第十三話 蠢く森
マウクトから近いボスを探して攻略wikiに目を走らせる。
最もマウクトから近いボスモンスターはマウクト北部にいるらしい。
そう言えば前にリーアムがメールディアの北部にオークの棲息してる森があるとか言ってたっけ。
それにしても、てっきりオークがいるからオークキングとかオーク系の統率者がボスかと思ったけれど、違うんだな。
実際森にいるモンスターはオークだけではないし。
その辺りはリーアムもまだ知らなかったのかもしれない。
モンスターのレベルから考えると今の俺で適正レベルな相手だし、ボスモンスターはもっと強いみたいだしな。
実際ボスモンスターとしては他のボスと比べて低いレベルみたいだけど。
知らなくてもおかしくはないかもしれない。
さて、そろそろログインしてゲームを進めるか。
軍が編成され、進軍から四日目。
二千以上の軍勢を相手に仕掛けて来る馬鹿な賊や魔物もおらず行程を順調に進み、直にオークが棲息する森林地帯が目視できる所まで来ていた。
現在は行軍による疲れを癒すため小休止を取っている最中である。
現実的に考えれば、これ程の速さで動けたのは奇跡としかいいようが無いだろう。
それには王国軍の錬度の高さもあるが、元々オーク討伐命令が下されるのは時間の問題であったので、即応体制が整っており編成を早く済ますことができた上に、王国軍に所属する法術師達の支援魔法の恩恵による行軍の速さが背景にあるからだ。
さらにこれだけの編成の早さでありながらも、冒険者が200人ほど集まったのは僥倖と言えよう。
冒険者達の中には実際にオーク討伐を行った者もいて、今までと異なり手強くなったオークに危機感を持った者も少なくは無かったからだ。
実戦経験のある彼等はこの戦いで役に立つだろう。
しかし大規模な軍隊行動の経験が無い冒険者達を統率するのは難しいため、今回編成された王国軍大隊に振り分けられる形で編入されている。
それにしても。
ラファエルは疑問を抱き首をひねる。
今回討伐するオークには一体何が起こったのだろう。
何故オークがここまで手強くなり村を殲滅させる程苛烈な襲撃を行うようになったのか。
近年魔物の活発に行動していて日々王国軍も対応に追われる。
確かに手強くなった魔物もゼロではない。
だがあくまで個の技量のレベルであったり、魔物の個体数が増えた事による手強さであった。
群で行動する魔物もいるがここまでの規模となると限られる。
では何故このような事になっているか。
考えられるのはオークの群れに統率者がいるかもしれない事だ。
オークは本能に従う種族であるから、敵わない程の強い者に従っているのではないか。
これが正しいとした場合、逆に言えばその統率者を倒せば群れの統制が取れなくなり、こちらの勝率も上がるはずだ。
だが千もの群れを成す統率者のオークなど如何程強いのだろうか。
「団長、何を考えておられるので?」
副官が尋ねる。ラファエルは思考を止めてかぶりを振り応える。
「いや何でもない。余りに順調過ぎたから少し気が抜けていたのかもしれん」
「左様で。確かに旅程は些か順調過ぎますが問題があるよりはマシでしょう」
そうだなと微笑むラファエル。
この副官と彼は7年来の長い付き合いだ。
身分の差がある為、表立っては砕けた会話をすることは憚れるが、こうして二人きりの時には忌憚無く意見を述べる彼の存在はラファエルにとって気の置けない存在と言える。
「そういえばアカデミーから新型のポーションが届いたようだが使えるかね」
ラファエルが話題を変える為に思い出したのは王立魔法研究所、通称アカデミーから送られた新薬の事だ。
「ええ、霊薬と呼ばれる物なんですがなかなか評判がいいみたいですよ。なんせポーションとマナポーションの効果を同時に受ける事ができるみたいですから。支援魔法を使った法術師が何人か試したみたいですが、中級程度の効果はあるようで」
「ふむ、それは重畳だな。惜しむらくは時間が足りず十分な量が確保できなかったのは痛かったか」
怪我の回復とマナの補充が同時にできる新薬の実用性は高い。
特に前衛となる騎士達には重要と言える。
マナは決して魔法を使う魔導師や法術師だけが使用するものではない。
そもそもマナは全ての人間や亜人が使える物である。
魔導師や法術師はそのマナを変換する事で様々な奇跡を起こしてはいるが、マナを使用する事で自身の筋力の向上や武具の強化を行う技術が存在する。
そのため騎士もマナポーションは必携の物だった。
怪我を負いやすい前衛である彼等にしてみればポーションとマナポーションの同時の効果を持つ霊薬の存在は大きい。
彼等にしてみれば、アカデミーの連中は普段何をやっているのか訳のわからない存在にしか思っていなかったが、今では称賛の声が上がる程評価は高まっている。
ラファエル自身も王国の薬品製造技術向上に舌を巻き、同時に同じ王国に所属する者として誇りに思っていた。
そんな話題で盛り上がっていると馬が駆ける足音が響いた。
「団長!斥候が戻ってきたようです」
先行させた斥候が戻ってきたらしい。
「そのようだな。だが少し早いようだが……何かあったのだろうか。とにかく報告を受けねばならん」
報告を受ける為にラファエルは副官を彼等の元へと向かわせた。
「よく戻った。それにしては妙に早いな」
「はっ!それが奇妙なんです」
「奇妙?」
斥候に出した若い騎士の軍人にあるまじき不明瞭な回答について叱責する前に思わずラファエルは聞き返した。
「オークの姿が見当たりませんでした。木のざわめき以外は静かでまるで無人のようでした」
「なんだと?」
確かに森林は広大だが千もいるはずのオークが見つからないなど有り得るのだろうか。
もしかするとこちらの動向に気付き隠れているのかもしれない。
(……伏兵かもしれんな)
相手は軍のような物だ。伏兵を潜ませこちらを待ち伏せている可能性が高い。
ましては相手のテリトリーと言える場所での戦いである以上地の利は相手側にある。
嫌な予感がする。こちらが優るのは兵数だ。
待ち伏せの可能性がある遮蔽物の多い森の中では兵の動きを制限されてしまう。
できれば騎兵が使用でき兵の展開がしやすい森の外におびき出し、こちらに有利な野戦に持ち込みたいと彼は考えた。
(森林を燃やしあぶり出すか)
わざわざ敵の策に乗る必要は無いがこれではオーク以外の魔物をあぶり出してしまう可能性もある。
一番厄介なのはドラゴンのような存在だ。
高位のドラゴンの中には人間と友好的なドラゴンも存在する。
この森にそのような存在がいる事など聞いた事が無いが、ドラゴンは人の目に触れない場所に住む為森林奥地に棲息している可能性は否定できない。
もし仮にいた場合、無差別に火を放てば明らかな敵対行為と見做されこちらに牙を剥くだろう。
昔戦争でドラゴンの巣穴を誤って襲撃してしまい首都を業火で焼かれ滅ぼされた国がある位だ。
知性の低く弱いドラゴンならば対処できるが、その隙を付かれオークに襲われれば敗北は必至である。
それに近隣の街や村も森林から恵みを得て生活しているはずだ。
王国の資源を燃やし尽くしてしまうのは人道的に憚られる。
癪ではあるが相手の手に乗るしかない。兵には伏兵の恐れがあると伝え十分に注意しながら進軍する他ないだろう。
(何事も無ければいいが)
言い知れぬ嫌な予感を振り切り彼は馬を降り森への進軍を開始するのだった。
斥候の報告通り森の中は静かだった。
しかしオークの姿は見えないが、誰かに見られているような視線を感じていた。
(やはり待ち伏せか?遠巻きにこちらの様子を伺っているのか)
いずれにせよ敵の姿が見えない以上、森の奥へと深く入る他無い。
視界を遮る程に木々が生い茂り、陽光が差し込まないためやや暗く森の外と比べるとひんやりとする涼しさはどこと無く不気味な雰囲気を醸し出していた。
オーク達が通ったのか獣道よりは広い行軍可能な道を進む。
気配はすれども敵の姿の見えない森の中はいつ奇襲されるかわからず過度な緊張を強いて、騎士や冒険者達の精神を擦り減らしていった。
おかしい――ラファエルは疑問を抱いていた。
かれこれ一時間近く森へと入っている。
敵が仕掛けてこないのもおかしいと感じているが、問題なのはずっと監視されている事についてだ。
入口から一時間ずっと監視下に置かれているはずなのに、監視している相手の居場所がわからない。
二千二百もの人から姿をずっと隠したまま監視するなどできるのだろうか。
それに視線は一人から発したものではなく複数の視線を感じる。
隠行に長けたオークがいるとでも言うのだろうか。
視線が感じる先に目を向ける。
しかし木の上から監視しているのか、葉に遮られオークの姿は見えない。
「隊長あれを!」
副官の指を指す方向に視線を移す。
道の先には待ち侘びたオークの群れがいた。
千もいるようには見えない。せいぜい百といった所だろうか。
確かに獣道より少し広い程度の道だと戦える人数は制限されるが、あまりに寡兵過ぎては愚の骨頂だ。
大方一時的に足止めしつつ木々の上や木の陰から横撃する奇襲をかけてくるという事なのだろう。
その奇襲策に備えるように指示を出す――その時だった。
この時――いやもし森に入る際に一人でも軍に森の中で生活する森の民と呼ばれるエルフがいたら、この森の異質さに気付き違う結果に繋がっていたかもしれない。
だがカスタル王国にはエルフは殆どおらず、この王国軍にはエルフは一人も存在しなかった。
――それが悲劇を起こす結果に繋がる。
ブオン――ラファエルの背後で大きな物体が空を切る音が響く。
危機を察知し、咄嗟にしゃがむ。
木の上からオークでも飛び掛かってきたのかと見遣るとそこには人型の豚の顔をした醜い魔物はおらず、太い木の枝が宙を切っていた。
(木の枝?罠か!?)
次々と沸き上がる絶叫。
背後に目を向ければ同じように木の枝や蔓が兵に襲いかかっていた。
(罠……いや違うこれは!)
「うわあああああ!!」
木の枝の一撃が腹に直撃し血を吐きながら昏倒する兵がいた。
「嫌だ!嫌だ!誰か、誰か助けて!」
予想される未来に恐怖し悲鳴を上げ必死に木から逃れようと足掻くが、叶わず放り投げられ宙を舞い首を折って絶命した兵がいた。
「あが……が……」
幾重にも巻き付けられた蔓に縛り上げられくぐもった苦悶の声を上げる兵がいた。
「このっこのーーああああ!!」
襲い掛かる木を切り倒し健闘するも木の根に踏み潰された兵がいた。
明確な意志を持ち襲い掛かる木々。そう、これは――。
(くそっそういう事か!木に擬態した魔物か!)
敵の姿が見えなかったのでは無い。
ずっと監視されていたのも当然だ。
常に姿は見えていたのだから。
木に擬態した魔物など王国では現在確認されてはいない。
だからこそ木が襲い掛かるなど想像だにしなかったのである。
ラファエルは自身の迂闊さに怒る。
しかし、このまま手を拱いては被害が広がるばかりだ。
「怯むな!固まって行動せよ!相手は木だ。魔導師、弓兵は火を放て!法術師は怪我人を癒せ!他のものは守りを堅めよ!」
あらん限りの声を上げ檄を飛ばす。
彼の言葉が伝わったらしく、奇襲の動揺から逃れ指示に合わせて兵が動き出した。
全ての木々が魔物という訳では無く、木の魔物の数は少ない。
ラファエルの視界に入る範囲で十しかいなかった。
だが道の両端からのそりのそりと巨体を動かす巨木の魔物はそれだけで脅威になる。
「ふぅん!」
マナを使用しラファエルは一時的に筋力を強化する。
そして木の魔物の幹の窪みや枝を足場にして駆け登った。
「はあああーーっ!!」
駆け登り跳躍した上で剣を渾身の力を込めて振り下ろす。
その一撃は木の魔物を一刀両断に切り裂いた。
真っ二つにされた魔物はぐらりと倒れた。
「どうだ!このように勝てぬ相手では無い!臆せず攻め立てよ!」
王国軍を率いる騎士団長の姿に歓声が上がり士気が向上した。
攻勢が増し魔法の火や弓兵の火矢が飛ぶ。
やはり植物だけあって火に弱く集中砲火を浴びた魔物は苦しむような奇声を上げつつも、最期には兵を巻き込むかのように兵の道へと倒れ込んだ。
巨木が倒壊したのと同様の現象に当然兵は魔物に巻き込まれないように左右に分かれ避ける。
――突如、雄叫びが上がる。
その倒れた魔物の代わりとばかりに伏せていたオークが雄叫びを上げ王国軍に襲い掛かってきた。
(くっ、オーク達はこのタイミングを狙っていたのか!)
木の魔物とオークの行動から考えてそれぞれの魔物が意図せずタイミングよく襲い掛かってきたのではない。
完全に連携された共闘である。そう、全ては連携された行動だったのだ。
ラファエルは気付いた。
木の魔物がただ兵にやられ、兵を巻き込む為に倒れただけでは無い事を。
(くそっ!木の魔物が倒れた事で兵が分断されている。これはつまり――!)
四方から襲い掛かるオーク達、少数で立ち向かわなければならなくなる劣勢の王国軍。
つまりこれは分断作戦。
目的は分断された王国軍の各個撃破。
――王国軍の受難はまだ始まったばかりだ。




