魔女と少年と
小説を書きたい。書いてみたい。
その一心だけでキーボードを叩いたチャレンジ作品です。
恋愛と言うには稚拙。ギャグと言うにも稚拙。稚拙と言うにも稚拙な作品ですが、少しでも読者を「じん」とさせられる作品世界を目指していきたいと思っています。
ご一読して頂けたなら、幸いです。
人は、歌に『祈り』を込める。
それは生命への賛歌であり、
理不尽な世界への反発であり、
見えざる者への切なる願いである。
歌い手の感情に染まった歌は、他者を染め、その人生を塗り替えるものだ。
で、あれば……。
「君の歌は、なんだろうね……」
白亜の建物を見上げ、つぶやく。
――答える者はいない。
視線の先、開け放たれた窓から、カーテンが揺れていた。
* * *
「却下」
「ええええ!?」
すげなく投げ捨てられたルーズリーフが、はらはらと宙を舞う。
慌てて手を伸ばしたけど、もはや手遅れ。俺の健闘も虚しく、入魂のポエムたちはリノリウムの床へと散らばってしまった。
「うわあ、徹夜して書いた力作だったのに……」
無性に打ちひしがれた気持ちで、ガックリとうな垂れる。
「いったい何がダメなのさぁ……」
精一杯の非難の意を込め、俺はベッドに座る彼女を見た。
西日のオレンジに彩られた、儚げな少女。
長く艶やかに伸びた髪が、作り物めいた彼女の美貌を引き立てる。
その名を『音羽依子』。
容赦なく見返してくる冷たい視線は、それだけで俺を死にたくさせる。
この病室の主は、いつだってこんな目をしていた。
「これで何回目だよぉ。そろそろオッケーくれてもいいじゃん……」
「あなた臭いのよ」
「え、嘘!?」
来る前にちゃんとデオドラント吹いたのに! 女の子の鼻ってそこまで敏感なの!?
体中をクンクン嗅いでみるも、いま一つ分からない。
「くそっ、自分の匂いって慣れてるから判別できないんだよなぁ……!」
「いやそうじゃなくて。歌詞がよ」
「へ? あ、ああ! 歌詞か! 歌詞ね……ハハ」
「作詞経験が浅いことを差し引いても、こんな少女マンガ読みすぎの脳内毒電波みたいな詩、あたしが歌うわけないでしょう? もっと練ってこいよクズが」
「確かに俺は『花と〇め』愛好者だが……そこまで言われる筋合いはねえよ!!」
たくっ……。
まあ、これは致し方ない。俺の作詞能力の不足が主な原因みたいだし、あまり言い返すは筋違いというものだ。それに、罵倒されておいてナンだけど、とりあえずは安心した。
だって、いくらなんでも自分の体臭のせいで努力が認められなかったなんて悲しすぎるし。今日はそれなりに身だしなみにも気をつけて、抜かりはないハズだったとはいえ、俺も完璧超人ではないからな。
どこかに落ち度がある可能性もあったけど、どうやら杞憂だったようだ。
ふう、良かった良かった。
「でも口は臭いわ」
ぜんぜん良くなかった。
「いやあああああああああああああああっ!」
大慌ててカバンからフリ〇クを取り出し、ガッツリと口に放り込む!
ちくしょう、そういや昼飯にキムチ丼食ったわ俺!
なんで好きな子に会う前にキムチ丼!? 我ながら間抜けすぎる! クズめ!
「う、うう……」
一瞬で下痢になれそうな量のミントタブレットを含みつつ、己の迂闊さに打ちのめされる俺。
そんな俺に、音羽は優しく声をかけた。
「もう遅いわよ。あなたの呼気はとっくに空気を媒介して、わたしの口から肺を侵してくれたわ。どう責任とってくれるの。妊娠するわよ」
「しねーよ!」
危うく音羽に口の中のものを吐きかけるところだった。
脅し文句が意味不明すぎる! こいつは空気感染で妊娠するのか!?
出来てもおかしくないあたり、スゲー怖い。
「ぜえ、ぜえ……」
――ああクソ、今日はいつにも増して叫びすぎた。
もう、コイツと話してると、話が全然進まないんだよなぁ。
なんで病院でこんなに疲弊してるんだろう、俺……。
「はあ、はあ、はあ……」
俺がなんとか気を落ち着けようと喘いでいると、
「やだ、ちょっとやめてよ気色悪い。人を呼ぶわよ」
音羽に超不快そうな顔をされた。
布団を引き寄せ、暴漢を前にした乙女のような姿である。警戒心がハンパない。
地味にショックだった。
「ち、ちがうって。ちょっと叫びすぎて疲れただけで、すぐ回復す――」
『音羽さん! 大丈夫ですか!?』
突然開け放たれる病室のドア。
血相を変えた看護士さんが数名、どたどたと室内に駆け込んでくる!
俺は戦慄した。
『症状は!? どこか痛むんですか音羽さん!』
「マジで呼びやがったなオマエ!」
「だって身の危険を感じたし」
「少なくともナースコールするレベルじゃなかったろうよ!」
音羽の手には、例のボタンが。
この女……危険すぎる。迂闊に息も整えられないのか。どんな戦場なんだよこの部屋は……。
俺の純情が悲鳴をあげていた。
この後、なぜか俺が看護士さんに叱られるハメとなり、音羽とは大した話もできず、本来の目的も果たせないまま面会時間が終了。俺たちの逢瀬はお開きとなった。
毎度のことながら、得心がいかねぇ……。
俺は病院のロビーを歩きながら、まだ音羽のことを考えていた。
病院に住みついて十年という噂の美少女。
どこぞの名家の令嬢だとか、いっそ幽霊だとか、そんな与太まである。
仕舞いには彼女が『殺人鬼』だなんて言い出す輩も存在していて――彼女を取り巻く環境は、音羽依子という個体を忌避し、畏怖している。なんせ正体不明だ。
噂の真偽は分からない。交流を持つようになって1ヶ月が経とうとしているが、彼女を少しでも知れたのかと問われれば、返答に困ってしまうくらいだ。
我ながら、とんでもない子に恋をしてしまったと思う。後悔はないけど。
『ま、次回作も期待しないで待ってるわ。別に『また来て欲しい』なんて思ってないんだからね、と言ったら面白いかしら』
帰り際、俺が回収し忘れたらしいルーズリーフを手にした音羽に、そんな見送りの言葉をかけられた。
もはやツッコむ気力も失っていた俺は、適当に手だけで返答して、トボトボと負け犬の体で病室を後にしたわけだけど。
いつか本当に、心から『また来てね』と言ってもらいたい。
つらつらと考え事をしていたら、いつの間にか病院の敷地から出ていた。危うく車道に踏み込みかけ、車のクラクションで我に返る。
「うお!?」
途端、冷や汗と一緒に、ひんやりした空気が身に染みてきた。
「あっぶね……」
寒さに両の腕をさすりながら、空を仰ぐ。
夜空に光りだした月が、どこかのんびりと浮かんでいた。雲一つない、綺麗な夜。
音羽も今頃、この空を見上げているだろうか。
それともまた、誰かを送っているのだろうか。
「……どうなんだろうな」
深い溜息と共に、俺は帰途につく。
――『俺』こと千葉恭介と、『静死を詠う魔女』。
その日常の1ページは、おおよそこんな感じだった。
* * *
突然だが、俺はクラシックな音楽よりも、J-POPとかの方が断然好きだ。
いや、もっと細かく言えばアニソンとか大好きなのだが……これは何となく恥ずかしくて大っぴらに出来ない秘密。まあアニソンだってJ-POPだと思うし、いいよね。
異論は認める。だが反省はしない。
しないったらしない。
で、まあ何が言いたいかというと、俺は芸術的で厳かな音楽よりも、ちょっと刹那的で現代特有のライトな感性に満ちた音楽の方が好きだと、そういうわけなのだ。深い理由はないけど、肌に合うからってのが一番の理由な気がする。
一応定義づけしておくと、ここでいう『芸術的で厳かな音楽』というのは、オーケストラやオペラのような『なんとなく敷居の高そうな音楽』の事である。そこに「歌」というリソースがあろうとなかろうと、個人的にそれらは同率のレベルに位置づけられているのだ。
浅薄だと笑わば笑え。
話を戻す。
そんな俺だから、生まれて17年間、ナントカ交響楽団みたいな類の演奏会に行ったことはないし、携帯音楽プレーヤーの中身もアニソンやMステで流れるようなタイプの音楽が圧倒的勢力を保有している。
きっとこの先も、高尚な音楽には理解を示せない大人になって、いい歳してもアニソンで育っていくんだろうなぁと、そんな風に思っていた。別にそれは悪いことではないと確信しているし、むしろ推奨すらしたい生き様なのだけど。
だが、それが自身の狭い視野が生んだ幻だったと気付かされるのに、時間は掛からなかった。
俺は彼女の歌に、惹かれてしまった。
いや、弾かれたのかもしれない。
あの時、珍しく激しいエイトビートを刻んでいた俺の鼓動。その理由が彼女の歌にあるなら、そんな表現もしっくりくる。
――こういう思考が、音羽的に『臭い』んだろうけど。
思ってしまったんだから仕方がない。あの儚くも美しい魔女に、この感覚は分からないだろう。
俺は決して音楽の世界に造詣が深いわけではない。だけど、彼女の「歌」は、これまで聴いてきたどんな音楽よりも胸に突き刺さった。
なぜだろう?
『歌詞』ではないと思う。
むしろ彼女の歌は、俺が苦手とする「ラララ」とか「ルルル」で構成された『高尚な』音楽だった。
メロディーラインは少し独特だったけど、奇抜という程でもない。
ただ……思い当たるとすれば。
その『歌』が、人間の『生』に幕を下ろす――そんな光景を見てしまったからか。
音羽と出会ったのは、妙に病院が慌しかった10月10日。
俺の親友が天国へと旅立った、その夜のことだった。
なるべく話数は短く、だいたい4~5話程度で完結したいなと思っております。
「続きも読んでやるかな」と思って頂ければ、どうかお付き合いください。