第十ニ話 覚醒
マジシャン――Another Worldに存在する職業の中では広範囲殲滅能力に長けた職である。
……といってもレベルが低くく取得スキルが少ない序盤は単体に攻撃するようなスキルぐらいしか持ち合わせておらず、以前覚えた「ファイア・アロー」も着弾点から小範囲(だいたい2mぐらいでスキルレベルを上げれば最大5mぐらいまで拡がるが)なので、この程度のスキルしか持っていなければ広範囲殲滅できる職業とは言い難い。
とあるスキルを覚えるまでは。
小鬼――といっても俺の胸元ほどの身長はあるゴブリン5匹に「マナ・ボルト」を撃ち込みこちらに目を引かせる。
後方に下がりつつゴブリンの群れがこのまま近付けば、おおよそ目測の効果範囲におさまるであろうと判断してスキルを使う。
このスキルは詠唱に7秒ほどかかるのが意外とネックだ。
一見短いように感じるが割と生死に関わるような時間なので十分に敵との距離は空けているのだが、迫ってくる敵を見ると早く発動しないかと気が逸る。
まだかと焦りながらも目測地点までゴブリンが集まったとこでようやくスキルが発動した。
光球が杖より現れ、ゴブリン達へと向かう。
ゴブリン達に近付くと光球は光を放ち、一帯が爆発に飲み込まれた。
15m以上もの空間が青の爆炎に包まれる様は圧巻で思わず息を飲んだほどだ。
ゴブリンは全て巻き込まれたようで動く気配はない。
これこそマジシャンの最高威力広範囲攻撃スキル「マナ・エクスプロージョン」である。
爆炎を見ると火属性の魔法かと間違うかもしれないが、マナを爆発させたものであり通常の火とは異なるので実質的には無属性の魔法だ。
また一次職であるマジシャンのスキルだから二次職になればもっと威力の高いスキルが存在するのであくまで一次職での最高威力となる。
それでも想像以上の威力だ。
まだこれでも覚えたてでスキルレベル1なのだからスキルレベルを上げた時の威力は推して測るべきである。
そしてあれだけ派手な爆発で近くにいるにも関わらず、爆風が起きていないのが不思議に思うが、この辺りはゲームなんだろう。
これだけ強力なスキルはゲームのバランスを崩さないようにやはり弱点も存在する。
結論からいうと連発できないことだ。
MP消費量の問題と再詠唱時間があるからだ。
この魔法だけで現在の最大MPの三分の一ほど消費されるため、三回使えば自然回復分を考慮しても暫く「マナ・エクスプロージョン」は使用できない。
今までレベルアップするごとに殆ど「知能」のステータスを上げているので、MPはかなり高い筈なのだが、それでも三分の一かかるとなると膨大な消費量だ。
そしてこのスキルは再詠唱時間に45秒を要するのでその間はこのスキルを全く使用できないのだ。
再詠唱時間はスキルレベルを最大である5まで上げれば30秒に時間を短縮できるがそれ以上となると方法は存在しない(現在wikiで確認されているエンチャントに再詠唱時間短縮の効果は存在しない)。
MPは前にも言った通り回復手段が自然回復かマナポーションしか現状方法が無いためマナポーションを使用している。
ところで話は変わるがポーション系の使用はどのように行われているか想像がつくだろうか?
患部へ直接かける、或いは服用するといった事を想像するかもしれない。
答えはどちらでも効果は発揮される。
MPという目に見えないものを回復するのに患部なんてあるのかと首を傾げてしまうかもしれないが、大気中に含まれるマナをより濃くしたものがマナポーションという扱いであり、肌にかければ肌からマナを吸収することで回復するそうだ。
因みに服用した場合、ポーションはスポーツドリンクのような味、マナポーションは甘酸っぱい柑橘系の味だった。
霊薬はどんな味がするんだろうな。
青汁みたいな味だったら拷問に近いけど。
ただ戦いの最中に薬を飲んだりかけたりなんて悠長な事はできない時もあるだろう。
そういうときは「緊急使用」という方法がある。
これはアイテムウインドウからアイテムを取り出す事無く、アイテムを直接即座に使用することができる機能だ。
今までのMMORPGでいえば特定のアイテムを使用する場合、アイテムウインドウを開きアイテムを指定し使用するのではなく、ボタン一つでアイテムを使用するショートカット機能と同じようなものだ。
「緊急使用」によってポーションを使った場合、アイテムを取り出さずにHP、MPが回復できる。
ただし、「緊急使用」は制限があり使用したアイテムの再使用には60秒かかる上、その間同一アイテムの取り出しもできなくなるリスクがあるのだ。
使い処を注意しなければならない機能だろう。
それはさておき。
ぐびぐびとマナポーションを飲んでMPを回復させる。
やはりマジシャンの醍醐味たる魔法で敵を一掃するというのは爽快感に溢れ心地いい。
初めて「マナ・エクスプロージョン」を使った時は余りの威力に度胆を抜かされたが、いや未だに慣れないものだが、ようやくマジシャンとして一人前になれたのかと少し誇らしく感じてしまったものだ。
クローズドβテストは残り四日。
テスト終了後には全てデータ消去される予定なのは少し淋しいものを感じるが、予想されていた事なのでこれは仕方ない。
またオープンβテストが始まったら新しいキャラクターを一から育てよう。
今度はマジシャン以外を育ててみるのもいいかもしれない。
生産職やらヒーラーになるのもありだよな。
ただ最後にせっかくここまで育てたんだから一度くらいは無謀な事にもチャレンジしてみたい。
どうせならここは大きくボス退治でもしてみるか。
テストは月曜日の朝まであるし、土日は長時間やり込めるだろう。
まあ移動距離もあるから近場のボス打倒が今回の目標だな。
なんだかテンション上がってきたな。
早速全財産使ってポーション買い貯めておくか!
カスタル王国王宮の謁見の間は王国で最も贅を尽くした広間の一つだ。
大理石で造られたこの広間は、姿さえ映すような磨き込まれた床や柱は一目見れば冷たく荘厳な雰囲気を醸し出している。
だが壁面や天井には国王や女王、過去の偉人が描かれていたり、所々飾られた調度品は一級ものであるし燭台にまで細やかな金細工が施されていた。
派手過ぎて品位に欠ける事無く荘厳な印象を受ける、謁見の間はそのような部屋だった。
だがそんな荘厳な雰囲気も今は騒然とした声によって掻き消されていた。
「我が領土の北方を脅かしているオークの群れはおよそ千体以上確認されております。このまま群れが南下しますと北方に位置する街や村に多大な被害が予想されます」
三十を過ぎた騎士の報告を聞き、謁見の間にいた者達がざわざわと騒ぎはじめる。
王座に座る初老の男――ウィルフレッド三世が目で場を制す。
「して今回のオークは今までのオークとは違い本能のおもむくままに散発的な襲撃を繰り返すのでは無く、統率された行動を取ると聞いた。それは真か?」
「はっ、事実であります。オークの被害を受けた村の者から聞いた話では、オークはいきなり村を襲撃せずにまず村を包囲したようです。村人は決死の覚悟で救援を呼びに村を出ましたが、包囲するだけではなく、まるで行く手を遮るかのように伏兵を配置していたそうです。騎士を派遣しましたがすでにオークによって村は壊滅しておりました。もしこれが事実ならばもはやただの群れとは考えられず、一つの軍のようなものかと」
騎士の報告に再び謁見の間は騒然となった。
今までのオークならば村に襲撃をかけたとしても強靭な肉体を頼りにした強引な襲撃が多く、オーク自身の被害も大きなものだった。
本能に従い糧となる食料を奪う事ができれば満足するような低脳な魔物として認識されていたのである。
「リルバーン卿、我等が認識するオークどもと行動が掛け離れ過ぎているが本当にそれはオークなのかね。伏兵はたまたまいたオークの群れに遭遇した勘違いという事は無いかね」
その信じられないといった周囲の声を一人の老人が代弁する。
「村に遺された僅かな死骸、斥候が確認した群れから見てオークに間違いありません」
そんなバカな、有り得ない――とざわつく。
内心報告している騎士ラファエル・リルバーンでさえ最初は聞き間違ったのでは無いかと耳を疑った位だ。
普段は魔物と相対さない文官でさえ信じる事はできないだろう。
だがそのオークは既に王国に被害を出している。
その牙が今後どこに向かうのかは容易に想像がつく。
千以上も膨大な群れを引き連れている上にオークの特徴として非常に繁殖力が高いのだ。
時間を置けば置くほどその数を増やすはめになり周辺の村や街などすぐに落とされてしまう。
そうなればいずれ王都にまで被害が及ぶだろう。
王都の常備軍は三千。
しかし王都の防衛の為に総ての兵を差し向ける事は出来ない。
出兵すれば千から最大でも二千が妥当な数字だ。
そうなるとオークと数では同じか勝る程度になる。
この程度の戦力では、普段のオークであれば過剰かもしれないが今回のような統制の取れたオークではかなりの被害を伴う事だろう。
「早急に軍を編成しオークを討伐すべきです!」
文官の一人が進言する。
「確かに。しかしながら今回のオークの行動は不可解な点も多い。何故このような統率が取れているのか再度調査すべきではないか」
「それより兵が足りぬ。隣国へ援軍を要請し事態に当たるべきだ」
「他国に弱みを見せるのか。オーク自体ものの数では無い。冒険者を募り討伐させればよい」
「それは無理だ。人の軍と変わらぬ動きをするオークが千もいるのだぞ。全軍出して事に当たらねばならん」
「これは異な事を!王都を無防備にする気か!」
「ならば冒険者を募り兵に加えればどうか」
「少数ならばいざしらず指揮系統はどうする?」
一人を皮切りに次々と意見が飛び交う。
だが彼等の意見が纏まる気配はない。
「静まれ」
ウィルフレッドの一言に白熱していた場が瞬時におさまる。
「リルバーン」
「はっ!」
「至急冒険者を募り二千の兵を含めた混成軍を編成しオークを討伐せよ」
「はっ!」
ラファエルは深々と頭を垂れ謁見の間を退出する。
二千だけでは一抹の不安は残る。
頼みの綱は冒険者がどの程度集まるかだ。
不安を面に出す事は出来ない。
すでに王命が下されたのだ。
騎士としての彼の仕事は任務を遂行させる事に他ならない。
任務遂行の為に彼は駆け出すのだった。