過ごしたいとは思ったけれど
『』の中身は猫語ということで。
茫然自失。
頭の中から覚えた受験用四文字熟語を引っ張り出すぐらい、たっぷり混乱して。
逃げた猫たちが恐る恐る戻って私の顔を覗き込み。
そして、下敷きにしていた大猫…というよりはかなりぽっちゃり系の猫を引っ張り出してから。彼らは横一直線に整列する。
『新しいボス!
これから、よろしくお願いします!』
一糸乱れぬ礼…とは、言えない。
小さい猫が、勢い余って前に転がったから。
――そんな感じで、ボス、はじめました。
さてはて、野良猫の生活といえば、まず人は何を思い浮かべるだろうか。
一日中ダラダラ?
年がら年中自由気まま?
……うん、私もそう思う。
正確に言えば、そう思っていた。
けれど、世の中やっぱりそんなに甘くない。
ボスになってから数日で、私はそれを悟っていた。
人間においては生活に大切な三つの要素、衣食住。
猫にとっては基本、食住のみだが、それの確保がまた難しいのだ。
まず、食。 食べ物。 腹を満たすもの。猫になってから、まずはじめに諦めたのが人と同じような食事だった。
というか、食料の調達ですらどうすればいいか分からない。
ボスであることを盾に食料の要求も考えたけれど、前ボスはそれで求心力…いや、求猫力を失ったらしいのだ。
それを聞いてなお同じことをできるはずもなく、かと言って残飯を漁るほど人間も捨てられず。
次に住。
当然だけれども、屋根があるベッドの中で眠れるはずもなく。
しかも季節は冬真っ只中、毛皮があっても寒いものは寒い。
しかも私、猫としては小柄で痩せっぽちらしいから、なおさらだ。
これは、と思った。
これは、人としての知識をフル稼働させなければ、生きていけない…!
狙うは飲食店。
人の良さそうなおばさん、もしくはウエイトレスである。
人が途切れた頃を見計らって、オープン席に座る彼女らに近寄って。
大切なのは可愛らしさ。
あとは庇護欲を掻き立てられればなお良しだ。
「あら、猫ちゃん」
第一印象は大切だ。
物影からひょこりと顔を出して、様子を伺ってみる。
そして、小首を傾げながらにゃあと鳴いた。 見よ、この角度!
恥を忍んでナワバリの猫たち相手に練習したのである。
可愛くないとは言わせない。
また、そんな可愛さアピールをする一方で、私はお姉さんたちの反応を見定めようとする。
古今東西、女子供は可愛いものが好きと相場は決まっているけれど、生物の好みだけは読めるものではない。
嫌悪の感情はないか、じっと観察しながらも近寄れば、彼女らは軽く手を伸ばしてくれる。
ここまでくれば、こちらのもの。
ごろごろ懐くも良し、ツンデレ風味にするりと近づき遠ざかりを繰り返しても良し。
けれど今日の私は、どちらでもない手段をとる。
ゆっくりと近寄って、ふんふんと匂いを嗅ぐ。
むむ、これは…ハンバーグソース?
とりあえず、近寄るが触らせないというスタンス。 これを保っていると……
「レイア、あのネコちゃんはまだ…いるわね。
ほらほら、猫の大好きなお魚よ~」
そう、これなのだ!
人間だった私が思うに、人というのは届きそうなモノはそう簡単に諦めない。
しかも、目の前にソレがあるのなら尚更だ。
今みたいに、目の前には可愛らしい猫(私のことだ)が居て、けれど手を伸ばせば触れそうな所で逃げられる。
こっちに興味は持っているようなのに…となれば、なんとか触れたいと思ってくれるようで。
自慢じゃないけれど、この方法で食べ物を食べ損ねたことは、ない。
「ちょっと大きくないですか、それ…」
「だって他に無かったんだもの」
その手には小さめの鰤っぽい魚。
焦らない、焦らない…と思っても、どうしたって喉が鳴る。
皿ごと地面に置かれた瞬間、思わずかぶりついてしまっていた。
『んまーい!!』
と叫べども、聞こえるのはニャアだろう。
この体、どうやら味覚も猫になってしまっているようで、濃い味は中々体が受け付けてくれない。
生魚にも耐性のある野生の動物になっているのである。
おっと、忘れていた。
いったん魚を置いて、おばさんの方に体を寄せる。
「おやおや、可愛いねえ」
「あ、ずるーい!」
うんうん、焦らなくても大丈夫だよ、と思いながら、
手を差し出してきたお姉さんの方にも頭をぐりぐりと擦り付けた。
愛想を振りまいて、可愛さをアピールする。
そうして、ついと離れると、にゃんとひと鳴き。
かじったけれどもまだまだ身がある魚を銜え持ち、私はたったか住処へと向かった。
今日はまさしく大漁だ…!!