまで伸びているのか想像もつかないようだった。

またその根は枯れた植物の根に繋がっており、恐らくはこれが眷属になった植物ではないかと考察され、その枯れた植物は周辺の街や村の近くまで見かけられ何の前触れもなく一斉に枯れる光景を見て各地で調査されやはり何かの根に繋がっている事が確認されていた。

次々とラファエルの報告を裏付ける結果が出ていたのである。


もし討伐が遅れていれば為す術も無く王国は滅んでいただろう。

そんな最悪の結末を想像しウィルフレッドは身震いをした。

そんな中今回の討伐に参加し、エルダートレントを倒した者は皆英雄と呼ぶに相応しいだろう。


ただ彼の胸中は複雑だった。その英雄と呼ぶべき一人の事が気にかかっていた。


謎の少年魔導師――ケイオス。


ウィルフレッドはラファエルの報告を受ける前にその名を聞き及んでいた。

王立魔法研究所に所属する研究員、イズラエルから聞いたのである。

本来一研究員でしかない彼が国王と対面する事は立場上ほとんど有り得ない事なのだが、彼等の師は同一人物であり幼い頃から親交があったのだ。


そんな彼から画期的な新薬について聞かされた際に出てきたのが件のケイオスだった。

彼曰く霊薬の原料の知識を与えたのはケイオスであり、それだけでは無く最上級ポーションやマナポーションの材料の知識まで伝えたそうだ。

彼の知識は王国でも類を見ないものかもしれないので是非とも登用すべきだと研究一筋の男が熱を帯びて発言したのである。


ウィルフレッド自身はケイオスが何故材料しか教えなかったのか疑問が尽きなかったが、彼の者については後日メールディアに遣いを出し王宮に呼出して聞けばいいだろうと、そう考えていたのである。


だがそこから連日そうも言っていられない事態が続いた。


人身売買をしていた賊が捕らえられた事だ。

王国では奴隷制度は廃しているため人身売買は違法である。

本来であればただ摘発され処理されるのだが今回は見付かった場所に問題があった。

賊は地下下水道を根城にしていたのである。


犯罪者が隠れるには王都の地下にあるため都合が良いように思われるが、地下下水道は魔物が沸き危険であるため入口は封鎖されている。

封鎖された扉の鍵は王宮と定期的に魔物を排除する為に冒険者ギルドが管理していた。

そのため簡単に地下下水道に出入りすることなどできないのだ。

しかし賊のアジトを調べた際に扉の鍵が発見されたのである。


賊の証言では王宮で管理されていた鍵を持ち出し複製した者がいて、更には彼等の顧客の中にはかなりの数の貴族が関わっていた事がわかった為に貴族の摘発が行われ一時政務が滞ったのである。


その時の証言には賊が捕らえられた際の事についても言及されていた。

どうもたまたま魔物の討伐にきた黒髪黒目の冒険者を幽霊と勘違いして賊が逃げた所を捕らえられたらしい。

それは余りの珍事にウィルフレッドの印象に残っていた。


そして今回の討伐の一件。

まさかその場でケイオスの名が出てくるとは思わなかった。

本当に同一人物なのかとイズラエルを王宮に呼び出し確認した。

結果は容姿から察するに同一人物なのだと思われた。


――霊薬、下水道、エルダートレント。


いずれも黒髪の少年とおぼしき人物が関わっている。


もしかすると一連の出来事は裏で繋がっていて、彼によって王国は躍らされているのでは無いのかとさえ錯覚してしまう。


しかし霊薬についてはメールディアの道具屋に伝えた事であり、王立魔法研究所に伝えられたのはたまたまだった。

地下下水道についてもたまたまギルド職員が間違えてその少年を連れて行った事が原因らしい。

つまりそれらに繋がりはない。


だがどうしても釈然としなかった。

特にオーク・エルダートレントの討伐には軍に参加もしていないのにわざわざ一人で森に入るだろうか。

オークが多数棲息し危険である事は冒険者でも知っている事だ。

彼が知らなかったというのは納得できないし、森の奥にいるエルダートレントの場所まで来たのだから偶然居合わせたと考えられない。

むしろエルダートレントを倒す為に森に来たと考えるのが自然だろう。

再度ウィルフレッドは長考する。


霊薬は場合によっては今回のオーク・エルダートレントの討伐には間に合わなかった可能性が高い。

間に合わせるなら材料だけではなく調合法も添えて王立魔法研究所に持ち込むだろう。

となると霊薬を伝えた件は他の件と関わっていない。

地下下水道に関してもそうだ。

人身売買が魔物に関わってくる事は無い。

余りに偶然が重なっていて一連が繋がっているように感じていただけなのだろうか。


偶然……?


地下下水道は偶然彼が訪れた場所だ。

その後オーク・エルダートレントを討伐しに来ている。

もしかすると地下下水道で何かがあったのか。


地下……まさか!


エルダートレントの根は未だどこまで王国の地を侵しているのかはわからない。

もしかすると王都の地下下水道まで伸びていたのではないか。

彼はたまたまそれに気付いた為にエルダートレントを倒しに向かったのではないか。

霊薬を知り、エルダートレントの事も知っている彼ならば当然エルダートレントの根についても知っていてもおかしくはない。


何故そのような重大な危機を王国に報告しなかったのか。

簡単だ。身元のわからない少年が持ち込んだ被害が明確に確認されていない未知の魔物の情報などまともに取り合ってくれないだろう。

それに事態は王都まで脅かしつつあったのだ。早急に手を打たねば王国は滅んでいたかもしれない。


つまり――少年はたった一人で邪神の配下とその眷属に立ち向かおうとしていたのだ。


まさしくそれは英雄と呼ぶに相応しい行動ではないか。

ウィルフレッドの胸に何かが込み上げてくるのを感じた。


彼は用事があると直ぐさま姿を消した。

それはもしかすると彼の予想を超え邪神の侵攻が進んでいる事を感じ、新たな戦いへと身を投じたのではないか。

そう考えると霊薬などの知識をもたらしたのも来たるべき邪神の侵攻に備えての布石だったのかもしれない。


あくまで全て推測に過ぎない。

だがこれを完全に否定することはできないのだ。


少なくとも邪神が存在する可能性は高い。

一刻も軍の再編を急がせる必要がある。

ポーションの開発も急がせねばならない。

それに加え各国にも邪神の配下と名乗る魔物が王国を攻め討伐した事を伝え、邪神の侵攻に対する警戒を促す必要がある。


もし全てが事実だとすれば、恐らくそう遠い未来では無い時に邪神はその姿を現し世界を脅かすだろう。

だがウィルフレッドは予感していた。


再びかの英雄が現れる事を――。






これより暫しの間、英雄ケイオスは王国より姿を消す。

世界に再び彼の名が轟くのは二ヶ月後の事だった。





英雄ケイオスの偉業


・カスタル王国に侵攻した邪神の配下を討伐し王国の危機を救済

・カスタル王国のポーション製造技術の向上(後に当時の王により各国に製造方法が伝達される)






Character Data Delete......finished.


The closed beta test phase end.

クローズドβ編終了です。


七月初旬は少し忙しい?らしいので次話は中旬以降になるかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ