歓迎の宴、出立の夜
広場の向こうでは、村人たちが料理や酒を並べ、楽器を手にした者たちが、音程の合わない演奏を始めている。
村娘たちは輪になり、演舞の段取りを確認していた。
まだ何も始まっていないのに、空気はすでに熱を帯びている。
そして私は、純白のドレスのまま、庭の会場に姿を現した。
私を見た村人たちは、息を呑んだように静まり返った。
「……似合わないのかな」
小さく呟き、恥ずかしさに視線を落とす。
「なんて美しいんだ!」
なぜか、カリオンの大声が響く。
どうして、あいつがいるのだ。
遅れて、大きな拍手が起こった。
「あ、す、すみません。司会のマークスです」
「おい、しっかりしろ! 見惚れてるな!」
村人たちの笑い声が広がる。
「し、執政官様から一言、いただきます!」
おどおどと、彼は声を張った。
私は、顔を上げる。
ロン爺や、初めて見る顔もいる。
皆、こちらを見ていた。
そこに、不信や嫌悪はない。
この人たちは――私が護る人たちだ。
「ご紹介にあずかりました。執政官のシズカです。未熟な点も多いですが、この領地の発展と、皆様の幸せのために働きます」
そして、乾杯。
私の歓迎会が、始まった。
私の前には、途切れることなく村人の列ができていた。
祝いの言葉、感謝の言葉、世間話。どれも温かいが、長い。
その横で、エレノアが静かに列を捌いている。
話が長くなりそうな相手には、自然と一歩前に出て、柔らかく区切る。
手慣れたものだ。
料理の匂いが、風に乗って漂ってきた。
どれも美味しそうだが、今は食べる暇がない。
それに、ドレスを汚す未来が容易に想像できた。
「クロエは、先に食べておいで」
「いえ……」
クロエはそう言いながら、一瞬エレノアの顔色をうかがった。
「シズカお嬢様。そろそろ席につきましょう。少しは腹に入れませんと。クロエ、取ってきなさい」
「はーい!」
返事と同時に、尻尾が勢いよく揺れた。
嬉しそうに駆けていく後ろ姿を見て、思わず頬が緩む。
「クロエを甘やかしすぎかな?」
「そうですね。結果としてシズカお嬢様が、ご自分にも優しくなれるので賛成ですが……時と場合です。ここは公式の場です」
正論だった。
「エレノアの言う通りね。……そういえば、私を甘やかしてくれたの、貴女だけだったわね」
幼い頃の記憶が、ふと蘇る。
まだ彼女が、私だけのメイドだった頃。
「そうでしたか?」
本気で覚えていない顔だ。ただ、彼女は優秀すぎた。すぐに昇進し、私の元を離れた。
――結局、彼女にとっては仕事だったのだろう。
『我が家の愛情は、すべて妹に注がれていた』
それは、私が認めたくなかった事実だ。
アカリは、私より幼い頃に前世の記憶を取り戻し、大人たちを巧みに操った。仮病や怪我で心配を引き、甘え、愛情を独占していった。
「エレは、自分が甘やかしたとは思ってないだけですよ」
いつの間にか、レオナールが会話に割り込んできた。
屋敷の入り口階段の上に席を作りながら、肩をすくめる。
その言葉に、珍しくエレノアが目を伏せた。
クロエが料理を運んできた。一目で分かる。つまみ食いをしてきたのだ。私はハンカチを取り、口元を拭ってやる。
「違うよ! 味見しただけ!」
「ありがとう。選んでくれて」
「うん! シズカ、一杯食べさせる!」
尻尾を振り、目をくりくりさせる。
……本当に可愛い。
やがて、楽器の演奏が始まった。
「一曲、踊ってくれませんか」
声をかけてきたのは、カリオンだった。
その目は真剣で、冗談の色はない。
私は断れなかった。
貴族令嬢の端くれとして、一応は踊れる。
いつも私は壁の花で、姉は社交界の華だったが。
村人たちが自然と輪を作り、庭の中央が空いた。踏み固められた土が、即席の舞踏場になる。
彼が、私の手を取る。
「楽しみましょう」
そこに、いつもの冷たい表情はなかった。
「……酔ってるの? これから討伐でしょ?」
「そんなものは余興だ。安心しろ。今が本番さ」
「馬鹿なの?」
彼のダンスは、とても上手かった。
私の拙さを、すべて計算に入れている。
「僕を信じて」
彼のリードに身を任せると、踊れる人間になった気がした。
彼の手が、常に私を支えている。いつの間にか、曲は地方の民族舞踊へと変わる。
「知らないわ」
「俺だって知らない。真似しよう」
村人たちの動きを見ながら、無心で踊る。考えるのをやめると、不思議と楽しかった。
視線の端で、クロエが村人に混じって踊っているのが見えた。
私の疲れを察したのだろう。
「ありがとうございました」
彼は爽やかにボウをし、私はカーテシーで返した。席に戻ると、エレノアが黙って茶を注いでくれた。
「ワインが飲みたいところだけど……」
「今夜は我慢です」
「わかってるわ」
既に、この後の予定を、エレノアたちに話してある。
やがて、村に伝わる歌が合唱され、宴は終わった。村人たちは各々片付けをし、挨拶をして去っていく。
「困ったわね。寝具すらここにはないわ」
「いえ。既に部屋に運び入れております。申し訳ありませんが、お古です」
急ぎ必要な生活用品は、村人から買い取ったらしい。二人とも、仕事が早い。
「カリオンは?」
「外におります」
階段に、彼はいた。
チーズをつまみに、ワインを飲んでいる。
「そろそろ出発でしょ。そのくらいにしなさい」
「わかった。執政官様たちも準備してくれ。……少し醒ましてくる」
彼は井戸へ向かって歩き出した。
本当は、「ありがとう」と伝えたかった。
でも、声は小さすぎて届かなかった。
「ん?」
振り返った彼に、首を振る。
「そうだ。さっきは楽しかった。ありがとう」
そう言って、裏庭へ消えた。
私は寝室に戻り、暗視の目薬をさして冒険者の装備に着替える。
クロエが震えているのに気づき、手を握る。
「あの指輪がある。大丈夫」
「違う……シズカに何かあったら嫌。離れ離れになるのが嫌」
抱きしめると、彼女の震えは止まった。
峠までは、レオナールが馬車を出してくれる。
「ここで待っています」
「心強いわ」
最悪でも、ここまで戻ればいい。ウルフェンハルト家の家宰は、名だけではない。武を持つ名前だ。
「ははは、そんな心配はいらない」
カリオンの声が、夜に溶ける。私たちは、彼について森へ入った。
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